IS -インフィニット・ストラトス- 〜恋夢交響曲〜 第二十話 |
「・・・・・・」
「・・・で、どういうことか説明してくれないか?」
とりあえず研究所からの荷物を受け取った後、後回しにしていた問題についてシャルルに言及していた。
「なんで、女の子なのに男として偽っていたんだ?」
「・・・そ、それは」
俺の質問になかなか答えようとしてくれないシャルル。偽って転校してきた以上、言いづらいのはわかるのだが。
「とりあえず、何か飲むか?」
「う、うん、もらおうかな」
話をするきっかけを作ろうと考え、飲み物を飲んだらどうだろうかと考えた。どうやら向こうも同意見のようだ。しかし、こんな時に限って備え付けの冷蔵庫には気のきいた飲み物は入っていない。
「・・・水でいい?」
「いいよ、大丈夫」
こんなことになるんだったら普段から何かしら用意しておくべきだった。後悔しながら水道の蛇口からコップに水をついでシャルルに渡し、向かい側に座る。
「話してくれるか? 男装してた理由について」
シャルルは水を一口飲むと、口を開いた。
「それは、その・・・実家のほうからそうしろって言われて・・・」
「実家って、デュノア社か?」
「そう。社長の、僕の父からの直接の命令なんだよ」
しかし妙だ。シャルルは家族の話になると顔が曇り始める。転校初日の更衣室でもそうだった。
「・・・家族の話になると気まずそうにするのはどうしてなんだ?」
「それはね、僕が父の愛人の娘だからだよ」
一瞬、言葉を失ってしまった。テレビのドラマではよくある話だが実際に出会ってしまうとは思ってなかった。しかし、これで彼女が家族について話したがらない理由が理解できた。
「引き取られたのが二年前。ちょうどお母さんが亡くなった時にね。父の部下がやってきたの。それで色々と検査をする過程でIS適性が高いことが分かって、非公式ではあるけど、デュノア社でテストパイロットをすることになってね」
今の話を聞いて、当時の彼女の気持ちがなんとなくだがわかる。さぞかし混乱し、不安に駆られたはずだ。
「父に会ったのは二回くらい。会話は数回くらいかな。普段は別邸で生活しているんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あのときはひどかったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね。参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのにね」
その言葉の後に、あははと愛想笑いをするシャルル。しかし、声が笑っていない。第一、これは笑いごとではない。
「それから少したって、デュノア社は経営危機に陥ったの」
「フランスは『イグニッション・プラン』から外されているんだったっけな」
『イグニッション・プラン』とは、欧州連合が計画した次期量産型IS開発プラン。欧州連合がそれぞれの国ごとにISを次期主力機を選定するためトライアルに提出し、次期量産型ISを決定する。それがこのプラン・・・だったはず。詳しくは覚えていないが。
「うん。だから第三世代機の開発は急務だったんだけど、もともと遅れての第二世代最後発だからね。圧倒的にデータも時間も足らずに、なかなか形にならなかった。それで、政府からの通達で予算を大幅にカットされたの。そして、次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を全面カット、そのうえでIS開発許可 も剥奪するって流れになったの」
「なるほど、話は大体わかった。今の話からの推測だが、男装には広告塔って意味があったんだろうな」
「うん、それに同じ男子なら日本で発生した特異ケースと接触しやすい。可能ならその使用機体と本人のデータもとれるだろう、ってね」
「なるほど、スパイとしての役目もあったってわけか・・・」
「そう、白式のデータを盗んで来いっていわれてるんだよ、僕は。もう一人の男子、奏羅がいるのは予想外だったけどね」
一夏の場合はニュースになったが、俺の場合は事故が起こった延長線上で発覚した事実だ。事故を隠すために大体的に報道されなかったから、外国には伝わっていなかったのだろう。
「とまあ、そんなところかな。でも奏羅にばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まあ・・・潰れるか他の企業の傘下に入るか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕には関係ないことかな」
関係ない、か。たぶん、自分の父親を赤の他人と、心の底から思ってるんだろうな。
「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それに、いままでウソをついていてゴメン」
深々と頭を下げるシャルル。でも、彼女の話に一つだけ、気になる点があった。
「・・・君のお父さん、なんで君の所に部下をよこしたんだろうな」
「えっ?」
「だって、今さらだろう。シャルルの記憶に父親のことが残ってないってことは、君が生まれる前、もしくは生まれてすぐの頃から一度も会っていないってことになる。じゃあ、どうしていまさらになって君の所に部下をよこしたんだ?」
「・・・わからないよ、そんなこと」
「俺は、シャルルのお父さんが、お母さんが死んで、一人ぼっちになったシャルルを心配したから部下をよこしたんじゃないかって思うんだ」
「えっ・・・?」
俺の言葉に驚くシャルル。それもそのはずだ。彼女は自分の父親を赤の他人と思っているのだから。
「シャルルがテストパイロットとしてデュノア社に勤めるようになったのも、立場の弱い君を守るため。別邸に住まわせているのも、本妻の娘じゃないという名目上、本邸に住まわせるわけにはいかない。だけど自分の目が届くところに置いておきたいから。俺にはそう考えられる」
「そんなの、奏羅の勝手な推測でしょ?」
「ああ、推測さ。俺は当事者じゃないし、シャルルからの話は聞けても、君のお父さんからの話は聞けてない。だから今は推測するしかできない」
「だったら――」
「思うんだけどさ、シャルルはお父さんのことわかろうとしてあげた? シャルルは自分のことわかってもらおうとした?」
「それは・・・」
「さっき、ISの話したよな」
「それが・・・なんの関係があるの?」
「『第三世代機を開発するのに圧倒的にデータも時間も足らない』、それと同じさ。相手の事(データ)を時間をかけて理解して、初めて人は人とわかりあえるんだ。シャルルはお父さんと出会ってまだ二年、シャルルが生まれたと仮定すると二歳だ。しかも話を聞く限りじゃ二回しか会ってない。つまり、まだ君とお父さんの関係は始まったばかりなんだよ」
俺の話を聞いてうつむくシャルル。しばらくして顔をあげた彼女は、なんだかふっきれたような顔をしていた。
「ふふっ、人間関係をISの開発に例えるなんて、奏羅らしいよね」
「お褒めに預かり光栄ですよ」
俺の冗談にまたほほ笑むシャルル。どうやら、このことに関しては一件落着のようだ。
「で、どうするんだ、これから?」
「どうって、時間の問題じゃないかな。フランス政府も事の真相を知ったら黙っていないだろうし、僕は代表候補生をおろされて、よくて牢屋じゃないかな」
確かに、彼女にはスパイ容疑と性別偽装していたという現実がある。後者はまだいいとして、前者は圧倒的に不利な現実だ。
「それでいいのか?」
「良いも悪いもないよ。僕には選ぶ権利もないから、仕方ないよ」
彼女の表情はまた曇ってしまった。こんなとき、一夏なら友人を助けようと必死になるだろう。・・・あいつのことなら簡単に予想がついてしまうな。
「フランスに帰ったら捕まるんだろう? だったら帰らなければいいんじゃないか?」
「えっ?」
「特記事項第21。本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする」
一夏とあのタウンページの様な特記事項を勉強した時に、一夏がぶつぶつ呟いていた部分だ。まさか、こんなところで役に立つとは思わなかったが。
「つまり、この学園にいる間はシャルルはどこの国の人物でもないってことだ。本人の同意がない限り、命令できないってこと。つまりシャルルはここにいれば選択できるんだよ、自分の意思で」
「自分の・・・意思・・・」
もちろん、穴もある。学園にいる間なので期限は三年間。その間に問題を解決しなければならない。
「ふふっ、よく覚えられたね。特記事項って55個もあるのに」
「友達のおかげだよ」
「そっか、いい友達だね。その人」
なんだか寂しそうな、羨ましそうな表情。そうか、シャルルは自分は一人だと思ってるんだろうな。
「シャルル、お前も友達だよ。だから、もうちょっと俺を、俺たちを頼ってもいいんだぞ」
「えっ?」
「嫌なのか? なんか傷つくぞ、それ」
「嫌、じゃないけど・・・いいの? 僕、君達のことを調べるスパイなんだよ?」
「わかった。じゃあこうしよう」
俺は納得しないシャルルの前に右手を差し出した。
「スパイのシャルル・デュノアさん、俺と友達になってくれませんか?」
びっくりしたような彼女の顔。しかしすぐにそれは明るい表情へと変わっていく。
「こちらこそ、僕と友達になってください」
俺の言葉に『ふふっ』っとほほ笑んだシャルル。そのとき、やっと彼女が本当に笑った気がした。
「やっぱり、笑ったほうが可愛いぞ」
「ええっ!?」
俺の言葉に大いに驚くシャルル。率直な意見を言っただけなのだが、さすがに率直すぎたのだろうか。
「あ、悪い。変なこと言ったな」
「い、いや、そんなことないよ。・・・嬉しかったし」
照れながら答えるシャルル。その様子を見てるいると、自分の言った言葉を改めて思い出してだんだん恥ずかしくなってきた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙が続き、さすがに気まずくなってきたとき
コンコン
ノックの音が響き渡った。
「奏羅さん、いらっしゃいます? 夕食をまだとられていないようですけど、体の具合でも悪いのですか?」
いきなりのノックとセシリアの声。この状況は非常にまずい。
「奏羅さん? 入りますわよ?」
今入ってこられるのはまずい。なんせ横には『女の子』のシャルルがいるのだ。どう説明しても彼女が男だと言い訳できない。
「ど、どうしよう?」
「と、とりあえず隠れろ」
顔を近づけ小声でやり取りする。早く隠れなければセシリアが入ってくる。
「わ、わかったよ。とりあえず身を潜めて――」
「なんでクローゼットに!? 布団の中でいいだろ!」
「あ、ああっ、そっか!」
バタバタと動き回る俺とシャルル。その時、ドアが開く音が響いた。
「せ、セシリア! どうした、何か用かな?」
「・・・何をしていますの?」
うつぶせのシャルルに俺が馬乗りでのっかっている状態。布団をかぶせようとしたのだが失敗して横にずれてしまい、慌てた俺はシャルルの上に乗っかってしまった。
「い、いや、護身術の組み手を練習していてだな・・・」
「・・・それにしては不思議な格好ですわね」
「え、えーと、そういや夕飯だったな。じゃあいっしょに行くか」
そういってセシリアと一緒に部屋を出ようとすと、セシリアに呼び止められた。
「デュノアさんは何をしていらっしゃるんですの?」
同じ部屋の住人が夕飯へ行こうというのに、ベッドにうつ伏せになったまま動かないシャルル。まあ、明らかにおかしいよな。
「あ、えーっと、シャルルは護身術の途中で腰を痛めてな、今は動けないんだ」
「そ、そうそう」
うつぶせの状態から声を出すシャルル。もう少しつらそうな声を出してほしかったのだが・・・。
「あ、あら、そうですの? では、わたくしもちょうど夕食はまだですし、ご一緒しましょう。ええ、ええ、珍しい偶然もあったものです」
どうやら信じてもらえたのか、俺と二人で夕食をとることになった。シャルルには後で何かしら食べるものを用意しておこう。
「デュノアさん、お大事に。さあ奏羅さん、参りましょうか」
すっと自然な動きで俺の腕をとると、いきなり体を密着させる。旭がよくやってくるので慣れてはいるが、正直困る。しかし、話をこじらせてここで時間を消費するのも何なので、文句も言わずに部屋をでた。
「お前ら仲いいなぁ」
後ろからかけられるのんきな声。振り向くと、そこには一夏と箒が立っていた。
「あら、お二人さん。これからわたくしたち一緒に夕食ですの」
自慢するように語るセシリアだが、俺と一緒に夕食を食べても自慢にはならないと思う。なんとなく箒のほうに目をやると、箒は目から鱗みたいな顔をしていた。
「い、一夏。私たちも食堂に行くとしよう」
「えっ? もともとそのつもりだっただろ・・・って、なんで腕をからませるんだよ」
どうやら、セシリアがやっていることを真似したくなったんだろう。しかし、告白の件があって二人とも喋りづらいだろうと思っていたのだが、どうやらそうでもないみたいだな。
「ああっ、いいなあ・・・」
「ちょうど一組づつだし・・・」
「幼なじみってずるい」
「専用機持ちってずるい」
後ろから怨むような羨むような声が聞こえるが、正直歩きにくいだけだと思うのだが。
「・・・あまり動じませんのね」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、なんにも言ってませんわ」
しかし、少し恥ずかしい気はするな。旭はこれといって胸もなかったが、セシリアはなんというか、感触があるのですこし気まずい。
(奏羅さんは、シャルルさんとただならぬ関係を築きつつあるようですし、道を踏み外さないよう、わたくしがしっかりと矯正してあげなくては・・・)
さっきからセシリアの視線が怖いのだが、気のせいだと思いたい。
◇
「ただいま」
「あ、奏羅おかえり」
「お腹すいてるだろ? 焼き魚定食を貰って来たんだが、食べられるか?」
「うん、ありがとう。いただくよ」
しかし、テーブルにトレーを置くとともに、だんだんと表情が固まっていく。
「どうした?」
「え、えーっと・・・」
「あー、焼き魚苦手だったか?」
「え、ううん、大丈夫。じゃあ、いただきます」
どこかぎこちない笑みを浮かべるシャルル。その表情の原因はすぐにわかった。
「あっ・・・」
ぽろぽろとおかずをこぼしてしまうシャルル。どうやら箸に慣れていないようだ。まあ、日本に来て間もないので無理もないのだが。
「あー、悪い。箸苦手なのか」
「う、うん。練習してるんだけど、なかなか・・・あっ」
しまった、これは俺のミスだな。もう少し良く考えて食事を貰うべきだった。
「・・・いまからスプーンか何かを作るから」
「ちょ、ちょっと、現実逃避しないでよ!?」
「しかし、その調子だと時間かかるしな・・・もっかい食堂行ってくるよ」
「で、でも・・・」
「さっき言っただろ、俺たちは友達なんだからもう少し頼ってもいいんだよ」
「奏羅・・・」
しばらく迷っていた様子だったが、やっぱり食事が進まないと思ったのか、決心したように口を開いた。
「じゃ、じゃあ、あの・・・え、えっとね、奏羅が食べさせて」
予想外の言葉に唖然としてしまう。しかし、頼ってくれといった以上、断るわけにもいかない。
「わかった、俺でよければ」
「う、うん」
さきほどシャルルがこぼしていたおかずを適当につまむと、シャルルの前にさしだす。
「じゃあ、その・・・あーん」
「あ、あーん」
やはり、少し恥ずかしいのか顔が赤いシャルル。
「お、おいしいか?」
「うん、おいしいよ」
この状況になんとなくデジャヴを感じる。前にも一回こんなことがあったような・・・。
(そうだ、布仏さんに餌付けした時とおんなじ感覚だ・・・)
「じゃ、じゃあ次は、ご飯がいいな・・・」
「わ、わかった」
シャルルの注文を聞いて口の中に入れていくうちにだんだん楽しくなってきた。ひな鳥に餌をあたえる母鳥の気分だ。
「奏羅・・・」
「ん、次は魚か?」
「楽しんでない?」
「そ、そんなことはないぞ」
◇
あの後結局最後までシャルルに俺が食べさせることになってしまった。まぁ、楽しかったからいいのだが。
食事が終わると、話もそこそこに二人ともベッドに入った。今日はいろんなことが起こって色々と疲れてしまった。
「奏羅・・・」
「どうした?」
布団に入ったと思ったシャルがいつの間にか起きていて、俺のベッドに腰かけた。
「僕、考えてみるよ。自分のこと、父のこと。それから、自分自身で選択するんだ、これからのことを」
「そうか、頑張れよ」
「・・・もうひとつ、奏羅に頼っていいかな?」
「ああ、いいぞ。なんだ?」
「少しだけ、泣いていいかな」
「・・・わかった」
「ありがと・・・」
そういって、唐突に俺に抱きつくシャルル。抱きついてくる腕の力は強くて、泣き声をあげず、すすり泣いている。
(なんというか、いろんなものでいっぱいいっぱいだったんだな)
父親との確執、スパイ行為の罪悪感、自分の居場所がないこと。もしかしたらもっとあるかもしれない。
(まあ、今だけなら痛いのくらい我慢するか)
◇
「Zzzz・・・・」
シャルルは泣き疲れたのか俺の布団で寝てしまった。
「ね、寝るなら自分の布団にしてほしかったんだけど・・・」
抱きつかれたまま寝られたので、いつもより窮屈な思いをしながら俺は眠りについたのだった。
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