IS〈インフィニット・ストラトス〉 〜G-soul〜 |
駅前の雑踏の中に本音はいた。私服を着こみ、その手には楯無に買ってくるよう言われたバインダーの入った袋を持っている。
「あとは、紅茶の茶葉を…………」
ポケットに入れていたメモ書きを見る。
「う……………」
指定された店はなぜかここから結構歩いたところにある。
(遠いなぁ…)
歩くのが面倒に思えた本音は振り返りながら言う。
「ねえお姉ちゃん。バスに――――――」
しかし、いつもならそこにいてくれる虚はいない。今は自分一人だけなのだ。
「………………」
――――――負担にならないか心配で仕方ないのよ!―――――――
昨夜の虚の言葉を思い出し、本音の胸がズキ、と痛む。
「……………っ」
本音は何かを振り切るように前を向いて再び歩みを進める。
(…いいもん。お姉ちゃんがいなくたって…)
その歩調は先ほどよりも少し速くなっていた。
楯無が指定した店は、バスで行けば迷わず行ける場所にある。だが意地になっていた本音はバス停に気づかず、そのまま通り過ぎてしまうのだった。
『……そうですか。妹さんと喧嘩』
「はい…」
時間を少し巻き戻し、場所は変わってIS学園の三年生寮。虚は自室で携帯で電話をしていた。
相手は、恋人の五反田弾である。
「妹とは喧嘩したことがなかったんです…それに非道いことを言ってしまって…………」
今までの経緯を弾に説明し、謝り方がわからない話すと、黙って聞いていた弾は電話越しに話し始めた。
『いいじゃないですか、喧嘩しない兄弟なんていませんよ。俺なんてしょっちゅう喧嘩してますし』
はは、と苦笑交じりに話す弾。
『でもその度にいつの間にか仲直りしてて、気が付いたら喧嘩の理由なんか忘れて一緒に笑ってますよ。そういうものなんですよ兄弟喧嘩ってのは』
「そうなんですか…?」
虚が問うと、弾はそれに返すように問い返した。
『虚さんは自分のやったことを反省して、後悔してるんですよね?』
「はい……」
虚は俯きながら答える。すると弾はなら、と言った。
『謝り方で悩む必要なんてありません。さりげなくでいいんです。謝れば喧嘩なんて終わりですよ』
「………………」
しかし虚は自信が持てない。そんな虚を察したのか、弾はさらに付け加えた。
『あと、これは俺の勝手な想像ですけど、妹さんも謝りたいと思ってると思いますよ』
「え…」
虚は弾のその言葉に反応する。
『虚さんが謝りたいと思ってるなら、きっと妹さんも同じ気持ちですよ』
「本当に………?」
『はい。本当ですとも』
「…………」
虚は考え、そして口を開いた。
「ありがとう弾くん。私頑張ってみる」
『どういたしまして。それで…あの………』
「はい?」
急に弾は歯切れが悪くなった。
『お礼代わりって言ったらアレですけど、その、くん付けはやめてください。なんだか、他人行儀っぽいじゃないですか』
「……………」
『あっ、い、いや! なに言ってんでしょうね俺! そ、それじゃ―――――』
「待って!」
『は、はい!?』
虚が引き留めると、弾はやや上ずった声で返事をした。
「…弾。相談に乗ってくれてありがとう」
『と、とんでもな…………』
「だから、もう一つお礼するわ」
『な、なんでしょう?』
「私の名前を呼ぶとき、さん付けじゃなくていいわ。それに敬語も。だって他人行儀みたいでしょ?」
『……………』
なぜか沈黙している弾。それから数秒して、声が聞こえた。
『が、頑張れよ…虚』
「うん。頑張る」
『じゃ、じゃあ』
弾が照れたようにそう言って、電話は切れた。
「…行かなきゃ」
深呼吸ひとつして、身支度を整えた虚は部屋を出た。
「お、終わった〜…………」
目的の店に到着し、無事に目的の品を買うことができた本音はどっと息を吐いた。
「ど、どこかで休憩…………」
キョロキョロと周囲を見渡す。すると公園が目に留まった。
「う〜…………」
よろよろとした足取りで公園に入り、ブランコに腰かけた。
「お腹減ったなぁ…」
しかし周囲にそれらしい店はない。先ほど立ち寄った店にお茶菓子は売っていたが手持ちの所持金では少しばかり足りなかった。
「………………」
キィ………キィ…………
何をするわけでもなく、少しブランコを揺らす。
(ちょっと、言い過ぎたかな…………)
ふと、虚との喧嘩を思い出し気持ちが萎む。
―――――――大っ嫌い!―――――――
あの時、勢い余ってそんなことを口走ってしまったが、本心からそう思っていたわけではない。
できることなら謝りたい。だが、どうしてか分からないが、顔を合わせるのを躊躇ってしまう。
ぐぅ〜……………
腹が鳴った。気が付けばもう日が傾き始めている。
夕方の誰もいない公園。ひとりぼっちの本音は、とても心細くなった。
「……………」
じわ、と視界が滲む。
「ひくっ…うっ…………」
嗚咽が出てしまう。
「う…うえぇぇぇぇぇん…ふえぇぇぇぇ…………」
そして涙が溢れ出し、本音は声を上げて泣いた。
「うっ…うぅっ…おね…ちゃぁん……お姉ちゃぁん………!」
無意識のうちに虚を名を呼ぶ。
「…布仏?」
唐突に名前を呼ばれ顔を上げる。そこにはクラスメイトの篠ノ之箒がいた。私服を着ているあたり、出かけた帰りなのだろうか。
「やっぱりお前だったか」
「しのしの…」
「そ、その呼び方は未だに慣れないが…とりあえず涙を拭け」
手渡されたハンカチで涙を拭く。
箒は隣のブランコに腰かけた。
「出かけた帰りに見覚えのある背中が見えたと思ったら、何かあったのか?」
「うん………」
本音は箒に一連の出来事を話した。
「そうか…それで泣いていたのか」
「…」
本音は無言で頷き、再度ブランコを小さく揺らし始めた。
「布仏家はね、更識家の使用人の家系なの。だからお父さんもお母さんも全然家にいなくて、お姉ちゃんが親代わりだったの。ずっと一緒だったんだ。小っちゃいころから…」
箒は本音の話を黙って聞いている。
「今まで喧嘩なんかしたことなかったの。私がわがまま言っても、お姉ちゃんは聞いてくれた。だからあの時はショックだったな…………」
ブランコを止め、ポツリとつぶやく。
「私…ダメな子なのかな…………」
俯く本音。そんな本音に箒は言った。
「…布仏、私はお前が羨ましいよ」
「え…………?」
「私の姉なんか、そんな喧嘩らしい喧嘩をする前にどこかへ行ってしまった。ISを造って…」
そう言って箒は待機状態の紅椿に目を落とす。
「あ…ごめん…………」
箒の心情を察した本音は謝る。
「謝らなくていい。事実だからな。それに、私も姉が好きと言うわけでは……」
そこで箒は言葉を止める。
好きというわけでは、なんなのだろう。
嫌いなのか、いや、違う。だが………
心の中で自問自答するが、はっきりとした答えは出ない。出るはずがない。
「…と、とにかく、いつもそばにいてくれたお姉さんなのだろう?」
話を切り上げ、箒は本音に顔を向ける。
「うん…」
本音は答える。
「ずっと一緒にいてくれた…………」
「だったら、早く仲直りして、大切に想ってやれ。謝れば喧嘩なんてすぐに終わる」
「…………本当?」
「ああ。それに、ほら―――――」
箒は公園の入り口の方向を指差した。
そこには、虚がいた。
「向こうはお前のことを想ってくれているぞ」
箒に背中を押され、本音は立ち上がる。
「本音!」
虚は本音に駆け寄り、抱きしめた。
「お姉ちゃん…………」
「ごめんね…! 私あなたにあんなことを…………!」
ぎゅううっと、苦しくなるくらいの抱擁。本音はそれに応えるように虚の背に手をまわし、顔をうずめた。
「ううん…私も、ごめんなさい。大っ嫌いなんて嘘…大好き……………!」
本音の目から涙が落ちた。
「うん…! うん……………!」
震える声で返事をする虚。
「………………」
その光景を見て箒は思う。
(姉さん…)
箒はどこにいるとも知らない束に呼びかける。
(いつか…私たちも、分かり合えますか?)
遠くを見つめるその目は、沈みかけた夕日を映していた。
「…………というわけで、布仏姉妹は仲直りしましたよ」
「一件落着ってわけです」
「そう。よかったわ」
日が沈み、すっかり空の色が暗くなったころ、俺と一夏はIS学園生徒会室で楯無さんに報告していた。
「二人も悪かったわね。本音を尾行させて」
「いえいえ」
「気にしないでください」
楯無さんの言葉に俺と一夏は答える。
実を言うと、俺と一夏は楯無さんに頼まれ、出かけて行ったのほほんさんを尾行していた。
そして二人が抱き合ったところを見届け、一足早く学園に戻っていたのさ。
「本音のことだから何か面倒に巻き込まれるんじゃないかと思ったけど、杞憂だったみたいね」
「そうは言いますけど、こっちも大変でしたよ。のほほんさんバスに乗らないんですもん。おかげで俺たちも歩かなきゃいけなくなりましたし」
「ふふ、ご苦労様」
楯無さんはふっ、と穏やかに笑った。
「それはそうと、瑛斗」
「なんだ?」
「あのサングラス………それとあんぱんと牛乳…必要だったのか?」
一夏がそんなことを言う。
「バッカおめー、その三つは『尾行三種の神器』だろ。あと目立たない服装」
「なんか、張り込みとゴッチャになってないか…?」
「今の時代だと、逆に浮くような………」
一夏と楯無さんがぼそぼそと話し合う。
「細けえことは気にしないで、今回はあの二人が仲直りしたんだから良しとしましょうよ」
「まあ、それもそうね」
楯無さんは苦笑しながら頷いた。
「それにしても、箒があの場に来たときは驚いたぜ」
一夏が思い出すように言った。
「ああ。何話してるのかは聞こえなかったけどな」
「きっと思うところがあるのよ、箒ちゃんも妹だから」
「とかなんとか言って、全部楯無さんの計画じゃないんですか?」
俺は楯無さんに問いかける。
「あら? どういうこと?」
「虚さんが来たあたりから、なんとなく直感で思ったんですよ」
「んー、虚に働きかけたのはそうだけど、箒ちゃんが来たっていうのは意外だったわ」
肩を竦めてみせる楯無さん。
ガラ
「失礼します」
ドアが開かれ、のほほんさんと虚さんが入ってきた。
「あら、もう喧嘩は終わったの?」
「はい。お騒がせしました」
虚さんが頭を下げた。
「私、分かりました。本音は私がいなくても大丈夫だって」
「お姉ちゃん…………」
のほほんさんが虚さんを見る。
「ほら、そんな不安そうな顔しないの。頑張るって決めたんでしょ?」
そんなのほほんさんの頭を撫でて、虚さんは笑う。
「…うん!」
のほほんさんも笑った。
「さて、それじゃあ二人の仲直りも見届けたことだし、晩御飯食べに行きましょうか。瑛斗くん、デザート奢ってね?」
楯無さんが言って、俺たちも後に続く。
「了解。タダ券の期限も今日が最後だから、全種類いっちゃいます?」
「お前、何種類あると思ってんだよ…」
「おばちゃんに怒られちゃうよ〜。でもやってみる〜?」
「ダメよ本音。食べ過ぎは良くないわ」
「は〜い。えへへ…」
虚さんに注意されたのほほんさんは嬉しそうに笑った。
こうして、卒業式前日の夜は更けていくのだった。
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