混沌王は異界の力を求める 6
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人修羅は独り客席で、頬杖を突きながら訓練場の中心で、先日と同じ大小二つの影が剣を交えているのを見ていた。

 

あれだけ一方的にやられたというのに、シグナムは翌日には、またスルトに試合を申し込んできた。勿論シグナムの負けだったが、しかしシグナムは翌日になればもう一度、もう一度と何度もスルトとの相対を望んできた、スルトも何度目からか勝負を終えた後シグナムに助言や勧告などをしている、今では二人共暇なときには何時も剣を交えている。

 

「よく飽きないなぁ」

 

人修羅が誰に言うでも無しに呟く。始めの頃には他にもチラホラ観客が居たのだが、今では人修羅しか見に来る者は居ない、今日もその筈だったのだが。

 

「それだけ二人とも試合うのが好きってことじゃないかな」

 

「……あんたか」

 

人修羅は背後から聞こえてきた声の主、なのはへと視線を向ける。なのはは人修羅の元に歩いてくると左隣に立ち、人修羅に笑顔を向けると。

 

「ありがとうね」

 

身に覚えの無い感謝の言葉が人修羅に向けられた。

 

「何がだ?」

 

「ん、ホラ、シグナムのことでだよ」

 

なのはは、人修羅を見ていた視線を、訓練場で動き回る二人の影へと向けた。

 

「シグナムね、武人気質…っていうのかな? 強い人と戦うのが楽しいらしいんだけど、ほらシグナム、副隊長でしょ」

 

なのはは一呼吸置き、手すりに両肘を乗せた。

 

「機動六課でシグナムとまともに相対できるのが隊長、副隊長クラスだけなの、でも私たちは色々雑務とかで時間取れないし、ヴィータちゃんとは姉妹みたいなものだから相手にし辛いらしくて、かといって今レリックの問題とかで迂闊に長時間外で力試しに出ることも出来ないの。だから結構鬱憤が溜まってたみたいだったんだけど…。でも今はほら、あのスルトっていう…人?」

 

「悪魔」

 

「う゛…まぁいいや、スルトさんが暇さえあれば試合…っていうより稽古だねあれじゃ」

 

今まさにスルトに吹っ飛ばされたシグナムを見ながら苦笑いをするなのは。

 

「シグナムね、スルトさんが相手してくれるようになってから、凄い生き生きするようになったんだよ」

 

「で、それが俺への感謝にどう繋がるんだ?」

 

人修羅が視線だけでなく、顔もなのはに向け問う。それに対しなのはは微笑を浮かべ答えた。

 

「人修羅さん、シグナムに頼まれたとき直ぐにスルトさんを連れて来てくれたでしょ。だからありがとうって」

 

「…別に断る理由もなかったし、礼ならスルトに言えよ。あいつもいつも戦ってるトールやスサノオとは別の相手と戦わせてやりたかったしな」

 

「それでも…ね」

 

その言葉に人修羅は答えず視線を前に戻す、丁度二人の勝負も決着がついたところだった。

結果は言わずともがな。

 

「おー、やっと4分耐えたか。4分3秒だ」

 

人修羅が感心したように呟いた。それを見たなのはは、思わず吹き出してしまう。

 

「人修羅さんだって人のこと言えないじゃない、毎回二人の試合のとき時間計ってるでしょ? よく飽きないね」

 

悪戯っぽく笑い掛けてくるなのはに人修羅は視線を向けもせず答えた。

 

「…やる事も無いからな」

 

実際そうなのだ。臨時局員である人修羅の立場は局員というよりも、どちらかといえば傭兵に近く、厄介ごとや戦闘行為などが無い場合は、フラフラしているしかないのだ。

 

「なら、ちょっとわたしのお願い、聞いてくれないかな?」

 

「…あ?」

 

何の前振りもなくお願いをしてきたなのはに、人修羅は思わずなのはに顔を向ける。いつの間にかなのはの顔が近い、こちらに身を乗り出しているのだ。

 

「これから皆の訓練があるんだけど……手伝ってくれないかな?」

 

「………は?」

 

「皆を鍛えてくれない、かな?」

 

なのはが更にこちらへ身を乗り出す。必然的に人修羅はなのはから逃げるように体を引いていた。

 

「…俺が?」

 

「うん、人修羅さんが」

 

なのはがこちらへ一歩を踏み出してきた、人修羅はなのはから逃げるように一歩下がった。

 

「……何で俺が?」

 

「ん〜? だって人修羅さんが今言ったじゃない、暇してるって。それに実際に人修羅さんの戦うところ見てみたいし」

 

「いや、無理だ。俺がこんな狭いとこで戦ったら、色々壊れるぞ、地殻とか」

 

「じゃあ人修羅さんにこの間みたいに仲間の悪魔を呼んでもらって、訓練してもらうっていうのはどうかな? あれだけ大勢いるんだから、お願いできないかな?」

 

そのとき人修羅は自分の背に硬いものが触れるのを感じた。見るとそこにあったのは壁だった。いつの間にか人修羅は、なのはに壁際まで追い込まれていた。

 

「まぁ…それなら大丈夫だと思うが…でもな…」

 

「…ダメ、かな?」

 

「ゔ…」

 

追い詰められた混沌王は、一人の人間の、やたら迫力と威圧感のある笑顔に折れた。

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「えー、というわけで、四人の人間の訓練を受け持つことになりました。それぞれの人間に付く教導者を四名連れて行きたいと思いまーす」

 

部屋全体に響く声で言う人修羅のいる場所は、機動六課本部でも訓練場でもない、それどころかミッドチルダですらない。人修羅が今居るのは、彼がいつも過ごしているアマラ深界だった。人修羅はなのはの、お願いという名の強行を受けて、すぐにアマラ深界へ戻ったのだ。

 

「主よ…何故ですか…、何故そんな教官の真似事のようなことを?」

 

人修羅の周囲を無秩序に囲む幾千万の仲魔達の中から、女神アマテラスが一歩進み出ると心配そうに言った。

 

「押し切られた。仕方ないね。あっ、メルキセデク、お前こいつ担当な」

 

なのはの押しの強さは、幾千万の悪魔と交渉を行ってきた人修羅さえも押し切ったのだ。むしろ交渉役には、はやてよりも向いているかもしれない。

 

「仕方ないね、じゃ無いでしょう!? 私は反対です。悪魔から武芸を学んだ人間は今まで例外無く、ヨシツネやジャンヌのように、裏切られて破滅するか、後に祭り上げられて英雄になってしまうのですよ? 主はその方達の人としての道を閉ざす((御|お))つもりですか?」

 

「構わん、暇なんだよ基本。向こうだと本当にする事無いんだぞ。それに破滅にしろ英雄にしろ、節制無く教えてるからそうなるんだよ。だいそうじょう、お前はこいつに頼むわ」

 

「自分が教えるなら大丈夫だと?」

 

「当たり前だ。俺が見てるんだから絶対にそうは成らないさ。オーディン、お前こいつに付け」

 

アマテラスが親身になって人修羅を心配するも、人修羅は既になのはの提案を受ける気満々だった。人修羅の言葉にアマテラスは引き下がりかけるも((頭|かぶり))を振ると、再び人修羅に言いかかった。

 

「いえ、いえいえそれ以前に主は先日の交渉であの石と引き換えに情報の閲覧権限を得たのでしょう? 何故蒐集を始めぬのですか?」

 

「向こうからの許可が下りるまで閲覧は不可能なんだよ。人間にはそういうルールがあるのは知ってるだろ? セト、お前はこいつな」

 

「それはまぁ、そうですが…」

 

「主よ、とりあえず私が受け持つというこの、スバル・ナカジマという人間の((戦種|スタイル))を詳しく教えていただきたい」

 

「メルキセデク!」

 

アマテラスの隣で、爪先から頭まで全身を装甲で覆った大天使メルキセデクが、人修羅から渡された、スバルのことが書かれた書類をひらひらさせながら言った。

 

「まぁいいじゃないですかアマテラスの姐さん、主は一度決めたことは曲げませんから」

 

「ぐっ……そっそもそも何ですかセデク! ((体型|スタイル))を教えろって! 何を考えて居るんですか貴方は!?」

 

「姐さん違います。((体型|スタイル))じゃないです、((戦種|スタイル))です、戦術区分の話です。少し落ち着いてください」

 

「アマテラス…お前もう下がってろ」

 

「うー! 良いですよもう!ウズメ!((般若湯|はんにゃとう))持ってきてください!」

 

「((天甜酒|あまのたむざけ))は切らしてますから、この前にクトゥルーから貰った黄金の蜂蜜酒しかないですよ、アマテラス様?」

 

「それで良いですから! あとタヂカラオに天岩戸開けるよう言っておいてください!」

 

「また引きこもる気ですか……」

 

アマテラスは従者のアメノウズメを引き連れて隣の部屋へ行ってしまった。まぁ引きこもっても何とかなるだろと人修羅は楽観的に考える。

 

「彼女も大変そうですね」

 

「長女は基本苦労人だよ」

 

そう言って人修羅は、世界最古の引きこもりの事を頭から追いやり、メルキセデクの問いに答えることにした。

 

「スバル・ナカジマ…スターズ分隊フロントアタッカー、陸戦Bランク、近代ベルカ式術者、我流格闘術シューティングアーツ会得とありますが、これらを総合して簡単に言うと?」

 

「((撃|う))てる殴り屋」

 

「さすが主、ヒトコトヌシよりも簡潔に済ませますね」

 

長々と書かれたスバルの役職や戦法を人修羅は一言で表した。メルキセデクの背後でヒトコトヌシが泣きながら逃げていったが、人修羅はそちらを見ないことにした。

 

「ふむ…では次に、彼女はパワータイプですか? それともスピードタイプですか?」

 

「んー、憶測でしかないが、体格的にはスピードタイプだと思う」

 

「なるほど、では彼女は極めて私と似た戦術を使うようですね」

 

「まぁアイツに頼まれたとき、真っ先に決まったのはお前だったからな」

 

それを言った瞬間、メルキセデクの口が仮面の上からでも分かるくらいに笑った。

 

「まぁ、そうでしょうね。軽装甲で肉弾戦の武術師なんて、私たちの中では、私かナタタイシくらいしかいないですし、ナタタイシは射撃は苦手ですから」

 

「ん、まぁそうだな」

 

人修羅はそう言ってから、ふと気付いた。

 

「お前もしかして、向こうに行きたかった?」

 

メルキセデクは人修羅の言葉にニヤリと口を歪める。

 

「主について行きたいのはフラロウス達ばかりじゃありませんよ?」

 

「ん、まぁそれもそうか」

 

そいじゃ、と人修羅はぐるりと自身の周囲に集まった四人の悪魔を見回した。

 

「質問があるのはメルキセデクだけか?」

 

「質問など必要ないだろう、主の言うことは常に正しいのだ。仮に我が間違いだと思おうとも、主は常に数手先を考えておられる。」

 

人修羅の声に対し、神槍を携えた、隻眼の魔神オーディンは静かに言った。

 

「…俺を信じてくれんのは構わないけどさ、あんま心酔すんなよ」

 

「了解した」

 

「んで、だいそうじょうにセト、お前等も質問は無いか?」

 

人修羅は黄菊色の僧衣を着た骸の魔人と大黒龍にも尋ねた。

 

「ワシも貴殿の考えに反論などはありはせん」

 

「我モ主ノ考エニ…間違イナド無イコトハ…解ッテイル…」

 

「ん、無いなら良いか」

 

そのときメルキセデクがふと言った。

 

「それにしても…人間の特訓だというのに、大天使、魔神、邪神、魔人に、向こうには魔王も居るんでしたっけ? 上位種族ばかりですね主。明らかにオーバーキルですが、その辺りが素敵ですよ」

 

メルキセデクの言葉に人修羅は思わず苦笑いを浮かべ言った。

 

「確かに、お前等四人が本気でやればそれだけで終わるような連中だけどな」

 

でも、とそこで人修羅は苦笑いを消す。

 

「お前等がやるのはあくまで鍛錬、訓練と呼ばれるものだからな? 間違っても殺すなよ? 特にだいそうじょう」

 

「わかっておるさ人修羅殿、貴殿の顔を潰すような真似はせんよ」

 

「なら良いさ」

 

だいそうじょうの答えに満足した人修羅は、四人に背を向け、ミッドチルダへと続くアマラ経絡へと四人の悪魔を連れ、歩き出した。去り際に人修羅は、ふといつも纏わり憑いてくるあいつがいないことに気付いた。

 

「そういえばいつも纏わり憑いてくるフラロウスはどうしたんだ?」

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「ちょっとスサノオ! 私の((天岩戸|プライベートルーム))に、フラロウスを閉じ込めているってどういうことですか!?」

 

「あぁ、この間ウリエルが来て使わせてくれって、頼んできたから許可した」

 

「何で貴方が許可を出すんですか!? ここは私の部屋ですよ!? ここが使えないなら私は何処に引きこもれば良いのです!?」

 

「姉貴、引きこもらないって選択肢は無いのかよ」

 

「ありません!」

 

「そこは自信もって言うところじゃ((無|ね))えだろ」

 

「いいんですよ! 後のことはケツアツカトルに任せてきましたから!」

 

「たかが主の前で無様晒したくれぇで仕事まで放棄すんじゃ無ぇよ姉貴」

 

「たかが? たかがって何ですか愚弟! あ、ちょっと、ヒトコトヌシ! 貴方も何隙間から入ろうとしてるんですか!」

 

「…………」

説明
第6話 指導者
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タグ
女神転生 人修羅 リリカルなのは クロスオーバー 

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