IS〈インフィニット・ストラトス〉 〜G-soul〜 |
エレクリットカンパニー本社。エリスさんが操縦するロウディで俺たちはやって来た。
ロウディは隣接する技術開発局の滑走路に止まり、そこから見える本社の大きさに一夏が驚いたようにつぶやいた。
「あれがエレクリットの本社か…。デカいな」
「おっき〜!」
マドカも感心したように声を出す。
「まあな。エレクリットは家電からISまで幅広く製造する大企業なんだぜ」
「えっへんっす!」
「エリスさんが威張ってどうするんですか…」
俺の横でエリスさんが胸を張る。
「にしても…楯無さんまで来てくれるなんて驚きましたよ」
俺はロウディから降りてきた楯無さんの方を見る。
「あら、ダメだったかしら?」
「そんなことありませんよ。それに今更言ってもって感じですし」
「ふふ、ありがと」
そう言いながら楯無さんは俺の右頬をその指で押した。
それをエリスさんが二度見してたけど、なぜ?
「瑛斗…ごめんね………。お姉ちゃんが、いきなり来ることになって…」
俺の服の袖をクイ、と引っ張り、簪が申し訳なさそうに言った。
「全然気にすることないぞ。それにうっすらそんな予感はしてたからよ」
「うん…」
簪はコクリと頷いた。
「それにしても、いろんな企業が来てるみたいね。中国の企業まで来てるわ」
鈴が少し遠くに止まっている様々な企業のヘリや小型航空機を見ながら言う。
「当然っす。エレクリットは世界中の企業に技術を提供してるっすから。こういうイベントに顔を出して信用を得ようとするっすよ」
「でも、その分エレクリットを妬んでる企業も多いけどね」
「あ、エリナさん」
技術開発局局長のエリナさんが俺たちを迎えに来た。
「瑛斗さん、このお方は?」
セシリアが聞いてきた。
「紹介するよ。この人はエリナ・スワンさん。所長の友人で、そこの技術開発局の局長だよ」
「こんにちは。あなたたちが瑛斗のお友達さんたちね」
エリナさんが軽く会釈する。
「わ…美人さんだ…………」
「綺麗……………」
シャルと簪がつぶやく。エリナさんはクスッと笑うと、後ろに止めてある自動車を指差した。
「社内の応接室に案内するわ。まだ式典が始まるまでは時間があるから、それまではそこででゆっくりしていてちょうだい」
会社の建物の中に入ると、色々な国の人達が話をしていた。
「凄い人の数だな」
さっきから無言だったラウラも驚いたようだ。
「ああ。俺が前に来たときよりも多いみたいだな」
歩いている俺たちにも視線が集まっている。
「失礼。そこの君」
「はい?」
一夏がスーツ姿の男性に話しかけられた。
「織斑一夏くん、だね。私は――――――」
「そこまで」
エリスさんがその男性と一夏の間に割って入った。
「今日はツクヨミの職員たちの追悼式典を執り行う日です。顧客獲得なら別の日にお願いできますか」
エリナさんのその目は今まで見たことがないくらい鋭かった。
「ふん…」
その男性は歩き去った。
「まったく…ごめんなさいね。織斑くん」
「い、いえ。全然構いませんよ。慣れてますし」
「そう。みんなも気を付けてね。またああいうのが来るかもしれないから」
そうこうすると、俺たちは応接室に到着した。
「あと一時間くらいで始まるから。時間になったら迎えに来るわ」
部屋から出て行こうとするエリナさんが足を止めた。
「あ、そうだ。瑛斗、ちょっと来てくれるかしら?」
「? なんですか?」
「うちの社長があなたに会いたいらしいの」
「俺に?」
社長直々とは、いったい何の用だろうか。
「やあ、よく来てくれた」
エリナさんに連れられてビルの最上階の社長室に入ると、短い髪を綺麗に纏めたエレクリットの社長が俺を迎え入れてくれた。
「エリナから聞いただろうが、去年は呼ぼうとしなくて済まなかったね」
「いえ、気にしないでください。それで、ご用件はなんでしょうか?」
「ああ、そうだったね。エリナ、悪いが席を外してくれるか?」
「わかりました。瑛斗、それじゃあ後でね」
エリナさんは部屋を出て行った。
「さて、用件だが…」
かけていた眼鏡を外して俺の前に立った社長は真面目な顔で話し始めた。
「ツクヨミを破壊した者についてだ」
「……………………」
「亡国機業のことは聞いたことがあるかい?」
「はい。世界各地でISを強奪してるとか…。じゃあ、まさか………?」
「その通りだ。我々はツクヨミの破壊工作は亡国機業の仕業と考えている」
「やっぱり……………!」
「だがそれも憶測に過ぎない。分かっていないことも多いからな」
「分かっていないこと?」
「仮に亡国機業がそうだとしても、なぜツクヨミを破壊したのか、どうやって攻撃したのか、などがな」
「………………」
「少しでも君に情報を与えておきたくて呼んだのだが…済まないな。辛いことを思い出させてしまって」
「いいんです。俺なりに割り切ってはいますから」
俺がそう言うと、社長は優しい笑みを浮かべた。
「…………君は強いな。アオイが育てただけはある」
「所長と知り合いなんですか?」
「ああ。昔は良く一緒に酒を呑んだものだ」
「酔うと面倒だったでしょう?」
「ということは君も体験済みか。当然と言えば当然だな」
あはは、と二人で笑う。
「さて、呼んでおいて申し訳ないが、そろそろ私も行かなくてはならない」
腕時計で時間を確認した社長は扉へ歩きはじめた。
「また何か分かったら連絡しよう」
「お願いします」
俺が頭を下げるのを見ると、社長は部屋から出て行った。
「………………」
俺も少ししてから部屋を出る。
「君が桐野瑛斗?」
「え?」
出たと同時に声をかけられた。そこには、壁にもたれかかったエリナさんくらいの女の人がいた。
「あなたは?」
「初めまして、ね。私はジェシー・ライナス。ここの社員よ」
俺の前に立つと、しげしげと俺の顔を見つめてきた。
「ふぅん…」
「な、なんでしょうか?」
俺が聞くとジェシーさんは顔を離した。
「いいえ。なんでもないわ。引き留めてごめんなさいね」
そのままジェシーさんは去って行った。
「なんだったんだ………?」
俺は首を捻りながらエレベーターに入る。
「あ…………」
扉が閉まる寸前、振り返ってこっちを見るジェシーさんと目があった。
ガコン…………
扉が閉まる。
「………………」
一瞬見えたジェシーさんは口の端を吊り上げ、獲物を捉えた獣のような目で俺を見ていた。
「なんだったんだ…一体…………」
俺は背中に妙な寒気を覚えた。
応接室に戻ると、みんなは出されていたお菓子を食べていた。
「あ、瑛斗おかえり。社長さんのご用事ってなんだったの?」
「いや、特に何も。ただ、所長の昔の話を聞いただけだよ」
「そうなんだ。瑛斗も食べたら? このクッキー、エリスさんが作ったんだって」
「エリスさんが?」
「い、いやぁ…お恥ずかしいっす」
椅子に座っていたエリスさんが照れたように顔を赤くする。
「へぇ、どれどれ」
俺も一枚手に取って食べる。
「あ、美味しい」
「ど、どうもっす………」
赤い顔をさらに赤くしてエリスさんは言った。
「そうだ、エリスさん。ジェシー・ライナスさんって知ってますか?」
「知ってるっすよ」
エリスさんは頷いた。
「技術開発局に勤めてるっすけど、今は無期限の長期休暇に入ってるとか」
「え? さっきここに戻ってくるときに会ったんですけど……………」
「マジっすか? いつ戻ってきたんでしょう?」
「瑛斗、そのライナスという者がどうした?」
ラウラがサク、とクッキーをかじりながら問いかけてきた。
「いや、なんか知らないけど顔をじろじろ見られたんだ」
「じろじろ…………?」
簪が首を傾げる。
「あら、瑛斗くんに脈ありなんじゃないの?」
「え――――――」
「「「そんなことない!」」」
楯無さんの一言をなぜかシャルとラウラと簪が全力で否定した。
「ま、まさか簪ちゃんたちに否定されるとは思わなかったわ…………」
苦笑いを浮かべながら楯無さんは紅茶を飲んだ。
「き、桐野さん…」
エリスさんが小声で話しかけてきた。
「? なんですか、エリスさん」
「と、年上でも、大丈夫っすか………?」
「はい?」
「なっ、なんでもないっす! そ、それじゃあ自分はこれで!」
そのまま早足で応接室の扉へ近づく。
ガンッ!
「ぶっ!?」
そして開かれた扉に激突した。
「あ、エリスごめん! 大丈夫!?」
入ってきたのはエリナさんだった。
「ふぃ、ふぃふぁいっふ〜!」
鼻を押さえて涙目のエリスさん。
「ごめんなさい。それじゃあみんなそろそろ時間だから、会場に行くわよ」
エリナさんを先頭に、俺たちは外の慰霊碑があるところまで向かう。
「社長のスピーチのあと、さっき入り口でもらった花をあの台に献花するの」
「去年と大して変わりませんね」
「それを言われると痛いわ…………」
エリナさんは苦笑した。
「それじゃあ私は式典の進行役をするから、失礼するわ」
エリナさんは歩き出した。
「せっかく来てくれたんだから、この式典が終わったら近くの街を案内してあげるわー!」
背中越しにそう言って、エリナさんは人混みに消えた。
「………………」
去年と内容は変わらないのか。なら後で所長たちの墓地に行くか…。
「瑛斗…………大丈夫?」
隣にいた簪が心配そうに声をかけてきた。
「え? なにが?」
「なんだか…辛そうに見えたから…………」
「……………」
「へ、平気なら、いいけど…………」
「…自分では大丈夫と思っていても、傍から見るとやっぱり出ちまうんだな」
「え…………?」
「いや、なんでもない。ありがとな」
「うん……………」
ぽん、と頭を撫でると簪は嬉しそうに頷いた。
『それでは、これよりエレクリットカンパニー所属―――――――』
マイク越しにエリナさんの声が聞こえた。
「あ、始まるみたいだ。静かにしねぇと」
「そうだね………」
俺は檀上に上ってきた社長のスピーチに耳を傾けるのだった。
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