病は気からと言うけれど(戦国BSR/佐弁)
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 弁丸が風邪をひいた日は、色んな意味で特別な日となる。

 

 病気が裸足で逃げてもおかしくない程の、丈夫過ぎる恵まれた体ではあるが、そこは弁丸も童。抵抗力の落ちる時期は、用心を重ねて丁度良いぐらいだ。

 

 今回は市井でも流行っていた咳の風邪にかかり、日がな賑やかな声が響く屋敷も、静かな日々が続いている。

 

 ケホンッ、と咳の止まぬ弁丸だったが、幸いにも高熱に魘されるような物ではない。そのせいか弁丸は、病気にかかったのは辛いが、心は浮き足立っていた。

 

 まずは、高価で滅多に口に出来ない蜂蜜がもらえる。そのまま舐めたりもすれば、冬に差し掛かる今の時期だと、佐助が蜂蜜大根を用意してくれる。

 

 大根を小さく適当な大きさに切り、蜂蜜を全体にかける。そして小さな壺入れて蓋を締めれば、後は冷えた川の水や雪の中で数刻寝かせれば完成。出てきた水分をそのまま飲むか、水や白湯を少し足して飲むのだ。

 

 後は、ゆず果汁と白湯に蜂蜜を割った飲み物や、かりんの蜂蜜漬けなどもある。

 

 これでもかと用意するのは、佐助も含めて、普段から弁丸を中心に動いている屋敷の者達。

 

 集団感染に近い過保護ぷりだが、誰も諫めないのだから拍車がかかっても仕方が無い。むしろ父である昌幸と、老齢の医師が達観しているぐらいだ。

 

 恐らくは、病なのに弁丸が機嫌の良い本当の理由を、彼らは察しているからかもしれない。

 

 大分咳も収まり、治り始めに差し掛かった時が、一番退屈だ。日がな布団の中で、ゴロゴロと寝るしかない。

 

 しかし父と医師の知るように、弁丸の機嫌は全く損なっていない。何せ病にかかった最初から今日に至るまで、佐助が片時も離れず傍に居てくれているのだ。

 

 いつもより量の少ないものの、粥の夕餉をぺろりと平らげた弁丸は、早めの床に着く。傍には佐助があぐらをかいて床に座っている。

 

 きっと明日の朝には、ほとんど回復をしているだろう。屋敷中の空気が一息ついた夜、弁丸は佐助に問いかける。

 

「さすけは、弁がずっとこうしておれば、どこにも行かないか」

 

 病など当人も含めて誰も歓迎しない。ましてやそれを理由に引きとめようなどと。弁丸はちゃんと分かっている。だがこうして、毎日を佐助と過ごせている今、聞いてはいけないと分かっていても、甘やかしてくれる嬉しさは抑えられない。

 

 そんな弁丸の心情が手に取るように分かる佐助は、眉を下げて苦笑する。

 

「ごめんね。居るよと嘘をつきたいけど、つけれない」

 

「・・・・・・わかっておる、弁のわがままだ」

 

「良いよ、寂しんだろ。皆もそうだもん」

 

「みな?」

 

「弁丸様が元気じゃないのは、皆も元気じゃなくなるの」

 

 見上げた先にいる忍が優しく目を細めるから、弁丸は不特定多数よりも、ただの一個人へと訪ね返す。

 

「さすけは、どうなのだ」

 

 上掛けの端をぎゅっと握れば、上から手を重ねてくれた。

 

「そうだなあ、もし傍に居て、弁丸様の病が俺様に移って元気になるなら、とは思ってる」

 

「それは弁が、いやだ」

 

「うん、知ってる。俺様の我侭」

 

 そうして佐助の手が離れていったので、弁丸は何かを言おうとして口を開ける。しかし急に吸った息が詰まり、小さな咳が出てしまった。

 

 慌てた佐助が、前かがみになって近寄る。

 

「ごめん、話しすぎた」

 

 背中を撫でようか悩んだが、弁丸は褥に入って寝た姿勢のままだ。結局は見守るしか出来なかったが、すぐに咳は収まった。

 

「良い」

 

 落ち着くべく、ふう、と溜め息をつく。佐助は大丈夫そうかと安心し、乱れた弁丸の上掛けを整える。

 

「もう寝ようか」

 

 離れ難かろうと、体に負担が掛かっては元も子もない。寝所から退室する空気を出した佐助に、弁丸は唇を尖らせる。

 

「まだ、ねむくないぞ」

 

 毎日寝てばかりで、今日も日がな一日をここで過ごしている。寝ることが薬だった頃に比べて、体力が戻れば、自然と寝るのも億劫になる。

 

「目を閉じて静かにしてれば眠くなるよ」

 

「・・・・・・さすけが居てくれるならば、大人しくする」

 

「今、こうして喋ってるけど?」

 

 揚げ足を取る言い方に、弁丸は唇を尖らせつつ頬を膨らませる。

 

「むう」

 

 うっかり小さな主の機嫌を損なわせてしまい、忍らしからぬ苦笑いで折れる事にした。

 

「しょうがないなあ。じゃあ本当に大人しく出来るか、傍に居て見ていてあげますよ」

 

「うむ」

 

 佐助の提案に、ついさっきまで膨らませていた頬を緩め、あっという間に機嫌をなおす。そうして傍に居てくれたのに、結局は目を閉じてしばらくすれば、寝入ってしまったのだが。

佐助は、やれやれと、肩を竦めて安堵する。

 

 この安らかな寝息を、今宵幾人の忍が側耳を立て、同じように安心しているのか。

 

「病は気から、って言うけどさ」

 

 佐助は今夜の寝ずの番をすべく立ち上がる。そして首と肩を回してから、弁丸を一瞥した。

 

 瞬時に天井に移り、今度は上から寝顔を見守る。

 

「屋敷中の人ばかりか、草までが伏せっちゃうんだから、やっぱり弁丸様は元気でなくちゃね」

 

 影の本音を知らぬまま、夜は更けてゆく。

 

 弁丸は風邪をこじらせていた間、佐助がずっと傍に居てくれたのを密かに喜んでいた。不謹慎な願いだと憂いていた弁丸だが、かくいうこの忍も、小さな主を独り占め出来ていた状況に、密かに浮かれていたのだ。

 

 互いに望む姿だった数日は、誰もが望む形で終わる。

 

 明日、元気に起きてきたら、いの一番に声をかけよう。おはようと、いつもの明るい笑顔で言ってくれるのを待つ夜ならば、寂しくもなければ苦でもなかった。

 

 

                   《了》

 

説明
佐弁むしろ佐→←弁。「こじらせてからでは手遅れです(佐弁)」と繋がり有り。時系列的には、こちらが手前。そして新刊のネタへと時が進みます。でも!全然関係なく、普通の単発物で読めます。弁丸、風邪をひく。
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