ミラーズウィザーズ第一章「私の鏡」08 |
「とにかく、この件はあまり口外しないように。一応は機密事項だから」
「は〜い」
マリーナとエディの声がそろった。
元気の良い返事をしたのはいいものの、エディには機密事項がこうも簡単に人目に晒されているということが不可解でならなかった。それでもその疑問を口にして話を蒸し返すほど、エディは空気の読めない人間ではなかった。
「それじゃあ、事務局まで一緒に行きましょうか。私達も丁度用事があるの」
クランの誘いで、道ながら世間話して事務局に向かう四人だったが、エディはなんとなく先程の配置の話が頭を離れなかった。
(戦争かぁ……。どんな感じなんだろう。私、何も知らない。田舎には戦争の気配なんて何もなかった。誰も戦争の実情を教えてくれなかった。人がたくさん死ぬってどういうことなんだろう……)
事務局に着き、やっと雑務から解放されたエディとマリーナ。昼食を取る為に食堂に向かう最中もエディの顔は晴れなかった。
「エディ。さっきからどうしたの?」
堪りかねたマリーナが聞いてきた。
「別に……」
「そう言うのなら、そんな上の空はやめなさいよね。さっきの呪いのこと? それともカルノさんのこと?」
マリーナが口調を強めたので、エディはどきりとした。丁度、学園の広い中庭を横切っていたところだった。遠くにお昼休みをとる生徒がいるだけで、二人に関心を向ける者はいなかった。
「うん、えと、お兄ちゃんのこと……かな。でも、お兄ちゃんが前線に出るって覚悟したのなら、私がどうこう言うことじゃないから。ただ、本当に『私達』戦争もするんだなって」
魔法学園に入り、そして卒業するということは、魔法を振るい、軍力に組み込まれる可能性が高いということ。もちろん軍力に汲みせず、孤高の魔法使いとして歩む道もあるにはあるのだが、それは誰からも支援を受けられない苦難の人生である。
「エディもそういう覚悟があって、学園に来たんじゃないの?」
「うん。知ってたよ。でも、実感がなくて、本当はよくわかってなかったのかも……」
「そうね。私も実感なんてないわね。というか、私は今でも戦地に行く気はないし」
「えっ、でも」
「忘れたの? 私は付与魔術師志望よ。戦争になっても後方支援が役目」
「え〜〜。それ卑怯」
「卑怯、かしら? ……あれを見て」
何事か思い付いたようで、マリーナが学舎の正面エントランスの方を指差した。
「何? あっちにあるのは……。そう、鎧?」
マリーナが指す方に、二人は歩み寄っていく。この学園の学徒であるエディには、そこにある物はよく見知った物だった。
まるで来る者を待ち構えるように、このバスロト魔法学園の正面エントランスに鎮座している物がある。
それは展示ケースに入った一揃えの鎧。金色に輝く全身鎧が飾ってある。
エディ達は、金色の鎧に見劣りしない彩飾美しくも厳かな、それでいて魔術護紋印が仰々しいエントランスに足を踏み入れた。
二人は息を呑んだ。いつ訪れても身の引き締まる神秘的な空気がエントランスには満ちていた。
「……聖騎士バストロの鎧だね」
そこは学園の本館の更に中央。学園の中心といってもいい気品溢れる空間だった。そこに飾られていたのは、魔女戦争を終結させ欧州を救ってみせた聖騎士バストロが身に着けていたという伝説の霊装『ラッパ吹きの鎧』。
この金色の鎧こそ、彼の聖騎士が創設したバストロ学園の象徴とも言える存在である。
側まで来た二人が見上げるほど大きい黄金に輝く巨身の鎧。それは三百年以上前に作られた古物であるはずなのに今でも光り輝く力強さがある。
「いつ見てもこの鎧、気持ち悪いね」
重苦しく輝く鎧。その異能を示す光が金属の表面に渦巻き沈着する様は、幽星気が視えるエディにとって息詰まりそうな、鳥肌が立つ気色だった。
この鎧には色んな噂が付きまとう、なにせ魔女戦争の原因となった不死の魔女ファルキンと死闘を繰り広げた鎧なのだ。曰く、ファルキンが討滅された時に呪いをかけられて誰も着れなくなったとか、ファルキンの怨念が取り憑いて夜な夜なファルキンの幽霊が現れるとか、そんな根も葉もない噂だ。中には、不死の魔女という二つ名通りファルキンは死んでおらず、学園の地下に封印されてこの鎧がそれを見張っているとか馬鹿げた噂まである。
「気持ち悪い? 何言ってるのよ。こんな洗練された秘儀、美しいならまだしも気持ち悪いわけないじゃない」
なにやら無気に否定するマリーナ。どうやら、この鎧にかける思いは、彼女とエディでは根本的に違うらしい。
「見方によれば確かに綺麗……かも」
「無理にフォローしなくてもいいわよ。エディにはわからないか、この魔道美ってやつは。……まぁ、でもこれ、レプリカなんだけどね」
「え? これがレプリカなの? 私てっきり……」
エディは驚きに、目を細めて『霊視』を強くする。
エディにはまるで本物にも見まごう、秘儀の揺らめきが見える。魔力も充分に宿っている。魔術文字に詳しくないエディにはどのような紋字が刻まれているのか理解は出来ないが、後退りしたくなりそうな濃い幽星気に酔いを覚える。これでレプリカということは、本物は一体どれほど強大な霊子を帯びていたのだろう。
「本当の鎧は魔女戦争で破損してしまって、学園長が保存しているとかなんとか噂はあるけど、事実なのかどうかも誰も知らないわ。鎧の行方を知っているのは学園長ただ一人とか」
そんな噂もあるのかと、エディは呆れた。
「じゃあ、おじいちゃんが知ってるんだ?」
「どうして孫のあんたが聞くのよ」
「だって、私あんまりおじいちゃんに会ったことないし……」
「まぁ三大魔校の長となれば仕事で家に寄りつかないのもわからないでもないけどね」
「うん……、どうなんだろ」
エディは珍しく寂しさを隠さなかった。
父方の祖父母に育てられたエディは、母ですら数回しか会ったことがない。世には肉親が誰一人としていない者もいると知る手前、エディは普段は親族と疎遠であることを気にしてないように振る舞う。しかし、今は周りにマリーナしかいないので気を張ろうとはしなかった。
「……うん、それで結局、この鎧がどうしたの?」
改めて聞いたエディの声が聞こえていないはずはないのに、マリーナは鎧から視線を外そうとはせず、金色の光に魅入られているようだった。エディもそれに倣い、再び鎧を見上げた。
どれくらい二人で並び、鎧を見つめていただろう。マリーナが溜息にも聞こえる息を吐き
「この鎧が私の目指す頂点なの」
と、聞き逃しそうな小さな声でこぼした。そしてエディに向き直り、力強い瞳で見据えた。
「魔女戦争で世界を救った聖騎士バストロ。彼を『魔女の秘術』から守ったのが、彼が着ていたというこの『ラッパ吹きの鎧』。ってことはね、エディ。この鎧が世界を守ったとも言えるわよね。私はこの鎧と同じように、戦地に臨むだろう仲間達の命を守りたい。だから付与魔術師になると決めたの。もし戦争が起これば私も戦うわ。場所は後方でも、一人でも多くの仲間が生きて還る為に、私の魔力を全部詰め込んで……」
それがマリーナの夢なのだ。皆を覆い尽くすように守る霊装。マリーナが思いを込めて作った霊装が皆を守る。エディも自分のことのようにそんな未来が想像出来る。
少し話がしんみりしてしまったことに嫌気がさしたマリーナは、エディに舌を出して見せた。ルームメイトの神妙でありながらも優しげなその顔が、とても眩しかった。
「エディも、何かを思って魔法使いを目指すんでしょ?」
その問いにエディは口をつぐんだ。
ルームメイトでもあるマリーナにすら言っていない、エディが魔法使いを目指す動機。マリーナのように崇高な考えがあったわけではない。ただ、人生の岐路に立って自分で決意した思いはある。
エディはそれを口にしていいのか躊躇った。いつも通りの弱々しい口調。自信なんてエディのどこを探したってありはしない。それでも、マリーナだけには知ってもらいたかった。
「マリーナ。私、いつか序列に入るから。直ぐには無理だけど、いつか、必ず。その時は、私に取って置きの護符作ってね」
「はは。……そういうことは、序列に入ってからいいなさいよ。落ちこぼれエディさん」
落ちこぼれ。今はその言葉が優しく聞こえた。並び苦笑を漏らす二人の顔は、実に晴れやかだった。
エディ達のように共に夢を語らい、将来の為の修練を重ねる。それこそが、このバストロ魔法学園の真の姿に他ならないのだろう。彼女達、未来ある若人を見守るかのように、伝説の鎧は静かに眠っている。
説明 | ||
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第一章の08 |
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