とある忘却者の過負荷(マイナス) |
球磨川雪は、自由人である。
それは紛れもない事実であり、自他が認めるほど、どこをどう取っても、どこからどう見ても、完全な公然たる真実である。十中十、百パーセント、十割。目覚ましが鳴れば消して二度寝を行い、授業中に空腹を感じればその場で弁当を食べ、親に怒られれば外へ出て日本全国を放浪する。
誰にも流されず、世間からも断絶する。
『不干渉』こそ、雪の最大の特徴の一つとも言える。
そしてそれは、異界の学園都市でも、変わらないことだ。
「『むにゃむにゃ……』」
球磨川雪、現在公園のベンチで爆睡中である。
学生たちの下校時間であるためか、奇怪なものを見るような視線で何人もの歩行者は彼を見詰めていた。だが、羞恥心の『心』の字も知らない球磨川にとって、それはどうでもよいことなのだが。
気持ち良さそうに寝返りを打ちながら眠っている彼を、誰も声を掛けることが出来なかった。
「『あにゃー……』『あ?』」
小動物の鳴き声のようなものを漏らし始めた頃、流石に誰かが通報したのか、突然雪は肩を叩かれ、目が覚めてしまった。
ただでさえ怪しい雰囲気を出している雪――先程まで声を掛けられなかったこと自体がおかしいのだ。制服を着ているのにもかかわらず、学校にも行かずに昼寝をしている時点で雰囲気云々以前に十分怪しいが。
眠りから起こされたことで気を悪くしたのか、少しご機嫌斜めになりながらも、雪は起き上がった。
目の前には、つい昨日に出会ったあの風紀委員と同じ腕章を身につけた、中学生くらいの少女が、腕を組みながら立っていた。緑色の腕章、つまり風紀委員。二日連続に職務質問されたのを自分で呆れながらも、少し警戒しながらも、雪は笑みを浮かべた。
「『ねぇ風紀委員さん』『君は朝起きるとき』『目覚ましに起こされるのと自分で自然に起きるのとでは』『どちらの方が好きかな?』『ちなみに僕は完全に後者』『叩き起こされるとその一日の全てが台無しになった気分になって』『そのまま無気力に過ごしてしまうタイプなんだ』」
「公園のベンチで堂々と奇妙な寝言を言いながら寝ている貴方の責任ですの。確か、こういうことを『自業自得』と言いますわ」
「『反論はしないよ』『でも言い訳はするけどね』」
「同じことでは?」
「『同じことだよ』」
彼の軽口に呆れながらも、雪に対する警戒心はまったく解いていない。
元々、またいつもの不審者としか思わず、そこまで警戒せず話しかけた彼女だが、目の前の人類最低と対峙した瞬間、それを激しく後悔してしまった。
『目が死んでいる』
まさの読んで字の如く、雪の目は、死人のような瞳だった。笑顔こそ浮かべているが、完全に乾ききっている瞳で笑顔を浮かべられても、それはさながらミイラが笑ったような感覚で、化け物染みていた。
――――とんでもない奴とかかわってしまった。
しかし、後悔しようが、もう遅い。
彼女は、『人類最低』球磨川雪と、『関わり』を持ってしまった。
「風紀委員の((白井|しらい))((黒子|くろこ))と申しますわ。以後お見知りおきを」
「『僕は球磨川雪!』『見た目は子供』『頭脳は漫画』『人類最低の暇人ですっ!』」
これが((過負荷|マイナス))、球磨川雪と、常盤台中学との、ファーストコンタクトだった。
それから幾らか時間が経ったが、特にこれと言った進展は無く、最早尋問ではなく談笑になりかけていた。もっとも、雪相手に『談笑』という行為が出来るのかは疑わしい限りである。
「『幻想御手』『ねぇ』『まったく馬鹿馬鹿しいよねー』『所詮「能力」なんて便利な付属品に過ぎないっていうのに』『それを犯罪を犯してまで高めたり得ようとしたりするのは』『僕には到底理解できないや』『なんの能力も才能もない僕が言ってるんだぜ?』『能力を持ってないからって犯罪者になるのは正直どうかと思うよ』『一欠けらも共感できない』」
ベンチに座ったままの雪は、彼を見下ろすように立っている黒子に向かって、そんな言葉を投げかけた。無論、幻想御手については黒子本人が訊いたため、彼はそれに対して答えているだけだが。
少し突っ込みどころのある台詞だが、雪の目的や思想については知らない黒子にとっては、『正義感の強い奴だなぁ』としか感じられなかった。それが雪自身に対しての自虐だとも気付かず。
「随分と犯罪者がお嫌いのようですわね」
「『犯罪者云々以前の問題だと思うぜ?』『それにさ』『僕は能力が無くて正直よかったと思う』『「才能が無い」っていうのは』『ある意味最高の幸せだろ?』『僕が幸せを語るのはどうかと思うけど』」
「確かに、球磨川さんのご意見には賛同できる点がありますわ。ですが、聞く限りレベル0の貴方が、同じレベル0の感じる劣等感、無力感、嫉妬を、理解できないというのは、少しおかしいかと……」
「『いちいち「その程度」で落ち込んでたら人生きりが無いんだよ』『僕は僕のやり方で』『能力ではなく別のやり方で』『超能力者を越えるつもりだ』『どうやったら僕たちの気持ちを分かってもらえる?』『そんな疑問は誰しもが抱く』『でも僕は自分でその答えを見つけた』」
「答え?」
「『自分と同じ立場に落としちゃえばいいんだよ』『優等生を劣等生に叩き落せばいいんだよ』『そうすればエリートもクソも無い』『みーんな等しく平等でだーれも劣等感を抱くことはない』」
「ッ……!」
雪の口にした言葉に、彼女は顔を顰めた。
優等生を劣等生に叩き落す、それは解釈次第で意味が分かれそうな言葉ではあるが、黒子は雪が何を言おうとしているのかぐらい、理解している。
たとえつい先程会ったばかりの相手でも、風紀委員である彼女は洞察力と理解力が長けている。この一連の会話で、『球磨川雪』という人物がどんな人格なのかは、多少の不確定要素はあるものの、理解しているつもりだった。
そして、何気なく口にしたこの言葉であっても、たとえ間抜けた声質であっても、その言葉が嘘偽り無く本音だということも、理解している。
「貴方は……この二百万にまで上る能力者を全て敵に回すつもりですの?」
「『回すさ』『二百万だろうと七十六億だろうと』『目的のためなら誰であろうと敵に回す』」
彼は呆れたように笑うと、首を振った。
「『白井ちゃん』『ここではっきりと断言しよう』」
すると、雪は言葉を区切り、座っていたベンチからゆっくりと立ち上がる。
「『((僕は人間を殺めることができる|・・・・・・・・・・・・・・))』」
その言葉に、この場が一瞬にして凍りついたかのごとく、黒子は震え上がりそうになった。地獄の底から響いたように低く、冷たいその声に、誰もが彼女と同じ行動に陥ってしまいそうだ。
『人を殺せる』。
言葉では簡潔であっても、実際に面を向かってそれを口にされたら、どうだろうか?
それはつまり、今話し相手である自分でさえも、それは対象内ということになる。
人殺し。人間にとって最大の罪。償うことの出来ない、それこそ命を差し出さなければならないほど妥協が許されない行為。
普通なら誰もが足が竦んでしまい、踏みとどまる行為だが、黒子は心のどこかで思っていた。
――――あぁ、この男なら出来そうだ。
「『たとえ友人だろうと家族だろうと恋人だろうと』『自分の目的のためなら』『殴って蹴ってぶっ刺して絞めて千切って投げ飛ばして燃やして砕いて潰して溶かして踏みつけられる』」
そのままニッコリと笑うと、呆然としている彼女に目もくれず、すっかり太陽が沈み始めた黄金色の空の下、歩き出した。
「『僕はこの学園都市にいる数十万の能力者たちを』『一人残さず殺す』『そのために僕はこの学園都市へ住むことにしたんだ』『だって能力者なんて』『非人間染みてて気持ちわりィじゃん』」
説明 | ||
〜第二話 『気持ちわりィじゃん』〜 更新が完全にストップしてしまい、本当にすみませんでした なのにかなり短くなってしまいましたけど(泣) 色々と言い訳しても仕方が無いので、とりあえず本編をどうぞ |
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大変面白いです。つづきを待ってます(fiftyfifty) | ||
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