IS -インフィニット・ストラトス- 〜恋夢交響曲〜 第三十話 |
「あ、織斑くんに天加瀬くんだ!」
浜辺に出てすぐに、ちょうどとなりの更衣室から出てきた女子数人と出会った。各人、可愛らしい水着を身につけており、そこそこの露出度だったので、少し照れてしまう。
「う、嘘っ! わ、わたしの水着変じゃないよね!? 大丈夫だよね!?」
「わ、わ〜。織斑くん体かっこい〜。鍛えてるね〜」
「天加瀬くんTシャツ脱がないの〜?」
もやし体型なのであまり見られたくないからシャツを着ているのに脱げと申すのかこの娘は。
「ふたりともあとでビーチバレーしようよ〜」
「おう、時間があればいいぜ。奏羅は?」
「そうだな。その時になったら参加するか」
女子達と別れると、砂浜に向けて一歩踏み出した一夏が砂浜のあまりの熱さに悲鳴を上げた。
「あっつっ! 奏羅も気をつけ・・・って、お前サンダル履いてんのか!?」
「・・・まぁ、基本だしな」
漫才をしながら波打ち際まで向かう。ビーチはすでに多くの女子生徒で溢れかえっており、その人数分のいろんな色の水着でとてもカラフルになっている。
「じゃ、泳ごうかな、っと」
とりあえず準備運動を始める一夏。俺は・・・どうしようかな・・・?
「い、ち、か〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
丁度良く背筋を伸ばしている一夏に鈴がダイブすると、そのまま一夏にしがみついた。ちなみに着ているのはタンクビキニで、オレンジと白のストライプのセパレートしているタイプだ。
「あんた真面目ねぇ。一生懸命体操しちゃって。ほらほら、終わったんなら泳ぐわよ」
「こらこら、お前もちゃんと準備運動しろって。溺れても知らねえぞ」
「あたしが溺れたことなんかないわよ。前世は人魚ね、たぶん」
そんなコト言いながら一夏の体を登っていき、肩車の体制になる。これじゃ前世は人魚じゃなくて猿だな・・・。
「おー高い高い。遠くまで良く見えていいわ。ちょっとした監視塔になれるわね、一夏」
「監視員じゃなくて監視塔かよ」
「いいじゃん。人の役に立つじゃん」
「誰が乗るんだよ・・・」
「んー・・・あたし?」
・・・何だこいつらは。正直見せつけられているようにしか感じられないんだが。
「あ、あなた達、何をしていますの・・・?」
そこにセシリアも登場。手には簡単なビーチパラソルとシート、それにサンオイルを持っている。
ちなみにセシリアの水着は専用機よろしく鮮やかな青で、腰に巻かれたパレオが優雅さをだしていた。
「何って、肩車。あるいは移動監視塔ごっこ」
「まったく、子供ですわねぇ・・・」
セシリアは今の言葉に少し呆れながらもざくっ!っと音がするくらいしっかりとパラソルを砂浜に刺した。
「あー! 織斑くんが肩車してる!」
突然発せられた言葉。誰が言ったかは分からないが、その一言に周りが騒ぎ始める。
「ええっ! いいなぁっ、いいなぁっ〜!」
「きっと交代制よ!」
「そして早い者勝ちよ!」
勝手な妄想が付け加えられていき、あっという間に一夏に詰めかけてきた。
「り、鈴。降りろ。誤解が広まる」
「ん。まぁ、仕方ないわねぇ」
鈴は一夏から飛び降りると、器用に受身をとって前転して起立。まるで新体操の選手だな。
鈴が降りると、一夏はそのまま周りに集まってきた女の子に「そんなサービスはしていません」と説明をしていた。
「奏羅さん。ではサンオイルを塗っていただけませんか?」
「あー、まぁ、約束だからなぁ」
その一言に、一夏に説明を受けていた女子たちが反応する。
「私サンオイル取ってくる!」
「私はシートを!」
「私はパラソルを!」
「じゃあ、私はサンオイルを落としてくる!」
いや、塗ってあるなら別にいいだろ――って、もう海に飛び込んでいってる・・・。サンオイルもタダじゃないだろうに・・・。
「コホン。それではお願いしますわね」
しゅるりとパレオを脱ぐセシリア。その仕草はどこか色っぽい
「で、どこを塗るんだ?」
「そ、奏羅さんのお好きなところを・・・」
「じゃあ背中で」
「・・・あ、はい」
少し残念そうなセシリアは首の後で結んでいた上の水着のひもを解くと、水着の上から胸を押さえてシートに寝そべった。
「さ、さあ、どうぞ?」
「・・・わかったよ」
俺はサンオイルを手の上にだすと、少し温めてからセシリアの背中に塗っていく。
「手馴れてますわね・・・」
「ああ、昔塗ったことがあるしな。あと、サンオイルの瓶に書いてあるぞ、使用方法」
「そ、そうだったんですのね。頼んでよかったですわ・・・。はぁ・・・」
しかし、セシリアの肌ってすべすべしてるよなぁ・・・。やっぱり美容に気を使っているんだろうか。
「ん・・・。いい感じですわ。奏羅さん、もっと下の方も」
「背中しか塗らないぞ?」
「い、いえ、せっかくですし、手の届かないところは全部お願いします。脚と、その、お尻も」
「・・・はい?」
「いや、ですから、お尻もお願い・・・します」
「そ、それは、その、俺達は男女であってだな。そういう所は――」
「わ、わたくしが大丈夫と言っているのです! は、はやくしてください・・・」
いやいやいや、さすがにサンオイルを塗るだけとはいえお尻を触るのはまずいだろう。しかし、本人が触っていいと直々におっしゃっているのであって――
「ふふん。悩んでるねぇ、奏君」
「な、何言ってんだ旭! 悩んでるわけ――って、あれ・・・?」
俺、今なんて言った・・・? 確か旭って・・・ま、まさか・・・。
「昨日ぶりだね、奏君」
「あさ――じゃない、つかさ! なんでここにいるんだよ!」
そう、俺の後ろにはここに絶対にいる事のできるはずがない人物がいたのだ。
「ええええええええっ!? つかささん!?」
セシリアも驚きの声をあげる。そう、俺の幼なじみ、つかさ――もとい、塚乃旭。その顔には相変わらずのサングラスに、髪の色がピン・・・ク・・・?
「あ、ちょっとセシリアちゃ――」
驚いたセシリアが旭の姿を見ようと体を起こした瞬間、体についていなかった水着がそのまま下へと落ちていった。
「あ」
「ありゃ・・・」
「きゃああああああああああっ!」
運良く(?)大事なところは見えなかったが、セシリアは真っ赤になってうずくまった。
「あー、セシリア、その何だ・・・。具は見えてはないぞ、具は」
「な、な・・・」
「と、とりあえず、向こう行くか、つかさ」
「そ、そだね・・・」
再び真っ赤になるセシリアの顔に少し危機を感じ、俺達はそそくさと海の方へと向かった。
◇
「しかし、お前なんでここにいるんだ?」
俺は、ここにいるはずのない人物である旭に問いかける。もともと、この臨海学校は部外者は絶対に知ることもなく、参加することもできない。俺も「臨海学校へ行く」とは言っていたが、どこへ向かうとは言っていない。
「えーっと、いろいろあるんだけど・・・」
「・・・まぁ、お前がデパートの時に隠していたことがわかったよ」
つまり、こいつはあの時からすでにこの臨海学校に参加すると決まっていたことになる。それを俺に黙っていたのだろう。あの時買った緑の水着を、旭はしっかりと身につけている。
「ひとつわからないんだが、なんで参加できたんだ?」
「それはね――」
「あたしが教えてあげよう」
またまた、俺の知り合いの声がする。正直あまり反応したくはなかったが嫌々振り向くと、これまた水着姿の知り合いが立っていた。
「お前も来てたのかよ、リリィ」
「まぁね。このリリィちゃんがいないと色々と出来ないことがあるからね」
そんなことは今重要じゃないんだがなぁ・・・。
「わかってる、わかってる。そんな顔しなくても教えるって」
リリィはあはは、と笑うと事情を説明し始めた。
◇
「なるほど、理由はわかった」
「そ。この臨海学校に参加して、少しでも実践的な基礎を旭に学んでもらおうってね。そのために新型のISの情報を公開して参加ってわけ」
しかし、こんなことになろうとはなぁ・・・。
「旭はそれでいいのか?」
「まぁ、しょうがないからね。必要なことなんだから」
「そうは言われてもなぁ・・・。お前・・・」
「この話はおしまい。もういいでしょ、参加しちゃってるんだし」
リリィになだめられて旭に追求するのは諦めたが、やっぱり引っかかってしまう。
「じゃあ、あたしはこれから先生方に話があるから、旭のことよろしくね」
「お、おい・・・」
リリィはそう一言告げると、さっさと旅館の方へと戻っていってしまった。
(しかし、大変なことになってきたぞ・・・)
果たしてあの新型を公開してもいいのだろうか? あんなものを公開して、苦情とか来ないかな・・・。第一アレってISじゃないISだからなぁ・・・。
「あ、奏羅。ここにいたんだ――って、その人誰?」
またしても声に呼ばれる。今日一体何回振り向けばいいのやら。そう思いながら振り向くと、そこにはシャルと――
「いやこいつは――って、なんだ、そのバスタオルのお化けは?」
なんかよくわからない存在がそこにいた。バスタオル数枚で、まるでミノムシのように全身を頭の上から膝の下まで包んでいる。
「やっほー、昨日ぶりだね。シャルロットちゃん」
「つ、つかさ!? その頭どうしたの――じゃない、なんでここに!?」
「ここにいることにはいろいろあるんだけど・・・。ま、頭の方は染めたっていうか」
「そ、そうなんだ・・・」
昨日の今日で髪の色の変わり様だ。まぁ、普通驚くよな。多分カツラかなんかなんだろうが。
「次は俺の質問に応えてくれるとありがたいんだが・・・」
「ああ、ちょっと待って。ほら、出てきなってば。大丈夫だから」
「だ、だ、大丈夫かどうかは私が決める」
そのバスタオルのミノムシからラウラの声が聞こえる。どうやらこの珍生物の正体はラウラのようだが、さっきからバスタオルをとろうとしない。シャルが必死に説得を試みているが、ラウラは一向に聞き入れる様子がないようだ。
「な、なんなんだ、一体・・・?」
「どうやら、奏君に水着を見られるのが恥ずかしいんじゃないかな?」
いやいや、恥ずかしいって、どんな水着着てるんだよ?
「ほーら、せっかく水着に着替えたんだから、奏羅に見てもらわないと」
「ま、待て、私にも心の準備というものがあってだな・・・」
「もー、そんな事言ってるけどさっきから全然出てこないじゃない。一応僕も手伝ったんだし、見る権利はあるとおもうんだけどなぁ」
そういえば、この二人はルームメイトになったんだったな。先月は敵として戦ったのに、いまではこんなにも仲がいいとは、昨日の敵はなんとやらという言葉は正しいみたいだ。
「うーん。ラウラがでてこないんなら僕も奏羅とあそびにいこうかなぁ」
「な、なに!?」
「うん、そうしよう。奏羅、行こっ」
そう言うなり俺の手を取り波打ち際まで引っ張っていこうとするシャル。
「ま、待て。わ、私も行こう」
「その格好のまんまで?」
「ええい、脱げばいいのだろう、脱げば!」
挑発に乗ったラウラがバスタオルをかなぐり捨てて、水着があらわになる。その水着というのが――
「わ、笑いたければ笑うがいい・・・」
どうせラウラのことだから学校指定のスクール水着だろうと思っていたが、黒の水着、しかもレースをふんだんにあしらった、オトナっぽい印象をうける水着で、髪の毛は左右で一対のアップテールでまとめている。その姿で少しもじもじとしているラウラは、なかなか可愛かった。
「おかしなところなんて無いよね、奏羅?」
「お、おう。似合ってるし可愛いと思うぞ」
「なっ・・・!」
俺の言葉が予想外だったのか、ラウラは一瞬たじろいだあと、真っ赤に赤面した。
しかし、そんな中、俺の中でひとつの疑問が沸き起こる。
(なんで、俺は今、残念な気持ちなんだ・・・?)
いや、たしかに似合ってるし、可愛い、と思う。だが、なぜか俺の深層心理のような所から残念だという声が聞こえる気がする・・・。
「この子がラウラちゃん?」
「あ、ああ。そうだけど」
俺の答えを聞いた旭はふむふむと言いながらラウラを品定めするようにじっと見つめた後、口を開いた。
「なるほど・・・。奏君、今少し残念でしょ?」
「え、えっ!? な、なんでだよ!?」
「この子って、奏君の中ではちょっとおしゃれとか無頓着なイメージない?」
「ま、まあ、あるけど・・・」
「じゃあ、私の予想通りだね。奏君はラウラちゃんがスクール水着じゃなくて残念なんだよ」
その瞬間、ラウラが固まった。シャルも、「ああっ! そういえば!」っと驚いている。
「い、いやまて、俺がスクール水着好きだといつ言ったんだよ。お前がデパートの時に周りに言いふらしてたけど俺は絶対にそんなこと無いぞ、ほんとだぞ」
「でも嫌いじゃないんでしょ?」
「いや、まぁ、嫌いとはいえない・・・けど・・・」
「じゃあ、ラウラちゃんのスクール水着を想像してみなよ」
そう言われた瞬間、反射的にさっきのもじもじしていたラウラがスクール水着をきている姿がフラッシュバックのように頭に浮かぶ。
「奏君、顔真っ赤」
「・・・うるさい」
と、とりあえずなにかフォローを入れないと――
「ら、ラウラ、お前は十分その水着で・・・」
「・・・ったな・・・さ・・・」
「へ?」
「はかったな、クラリッサぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ら、ラウラっ!?」
誰かの名前を大声で叫びながら、ラウラはどこかへと走り去ってしまった。
理由はわからないが、ラウラは誰かの計略にはまったらしい。しかし――
「わ、私スクール水着取ってくる!」
「わ、私も!」
「私は買ってくる!!」
「じゃあ、私は家まで取ってくる!」
今の話を皮切りに、女子達が一斉に行動を起こそうと騒ぎ始めた。
周りにスク水フェチと認識されてしまった俺も、どこかへと走り去りたい気分だった。
◇
楽しい海水浴の時間も終わり、現在午後七時半。大広間を三つも使った大宴会場で、俺達は夕食をとっていた。そう、俺達は。
「すごいよ奏君! これ活造りだよ! しかも鯛!」
「あー、はいはい、そうだな」
そう、突然の来訪者である俺の幼なじみの、塚乃旭ことつかさも一緒にそこでご飯を食べている。ちなみに、俺の右隣。
「学校の学食とかも結構豪華なんだよ。ほんと、IS学園は羽振りがいいよ」
解説を入れるのはさらに旭の対面の席にいるシャル。二人が話しているとおり、目の前の膳に並んでいる料理は、海鮮鍋に茶碗蒸し、お吸い物にご飯と付け合せ。そしてテーブルの真ん中にはみんなでつついて食べるのだろう、船のような木製の皿の上に鯛の活造りが乗っている。
「つかさ、これなに?」
シャルが指差す先には、ある植物の加工される前の状態のものが。
「これ? これはわさびだよ」
「わさびって、お刺身とかに付いてるやつだよね? 僕食べたこと無いんだ」
「あれは市販のはいろんなモノを混ぜて加工した物らしいんだけど、これは本わさびっていって、市販のわさびとかと違うやつなんだよ」
「へー・・・。そうなんだ」
「まず、この道具でこうやってすり下ろして――」
旭が一緒についていた鮫皮おろしを使ってわさびをすって見せようとする前に、シャルはあろうことか、わさび自体にバリバリとかぶりついていた。
「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「しゃ、シャルロットちゃん、それ相当キツいんじゃ・・・」
「ら、らいひょうふ、らいひょうふ」
なんとか笑顔を浮かべようとするシャルだったが、その顔は笑顔になっているとは言いがたい。
「ど、独特の・・・けほっ、風味があって、んんっ・・・、とっても、おいしいよ・・・」
「そ、そう、ならいいんだけど・・・」
強がってもバレバレだぞシャル・・・。
「ぅ・・・っ・・・」
さっきから左横から聞こえるうめき声。俺の左にいるセシリアはどうやら正座が苦手らしい。、痛みに耐えつつなので、一向に食事が進んでいない。
「・・・セシリア大丈夫か? 顔色よくないぞ?」
「だ・・・ょう・・・ですわ・・・」
セシリアも強がっているのがバレバレだ。しかし、プライドの高い彼女のこと。平静を装って箸を手にした。
「い・・・ただき・・・ます・・・」
頑張って料理を口に運んでいるのだが、いかんせんぎこちない。
このIS学園は、世界中から入学希望者がやってくるので、生徒・教師共に多国籍で、正座に慣れてない、出来ない人も多い。そういう人たちのためにテーブル席が用意してあるのだが、セシリアは頑として動こうとはしない。
「セシリア、無理して正座しながら御飯食べても美味しくないだろ? 我慢せずにテーブル席の方に移ったらどうだ?」
「へ、平気ですわ・・・。この席を獲得するのにかかった労力に比べれば、このくらい・・・」
席を獲得って、この席入ってきた順に座っていったハズなんだが・・・。
「奏羅、女の子には色々あるんだよ」
「・・・そうなのか?」
「そうなんだよ」
シャルに説明されたがいまいちよくわからない。
「しかし、これくらいの痛みにも耐えられないとは貴様もまだまだだな」
俺の対面に座っているラウラがセシリアに話しかける。ラウラはシャルと同じく正座は特に苦ではないらしい。理由は・・・多分きかなくてもわかる。どう考えても拷問的な何かに耐える訓練をしたからとかだろう。
「ううっ・・・」
「セシリア、我慢せずに――」
「移動は、しません」
言い切られてしまった。
「じゃあ、奏君が食べさせてあげたらいいんじゃない?」
突然の旭の言葉。いや、別に食べさせてもいいんだが、お前のニヤニヤした顔がものすごく怪しい。
「・・・えーっと、どうするセシリア?」
「ぜ、ぜひお願いします! 料理が冷めたらシェフに申し訳が立ちませんし!」
ものすごい剣幕に一瞬ひるんでしまう。そこまで必死になることなのだろうか? まぁ、料理が冷めるのは英国貴族の行動としては、はしたないのかもしれない。
「わかったよ。じゃあ何が食べたい?」
「お、お刺身をお願いします」
「わさびはいるか?」
「・・・少量」
俺は注文通りわさびを少しすった後、それを鯛の上に少し乗せて醤油をつけて差し出した。
「これくらいでいいか?」
「は、はい。じゃあ、あーん」
ぱくり、と一口。美味しいようなのだが、足の痛みも混じっているのだろう、実に微妙な表情をしている。
「で、他には?」
「そ、その、お鍋の具をお願いします」
今度は眼の前で煮えている鍋に入っている魚の身を小皿にとると、ひとくちサイズにほぐして差し出した。
「あ、あの、よければ少し冷ましていただけませんか?」
「ん? ああ、そうだな。悪い」
たしかに、ここであつあつの料理を口に突っ込むのはテレビのバラエティ企画だ。
俺は適当に息を吹きかけて冷ますと、またセシリアに向けて料理を差し出す。
「ほい、これでいいか」
「は、はい! じゃあ、あー・・・」
と言おうとしたとき、問題が発生した。
「ああーっ! ずるいセシリア! なにしてるのよ!」
「天加瀬くんに食べさせてもらってる! しかも、あろうことかふーふーまでしてもらってるし!」
「ズルイ! インチキ! イカサマ!」
と、他の女の子たちが騒ぎ始める。いや、この人数に食べさせてたら日が暮れるぞ。いや、今は夜なので正しくは朝日が昇るか。
「ずるくありませんわ! 席がとなりの特権です!」
「それがずるいって言ってるの!」
俺の横でぎゃあぎゃあと女子数人対セシリアの言い合いが始まり、途端に蚊帳の外になる。まあ、とりあえず自分のご飯を食べるかと思って箸を取ろうとしたら、なんの前触れもなくラウラが俺の方へ向けて料理をさし出してきた。
「さあ、あーんしろ」
「な、なぜ・・・?」
「いや、お前がセシリアに食べさせていたら、今度はお前の料理が冷めてしまうからな。なに私の心配はするな、軍事訓練などで携帯食料みたいな特に味のない料理も食べ慣れている。冷めた料理くらい普通だ」
な、なんか嫌な過去が聞こえた気がするが、気のせいにしておこう。
「ほらほら奏君、ここで食べないと男がすたるよ?」
「お前、明らかにこの状況を楽しんでるよな?」
さあね〜、とニコニコしながらはぐらかすと、旭は自分の料理をつつき始めた。くっ、もとはお前がこの騒動の元凶じゃないか・・・。
「食べてくれないのか・・・?」
「うっ・・・」
そう言った少し悲しそうなラウラの表情に言葉が詰まってしまう。どうも本能的に男は女の子のこんな表情に弱いんじゃないだろうか?
「わかった、食べる、食べるよ」
「ほ、本当か! じゃ、じゃあ・・・」
ラウラの差し出した刺身を口で受け取る。やっぱり、活きが良いのか身がコリコリして非常に美味しい。
「どうだ、うまいか?」
「ああ、美味しいよ」
「そ、そうか! じゃあ次は――」
そこで再び言葉が遮られる。
「あああっ! ラウラさん、なにをやっていらっしゃるんですの!?」
こっちの様子に気づいたセシリアが大声を上げる。
「なにって、私が奏羅に食べさせているんだ。問題はないだろう?」
「問題大有りです! だいたいあなたは――」
「お前たちは静かに食事することができんのか?」
突然発せられた声にその場にいた全員が凍りついた。
「お、織斑先生・・・」
「どうにも、体力が有り余っているようだな。よかろう、それでは今から砂浜をランニングしてこい。距離は・・・そうだな、50キロもあれば十分だろう」
「いえいえいえ! とんでもないです! おとなしく食事をします!」
そういいながら各々自分の席へと戻って行く。
「天加瀬、あまり騒ぎを起こすな。鎮めるのが厄介だ」
「はい、すいません・・・」
俺まで怒られてしまった。俺の右横にいる元凶はというと、
「あー、このお吸い物美味しい。奏君食べないなら食べちゃうよ?」
のんきに食事を続けていやがった。ちくしょう。
◇
「さて、厄介払いも済んだことだし、そろそろ本題に入ろうか」
食事の後から睡眠までの自由時間、織斑姉弟の部屋には、篠ノ乃箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒが勢ぞろいしていた。
各々浴場から出てきたばっかりなのか、髪がぬれている。
「厄介払い・・・?」
「ああ、あいつがいると話すに話せないだろうからな」
あいつというのは千冬と同室している彼女の弟、一夏のことだ。彼は千冬の命令で浴場へと向かっており、しばらくは帰ってこない。
「とりあえずは飲み物でも飲むか。ほれ、ラムネ、オレンジ、スポーツドリンクにコーヒー、紅茶だ。それぞれ他のがいい奴は各人で交換しろ」
しかし、それぞれ渡されたもので満足なのか、飲み物の移動はしなかった。
「い、いただきます」
全員が同じ言葉を発して、飲み物に口を付ける。その様子を見て千冬はニヤリと笑い、ビールを取り出すと、遠慮無く開けてごくごくと飲み干した。
その様子に、いつもなら規律や規則に厳しい千冬の意外な行動を目にした女子たちは、全員がぽかんとしている。ラウラにいたってはなんども目を瞬いていた。
「おかしな顔をするなよ。私だって人間だ。酒くらい飲むさ。それとも何か? 私は作業用オイルでも飲む物体にでも思っていたか?」
「い、いえ、そういうわけでは・・・」
「ないですけど・・・」
「でもその、今は・・・」
「仕事中なんじゃ・・・?」
「固いこと言うな。それに口止め料は払ったさ」
その言葉に全員が「あっ」と声を漏らす。そう、先程の飲み物が口止め料だったのだ。
「では、話に入るとするか。・・・篠ノ乃に凰、貴様らは私の弟のどこがいいんだ?」
「わ、私は別に・・・以前より腕が落ちているのが腹立たしいだけです」
「あ、あたしは腐れ縁なだけだし・・・」
「ほう、なるほどな。ではそう一夏に伝えておこう」
「「伝えなくていいです!」」
しれっとそんなことを言う千冬に二人は慌てて反応した。そのようすを心底面白そうに笑うと、また口を開いた。
「次に、オルコットにデュノア、それにボーデヴィッヒ。貴様らは天加瀬のどこが好きなんだ?」
「わたくしは、その、夢に向かってまっすぐなところでしょうか・・・」
少し悩んでセシリアが答える。
「なるほど・・・。デュノアは?」
「僕――いえ、私は・・・優しくしてくれるところです・・・」
「ほう、学校にいるのを見る限りでは、うちの弟同様だれにでも優しいと思うがな。ま、口は天加瀬のほうが数段悪いがな」
「そう・・・ですね、誰にでもっていうのがちょっと悔しいですね・・・」
「で、ボーデヴィッヒは?」
「つ、強いところでしょうか・・・」
「まぁ、たしかに筋は悪くないが・・・」
「いえ、強いです。天加瀬奏羅も、織斑一夏も、少なくとも私よりかは」
ふむ、と一言つぶやくと、千冬は二本目のビールを開けた。
「まぁ、あの二人は婿としては優秀かもしれんな。うちの弟は家事全般ができるし、天加瀬は将来開発者として安定した収入も得られるだろう」
千冬は再びビールに口をつけると、今度は最後まで一気に飲み干した。
「というわけで、付き合える女は得だな。どうだ、欲しいか?」
「くれるんですか?」
「やるか馬鹿。それにそこの三人、私は天加瀬の保護者じゃないから決められんぞ」
全員が心のなかで「ええ〜」とつぶやく。
「女ならな、奪うくらいの気概で行かなくてどうする。まぁ、せいぜい自分を磨くことだな、ガキども」
そう言って三本目のビールを開ける千冬の顔は、本当に楽しそうだった。
◇
ほぼ貸しきり状態の浴場を堪能した後、山田先生が浴場から帰ってくるまでの間、俺は旭の部屋を訪ねていた。
「お前、明日の実践演習にでるのか?」
「まぁ、一応ね。実際には話聞いてるだけだと思うけど」
都合により部屋の風呂を使用した旭の声が洗面所から聞こえてくる。ベッドの上にはあいつのサングラスと、先程まで付けていたピンクの髪の毛のカツラが放置されている。
「着替え完了! はい、じゃあ次はリリィちゃんの番ね」
洗面所から浴衣を来た旭がでてくる。やっぱり変装してないこいつは、見慣れてるせいかなんとなく安心する。奇抜な格好してるとなんか逆にバレそうでハラハラするからな。
「じゃあ、あたしもお風呂に入ってきますか。・・・覗くなよ〜奏羅」
「覗かないよ、馬鹿。覗いても俺になんのメリットもねぇよ」
軽く冗談を交わした後、旭と入れ替わりでリリィがバスルームへと入っていった。
「それにしても、奏君モテるんだね。やっぱり女子校マジック?」
「知らないよ。てか、モテてるんじゃなくてただ友達になっただけ。それに騒いでるのも珍しいからだろ?」
「そうかなぁ? 私はそうは思わないんだけどなぁ・・・」
そうは思わないって、どう思ってるんだよ・・・。
「奏君さ、今好きな人いないの?」
突然、旭がそんなことを聞いてくる。
「・・・いるよ」
「誰? IS学園の子?」
「・・・違う。学園の子じゃない」
それを聞いた旭が、思いっきりため息を吐いた。
「・・・その子が誰か、考えなくてもわかるな。私には」
「そうか、それなら説明しなくていいから楽だな」
そう言って沈黙する俺。そんな俺をみて、旭が悲しそうな顔をしながら口を開いた。
「奏君、いい加減居なくなった人のことばっかり考えるのやめなよ。いくら思ったって、未来(みく)ちゃんはもう、いないんだよ・・・。ほら、IS学園には可愛い子いっぱいいるし、新しく好きな子見つけて、その子と――」
「悪いな旭。俺は俺だ。多分この気持ちも、想いも、変わらないよ。俺が、俺である限り・・・」
「奏君・・・」
「えっと、明日、何やるか教えとこうか? それなら話聞くだけでも大分違うだろうし」
「・・・うん。そうだね、教えといてもらうことにするよ」
それからしばらく旭と授業の話をして、俺は自分の部屋に戻った。でも、さっき旭に授業の内容でどんなことを話したかほとんど頭に残っていなかった。
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恋夢交響曲・第三十話 |
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