IS -インフィニット・ストラトス- 〜恋夢交響曲〜 第三十一話 |
合宿二日目。今日は午前中から日が暮れるまで、丸一日ISの各種装備試験運用とデータ取りに追われる。特に専用機持ちは大量の装備が待っているのだから大変だ。
「それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」
一年生全員がハーイと返事をする。現在地はIS試験用のビーチで、四方を切り立った崖に囲まれており、ちょっとした秘密基地みたいだ。
ここに搬入されたISと新型装備のテストが今回の合宿の目的である。当然全員がISスーツを着用しているのだが、周りが海のようなものなので水着に見えて仕方ない。
「天加瀬、貴様はそこのゲストの面倒も見ろ。お前の所属する機関の人間だろう」
「はい、わかりました」
もちろんゲストというのは旭のことである。薄々予想はついていたがやはり俺が面倒みることになった。
「ああ、それと篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い」
俺への用事が終わると、織斑先生はそれまで打鉄の装備を運んでいた箒を入れ替わりに呼び出した。少し気になったが、織斑先生におこられそうなのでそのまま旭のところへと向かった。
「いや〜、奏君直々に教えてもらえるなんてありがたいよね」
「まぁ、こちらとしてはお前の正体バレづらくなってありがたいよ」
今日も今日とて変装をしている旭に向かってため息をはく。今日はいつものサングラスはかけておらず、ピンクのカツラにISスーツを着ていた。
「しかし、装備はなにか持ってきたのか?」
今度はリリィに話しかける。リリィはいつもどおりの歳相応のラフな格好の上から白衣を着ている。
「あるわけ無いだろ。プラチナのフレームはアンタが4つ全部持ってんだから。今回持ってきたのは新型の調整で使うものだけ」
「なるほど。その調整を俺に手伝わせようってわけか」
「そういうこと。相変わらず空気だけは読めるんだな」
これは褒められているんだろうか。正直素直に喜べない。
「まぁ、とりあえずプラチナの調整から――」
「ちーちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」
突然の大声にリリィの声が止まる。その声の方を見ると、昨日見かけたウサギの耳が付いた女性、篠ノ之束だった。
「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん! さあ、ハグハグしよう! 愛を確かめ――ぶへっ」
織斑先生は飛びかかってきた篠ノ之博士の顔面を片手でつかんだ。しかもおもいっきり指が食い込んでいるところをみると、本気でやっているらしい。ていうかちーちゃんって、鬼教官もかたなしのあだ名で呼ばれているんだな・・・。
「うるさいぞ、束」
「ぐぬぬぬぬ・・・相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ」
織斑先生のアイアンクローをスルリと抜けると、今度は箒に向かって声をかけた。
「やあ!」
「・・・どうも」
「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかな。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」
その一言に箒の手が即座に動き、持っていた日本刀の鞘が篠ノ之博士の頭に叩きつけていた。
「殴りますよ」
「な、殴ってから言ったぁ・・・。し、しかも日本刀の鞘で叩いた! ひどい! 箒ちゃんひどい!」
そんな二人の様子に俺たちはまるでついていけていない。そんな中この状況を変えようと声を上げた勇者が一人、それはあろうことかまるで頼りにもなりそうにない山田先生だった。
「え、えっと、この合宿では関係者以外――」
「んん? 珍妙奇天烈なことを言うね。ISの関係者というなら、一番はこの私をおいて他にいないよ」
「えっ、あっ、はいっ。そ、そうですね・・・」
あえなく轟沈。屁理屈で丸め込まれていた。
「おい束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒たちが困っている」
「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束ねさんだよ、はろー。終わり」
そういってくるりとその場で一回転してみせる。ぽかんとしていた一同も、やっとそこで目の前の人物がISの開発者にして天才科学者・篠ノ之束だと気づいたらしく、一斉に騒ぎ始める。
「はぁ・・・。もう少しまともに出来んのか、お前は。そら一年、手が止まっているぞ。こいつのことは無視してテストを続けろ」
「こいつはひどいなぁ、らぶりぃ束さんと呼んでいいよ?」
「うるさい、黙れ」
たしか、一夏から聞いた話だとこの二人は幼馴染らしい。まぁ、一夏と箒が幼馴染という点を踏まえればわからなくもないが。
「それで、頼んでおいたものは・・・?」
ややためらいがちに箒が尋ねる。
「うっふっふっふっふ。それはすでに準備済みだよ。さあ、大空をご覧あれ!」
篠ノ之博士が直上を指さす。それにつられて、その場にいた全員が空を見上げる。
空中で何かがキラリと光ったと思うと、それが重力に任せて砂浜にすごい音と衝撃を伴って落下してきた。銀色の箱のようなそれは、次の瞬間正面の壁がバタリと倒れてその中身を俺たちへと見せた。
「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』! 全てのスペックが現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」
真紅の装甲が施されたその機体が動作アームによって外へと出てくる。しかし博士の言ったとおりだとすれば、これは最新鋭機かつ最高性能機ということになる。正直、頭がついていけない。
「さあ! 箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズをはじめようか! 私が補佐するからすぐに終わるよん」
「・・・それでは、頼みます」
箒が紅椿に乗り込むと、篠ノ之博士はコンソールと開いて微調整を行っていく。
「近接戦闘を基礎に万能型に調整してあるから、すぐに馴染むと思うよ。あとは自動支援装備もつけておいたからね! お姉ちゃんが!」
「それは、どうも」
姉妹だというのに箒の態度はそっけない。入学当時、あまり姉のことを聞かれたくはないようだったし、何かしら確執でもあるのだろうか?
「ん〜、ふ、ふ、ふふ〜。箒ちゃん、また剣の腕前が上がったねぇ。筋肉の付き方をみればわかるよ。やあやあ、お姉ちゃんは鼻が高いなぁ」
「・・・・・・」
「えへへ、無視されちった。はい、フィッティング終了〜。超速いね。さすが私」
ふざけていても才能はたしか。やはり天才と言われるだけはあるのだろう。しかし――
(どことなくだが、白式に似てるな。雰囲気だけだけど)
自動支援装備がどうのって言っていたところをみると、BT兵器みたいなものがあるのかもしれない。
「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの・・・? 身内ってだけで」
「だよねぇ。なんかずるいよねぇ」
ふと周りからそんな声が聞こえた。それに最も早く反応したのは篠ノ之博士だった。
「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ」
なんとも、厳しい言いようである。確かに女尊男卑という不平等な世の中だけに文句は言えない。
「あとは自動処理に任せておけばパーソナライズも終わるね。あ、いっくん、白式見せて。束さんは興味津々なのだよ」
紅椿の調整を終えると、今度は一夏の白式をいじり始めた。
「ねぇねぇ、奏君」
ふと、旭に声をかけられる。
「あの人がISを開発した偉い人なの?」
「ああ、そうだよ」
こいつは産まれてからここ最近までISについてまるで興味を持っていなかったから篠ノ之束の名前を知らないのも無理は無い。そんなこいつがISに関わるこの合宿にゲストとして存在している事自体が奇跡のようなものなのだ。そんなこいつが一言、
「私、あの人好きになれそうにない」
と言って、俺は驚いて旭の顔を見た。こいつが人を嫌うということはめったに、というか万が一にもないと思っていたのだが、旭の顔をみると冗談というわけでもないようだった。
「なんで?」
「わかんないけど、なんとなく」
そう言ってまた篠ノ之博士へと視線を向ける旭。それにつられて俺も視線を戻すと、博士は楽しそうに一夏と会話をしている。そんな最中、一人の女の子が声をかけた。
「あ、あのっ! 篠ノ之束博士のご高名はかねがね承っておりますっ。もしよければ私のISを見ていただけないでしょうか!?」
その女子はセシリアだった。有名人である博士を前に興奮して、目がキラキラと輝いている。しかし――
「はあ? 誰だよ君は。金髪は私の知り合いにいないんだよ。そもそも今は箒ちゃんとちーちゃんといっくんと数年ぶりの再会なんだよ。そういうシーンなんだよ。どういう了見で君はしゃしゃり出て来てるのか理解不能だよ。っていうか誰だよ君は」
いきなり冷たい言葉を浴びせられるセシリア。言葉だけでなく、視線も口調もかなり冷たい。
「え、あの・・・」
「うるさいなぁ。あっちいきなよ」
「う・・・」
明確に拒絶を示されて、さすがのセシリアもしょんぼりと引き下がった。いきなりの態度の違いに驚くまもなく追い返されたのか、ちょっと涙目になっている。
「ふー、へんな金髪だった。外国人は図々しくて嫌いだよ。やっぱ日本人だよね。日本人さいこー。まあ、日本人でもどうでもいいんだけどね。箒ちゃんとちーちゃんといっくん以外は」
そう言ってまた作業に戻る篠ノ之博士。
(・・・マリア先生がこの人嫌いなのがよく分かるよ)
一度だけ、この人がどんな人なのかマリア先生に尋ねたことがある。ISの創始者として興味があったからだ。しかしマリア先生は、
『一度だけ会ったことがある。たしかにアレは天才だろう。しかし私はあいつにもう二度と会いたくはない』
と語っていた。嫌いなのは常識はずれなところなのか、取り付く島もないところなのかはわからないが、多分旭と同じ、なんとなくというやつに近いと思う。人間的にもウマが合わないとかいうやつだ。ウマが合うほど話ができるかは別としてだが。
そうこうしているうちに紅椿のパーソナライズは終わったようで、どうやら今から試運転をするようだった。ケーブル類が外れ、それから箒が意識を集中させると、次の瞬間に紅椿はものすごい速度で飛翔した。
(さすが、全スペックが現行ISを超えてるというだけあるな、あれ・・・)
すると、オープンチャネルから篠ノ之博士の声が響き渡る。
「親切丁寧なおねーちゃんの解説付き〜。雨月は対単一使用の武装で打突に合わせて刃部分からエネルギー刃を放出、連続して敵をハチの巣に! する武器だよ〜。射程距離は、まあアサルトライフルくらいだね。スナイパーライフルの間合いでは届かないけど、紅椿の機動性なら大丈夫」
通信を聞く限りではどうやら武器も試験も兼ねているようで、箒は腰についていた二本の日本刀型近接ブレードを抜くと、春頃に剣道場でよく見た構えから突きを放つ。それと同時に周囲の空間に赤色のレーザー光がいくつもの球状で現れると、漂っていた雲を穴だらけにした。
「次は空裂ねー。こっちは対集団使用の武器だよん。斬撃に合わせて帯状の攻性エネルギーをぶつけるんだよー。振った範囲に自動で展開するから超便利。そいじゃこれを撃ち落としてみてね、ほ〜いっと」
言うなり、篠ノ之博士は十六連装ミサイルポッドを呼び出し、光の粒子が形をなすとすぐに一斉射撃を行った。
「――やれる! この紅椿なら!」
その言葉道理に、箒は右脇下に構えた空裂を一回転するように振るうと、先ほどのレーザーが帯状になって広がり、十六発のミサイルを全て撃墜した。
その場にいる全員が圧倒的スペックに驚愕し、魅了され、言葉を失っている。そんな光景を、篠ノ之博士は満足そうに眺めていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しかし、そんな博士を鋭い目で見つめる人物が二人。それは俺の幼馴染である旭と篠ノ之博士の幼馴染である織斑先生。
(旭はともかく、織斑先生まで・・・。しかも敵でも見てるかのように――)
「たっ、た、大変です! お、おお、織斑先生っ!」
いきなりの山田先生の声に織斑先生は鋭い視線をやめて向き直る。
いつも慌てているイメージがある山田先生だが、今回はその様子が尋常じゃない。
「どうした?」
「こ、こっ、これをっ!」
差し出された小型端末をみて、織斑先生の表情が曇る。
「特命任務レベルA、現時刻より対策をはじめられたし・・・」
「そ、それが、その、ハワイ沖で試験稼働をしていた――」
「しっ、機密事項を口にするな。生徒たちに聞こえる」
「す、すみませんっ・・・」
「専用機持ちは?」
「ひ、ひとり欠席していますが、それ以外は」
なにやら小声でやり取りしているが、数人の生徒の視線に気づいたのか、なんと手話で話し始めた。
(あれって、軍事関係者だけが把握できる暗号手話だよな・・・。そんなにも大変なことが起こってるのか・・・?)
俺がいた研究所でも実際に暗号手話が使われているくらいだ。この機密満載のIS学園で使われていてもおかしくはない。
「そ、そ、それでは、私は他の先生たちにも連絡してきますのでっ」
「了解した。――全員注目!」
山田先生が走り去ったあと、織斑先生は手を叩いて生徒全員の注意を集めた。
「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館へもどれ。連絡があるまで各自室内待機すること。以上だ!」
「え・・・?」
「ちゅ、中止? なんで? 特殊任務行動って・・・」
「状況が全然わかんないんだけど・・・」
不測の事態に女子一同がざわざわと騒がしくなる。しかし、それを織斑先生が一喝した。
「とっとと戻れ! 以後、許可無く室外に出たものは我々で身柄を拘束する! いいな!!」
「「「は、はいっ!!」」」
全員が慌てて動き始める。その姿は今まで見たことのない怒号に怯えているようにも見えた。
「専用機持ちは全員集合しろ! 織斑、天加瀬、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰!――それと、篠ノ之も来い」
「はい!」
織斑先生の招集に返事をする。専用機持ちを集めるということはひとつしか無いだろう。
「奏君!」
心配そうな顔した旭に呼び止められる。こいつもただ事じゃないということがわかっているのだろう。
「大丈夫、そんな心配することじゃないって。ちょっと行ってくる」
一言そう告げると、俺は織斑先生のもとへとかけ出した。なんとなく、これから起こることに嫌な予感を感じながら。
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