ヴァン・アレンの花束【宇宙SF】
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ヴァン・アレンの花束

 

 

 

 8月の初め、夏の蒸し熱い夜が続くフロリダ州中部。閑静な住宅が立ち並ぶパームベイの一角に、小さな一軒家が建っていた。体格の良い中年の男がその家の郵便受けを覗いている。男がその大きな手で郵便受けから中身を取り出すと、そこには何通かの事務的な手紙と一緒に封筒が一枚入っていた。古風にも蝋で封をされたその封筒は、表にアメリカ合衆国宇宙軍(United States Space Force)と書かれている。

 男は封切りナイフを取りに家に入った。ナイフはリビングにある棚の上にあった。その横には写真立てが置いてあり、写真には男と一人の女性が仲睦まじそうに映っている。男が椅子に腰かけて封筒を開けてみると、中から一通の手紙と認証用のICカードが出てきた。

 

『アレクサンダー・モーリス大佐

貴官はUSSFの新造艦、リリー・R・クリントンの艦長として任命されました。正式な通知とともに任命式を行いますので、指定日に出頭してください。

日時および場所:8月26日GMT9:00 エドワード宇宙軍港造船ドック 第2区画

アメリカ合衆国宇宙軍人事局』

 

 同封されたICカードには自分の名前と新しい所属が書いてある。金ぶちの上等なデザインのものだ。少し前に内定の話は聞いていたが、いざ通知が来ると身が引き締まる思いになる。

 モーリスは昨年の春から地上勤務だった。以前は駆逐艦の副艦長を担ったこともあるが、最近は宇宙にも行っていない。これも近年の造艦ラッシュによる人材不足のせいなのだろうか。今年に入って既に2隻の宇宙艦が就航しているそうだ。

 冷蔵庫に入れてあったビールのビンを取り出しに行きつつモーリスはICカードを写真立てのある棚に置いた。キッチンには数本の空ビンが捨ててある。再び椅子に腰掛けてからテレビをつけると、時計は午後八時をまわったところだ。

「拡大欧州連合加盟国の財政破綻に端を発する金融危機は、大手銀行を通じて各惑星にも波及し、景気の悪化をさらに加速させています。」

 テレビのアナウンサーが語る。

「欧州への資源輸出を担う火星の((ZARUSBUCs|ザルスブークス))(後発先進国コロニー群)や、月面の((EasternUnion|イースタンユニオン))コロニーも、株式を通じて影響が広がってます。」

 モーリスは眉を寄せながらテレビを観ている。

「火星では地下資源の取引相場をめぐり米国と周辺コロニーとの間での対立が深刻化しており、既に武力による空域封鎖なども起きている模様で、今後の動向に注意が必要です。」

 

 25日の午前、クリーニングしたての軍装に身を包んだモーリスは、キャリーバッグに滞在用の衣類を詰め込むと、衛星軌道行きのスペースプレーンに搭乗するために民間のケープ・カナベラル宇宙港に向かった。

 パームベイの自宅からバスで一時間ほどのところにあるケープ・カナベラルは、近くにNASAのケネディ宇宙センターもあるため米国内の宇宙への玄関口のようになっている。

 バスが宇宙港に到着すると、巨大なターミナルが待ち構えていた。宇宙港に接続するために世界中の飛行機が離発着しており、飛来してくるそれらの人々を受け入れるための建物は、まるで一つの街のような様相となっていた。

 衣服の詰まった大きなカートを引きながら、モーリスは衛星軌道行きのカウンターに向かった。カウンターに付くとICカードの提示を求められる。

「これでいいかな?」

 モーリスは係員にICカードを渡した。軍部から支給されたカードは社会保障番号と連携された上、公費でチケットが支払われており、提示するだけで指定の便に無料でチェックインすることができるようになっている。搭乗手続きは空港で行うそれとほぼ同じであり、少々の手荷物検査とパスポートの確認、それと健康チェックのみで済んだ。式典の行われるエドワード宇宙軍港へは、低軌道(地上から高度400kmほど)にあるルネ・デカルト国際宇宙港を経由して地球から約四時間で到着する。

 搭乗ゲートをくぐり出発ロビーに着いてから、モーリスは売店で雑誌を購入し暇を潰していた。一時間ほど待っていると、白色に輝くスペースプレーンがハンガーから出てきた。

滑走路にタキシングしながらこちらに近づいてくるその機体はやや太ったような形をしていて、一見すると飛行機のようにもスペースシャトルのようにも見える。

 この機体が通常の飛行機と違うもっとも大きな点は、宇宙まで飛行することができるということである。搭載する大出力のスクラムジェットエンジンを使用することにより、ロケットのようにエンジンを切り捨てることなく単独で大気圏外まで飛行することが可能なのだ。

 最大離陸重量は460tと大型旅客機をも上回っており、350名の乗客を低軌道上まで一気に引っ張り上げることができる。ボーイングとウラノス・スペースクラフト社の合同で開発されたこの機体は、それまで一般庶民にとってまさに雲の上の出来事であった宇宙旅行の敷居を、手の届くところまで下げることに貢献した、草分け的存在である。

 機体が搭乗ゲートに接続すると、乗客がぞろぞろと乗り込み始めた。宇宙旅客が一般的になったとはいえ、飛行コストは通常の飛行機よりも高く、そのため発着する便数は限られているためフライトごとに機体はほぼ満員になる。

 モーリスも機体に乗り込むとビジネスクラスの席についた。運よく機体前方の窓際の席だった。リフティングボディと言われる、翼が機体の半分を占める構造のため、窓から地上を拝めるのは珍しいのである。

 搭乗から待つこと40分、上層大気の安定を待って機体が動き始めた。聞きなれた機内アナウンスと共にシートベルト着用のサインが点灯すると、液体酸素のタンクのビキビキという音が機内に伝わり始める。

 モーリスが椅子に深く座りなおすと機体はゆっくりと滑走路に進入し、後方から点火音のようなノイズが聞こえてきた。そして機体がいったん停止する。一息ついてから数拍置いた瞬間、機体は液体燃料エンジンを噴射し急加速した。

 機内にまで響きわたる爆音と、ジェットコースターのようなGを受ながら数秒後、窓の外に見えていたはずのフロリダの街並みは地平線の彼方へと消えていた。そのまま機体は加速を続けながら上昇し、成層圏に達したあたりで機体が水平になると、スクラムジェットによる飛行シークエンスに移行した。

 大気中の酸素を燃焼させて加速するこのエンジンは、マッハ3から段階をへて点火が可能になり、そのまま燃焼を続けながら大気中でマッハ15まで加速することができる。

 成層圏内での加速のあと、再度ロケットエンジンへの点火で機体は高度300kmまで

上昇する。

 第一宇宙速度に達した機体は、いよいよ無重力の世界へと飛び出すのである。

「まもなくシートベルト着用が解除されます。ご搭乗のお客様はお手荷物の飛散などにご注意下さい。」

 全身がふわりとした感覚に包まれると着席ランプが消え、乗客の何人かが席を離れた。モーリスもベルトを緩めて息をつく。窓の外には既に青い地球が見えていた。

 しばらくすると女性のキャビンアテンダントがやってきた。

「お飲み物はいかがですか?」

モーリスは飲み物をもらうことにした。

「ワインと……それとクラッカーを頼む。」

 ワインはチューブに入った状態で出されるが、無重力の関係で酔いが早いためアルコール度数は低くなっている。クラッカーはパッケージ化されたパテとセットになっていて、味はサーモンとフォアグラの二種類が入っていた。どちらも宇宙で食べる軽食としては満足するに足りるものであった。

 モーリスはクラッカーにパテを塗りながら、しばらく地球を眺めていた。

説明
初めて書いた小説です。文章に訂正を加えて再投稿しました。
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