IS -インフィニット・ストラトス- 〜恋夢交響曲〜 第三十四話
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(ふぅ・・・。とりあえずみんなはこっちを見てくれてるみたいだね・・・)

 

客室全ての窓から見ることができる別館の屋上、そこに備え付けられた簡易的なお立ち台の上に、つかさこと塚乃旭は立っていた。

奏羅の作戦通り、IS学園の生徒は見る限りではすべての部屋の窓から顔を出して歓声を上げている。

 

(さて、そろそろ私のところに先生たちがやってくる頃かな・・・。奏君たち、見つからないといいけど)

 

教師陣の動きにある程度予測をたてると、旭はマイクを握り直して叫んだ。

 

「みんな〜、拍手ありがと〜!! 続いて2曲目いっちゃうよ!!」

 

旭の言葉に再び歓声が上がる。それに合わせて、二曲目のイントロが流れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦本部・風花の間では、突然の、それも予想外の乱入者に大混乱になっていた。

 

「生徒たちの様子はどうなっているんです!?」

 

その中でも、中心となって指揮をとっていた織斑千冬が、先程外の様子を見てきた山田先生に尋ねた。

 

「大騒ぎですよ! あそこにいるのは今一番有名なアイドル、塚乃旭ちゃんなんです! その旭ちゃんが突然現れてゲリラライブを行っているんです、騒がないはずがありません!」

 

厄介なことになった――千冬は頭を抱えた。福音は機密重要事項でおいそれと外に出せるような情報ではない。情報漏洩、生徒の安全確保のために旅館の部屋で 待機にしたのだ。しかし、この騒がしい状況になってしまっては福音の対策どころではない。万が一だが、ここを目指して福音が移動するかもしれない。

 

「何とかして止めなければ・・・。そのアイドルはどこに?」

 

「全ての部屋の窓から見える別館の屋上です。マイクやスピーカーなどの機器、曲の音源もそこにあるのではないかと・・・」

 

「なら、私と山田先生他数名で対象を確保、事態の鎮圧を」

 

「了解しました」

 

そういって千冬と真耶、他の先生達は風花の間を後にした。先ほどは福音を映していたブック型端末は、いまは外の旭を映している。その映像を眺めながら、千冬はこの状況が腑に落ちていなかった。

 

(今一番の可能性として仮定できるのは、あれはゲストで呼ばれていた機関の人間・・・。しかし、このような茶番をすると連絡も入っていない。福音の情報は漏らしてはいないのでタイミングは偶然なのかもしれないが、なぜ今こんなことを・・・?)

 

 

 

 

 

 

 

 

二曲目の中盤に差し掛かったとき、屋上のドアが開き、千冬率いる教師陣が現れた。

 

(よし、取り押さえに来てくれたみたいだね・・・)

 

その様子を確認しながら、アイドルとしてしっかりと歌を唄う旭。作戦の殆どはこれで成功したも同然だ。

 

「私が取り押さえます! みなさんは音源の処理を!」

 

千冬は他の教師に指示を出し、自らは旭の確保へとかけ出した。

 

(さて、まだ捕まる訳にはいかないんだよねっ!)

 

千冬が自分に向かって近づいてくるのを確認すると、旭はくるりと向きを変え、千冬の方へと向き直った。

 

(ふふっ。いよいよ私とアイリスのショーの始まりだよっ!)

 

旭は千冬に向かって微笑みながら手を振ると、屋上の端へと向かって駆け出し、そして――

 

「なっ・・・!?」

 

屋上のフェンスを乗り越え飛び降りたのだ。それは音源が止められるのと同時で、音楽が切れた静けさの中、歓声は悲鳴に変わる。

 

「馬鹿なっ!!」

 

千冬が焦ってフェンスに駆け寄り下を見る。旭の体は地面に激突するまであと5m――

 

 

 

 

――アナタハゲンソウノトリコニナル――

 

 

 

 

旭がつぶやくように唄った瞬間、旭の体は地面から1mのところで止まり、上へと上昇し宙を舞った。

 

「I・・・S・・・だと・・・?」

 

千冬が驚愕の声を上げる。それもそのはず、目の前のアイドルが可愛らしくかつ派手な衣装を纏ってISに乗り、歌を唄っているのだから。あっという間に千冬 の頭上を追い越すと、旭のISから4機の影が飛び出す。遠隔操作式機動音響機器(スピーカービット)『エンジェル・ヴォイス』。それが一定の間隔・位置で止まり、そこから先ほど教師陣に止められた音楽の続きが流れ始める。

 

「ば、馬鹿な・・・。自立機動兵器ではなく、スピーカー・・・!? そんなISなど聞いたことも見たことも――」

 

そのISは、旭が願った力、人々を時に魅了し、時に励ます力――

 

「さあ、ショータイムだよ!」

 

旭の掛け声とともにISから遠隔操作式光学投影機器(ステージ・ビット)『ミラージュ・ヴェール』が飛び出し、特別製ドレスISスーツを綺羅びやかな衣装へと変化させ、旭の周りにその曲にあった映像を投影する。そこにまるで特設のライブステージがあるかのように。

 

(『Infinite Stratos』っていう兵器なんかじゃない、みんなに笑顔を与える『Idol on the Stage』。私だけのIS・・・。やろう、『七色の輝き(ブリリアント・アイリス)』! 私の歌が、みんなに届くように!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旭が旅館で頑張っている最中、俺たちは出撃の準備を整えて海辺に集まっていた。

 

「すごいな・・・」

 

「そうですわね・・・。見事としか言葉が出ませんわ・・・」

 

ラウラとセシリアが感嘆の声を上げる。言葉こそでないものの、ブック型端末から旭のステージを見ていたみんなは映像で流れる旭に魅了されていた。

 

「おいおい、みとれてる場合じゃないぞ。俺たちは福音目指して出発だ」

 

みんなを現実に引き戻すために声をかける。少し名残惜しそうだったが、どうやら戻ってきてくれたみたいだ。

 

「みんな準備はできたか? ここで出来てなかったらやられて帰ってくることになるぞ?」

 

リリィの言葉にみんなが頷く。もちろん俺も頷いた。

 

「では、これより作戦を開始する。オーダーはアプローチ・アンド・デストロイ・・・。必ず叩くぞ」

 

ラウラの号令に頷くと、それぞれが空へと舞い上がる。

 

「リリィ、ナビゲートよろしくな」

 

「任せとけ、しっかりサポートしてやるよ」

 

ニヤリと笑うリリィに、こちらも頬が緩んでしまう。

 

「じゃ、行ってくる」

 

「馬鹿、行って帰ってくるって言いなさいよ。こういうのって、気持ちだから」

 

「ああ、そうだな。行って、帰ってくるよ」

 

「うん、帰って来なさいよ。旭も私も待っててあげるから」

 

リリィの叱咤激励を受け、俺もみんなに続いて空へと飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

目の前に起こっている事態に、千冬はただただ、驚くしかなかった。アイドルがISに乗って歌を唄っている。しかもそのISは、見る限りでは武器になるようなものを所持していない。目の前で人々を魅了しているISは、現在のISを根本から覆す存在だった。

 

「お、織斑先生大変です!」

 

横から真耶に話しかけられ、千冬はハッとなって横を見た。認めたくはないが、目の前で繰り広げられるアイドルのステージに目を奪われていたらしい。

 

「どうしました?」

 

「そ、それが・・・専用機持ちの生徒たちが、どこにも見当たりません・・・」

 

それを聞いた瞬間、二人の様子を見ていた旭が背中の翼状に連結していたビット、遠隔操作式機動光源(スポットライトビット)『フェアリー・ライト』を展開させ、千冬と真耶をその光で照らし、二人の注意を引いた。

 

 

 

 

――アクマハテンシノヨウニウソヲツク――

 

 

 

 

怪しく微笑みながら唄う旭を見て、千冬の中で全てがつながり、同時に頭を抱えた。

 

(なるほど、そういうことか。ゲストは天加瀬の所属する研究所からだったな・・・。つまり、この騒動はアイツらが出撃するのを悟られないため・・・)

 

「ど、どうしましょう・・・」

 

「この様子だと今から追っても遅いでしょう・・・。アイツらが、無事に帰ってくるのを祈りましょう」

 

ため息を吐きながら千冬は真耶に言うと旭の方を見上げた。三曲目が終わり、旭はみんなの声援に答えている。

 

「・・・みんな、聞いてくれるかな? 次の曲は遠くで頑張ってる大切な人たちのために唄おうと思うんだ。だから、みんなも、みんなの大切な人を思い浮かべながら一緒に唄ってくれると嬉しいな。じゃあ四曲目いくよ! 『Platinum Wind』!」

 

旭の呼びかけにみんなが答える。それを見て千冬はふっと笑った。

 

(どうやら、天下の歌姫も応援してくれるらしい・・・。全員揃って帰ってこいよ・・・)

 

心のなかでそうつぶやくと、千冬は屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ここは・・・?)

 

遠くから聞こえる波の音に誘われるがまま、一夏はどこかもわからない砂浜の上を一人で歩いていた。

ここがどこで、今がいつなのかもわからない。なぜか一夏は制服を着ていて、そのズボンを折り返した状態で素足のまま砂浜を歩いていた。

 

「――。――♪ 〜♪」

 

ふと彼の耳に歌声が聞こえた。一夏は無性に気になって、声の方へと歩を進める。

 

「ラ、ラ〜♪ ラララ♪」

 

少女が、そこにいた。

波打ち際、その子は踊るように歌い、謳うように踊る。そのたびに揺れる白い髪。輝き、まばゆいほどの白。

 

(ふむ・・・)

 

一夏は声をかけようとはせず、近くにあった流木へと腰を下ろす。そしてそのままぼうっと少女を見つめた。一夏は今まで考えていたことも忘れ、ただぼんやりと目の前の光景を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

海上二百メートル。そこで静止していた『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』は、まるで胎児のようにうずくまっていた。

 

――?

 

不意に、福音が顔を上げる。

次の瞬間、超音速で飛来した砲弾が頭部を直撃、大爆発を起こした。

 

「初段命中。続けて砲撃を行う!」

 

五キロ離れた場所に浮かんでいるIS『シュヴァルツェア・レーゲン』とラウラは、福音が反撃に移るより早く次弾を発射した。

砲撃専用パッケージ『パンツァー・カノーニア』を装備。その姿は通常装備とは大きく異なり、八十口径レールガン『ブリッツ』を二門、左右それぞれの肩に装備している。さらに遠距離からの砲撃、狙撃に対する備えとして、四枚の物理シールドが左右と正面を守っている。

 

(敵機接近まで・・・4000・・・3000――くっ! 予想よりも速い!)

 

あっという間に距離が1000メートルを切り、福音がラウラへと迫る。迎撃の砲撃は行っているが、それは福音の翼から放たれるエネルギー弾によって半数以上を撃ち落されていた。

 

「ちぃっ!」

 

距離を詰められ、福音の右手がラウラへと迫る。今からでは回避は間に合わない。

しかし、ラウラはにやりと口元を歪めた。

 

「――セシリア、奏羅!!」

 

伸ばした腕が突然上空から垂直に降りてきた機体によって弾かれる。

青一色の機体、そして白金の機体――ブルー・ティアーズとプラチナによるステルスモードからの強襲だった。

六機のビットは通常と異なり、そのすべてがスカート状の腰部に接続されている。その砲口は全て閉じられており、スラスターとして用いられている。さらに手 にしているのはいつものライフルとは違い、更に大型のBTレーザーライフル『スターダスト・シューター』でビットを機動力に回している分の火力を補ってい る。

強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備しているセシリアと、空戦特化フレーム『エアリアル・フレーム』を装備した奏羅が福音を挟み込んだ。

 

「俺に当てるなよセシリア!」

 

「そんなことはいたしません! 狙いは完璧ですから!」

 

エアリアルフレームの特性でもある三次元的機動により福音を翻弄しながら『ソニック・ブレイズ』のライフルモードで福音を狙う。しかし、あくまでこれは牽制。簡単に避けられてしまうが、奏羅の攻撃の対処に福音が追われているその隙をついてセシリアが福音を狙い撃った。

 

『敵機B、及び敵機Cを確認。排除行動へと移る』

 

セシリアの射撃を紙一重で避けると、セシリアと奏羅の排除へと行動を移す。

 

「遅いよ」

 

そこを福音の真後ろから別の機体が襲う。

それは先刻の突撃時、セシリアの背中に乗っていた、ステルスモードのシャルロットだった。

ショットガン二丁による近接射撃を背中に浴び、福音は体制を崩す。しかし、それも一瞬のこと。すぐさま三機目の敵機に対して、『銀の鐘(シルバーベル)』による反撃を開始した。

 

「おっと。悪いけど、この『ガーデン・カーテン』は、そのくらいじゃ落ちないよ」

 

リヴァイヴ専用防御用パッケージは、実体シールドとエネルギーシールドの両方によって福音の弾雨を防ぐ。そのシルエットはカスタム前のリヴァイヴに近く、二枚の実体シールド、同じく二枚のエネルギーシールドがカーテンのように前面を遮っていた。

防御の合間もシャルロットの特技、『高速切替(ラピッド・スイッチ)』によりアサルトカノンを呼び出し、タイミングを測って反撃を開始する。

加えて、高速機動射撃を行うセシリア、奏羅の二人と、距離をおいての砲撃を再開するラウラ。四方からの射撃に、福音はじわじわと消耗を始める。

 

『・・・優先順位を変更。現空域からの離脱を最優先』

 

全方向にエネルギー弾を放った福音は、次の瞬間に全てのスラスターを開いて強行突破を計る。

 

「させるかぁっ!!」

 

その瞬間、海面から真紅の機体『紅椿』と、その背中に乗った『甲龍』が飛び出した。

 

「離脱する前にたたき落とす!」

 

福音へと迫る紅椿。その背中から飛び降りた鈴は、機能増幅パッケージ『崩山』を戦闘状態に移行させる。

両肩の衝撃砲が開くのに合わせ、増設された二つの砲口がその姿を現す。計四門の衝撃砲が一斉に火を噴いた。

 

『!!』

 

肉薄していた紅椿が瞬時に離脱、その後ろから衝撃砲による赤い炎の弾丸が一斉に降り注ぐ。それは不可視の弾丸ではなく、威力を増幅させた衝撃砲、熱殻拡散衝撃砲と呼べるものであった。

 

「やりましたの!?」

 

「――まだよ!」

 

これほどの攻撃を受けてなお、福音はその機能を停止させていなかった。

 

『銀の鐘(シルバー・ベル)最大稼働、開始』

 

両腕を左右いっぱいに広げ、さらに翼も自身から見て外側へと向ける。――刹那、エネルギー弾による一斉射撃が始まった。

 

「くっ!!」

 

「箒! 僕の後ろに!」

 

前回の戦闘の失敗をふまえ、箒の紅椿は機能限定状態にある。展開装甲の多様によるエネルギー切れを防ぐため、現在は防御時に自発作動しないように設定しなおしてある。

もちろん、そう設定しなおしたのは、防御をシャルロットに任せられるからである。集団戦闘の利点を生かした役割分担である。

 

「それにしても・・・これはちょっと、きついね」

 

防御用のパッケージであっても、福音の異常な連射を立て続けに受けることはやはり危うかった。

そうこうしているあいだにも物理シールドが一枚、完全に破壊される。

 

「奏羅! ラウラ! セシリア! お願い!」

 

「ああ!」

 

「言われずとも!」

 

「お任せになって!」

 

交代するシャルロットと入れ替わりに奏羅、ラウラ、セシリアによる十字砲火。それぞれ、空戦性能、高機動、砲撃仕様による特性を生かしながら弾幕を張る。

 

「足が止まればこっちのもんよ!」

 

直下からの鈴の突撃。双天牙月による斬撃から、至近距離での拡散衝撃砲を浴びせる。狙いは、頭部に接続されたマルチスラスター『銀の鐘(シルバー・ベル)』。

 

「もらったああああああああっ!」

 

エネルギー弾を全身に浴びながらも、鈴の突撃は止まらない。

同じく拡散衝撃砲の弾雨をふらせ、互いにダメージを受けながら、ついにその斬撃が福音の片翼を奪った。

 

「はっ、はっ・・・! どうよ――ぐっ!?」

 

片側の翼になりながらも、福音は姿勢をすぐに立て直し、鈴の左腕へと回し蹴りを叩き込む。脚部スラスターによる加速も加わり、一撃で鈴の腕部装甲を破壊し、海へと叩き落とした。

 

「鈴! おのれっ!!」

 

箒は両手に刀を持ち、福音へと斬りかかる。

その急加速に一瞬反応を失った福音の右肩へと刃が食い込んだ。

 

(獲った――!)

 

そう思った瞬間、福音は左右両方の刃を手のひらで握り締める。

 

「なっ!?」

 

刀身から放出されるエネルギーに装甲が焼き切れるが、お構いなしに福音は両腕を広げる。

刀が引っ張られ、箒が両手を広げた無防備な状態を晒す。そしてそこに、残ったもう一つの翼が砲口を開放して待っていた。

 

「箒! 武器を捨てて回避しろ!」

 

しかし、箒は武器を手放そうとはしなかった。

 

(ここで引いて、何のための・・・)

 

エネルギー弾がチャージされ、光が溢れる。そして、それは一斉に放たれた。

 

(何のための力かっ!!)

 

エネルギー弾が触れる寸前に、紅椿は一回転する。その瞬間、爪先の展開装甲が箒の意思に応えるように開き、エネルギー刃を発生させる。

 

「たああああああっ!」

 

かかと落としのような一撃により、エネルギー刃の斬撃が、福音のもう片方の翼へと決まる。

ついに両方の翼を失った福音は、崩れるように海面へと落ちていった。

 

「はっ、はぁっ、はぁっ・・・!」

 

「無事か!?」

 

珍しくラウラの慌てた声を聞きながら、箒は呼吸をゆっくりと落ち着けていく。

 

「私は・・・大丈夫だ。それより福音は――」

 

私たちの勝ちだ――誰かが言おうとしたその瞬間、海面が強烈な光の珠によって吹き飛んだ。

 

「!?」

 

球状に蒸発した海は、まるでそこだけ時間が止まっているかのようにへこんだままだった。その中心、青い雷を纏った『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が自らを抱くかのようにうずくまっている。

 

「これは・・・!? 一体、何が起きているんだ・・・?」

 

「この反応――!? まずい! これは『第二形態移行』だ!」

 

奏羅が叫んだ瞬間、福音が顔を向ける。無機質なバイザーに覆われ、表情はわからない。しかし、そこから確かな敵を感じ、各ISは操縦者へと警鐘を鳴らす。しかし、遅かった。

 

『キアアアアアアアアアア・・・!!』

 

まるで獣の咆哮のような声を発し、福音はラウラへと飛びかかる。

 

「なにっ!?」

 

あまりに速いその動きに反応できず、ラウラは足を掴まれる。

そして頭部から、ゆっくりとエネルギーの翼が生えた。

 

「ラウラ!!」

 

「ラウラを離せェっ!」

 

奏羅が叫ぶと同時に、シャルロットがすぐさま武装を切り替えて近接ブレードによる突撃を行う。

しかし、その刃は空いた方の手で受け止めらた。

 

「よせ! 逃げろ! こいつは――」

 

その言葉は最期まで続かず、ラウラはその眩いほどの輝きと美しさを併せ持った翼に抱かれる。

刹那、あのエネルギーの雨をゼロ距離で受け、全身をズタズタにされてラウラは海へと堕ちた。

 

「ラウラ! よくもっ・・・!」

 

ブレードを捨て、シャルロットはショットガンを呼び出し、福音の顔面へ銃口を当て、引き金を引いた。

ドンッ、という爆音が響くが、それはショットガンのものではなく、福音からしたものだった。

胸部から、腹部から、背部から、装甲がまるで卵の殻のようにひび割れ、小型のエネルギーの翼が生えてくる。それによるエネルギー弾の迎撃がショットガンを吹き飛ばし、シャルロットの体も吹き飛ばした。

 

「な、なんですの!? この性能・・・軍用とはいえ、あまりに異常な――」

 

再び高機動による射撃を行おうとしていたセシリアの、その眼前に福音が迫る。『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』――それも、両手両足の計四カ所同時着火による爆発加速だった。

 

「くっ!?」

 

接近されライフルの狙いが付けられない。距離をとって銃口を上げようとするが、その砲身を真横に蹴られてしまう。

そして、次の瞬間には両翼からの一斉射撃。反撃らしい反撃ができず、セシリアは海へと沈められた。

 

「私の仲間を――よくも!」

 

「おい、無茶はよせ箒! ・・・くそっ!」

 

奏羅の静止も聞かず、箒は福音に向かって突進する。これ以上仲間を危険な目に合わせるわけにはいけない、そう思った奏羅も箒の援護するためそれに合わせて突っ込んだ。

展開装甲を局所的に用いたアクロバットで敵機の攻撃を回避、それと同時に不安定な格好からの斬撃をブーストによって加速させる。奏羅も箒の行動に合わせて『ソニック・ブレイズ』のブレード・モードとライフル・モードを使い分けながら福音を追い詰める。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

「はああああああっ!!」

 

双方回避と攻撃を繰り返しながらの格闘戦。二体一の状況、そして徐々に出力を上げていく紅椿に、福音が押され始める。

 

(いける! これならっ――)

 

必殺の確信を持って、雨月の打突を放つ。しかし――

 

キュゥゥゥン・・・。

 

「なっ! また、エネルギー切れだと!?」

 

その隙を逃さず、福音の右腕が箒の首へと伸びた。

 

「おおおおおおっ!!」

 

首に届くと思われた瞬間、箒の体を奏羅が吹き飛ばす。そして、福音の右腕が奏羅の首をつかんだ。

 

「奏・・・羅・・・?」

 

目の前の出来事に箒は唖然とする。

 

「ISのエネルギー切れたんだろ・・・? そんな状態だと、攻撃受けれないからな・・・」

 

「だからって・・・」

 

箒が言いかけたとき、ゆっくりと福音の翼が奏羅を包み込んでいく。

 

「奏羅!!」

 

「あとは、よろしくな――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「奏・・・君・・・?」

 

自分に向けられる声援の最中、旭は今まで感じたことがなかった嫌な予感を感じていた。

 

(なんだろう、これ・・・? アイリスから感じる、嫌な感じ。しかも――)

 

明らかに、これから奏羅になにかが起こる。その予感だけは確信していた。

しかし、自分は戦いに関しては何も出来ない。ブリリアント・アイリスには人を魅了する力はあっても、戦う力はない。

 

(私には、奏君を助ける力はない。でも、歌うことで、勇気づけることはできるかもしれない)

 

歌声は奏羅には聞こえない、それはわかっている。でも、そうせずにはいられなかった。

 

「みんな、じゃあ最後の曲いくよ!」

 

自分の想いを、歌に込めて――

 

「ラストナンバー、『Brilliant Wish』」

 

 

 

 

 

 

 

 

さざ波の音を聞きながら、一夏は飽きもせず女の子を眺めていた。

その歌は、その踊りは、なぜだか彼をひどく懐かしい気持ちにさせる。

 

(・・・あれ?)

 

ところが、ふと気づくと少女の歌は終わっていた。

踊りをやめ、少女は空を見つめている。

一夏は不思議に思い、少女の隣へと向かう。

 

「どうかしたのか?」

 

声をかけるが、少女は空を見つめたまま動かない。

つられて一夏もながめると、ふと、少女の声が耳に響いた。

 

「呼んでる・・・行かなきゃ」

 

「え?」

 

隣に視線を戻すと、もうそこには少女の姿はなかった。

 

(――あれ?)

 

一夏はキョロキョロとあたりを見回すが、もう人影は見当たらない。歌も、聞こえない。

 

「うーん・・・」

 

仕方なく元の位置に戻ろうと体を反転させると、背中に声をかけられた。

 

「力を欲しますか・・・?」

 

「え・・・」

 

急いで振り向くと、波の中、ひざ下まで海に沈めた女性が立っていた。

その姿は、白く輝く甲冑を身に纏った騎士さながらの格好だった。その顔は目を覆うガードに隠されて、下半分しか見えない。

 

「力を欲しますか・・・? 何のために・・・」

 

「ん? んー・・・難しいこと訊くなぁ」

 

一夏は少し悩んだ後、口を開いた。

 

「・・・そうだな。友達を――いや、仲間を守るためかな」

 

「仲間を・・・」

 

「仲間をな。なんていうか、世の中って結構色々戦わないといけないだろ? 単純な腕力だけじゃなくて、いろんなことでさ」

 

一夏は自分の中でもまとまっていないのにスラスラと語っていた。話しながら、自分で自分の考えていたことに驚きながら。

 

「そういうときに、ほら、不条理なことってあるだろ。道理の無い暴力って結構多いぜ。そういうのから、できるだけ仲間を助けたいと思う。この世界で一緒に戦う――仲間を」

 

「そう・・・」

 

女性は、静かに答えて頷いた。

 

「だったら、行かなきゃね」

 

「え?」

 

また後ろから声をかけられる。

振り向くと、白いワンピースの女の子が立っていた。人懐っこい笑み。無邪気そうな顔で、じいっと一夏を見つめている。すると――

 

「なんだ・・・? 歌・・・?」

 

再び、歌が聞こえてくる。しかし、今度はここにいる二人が歌っているわけではない。まるで、この世界に響いてくるように聞こえていた。

 

「“現在”があなたを呼んでいる」

 

「えっ・・・?」

 

少女の言葉に疑問を浮かべるが、一夏はなんとなくそれが本当だと感じていた。

 

「行こう、あなたの“現在”へ。そしてあなたが“未来”を目指す力を。ね?」

 

一夏の手を取り、少女が微笑む。一夏は照れくさい気持ちになりながらも、

 

「ああ」

 

とうなずいた。すると、この世界に突然変化が訪れた。

 

「な、なんだ?」

 

空が、世界が、眩いほどの輝きに照らされる。その色は、虹色の輝き――

 

その輝きと、そこから聞こえる歌に導かれながら、一夏の目の前の光景が徐々に遠くにぼやけていく。

夢の終わり、なんとなくそんな言葉がふいに一夏の頭に浮かんだ。

 

(ああ、そういえば・・・)

 

あの女性は、誰かに似ていた。

 

 

 

 

白い――騎士の女性。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ・・・くっ・・・」

 

奏羅の首はギリギリと締め上げられ、圧迫された喉から苦しげな声が漏れる。

福音の手は緩むことなく、さらにはエネルギー状に進化した『銀の鐘(シルバー・ベル)』がプラチナを包んでいた。

 

(私は・・・なんて無力なんだ・・・)

 

友人が目の前で苦しんでいる姿を見ながら、箒は自分の力のなさを悔やんでいた。

翼が光を増していく中、箒の頭の中にはただひとつのことだけが浮かんでいた。

 

――助けて。いつか、お前がそうしてくれたように。

 

「いち、か・・・助けて・・・」

 

箒が強く願った、その瞬間だった。

 

『!?』

 

突然、福音が奏羅を掴んでいた手を離す。

いきなりの出来事に混乱している箒と奏羅が、瞳を開けたときに見たのは荷電粒子砲による狙撃を受けて吹き飛ぶ福音の姿だった。

 

(な、何が起きて――)

 

戸惑う箒の耳に届いたのは、さっきからずっと願い思ってやまない声だった。

 

「俺の仲間は、誰一人としてやらせねぇ!」

 

二人の視線の先には、白く、輝きを放つその機体。

 

「あ・・・あ、あっ・・・」

 

じわりと、箒の目尻に涙が浮かぶ。

わずかに潤んだ視界に見えるのは、白式・第二形態・雪羅を纏った一夏だった。

 

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恋夢交響曲・第三十四話
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