IS -インフィニット・ストラトス- 〜恋夢交響曲〜 第三十五話 |
「一夏っ、一夏なのだな!? 体は、傷はっ・・・!」
慌てて声をつまらせる箒の元へと飛んで、一夏は答える。
「よう、待たせたな」
「よかっ・・・よかった・・・本当に・・・」
「なんだよ、泣いてるのか?」
「泣いてなどいないっ!」
強がりを言いながら目元を拭う箒の頭を、一夏は優しく撫でた。
「心配かけたな。もう大丈夫だ」
「し、心配してなどっ・・・」
ふと、一夏は強がりばかりがでてくる様子の箒の頭を見る。いつもとは違い、ポニーテールではないその髪型に一夏はなんとなく気になった。
「ちょうどよかったかもな。これ、やるよ」
「え・・・?」
一夏は持ってきたものを箒に渡す。
「り、リボン・・・?」
「誕生日、おめでとな」
「あっ・・・」
七月七日、それが箒の誕生日。
「それ、せっかくだし使えよ」
「あ、ああ・・・」
そう言いながら、もらったばっかりのリボンを眺めると、箒は改めて照れくさくなってしまった。
「あー、ちょっといいか。お二人さん」
二人が声のする方へ向くと、そこには少し蚊帳の外だった奏羅の姿が。
「いちゃつくのは後でもできるだろ? まずはアレをなんとかしないと」
「ば、馬鹿!! 誰がいちゃついてるなど――」
「それもそうだな。ゆっくり話すのは帰ってからでもできるからな」
そういうと、一夏は福音の方へと向き直った。
「奏羅、箒を頼む」
一夏の言葉に奏羅は頷く。
「ああ、任せろ。――行って、帰って来い」
「ああ」
そう言うなり、一夏は向かってきていた福音へと急加速、正面からぶつかった。
「再戦といくか!!」
『雪片弐型』を右手だけで構え、斬りかかる。
それをのけぞって避けた福音を、左手の新しい兵器『雪羅』で追った。
第二形態に移行したことで現れたこの武器は、状況に応じて幾つかのタイプへと切り替えられる。一夏のイメージに応えるように、その指先からエネルギー刃のクローが出現する。
「逃さねぇ!」
1メートル以上に伸びたクローが福音の装甲を切り裂く。
『敵機の情報を更新。攻撃レベルAで対処する』
各部エネルギー翼が大きく広がる。そして回避の後、福音の掃射攻撃が始まった。
「そう何度も食らうかよ!」
一夏は避けようとせず、左手を構えて前へと飛ぶ。
――『雪羅』、シールドモードへと切り替え。相殺防御開始。
左腕の『雪羅』が変形、そこから光の膜が広がり、福音の弾雨を消していく。
「うおおおおおおおおおっ!」
強化され、大型四気のウイングスラスターが備わった白式・雪羅は、二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)を可能にしている。それにより複雑な動きをする福音を追い詰めていく。
『状況変化。最大攻撃を使用する』
福音の機械音声がそう告げると、翼を自身へと巻きつけ始める。それはすぐに球状になって、エネルギーの繭にくるまれた状態へと変わった。
(まずい、嫌な予感がする)
一夏の予想は、最悪なことに的中した。
翼が回転しながら一斉に開き、全方位に対して嵐のようなエネルギーの雨を降らせる。それは、ダメージを回復しきってない鈴たちにも攻撃が及ぶということだった。
(くっ! 守りきれるか――!?)
一夏はすぐさま仲間の盾に走ろうとするが、それを怒鳴り声によって蹴飛ばされた。
「なにやってんのよ! あたしたちは腐っても代表候補生よ? 余計な心配してないで、さっさと片付けちゃいなさいよ!!」
「鈴・・・わかった!」
仲間を信じる。今の一夏にはそれしかできない。一夏はどこまでも信じきる決意を固めると、右手の雪片と左手の雪羅、その両方から零落白夜の光刃を作り出し、再度福音へと飛び込んだ。
◇
(一夏が駆けつけてくれた・・・)
それはもう、嬉しいを飛び越えている。
そして戦う一夏の姿を見て、何よりも強く願った。
(私は、共に戦いたい。あの背中を守りたい!)
そう強く願った。
そしてその願いに応えるように、紅椿の展開装甲から、赤い光に混じって黄金の粒子が溢れ出す。
「箒、それ――って、なんだ・・・これ・・・」
近くにいた奏羅が驚きの声を上げる。なぜなら、彼のISのエネルギーが回復していたのだから。
「これは・・・!?」
――『絢爛舞踏』、発動。展開装甲とのエネルギーバイパス構築・・・完了。
項目に書かれているのはワンオフ・アビリティーの文字。
(まだ、戦えるのだな? なら――)
箒は、一夏から渡されたリボンで髪を縛り、気を引き締める。
「行くのか?」
「ああ、奏羅はどうする?」
「俺はもともと体力がないんだ、遠慮しとくよ」
手をひらひらさせながら奏羅が答える。
「――さっさといってやれ。お前が一夏を助けるんだ」
「ああ、わかってる――行くぞ、紅椿!」
赤い光に黄金の輝きを得た真紅の機体は、夕暮れの空を裂くように駆けた。
(ったく、キューピット役も気が気じゃないな・・・。ま、頑張ってこいよ・・・)
◇
「ぜらああああああっ!!」
零落白夜の光刃がエネルギーの翼を断つ。
しかし、両方の翼を切るのは至難の業。二撃目を回避されてしまう。そうしている間に失われた翼は再度構築されて、一夏へと強力無比な連続射撃を行っていく。
「くっ!」
――エネルギー残量20%。予測稼働時間、三分。
(くそっ! このままじゃ・・・)
リミッターなしの軍用ISがどれほどのエネルギーをもっているのか一夏には見当もつかない。対して、自分の機体は可動限界が近づいている。
「一夏!」
「箒!? お前、ダメージは――」
「大丈夫だ! それよりも、これを受け取れ!」
箒の、紅椿の手が白式へと触れる。
その瞬間、一夏の全身に電流のような衝撃と炎のような熱が走る。
「な、なんだ・・・? エネルギーが回復!? 箒、これは――」
「今は考えるな! 行くぞ、一夏!」
「お、おう!」
一夏は意識を集中させ、雪片弐型のエネルギー刃を最大出力まで高める。
「うおおおおっ!」
福音は一夏の横薙ぎを回避、再び視界に捉えると同時に、光の翼を向けてくる。
「箒!?」
「任せろ!」
その攻撃はトラップ、その翼を一夏に向けさせることにあった。
一夏の方に向けられた翼を、紅椿の二刀が並び、一断の斬撃で断ち切る。
「逃がすかぁぁっ!」
さらに脚部展開装甲を開放、急加速の勢いを載せた回し蹴りが福音の本体へと入った。
予想外の攻撃に大きく姿勢を崩した福音を、一夏は下から上へと返す刃で残りの光翼もかき消す。
そして、最後の一突きを繰りだそうとする一夏に、福音は体から生えた翼全てで一斉射撃を行った。
(ここまで来たら、もう引かねぇ!!)
全身にエネルギー弾を浴びながら、一夏は福音の胴体へと零落白夜の刃を突き立てた。
「おおおおおっ!」
エネルギー刃特有の手応えを感じながら、さらに全ブースターを最大出力まで上げる。
押されながらも、一夏の首へと手を伸ばす福音。その指先が喉元に食い込んだところで、銀色のISはやっと動きを停止した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」
アーマーを失い、スーツだけの状態になった操縦者が海へと墜ちていく。
「しまっ――!?」
「――ったく、ツメが甘いのよ、ツメが」
「はぁ・・・。これでかっこ良さ半減だぞ、お前」
ようやくダメージから回復した鈴と奏羅が海面接触ギリギリで操縦者をキャッチした。同じく、セシリア、シャル、ラウラも無傷とはいかないが無事のようだ。
「終わったな」
「ああ・・・。やっと、な」
一夏と箒は肩を並べて空を見た。
海のような青さを誇った空はもうすでになく、夕闇の朱色に世界は優しく包まれていた。
◇
「まったく、ひどい一日でしたわ・・・」
見事福音を倒した俺達は、旅館への帰路についていた。
「残念だけど、まだひどい一日は続くぞ」
残念そうにため息を吐くセシリアに、俺は話しかける。
「・・・どうしてですの?」
「俺たちは命令違反をしたんだからな。多分、これから織斑先生の説教タイムだ」
はは、とカラ笑いをしながら俺もため息を吐く。どう考えてもこれからお説教のフルコースだ。きっとオードブルからデザートまで、最高の時間が楽しめるだろう。
「千冬姉の説教、相当怖いからなぁ・・・」
「うわ、あたし帰りたくなくなってきた」
「ぼ、僕も・・・」
一夏、鈴、シャルの三人も、もう嫌だといった様子だ。箒、ラウラも黙っているが、内心戦々恐々としてるに違いない。
「残念だが、もう旅館の海岸は見えている」
ラウラが指を指す方向、もう夕暮れを通り越して薄暗いが確かに俺たちが出発した海岸が見える。
『おーい、みんなー』
海岸が見えた直後、オープンチャネルから旭の声が響いた。ハイパーセンサーを望遠モードにして海岸沿いを見ると、海岸には旭、リリィ、織斑先生、山田先生の姿が。
『こっちだよー』
旭がブリリアント・アイリスからスポットライト・ビットを飛ばして、灯台のように光で俺たちに場所を知らせている。
「どうやら、海岸で織斑先生たちがおまちかねのようだ」
俺の言葉にみんなため息をはく。ま、見えてる危険に向かってるようなもんだからな。
「ま、いいじゃねぇか。俺たち七人、ちゃんとみんなそろって千冬姉に怒られるんだからさ」
一夏の言葉にみんなが微笑む。
「そうよね・・・。あたし達、誰も欠けてないんだし」
「じゃ、僕達みんなで怒られよっか」
「そうだな」
今ここにみんながいる。俺はそれがとても喜ばしいことだと、改めて思った。
◇
「――準備は?」
『出来てます』
「フフフ、そうか。では、はじめよう。終幕の始まり、その第一楽章を――」
『了解。第一楽章「ラインの黄金」、開始』
◇
『私とリリィちゃんの約束守ったね。奏君えらいえらい』
「お前な、子供じゃないんだから・・・」
『あんまり文句言うなよ。こっちはそれ以上に心配してやったんだからな』
「リリィさん、あんまり心配してなかったように聞こえるんですが、気のせいですよね」
『気のせい』
プライベート・チャネルを使って旭とリリィと談笑する。海岸まであと800メートル――
――戦闘待機状態のISの空間転移反応確認。警戒モードへと移行します。操縦者無し。ISネーム該当なし。
「!?」
プラチナが今までにない警告を告げる。周りのみんなを見るが何事もないように談笑を続けている。
(センサー系の故障・・・? いや、そんなはずはない。さっきまでは正常だったしな。いや、まてよ、今空間転移って――)
――空間転移位置確認。ここより南東の方向300メートル地点。
(南東って・・・俺達の進んでる方向――)
そこまで考えた瞬間、俺は体がすでに動いていた。
「みんな散らばれっ!!」
俺の声に全員があっけにとられる。それを尻目に俺はみんなの前へと飛び出した。
――ISの空間転移。警告! ISが射撃耐性へと移行。
プラチナの警告を聞くと同時に、シールド替わりにシューティングフレームとストライクフレームを待機状態で呼び出す。
その瞬間、目の前の何もなかったところに、一機のISが現れた。みんなのISがそれぞれの操縦者に警告を告げるがもう遅い。
「キキイイイイアアアアアアアアアッ!」
けたたましい機械の咆哮と共にエネルギーの弾雨が俺たちに降り注いだ。
「ぐあああああっ!!」
俺はみんなを守るために壁となってそのすべてを受ける。それは数秒のことなのだろうが、俺には何時間もかかったように思えた。
(みん・・・なは・・・?)
弾雨が止み、プラチナの絶対防御が幾度と無く発動して意識が朦朧となりながら、後ろを見る。フレームを盾にしたことで、みんなに被害はいっていないようだ。
「よか・・・た・・・」
俺の目の前は、そこでテレビのスイッチを切るように真っ暗になった。
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