Nobody is in my heart without you. ep3
[全12ページ]
-1ページ-

おや、またお会いしましたね。お久しぶりです。そろそろ夜長に虫達が鳴く季節になりましたが、いかがお過ごしですか?

さてと、前回はどこまで……あぁ、彼女の元に少々風変わりな来訪者が現れた所まで、でしたね。果たして、彼は何者なのか? 目的は何なのか?

―――え? 白々しい? 正体なんて直ぐに予想がつく? えぇ、でしょうとも。しかし今しばらくお口にチャックでお願いしますね。

さて、そんな彼を見て疑心暗鬼全開の華琳ちゃんが勝負を吹っ掛けた訳ですがはてさて、結果の程を見届けるとしましょうか。

 

 

これは、世界の次元すら越えて出会った、とある二人の男女の、物語です。

 

 

-2ページ-

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

-3ページ-

 

私は、強い。これは慢心でもなく、侮蔑でもなく、比喩でもなく、誇張でもなく、厳然たる事実に裏付けられた発言である。

夏候家は曹家の剣となり、盾となり、柱となり、影となる。そうあらんと叩き込まれてきた私にとって、自分よりも弱く幼い従妹を主として仰ぐのはさしたる難題ではなかった。事実、彼女の才覚は幼少の時点で既に私には到底理解の及ばない領域にまで達しており、そこから導き出された願いは私の身命を賭しても惜しくないほどに眩しく思えた。だからこそ、私は私に出来る全てを、私の持てる全てをもってして、彼女の力になろうと心に堅く誓ったのだ。幸いにして、私には並々ならぬと評される程の『剣』という才覚があったようで、施政や軍略には全く自信を持てなかった私はその武を集中的に伸ばすことにした。如何に卑劣で巧妙な戦略を敷かれたとして、如何に強大な軍勢を宛がわれたとして、それらを更に上回る力さえあればいい。彼女が((何人|なんぴと))たりとも及ばぬ智を持つならば、私は何人たりとも及ばぬ武を以って彼女の隣にあり、彼女の右腕となり、彼女の第一の剣となろうと、そう決めた。

そして、それに違うことなく、私は多くを積み重ねてきた。修練を積んで地力を底上げし、経験を積んで感覚を研ぎ澄まし、日々を積んで信頼を獲得した。求めに応え、従い、敬うことは今の私にとって身に余る光栄に他ならない。

だからこそ、私は負けない。負けられない。負けるわけにはいかない。私が膝をつけば、主に危害が及ぶ。私の意志が折れれば、主に危険が迫る。それは決して、決して許されないし、何より自分自身が許せない。大袈裟に言ってしまえば、私の敗北は私を誇ってくれる、私を想ってくれる、私を支えてくれる主の敗北ですらあるとすら、思えてならなかった。

 

だからこそ、私は―――――

 

-4ページ-

 

練武場に奇妙な熱気が漂っていた。

 

対峙するのは二つの人影。一人は綺麗な黒髪を棚引かせた、刃引きされた模擬剣で何度も風を切りながら自身の調子を確かめる少女。名を夏候惇。真名を春蘭。曹家に仕える者で彼女の名を知らぬ者は皆無である。未だ少女の年頃でありながら、妹である夏候淵との絶妙な連携で既に多くの戦果を挙げ、日頃からの鍛錬の相手は既に一般兵では務まらず、本家の武将達が直々に教練を振るっている。

そんな彼女を久し振りに見たのだろう、周囲を取り囲むように見ているのはその一般兵達である。町の警邏や門番などの治安や雑務に勤しむことが専らな彼等にとってこういった程良い非日常という刺激は堪らなく魅力的に映るだろう。

そして、

 

「条件は一本を取るか相手に降参を認めさせる事。気絶してもその時点で終了。いいわね?」

 

「はいっ、華琳様!!」

 

「構いません」

 

それが彼女だけでなく、彼女『達』であるならば尚の事である。

その仕合に付き添う三人の少女。勝利条件を高らかに告げる凛とした声の主、曹孟徳。真名を華琳。見るからに幼い少女でありながら歳不相応の貫禄が違和感無く同居する彼女の表情は、しかし今は年相応に『不満』という感情をこれでもかと言わんばかりに振りまいていた。もう一人は件の夏候淵。真名を秋蘭。空色の髪の切れ間から除く瞳は揺れることもなくただひたすらに姉の立ち姿へと向けられている。微塵も敗北を疑っていない、そう物語っていた。

 

「…………」

 

そして、唇を一文字に閉じひたすらに沈黙を貫く最後の一人。曹真。真名を華陽。その眉は微かに顰められ、柳眉は緩やかに下降を描いている。明らかな心配のそれは視線もやはり同じくして、注がれている対象へとぶれる事無く向けられていた。

 

「武器を取りなさい。獲物は好きに選んで構わないわ」

 

「いえ、必要ありません」

 

「……何ですって?」

 

殊更に不機嫌に眉をひそめる華琳。そんな彼女に事も無げに応える、春蘭と相対する一人の男こそ、他ならぬ華陽の心配の対象であった。

 

「一対多ならば兎も角、一対一ならば素手での戦闘の方が得手ですので」

 

「……そう、ならいいわ。春蘭、目に物見せてやりなさい」

 

「はっ!!」

 

王双と名乗ったこの青年、確かに並々ならぬ雰囲気の持ち主であった。連なる山脈のように隆起した肉体からして決して一兵卒のそれではない。恐らく少なからずの修羅場を潜り抜け、生き残り、勝ち取ってきたのだろう。しかし見知らぬ者より見知った者を判断の基準にしてしまうのは致し方ない。増してや相手をするのは『あの』春蘭である。

が、しかし、

 

『見届けて、いただきたい』

 

鼓膜に反響する言葉。やけに染みついて離れない。そもそもからして、どうして私なんかの付き人になろうと思ったのか。出世や昇進を望むのならば端から曹軍に志願すればいい話なのだ。義父が私を想っての行動なのは嬉しい事だし、華琳も男嫌いというのも少なからずあるだろうけど、基本的に私を想ってくれての行動なのだろう。だからこそ、春蘭をけしかけられた時、彼は断るのだろう、と思った。そこまでして私の付き人なんてやらなくても、腕に覚えがあるなら軍の方へ志願すればいいと。なのに、

 

「おい、アイツ誰だ? 見かけない顔だが」

 

「夏候惇様とやり合おうって正気かよ。命が惜しくねえのか?」

 

「幾ら模擬剣とはいえ、骨の数本は確定だぞ、あの男」

 

ざわつく見物客達の言葉に華陽の不安は一層加速する。何故、傍らから見ているだけの私がここまで心を乱しておきながら、実際に相対している筈の彼があんなに冷静でいられるのか。実力を知らない筈がない。前情報がなかったとしても、既に彼女が振りまいている殺気でその実力には気付いているだろう。気付いていないならばそれは余程の鈍感か愚者のいずれかだ。

 

「…………」

 

見届けろ、と彼は言った。それはつまり、勝つ算段があるということだ。あの馬鹿げた強さを誇る夏候惇元譲を打ち負かす実力、あるいはそれに匹敵する何かを持ち合わせているということだ。そして何より、皆に最早止める気も引く気も微塵もないとなれば、

 

(どうか、無事に終わって……)

 

祈る他ない。願う他ない。叶うなら平穏無事な終息を、と胸元を両手で握りしめ、

 

「始めっ!!」

 

「でえええええええええええええええええええええええやあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

華琳の鋭い一声によって火蓋が切り落とされると同時、強烈な勢いで距離を詰めた春蘭が上段に構えた模擬剣を振り下ろす。軌道は肩口へ吸い込まれるように一直線。文句なしの一撃必殺。

 

『決まったか』

 

予想通りと言わんばかりに皆が興味を失いかけた、その次の瞬間だった。

 

-5ページ-

 

 

 

 

 

―――――ッ

 

 

 

 

 

-6ページ-

 

 

「……な、んだと?」

 

唖然。愕然。茫然自失。開いた口がふさがらないとはこのことか。

最速にして最高、満身にして会心の一撃だった。実戦で振るったなら、まず間違いなく相手の胴体は袈裟に割かれ、首に別れを告げているに違いない。そんな、現段階での彼女の史上の一撃を、

 

「なっ、春蘭の剣を、」

 

王双は、受け止めていた。否、これを『受け止める』などと言っていいのだろうか。

彼の左肩へと綺麗に吸い込まれていった刃、それを阻めていたのは伸ばされた右手。そう、右『腕』ではなく、右『手』。彼はまるで木の葉でも摘むかのように、親指と人差し指のみで、あの凶刃を防いでいるのである。

言葉を失った。それは華陽に限らず、華琳や秋蘭はおろか周囲を囲む兵達も同様であった。当然だ。今まで自分達の中で圧倒的な強者に君臨していた彼女を平然と阻む者が今、目の前に現れたのだから。

 

「ば、かな……」

 

より一層、柄に柄に力を込める春蘭。しかし、磁力に縫いつけられたかのように、万力で固定されたかのように、刀身は微動だにしない。

渾身の力を込めているからか、目前の現実に憤りや苛立ちの類を覚えているからか、顔を紅潮させながら身体を震わす春蘭に対し、彼は汗の滴一つ垂らさずに見据え

 

「な―――がはっ」

 

徐に、無造作に振るう右手。模擬剣ごと遠心力に呑み込まれた春蘭の身体は弾かれたかのように壁に激突する。

それでも剣を手放さない辺り、彼女も十二分に肝の据わった強者であることは間違いないのだが、

 

「ぐっ、この程度でっ!!」

 

立ち上がる春蘭。再び模擬剣を正眼に構え、

 

「ぬああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

それは、さながら暴風雨か。振るわれる度に風が呻り大気が震える。縦横無尽。疾風怒涛。あれが七星餓狼であったなら、人体は既に挽肉と化している。その、筈である。

その斬撃の中、王双は平然と傷一つつかずにいた。気だるげに身を屈めたり捩る度、その空間を刃が通る。まるで端からそこに来るのが解っているかのように。

 

「……ううん、解ってるんだ」

 

信じられない事だが、どうにもそのようだ。当たらない苛立ちからか、更に加速する刃の間を縫うように避けるその姿には、一切の無駄が見受けられない。あれだけの巨躯をあれほどしなやかに、あれほど軽やかに操れるなど、一体誰が予想しただろうか。

 

「姉者の剣が、当たらない……?」

 

それは、彼女の剣を誰よりもよく知る秋蘭だからこその驚愕だったのだろう。彼女にしては珍しく瞼は完全に見開かれ、下顎が力を失ったかのように口を『お』の形に開いたままでいる。そして、それは春蘭の実力を良く知る従妹も同じなようで、

 

「嘘、そんな、馬鹿な事って……」

 

全幅の信頼を寄せていた。絶対に最強だと信じていた。だからこそ、今回の勝利も信じて疑わなかったのだろう。しかし、いざ蓋を開けてみればこの一方的な展開。一体、誰が予想できたと言うのか。

驚きを禁じ得ず、ただただ傍観する他にない私達を置き去りに、風切り音だけが鼓膜を揺さぶっていた。

 

-7ページ-

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

-8ページ-

 

(そんな、馬鹿な、どうして、何故)

 

戦闘において不明や不利を味わったことは一度とてなかった。それが彼女の長所であり、短所であった。普段、理屈や理論を抜きに行っているだけに、いざそれを考え出すと泥沼の蟻地獄にはまる。『どうすれば』『どうしたら』活路を見出そうとする。してしまう。思考は一種の麻痺毒である。動作と並行して円滑に行うためにはある程度の免疫が必要だ。ただでさえ衰弱し始めている思考回路に普段まったく摂取しない劇薬を投与されたなら、無事でいられるはずもない。

一時は自身の最速にすら到達していた剣速は徐々に衰え、ついには狙いさえもぶれ始めた。削られているのが体力だけならば、こうも早く疲れはしなかっただろう。精神の疲労というものは中々に厄介で、一度減り始めてしまうとその勢いは留まる所を知らず、回復に努めようにもそう簡単には叶わない。ましてや、そういった事象に疎い彼女であれば尚更であろう。

攻撃が当たらない。間違いなく彼女にとって未経験であった。一振りすれば数人が吹き飛び、血漿を撒き散らすのが常日頃であろう彼女にとって自分の攻撃がこうも躱され往なされ、何より指数本で受け止められるなど、予想だにすらしていなかっただろう。ましてや、その剣ごと片手で放り投げられるなど。

 

「ただ力任せに振るうだけで通じるのは雑兵だけです。更なる実力者相手には通用しません。例えば」

 

この仕合において、初めて王双が口にした言葉。それは感想でもなく、兆発でもなく、一種の指南に近かった。

再び、剣が止まる。止められる。今度は更に、人差し指と中指で挟まれただけで。

 

「私のような、ね」

 

「っ、黙れっ!! 剣も交えず避け続けているだけの腰抜けがっ!!」

 

「……ふむ、そう思われるのも無理はありませんか。確かにこれでは実力を見せるという本懐も果たせそうにありませんし」

 

その言葉は、実に平淡だった。興味も、驚愕も、欠片として含有していない、この上なく無感情なそれを告げたと同時、王双は背後に大きく飛び退り、ゆっくりと身体を弛緩させて、

 

「いいでしょう。では今から真正面からの一撃で、貴女を仕留めます」

 

「なっ!?」

 

怒り心頭に発する。勝利宣言。明らかにこちらを見下した発現に他ならない。

 

(……いや、悔しいが、認めたくないが)

 

その言葉に、齟齬はなかった。腹立たしいが、明らかに目の前のこの男の方が実力者だと言うことは、既に十二分に理解させられていた。私がいる場所よりも更に上、一足先、目指している高みに、この男は既に到達している。日頃、自分が教えを乞うている曹軍の将や父母、ひいては先代の武人達と同じ世界、その住人。

自らが最高だと、最強だと、驕っていたつもりはない。ない、と、思う、が、

 

「…………」

 

何故か、ただの棒立ちにしか見えないこの男の立ち姿に、全く隙が見受けられない。普段ならばそのようなこと自体、微塵も考えずに打ち込むはずなのに。

 

(私が無意識の内に、突破口を見出さなければならないほどの相手……)

 

今までに、様々な人に教えを乞うてきた。だが、彼らは皆、私を知っていた。立場を、生い立ちを、性格を、そして腕前を。皆、それに合わせて私と剣を交えていた。戦場においても同様だ。皆、相手を選んでいた。私の実力で勝てる相手を選別していた。その相手が偶々、普通なら私のような年頃で倒せるような実力ではなかった、というだけだ。齢にして十と二、三の少女に無理のないことではあるが、私は今まで苦戦というものを強いられたことがなかった。指南を乞う相手も、戦場で戦う相手も、全て決められたものでしかなかった。

だが、

 

(これが、苦戦……)

 

ゆっくりと、王双が構えた。脚を前後に開き、腰を深く落とし、右の拳を握りしめ、引く。ただそれだけの動作であるにも関わらず、その姿が一回り大きく見えるような錯覚を覚えた。怒涛のように押し寄せる闘気。大気が余波を帯びて微かに揺らぎ、直後に凛と締まり、静止する。

 

(これが、逆境……)

 

なんと研ぎ澄まされた力だろうか。正常な呼吸もままならぬほどの重圧に襲われながら、磁力に引き付けられるように、目を逸らす事が叶わない。決壊した汗腺により衣服が張り付き、脚は縫糸を通されたように微動だにしないにも関わらず、両手は関節を真白に染めるほどに、爪が掌に食い込むほどに、きつく、強く、柄を絞る。

 

「……ははっ」

 

あぁ、やはり私はおかしいのかもしれない。勝てる気が欠片もしないというのに、負けると直感的に理解しているというのに何故、どうしてこうも心が躍るのだろう。自らに敗北を刻もうとしている者と、自らに止めを刺そうとする者と対峙しているというのに、私の唇は笑い声を漏らしてしまうのだろう。

辺りに飽和する沈黙。誰もが閉口し、見逃すまいと両の瞼を見開く中、不動の構えから王双が地を蹴った。脚捌きすら見せないままに地面を滑走してのける『活歩』に酷似した歩法により銃弾のような速度で距離は至近まで縮まった。落雷の如く踏み込まれた震脚が一瞬、しかし確かに大地を揺るがし、繰り出される巌の如き正拳が残像を帯びながら自身の腹部へと吸い込まれ、

 

 

 

―――――彼女が認識できたのは、そこまでであった。

 

 

 

一連の流れを認識できた時点で彼女も既にその才覚の片鱗を見せてはいる。後の世に高らかに轟く英雄豪傑の名を魂に刻まれているだけのことはあるということだろう。

零距離で手榴弾が炸裂したも同然の破壊力を喰らって無事でいられよう筈もない。吹き飛ばされた彼女の身体は藁屑のように宙を舞い、受け身を望む間もなく土壁に叩きつけられ、

 

「ふぅ……流石は仮にも夏候惇、か」

 

王双は固めた拳の先の手応えに若干の驚愕を覚えながらも、緩やかに四肢から力を抜き吐息と共に残心するのだった。

 

-9ページ-

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

-10ページ-

 

「…………」

 

言葉が生まれない。生み出せない。刹那にも満たぬ攻防。少なくとも、私にはそう見えた。終始見逃してなどいない筈なのに、終止を把握しきれていない。視認できない過程ばかりなのは、私が彼らほどに武術の心得がないからなのだろうか。私の場合、護身術程度にしか嗜んでいない。元より戦場でも最前線に立った経験など皆無だし、そもそも秋蘭どころか年下の華琳とも戦績は五分五分なのだし。

 

「って、そんなこと考えてる場合じゃなくて」

 

皆一人残らず、常日頃から泰然自若の華琳までもが棒立ちのまま、視線を逸らさず―――否、逸らせずにいた。姿勢を徐々に直立へと戻す王双から、視線は緩やかに壁際に力なく倒れる春蘭へと移って、

 

「―――っ、春蘭!!」

 

「あ、姉者っ!!」

 

同時に我に返った秋蘭と一緒に彼女に駆け寄る。俯せに四肢を投げ出す彼女は完全に気絶しており、抱き起こすと糸の切れた操り人形のようにだらりと両腕を垂らして、

 

―――カシャン

 

「……え?」

 

当然ながら、その五指にも全く力は入っておらず、空しい金属音を立てて地を叩いた模擬剣は、その刀身の中心から綺麗にぽきりと折れていた。いくら修練用の簡素な代物とはいえ、間違いなく鋼鉄製。であるにも関わらず、いつ、どこで、どのようにしてこの結果に辿り着いたのか。

 

「彼女、咄嗟に((模擬剣|それ))を懐に引き戻して防御に使ったんですよ」

 

「え?」

 

「本当は寸止めで済ませる積もりだったんですけどね、まさか私の速さについてくるとは。お蔭で手元が少々狂ってしまいました。私もまだまだ、鍛錬不足ですね」

 

「あ、姉者は、姉者は大丈夫なのか!?」

 

「えぇ。元より手加減は加える積もりでしたから。最悪、骨に罅くらいは入っているかもしれませんが、命に別状はないでしょう」

 

言いつつ、彼も屈みこんで春蘭の身体をゆっくりと触診していく。最初に正拳の炸裂した腹部、次いで首や両の手足と徐々に体幹から末端へと遠ざかっていくその手付きは実に手馴れたもので、とても素人のそれには見受けられなかった。

 

「……ふむ、どうやら骨折もないようです。一応、ちゃんと診て貰った方がいいとは思いますが」

 

「そ、そうか……よかった」

 

ほっと胸を撫で下ろす秋蘭。春蘭の腕を肩にかけゆっくり持ち上げると、壁に身体を凭れさせた。

 

「それで、曹操殿」

 

「―――っ!? な、何よ?」

 

珍しく放心状態だった華琳は、自分に声をかけられると予想だにしていなかったのだろう、弾かれたように肩を震わせ、裏返りそうな声をそれでも必死に抑えながら返答する。

 

「夏候惇殿が気絶したということは、私の勝ちということで宜しいのでしょうか?」

 

「え、あ……え、えぇ、そうね」

 

「そうですか。では」

 

ゆっくりとこっちを振り返る王双。そのままそっと屈みこんだと思うと、深々と頭を垂れ瞼を閉じて、

 

「え、え、え?」

 

右の拳を左の掌で包み込む包拳礼。右手が表す武術を、左手が表す文化が包み込む。つまり『敵対の意志は皆無である』ということを示すこれは、拳士における絶対の忠誠の証。

そして、

 

-11ページ-

 

 

 

 

「この肉体、この魂魄、滅びた屍から流れる血潮の一滴まで、私を構成する全てを生涯、貴女一人に捧げることを、ここに誓いましょう。我が、主殿」

 

私達の不思議な主従関係が、始まりを告げたのだった。

 

 

 

 

(続)

-12ページ-

 

後書きです、ハイ。

 

大学院試験も無事に終了し、久々に何もない日なので勢い任せで思わず徹夜で執筆してしまいました。次は同人祭りの完結篇を更新する予定です。いつ頃になるかな……今週は再会した卒研がなかなか過密スケジュールなので、次の週末くらいかな。

 

 

で、

 

 

えぇ、俺の中の中学二年生を最前線で暴れさせましたとも。八面六臂の国士無双ですとも。リコールは受け付けんよ? 『俺』の過去って時点である程度予想はしていただろう?

ちなみに補足すると、現時点でのこの外史は『恋姫』本編の5〜6年前に相当します。当然ながら登場人物達も本編よか5、6歳ほど若いので、そこんとこ宜しくです。(『恋姫』登場時点で皆18歳以上なんだから、概ねわかるだろ?)

さて、そろそろ出演依頼を出すんで(誰かも大体予想ついてると思うが)、宜しく。ちなみに既に一人レギュラー出演してんだけど、解るかな?

 

 

 

 

…………ちなみに、ちゃんと『外史内における能力規制』の影響下です。

説明
ども、峠崎ジョージです。投稿95作品目になりました。
今回も管理者時代SSです。やりたい放題やってるんで、そこんとこ宜しく。
……え? 本編? ナニソレオイシイ?(コラww
んでは、本編をどうぞ。
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
5208 4541 10
コメント
兄弟>まぁkarasuさんは他の方々と比べてもまだとっつき易い方ってのもあると思うぞ。骨太たぁ嬉しい評価ありがとよ。(峠崎丈二)
相変わらず、骨太の戦闘描写だなぁ。性獣の方々に関しては、完全に同意。karasuさんと久し振りにラウンジで話した時は、衝撃を受けたしw(YTA)
ヒトヤ氏>俺は以前のティマイさんやkarasuさんを知ってる分、あまり驚きはしなかったですけどね。『あぁ、やっぱりか』って感じで普通に受け入れて増しあ。(峠崎丈二)
まぁ「ヒトヤ犬」で検索して出てくるSSやイラストを見て真面目な性格とか思わないわなW(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
たこきむちさん>元々こういうコメントする方ですよ、ヒトヤさんは。 俺の作品では真面目な鋭いコメント多くて『成程なぁ』と思わされる事も多く、コメントもらえてた時は結構嬉しかったり。ヒトヤさんに限らず、性獣の皆さんって実は腰据えて話すと面白そうな人達ばかりなんです。(峠崎丈二)
ヒトヤ氏>解らいでかww 以前にも俺の作品に同じような書き込みしてくれたじゃないですか。それに、名前を伏せててもユーザープロフィールまで飛べば一発ですって。(峠崎丈二)
↓ヒトヤさんが真面目って違和感たまんないのですが・・・(たこきむち@ちぇりおの伝道師)
あ、あれ?何故ヒトヤとバレた!?名前は伏せてあるのに・・・・(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
アーバックスさん>毎度コメント有難う御座います。何とか早よ更新できるよう頑張ります。(峠崎丈二)
beru氏>そりゃ何とも……俺如きの文章が意欲回復になるならどうぞどうぞ。(峠崎丈二)
今回も面白かったですよ〜。続きも楽しみにしていますね^^(アーバックス)
たこきむちさん>あざっす。ちまちま書いてますので、お待ち下さい。(峠崎丈二)
ヒトヤ氏>相手を選ぶことそのものは間違ってないんですがね、自分を過小評価も過大評価もしないってのは非常に難しいわけで……時にはそうやって自信をつけるにも必要なんでしょうが、色々と未成熟な内から天狗になるようではいけない。徹底的な敗北を知らなければ、間違いなく慢心が生まれてしまうんですよね。(峠崎丈二)
試験お疲れ様です( ´ ▽ ` )ノ続きは気長にまってます( ´ ▽ ` )ノ(たこきむち@ちぇりおの伝道師)
勝てて当然の奴らを選んで戦ってきたそれは、嫌な言い方をすれば「大人が子供を沢山苛め、自分が強いと思い込む」と同じなのよね (ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
狼>無手云々はともかく、まともにやり合えるとなると恋や愛紗や鈴々クラスだろうからな。彼女はまだ『覚醒前』だからな……今の内に年相応『だった』頃を覚えておいてくれ(遠い目)(峠崎丈二)
一丸さん>まぁ時系列的に俺と付き合いの長い連中ばかりになりますからね。新規の皆さんとは『瑚裏拉麺』の方で。(勿論、続きをちゃんと考えてますよ)(峠崎丈二)
まずはさすが、ってところだな。春蘭相手に無手で勝てるやつってそうは居ないからねえ。・・・ところで、奥さんの影が薄くない?(お(狭乃 狼)
お口チャック!!・・・・む〜〜むむ〜〜〜〜〜(面白かったです。相変わらずの国士無双ですねww)む〜む〜(出演するのは誰かなあ〜〜?)む〜(出演してみたいなあ〜)むむ〜(話の構成上無理かなあ?)むっむ〜(続き楽しみに待ってます!!)(一丸)
タグ
恋姫無双 峠崎ジョージ 華陽 TINAMIクリエイターズ登場予定 

峠崎ジョージさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com