魔法少女リリカルなのは Duo 15〜16
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第十五 伊弉弥

 

 

「アーレス・レイジー。ミッド第44管理世界、フシヘルド出身。使用武器は魔力に反応する刃を持つグレートソードだが、本人に合った武器とは言えない。仲間と思われる相手が現在二名を確認。時食みを操り呼び出す一人と、格闘戦を得意とする女。操り人の実力は未知数だが、少なくとも格闘少女は要注意。アーレスに至っては現段階においては振り回される一撃に注意すれば、さほど脅威とは言えない。………こんな所だな」

 カグヤは目の前の少女に対して丸暗記した教科書を朗読するように言い当て、つまらなそうに片目を閉じた。

「俺が欲しいのはお前の情報じゃなくて、その奥に居る操り人なんだが………、この近くにはいないみたいだな?」

 あてが外れたと言うように溜息を吐くと、カグヤはエリオに指示を出す。

「捕らえるのは面倒なタイプだ。やってしまってよし」

「え? やるって……?」

「要領の悪い奴だな………、殺るのが嫌なら方法はいくらでもあるだろう?」

「物騒な事言わないの」

 フェイトがカグヤの発言に忠告を入れる様に言ってから、掌からスタンガンのような魔力弾を打ち出し、アーレスを軽い衝撃で気絶させる。その後しっかりとバインドをかけて動きを封じておく。

「連れて行くの? それとも置いて行くの?」

 スバルが出来れば置いて行きたいと願うような眼で問いかけると、カグヤは面倒そうに「好きにしろよ」と答える。

「ちょ……っ! ちょっと待ちなさい!」

 唐突にした声にカグヤが振り返ると、そこには座り込んだままのギンガが困惑顔でこちらを見ていた。

「これは一体どう言う事なの!? あなた達、捕まってたんじゃないの!?」

「そ、それは―――」

「『答える必要はない』と跳ねのけるのと、『うるさいから黙らせる』方法とどっちが御好みだ?」

 スバルを遮って言いのけるカグヤに、先程までの女装が頭に残っているギンガは、思わず口を噤んでしまった。

 その隙を突く様に、カグヤは振り返り全員に指示を出す。

「置いて行くならさっさと預けろ。俺達はすぐに撤退だ」

「案外、あっさり承諾するんですね……」

「俺のやり方を貫こうとしても聞かん癖に、………白じらしい」

 エリオの呟きに避難を込めた悪態を返し、さっさと後始末をして帰ろうと考える。

 しかし、それをギンガが黙って見過ごすわけも無く、すぐに立ち直ってカグヤの前を遮る。

「待ちなさいっ! ちゃんと話を聞かせて! 一体どういう経緯であなた達が一緒に行動して―――」

「俺は二択を出したはずだぞ?」

「え?」

 ギンガの言葉を遮ると言うより、独り言のように呟いた後、カグヤは前振りも無く刀を抜刀してギンガを斬りつける。

 咄嗟に後ろに下がり、刃を避けたギンガは、いつでも踏み込める距離で構えながらカグヤを睨みつける。

「黙ってれば消えるつもりだったんだが?」

「事情を聴かずに納得できるわけないでしょう!?」

「そりゃそうだよね………」

 ギンガの台詞に同意を示すスバルを一瞥したカグヤは、ギンガに視線を戻す。

「聞いたところで納得できる理由などないぞ」

「聞く前からそんなの判断できません!」

「例え話だが……、殺したいから人を殺す。そんな事を言う奴を納得出来るか? 同じ類いの意味だぞ」

「判断するのは私です! 聴かせてください!」

「言わないと言えば?」

「力ずくでも……」

 構えるギンガに、カグヤも抜いた刀を左手に構え、手の中で半回転させて逆手に構える。

「やる気なら相手してやる。その代わり、負けた時は覚悟しろよ」

「管理局に入った時から、覚悟は出来てます」

 ギンガの鋭い眼差しに、カグヤは不敵な笑みを浮かべると「そうか……」と一言呟き、一拍の間をおいてから続ける。

「なら負けた時はメイド服決定だ」

「………へ?」

 告げたカグヤの台詞に、上手く理解できなかったギンガが大きく目を見開いて呆けてしまう。カグヤは口の端を三日月の様に釣り上げると影のある笑みを浮かべる。

「無論、俺の命令には絶対服従の上、毎日御奉仕三昧は当たり前、おはようからお休みまで大人のお世話。もちろん最後は夜の御勤めもしてもらおうか……くっくっくっくっくっ」

「よ、よよよ、夜の御勤め〜〜〜〜っ!!?」

 思わぬ事態に顔を真っ赤にして頭を沸騰させるギンガ。両手を火照った頬に当てて必死に冷静になろうとする。

「ああ、夜のマッサージ。アレがあるのとないのとで疲れの取れ方が全然違う」

「え? あ? そう言う事?」

「一体何を考えたんだ破廉恥娘……? んん〜〜?」

「いや〜〜〜っ!! 聞かないで〜〜〜〜っ!?」

「俺からは散々聞こうとした女が自分の事は黙秘か? そら言ってみろよ? 恥ずかしい事でもないだろう?」

「恥ずかしい事です!?」

「それを判断するのは俺だ!」

「理不尽過ぎるわこれ〜〜〜〜っ!?」

 あまりの羞恥の嵐に顔を覆って蹲ってしまう。その姿は誰が見てもあまりにも哀れな―――

「隙だらけ」

 ―――の姿だった。

「はうっ!?」

 カグヤは無防備なギンガの額に柄頭をぶつけて昏倒させる。

「一応、『菫』って技なんだが………、技と言う程の物でもないな。この状況だと……」

 溜息を吐くカグヤは衝撃で痙攣しているギンガを見下ろし、眠りが浅いのを確認すると振り返ってメンバー達に視線を戻す。

 するとそこには物凄く微妙な眼差しを送る面々の姿があった。

「なんだよ……?」

 居心地の悪さから渋面になりつつ質問を投げかけるカグヤ。これに、スバルとエリオが応える。

「えっと……、なんて言うか………、私達と比べて………」

「微妙な勝利ですね………」

「うるせぇっ、こんなの((最初|はな))っからカウントしてねえよ……っ!」

「カグヤ? 一応聞くけど、もしかして今言った事―――」

「しねえよっ!! カウントしてねえんだからメイドにしねえよ!!」

 フェイトにまで怪しまれ、流石に顔を赤くして反論する。

 それを聞いて本気で安心するフェイト。

「よかった………」

「させる気ならメイドじゃなくて着物を着せた」

「―――」

 そしてすぐに固まった。

「メイド服とか悪い物じゃないが、俺としては、アレは仕事をしている人の服装って感じで、なんか卑猥な事するのは仕事の邪魔をしている様な気がして気が引けるんだよ。無論やる時はやるし、その方が逆に燃えると言うのもある。だが俺としては、ここは着物を着せてゆっくり休んでる所をプライベートで襲うと言う―――」

「説明しなくていいよ!?」

「安心しろ十割方冗談だ」

「全部嘘だっ!?」

「まあ、メイドより和服の方が好きなのは事実だが、そんなの普通に服の好みだからな……?」

 かなり冷静な顔で妙な事をポンポン言うカグヤには、ボケていると言う意思は見られない。天然でそんな事を言っているのだと知った面々は軽くげんなりしてしまう。

(絶対、カグヤさんって天然だよね………)

(はい………、天然のボケキャラです………)

(本当に付いて行って良いものか……、いや、だからこそか……?)

(軽く、色々考えさせられますね〜〜………、おかげで悪い人じゃないとは思えるんですけど〜〜〜………)

(み、皆言いたい放題言い過ぎ……だと思うよ………?)

 カグヤには内緒で念話を交わすメンバーは、それぞれカグヤに対する相談をしていた。

 彼らにとってこれはごく当たり前の光景だった。理由の一つも明かす事なく協力だけを強要するカグヤに手を貸す以上、彼らはどんな状況に陥った時でもすぐに対処できる様に相談を忘れずにしている。

 要するに今後、カグヤの真相を知って彼自身が言う通りの『悪者』だったなら、裏切り逮捕。本当は『善人』と言う事なら彼らなりの協力。そう言った二択を見極めるために、敢えて懐に入り込んだのだ。

 実際カグヤは自分の懐に入っている人間には甘い部分があり、待遇も自由にさせていたり、先程の様に自分の意思を仲間の発言に従って曲げる事もある。それが彼なりに計算した上なのか、それとも単純に甘いだけなのか、それはまだ計りかねているが、少なくとも彼らにとって、カグヤと言う人物は『懐に入ってでも見定めたい人物』と言う認識になっていた。

「さて、それじゃあさっさと帰るぞ」

「え? カグヤさん、ギン姉は連れて行かないの?」

「条件了承させてないしな。お前らの時見たく賭けをしてないから無し。連れて行けねえよ」

(なんでこんな所は真面目なんだろう……?)

 訊いたスバルは訳が解らないと言う様に溜息を吐いた。

 カグヤはカグヤで「当てが外れたか? 予想では最低でももう一人いると思ったんだが……?」と、意味の解らない事を呟いて一人勝手に歩き始めている。

 彼にならい、他の皆も、アーレスを捕縛したまま放置し、カグヤの後に続こうとする。

 ―――刹那、それは誰にも気づかれる事なく、突然カグヤの目の前に出現した。

「―――っ!?」

「オ久し振リ? ウチの((マスコットキャラ|ペット))を返してもライに来たわよ」

 カグヤの正面、既に拳を引き溜めの姿勢に入っているチャイナドレスの少女、李紗が魔力を込めた拳を振り抜く。

(―――柳っ!!)

 李紗の拳がカグヤの胸を打ちつける。しかし、拳は貫く事なく接触と同時、絶妙なタイミングで軸をずらされ、横合いへと逃げられてしまう。まるで風にたゆたう柳葉の様に拳を避けて行ったのだ。

「ウっそっ!? この距離で躱すとかアリ得なイわよ!? ―――っ、ととっ!」

 カグヤに攻撃を躱された李紗に、今度はカグヤの仲間となったエリオ、スバル、ザフィーラが同時攻撃を仕掛ける。それを巧みに躱した李紗はそのまま地面に放置状態のアーレスを片手で掴んで肩に引っかける。

「ほラ起きロ! 起きなイとこのまま地面に頭かラ落とすわよ? 良イわ落とすわ」

「―――っ!? 起きたよ私っ!?」

「早っ!?」

 危機感からなのか、速攻で目を覚ましたアーレスは自力でバインドを破ると、そのまま李紗の手から離れ、自分の足で立ち上がる。その姿にはダメージは全く見受けられない。

 アーレスの元気な姿を確認した李紗は、溜息交じりに言葉を漏らす。

「まったく、アレだけ柊に言われてルのにイつまでも得物を変エなイかラよ。はい、柊からの特注品。前回管理局からかすめ取った奴ね」

 そう言って李紗が渡したのは、長方形の四角い金属だった。受け取ったアーレス自身も、それが何なのか解らず適当に弄っていると、突然それは展開を始め、三角形の柱三本で出来た銃身を持つ、砲身となった。子供一人分は在ろうかと言う砲身を軽々と抱え、アーレスは嬉々とした表情を浮かべる。

「おおっ!? なんとオリジナリティー溢れる大剣!?」

「大砲だってば!!」

「え〜〜〜〜〜っ? 剣じゃないの〜〜〜?」

「何嫌そウな顔してルか!? そう言った方がアナタに向イてルと柊がわざわざその形にしてくレたと言ウのに!?」

 ぶーたれるアーレスを叱責する李紗。その姿を確認したカグヤは、自分の隣に移動していたフェイトに小声で伝える。

「あの砲身はヤバイ、撃たれる前に切れるか?」

「やってみる……っ!」

 言うが早いか、瞬時にソニック・ムーブで移動。彼女達二人の背後に回り込むと、大剣となったバルディッシュで砲身を斬り付ける。

「オっとっ! 撃つ前から切ラせなイわよ!! 作ってくレた柊の為にも!!」

 瞬時に反応した李紗の拳が、斬り付けようと斜めに振り下ろされた斬激を真下から垂直に打ち上げ、弾き返す。

 しかし、それとほぼ同時にフェイトの対面側にエリオが接敵し、代わりに砲身を斬り落そうとする。

「左右分掌!!」

 それに気付いた李紗が、瞬時に攻撃を切り替え、両手の掌打を左右に向けて同時に撃ち出す。フェイトとエリオ、二人に対して同時に攻撃を放った。フェイトはバルディッシュで防御し、エリオは攻撃を妨げられた。

「スバル!」

 カグヤの指示でスバルが飛び出す。ローラーシューズで走り、高速で接近し、勢いに乗せて拳を突き出す。タイミング的には李紗のフォローは間に合わない。だが、アーレスもただボケっと突っ立っている訳ではない。魔力を掌に集中し、魔力の球体を創り出して無理矢理障壁として扱う。そんな魔力量にだけ頼った防御に、スバルは「打ち砕ける」と判断して構わず渾身の一撃を叩き込む。しかし、スバルの拳は球体に激突しても、まるで弾力のあるゴムを殴りつけた様に凹んだだけで壊れる事はなかった。弾力に負けてスバルが弾き飛ばされる。

「いよっしゃあああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」

 妙な気合いの声を上げながら大砲を腰に抱える様にして構え、スバル目がけて銃身を向ける。

「受けるな躱せっ!」

 防御のフォローに周ろうとしていたザフィーラを止める様にカグヤが叫ぶ。これに応えたのはスバルと言うよりもその愛機、マッハキャリバーが瞬時に創り出したウイングロードに足を付き、ローラーで回避行動を試みる。

 次の瞬間、殆ど溜めの動作も無いまま真っ赤魔力の砲撃が放たれた。

 横飛びになって何とか躱したスバルの背後で、通り過ぎた魔力砲が大爆発を起こし、背中に風圧を浴びる。

「ちょ〜〜〜〜〜〜うスゲェ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!! これ超すごいよリーシャ!!?」

「ウん、砲撃の素晴ラしさに目覚めてくレた様で、私も柊もちょっと安心したわ」

 文字通り子供の様に目を輝かせてはしゃぐアーレスに、李紗は疲れた様な、しかし何かを成し遂げた様な溜息を吐く。

「おい、スバル無事か?」

「び、ビックリした……! なのはさんに撃たれたのかと思った……っ!?」

 「誰だよそれ?」とぼやきながら、カグヤはスバルの無事を確認して、こっそり胸を撫で下ろす。

「あれ? なんかカグヤさん安心してない? もしかして心配してくれた?」

「? そんな態度とっていたか?」

「そう見えた」

 嬉しそうに笑うスバルの顔を一瞥。カグヤは片目を閉じて少し考えてみる。

「まあ、失って困る事は確かだしな」

「わ〜〜いっ!」

 無邪気に喜んで見せるスバルを尻目に、カグヤは喉から零れた声のボリュームを落して付け加える。

「……欠けた分の補充が面倒だし、他のメンバーにメンタルにも影響するし、ただでさえでかい不信感抱えてる状態でこれ以上厄介事背負えるか」

「へ? カグヤさん、今何か言った?」

「お前のメンタルのためにも何も言っていないと答えよう」

「???」

 カグヤ答えの意味を汲み取れないスバルは首を傾げるばかりだった。

「それより来るぞ」

 告げたカグヤの言葉通り、李紗が前衛、アーレスが後衛のスタンダートな構えに入る。

 合わせてカグヤは自分を中心に前衛をスバルとザフィーラ、左翼にフェイト、右翼にエリオを配置させる。

「スバルは格闘女とだけ戦闘しろ。ザフィーラは援護。出来るだけ防御を手伝ってやれ。フェイトとエリオは後ろの砲撃女の照準をスバル達に合わせさせないように適当に撹乱しろ」

 カグヤの指示に素早く全員が動く。

 突出した李紗は初弾廻打をスバルに向けて放つが、それを防御能力の高いザフィーラが受け止める。李紗はまた魔力を使うのを忘れてしまっていたようだが、それでもザフィーラのシールドに罅を入れる脅威の一撃を見せる。しかし、盾となった守護獣の脇をすり抜け、たっぷり力を溜めていたスバルの拳がリボルバーナックルを加えて放たれる。

「ウわアァっ!?」

 咄嗟に李紗は腕輪に嵌めている石の力を使って『獅子王装飾』を纏い防御する。

「ザフィーラ! 退路遮断!」

 瞬時に飛ぶカグヤの指示通り、ザフィーラは魔力の槍を地中から突き出し李紗の退路を塞いでしまう。

 己が使う防御術の長期使用は貴重な石を消費する事に繋がってしまう李紗は、既に術式を解除してしまっている。そこに迫るスバルの拳に対して防御の手段が無い。

 カグヤが術の弱点まで知っていたと言う事はないだろうが、それでも李紗にとって都合の悪い手を打ったには違いなかった。

 仕方なく彼女は、スバルの拳に目がけて、己の拳を正面からぶつけた。勝敗は僅かな威力の差で李紗だったが、それはほぼ拮抗のレベルでの打ち合い。互いに互いが背後へと撃ち飛ばされた。もし李紗が拳に魔力を込めるのを忘れていなければ、この勝負は李紗の圧勝だっただろう。だが、術式を解くのに意識をやり過ぎ、魔力を拳に籠める事まで気が回らなかった。

「チェック」

 呟きはカグヤのモノ。

 瞬間、李紗の頭上から四羽の雷鳥が彼女を囲むように真直ぐ地面に突き刺さった。そしてその穴から雷の柱が上った時には、既に術式が完成していた。

 『稲交尾籠』。カグヤの電撃による攻撃的な捕縛魔術。

 いくら捕縛系の魔法を力任せに剥がせる李紗でも、電気ショックにより筋肉の痙攣を受けながらでは思う様に力が出せない。魔力を込めれば大した障害ではないだろうが、電撃は痛みにより思考まで鈍らせる。元より魔力を使う事に気が回らないさ過ぎる彼女が、その答えに気付くにはもう僅か時間がかかるだろう。その間に、カグヤは最後の一人を落しにかかる。

「エリオ! 真直ぐ攻めるな! 常に左右に動いて照準を付けさせるな! フェイト! そいつは砲撃武装を使うのは初めてのはずだ! 発射のタイミング合わせられるな!?」

 エリオは素早く動き回り、アーレス撹乱を図り、彼女に攻撃の躊躇を与える。しかし、気の短い―――と言うより考えるのが苦手な子供の彼女が、いつまでも引き金を引かずにいるわけも無く、適当に当たりそうな場所に照準を合わせ、適当に発射する。

 その引き金を引いた刹那に合わせ、神速の勢いで突貫したフェイトの一撃が砲身の下部を直撃し、撃ち上げさせられる。天を向いた砲身は、そのまま魔力砲を解き放ち、空の雲を一掃した。

 思わぬところに砲撃してしまったアーレスは、崩した体勢を慌てて整えるが、撹乱に周っていたエリオが攻勢に転じ、戦闘の主導権を与えない。エリオが攻勢に周ると、フェイトは一旦距離をとって待機する。そのため、アーレスが何とかエリオの追撃から逃れても追い打ちを受けてしまい、いつまで経っても形成が動かなくなってしまう。問題は一番動き回るエリオの体力だったが、基礎訓練がしっかり行き届いているのか、彼がバテる気配は全くなかった。

「こんっのオオォォォォーーーーっ!!」

 李紗が魔力の使用を思い出し、捕縛魔法を力任せに剥ぎ取る。

「ザフィーラ!」

 カグヤの一声に応じてザフィーラが『鋼の軛』と言われる魔力の槍を地面から突き出し進路を塞ぐ。

「こんなの何かァーーーーっ!!」

 李紗は魔力を込めた拳を突き出し、進路を妨害する槍を打ち砕く。

 打ち砕いた先でスバルが渾身の一撃を溜めて待っていた。

「っ!? な、何度も同じ手でェ〜〜〜〜っ!!」

 恐れず李紗は拳を放つ。しかし、拳がスバルに接触すると同時に光となって弾け飛んでしまう。

「霊鳥の応用、術式写し鏡・『幻鳥』」

 カグヤの呟きが、それがカグヤの作った偽物だと教えらる。李紗は慌ててスバルを探す。辺りを見回しても中々見つからず焦る中、ふと自分に影が差したのに気付いて頭上を仰ぎ見る。

 スバルはウイングロードで宙を駆け、真上から李紗に狙いを定めていた。

「一撃、必投……っ!!」

「出遅レ……っ―――まだまだァーーーっ!!」

 李紗は腕輪の石の魔力を拳に集中し、なんとかカウンターを合わせて放とうとする。が、その拳を突き出した刹那、まさに絶妙なタイミングで目の前に突然現れた光の鳥によって視界を阻まれ、目測を誤ってしまう。

「ディバイン……ッ、バスターーーーーッ!!」

 その隙を逃す者はやはりおらず、スバルの最大の一撃が放たれる。

 大爆発が起きて大量の煙が巻き上がる。煙が晴れた後には、服がボロボロになり破けてしまった胸元部分を隠す李紗の姿が残っていた。僅かに頬を染めて睨む姿には、最初ほどの覇気は見られず、確かにダメージが伝わっている事が見受けられる。

「やば………っ! なんなのコイツ!?」

 疲労に肩を上下させながら、李紗はカグヤを見据えた。

 彼女には全て理解出来ていた。決してカグヤが強いわけではない。それどころか、初めて会っ時に比べ、幾分も実力を上げていない事を簡単に看破出来た。恐らくは彼女の拳を叩きこめば、一撃で倒せるほどに彼は脆い。そして、今自分達が相手している魔導士もまた、彼女にしてみれば『敵』と言えるほどの実力ではない。反則的な力を引き出す『スフィア』まで所有している状況で、ここまで圧倒されることなどあり得ない。戦闘経験の差で圧される事があっても、ここまで状況が一方的になる筈が無い。事実、彼女は高町なのはと戦闘した時、確かに苦戦を強いられたが、それでも決して一方的にやられる事はなかった。

 だと言うのに今、彼女が圧倒されている理由。それがカグヤなのだ。

 彼は個人の実力はあまりにも弱い。恐らくは魔法が使えない大人より強く、魔法が使える子供より弱い。その程度の半端な存在なのだろう。

 だが、彼女は気付いた。否、見せつけられた。彼は全ての状況を知り、的確な答えを導き出せる。そして、その答えに辿り着くために、周囲を利用する方法まで計算出来てしまう。

 今までその力、指導者(コマンダー)の才能を発揮できなかったのは、単に彼が単独であった事が原因だったのだろう。故に彼は初見の李紗には成す術も無く敗北し、二度目には不得意な出力を無理矢理引き出した。それも今は昔の話、現在(いま)の彼には自分に上の実力を持つ仲間が揃い、自分の指示に素直に従うメンバーで構成されている。加えて、彼は一度戦った状況を忘れず、次の戦いで既に対策を組み立てている。彼と一度でも戦闘経験がある以上―――いや、一度でも彼に情報を知られてしまった以上、今のままでは絶対に勝てない。李紗はそれを正しく理解していた。

(なラ、どウすレば倒せル?)

 その答えは既に出ていた。

 カグヤを狙う事だ。

 まだ、今の彼とまともに立ち合っていないが、それでも彼が戦闘を不得手としているのは一度の戦闘で確認している。彼を倒せば反則的な指揮系統は消滅し、李紗とアーレスの二人なら突破できる状況を作れる。その筈だ。

(じゃア、どウやってアイツの所まで行けばイイ?)

 そう、弱点がカグヤだと解っても、そこに辿り着く事が出来ない。例えこのまま真直ぐカグヤを狙えば、彼もそれに合わせた指示を飛ばし、確実に李紗の足を止める。もしくはそれこそ彼の一番の狙いで、踏み込んだ所に必殺の罠を仕掛けられている可能性も高い。

 ならばこう―――しかしこうなる―――それならこう―――だがこう返される―――。

 いくら考えたところで、思考、演算で上を行くカグヤを上回る事は出来ない。彼は既存の戦力を全て熟知して対応できるのだから。もし、彼の計算を僅かでも崩せるとしたら、それはまだ彼の把握していない外側の攻撃を仕掛ける事だ。

 例えば李紗が砲撃系魔法を使えたり、アーレスが隠していた剣の才能を発揮したり、第三者の存在が乱入したり、そう言う物だ。ただ、何れかの手段を使えたとしても、その効果が発揮されるのは最初の一瞬だけ。それを逃せば、彼はすぐに計算し直してしまう。また、奇襲は既に一度使っているため、彼は『奇襲』に対する対策も考えているだろう。

(そレなラ、私達はどウすレば勝てル?)

 その疑問の答えは、李紗は既に持っていた。

 元々その『実験』のためにアーレスを単独で暴れさせ、助太刀も((自分だけ|・・・・))現れた。その『実験』を行えるチャンスがあれば、あるいは李紗達にも勝機はあった。

(でも、そレをすルにしても、使エルチャンスは一回。それも強力な一撃じゃなイと………)

 李紗が生き残るための手段を必死に模索する途中、その念話は突然訪れた。

(リッちゃん、聞こえてる? 上手い具合にこっちで魚が釣れた。タイミングを合わせて。例の仕掛けを試すから)

(柊!?)

 念話の相手とその内容に顔を輝かせた李紗はアーレスに目配せして上手くタイミングを図ろうとする。

「?」

 その気配に気づかぬカグヤではなかったが、彼予言者ではない。流石に知らない事にまで予想は立てられず、彼が予想出来たのはあくまで『何かしらの策を講じようとしている』という漠然とした物だった。

「フェイト! スバル! チェンジ!」

 それでもカグヤは、その何かしらの策が『攻撃』である事を推理し、可能性と言う選択肢に対応した陣形を取らせる。

 エリオの援護をスバルに、李紗への攻撃をフェイトに交代させる。

 この判断は結果的に正しい物となった。

 ウイングロードで空中に足場を作れるスバルが援護に入った事で、エリオはアーレスに対してより攻撃しやすくなった。

 李紗に対しては、殆ど攻撃力に重視していた格闘型のスバルから、経験と速度と言う李紗の天敵とも言える長所を持つフェイトに迫られては、容易く隙を窺う事が出来ない。

(な、なによコイツ!? せっかくこっちにチャンスが出来たのに………っ!?)

 苦悶する李紗は、しかし、もう一つのチャンスを確かに捉えていた。

 それは、先程まで気を失っていたはずの少女、ギンガ・ナカジマだった。

 彼女は今やっと目が覚めたらしく、ぼんやりする頭を振っている真っ最中だ。

(今なラ、やレルっ!?)

 李紗はそれを確認し、フェイトの攻撃に集中する。

 速度に自慢のあるフェイトでも、魔力行使無しで絶大な力を発揮する李紗に、目に見えない速度の攻撃は難しかった。実際李紗にはフェイトの攻撃の殆どが視えている。ただ、そこはやはり経験の差だろう。見えていてなお、フェイトの攻撃は速く、流石の李紗も全てをいなしきる事は出来ない。

(そレでも―――!!)

「((獅弄砲|しろうほう))!!」

 逆回し蹴りで放たれた魔力を乗せた衝撃波。その圧倒的な攻撃力から躱すしかないフェイトは、瞬時に横へと避けて反撃の一撃を据える。クロスした腕でフェイトの斧武を受け止めた李紗は、そこで思惑通りになり不敵に笑う。

「避けて良かったのかしラ?」

「え………!?」

 正面の李紗から意識を逸らさないようにしつつ、それでも背後に視線を向けたフェイトは、そこにエリオとスバルの二人の姿を見つけた。

「エリオ! スバル! 危ない……っ!」

 フェイトの声に振り向いた二人が、慌てて攻撃を躱す。その動作がアーレスに砲撃の体勢を取らせる隙となった。

 砲撃体勢に入ったアーレスが狙うのは、既に念話で伝えられていたギンガだ。

「ぶっ飛んじゃえぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

 放たれた驚異的な砲火。誰もがそれに対処できず、標的となったギンガも慌てて防壁を張ろうとするが間に合わない。

 李紗は解っていた。この後の展開を、彼女は一度経験している。躱せるはずの攻撃をかわさなかった彼、その理由は背後の他人を庇うためだった。今回もまた、誰かが標的となった。ならば、彼はこの砲撃に対し割って入るはずだ。

 果たしてその予想は裏切られる事はなく、まるで散歩でもする様な気軽さで、カグヤはギンガの前に歩み出る。

(掛った!)

 ガッツポーズをとる李紗。

「カグヤッ!?」

 間に合わないと知りつつ本能的に駆け出すフェイト。

 そして砲火は、無慈悲にカグヤとギンガを飲みこ―――めなかった。

「―――((加茂別雷|かもわけいかずち))」

 小声で続けていた詠唱、それをすべて終えたカグヤは、砲火が接触する刹那、その間に壁を作り、攻撃を阻んだ。

 否―――、壁を作ったと表現するには語弊があると言える。壁に接触して阻まれたなら、攻撃は壁に激突して爆発や鬩ぎ合いなどを起こしてもおかしくない。だが、実際に起きたのは完全な『弾かれ』だった。

 そう、『阻まれた』と言うより『原理を否定された』と言う方が表現として正しいと言える。

 そもそも、カグヤと言う人物に、それほど強力な障壁を張る魔力など、存在するはずが無い。ならばこそ、その事実は正しくて、間違っていた。

「加茂別雷は障壁系の魔法じゃない。空間を原理的に断絶させる座標魔術だ。切断系の神秘でも持ってこないとどうしようもないぞ?」

 自慢するでもなく、ただ事実を語るだけの様に見据えてくる。

 それを確認した李紗は、一瞬切り札を出すのを躊躇した。

(リッちゃん! 今ならいける! 大丈夫。((この攻撃は絶対に防げない|・・・・・・・・・・・・))!)

 ―――が、その迷いは仲間の言葉に一瞬で消えさった。

 李紗は懐に隠していた手の平サイズの鏡を取り出し、それをカグヤへと向ける。

(? なんだ………?)

 カグヤは片手を翳し、来るであろう攻撃に備える。

 現在カグヤの使う魔術は、魔力の消費は少ないが、とても緻密な術式計算を必要とされる。そのためカグヤは、この術発動中に他の術を使用する余裕はない。故に彼が構えたのは、発動される敵の術を素早く読み取り対応できるようにするための構えである。

「開け! 『ヨモツヒラサカ』!」

「!?」

 カグヤが驚愕したのは、李紗の叫んだ言葉と、それに呼応して出現した開かれた空間にだった。

 開かれた空間は異次元にでも繋がっているのか、距離感も何も掴めない重たい色が渦巻いていた。その向こう側、奥と思われる彼方から、圧倒的な何かが迫ってくる気配。

 カグヤは本能的に悟った。―――これはどうあっても防げない。………っと。

「………え? なに?」

「!?」

 カグヤの背後から、目覚めたばかりで状況が判断できていないギンガの声がする。何故か彼は、それに酷く動揺を覚え、考えるより先に行動に出た。

「え?」

 呆けた声を漏らすギンガは、カグヤに突き飛ばされ、横合いへと飛ばされる。

 自分の行動が理解できていないカグヤの脳裏に、遅れて記憶が蘇る。

 

『あら? どうして? 確かに今まで私の周囲にはいなかったタイプだけど、私は結構アナタみたいな人好きよ?』

 

「………っ!? くっそ……! そんだけの理由かよ………っ!?」

 毒吐き、彼は障壁に魔力を込め、来るだろう脅威に少しでも対抗しようとして―――次の瞬間、黒い刃の波動が、問答無用で障壁事カグヤを一刀両断に切り裂いた。

 奔ったのは黒い刃の残像。己が前に立ちはだかる全てを殲滅するかのように一瞬で過ぎ去り、ただ両断した。

 脅威は一瞬、被害はあまりにも戦慄で単調な物。過ぎ去るまでほんの一瞬、後に残るのは二分された地面と、壁と………そして一人の青年だった。

「―――!?」

 それを目の当たりにしたギンガが、フェイトが、放った本人の李紗達でさえ、そのあまりに圧倒的な刹那に声を失った。

「…………――――っ」

 カグヤは声を発する事が出来なかった。首を動かす事も、視線を彷徨わせる事も出来ない。ただ彼の頭の中では場違いな程冷静に一つの事実を受け入れていた。

 

(ああ………、これは確実に死んだ………――――)

 

 右肩からザックリと切られた傷口は、彼の右足の内太股の辺りまで綺麗に切断されていた。それはまるで熱したナイフでバターを切り裂く様に綺麗な切れ口で、殆ど血も噴き出していない。いっそ冗談なんじゃないかと思える様な光景に、状況を正しく理解していたのは、やられた本人だけだった。

 

 

 

-2ページ-

 

 

 

・((olio|ポプリ))(接続曲)

 

身体が動かない。

いや、それ以前に感覚そのものが曖昧すぎる。

斬られたはずの身体には、痛覚と言う物が全く伝わってこない。

咄嗟に左に身体を逃がしたおかげで頭は無事だった。だから視界は見えている。しかし、視覚は正常に働いていない。今見ている物が俺には認識できていない。見ている事は解っていても、その光景をまったく理解できない。把握できない。

体中から抜けてはいけない何かが零れ落ちる様な虚脱が襲いかかる。俺はここで終わるのだと、それがはっきり判った。

 

俺は死ぬ。集気法の回復を使っても、残りの魔力で傷口を塞ごうとも、今すぐ病院の集中治療室に運ばれようが関係ない。俺が受けたのは紛れも無く致命傷。文字通り命を失う傷を負った。死は間逃れない。

 

こんなにあっさり、俺は死んでしまうらしい。屈辱だと憤りながら、心の何処かで「やっぱり……」と諦めている自分がいた。

 

当然だ。俺は自分がどれだけ弱いか知っていたのだから。だから、そんな俺が無理をすればどうなるか、そんな事は決める前から解っていた。知っていた。

そう、だからこれは、ちょっと虚しいけど、当然の結末。

俺は戦場の一兵士に過ぎない。

漫画のモブキャラに過ぎない。

その他大勢の一人に過ぎない。

そんな俺が、それでも無理をして、ここまで何とか上ってきた。それだけでも充分、賞賛に値する事じゃないか。

 

諦めよう………。

確かに目的は果たせなかった。せっかく集めた仲間も、結局は意味の無いモノとなった。

だが、俺は最初っからどっちでも良かった。以前、エリオが俺に言った。俺はいつも『どちらでも良い対応をしている』と………。

その通りだ―――。いつもどちらに転んでもいいように準備してきた。それは、戦い以外も同じ事。俺は最初っから、負けても良かった。例え俺が死んだとしても、それならそれで―――。

 

……………。

 

…………………………………………………………………………………………。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。

 

―――思考が落ちて行く―――俺と言う存在が零れ落ち、消えようとしている―――。

―――ああ、何とあっけない終わりだろう―――思えば俺はいつも負けてばかりだった―――勝ったと言っても、それはいつも俺が一人で言っているだけの世迷言だった―――何処で何をしようと、どんな手段でどのような事をしようと―――結局俺は敗北という結果を招いてきた―――。

 

――――――――――――。

 

………………………………。

 

―――終わりが迫る―――恐怖は無い―――ただ、あまりに意味の無かった人生―――それが少し淋しかっただけ―――そう―――それだけだ―――俺にはそれしかない―――それが全て―――英雄の様に―――主人公の様に―――剣を手にしても、その先に待つのは―――英雄を栄えさせる敗北(屈辱)か―――魔王の強さを強調する屈辱(敗北)か―――そのどちらかでしかない―――だから俺に………―――意味などはなかった―――

 

………………………………………………………………………………………………………。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だけど―――意味をくれた人がいた』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そうだ。

―――意味をくれた人がいた。

―――だから俺はまだ死ねない。

―――俺の全てを、俺はまだ出しきっていない。

 

………だから、

………ああ、そうだ。

………まだ死ねない。

………まだ俺は全てを使いはたしていないのだから。

 

使いたくないとか、使ってはいけないとか、自分で果たしたいとか、そんな事は言うべきではなかった。

 

在る物は使おう。

 

有る物には頼ろう。

 

或る物を出し惜しみしてはいけない。

 

俺が死ぬのは―――本当に何をしてもダメな時だけだ。

だから俺の死に様は、屈辱に塗れなければならない。

死に抗ってこそ意味がある。死を前にしても、それでも?(もが)かなくて、どうして全力を出し切ったと言えるのだろうか………っ。

 

――使うか?――

 

声が聞こえた。

そうだ、お前がいた。

 

――使うか?――

 

使えばどうなるのか、それは俺が一番良く解っている。

元々俺にはその素質はあった。だが、資質は無かった。

だから使えるが、使いこなす事は出来ない。

 

――使うか?――

 

使ってはダメだ。使えば戻れなくなる。

だから今まで抑えてきた。

否、そんな力は俺には無い。目を逸らす事でいなしてきただけだ。

 

――使うか?――

 

もし戻れなければ、俺は結局全てを無駄にする。

何をしても結局意味が無かったと、嘆く事になる。

 

――使うか?――

 

なら止めるのか?

否だ。断じて否だ。

どうせこのままでは、結局俺の意味はなくなるのだから(・・・・・・・・・・・・・・・)。

 

――………使うか?――

 

 幾度目かの質問に、俺は静かに呟く。

 それは全て、ただ一人―――あの人のためだけに捧げた自分のために。

 

 

 

 

 

 

 

「―――使う―――」

 

 

-3ページ-

 

 

 1

 

 突如それは溢れた。まるで間欠泉が弾けるかの如し、カグヤを中心に噴き出した。

 それは闇。闇としか表現しようのない暗いオーラ。カグヤの危機に駆け付け様としたフェイト達の足を止めさせるほどに禍々しい気を放つ存在。

 噴き出された闇はうねる蛇の様に暴れまわり、やがて収束するように螺旋を巻いてカグヤの元に舞い戻る。闇が収束し、一つの黒い影の中にはカグヤであってカグヤで無い存在が立ち上がっていた。

 そこに居たのはカグヤだ。だが、その存在が放つそれはカグヤの物とは言い難かった。外見的に違うところを述べるのなら、髪がロングヘアーになった事。着ていた服が東洋の姫が纏う様な十二単の様な和服に変わっている事。瞳がまるで猫を思わせる獣の瞳になっている事。そして何より、その姿からは微塵も感じられなくなった変化が胸に現れていた。そこには無いはずの存在が厚着の服の上からでも解る程、強調している膨らみ―――女の証がそこにあった。

 その顔、容姿から、それはカグヤなのだと、彼を見た事のある人物は声を揃えて言えただろう。だが、容姿の変化など以前に、誰もが同じく口にするだろう。アレはもうカグヤと言う存在ではないと。

「………カグ、ヤ………?」

 圧倒的な空気の変化に、フェイトはただ声を漏らすだけのために名前を呼んだ。その呼び掛けに彼は―――否、彼女は答えない。

 彼女は何も見ていない。ただ前方の虚空だけを眺めている。だが、彼女には既に目的があった。故に彼女はその目的のためだけに腰の刀を抜いた。奇しくもその刀はカグヤが変質する前のままの形状で、彼女が彼だと解る物的証拠にも見える。

 彼女は刃を刀室から抜き取り、徐に天を衝く様に掲げた。

「!? うわあああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!?」

 その僅かな動作に危機を真っ先に感じたのは、一度その闇を目撃した事のあるアーレスだった。彼女はただ突き上がる恐怖に従い、ともかくアレを好きに行動させてはいけないと言う直感に頼って砲撃を放った。

 注意を疎かにしてしまったスバルが思わず声を漏らしたが、時既に遅く、その砲撃は彼女へと命中し―――あっさり霧散した。彼女はそよ風が過ぎ去っただけと言わんばかりに気にもとめていない。

「うわあぁ……っ!? うわあああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」

 アーレスは必死に砲撃を放つ。まともに受けようとすれば戦艦クラスの障壁が必要とも思える多大な魔力を込めて、まるでガトリング砲でも使っているかのように乱射する。嵐と見紛う攻撃の雨に、今度は気付いていても誰も手出しが出来なかった。

 いや、必要なかった(・・・・・・)と言い換えるべきかもしれない。

 嵐と表現される事に何の躊躇も無い攻撃は、しかし彼女には全く届いていなかった。

 全ての砲撃が悉く、彼女の纏う薄い闇に阻まれ弾け飛んでいく。その様はガラス球を厚さ八十mの鉄の壁に向けて一五〇qの速度でぶつけるのと同じだ。壁に衝突したガラス球(砲撃)は、簡単に砕けて破片を散らすだけ。その壁の向こうに居る彼女には、なんの害も与えられない。

「!? 柊!」

 圧倒的な存在に目を奪われていた李紗も、ここに来てやっと我に返り、仲間へと念話を送る。

(どうしたのリッちゃん? こっちは合流ポイントに向かって―――)

「何かヤバイの!? 倒したと思った男が女になって復活して!? アーレスの砲撃が全然効イてなイ!?」

(落ちついてリッちゃん! 何を言ってるのか良く解らないよ!?)

「私だって解ラなイよ!?」

 念話に対して声を出す必要が無い事も忘れて、李紗は柊に助けを求める。

 その間にもアーレスは攻撃の手を緩めず、時食みを呼び出し襲わせる。力押しであの闇のカーテンを抜く事が出来ないのなら、それだけでも時食みに食べさせてしまえば良い。そこまで考えられていたかは解らないが、李紗は少なくともそう考えた。

 だが、時食みは闇に触れた瞬間あっさりその存在を消滅させられた。まるで最初っからそこに存在などしていなかったかのように、刹那の合間に消え去った。

「ちょっと………っ!? むリ………、無理だ………。柊!? 無理だよ!? 早く転送して!?」

(わ、解ったから落ちついて!? すぐに呼び戻すから!?)

 李紗の切羽詰まった声に慌てて柊が応じる。召喚による転送魔法は、それほどの時間はかからない。相手が了解してから五秒とかからない短い時間だ。だが、この時の二人にはその五秒さえ、五年の歳月に等しく感じられた。

 

 ―――そして彼女も、それだけの間、何もしないで待っている訳が無かった。

 

「 ………((伊弉諾|イザナギ)) 」

 呟きは不思議な響きで、有り得ない程はっきりと、誰の耳にも届いた。

 振り降ろされた刃からは、目視できる何かは放たれていなかった。蜘蛛の糸ほどに細い闇の閃が、ただ一瞬………、刃の遠線上に真直ぐ放たれただけ。

 

 次の瞬間、空間が歪み黒く染まった。

 

 それは黒に塗り潰されたのではない。空間その物が歪み、人の視力では『黒』としか判別できなくなっただけ。しかし、そのだけ(・・)の現象があまりに圧倒的な現象だった。

 誰が正しく理解できただろう………。そこにあった空間が捻じれ歪み、元に戻り、また崩れる事を繰り返し、局地的亜空間を形成していたなどと、誰が理解出来たと言うのだろう。

 それはもはや『空間』に対する『毒』に等しかった。毒に侵された空間は捩じれ狂い、癌の様に空間を殺していく。

 やがて歪みは、正常な空間に押し潰される様にして収束していき、何もなかったかのように元通りに戻った。

 

 そう、空間に押し潰されて………。

 

 汚染された空間は正常な空間に押し潰され消え去った。どう言った現象が起きたのか誰にも理解などできなかった。だから説明も出来なかった。ただ、空間に押し潰された事だけは説明する事が出来た。それは地面を見れば一目瞭然。彼女が歪めた空間のあった場所を見ると、その地面はまるで別の地面と別の地面をくっつけた様に不自然な組み合わせになっていた。例えるなら学校の廊下を歩いていたら、昇降口も扉も無く、いきなり洋館の一室に繋がっていたような物だろうか。ともかく歪められた空間は消え、消えた空間を補う様に、周囲の空間が伸ばされた様な状態だ。

 もしそこに生き物がいたとすれば、まかり間違っても生きているなどとは想像もできなかった。

 誰も声を漏らせず茫然と、その過ぎ去った後を眺めるしかない。

 彼女は刃を刀室に仕舞う。ゆっくりと歩き出した彼女には、目的があって歩いている様にはとても言えない。それほどに無造作な歩み。まるで目が覚めたら一方通行の道があったから、とりあえず歩き出してみると言わんばかりに行動に確固たる意志が無い。

「! カグヤ!」

 最初に我に帰れたのはフェイトだった。彼女はカグヤの正面に出ると必死に声を張り上げる。

「カグヤ! カグヤ! ねえ、私が解る!? カグヤ!」

「 ……… 」

 彼女はフェイトを見ない。見ないまま、右手の人差指で視えない何かに指を滑らせ、黒い軌跡を作る。そしてそれを―――、

「!? 危ないフェイトさんっ!?」

 ギンガが全力でフェイトに飛び付き、真横にへと逃れた刹那、無造作に払われた右手が黒い軌跡を正面に飛ばし、一瞬で空間を黒く染め上げた。

 そして、数瞬後にはその空間も正常な空間に押し潰されて消える。

 フェイトもギンガも、その光景に息を飲み、それを起こした本人を見やる。

 彼女は今もゆっくりとした速度で歩く。時速一キロに満たないのではないかと言う程、ゆっくりとした歩調で歩くだけ。その変わり、彼女の行く手を阻む物は、無造作に空間事消滅させられる事だろう。それは、歩を進める彼女に目的や意思がない以上、『災害』としか言いようのないモノだった。

 誰もどうする事も出来ない。それでも彼女を放っておく事は出来ない。だが止める方法などない。下手な行動は被害の拡大を招くだけだ。故に出来る事はただ声を張り上げ、カグヤの覚醒を願う事だけ。しかし、その声に彼女は―――カグヤは何の反応も示さない。全てが無為だと言い張る様に、彼女は真直ぐに歩を進めて行く。

「………っ!? ダメだよ! カグヤさん!!」

 その姿に不安を抱いたスバルは彼女の前にへと踊り出る。

 スバルの胸には不安が込み上げていた。

 このまま放っておけば彼女は―――否、彼はもう二度と戻ってこない。そんな不安がよぎったのだ。

 スバルがカグヤに付いて行くようになったのは、リインフォースUの呼び出しによるおびき出しで、結界内に捕まった事が始まりだった。そこでカグヤはスバルに自分がどれだけ彼女を必要としているか説得し、それをフェイトが後押しする事で決まった。

 だが、何より彼女がカグヤに付いて行きたいと思った理由は、こんな一言だった。

 

「悪人は救っちゃいけないのか?」

 

 それは彼にとって何気なく呟いた疑問。たが、スバルにはこの時『自分は救ってくれないのか?』と助けを求められた様な気がした。そして彼を助けるためには、今までの自分の行動を貫くだけではだめだと悟った。だから彼女は付いて行く事を誓った。それが誰かに迷惑をかける事だと解っていながら、目の前の青年をどうしても放っておけず、彼女は付いてきた。

「行っちゃダメ! 戻ってきて!」

 だからスバルは彼女の前に立ちはだかる。

 例え、次の瞬間、空間事消滅すると解っていても、それでも彼女は両手を広げて道を阻む。

 彼女は止まらない。行動に躊躇も現れない。右手の人差指が視えない鍵盤をなぞる様に流れ、黒い軌跡を作る。黒い軌跡に手を翳し、正面にある風船を手でどけるように無造作な手つきで軌跡を薙ぐ―――。

「止めなさいっ!!」

 彼女が軌跡に触れた瞬間、スバルと彼女の前にギンガが立ちはだかる。

「もし、私の妹に手を上げるようなら、私はアナタを絶対に許しません」

 静かな声で、ギンガは正面の存在を威圧する。冷汗は身体中を流れ、膝は勝手に笑い、体中から震えが止まらない。恐怖心は無い。そんな物は感じる以前の問題。それ以上の圧倒的な死の存在に、恐怖さえ通り越して、逆に冷静になっていた。

 だからと言って何が出来るわけでもなく、ギンガの行動は結局自殺以外の何物でもない。目の前の存在はそれほどに有り得ない脅威なのだから。

 しかし、この時、変化はあった。

 今まで行動に躊躇の見られなかった彼女が、確かに軌跡に手を翳したまま停止していた。

 獣の瞳は目の前の女性をただ見据え、そのまま何をするでもなく、じっと見つめ続けている。やがて、その唇が小さく震える様に動く。

「 ………ねえさん……… 」

 それは声として発声されていたのかさえ怪しい、とても小さな囀り。だが確かにギンガは、その場に居た全員は、そう聞こえていた。

 一滴、彼女の瞳から光る何かが零れた。

 刹那、彼女の纏う闇は泥となって膨れ上がり、次の瞬間には弾け飛んで霧散し、中から元のカグヤが現れる。

「―――!? ぁ………」

 膝を付き、カグヤが倒れると同時に、緊張の糸が切れたギンガも気を失って倒れた。

「ギン姉!? カグヤさん!?」

 心配になって駆け寄るスバル。遠巻きにしていたフェイト達も慌てて集まる。

 二人とも眠っているだけだと解ると、一同安心して溜息をもらした。

(皆さん! カグヤさん無事なら落ちつく前に撤退してください! 他の局員達が近づいて来てるです!? すぐに転送陣を呼び出しますから動かないで!)

 そこにタイミングを見計らったようにリイン念話が飛ぶ。彼女は戦場には姿を現さず、近くの簡易施設で魔術的なサポートを出来る様にしていた。主な目的は今正にしている撤退を速やかに行うための役割。

「ギン姉………」

「大丈夫だ。他の局員が拾うだろう。怪我らしい怪我も無いしな」

 姉を心配するスバルを促すザフィーラは、獣の姿になってその背にカグヤを背負う。

「とりあえず退こう。何を話すにしても、まずはカグヤが目を覚ましてからじゃないと………」

 フェイトの結論に皆従い、一つ頷いて応えた。

 そして彼らは、一時の休息を得るためにその場を撤退するのだった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

-4ページ-

 

 

・第十六 黄泉比良坂

 

 0

 

 龍斗は少し落ち込んでいた。いや、彼自身としては自分が落ち込んでいると言うのは控えたい表現だったかもしれない。

 何せ彼の悩みは、自分の鈍感が原因で一番信頼しているパートナーを落ち込ませている事に在るのだから。自分が辛い。っとは、彼の性格上、言える筈も無かった。

 心配したメンバーに話しかけられもしたが、龍斗としては自分が気付かなければならない事、シャマルとしては他人に話したいと言う事でもない。おかげで曖昧な対応しかできず、正直メンバー全員のテンションを下げ気味であった。

「大丈夫? ………何か色々と?」

 顔色を窺う様になのはが龍斗に訪ねる。龍斗は龍斗でなのはの気遣いに申し訳なくなってしまう。

「何かごめん。俺の所為で雰囲気悪くしてるみたいで………」

「別にそんな事はないと思うけど………、気分転換にお散歩でもする?」

「………。そうしようかな? いつまでもここで悩んでても仕方ないし………」

 なのはの提案を受け、龍斗は共に外に出る事に決める。

 しかし、そう思い二人で廊下を歩いていると、今帰って来たらしいシャマルと鉢合わせしてしまう。

「「あ………っ」」

 龍斗とシャマルの口から同時に同じ声が漏れる。

 しばらく互いに気まずそうに視線を逸らして黙った後、何も言わずにシャマルが通り過ぎる。

「ごめんなのは、俺やっぱり部屋に戻ってる………」

「こらこら龍斗くん」

 Uターンしようとした龍斗の肩を捕まえて、なのはは諭すように引き戻す。

「別に無理に外に引きずる気はないけど、龍斗くんがそんな調子じゃ、シャマルさんも元気出せないよ?」

「ん〜〜………、それも、そうだよな」

「ほら、気分転換にお散歩しよ」

「ああ………」

 

 

 1

 

「シャマル、大丈夫?」

「あ、はやてちゃん………」

 帰って着て早々にソファーに寝転ぶシャマルを見て、心配になったはやてが声をかける。案外働き者なシャマルがソファーに伏せる姿は、家族である彼女から見ても重症に思えた。

「ええ、その………、ちょっと辛いですけど、大丈夫です………」

「何かあったん? 私でよかったら話相手くらいになるよ?」

「ありがとうございます、はやてちゃん。でも………」

 シャマルは口ごもって、その先を喋ろうとしない。

 そんなシャマルを見て、はやては………愛しむ我が子を見るかのように溜息を吐く。

「ホンマ、しゃ〜ないなぁ〜」

 そう言ってはやては、シャマルを後ろから抱き締める様にして覆い被さる。

「は、はやてちゃん………!?」

 突然の事で驚きながら疑問の声を上げるシャマル。そんな彼女に、はやては優しく語りかける。

「龍斗くんと何かったんやろ?」

「うっ!? なんでそれを………っ!?」

「見てたら誰やって解るよ。………って言うか隠してるつもりやったん?」

「わ、割と真面目に………」

「………」

「無言の気遣いが胸に痛いです〜〜〜〜〜………っ!」

 思わず涙を流すシャマルの頭を撫でながらあやして、はやては続ける。

「二人の問題は二人だけの問題や。だから無理に聞き出そうなんてしいひんよ。シャマルが言いたくなったら、その時は聞いてあげるから。………だからせめて、辛い時はこうやって一緒に居させてな」

「はやてちゃん………」

「それに、シャマルが元気ないと、何だかんだで龍斗くんも笑えへんみたいやしな」

「………はい」

 主の温もりを受けながら、シャマルは落ち込んでいた気持ちをゆっくりと浮上させる。

 大丈夫、すぐにまた、元の自分に戻るから。

 そう自分に言い聞かせながら、シャマルは優しい主の温もりに久しく甘えるのだった。

 

 2

 

 それは龍斗が、なのはと共に散歩から帰ってきてすぐの事だった。

 管理局からの要請で、市街地の真ん中に時食みが発生したという。しかも、そこには事件の犯人と思しき存在も確認され、既に陸士魔導士が戦闘に入っているとの事だ。

相手が時食みとあっては龍斗が赴かないわけにはいかない。現状、時食みに対応できる力を持っているのは自分だけ。故に龍斗はメンバーを集めて民間協力者として戦闘に参加する事にする。

 もちろんメンバーを集めるため、シャマルと鉢合わせするのは必然だったのだが………。

「えっと………」

「大丈夫です、龍斗さん。戦闘はちゃんとやりますから」

「うん、気負わせる事になるだろうけど、頼む。俺にはシャマルの力がどうしても必要だから………」

「はい、解っています………」

 二人は二人なりに心を納得させていた。

 しかし、なのはの先導で増援と現場に向かう途中、それは目の前に立ちはだかった。

 

「申し訳ないけど、私の相手をしてくださいますか?」

 

「………柊」

 龍斗はその白い和服姿の女性を見据える。

 ビルとビルの間に掛けられた空中通路の屋根に、彼女を立っていた。

 手に持つ錫杖で一つ床を打ち付けると、それを合図に出現した魔法陣から、次々と時食み達が群れをなして現れる。

「時間は取らせません。あなた達なら簡単な事でしょう?」

 まるで挑発するように錫杖を掲げ、彼女は時食み達に命令を下す。

 さっそく刀を抜こうとした龍斗を、隣のシグナムが制する。

「シグナム?」

「ここは私達にやらせろ。この先あれと戦っていかないといけないと言うのなら、いつまでもお前頼りの戦いはできん!」

 言うが早いかシグナムが疾しる。

 放つ一刀は炎の魔力を帯びた一閃。無論、二次元的な攻撃はあっさり時食みの餌となって食いつぶされる。

 だが、次の瞬間、全ての時食みが投網の様な物に囲まれ、一網打尽に捕らえられる。しかもその網には刃が備わっており、常に動いていた。そのため時食みは四方八方から切り刻まれ、一瞬で消えさってしまった。

「レヴァンティンにはこう言う使い方もある」

 シグナムが網の正体、レヴァンティンのチェーンエッジで作った結界を元の一刀に戻す。

「いつまでも我らが相性の差だけでお前に後れを取ると思うなよ」

 背中越しに龍斗に告げるシグナムは、彼の目から見ても烈火の将に相応しい姿だった。

(未だに剣の勝負じゃ勝ち無しだし………、勝ったのは過去の一回だけ。歴戦の猛者にはまだまだ届かないか……)

 自分の未熟さを痛感しながら、それでも仲間の頼もしさに、つい頬が緩む。

「まだまだ! 数だけなら無尽蔵です!!」

 それに怯まず、柊は錫杖を地に打ちつけ、次々と新しい時食みを呼び出していく。

 今度こそ龍斗が出ようとするが、それを今度ははやてが制する。

「まだ私らのターンは終わってへんよ!」

 宣言する様に叫び、はやては魔導書を構え詠唱に入る。

 その間になのはが砲撃を放ち、時食みの群れにそれを食べさせる。

 続いてキャロが召喚魔法で捕縛の鎖を呼び出し、その楔で時食みを襲う。もちろん三次元的な攻撃になりきれなかった物は時食みに食べられてお終いだが、攻撃を避けきれるものばかりではなかった。

 数が減った事で突入数が限られた時食みは、直ぐさまシグナムの陣風烈火で殲滅させられた。

 それでも際限なく現れる時食みの群れに対し、詠唱を終えたはやてが魔法を解き放つ。

「これで一掃や! ……デアボリックエミッション!!」

 黒い球体が時食みの群れの中心に広がり、あっと言う間に呑み込んで消し去ってしまった。黒い球体が消えた後には、時食みは一匹たりとも残っていない。

「三次元的な攻撃が効く言う事は、全体から圧力かけてまえば倒せる言う事やろ? 私みたいな広範囲系の魔導師こそ、時食みに対する最大の天敵やったんや」

 無論、はやての言う様に簡単な事ではない。

 例え広範囲攻撃であっても、迫りくる攻撃はどうしても二次元的な物になってしまい、正面の攻撃を食べられ、ダメージを与える事などできない。故にはやては、デアボリックエミッションを、球体状に広がる半径攻撃としてではなく、球体状に広がる内部を圧力によって潰す、広範囲形の魔法に切り替えたのだ。同じ魔法だが、魔力の密度を上げた分、術者の負担は大きくなる。天敵と言うにはやはりリスクが大きい。

 それでもはやての言葉が、時食みの脅威と言う点において嘘でない事も事実。現に都市を呑み込むかと言う程、大勢いた時食みは言葉通り一掃されたのだから。

 柊はただその戦況を冷静に見降ろす。

 はやてはその戦況に笑みを漏らす。

「そんで、これで………っ!」

「―――っ!? うぅっ!?」

 はやての言葉尻に、柊が呻き声を漏らす。

「チェック!」

 その原因は言葉と共にクラールビントの力で柊のリンカーコアを直接捕まえたシャマルだった。

「元々私達は皆囮役だよ。龍斗くんに戦わせなかったのは、時食みとの戦闘を私達が演じる事で、目の前の戦いに意識を持っていかせるため」

「後方支援役が常のシャマル先生なら、戦いの場に居なくても気にならず、意識から外れてくれると思いました」

 なのはとキャロが今までの経緯を伝え、作戦勝ちと言わんばかりに笑みを漏らす。

 そんな彼女達に対して、龍斗は感嘆を通り越して呆然としてしまった。

(あ、あれ? 俺抜きであっさり柊を………? まずい………、ただでさえ、弱い俺が、相性という唯一皆と互角だと思えたアドバンテージがなくなって、圧倒的に実力の差が広がってしまった気がする………っ!?)

 実際、彼の魔力量や、その破壊力は、他を見ない圧倒的アドバンテージなのだが、制御できないという部分で、勝手にそれを候補から外してしまっているため、彼は勝手に一人で焦っていた。

「!? あうぅっ!?」

 決着はついた。そう思って安心していた全員が、苦悶の声を漏らすシャマルに気付き視線を向ける。

「シャマル! どないしたん!?」

 はやての声に答える事も出来ず、シャマルは息を荒げながら必死に何かと戦っていた。

 その何かとは確認するまでも無い。彼女が戦う相手など現状一人しかあり得ない。

 シャマルにリンカーコアを直接捕まれているはずの柊は、自分の胸から飛び出すシャマルの腕に、己が錫杖を押し当て、本人の魔力を直接吸収していた。

「魔力吸引は私の十八番……! 詰めが得意分野なら負けなどしません………っ!」

 吸収対吸収。

 片や、リンカーコアに直接働きかけるシャマル。

 片や、錫杖の力で接触した相手から無条件で魔力を吸い取る柊。

 互いに一歩も引かない吸引対決を演じていたが、それは長くは続かなかった。

 魔力吸引に対して、その能力(スペック)は柊の方が勝っていた。

 拮抗しているかのように思われた吸引勝負は、一瞬天秤が傾いたが最後、あっと言う間にシャマルの魔力が奪われていく。シャマルも抵抗しようと試みるが、その力差は火を見るより明らかだった。

「シャマル! もう良い!!」

 気付いた龍斗が慌ててシャマルの腕を引き離す。

 その頃には既に、シャマルは自分の足で立つのも苦労するほどの魔力を奪われていた。

 リンカーコアを胸の内に戻した柊は数度呼吸と服を整えてからこちらを見下ろす。

「正直最後のは焦りましたよ。アレが吸収ではなく破壊だったら、さすがに防ぎきれなかった」

 なのはがレイジングハートを構える。

 それに警戒する様に錫杖を構える柊。

「ですが―――」

 柊がさらに続けて何か言おうとした瞬間、彼女の背後から現れたシグナムが、居合一閃、柊を頭上から切りつける。

「まだ甘い………!」

 しかし、その一撃は錫杖の一撃で受け止められてしまう。

 それでも力押しで押し切ろうと試みたシグナムは、しかしその行為をすぐに止めて、龍斗達の元に戻る。

 戻ったシグナムは反撃も受けていないと言うのに弱々しく着地して、息を荒げながら片膝を付いた。

「どうしたシグナム!?」

「やられた………。どうやらあの杖は間接的に触れても魔力を奪われる様だ………」

 シグナムの言葉を聞いて、なのはが砲撃を放つ。慌てて柊は障壁、『アイギスの盾』を作り防御する。

「相手の攻撃魔法までは吸収できないみたいだね」

「敵弾吸収が出来るなら、もっと早くやってると思う。あくまで物理接触が条件みたいだな」

 なのはの確認から龍斗が予想し、今度は対抗策を持ち出す。

「あの子はそれほど速くは動けない。転移魔法にさえ気を付けていれば虚を突かれる事はない。この距離から障壁を抜く一撃を放てばたぶん勝てる」

「でも、障壁を抜く程の一撃なんて、簡単に―――」

「出来る。俺なら容易く」

 キャロの心配を龍斗はすぐに否定した。

「ブレイザーを撃つの?」

 なのはは以前見たレイジングハートと組み合わせた技を思い出し訪ねる。しかしこれを首を横に振って否定する。

「いや、確かにそれの方が安全性はあるけど、相手がどんな切り札を持ってるか解らない。こっちもそれなりの技を使う」

 そう言って龍斗は今度こそ刀を抜き、水平に構える。

「キャロ、シャマルの回復を頼む。出来るだけ逸らすけど、もし当たっちゃったら、大怪我させてしまう危険な技を打つから。シグナム。前に約束してた俺の覚えた技。こんな形で悪いけど、今見せるよ」

 刃を構え、龍斗の周囲に薄い闇が纏う。

 柊は迷わず既に『アイギスの盾』を展開している。

(加減の効かない技とは言え、闇の成分を薄く、魔力を多めに注ぎ込めば、殺傷力は軽減出来る筈………)

 それでも微々たるものだろうと思いながらも、極力力を押さえ、剣檄の形に形成し、その刃を放つ。

「((殲滅の黒き刃|ジェノサイド・ブレイバー))ーーーーーーッ!!」

 放たれた黒の斬激は正に殲滅の刃。いかな障壁で在ろうと、隔てりで在ろうと、阻む物を切断する脅威の刃。それは真直ぐ、柊へと向かい、狙い通り肩を掠める程度の位置に放つ事が出来た。

「………これはボツ」

 呟いた柊が己の障壁に新たな術式を刻む。

「アイギスの盾、エフェクトリフレクター!!」

 途端、障壁の表面が変化し、それは鏡の様に光を反射する物へと変わった。

 同時に障壁と接触した斬激は、そのまま同じ軌道で龍斗達の方に反射される。

「!? リフレクト(反射)!?」

 キャロが驚きながら防御の体勢に入る。しかし、それは防げる類の物ではない。

 故に龍斗はキャロを庇うように前に出て、再び刀を振り被る。

「悪いが………繊細なコントロールは出来ないから、今度は本気で出すぞ」

 再び溢れる黒い霧―――否、今度のは闇と言う表現が正しいと言える漆黒のオーラが炎の様に立ち昇る。

「((殲滅の|ジェノサイド))………((黒き刃|ブレイバー))ーーーーーーッ!!」

 再び放たれたのは同じ技。だが、最初に放った物とは圧倒的に威力が違った。

 大きさ、威力、鋭さ、密度、……どれをとっても先の物とは比べるべくもない。

 あっさり反射された斬激を切り裂き、黒き刃は再び柊へと迫る。それは誰の目にも再び反射する事は不可能だと解った。あの一撃なら、断絶された空間さえも切り裂く。それを本能的に理解させられたのだ。

 まるで黒い津波が迫ってくるような脅威の中、柊は有り得ない行動をとった。

 それはアイギスの盾を自ら消し去ったのだ。防御できぬ攻撃が相手とはいえ、それに対して無防備を晒すのはあまりにも愚策。まるで死を覚悟したようにしか見えなかった。

 誰もが驚愕する中、柊は更にあり得ない事をして見せた。

 

「 開きなさい ヨモツヒラサカ 」

 

 突如、柊の正面の空間が開き、重たい色が渦巻く別の空間が現れた。

 そして、その空間は、龍斗の黒き刃を丸ごと飲み込んでしまい、何事も無かったかのように空間が閉じた。

「な、なんだ今のは………!?」

 驚愕に声を漏らすシグナム。その問いには誰も答える事が出来ない。ただ彼女と同じ疑問だけが巡る。

 いや、ただ一人、それを知っている者がいた。

 龍斗だった。彼は見た事の無いはずのそれを目の当たりにし、尚且つそれがどれほどの物なのかを理解していた。

「冗談じゃない………」

 だからこそ、彼は恐怖した。そんな物を人が扱えて良い訳が無い。いや、仮に扱えたとしても、それは決して良い方向に転ばない。必ず大災に繋がる事が目に見えていた。

 胸中に湧く憤りに睨む先で、柊は薄い笑みを浮かべていた。

 彼女は礼儀正しく一礼すると、龍斗に微笑み掛けた。

「感謝します。アナタのおかげで実験は成功。おまけに邪魔者を一人始末出来ました」

「邪魔者………だって………!?」

「ええ、もう一人、アナタと同じような―――いえ、ある意味においてアナタ以上に厄介な存在がいたのですけど、今ので片付いたみたいです。ありがとうございます」

「一体どう言う事だ? 全部話してもらうぞ」

「いいえ、既に目的は果たしました。もう帰らせてもらいます」

 一歩下がろうとする柊に向けて、龍斗はクイック・ムーブで瞬時に迫る。

 正面に着地すると同時に一刀を振り降ろす。

 その一刀を柊は錫杖で受け止めるが、すぐに回転させて受け流す。シグナムの時の様に接触を長く保たなかった。

「アナタの魔力量が相手では、吸い尽くす前に私が斬られる事くらい予想がつくもの!」

 後ろに飛びながら柊は時食みを三体呼び出す。

 一体の上に飛び乗ると、残り二体を龍斗に向けて走らせる。

 時食みが相手なら自分には問題ないと高を括っていた龍斗は、返す刀で二体の時食みを横薙ぎに切り裂こうとする。しかし、刃が接触する寸前、二体の時食みは地を蹴って跳び上がり、攻撃を躱すと同時に、そのまま龍斗を通り過ぎてしまう。

「なにっ!?」

 慌てて振り返ると、時食みはそのままなのは達の頭上のビルを噛み砕き、瓦礫を落していた。

 すぐになのはとはやてが砲撃を放ち大きな瓦礫を吹き飛ばし、キャロの障壁で小さな瓦礫から難を逃れる。

 ホッとするのも束の間、いつの間に呼び出されていた他の時食みがビルの骨組みを横一列に噛み砕き、龍斗達の頭上目がけてビルの上部を崩した。

 ビルその物が傾いて来ている以上、その範囲もバカにできない。逃げ場が無い状況で、なのははなんとか壁抜きをしようと試みるが、最初の瓦礫を撃ち落とすのに放ったタイムラグが生じ、溜めの時間がいつもより遅れてしまう。

 はやての魔法は詠唱無しでは大きなのは出せない。

 シャマルとシグナムは魔力を吸われた影響で瞬時に大きな魔法を撃つ事は出来ない。

 キャロはその二人を守るために障壁を張っている。彼女に関してはビルを破壊させるより、そのまま障壁に力を注いでもらった方が生存率は高い。

 っとなれば自動的に残る選択肢は龍斗。しかし、龍斗が皆のカバーに入れば、その隙に柊は逃げてしまう。選べるのはどちらか一つ。

「なら選択肢は簡単だ!!」

 再びクイック・ムーブで皆の元に舞い戻った龍斗は刃に闇を纏わせ、三度その剣檄を放つ。

「((殲滅の|ジェノサイド))、((黒き刃|ブレイバー))ーーーーーーッ!!」

 黒い斬激は神速の勢いで放たれ、五十メートルは在ろうかと言う巨大なビルの塊を何の苦もなく一刀両断した。それだけでなく、斬り飛ばされたビルが、まるで衝撃波を受けたかのように粉々に吹き飛んでしまった。

(うおっ!? 殲滅攻撃だとは思ってたけど………、本気で撃つとこんな風になるのかよ!?)

 未だ見ぬ己の力の発端に気付き、慌ててしまう龍斗だったが、それは傍で目の当たりにした他の皆も一緒だった。

「もう、バカ魔力で話が付くレベルやないね〜〜〜………」

 呆然と見上げなら呟くはやての言葉に合わせて、龍斗を含む全員が一斉に頷く。

 結局柊は今の騒ぎに乗じて逃げられてしまった。

「すまない。皆を助けるので手一杯だった………」

「なんで龍斗さんが謝るんですか? 元はと言えば、私が詰めを誤ったから………」

「それを言い出すと、私も迂闊に攻撃して魔力を奪われてしまった」

「私なんか一回大きいの撃っただけで後は殆ど何もしとらんよ?」

「私も、ただ撃ってるだけだったし………」

「いえあの………、一番頑張った龍斗さんとなのはさんがそんな事言いだしたら、私達の存在意義が………」

 龍斗の謝罪にシャマルが申し訳ない顔をし、慰めるつもりで告げたシグナムの言葉は、はやてに継がれ、芋蔓(いもづる)式でなのはまで頭を下げてしまい、結局キャロまでフォローに周ってしまった。

「すまん、堂々巡りにさせた………っ!? この話止めよう!」

 このまま頭を下げ続けると、間違いなく無限ループに入ると確信した龍斗はあっさり話を打ち切る事にした。

 一行は気を取り直し本来の目的、増援へと向かう。

 

 

 3

 

 彼らが到着した時、既に全ては終わっていた。

 ただ一人、陸士の少女、ギンガ・ナカジマと言うなのは達の知り合いが倒れている事を知った時は、龍斗も焦りを覚えたが、目立った外傷も無いようで、ただ気絶しているだけだと解ってホッとした。

 だが安堵も束の間、龍斗は一人、とある場所に目を向けた時、妙な胸騒ぎを感じた。

 そこは一見何でもない、戦火の傷痕。しかし、よく見ると繋ぎがちぐはぐになっている。二つに割れたビルの片方が無くなり、代わりに別の建物がくっ付いている。斬られた後に他の建物を寄せたとかそういうのではない。まるで最初っからそう言う風に作ったかのように切れ目も無くピッタリとくっ付いているのだ。

 それを目の当たりにした龍斗は、何の説明もできなかったが、それでも胸騒ぎだけが治まらなかった。

 何より彼は気付いていたのだ。この場所で戦闘があり確かな被害が出たにもかかわらず、ギンガ・ナカジマはほぼ無傷、敵勢力が暴れたにしては彼女の被害が小さ過ぎる。それはつまり、誰か別の人物が、この場の脅威を払い去ったと言う事だ。その人物は間違いなく、時食みと戦った。そして、その場にいたであろう時食みを操る誰かとも………。そんな真似ができる人物は―――、

「俺と同じ、時食みの天敵がいる………?」

 龍斗はここに来て初めて、自分と同じ存在がいる事を知ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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