17 ごめんなさい………。―――さま………
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●月村家の和メイド17

 

 ガシャンッ!! っと言う盛大な音が、カグヤのすぐ足元でなりました。原因は解っています。先程まで持っていたお皿を床に落してしまったのです。

「カグヤちゃん! 大丈夫ですか!?」

「珍しいですね。カグヤちゃんがミスするなんて」

 義姉二人に破片の回収を手伝ってもらいながら、カグヤはお詫びを申します。

「すみません。何だか一瞬、身体の力が抜けてしまって……、寝たきり生活で勘が鈍ってしまったのかもしれません?」

 今のは周囲に誰もいなかったから良かったですが、もし足元に猫でもいたら大変な事になっていました。気をつけなければ……。

「すみません、これが終わったら地下に行ってもよろしいですか? 今の状態がどれほどなのか、確認をしておきたいのです」

「体調チェックに止めると言う約束なら構いませんよ。病み上がりなのに無理しないでくださいね」

「はい、解りましたエル義姉」

「……はふぅ!」

「お姉様だけズルイッ!!」

「何に対抗意識を燃やしていらっしゃるんですか? リン義姉」

「ひゃふぅっ!?」

 はい、義姉二人撃沈です。この呼び方は日常生活に支障をきたしそうなのでやはり止めるべきな気がしますね。

「「やめちゃダメ!」」

「お二人ともいつから読心術が!?」

「「月村のメイドには他人の心を推し量るスキルがデフォルトで備わっています」」

 義姉様。カグヤの新しい義姉達はまだまだカグヤの解らない事だらけです。

 どれくらい解らないかと言うと、証明証の性別欄に『義妹弟(いもうと)』と書いてあったくらいに解りません。

 

 

 地下訓練場で一通り体を動かしてみたのですが、どうも具合の悪いところが見当たりません。やはりさっきのミスは、寝た切りが原因の鈍りだったみたいです。この分なら、しばらく仕事をしていれば、何(いづれ)れ勘が戻ってくるでしょう。

 体調の事をエル義姉と忍お嬢様にお伝えした後、カグヤは庭の掃除を軽くして、自分とすずか様のお部屋の掃除をします。それが終わったら少し休憩をはさんで、地下で鍛練をします。やはり問題がない様なので、今日はすずか様のお迎えをする事としましょう。

「カグヤちゃん。一つ良いかしら?」

 廊下の掃除をしていると忍お嬢様に声をかけられました。

「おや? 忍お嬢様、今日は大学ではないのですか?」

「今日は贔屓の先生がいないからね。それより確認しておきたい事があって……、昨日はどうも聞ける雰囲気じゃなかったし」

「……ああ、大丈夫ですよ。アレはカグヤの方の問題です。『東雲』でも『月村』でもありません。だから安心してください」

 恐らくカグヤが襲われた件についてだろうと辺りを付けて答えを返します。相手も魔術師の類だったので、厳密には『東雲』との違いはないでしょうが、今のところ龍脈は安定していますし、彼の目的はどうも龍脈の方ではなさそうです。ですから『厄災』は起こらないと言う意味で『東雲』とは違うとお教えしました。『月村』狙いの襲撃者でもなかったので、忍お嬢様が頭を悩ませる事はないでしょう。

「それならなおのこと心配になるでしょう!?」

 急に怒鳴られて、カグヤは意味が解らずたじろいでしまいます。

「あ、ごめんなさい大声出して……。でも、もうあなたも私達の家族なのよ? だから、あなたに何かあったら、それだけで私達には『心配』する事なの。自分を独りだけとして考えるのはやめて……」

「は、はい……」

 嬉しい言葉、なのですが……。

 

 忍お嬢様、もしその家族の身体が既に壊れていると知ったら、あなたは……。

 

 いえ、言う必要のない事です。言っても悲しませるだけなら、カグヤは黙って居るべきでしょう。それが、今の弱いカグヤにできる精一杯なのですから。

「でも、カグヤちゃんを気絶させるほどの相手なんて、一体何者かしら? ただのチンピラって可能性はないわよね?」

「どうでしょう? 正直、カグヤも正面からであれば『強い』と言えますが、さすがに闇打ちとなりますと『弱い』部分は多分に出てまいります」

「そう? あなた私が後ろから抱きつこうとするとすぐに気付いて避けるじゃない?」

「さすがに忍お嬢様お一人に、捕まるほど軟(やわ)ではありません」

「……本気出して上げましょうか?」

 忍お嬢様の目がマジです。カグヤ、ちょっと身の危険を感じます。

「止めておきます。最初に会った時から思いましたが、忍お嬢様に『奥の手』を出されたら、今のカグヤでは対処できるとも思えませんし」

「!? ……カグヤちゃんって、何処まで知ってるの?」

「表面で見えるところだけですよ。探っていませんので、隠している部分は見えていません。その辺は御教えいただけるまで、墓まで謎を抱える覚悟にございます」

 っと言いますか正直、そこを知ってしまうと死と隣り合わせの世界に突入しそうで怖いんですよ。魔術世界だけで充分死にかけているのですから、これ以上の危険信号は背負いたくないモノです……。

「それに、そちらにはそちらで優秀な専門家がお二人もいらっしゃるご様子? カグヤまで積極的に踏み込むつもりもありませんよ」

 そう言ってカグヤは苦笑を浮かべ、忍お嬢様も照れたような苦笑いを浮かべるのでした。

 

 

 今回すずか様のお迎えは徒歩です。おまけにいつものように、こっそりなどと言う事はしません。魔術が使えないのでそんな芸当はできません。ですので堂々とお傍でガードさせていただく事にしました。

 今日は図書館に用事があるとかで、御迎えはそちらに向かう様に頼まれています。行きはアリサの車で向かうそうですので、迎えだけ必要と言う事ですね。

 そんなこんなで図書館の入り口付近で待っていますと、やがてすずか様が現れて声をかけて下さいます。

「お迎えありがとう」

「いいえ、すずか様の命とあらば、カグヤはどこへなりとも御供いたします」

「じゃあ、今度はアリサちゃんのパーティーに誘われてるから、そのお付きで来てもらおうかな?」

「……今の服で、ですか?」

「ドレスが良かった?」

 そうですか。つまり女装は間逃れないのですね。

「和メイドで充分にございます」

 いつか、カグヤがタキシードなど、男物の服を着られる日は来るのでしょうか?

 限りなく薄い希望を抱きながら、すずか様と今日一日に対しての御話しを聞かせて抱きます。帰り道の暇潰しと言う事もあって、従者のカグヤとしては付き合わないわけにもいかないのですが、霊鳥で周囲を警戒出来ていない分、もう少しだけ周囲に気を配りたいと思うのは、カグヤの我儘なのでしょうか?

 そんな風に話しをしていると、すずか様は、最近図書館で度々見かける車椅子の少女について話し始めました。

「すずか様くらいの女の子ですか?」

「うん……、時々見かけるんだけど、何だか少し気になっちゃって……」

 すずか様は思い出すようにして、視線をやや上向きにして話してくださいます。

「何だかいつも一人でいるみたいで、お友達は居るのかな〜? 親はいないのかな〜? って、……カグヤちゃんの事があるから、つい悪い方に考えちゃって」

「別によろしいのではないですか? 声をかけてみて」

「え? なんで?」

「すずか様はその御方を気にしていらっしゃるのでしょう? なら、思い切って声をかけてもよろしいと思いますよ?」

「でも……」

「なのは様も、フェイト様とお友達になる時、御悩み申しあげたのかもしれません。ですが、その悩みに恐れ、声をかけないままですと、本当に何も起りませんよ」

「……それでも、まだちょっと怖いかも?」

「何を御恐れになっていらっしゃるんです? 無口無表情無関心の三拍子がそろったボロボロの子供が墓地の隣で寝ていても、傘を差しだせるような御方に、できない事などありませんよ」

「カグヤちゃん」

 何だか嬉しそうに目を輝かせるすずか様に、半分僻みを込めて付け加えます。

「おまけに拾った少年を可愛いと言う理由一つで女装させ、挙句そのまま自分の中で性別を完全に入れ替えてしまわれるようなキラーに、妨げとなる脅威など存在しようがありません……」

「? 何の事?」

「すずか様は最強と言う事です……(カグリッ」

 最後まで?を頭に浮かべていらっしゃったすずか様ですが、ふと別の疑問が浮かんだのか、カグヤの顔を覗いてきます。

「そう言えば、カグヤちゃんって、いつも家に居るけど、私達意外にお友達とかいないの? たまにはお友達と遊んだりしてもいいんだよ?」

「カグヤの事を心配して言ってくださっているのでしょうが、残念がらカグヤには友達がおりません故、気になされる事はありませんよ?」

「それはそれでどうかと思うけど……、でも、カグヤちゃんが、もっとたくさんの人とお付き合いできるようになってくれたら、私は嬉しいよ」

「それは……御命令ですか?」

「え? そんなんじゃないよ!?」

「では、今はすずか様のお傍に居たい。……それではダメでしょうか?」

 この先、カグヤの心がどう変わるか解らない今、少しでも長く、すずか様の傍に居ておきたい。カグヤはその思いを口には出さず、ただ切実な願いとしてだけ伝えました。

 カグヤの言葉をどう捉えたのかは解りませんが、すずか様は黙ってカグヤを見つめ返すと、やがて「わかった」と言って、カグヤの手を握られます。

「一緒に居よう。ずっと一緒に……。カグヤちゃんが言ったんだからね?」

「……はい、ずっと一緒です」

 不安は拭えない。それでもカグヤは、この約束を守りたいと思います。

 

 

 かちゃーんっ!

 お箸が床に落ちて木琴のような高い音が足元に響きます。カグヤの手から滑り落ちた物です。

「……っ」

 おまけに軽い目眩がして、すぐに対応ができませんでした。食事中にこう言った失態を見せる事に抵抗を感じながら、突然やってきた症状に対応できません。

「カグヤちゃん! 大丈夫ですか!?」

 すぐに反応したのはファリン義姉さんでした。最近よく気を使ってくださるのは、お姉さんとしての意識でしょうか? 幸いカグヤは今の扱いを好ましく思っているので素直に甘える事とします。

「すみません、少し目眩が……、急に動き回ったので疲れたのでしょうか?」

「今朝もお皿割ってましたし、自分の体は大事にしてくださいよ?」

「はい、気をつけます」

 そう言ったカグヤの元に、いつの間に立っていたノエル義姉さんが洗ってくれたお箸を差しだしてくださっていました。

「わざわざすみません」

「いいえ、可愛い義妹弟の為ですから」

「それ、定着ですか? そうですか。解りました。カグヤは諦めが良いんです」

 小さな出来事ではありますが、少し前まで入院などしていたカグヤです。忍お嬢様もすずか様も何も言いませんが、やはり心配そうなまなざしを送ってらっしゃいます。カグヤはそれに気付かないフリをして、努めていつも通りに振舞う事しかできません。さっきのは本当につい手を滑らせただけだと言い張る様に。

「待ちなさい二人とも、カグヤを心配する端で嫌いな物を下げてはいけません。ニンニクもピーマンも身体に良いのです」

 二人の顔が歪みましたが、そこはエーアリヒカイト義姉弟三人とも、誰も譲る気がございません。

「カグヤちゃん、今度翠屋のケーキ買ってきてあげるよ?」

「すずか様の分はカグヤがお食べしましょう。大丈夫です。残した分の栄養は、栄養剤で補えますから」

「「こらこらこらっ!」」

 義姉二人が怒った表情をしています。何かまずったでしょうか?

「カグヤちゃん? 私、翠屋のお手伝いしてて割引券持ってるけど、あげようか?」

「忍お嬢様は他に好き嫌いも無いようですし、一品くらい食べられない物があっても問題はないと存じます」

「「忍様まで何やってるんですか!?」」

 「カグヤちゃんの教育的に悪いので止めて下さい!」と言う御二人に止められ、結局交渉は白紙にされてしまいました。ですが義姉二人、カグヤは交渉取引とか、ここに来る前から結構やってましたよ? 主に義姉と。

 

 

 

すずか view

 

 今日も夜はカグヤちゃんと一緒。ただ寝るだけなのに、一緒に寝るって言うのがとても楽しみ。特に最近は寒くなってきたから、カグヤちゃんの温もりがとても気持良い。カグヤちゃんのお部屋で寝ちゃうと、翌日起きられなくて、カグヤちゃんに悪戯で起こされちゃうから、気を付けないといけないんだけど(以前は寝たまま朝食を食べさせられててビックリした)、ついついこっちで寝ちゃう。なんでだろう? 解らないけど、回数を増やすにつれ癖になってきちゃってる。カグヤちゃんも嫌な顔一つしないで一緒に寝てくれるから、区切りが付けられなくなってるのかも?

 でも、たぶん最近の理由は別にある……。

 二人ベットの中で寝ている間、私はもう感覚で覚えた時間に「そろそろかな?」と言う感想を抱く。

「……ぅ、」

 さっきまで安らかに眠っていたはずのカグヤちゃんが、苦しそうに顔を歪めて唸り声を洩らし始める。

「……めん、なさぃ……っ、……ご……い……っ!!」

 小さな呟き。それは苦しそうで辛そうで、まるで罪悪感に潰れてしまいそうな人がするみたいに呻く。

「義姉さん……こめん……っ! ……なさいっ……! ごめ……い……っ!」

 ここ最近、退院してからずっと―――、カグヤちゃんはこんな風に夜に魘(うな)されてる。大好きなお義姉さんを呼びながら、必死に謝り続けてる。どうして謝ってるのか解らないけど、きっと謝らなきゃいけないほどの何かがあったんだって事は解る。

「大丈夫だよ、カグヤちゃん……」

 だから、私はカグヤちゃんを抱き寄せる。本当は淋しがりやで、すごく弱くて、とても臆病なカグヤちゃん。私にとって、特別に大切な人だから、だから私はカグヤちゃんを抱きしめて、安心させてあげたい。

「ごめんなさい……っ! ごめんなさい……っ!」

 私が抱き締めると、カグヤちゃんは逃げるように身じろぎする。でも、優しく語りかけながら頭を撫でてあげると、次第に落ち着いてきて、抱きしめ返してくれるようになる。

「僕が……っ! ごめ……さい……っ! ……なさい……っ!」

「大丈夫だよカグヤちゃん……。お義姉さんは絶対許してくれるよ……」

「……っ! ……すずか」

「え……!?」

 急に自分の名前が出てビックリしたけど、カグヤちゃんはやっぱり寝てる。私が夢の中に出てるのかな?

「―――にしないで……」

「―――っ!?」

 すごく小さな囁き。でも、抱きしめて、額が合わさるほど近い距離まで抱きしめてて、だから聞こえた。その言葉に、私は強くカグヤちゃんを抱きしめる。

「わたしは……ここに居るよ……っ!」

 私の想いが、夢の中のカグヤちゃんに、そのもっと奥のカグヤちゃんにも届くように、私は強く強く抱きしめる。でも、私の腕は全然思った力が出てくれない。カグヤちゃんにビックリしてもらえるくらい、運動神経に自信があっても、腕力なんて全然ない。だからわたしは全然足りてない。

「私は……ここに居る」

 それでも気持ちは動かさない。

 私は思いのたけを全部、カグヤちゃんにぶつける。

 ずっと守ってもらった分、今度は私がカグヤちゃんを護りたいから!

 この時の私は知らなかったけど、私はこの時初めて『慈愛』を覚えた。

 

 

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