真・恋姫無双 花天に響く想奏譚 11話 其の1
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 < 11話 細胞分裂の強制促進による創傷の治療に関して 其の1>

 

 

 

 ・その前に片付けることをば・

 

 

 ・情報共有整理

 

 

 「……成程な、では黄色というのは五行の相克に基づいて か。 土侮木、だな。」

 「その黄色を布として纏う集団で黄巾党、ですか。 …誉めてはいけませんがお上手ですわ。」

 大まかな内容を一刀が説明し終わってから華陀と慈霊が各々の感想を漏らした。 

 因みに二人が何言ってるか分からない人は自学独習を推奨する。 要は単純にggrks。

 

 「でも五行に則したネーミングのセンスには感心せざるをえないというか。」

 「一刀殿もそう思ったか。 オレも気付いた瞬間にそう考えたぞ。」

 「そりゃね。」

 「?」

 なにかが通じ合っているのであろう二人だが、妙な単語に疑問符を浮かべた。 内慈霊に目を向けられた華陀が気付いて返す。

 

 「ん? あぁ慈霊分かっている。誉めてはいけないと言うんだろう?」

 「いえそれは当然なのですが、一刀さんが何を仰ったのかが。」

 「ほら、ご主人様がねー…なんとか とか、せんす? とか。」

 そんな女性陣に一刀が訂正。 目線を合わせているのは向かいに座っていた桃香だ。

 「ぁっと、 『Naming』は『命名』で、『Sence』は …『感性』、か。」

 「扇子 が、感性なの?」

 「センス。 音は同じでもイントネーションが… や、もういい。 話進めよ。」

 『??』

 一行内で言うところの『天の国の言葉』に関心を示しつつも、先人曰く目は口ほどにものを言う。なんのこっちゃと言わんばかりに首をかしげる様子の桃香やその他。

 しかし芋づるのように疑問が続きそうなので、『イントネーション』に関しては触れずに一刀は話を切り上げた。

 

 と、行きたいところだったが一刀、華陀のセリフがちょっとおかしかったことに気付いてこればっかりは聞き返した。

 

 「ん? 待った華陀、なんで俺が言ったこと分かったんだ?」

 

 さらりとした物言いではあったが、現代の英単語を交えている文を理解できるのはありえない。

 これに華陀が答えて曰く、

 

 「なんとなくだっ」

 「…さいですか。」

 …だ そうです。腕を組んで隣の一刀を見据えて堂々と言い放ってくれた。

 いわゆるノリと勢い、ってなやつであろう。 …たぶん。

 

 

 皆が大部屋に会した後、一刀と華陀を含めて一同が適当に座し、『黄巾党』についてを一刀から聞いた。

 

 因みに女性陣は大部屋中心辺りの寝台二つに腰掛け、一刀と華陀は自分達の部屋から椅子を引っ張ってきていて、寝台の脚側にその二脚を据えて座っている。

 位置は一刀の右側に華陀。 そして一刀側寄りの寝台には桃香に愛紗・鈴々、華陀の前には朱里と雛里に寧と慈霊といった配置になっている。

 内、鈴々と寧は寝台の上に胡坐なり崩した姿勢なりで座っている。

 

 内容はそれこそ大まかなもので、政治の乱れによって民草が苦しむ中に宗教じみた集団を張角なる人物が作り、自分達が王朝を倒して大陸を治めるのだと言い出し、それらのもとに人が集まって次第に組織の規模が大きくなり、『蒼天すでに死し、黄天まさに立つべし』の言葉を掲げて王朝に反旗を翻す、国全体規模にまで及ぶ一大軍団を形成する、といったところである。

 

 「民衆の不満の爆発…… 現に名も無い野盗の集団が増えているわけですから今更とも思えますが、国全体規模にまでなるってのは大問題ですね。

 ってことは灯にたかる羽虫 つっても貧窮の末って人もいるんでしょうからそんな言い方はまずいんでしょうけど。 ね。」

 ぱっと聞きではいまいち何言ってるのか だが、同じ結論に到っているらしい朱里・雛里はナチュラルに話を合わせる。

 「はい、たぶん。 それだけ首領の張角さんって人が、率いる能力や人望に長けてるっていうのはある筈です……

 でもそれ以上に、張角さんとは関係ない隊が多いんだと思います。」

 「……単に勝手に名乗った人達が、繋がりの無い別個の隊をたくさん作っちゃうほうが厄介……」

 引っ込み気味ではあれど、頑張って発言する雛里に「ですね。」「うん。」と寧・朱里も同意した。

 

 同時に一刀は疑問に思ったことを口に出す。

 

 「…ん? 俺そこまで言ってないよな?」

 自分の知っていることをおおまかに言っただけで、今のところはその張角が首領だとの部分しか言っていない。

 そこで流れから一刀は雛里に訊いた。 当の雛里は問いかけられて一瞬縮こまったが、傍の寧の白い羽織の裾をキュッと握って、単調な口調になりながらも解説を述べた。

 

 「え っと、  ご主人さまは国全体規模って、言いました…

 でもそれだけの規模だと端から端までが繋がってる一枚岩って考えるのは現実的じゃ無いです……

 だからわたしも朱里ちゃんと寧ちゃんも 名前の威光を利用しただけの人達がいっぱい出てくるって、 推測しました……」

 現代なら地球の裏側に居ようがネットで繋がることができるが、今の世界ではそんな例えは論外も論外。

 ちょっと考えれば一刀からの情報でも雛里の言うように筋道立てれば件の答えも出せるのだろうが、聞いて即座にそこまで行き着くのは並ではない筈。

 

 「…凄いな いや流石って言うべきか。」

 「ぃ え、 凄く 無いです……」

 やはりとすべきなのか、どうにも意気は尻すぼみになりつつ、伴ってセリフも霞に消え行くかの如くにフェードアウト。

 姿も朱里の影に隠れるような位置になり、一刀の目線からは恥ずかしそうに目を伏せ気味にした雛里の表情は見えない。

 

 「ううん 凄いよ、私なんかそんなこと全然考えてなかったもん。」

 「…桃香様、それは堂々と言うべきではないかと。」

 まったくこの人は… ってな声音で苦言を呈す愛紗に一刀も続く。

 「愛紗に同じく。 …でもらしいっちゃそうか…」

 「あ ぅぅ… だって難しいこと考えるのちょっと難しくて…」

 「桃香お姉ちゃん大丈夫、鈴々もからっきしだからっ」

 「お前はもっと悪い! それと話の最中に寝転がるな!」

 

 話が逸れたが、いつの間にか寝台の上でごろごろしていた鈴々に注意を一つ、更に咳払い一つで気を取り直して愛紗。 続くのは慈霊と華陀。

 

 「朝廷を倒す意思とは関係無しに と言うことは …それこそ単なる略奪が目的か。 どの道肯定していいものでは無いが、掲げる義すら無いのであれば獣に同じだな。」

 「且つ憂慮すべきは名ばかりの賊軍のほうが数が多くなることでしょう。 なまじ数が多いだけに、統率が無い集団は気の済むようにそれこそ虎狼のように奪うのみですわ。」

 「とは言えど貧窮の中であっても真面目に民草として生きるよりはそのほうが楽なのも事実だからな。 一芸に秀でていればなにかしらの道もあるのだろうが、一市井はまず学ばねばならないがしかしそれだけの時間も余裕もないからな。」

 

 人間誰しも楽で居たく思うのは当然であり、なればこそ目の前の簡単な方法…それがたとえ悪とされることであっても手を出してしまうのである。

 

 「……なんだか、かわいそうだよね…」

 頭の中で明文化出来ているわけではないが、ニュアンスは地の文で述べた内容と同様であろう考えを抱いたらしく桃香は目を伏せ気味に。

 「けど悪いことするやつらなのだ。」

 「それはそうだし分かってるけど… 元々は私達と同じ普通の人達って改めて考えたら……」

 わずかにテンションの下がった桃香に応じたのは寧だった。

 「まぁそういうのは考えて然るべきことなんでしょうが今は置いときましょう。

 言っちゃ悪いですが今は関係ないので。」

 「……うん…」

 

 文面だけだと冷たくも感じられる寧の一言だが、しかし尤もでもあるから桃香は苦い表情ではあるが応じた。

 

 と、ここで頭にピンと電球が点灯したのが一人。 鈴々だ。

 何某かの気配に気付いた猫のように小さくはたと動き、表情も分かりやすいほどにいい事思いついたと言わんばかり。

 

 「ん そうだっ このこと伯珪って人に言ったらいいと思う!」

 「ね?」と愛紗の後ろから隣の寝台に座る雛里に何気なく振る鈴々だが、相手の雛里はどうにも引っ込んだ印象を受ける表情をしていた。

 話を振られて一瞬慌てたというのもあるが、その表情の原因は鈴々の提案自体に賛成しかねる要素があってのこと。

 

 「まぁ言うにしても、黄巾党のおおまかなことはいいとして首領の名前だとかの細かいことはワタシ達だけの情報とするべきなんでしょうが。」

 「? なんで? 知ってる詳しいことは多いほうが凄いって思われるのだ。」

 「いくらなんでも知りすぎだからだ。 下手をすると我々が黄巾党の一員とみなされるかもしれないだろう。」

 「おぉ、丁度いい具合での注釈感謝ですよ愛紗さん。」

 

 と 寧と愛紗がその理由を鈴々に解説したところで、何事かを考えていたような寧はふと顔を一刀へと向ける。

 

 「ご主人サマ、もしかしてアナタがその黄巾党の一員だったりします?

 もしそうなら今の状況はこれから公孫 伯珪さんのところに黄巾党の内通者をむざむざ入れることになるんですが。」

 

 あまりにも直球な寧に、鳩が豆鉄砲でも食らったような の表現を的確に体現したとすべき様子に華陀や慈霊も含める全員がなった。

 そして愛紗は声を高くする。

 

 「寧っ、なにを!」

 「や、愛紗、 ………あぁ そうか、そう思われることもありえるのか。 でも俺が黄巾党ってことは無い。

 …けど、よく考えたら俺自身のことを証明する方法は何も無いんだよな…」

 「ふむ、言われてみれば確かにな。 現にオレ達は一刀殿が皆と会うまでどう生きてきたかは一刀殿の言ったことでしか知らないのだからな。」

 「追い討ちどうも。」

 「いやいや気にするな いてっ」

 「そこは謝るべきでしょう華陀?」

 

 いらんこと言った華陀の側頭に慈霊のでこぴんが入ったところで、

 

 「大丈夫だよご主人様、私達流星が落ちたとこにいたのを見つけたんだよ? 自分に自信持ってっ」

 既に心から一刀のことを信用しているからか、寧の疑問を一切真に受けずにしかしどこかずれてるフォローに桃香が回った。

 記憶喪失だとかならまだ実のあるフォローかもしれないが、別段自分に疑問を抱いたとかでは無い。

 

 そんな桃香に一刀は言われたことを整理した頭で返す。

 

 「それは桃香達からすれば、だよ。

 他の人達からすれば、まだ黄巾党ってのが出てもいないのにその首領の名前を知ってる なんてのはそれの一員って考えても仕方ない。」

 「御主人様っ 貴方がそのように言っては…」

 「けど現実問題だ。 寧の言うことは理にかなってる。」

 

 「まぁ半分は言ってみただけです。 いくらなんでも飛躍し過ぎですし色々と無理のある考え方なんで。

 ですが可能性としては無くは無いのかなと。 あえて重要な情報を開示することで自分を疑われないようにしてるかもってのもありえない話ではですから。」

 「天の国の話も全部よく出来た作り話、とか。」

 「はい。 超客観的というか、極俯瞰的というか。 そういう普通じゃ無い観点から見られる人が居たなら、ご主人サマの言った話も作れるんじゃないかなと。

 この国の常識とかもすっとぼければいいことなので。」

 

 理路整然、である。 ところどころに仮定的な部分を含んではいるが、寧の言うことは一刀の言うように的を射て当を得たもの。 その上一刀の境遇は全て証明することの不可能な当人の証言でしか説明できない。 

 こんなあやしい存在はむしろ寧が言うように疑ってかかるべきなのだろう。

 

 

 …それでも。

 

 「でも、 それでも私はご主人様が悪い人なんて思わないよ。」 

 

 それでも、桃香は一刀を疑おうとはしていない。 真っ直ぐな目で寧を見つめて桃香は反論した。

 

 否 反論ですらない。 寧のように明文化された理由があるわけでは無い。

 では何を持って信用するのか。

 

 それはなんとなくでしかない。 言い方を変えても『直感』でしかない。 理由とはとてもいえない不明瞭な理由。

 それでも。 最初の『いい人』の第一印象から始まって、自分がやりたいことに協力してくれると言ってくれて、なにより泣いてしまった自分を優しく諭してくれた。

 

 短時間であっても密度のある体験を経、総括して出来た信頼は今更揺るぎはしないのだった。

 

 

 そんな桃香に寧が言うには、

 

 「それはワタシからしても当然ですよ? あぁ、なんか変なことになってますけどあくまで可能性を掘り下げただけなので。 ワタシだってご主人サマのことをどうこうと疑うようなことは今更しませんよ。

 それにそんなこと言ってたらワタシ達や華陀さん慈霊さんにも同じ可能性が出てくるんですし。 無駄に疑ってたらきりがないですよ。 

 さっき然り話を引っ掻き回してばっかですねワタシはほんとに。」

 

 はいはい寧が言うようになんか変に入ってきたシリアスは三千世界のカラスの如くにSA★TU★GA★Iしましょうそうしましょう。何羽居ようが鏖しです。

 第一ここまで考えられる人間が『今更疑うようなことはしない』と言うということは。 実際のところ、寧も桃香と同じように根拠なしに信用しているのである。結構右脳的な人間なのだ。

 ここで愛紗、寧の掌を返したような印象すら受ける物言いに怒気を声に込めて立ち上がった。

 

 「自覚があるなら省みろっ 変なことになってるのは誰のせいだ!」

 「ごめんなさい。」

 「ほんとにすいません…」

 [はぃ…]

 これはもう100%寧が悪いのだが、それでも連帯責任とでも言うのか自然と朱里・雛里の二人も謝ったのは仲のよさの証明ってなところ。

 「あ ぅ? 冗談なの?」

 「冗談って言うより、無理のある小さな可能性をほじくり出したただけです。

 まぁ要は黄巾党に関してを詳しく言わなければ、外野がさっきワタシが言ったところまで考え到ってどうこう言ってくることもないですから。 ワタシ達はご主人サマを信じればいいだけです。」

 「無論だっ! まったく下らない推論を…」

 愛紗は今の如くに下らないと言っているが、当意即妙に思考できるのはなんにせよ心強いものである。

 そのことが意識に芽生えている一刀は愛紗に寧の弁明を図る。 が、美人が割と本気で怒り顔になってるのは割り増しぐらいに正直怖い。

 数十人を無手で一方的に討つことの出来る一刀だが、こういう場合に関しては下手に出てしまうのは性分なのだ。

 

 「いや、俺としては即座にあそこまで考えられるのはむしろ心強く思う、んです よ? だからそんな怒るみたいに言わなくてm」

 「怒っているのです! 主とした者を賊と疑うなど! 第一御主人様もいいかげんに主として怒っ」

 思いのままに声を出した愛紗だがすぐに言葉を切って自省。

 「す みません、声を荒げるなどと…  しかし貴方は上に立つ者、なればこそもっと堂々としていただかなくては…」

 「はい… 慣れたら頑張ります。」

 流れ的に一刀の頭は下がり気味だったせいかどうしても低姿勢な返答しかできなかったが、愛紗もバツが悪そうな顔でそれ以上は言わなかった。

 

 「なにはともあれ、黄巾党の情報は有益ですが相応に繊細なものとして扱うべきですね。」

 寧が原因の話の脱線で妙なことになっている流れを変えるべく、慈霊はあえて空気を無視して話をしれっと進める。

 流れが元に戻るきっかけがようやく訪れた今、頭を切り替えて一刀はこれまででの見解を出す。

 「ただ実際に起こるかどうかは分からないんだよな…

 ここまで言っててなんだけど説明する必要無かった気がしてきたな…」

 ほんとに今更感が否めない感想を漏らすことになったけど、朱里達はそうは思わなかった様子。

 

 「いえいえ。 たとえ現実にその黄巾党が現れないとしても極めて現実的な仮定ですから。今回の情報は慈霊さんの言うように有益ですよ?」

 「そうです ね。 とりあえず、色々考えてみましょう。」

 

 と かくして黄巾党の件は朱里と寧の言葉で、こういった形で落ち着くこととなった。

 

 

 

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 ・各々行動録・

 

 

 ・一旦離別の置き土産

 

 

 「ん……?    あ゛っ!!  あの人のこと忘れてた……」

 「あの人?    あ そういえばおじさん、ご主人様待ってるって言ってたよね…」

 話が一段落付いたところで一刀はとあることを思い出し、母音に濁点をつけるという妙技を発動。

 宿屋に入る直前、何用かがあるから待っていると言っていた、一刀を『旦那』と呼ぶあの中年男性である。

 入り口で分かれてから今までで、大体30分を過ぎたぐらいの時間経過だ。

 

 「む、それはまずいだろ。 ではこのあたりで議論はお開きとしておこうか。 一刀殿、終わったら戻ってきて話の続きを頼めるか?」

 「あぁ分かってるっ」

 待たせたこととすっかり忘れていたことの罪悪感も手伝って、若干の焦りを頭に覚えつつも一刀は座っている椅子を自室に戻すべく手を掛ける。

 男二人は共通の認識があったようだが、他は分からないから愛紗は椅子を引っ提げた一刀に聞いた。

 

 「続き、とは?」

 「え あぁほら、桃香のあの傷治す力。 あれを説明するための準備というか。

 聞いてて分かったんだけど、俺が知ってることは華陀の説明したいことの根本に関わるらしいんだよ。

 ここに付くちょっと前ぐらいに話が出て、それで桃香や皆に説明する事前に把握しておいたほうがいいってことになった。」

 「…あぁ、確か華陀殿と慈霊殿と一緒に何かを話されていましたね。」

 「えぇ。 私達としても興味深い事柄ですの。 ですが華陀、一刀さんに無理をさせてはいけませんよ。」

 「いや慈霊さん、実際そこまで疲れてるわけじゃないから大丈夫。 それに大事なことだからちゃんとやっておかないとまずい。」

 「一刀さんがそうお考えなら止めはしませんが、つらいと感じたら遠慮なく華陀に言って下さいね。

 愛紗さんもずっと一刀さんに休みをと言われているのですし、その気遣いを無碍にしてはいけません。 諫言を聞き入れることも度量というものですわ。」

 「諫言 などと… 私はあくまで御主人様のお体を気にしてのことであって…」

 「だからこそ一刀さんが愛紗さんの心配を無碍になさることはあってはならないことです。

 華陀にも忠告を無視されることはしょっちゅうですので。 他人とはいえその時の気持ちを味わわせたくはありませんの。」

 「む、いや待て慈霊、しょっちゅうとは言うがそもそもお前は神経質なきらいがあってだな」

 「誰のせいでそうなったと思っていますの華陀? 気になって言うたびに真っ直ぐな顔で却下されるのはあまり気分のいいものではありませんよ? 事実として体力的に平気は平気なのでしょうが。」

 

 華陀に忠告を無視されることに関しては『大概にして欲しい』と考えているらしいことを察して一刀は慈霊になんとなく謝る。

 

 「…なんか、ごめんなさい。」

 「ふふっ、素直でいらっしゃるは良いことです。」

 迂遠な揶揄を察した一刀に慈霊が口元に手を当てて柔らかく笑ったところで次は寧。

 

 「そういうことならワタシ達が天の国のこととかを訊くのは後回しですね。

 鈴々ちゃんの言ってた『変な腕輪』とかも気にはなっていますが。」

 「変な腕輪…? あぁ時計か、あれなら貸してもいいよ。 ただ他の人とかには見せたら絶対まずいことになりそうだから見せたりするのは禁止で。」

 このレンタル許可に喜色を即座に表したのは鈴々だった。 寝台の上での胡坐の格好を解除すると同時に飛び降りて寄り、一刀を嬉しそうな顔で見上げる。

 

 「ほんとっ? うんっ するする秘密にするから! 約束!」

 「よし。

 ってまた長くなったやばいから俺もう行くっ 鈴々付いてきて時計渡すから!」

 「応っなのだ!」

 もう一刻の猶予すら頭に無しに、引っつかんだ椅子と鈴々を共に連れて斜向かいの部屋へと飛んでいった一刀とそれに付いていく鈴々。

 

 さて残った面々は面々でどうするか。

 

 「では華陀、一刀さんとのお話は任せます。 私は補充をしますから。」

 「あぁ頼んだ。 …そうだ、どうせなら桃香くん達と共に行ったらどうだ? 寧くんの足を巻きなおすついでに処置に関して教えてもいいだろう。」

 

 「そうですね。 ということで桃香さんと寧さんは一緒に来ていただきます。 特に桃香さんには基本的な処理を少し教えましょう。」

 「はい、教わりますっ」

 「ワタシは教材なんです?」

 「ふふっ えぇ、そうなっていただきましょう。 他の方々はどうでしょうか? 人数は居るだけ助かりますが。」

 「では私も同行しよう。 鈴々もどの道付いて来るだろう。」

 「役に立てるなら私も。」「寧ちゃん達が 行くなら わたしも…」

 愛紗・朱里・雛里と残りのメンバーも行動を共にすることが決まったところで、一刀らしき足音が駆け抜けるのを部屋の扉越しに皆が聞く。

 

 それとほぼ同時に ドガンッ と扉をぶち開けて、

 

 「見て見てこれすごいなんか動いてるこれっ!」

 目を輝かせた鈴々が黒い輪…一刀の腕時計を持って部屋へと突入。

 

 「? それがご主人様の腕輪? 動いてるって何が ぁえええっ!? なにこれどうして動いてるの!?」

 

 鈴々から受け取ったものを見て驚く桃香。 他の面々も、腕輪の何が動くのかと疑問の顔で腕時計の文字盤を見るとやはり鈴々・桃香と同じように驚きの表情を呈した。

 なにせ腕の太さ程度の半径の厚みのある円盤の中で、細い針が一定の速度で中心を基点に動いているわけだから。

 「これ は…絡繰、でしょうか?」 

 時計の本体部分の表面を撫でたり裏側をコツコツと叩いたりしている桃香と鈴々の横で愛紗。

 でしょうか と疑問形なのは、自分の中にイメージとしてある絡繰と比べてあまりに形状が小さいからだった。

 「ぅ ぉおおおお お痛っ!?」

 華陀にいたっては手に取った後に感極まったのか、声を高くしかけたのを慈霊に玻璃扇で叩かれて正常に戻る始末。

 「慈霊危ないだろ落としたらどうするっ!」

 「それを念頭において注視しながら叩いたのですわ。 滾るのはやめなさいうるさいですから。」

 「いやこれは こう、『ぬおぉぉぉ!』となるのは仕方が」

 「無いですね。 少なくとも私は。」

 そう 『ねーよ』的な意味で。 いざ落ちたら受け止めるつもりだったらしいが、だとしてもちょっと過激な気がするのはご愛嬌。

 

 「しかし仕掛けなど何処にあるのでしょうか?」

 「あるとすればこの三本の針の下ですか。 ってことは歯車がみっちり詰まってるんです?」

 「歯車って、これに使う歯車って爪よりも小さくなりませんか…?」

 慈霊と寧・朱里の言うように、この腕時計並みに小さいものに使える歯車なんてのは作れない。

 「動く力の元が、 無い……」

 また雛里が小さく言ったように、そもそもの動力源が見当たらないとなるともうなんなのこれはとしか言いようが無い。

 「えぇ、それも含めて仕掛けが分かりませんね? なんなんでしょうこれ。」

 「大きいのだったら水車とか、ですよね…」

 「えっ、この中に水車が入ってるの!?」

 「桃香さん落ち着きましょう。」

 

 そうしてひとしきり驚くと華陀が締めた。

 

 「もうなんというか『天の技術だから』としか言いようが無いなこれは。」

 『天の御使いだから』などとは一刀からすれば理由になっていないのだが。

 こんなものや当人の知識を総括して評価すると、一同はそう思わざるを得ないのだろう。

 

 

 

 「では皆さん、行きましょうか。」

 「はーいっ」「華陀殿、御主人様を頼む。」「行ってきます。」

 

 因みに。 ぞろぞろと部屋を出て行く際に、

 

 「鈴々 頼むっ、その絡繰を置いていくことは叶わないか?」

 「だめ〜 なのだ♪」

 「華陀〜? 年長者として見苦しい様は自重しませんか?」

 「ぐぅぅぅ… くそぅ、後で見せてもらうからなっ 絶対だからな!」

 

 歯がゆそうで悔しそうな表情でビシッと鈴々に指を刺す華陀に、寧がこれまた歯に衣着せぬ物言い。

 

 「まぁ少なくとも年長者としての威厳とかははここには見えませんね?」

 「ね いさんっ すすいません華陀さん慈霊さんっ」

 「ふふっ いえ 実際そうですので。 華陀も威厳云々を気にするようなタマではありませんわ。」

 

 「威厳? そんなものよりその絡繰だろう常識的に考えて!」

 「はいはい。 では。」

 

 そんな一騒ぎを経て、もの惜しげな華陀を適当に流した慈霊に続いて、女性陣は慈霊と共に街中へと赴き、華陀は一刀が帰ってから二人で部屋にこもることとなる。

 

 

 

 

 ・実は一刀は貴族だったのさっ!!   ナ、ナンダッテー>ΩΩΩ   ネーヨ>Ω

 

 

 

 さて 一刀が慌てて椅子を部屋に戻して宿の入り口まで走った後の話を進めることとする。

 

 階段を駆け下りて外に出ると、横で旦那呼びの男が壁に背を預けて立っていた。 男も飛び出てきた一刀を認める。

 

 呼びに来てくれればよかったのに いえいえ急かすようなまねはできません ってなやり取りの後一刀が男に付いていくと、着いた所は一件の商店だった。

 続いて入ると中は服屋らしかった。 色とりどりの服が棚にあり、奥には夫婦であろう二人が居、笑顔で会釈した。内 夫のほうは旦那呼びの男の面影があるような。

 

 「これらは自分の息子夫婦です。 自分はここで服類の商いをやっていたんですが、こいつが嫁を娶ったのを機に店主を譲ったんでさぁ。

 で、こいつらだけでやらせる店主修行の間、自分はあの村にひっこんでたんで。」

 

 男が夫婦の斜め前に立って紹介すると、奥さんのほうが先んじて一刀に礼を。

 

 「お話は伺いました。 義父に生きて再会できたのも貴方のおかげと言うものです。 ありがとうございました。」

 夫より先に奥さんが一刀に言うと、男は呆れたように息子店主の頭を小突く。 息子も慌てて頭を下げた。

 「おらおめぇ 嫁のがしっかりしてんじゃねぇか。 ったく まぁこの子がいりゃぁ安泰ってもんか。

 って 旦那を置きっぱですいません。」

 男は言いつつも息子店主に手で指示。 すると店主は近くの棚に寄って、なにかをくるんである布を解いて中身を男に渡した。

 

 「これをどうぞ。 同じので計三本でさ。 上の物は棚に並んでるのをどれでもどうぞ。」

 「どうぞ って、そんなにくれるんですか?」

 旦那呼びの男から差し出された物を手に取って広げてみると、それは白いズボン…そういえばズボンって言い方もどうなんだろでもボトムスってのもなんかなぁ…とまぁ作者の小さな悩みはズボンで統一するにして、デザインも一刀の今穿いている物と似通ったシンプルな品で、あえて言えば武道の道着のように若干広めのつくりになっているぐらいか。 素材は綿か何かだろう。

 「えぇ。 道中に皆が礼をしたいっつったら何か服がいいって言ってらしたんで。」

 

 道中のことであった。 一同は桃香達、華陀と慈霊、朱里達、そして一刀は各々旅をしていたら件の村で偶然出会い、行動を共にすることにした、と認識されている。

 で、旅の途中なら何か不足しているものがあるはず、だったら寄付出来る物があればあげると言われていた。

 しかし足りなくなったものといえば華陀と慈霊の医療系の布製品ぐらい。 他には特に貰ってまで足すべきものは無かった。 あえて言えば金銭は増えて損は無いが、流石にそれは憚られる。

 

 そこで一刀の服を貰うことにした。 一刀の持ち物は色々と黒いデイパックに入っていたが、服に関しては着の身着のままのものしか無い。

 「高級品とかじゃ無くて もう普通のがいいです。 気軽に着まわせるみたいな。」

 そう言ったことでの今のこの状況、らしい。

 

 「そんなにっつっても損失は実質無いんです。 自分の分の金子から出すんで。

 貴族の方が着るには安いものかもしれやせんが質はいいものを扱ってるつもりなのでお好きにどうぞ。」

 

 

  いやそりゃ命助けたことを大したこと無いとか謙遜するのは間違ってるのは分かるけどこんなに貰うのもなぁ…

 

 

 と考えていた一刀だったが、向けられたセリフがなんだかおかしかったことが引っかかった。

 

 「…………、ん? 貴族?」

 

 数拍遅れて男にキョトンとした顔を向ける。 すると何を把握したのかは分からないが何かを把握したような神妙な表情になった。

 

 「…その穿き物を見りゃ分かりまさぁ。 自分も衣服を扱って長いですがそんな光沢の出るのは見たこともありやせん。 よほどの品なんでしょう。

 なのに旦那はそれを普段着にしてる。 ってことは相当身分の高い方が余裕無くして、仕方無しにそれを着てるってことに他なりません。」

 

 残念だが他なるのが実情。

 あぁ成程、この反応は自分(一刀)が貴族であることを隠していると考えてるんだなと一刀は察した。

 

 一刀に関しての詳細は一行以外の面々にはほぼ明かしていない。 色々あって旅をしていると昨日他の面子と知り合ってこうして一緒に行動することにした、程度に内情をかなりぼかして説明しているだけ。 素朴な田舎暮らしの人間だったせいか、はたまた深く考えないおおらかな人達だったせいか特に疑問を抱かれることはなかったのだが、まさかいつの間にかこのように解釈と言う名の誤解を生んでいるとは予想外デス。

 

 「あぇ… えと、」

 「いや、いや! 言わなくてもいいんでさ。 今の世の中ですから色々と事情がお有りなんでしょう。

 いい品を普段着にしないとやってられねぇってのに旦那って人は通りすがりに会った人間を賊から身一つで助けた上に人殺しにさせねえよう膝付いてまで……」

 

 なんか勝手な解釈で感じ入って目も潤んでる。 頭を軽くフルフルと横に振って片手で閉じた目を押さえズズッと鼻を鳴らす。

 

 「旦那みてぇな人が苦しい生活しねぇといけねえなんてのは不条理って奴でさぁな…

 ですがだからってそんな高価なものを穿き回すのはいけません。

 似てはいてもこんなもんしか差し上げることはできませんが、是非ともお納めくださいや。」

 

 さぁっ! ってな具合にズイと残りの二本の白い下衣…現代風に言えばズボンを差し出す男性。

 これに対する一刀はというと、

 

 「……、 ありがとう、ございます。」

 

 特に訂正することも無く、素直に受け取った。 表情はなんとも微妙な雰囲気をはらんでいるが。

 

 というのも、なんかもうめんどくさくなったのが正直なところだった。 全てを話すのは論外、それにここでしどろもどろになりつつも他の設定を模索するよりも、これだけ設定が固まっているのならそれに合わせる方がいっそのこと楽なのだ。 …とんだ勘違いであることに変わりは無いけど。まったくよくもここまでの勘違いをしたものである。

 

 「? あの、これではご不満で? なにやらお顔がすぐれないようにも見えますが…」

 「えっ あ いやそんなことないです! すいません なんか疲れてる、のかな〜… あはは…」

 そう適当に誤魔化して、上半身の服を選定すべく手近な棚に足を向ける。

 

 その最中男は一刀が一時持った白いズボンを他の二本と共に元から包んであった布に包みなおしていて、「やっぱあぁいう方が人の上に立つべきなんだよなぁ。」などと息子夫婦に語っていて、それが耳に入った一刀の心境は というと、

 

 

  ………………、 ま いっか…

 

 

 諦めたら試合終了? いまや知るかそんなもん。

 

 本日二回目の、場の状況に身を任せるの法であった。

 

 

 

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 ・理由

 

 

 

 「…ってことがあったりした。 …騙してるわけじゃ無いんだろうけど なんだろ、心が痛むんだよ…」

 「あ はは… だから下の服が違ったんですね…

 でも相当するだけのことはしたんですから、いいんじゃないでしょうか。 ……たぶん。」

 

 不親切設計で申し訳ないが、時間は随分と飛んで時刻は夕刻。 黄昏時とするにはいささか明るさは未だある、そんな空だった。

 

 一刀は人数まばらな街の中心の通りを、途中で会った朱里と共に歩きながら雑談をしていた。

 周りの建物の窓からは灯りがちらほら漏れていて、それらは電灯とは違う揺れる火の光。

 朱里の言うように一刀は早速…とはしても穿いたのは数時間前だが、貰った白いズボンを身に着けている。 上は相も変わらない黒いタイトなスポーツインナーのようなものだ。

 

 

 戻ってからは部屋にこもって時折休憩を挟みつつも華陀と議論をしていた一刀はようやく一通りの収束をつけ、そして体を動かすのを兼ねて街中の散策をと外出した。

 

 桃香達から一時離脱してからはなんの因果か行き違いの連続があったらしく部屋に居ても誰と会うことも無く、しかし今こうしているようにようやく朱里と宿への帰路の上で再会し、各々なにやってたかを話し合っている次第。

 

 「そっちは何を?」

 「私達はあれから慈霊さんと一緒でした。 医家の場所を借りて買ってきた布を切りそろえて当て布や、長い布を細く切って包帯とかを作って補充してました。

 腕を折っちゃった人が こう、腕を吊り上げる袋みたいなので腕を固定してましたよね。 あれをいくつかお裁縫で作ったりもしました。」

 左斜め下の朱里と話しつつ、一刀は怪我人の中に数人、現代の医療で使われているような凝った構造の腕吊具で腕を固定している人が居たことを思い出した。

 袋状の腕保持部分を、首からではなく紐でたすき掛けのように吊る形のものだ。

 

 「ん なんで部屋でしなかったんだ?」

 「医家のお医者さんに腕を吊る袋を教えるって言っていました。 それに生地を売っているお店もあっちのほうが近かったので。」

 「そういうことか。 朱里達も裁縫出来たんだ?」

 「はい。雛里ちゃんも寧さんも上手なんです。

 ……でも、言っちゃダメかもしれませんけど愛紗さんはちょっと…でした。 何回も指を刺しちゃって… そしたら慈霊さんが遠慮してもらいます って…」

 

 その様がなんとなく思い浮かぶ一刀。

 桃香を初めとする皆がやっているのに自分だけしないなんてのは愛紗という人物からしてありえないことだろう。

 しかし手伝おうとがんばったのだろうが、無骨者を自称するだけあって縫い目はちぐはぐ、しかも何度も指を針で刺したのだろう。

 で。 血まみれとまではいかなくとも、血痕のある新品の医療器具なんてのは流石にちょっと と判断した慈霊に笑顔で手伝いを断られたのだろう。

 

 と ここまではあくまで一刀の想像なのだが。 哀しいかな、見ていたのかと問いたくなるほどに間違いが一つも無いのが現実である。

 

 「…あぁ、なんかそんなかんじかもな愛紗は… ん、桃香は?」

 「桃香さんは上手でした。意外と はわっ」

 慌てて口をつぐむ朱里に、一刀も朱里がちょっと失礼なことを言っているのに気付く。

 しかし劉備 玄徳はムシロを編んで生活していたとかなんとか。 それなら手先がある程度器用というのも頷ける話だろう。

 …桃香当人の印象からは、指を針で刺しまくって絆創膏だらけな手をイメージできるが。

 

 「何気無くひどいな、今の。」

 「あぅぅ… あのその バカにしたわけじゃなくて…」

 「っはは 冗談。 むしろ俺も意外っちゃ意外だよ。 って こんなこと言ってたのは内緒、な。

 で、鈴々は手伝ってない、と。」

 「?、なんで分かるんですか?」

 「やっぱりか。」

 いわゆる『ですよね〜』ってやつである。

 その意図を朱里も察してもはや何も言うまいの心地となり、その後の行動へと話を進める。

 

 「その後には慈霊さんが、私達に基本的な怪我の処置の勉強を少ししてくれました。 寧さんの足の捻挫を巻きなおすのを例にしたりです。

 傷口はもう傷が出来てる部分だから、擦り傷の範囲内ぐらいなら多少手荒くても擦るなりして汚れをしっかり落とすことが大事とか、

 足を捻ったらすぐ濡れた布で冷やして固定して、あとは逆に患部を温めたほうが治りが早いらしいです。 湿布は痛みを和らげるのが主で、体が勝手に治す力を促進させるのが捻挫の良い治し方、だとか…」

 

 「そうそう、二日三日は冷やして、それからは温ったかくするのがいいってね。」

 「! それです、慈霊さんも言ってました。 ご主人様もご存知なんですね。」

 「そりゃあ。 俺もたまにやったからな… 骨折とか、基本的に傷ってのは全部同じだよ。」

 「…、やっぱり武術の人は怪我をよくするんですね…」

 

 …あぁ、一応ここで注釈しておこうか。 一刀の骨折に関する経験談は、『その多くが自分が骨折を負わせた対象の治療過程で医師から聞いたりして勉強したもの』である。

 

 さて 話を戻して。

 骨折を想像して背筋が若干寒くなった朱里だったが、話に少し寧の名前が出たことであることが頭をよぎり、

 

 「あの、ところで  えと、…お昼に寧さんが言ってた、ご主人様が黄巾党の一員かもって話なんですけど、

 ……実は私もあのとき、ちょっと考えたんです。  …すいませんでした。」

 

 言い辛そうではあっても真摯な目で白状する朱里に対して、一刀は軽く首を横に振る。

 

 「謝ることは無いって。

 それに二人のことを想って言ったことなんだから、それに対してどうこう言う筋は無いよ。」

 「え…?」

 どうして自分達のためと知っているのか。 それの答えはすぐに一刀から知らされる。

 

 「あぁ、さっき寧と会って今みたいにちょっと話して。その時に言ってた。

 『朱里ちゃんと雛里ちゃんへの危害の可能性は少しでも減らしたいんで』 とか、

 『性格悪いのはワタシだけなので二人は嫌わないで下さいね?』 ってさ。」

 こうも堂々とした開けっ広げはもはや賞賛にすら値するんじゃなかろうか。

 しかし二人を嫌うなということは即ち寧自身は嫌われて構わないと言っているに等しいことをすぐに逆算した朱里は慌てて弁解。

 

 「嫌うっ…  あ あのっ、寧さんはほんとに思ったことそのまま言ってるだけでっ、 だかりゃぅぅ…」

 「待った待ったっ、 嫌味無しのあの言い方ですぐ嫌いになるほうがどうかしてる。

 寧が性格悪いなんて思って無いし、朱里のことを嫌いになんかもならないよ。 あ と、雛里も。」

 

 一刀のセリフと同時に別のところにいた雛里が「ッ くちっ」と可愛らしいくしゃみをしたのはさておき。

 

 「それに怪我してまで二人を逃がそうとしたりしてたし、今も朱里が寧のことフォローしてたし。」 

 「…、ほろぉ?」

 「ぁっと、 …弁護、擁護? まぁそんな意味  っ、『ほろぉ』って。 なんか可愛かった。」

 虚を突かれた様子で小首をかしげ、見上げながら『ほろぉ?』などと気の抜けたような疑問形を漏らした朱里はなんとも可愛らしかった。

 可愛いなどと言われたせいか朱里の頬に朱色がボッと差す。

 

 「っ!  かか からからないでくださいぃ…」

 「からかわないで、ね。 笑ったのは悪いけど可愛いのは本当。 小動物みたい、って言うんだろうな。

 って なんの話してるんだよ俺は……」

 馬鹿なこと口走った と思い自分に呆れた様子で側頭に手を当てて顔を逸らす一刀だが、その一刀の隣で恥ずかしそうではあっても

嫌じゃないのであろう朱里の顔色から心境は察することとしよう。

 

 「とにかく。 自分を盾にしたり、友達が慌てて擁護するような人が嫌なやつとは思わないからそこは信じてくれていい。

 あと黄巾党の一員じゃないってのもついでに。」

 「はわぅぅ… 思ってませんよぅ…」

 「…ぅ、悪い、最後のは冗談のつもりだったけどタチ悪かった。

 でも俺や桃香達がそうかもって考えたら、朱里と雛里を大事に想ってる寧からすれば警戒するべきなんだろうな。

 寧は朱里と雛里が大切で、二人も寧が大事、な?」

 

 天然なのか単なるボケなのか判断に苦しむ一刀の発言にやられっぱなしの結果俯き気味に頬を染めた朱里。

 しかし話が大切な部分に到ったことではたと顔を上げる。

 

 「…それは、もう 絶対です。 水鏡塾に身を寄せたときから、寧さんは…」

 「? …身 を?」

 「ぁっ  は い、

 …水鏡塾は身寄りの無い子を水鏡先生が引き取って、私塾で共同生活をしてるところなんです。 そう人数は多いわけではないですけど…」

 

 聞いた一刀は瞬時に予感した通りだったことで申し訳ない表情に。

 

 「身寄り、が … そっか…  ……ごめん。」

 「そ そんな、謝らないで下さいっ  もう随分前のことです。

 それに口を滑らせたのは私ですから、気にしないで下さい。」

 「…悪い。 あ、水鏡塾に来た経緯とかは言わなくていい。 流石にそこまで聞いていいとは思えないから。

 

 ぇっと、 …露骨に話変えるけど、寧は朱里に優しかったんだ?」

 

 無理のある話の逸らし方ではあるがそれは前提。それに朱里も合わせる。

 

 「は い。 …私は来たばかりで、寧さんは周囲から少し浮いてたので…状況が似通ってたせいもあったのかもしれませんけど…

 いえ、そうじゃなくても寧さんは普通に接してくれてたって、思ってます。」

 気まずくなった時点で切り上げても良かったのかもしれないが、こと話題がこれに至った朱里の表情はちょっと明るくなった。

 理由は寧のこと だからだ。 人間自分が好きなことに関しては饒舌になるものだが、今の朱里は寧に関してのことがそれに該当する。 大切な友達のいいところを挙げる機会に至った今が嬉しいのだ。

 

 「寧さんは その ああいう人ですから、どうしても苦手に思う人はいるんです。

 事実私が来るまでも水鏡先生以外の人は敬遠にしてた って、先生と寧さんは言ってました。

 私と、次に雛里ちゃんが来てからも、やっぱり寧さんだけはちょっと遠巻きでした…

 …寧さん本人は全然気にしてませんでしたけど…」

 「…あぁ成程 もうなんかほんとに寧ってかんじだな。」

 詳しい部分はまだ分からないが、マイペースである種傍若無人だとは分かる寧。 初対面の相手であっても、また周囲が自分をどう思って扱っているのかを自覚していてもそのありようは変わらないのだろう。

 

 「でも 私と雛里ちゃんはなんだか、…馬が合ったって言うんでしょうか。今こうして一緒に居るぐらいに仲良くなれたんです。

 特に雛里ちゃんは早くに寧さんと仲良くなってました。 雛里ちゃんは引っ込み思案ですから、逆に寧さんみたいな人が合ってたんだと思います。

 優しかったって言うより、寧さんそのままで接してくれたんです。 率直に言って、すぐさま行動して。

 私達に無いところを持ってる寧さんだから、私達の大切な人になったんです。」

 

 雛里ほどではないにしても押しの弱い朱里だが、そんな朱里が寧のことに関しては上向き調子な印象の多弁となったことで、一刀も本当に朱里は寧のことが好きなんだなと思った。

 

 「立ち位置は友達とかよりは…姉妹、が近い?」

 「寧さんは保護者だって言ってます。」

 「…寧はむしろフォローされる側じゃないか?」

 「ぁはは…そう ですね。 けど寧さんは私達を守ってきてくれてます。

 今日みたいに代弁するように言ったり、自分に矛先が向くようなこと言ったり。 私達、守ってもらってばかりです。」

 

 と、再度の『フォロー』の単語には早くも適応した朱里だったが、ここで朱里の声の調子が少し低くなった。

 

 【あのこと】を朱里は言うつもりは無かった。 しかし話がそのことにわずかに掠ったことで無意識の内に頭の中に思い浮かんで、

 

 「ほんとに あの時も… ぁ、」

 

 何事かに言い及びかけ、しかし言葉を途切らせて朱里は目を伏せた。

 

 「?」

 「ぁ の、 えっと、     ……実 は、」

 

 タブーに触れたかのように一気に意気消沈し、その様は蝋燭の火が吹き消される様子を彷彿とさせるものだった。

 

 朱里は朱里で慌てていた。 このことは話題として出すつもりは一切無かった。 でも頭に浮かんでいたせいか口をついて出て、考える間もなく頭がはわはわしてしまったことで誤魔化そうにも誤魔化せなくなってしまった。

 だから不本意でも、主である人にはちゃんと言わないと などといった考えに至り、寧に悪いとは思いつつも【あのこと】を言おうとした。

 

 が。

 

 「待った。 言い辛いなら言わなくていい。」

 

 言い辛い以上に言うべきではない そんな雰囲気を感じた一刀は、それでもどうにか言おうと顔を上げる朱里に説明を憚らせた。

 

 「でも、主とした人には言ったほうがいいのかな、って…」

 「そんなの気にしなくていい。 それに寧に関係することだってなら、本人が居ないところでいうのは人としてどうかとも思うし。

 言い難いことをわざわざ言わせる気なんてさらさら無いよ。」

 人間誰しも言いたくないことの一つや二つはあって当然。 それも一番近しい存在が言及をあそこまで分かりやすく躊躇するのなら、それこそ当人以外の口から他の人間に知らされることはあるべきじゃない。

 一刀自身も、もと居た世界では周囲の普通の人間には自分の武術に関わる一切は秘密にしてきたし、今の仲間とした皆にも自分の中々に苛烈な一面は隠している。

 

 だったら一刀も朱里に説明を強要したりなんかしない。朱里が大切に思う寧の言うべきではない過去であるなら尚のこと、だ。

 

 「もしこれから先、俺のことをその話をしてもいい奴だって思ってくれた時がくれば、その時に話してくれればいい。

 …そもそも主とかってまだ実感無いし、主とした人には意思を封殺してでも絶対服従 みたいなのが普通だって言うなら、俺はその風潮に従うつもりも無いよ。」

 まだ少し明るい夕映えの中、一刀は朱里を諭す。

 

 それを見上げながら聞いていると、朱里は昨日一刀に初めて会った時を初めとすることがフラッシュバックした。 直前に優しい声音とふと浮かべた笑みを朱里がちょっと意識したのは文の流れからは置いておくとして。

 

 夕日の中現れ、自分達を下がらせた後には圧倒的な暴力をもって賊を全員叩き伏せた一刀。

 なのに、それほどの力量を持ちながら態度はあくまでどんな相手でも対等であり、また主とされても対等であろうとする一刀。

 

  ぁ…  そうだ……

 

 で、朱里は自覚した。 なにをと言えば何度か出てきたことだが、一刀は『強いのに優しい』ことである。

 

 思えばどうして、元来『強い=なんだか畏怖』の構図があってしまう自分がこうやって一刀とある程度睦まじく会話出来ているのか。そもそもどうして共に行くことになったのか。

 理由はひとえに根底の性分に因る。

 殺しを止めさせて、今も朱里を気遣って言及を憚らせた、唯々へらへらと優しいだけではない己の確たる意識からの仁心。 こうして共に行くことになったのも、それが醸す雰囲気に魅かれたのが理由だ。

 他者を思いやることは人として当然の心情だが、『強いのに優しい』の言うなればギャップでより強く魅かれているのである。

 

 否 単なるギャップなんかではない。 ギャップ云々はあくまで魅かれた理由の表層部分を切り取って文章化したものに過ぎない。

 本質はそう、それらの源泉である一刀の根底に他ならない。

 

 ならば。

 

 自分が魅かれる一刀の要素故に、その一刀が対等でいようと言ってくるなら。

 

 従う 否、応じるに是非は無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …でも、

 

 「それでも やっぱり…… 私達の中では主に対してはきちんとしないといけないって思っちゃいますよぅ…」

 

 良い人と断じたからこそ、尚のこと主従意識は強くなるのである。 長々と地の文で脚色してはいても理由はどうあれ。

 

 「だからそんなきちんとすること無いん… って言ってもだめなんだよな……

 ん〜… じゃあ、 『諸葛 孔明、主として命令する。 今後俺に対して気楽にしろ。】 …とか言ったらどうする?」

 するとここでまさかの一刀による強硬手段が行使された。

 「は わぅっ!? ぇえぅとそのなこと言われれみょうぅ…」

 主として命じられたことには従うべきだが、その内容は自分が絶賛葛藤中である主従意識と相反すること。 かと言って出来ないということは自分の意識からの都合を主の命よりも優先することにもなる。 

 奇襲的に二律背反な問いをキラーパスされて朱里は目をぐるぐるさせて頭がはわはわ。

 そんなもじもじする朱里が、なんとも可愛く若干面白くなってきた一刀は自分のムチャ振りを撤回する。

 

 「っ はは、冗談 ってか仮定の話だよ。 ま この分だと対等になるのは時間かけていくしか無い、かな。」

 「ぁえっ は はぃ、しゅぃま せん…」

 「謝らないでいいって。」

 「あぅ ごめんなさい…」

 「だから、

 

 …ったく だめだ、やっぱり可愛いよ朱里は。」

 

 当人にそんなつもりは無いが、とどめとばかりに困ったような顔で言う一刀。

 

 「!! だだだからっ も もぅ また冗談言わないで下さい…」

 「だからさっきも言ったろ、可愛いのは本当だって。」

 「はっ わぅぅ…」

 

 少なくとも、傍から見ればとりあえず仲良くは見えそうだった。

 

 

 

 ・

 

 

 

 さて宿まであと10メートルといったところまで戻ってきたとき。

 

 「おやご主人サマにようやく再会ですね。お昼ぶりです。 朱里ちゃんと一緒だったんです?」

 その宿の入り口から他の客と入れ違いになる形で寧が出、一刀と朱里に気付いた寧は白い羽織をなびかせながら近づいてきた。

 

 「うん。 つってもさっきそこで会っただけだけど。」

 「では一緒に戻りましょう。 それであの腕輪がどうして動いてるのか説明して欲しいです。」

 寧の促しに乗って戻ろうとすると、

 

 「あの、」

 斜め後ろの朱里がおずおずと声をかけた。

 

 「ちょっと…寧さんに話したいことがあるので、ご主人様はお先に。」

 「ん? 分かった。 それじゃ。」

 疑問に思うことも無かったので一刀は二人に先立って前方にある宿へと帰っていった。

 

 後。

 通行の邪魔にならないよう二人は近くの家屋の壁際に寄り、朱里は寧に先程のこと、即ち寧が過去にやった『あること』を一刀に言いかけてしまったことを打ち明けた。 

 

 「…ごめんなさい。勝手に言おうとしちゃって…」

 親しき仲にも礼儀有り、否むしろ大切な友達が過去にやったことだからこそ、ついうっかりで言うべきでないこと。

 それをうっかり言おうとしてしまったことで、朱里の表情はうかないものだった。

 

 「いえワタシとしては別に言ってもらっても構わないっちゃ構わないですよ? まぁ朱里ちゃんとはいえど他人にあのことを言わせるのは申し訳ないですが。 けどまだ短い付き合いの人間の重い話なんか聞かされてもしょうがないでしょうから。

 ご主人サマが言うようにもっと時間を重ねてから言うことにしましょう。」

 

 寧が言うことは基本的に本心そのままである。だから構わないと言っているならそれは嘘や気遣いなどではない。

 しかし。 朱里が自分を気遣っていることもまた百も承知。 なればこそかわりに自分でわざわざ一刀に言うこともしない。

 

 これもまた、長い付き合いによって出来たツーカーである。

 

 「しかしご主人サマは優しい人ですね。 単に押しが弱いって言うことも出来る気がしますが。」

 「押しが弱い とかとは違いますよ、仕えてる立場の私を気遣ってくれたんですからっ

 それなのに、あんなに優しい人なのに寧さんは賊軍だなんて疑ったりして… いえ私もですけど…」

 「ですからあれはなんとなく頭に浮かんだ懸念が口をついて出ただけですよ? 流れに乗ったせいでどんどこ言及が深まって行っちゃいましたけど。」

 「結局元凶は寧さんじゃないですかっ!」

 

 堂々且つしれっとしていながら最後は自爆ってどうなんだろ。

 

 「そこはそれ、ご主人サマの寛大さを享受しましょう。 正直かなり失礼なこと言ってるワタシなのにほんとに気にせずむしろ評価してくれるぐらいの懐の深さは貴重です。」

 「自覚があるなら省みて下さいっ!」

 「おや、愛紗さんに言われたことと同じですね。

 

 まぁなにはともあれ、」

 そう言うと寧は隣の朱里の背後にゆらりと回る。

 

 そして寧はおもむろに両腕を広げて、後ろから朱里の首に腕を回して抱きついた。

 バサッと白い羽織の袖で包まれて朱里の上半身が大半隠れる。

 

 「寧さ ん?」

 「朱里ちゃんが自分もご主人サマを疑ってたこと、正直に言ってくれたのはありがとうですよ。」

 

 朱里が正直に一刀に言ったのは、寧だけに悪印象を持たせないため が大きい。

 寧としては別段自分が避難されようが気にはしないが。 

 

 「…気にしないでいいです。」

 「これだからワタシは朱里ちゃんが好きなんですよ?」

 

 やはり自分のことを想ってくれるのは嬉しいものってことである。 ギュッとわずかに寧の力が強くなった。

 

 「では宿に戻りましょうこのまま。」

 「う、動きづらいし恥ずかしいから離れてくださいよぅ…」

 

 密着状態では前に進むだけでもやりにくいのだが、

 

 「ワタシは気分的にこのままのがいいです。 それにすぐそこですし。」

 「はわぅぅ…」

 

 分かる。 こうなった寧には何を言っても柳に風。 そのことが分かっているから。

 それに、ちょっと…いや実際はかなり恥ずかしいけど、決して嫌ではないから。

 

 寧に後ろから首に両腕を抱きつかれた朱里はその状態のまま、二人でよたよたと夕色に傾く街中を、通行人に結構な頻度で見られつつ宿に戻っていった。

 

 

 

 

 「ふー」

 ところで道すがら、何を思ったか寧は朱里の肩越しの背後から耳に息を吹きかけた。 ツンと尖らせた寧の唇から、細い吐息が当たるか当たらないかの距離の先の朱里の耳の中を舐め回す。

 するとビクンッと瞬間的に朱里の体が寧のホールド、纏う白い羽織の中で小さく爆ぜた。

 

 「ひゃわぅっ みみ耳にふーってしないで下さい! そもそもなんでしたんですかぁ!?」

 寧の腕の中で身じろぎする朱里。でも寧は抱き付きを解除はしない。

 朱里が体をよがらせ 間違えたよじらせただけだったから、というのもあるが、理由の大半は放す気なんかさらさら無いから、である。

 

 「いえ なんだか こう、キたんでしょうか。なにかが。」

 「聞かないで下さい!」

 「これでも耳をはむって噛むまでいこうかどうか逡巡したんですよ?」

 「知りませんっ!」

 

 …、人の目がある中でなにやってるんだかこの二人は。 なんか寧の表情も心なしか上気してるようなそうでも無いような。

 

 「嫌なら嫌で腕とかに噛み付くなりなんなりしてくれて構いません。 むしろ甘噛みならどんと来いですね。」

 「しませんっ もぅいいから帰りますよっ!」

 

 『きまし』なる名前のタワーが建っても、作者のあずかり知るところではない。 

 

 

 

 

 ・皆からすりゃUNKNOWN

 

 

 

 さて一方、一刀は先に宿に入って階段をトントンと上り、廊下に出て部屋のほうに向くと丁度鈴々が自室である大部屋に入ろうとしていたところで一刀の音に気付いて振り返る。

 

 「あ お兄ちゃんお帰りっ 」

 鈴々に返すように「よっ」と手を軽く上げると鈴々も同じく手を上げて小走りで一刀に近づいてきた。

 その場で二言三言交わすと、

 

 「そうだ、お兄ちゃんはいこれ。」

 腰の斜めにクロスさせて巻いている二本のベルトの一方を外して、通してあった腕時計を抜くとそれを一刀に渡した。

 

 「ん、時計 って、誰かに見られてないよな?」

 「うん、慈霊が布で巾着みたいにくるんでくれてたのだ。」

 むき出しで腰に提げてたのかと心配になったが、どうやら慈霊が気を利かせてくれたようだった。

 

 「成程な。 それでどうだった? つっても動く以外になにかあるわけじゃなかったろうけど。」

 「面白かった! いつ見てもずーっと針が動いてて、それと全部の針がなんか勝手に動いてた!」

 おそらく秒針のほかの長短両針のことを言っていることと思われる。 ニッと口角を挙げる様は可愛らしいものだ。

 そこへ、

 

 「お 丁度いいですね。 それでご主人サマ、どうしてこれって動いてるです?」

 軽い足音が二人分一刀の後ろから。 振り向くと朱里と寧が追いついていて、並んでこちらに向いていた。

 

 「んっ それ鈴々も知りたい! 桃香おねーちゃんは水車がその中に入ってるって言ってたのだ。」

 「水車っ? ……、あぁ動力源ってことか。 いやそれは無い。 けど …ん〜、」

 「あ の、…とりあえず立ち話じゃなくて、私達の部屋に入りませんか?」

 「おや、こういうのも男性を自室に招く ってことになるんでしょうか?」

 「自室って寧達で共同だろ。」

 寧の発言に「もぅ…」と朱里が少し赤くなって、一刀が流したところで朱里が言ったようにとりあえず皆で大部屋へと入ることにした。

 

 中には他の面々に華陀も居た。

 

 「おぉ一刀殿帰ったか。」

 華陀は慈霊と同じ寝台に共に腰掛けており一刀が入ってくると手を軽く上げる。

 

 「あ、ご主人様お帰りなさい。」

 「お帰りなさいませ。 …ぁ、座したままで申し訳ありません。」

 華陀と慈霊が腰掛けるものと隣り合う寝台には桃香、愛紗、雛里が座っていて、内愛紗は足を伸ばして寝台の上に座り、桃香は愛紗の足に包帯を巻きつけていた。

 「いや別にいいんだけど 愛紗、それどうしたんだ?」

 「ん、これか? ちょっと捻挫の理屈についてをな。 ついでに巻き方の練習を愛紗くんを相手に桃香くんがやっていたところだ。」

 「ですので別段愛紗さんが怪我されたのではありません。 ご安心下さい。」

 

 とまぁ 昼ぶりの再会の挨拶もそこそこに、「とりあえず華陀の隣にでもお座り下さい。私の寝台ですので。」と言う慈霊の言葉に甘えて、慈霊とで華陀を挟む形に連なって座った。

 で。 腕時計の仕組みについての談義と相成った。

 

 「説明しろって言われても俺自身もどうとも言えないんだよ。 電子とかイオンとか… それに説明するにしても…

 近いので言ったら あれだ、雷。 あれと同じようなので動いてるって言ったら」

 そこで一刀は言葉を切った。 なにせ、

 「!! そ れじゃこれって、」

 「雷の力を使ってるのだ!?」

 「…うん、華陀もそうなった。」

 あぁもう分かりやすいな ってな具合に桃香に鈴々、キラキラした目の二人が食いついてきたからだった。 後ろでは愛紗と雛里が目を丸くして、慈霊はどういうことなのか な表情で頬に手を添えている。 ただ華陀は一人、皆の反応を苦笑しながら見ていた。

 華陀は実は一刀との会議の前に、時計がなんで動いているのかを聞いていた。

 その際に言ったのと上記の一刀のセリフは同じもので、しかしそれを聞いた華陀はこれまた上記の桃香と鈴々と同じリアクションをしている。

 

 たぶん桃香や鈴々の頭ではあれだろう、導師服の人間がなんらかの力で頭上にふよふよ浮かせた腕時計に、四方八方から雷を落としてその力を封じ込めているだとかの画を想像しているんだろう。

 だが残念、そんなのは現代でもありえない光景である。 むしろあるなら見てみたいぐらいだ。

 

 「とりあえず違う。 たぶん想像してるファンタジーなのとは違う。」

 「はんたじぃ ってなんなのだ?」

 「あぇっと 妖術とかそんなのじゃ無い。

 ん〜… とにかく妖術とかじゃないけどなんかよくわからない力を使ってる、ぐらいに思ってくれればそれでいいよ。」

 と ここで一刀、こういった皆の反応がなんだか面白く思えてきて。

 「もう詳しい説明をしないのを前提に言えば そうだな、

 陽の光を電気っていうこれを動かす力に変換してる、って言っとく。陽の光さえあればずっと動くよ。」

 「光で 動く って、」

 「??」

 流石にここまでくるともう理解の範疇を超えているらしく、これが妖術じゃ無いならなんなのとでも言いたげな桃香はいいとして鈴々なんかは

ポカンとしてしまっている。

 

 「針は米粒ぐらいの歯車で回してる。 あれ これって電気 だけど歯車使ってたっけ… 竜頭はあるけど…」

 「やはり歯車か 待て そんな小さいのか!?」

 話がムーブメントに及ぶと、これに関しては華陀も初耳なのでここからようやく皆と同じく驚くこととなった。

 

 「あ、言ってなかったか。 今だと歯車って使ってる?」

 「指南車は あぁ 常に同一の方向を指し示す絡繰はゴットヴェイドーの本部に数台あったがそんな歯車はまず作ることすらできんだろう。

 内部…は見れんか。」

 「いくらなんでもそれはちょっとな… 下手にいじって直せなくなったら洒落にならないし。

 …でも竜頭動かすくらいならいいか。 ほら、横の出っ張り引いて回してみて。」

 「引いて お 動くな。 そして回s おぉっ!? 長い針と短い針が回って しかも回転数がそれぞれ違うのか!?」

 「! 見せて鈴々にも見せて!」

 やはりいつの世もメカニカルは男のロマンらしい。 目に星を浮かべて面白そうに竜頭を前に後ろに回す華陀と、それを覗き込む鈴々…は男じゃ無いけど。

 

 他の面々にも針を回すのを華陀が見せると、目を丸くする朱里や雛里とは違い傍目には無反応な寧が一刀に訊いてきた。

 「それで結局これってどういう道具なんです?」

 「今の時間を示してる。 まぁここだと時間を一定で規則正しく計れる、ってところか。 一番早く動いてる針が60 いや120周したら一刻、だっけ。 速さが一定なんだよ。」

 「時計 ですか… 香を燃やして時間を計るものは聞いたことがありますが 成程、まさしく『時計』なのですね。」

 平坦ではあってもそれなりに好奇心が湧いているらしい寧の問いの答えに愛紗も穿った感想を。

 

 こうした面々の反応の極め付けが、

 

 「一刀殿っ お前は凄いな本当に!」

 感極まったらしい華陀のこれであった。 もう目がキラッキラしてたり。

 

 「なんかもう凄いとしか言いようが無いが凄いな! 知識に道具に、未だ見ていないが武も相当のものと聞く!

 こうしてまみえることが出来たのはオレにとっての幸運だぞ!」

 「いや華陀、これ作れとか言われても無理だし知ってることもそう深くは無いんだって。 籠ってるときも言ったけど。」

 「だがオレのこの気持ちは本物だ。 第一共に話を進めただろ、あの内容だけでも十二分だ。 なっ。」

 感極まったらしい華陀は一刀の首に腕を回す。 即ち肩を組む形に。ガッシと。 そして回した手で一刀の肩をバシバシ叩く。

 「痛い痛い。」

 本気で痛がってるわけではないが、それが分かっているからか華陀は一刀の言を無視。

 「オレはかなり気に入ったぞ。 まったくお前と言うやつは面白い!」

 その様子は心底嬉しそうだった。屈託の無い…とするのは年少の人間のほうが合っているのだろうがそんな笑顔で嬉しそうにしている華陀の頭に狙いを定めるのが一人。 いつの間にか右手に玻璃扇を持って打面を左手にポンポンさせている慈霊だ。

 

 「あらあらどうしましょう暑苦しい。 暴走とまではいってませんが迷惑と仰るなら離れていただければ即座に叩き込みますのでさぁこちらへ。」

 「待った いいって、居た所でも似たようなやつ居たから慣れてるからっ」

 手招きする殺る気 もといやる気満々な雰囲気の慈霊に一刀は片手を突き出して制止する。

 「……というとは だ、こうしていればオレは慈霊の魔手から逃れられる、と。」

 「なに俺を盾に使ってるんだよちょっと。」

 「そんなことはしないぞっ、言うなれば護符だ。」

 「訂正になってない!」

 なに男同士でくっついていちゃこらやってんだか。

 

 とまぁ、すでにあの馴れ馴れしい関西弁調の声が懐かしく思えて、掛け合いを少し交わしたところで、出入り口の扉がコンコンと叩かれた。誰かと思って愛紗が扉を開けると立っていたのは宿屋の看板娘で、

 「どーもー、ご夕食のお時間ですよ。」

 とのこと。 しかし一方がもう一人の肩に腕を回してる男二人を見ても特に反応しない彼女のスルースキルも中々である。

 

 「おっ ご飯っ? なら早く行くのだ!」

 

 かくして真っ先に寝台から飛び降りた鈴々を先頭に、一行は夕食を摂るべく部屋を後にした。

 

 のんびり廊下を行く一行は途中にも雑談を交わしていった。

 

 「華陀さん、ご主人様そんなに凄かったんですか?」

 「それはもうなっ。 一刀殿は良かった。実に良かったぞ。詳しくは後で講義だが真実大したものだ。

 自分の中の靄が払われた心地だ。 なかなかに良い相性らしいなオレ達は。」

 桃香の『一刀は凄かった』の部分を自分のことのように嬉々として華陀は語る。

 「相性が良い か、たしかにな。

 でも凄いのは華陀のほうだって。 俺が天の御使いだから知ってるってのはまだ分かる理屈だけどこの世界の人があれ知ってるのはどう考えてもおかしいって。」 

 「あれ とは?」

 「あとで、ね。 さらっと言ったところで結局全部話さないとわかったもんじゃない。」

 内容が気になった愛紗の問いを後に回したところで。

 「まぁとにかく。オレも一刀殿も異常ということで納得しようじゃないか。 なっ。」

 「よりによってなんで『異常』で括るんだよおいっ 」

 「はっはっは、 細かいことはなんかもうどうでもいいな今は。」

 「話聞けっての!」

 言うと華陀はまたもや一刀の肩に腕を回して楽しそうで嬉しそうな笑みでバシバシした。

 同時に先と同様の状況であることに気付き一刀は隣の慈霊に顔を向ける。

 

 「あ ちょ 慈霊さん、叩いたりしなくていいからそこんとこよろしく?」

 「ふふっ ええ、これに関しては一刀さんの意見を尊重させていただきますわ。」

 手をフルフルさせて一刀が意思表示すると、慈霊は小さく笑って受理した。 その笑みにはなにか別の意識も込み。しかし流石にそれは一刀にも察することは出来なかったが。

 

 「なんかいいですね朱里ちゃん雛里ちゃん?」

 最後尾辺りでは朱里・寧・雛里の三人が何らかの会話。

 「いい って !! ねね寧さんそういうのはせめて私達だけのとこで!」

 「いえ普通な意味で ですよ? 仲良いのは男女の別無くいいことなので。」

 「そ そう、だよ ね…」

 「まぁアレな展開を妄想する意味でもありますけど。 『一刀殿は良かった』とかもうその言葉だけで充分です。」

 「なにがですかっ」

 「ところで咎めるのもいいですが。 ワタシの話の振りにすぐあっち方面が思い浮かんだのも朱里ちゃんですので。」

 「あぅ ぅ… それはそうですけど…」

 そんな話題で首里の声が高くなると、

 「…? 何を騒いでる?」

 耳に入ったのか愛紗が後ろに顔を向けた。

 「は わぅっ!? ななにもなないですよ愛紗さんっ!?」

 「御主人様がいいとかどうとか…」

 「まぁ言ってもいいですが愛紗さん? 内容としてはお昼の結ばれる云々とかになりますがそれでも聞きます?」

 「! な ならいいっ!」

 今までのことを考えて、ぶっちゃけるのではなく茶濁しを取った寧。 それによって愛紗はぷいと顔を背けて前へと足早に。

 「これぞ肉を切らせて骨を断つ ですね。」

 「絶対失ったもののほうがおっきいと思う…」

 「またそんな話してるのかって思われてますよぅ…」

 それでも話がそらせたのはよしとしよう。 これぞリアクティブアーマー式結果おーらい(謎)である。

 

 そんなアホなこともありつつ、一行は一階の食堂へと降りていった。

 

 

 さてそれからは皆で卓を囲んでの夕食の時間だった。

 外の明るさが失せていくのと一緒に屋内の火の明るさは際立っていき、それらの推移と共に食事は進んだ。

 

 ついでにその食事風景を抜粋しておく。

 

 

 「うん みんなでお裁縫したの。 私だって上手なんだよ。

 そうだ、ご主人様や華陀さんもできるの?」

 「俺は普通に縫うぐらいなら出来るけど何か作るってのはちょっとね。」

 「オレも出来るは出来るぞ。 まぁ人体を縫うことに比べれば布を縫うのは簡単だな。」

 「…いや ちょ、その例えは食事中に出すのも含めてどうかと。」

 「あ はは… ちょっと食べる気無くなっちゃう かな…」

 「そうか? オレは縫った直後でもガッツリいけるんだが。」

 「華陀は、ね。 …もしかしなくてもこういうことでも慈霊さんに怒られたりは、」

 「おぉ、するな。」

 「ってことでこれからは気をつけるように。」

 

 

 「鈴々ちゃん、野菜の類も食べないと体に悪いですよ?」

 「む〜? だって野菜とかよりも肉とかのが体おっきくなるのだ。 それに野菜食べなくっても死んだり」

 「しますよ? 現に一人、野菜を食べないとどうなるのかなどと実験して倒れたおバカを知っていますの。

 倒れては武器を振るうもなにもありません。」

 「死ぬっ の…? …でも鈴々野菜とかたくさん食べるの好きくないのだ…」

 「それはそれ、主菜と一緒に流し込む手があります。」

 「…、そっか、慈霊頭いい!」

 「ふふっ いえいえ。 私は私で肉が今一つなので。」

 「んぅ? 肉嫌いってなんで?」

 「それは鈴々ちゃんが野菜を好まないのと同じことですわ。」

 

 

 「(はく はくっ)」

 「…」

 他が前述の会話をしている中、雛里はそれらを聞きながらも箸を動かしていた。その雛里にちらちらと視線を動かすのが一人。

 「…愛紗さん? 雛里ちゃんがどうかしました?」

 朱里に気付かれてはたと目を逸らしたのは愛紗だった。

 「あ いや、なんでも…」

 「そうです? お昼とかも縫ってる雛里ちゃんを見てたりしてましたが。 気に食わないことがあればはっきり言ったほうが相互のためになるので宜しくお願いしますよ?」

 するとまたも寧が爆弾投下。

 「あ ぅ…  ご ごめんな さい…」

 「! ま 待て別に謝ることはなにもしていないだろうっ 寧も寧だいちいち物々しい言い方はやめろ!」

 「と いうことは悪感情からではないんですね。 慌ててるのは雛里ちゃんの反応からですし。」

 「!  も もういい!」

 「もしかして可愛いの好きです?」

 「な ぜそうなるっ!」

 「いえワタシの中では『雛里ちゃんや朱里ちゃん即ち可愛い』なので。 なんとなく。」

 「ね 寧さん〜…」

 「…ぁぅ」

 「違 うぞっ 私は別に!」

 「まぁ悪感情が無いってならなんでも構いませんワタシは。 むしろ二人を可愛いと思ってくれるのはワタシも嬉しいので。」

 「だから違うと! 別に可愛くな じゃなくて!」

 愛紗は慌ててよく分からない弁明をしているが。 雛里の所作がいちいち可愛らしいのは事実であり、つまりは まぁそういうことであった。

 

 

 そうして上記の如くわいのわいのとやりつつ時間は過ぎ、

 

 場面は夕食終わりの、一段落ついて大部屋に会したときへと移る。

 

 

 

 

 ・Cell

 

 

 一刀一行は複数本の蝋燭でまぁまぁ明るくなっている大部屋に会していた。

 陽も落ちて当然部屋の中に電灯の類は無いから真っ暗もいいところだが、しかし蝋燭という光源もなかなかに馬鹿には出来ないものである。

 

 「大勢で蝋燭囲んでると怖い話するのを思い起こしますね?」

 

 ふと思いつきで寧が朱里雛里にそんなことを言うと、背筋にびりっと小さい電気が奔ったのが一人。

 

 「? なんで怖い話なの?」

 「水鏡塾では時々やってたんです。 暑くなる日とかにはせめて背筋だけでも涼しくしようって。」

 

 桃香に応じる朱里の斜め後ろで、小さな身じろぎすらぎこちなくなっているのが一人。

 

 「あぁ …そういうのってどこでもあるんだな。」

 「天の国でも怖い話とかするのだ?」

 「まぁね。夏の風物詩で。 俺は話すのも聞くのもあんまり得意じゃないけど。」

 「ではいつか皆でやってみます? これは自慢しますがワタシの作った話で何人か失神したことがあってですね?

 …っと、これは 雛里ちゃん、あれとか話してもいいです?」

 「………、 っ!! だ ダメッ」

 「ってなわけで控えさせてもらいますね?」

 「ん? なんだ雛里くん、漏らしでもした(ズバァンッ!)痛だぁっ!?」

 「華〜陀〜? 女の子に対してのそういった物言いは馬鹿の極みの垂れ流しですよ?」

 「えっと… と りあえず雛里ちゃんはそうじゃないです。」

 

 さて。 ここまでで会話に入ってこなかったのは誰でしょう?

 

 「ぃ今はそのようなことを話している場合ではないだろうっ」

 

 答えは声が妙な具合になっているこの人。

 「? 愛紗ちゃんどうしたの?」

 別段声を強くしてたしなめることでもない話題への合わない反応を呈した愛紗だった。 心中では背後の暗い部屋の隅をなにやら意識しているがそれを表には出さない。

 

 「えっ ぁ いや すみません…」

 「?」

 しかしながら、

 

 「でも愛紗の言うことも尤も かな。 ってわけで華陀、いいかげん始める?」

 「それもそうだな。 ふふ ようやくお披露目になるわけだな一刀殿! なんだか知らんがテンションが上がってきたぞオレは!」

 「分かったから落ち着く。」

 

 これによって話題は本筋へと軌道修正されたからよしである。

 

 「てんしょん って?」

 「気持ちの調子 か。 上がれば上向きになって下がれば気落ち、かな。」

 「元来『精神的な緊張』を意味するようだな。 転じて糸や布の『張り』に通じるのだろう。

 いや一刀殿と話している中でこの単語が出てな。 情報を纏めるとこうなった次第だ。」

 

 鈴々の質問に二人で応じたのを最後に、一刀と華陀は隣同士に寝台の一辺へと座った。

 

 

 さて ようやくである。 

 

 桃香対象の講義ではあっても、昼中皆で一緒に行動していた際にこういった知識の共有はあって然るべきとの意見で合致しており、今こうして一同に会している次第。

 朱里に雛里、愛紗に寧…は愛も変わらず平坦だけど、何やら未知の知識に触れる機会にあるせいか興味深げにしており、特に愛紗は主の仕切る談義であることでか殊更に真剣な表情である。

 鈴々は まぁ、雰囲気を楽しげに満喫しているようだからもうそれでいいんじゃないかな、うん。

 

 「では 始めるか。

 

 今から桃香くんの持つ『傷を癒す力』に関しての講義を始めるわけだが、 

 力の使い方云々よりも前の根本に関わる要素をまず心得てもらう必要が出てきた。」

 

 「人の体の根本 って… それって骨の形とかお肉のこと?」

 「氣だとか云々って話なので経絡だとかも含まれるんです? 経絡図 はちょっと違うんでしょうけど一通り暗記してますが。」

 前者の桃香は分かりやすく構造上の、後者の寧は広く流布する鍼灸の基礎部分を思い浮かべたらしい。

 成程双方共に基礎・根本の事柄ではあるが、

 「経絡…とかは俺は門外漢かな。

 まぁそれも知っとくべきことなんだろうけど、今から話すのは桃香が言った骨や肉に関することになるな。」

 この場に於いては珍しく桃香のほうが近かった。

 

 「知っての通り俺達二人は昼から部屋にこもっていたんだが、それは街に着く前に出たある事柄を総括することに始まって結果それを根底に据えた理論の構成へと相成った。

 有り体に言えば全く未知の領域の内容になるが、しかしそれを知ることでむしろ理解が早くなるであろうことは確かだ。」

 「一応 図とかも用意したし分かりやすく説明することも考えてるんだけど、分からなかったらその都度訊いてくれればそれでいいよ。」

 

 と ここで華陀のセリフにピンと来たらしく慈霊が小さく手を上げた。

 

 「未知…… ということは私も聞かせていただいた話ですね?」

 「あぁ。 慈霊、お前ならもう色々と思い至っているんじゃないか?」

 「ふふっ えぇ、新しい知識には興味が湧くものですわ。」

 

 そして小さく笑って慈霊は確認するかのように一刀と華陀に目を向け、

 

 「来る途中に聞かせて頂いたあの単語、」

 

 その単語を口に出した。

 

 

 「細胞、と仰いましたか。」

 

 

 

 

 さてようやく、ようやくである。 正直言ってほんとにようやく、一年の期間を経て。

 

 やっとこさこの物語の特徴の一つ、

 

 

 ファンタジーとサイエンスのごちゃまぜ理論が展開できるわけである。   ……長かった。

 

 

 

 

 

 ・暗中の蒼眼 何を映す

 

 

 陽も落ちて、夜の帳が降りたと出来る時間帯。 街を野原一面積の向こうに臨む低い山 であり森。

 

 未だ位置の低い月はその山の頂上の後ろにあり、しかしその光で雲を照らして自己主張している。

 

 そんな月を隠す山の中、中腹辺り。 木々の枝々で隠れ気味になってはいるが、それらの向こうに存在する範囲。 目立った高さの植物が無い、木に囲まれた広場のような空間。

 

 

 そこにそいつは居た。 枝葉の隙間から街の様子を見ているかのように外の広い空間へと、長い鼻面と蒼い双眸を向けていた。

 顔はどうやら街に向いているらしい。

 足元にはなにやら硬質で平べったいものが 落ちているのか、はたまた置いてあるのか。

 

 そしてそいつは何のためにその場に居るのか。

 

 そいつはそれを語りはしない。 心中は何を思っているのかも分からない。

 

 

 巨大な狼は ただ静謐の中にあるのみであった。

 

 

 

-4ページ-

 

 

 ・あとがき・

 

 

 

 やぁどうも、久方ぶりが過ぎて『あぁ失踪してなかったんだ?』とか思われてんだろなぁ とか思ってる華狼です。 ここにいるぞっ

 

 いやいや物語を投げるどころかまだまだ書きたいこと全然出せてないんですから。 しかも先々の場面とか色々既に決まってるんですから。

 つっても本編に対してのサブストーリー的な短編とか他シリーズの同時進行とかであっちこっちやってるせいでもあるんでしょうが。 趣味はそれが楽しいってなもんで。

 

 それと書き始めて一年が経ってたとは驚き。 何がって進み具合が。 あまりの牛歩どころか亀もびっくりの遅歩戦術具合に驚き。

 真実何年かかるんだろ… いやそれでも書き続けるけどね?

 

 本編に拠点とかを混ぜ込んでるせいなんでしょうか。今回とかその典型。 やっぱり分けたほうがいいんでしょうね。

 

 

 さて今回で始まって次回で大まかな紹介の済む『傷を癒す力』に関してですが。 …あぁ はい、この設定忘れないでくださいね? ぶっ飛んだことではありますがそこは突っ込まないで今更。

 これには作中で慈霊が言ってるように『細胞』が関わってきます。 詳しくは次回持ち越しになりますが まぁカオスですよ。色々と。 支離滅裂にはならないように理路整然と… 出来てるかなぁ…

 

 理屈は無理の無いように作ってますが、それがどんなもんかはどの道次回の話で ですね。

 

 

 あと寧の初期設定見直すとかなり変わってました。 もっとこう、人間味の薄い平坦で機械的な淡々とした感じをイメージしてたんですが。

 むしろ人間味ある友達思いの朱里雛里大好き人間になってる現在。 しかも若干百合?

 でも友達思いって部分を考えると今のようになって正解だったのかもしれませんね。

 

 いやでも『自分が大切に想う』ってのは即ち『相手のことを想っている』のでは無いことを気付かせる成長過程を描いても良かったのかもとか考えたり。

 

 ちょっともったいないことをしたかもしれませんね。 けどそこは恋姫ってことで恋愛意識への心情推移で補いましょう。

 …こらそこ、『でもだったら尚のこと二つの成長を平行して描くべきだったんじゃね?』とか言わない。

 

 

 ではまた次回。 次はいつになることやら…

 

 

 

 

 PS

 

 既に書き始めて一年、このように遅々としたものではありますが。お付き合いしていただいて有難うございます。

 

 

 

 

 も一つPS

 

 今回で一番気に入ってる場面は寧が朱里にいたずらしたところだったり。     

 

  寧 が朱里の 中を舐め回す   とかなんかいいかんじにひyひy。

    ↑     ↑

  (の吐息) (耳の)

 

 あぁこれが表現ってやつなんだと実感。 私の探求はこれからだっ!!(やめとけ。) 

 

 

 

 

 

 

 

説明
 やぁやぁ皆様方久方振り、華狼です。
 ようやく纏まった11話 其の1 です。 今回は黄巾党に関してだったり四方山話だったり講義の導入だったりで長いです。まぁ主に余計な話のせいですが。

  寧 「そうやって考え無しに好き勝手しているせいで一周年経過しても初期の初期の時間軸にあるってな体たらくなのでは?」
 華狼「そうだね。」
 一刀「反論すらしないのかちょっと。 まぁ言い訳よりはマシか…」
 愛紗「ではここで今来た三行とやらをしてみてはどうだ?」
 華狼「無理言うな。 一行が数百文字になる。 最初から読んだほうが分かりやすい。 はい三行。」
 鈴々「んっ ほんとだ三行になってるっ」
 桃香「あ 私知ってるよ、これステマって言うんだよねっ」
 華狼「おいこら言うな。」

 慈霊「と言うわけなので。 縁があったのか目に留まって初めていらした方、間が空きすぎてお忘れになった方は最初のものから適当に流し読みでもしていただければ幸いですわ。
    面倒なら面倒でそのまま今回から読んでいただいても構いませんので。」


 では11話 其の1、どうぞ。今回は長いです。 しかし皆言いたい放題だな…

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コメント
たこ(以下略)さん それこそが日本語の楽しい所の一つなのですよね。次もいつになるかは分かりませんがしばしお待ちを♪ あと変な略し方してほんとすいません。しかしそんなもん飲みたく無ぇ。(華狼)
日本語ってほんと凄いよね・・・少し端折るだけで意味がすっげぇかわるww次も楽しみにしてます((( ⊂⌒~⊃。Д。)⊃?(たこきむち@ちぇりおの伝道師)
アルヤさん それ故に勘違いなやり取りから展開するイベントとかが生まれるのですね。 そして 文が多くなるから無駄な描写を省け、そしたら端折りも少なくなるぞ と言う激励と解釈。感謝。(華狼)
日本語って良いよね!ある程度端折っても文脈で理解できるし!そのくせセリフ単体だととんでもないことになるし!(アルヤ)
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