IS〈インフィニット・ストラトス〉 〜G-soul〜 |
『そう、身体に異状は見られなかったのね。良かったわ』
夜になって、俺は自室でエリナさんと電話をしていた。
「はい。すいませんでした。迷惑かけちゃったみたいで………」
『気にすることないのよ。私の方こそごめんなさいね。大変なことになってしまって』
エリナさんが申し訳なさそうに言ってくる。
「いえ、過ぎたことですから。考えても仕方ないですよ」
『そう言ってくれると気が楽だわ。それで…サイコフレームのことなんだけど……』
エリナさんはそこで言葉を切った。
『正直言うと、これと言った原因は分からないままなの』
「そうですか…」
『サイコフレームの技術はまだまだ未知の領域が多いの。搭載しているのもセフィロトの一号機と二号機だけ。これからも研究を進めないと駄目ね』
「とは言うものの、一機は俺の専用機になったし、もう一機は亡国機業に盗まれてる。どうするんですか?」
『それに関しては大丈夫。サンプルがまだ――――――っと、ここからは企業秘密よ。上の奴らに怒られるから』
「ちぇ、ブラックヴィジョンがパクられたのは教えてくれたのに」
俺は冗談めかして言ったのだが、エリナさんの反応は想像していたものとは違った。
『え…今なんて?』
「何って…連絡くれたじゃないですか。キャノンボール・ファストの前日に」
『そ、そんな連絡した記憶ないわ』
俺はだんだんと寒気を覚えてきた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ほら、あれですよ。非通知で電話してくれたじゃないですか。バレたら怒られるからって」
『………………』
エリナさんは沈黙している。
「え、エリナさん? もしもし?」
『瑛斗…そのことは忘れておきなさい。薄気味が悪いわ・・・・・』
「は、はい。分かりました……」
エリナさんの声に凄みがあったから、俺は言われるままにした。
『それじゃあこの話題は終わり。他に聞きたいことはあるかしら?』
「あ…そうだ。エリナさん。ジェシー・ライナスさんって人を知ってますか?」
『その口ぶりだと、なにか知ってるみたいね』
「はい、あの人は亡国機業のメンバーでした」
『やっぱりね』
「知ってたんですか?」
『あなたが暴走した次の日に、彼女のデスクの上に辞職届が置いてあったの。それからは電話も繋がらないし、行方不明なのよ。偶然にしては出来過ぎてるでしょ?』
「ですね…」
『そのあたりのことは上層部の連中と掛け合って処置を決めるわ』
「分かりました。よろしくお願いします」
『さてと…それじゃあ私はいろいろやらなきゃいけないことがあるから、そろそろ切るわね』
「はい。それじゃあ」
俺は通話を終えた。
・・・
・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・
三日も寝たら逆に寝られないよな。
つーことで俺は寮の周りをぶらぶらと歩いていた。
三月中旬ということもあって、気が早い桜が咲いていたりする。
少し冷たい風が心地良い。
(そう言えば…学園に来た頃はこうして散歩したっけな)
「もうすぐ進級か…」
一年生の思い出を思い出していると、後ろからゆっくりした靴音が聞こえた。
「?」
「あ………」
振り返るとそこにいたのは簪だった。
「おう、簪か」
簪は無言でコクリと頷いた。
「なに…してるの? 一人じゃ………危ない、よ」
「いやなに、少しばかり夜風にあたりにな。お前こそどうした。二年生寮へ引っ越しの準備はできたのか?」
「もう…終わってる。たまたま、見つけたから……き、来て、みた」
「そっか」
俺は近くのベンチに座った。簪も俺の隣にちょこんと座る。
「…………」
「…………」
簪はずっと黙ったきりだが、おろおろしているわけではない。どうやら俺が話すのを待ってるみたいだ。
「その…悪かったな。あの時は」
「いいの。それに……それ、さっきもみんなの前で言ってた………」
「ははっ、そういえばそうだな」
俺が笑うと簪もくすっと笑った。
「首…苦しく、ない?」
俺の首のセフィロトを見て簪が聞いてきた。
「ん? ああ、これか。少し気になるけど大丈夫だ。ジャストフィットしてる」
「そうなんだ………」
簪は顔を前に向けて目を伏せた。
「……………」
「……………」
こうして黙ったままだと、なんだか俺の方が気まずくなった。
「こ、こうしてると、俺が暴れまわってお前らと戦ったなんて嘘みたいだよな」
「うん……」
「……………」
「……………」
そしてまた沈黙。
(だめだ。何を言ったらいいか分からん…)
俺が話題を考えていると、簪が口を開いた。
「あのね…」
「ん?」
「学園に戻ってる時、に…瑛斗、うなされてた……」
「うなされてた?」
「ずっと…『みんな、どこにいるんだ?』って、ずっと…泣きながら」
「…………」
簪は嘘を言うやつじゃない。きっと本当のことなんだろう。
そう考えていた俺は、気付けば簪に話をしていた。
「やっぱり、正直にならないとな」
「え……?」
「俺、みんなの前だと、心配をかけさせまいと思ってあんな風に振る舞ってるけどよ…たまに、本当にたまにだけど…凄く寂しくなるんだ。泣きたくなるくらい………」
「…………」
俺は自分でも驚くくらい、胸の内を吐露していた。
「地球に降りてから何日かは一人になる度に、夜が来る度に泣きそうになって」
「…………」
「特に、こんな静かな夜なんかは尚更だ。宇宙みたいで、懐かしくなる。みんなに会いたい。ツクヨミに帰りたい。何度もそう思う。でもその度にそれは我侭だって気付くんだ」
夜空に浮かぶ月を見たら、じわ、って視界が滲んだ。涙が零れそうになる。
「みっともないよなぁ……いつまでも…ずるずる引き摺ってよ………」
「……瑛斗………」
簪が俺の手の上に自分の手を重ねた。
「我慢しなくて、いいんだよ…」
「…………」
「辛かったら、泣いていいんだよ。泣かない人なんて、いない、から」
「…いいのか?」
「うん……いい、よ」
「…………ぐすっ……うっ……」
泣いた。
声をあげるのは何とか堪えたが、それでも嗚咽は出てしまった。
隣に簪がいるのに、そんなことを気にすることもなく、泣いた。
その間ずっと簪は隣にいて、手を握っていてくれた。
俺が泣き終えると、簪はくすっと笑った。
「…引いたか?」
俺が聞くと簪はううんと首を横に振った。
「前と逆だなって、思ったから」
「前…ああ。あの時はお前が寝ちまって、俺のベッドに寝かせたな」
「そ、それは…!」
簪は顔を真っ赤にした。
「誰にも言わねえよ。だからさ、その…」
「その…?」
「い、今の俺の愚痴は…内緒っつーか、秘密っつーか・・・・・」
俺が言うと、簪は目を細めて、嬉しそうに頷いた。
「うん…瑛斗と、私だけの秘密………」
「お、おお。それで頼む」
えへへ、簪は小さく笑った。
「さてと、それじゃあ寮に戻って寝るか」
俺がベンチから立ち上がると、簪もすっと立ち上がった。
「ねえ…」
「どうした?」
「そ、その…寮に、着くまで、こうしてて………いい?」
そう言う簪の手は俺の手をきゅっと握っていた。
「夜はまだ冷えるもんな。そうするか」
俺が笑うと、簪も笑った。
「うん…!」
その笑顔は、花を咲かせている桜より綺麗に思えた。
この世界のどこかの建物の中。そこではスコール・ミューゼルが無言のまま立っていた。
しかし、ずっと無言だったわけではない。亡国機業幹部会からの言葉を待っているのだ。
『………では、今回のお前の独断専行は不問としよう…』
しわがれた老人の声がスコールの鼓膜を振動させる。
「………ありがとうございます、って、言っておいた方がいいのよね。こういう場合」
スコールがおどけた口調で言うと、また違う声がそれを諌めた。
『口を慎め。お前たち実働部隊の行動はこの亡国機業の行く末を左右する―――――――』
「はいはい。分かってるわよ。以後気を付けるわ」
『貴様!』
『よさんか。スコール、お前も死にたくないのならあまり妙なことはするな。我々も優秀な部下を消すのは忍びないのでな』
「……………」
『では、会議はこれで終わる』
その声と同時に広い空間に明かりが点いた。幹部会のメンバーは極秘の通信回線を使っていたのでここにはいなかった。
スコールはふぅ、とため息をついてドアを開けて部屋から出る。
「お疲れ様。どうだった?」
スコールの前に現れたのはジェシー・ライナスだった。
「特にこれと言ったことはなかったわ。ただの作業よ」
「ふふ…幹部会との会議を『作業』とはね」
スコールはジェシーと共に歩きはじめる。
「まったく…自分たちは安全と考えてる老い耄れが偉そうに・・・・・」
スコールの愚痴を流して、ジェシーは話しかけた。
「それにしても、驚いたわね」
主語はなかったが、スコールはジェシーの言いたいことを把握していた。
「そうね。初めての操縦であれ程の性能を引き出せたんだもの」
スコールの右腕は上着で隠されているが包帯を巻いている。瑛斗との一瞬の戦闘の際に負ったものだ。
「あの子はもっと強くなる…」
微笑を浮かべながらスコールは言う。
「いいえ。強くなってもらわなきゃ困るわ。そう・・・・・」
「『本当』の亡国機業を取り戻すためにね」
スコールの絶対零度の声音に、ジェシーは背筋が寒くなるのを覚えた。
「うぅ…ゾクゾクするわ。あなたのそういうところ」
「あら、ダメよジェシー。私にはオータムがいるもの」
「それは残念。でも私も彼女を怒らせるほど馬鹿じゃないわ」
スコールとジェシーは笑った。
「それじゃあ、オータムも連れてどこかに食事にでも行きましょ」
「いいわね。私、いいところ知ってる。お酒が美味しいのよ」
通路を行く二人の間には裏の世界の住人としての面影は消えていた。
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次回から新章突入! お楽しみに!(ドラーグU) | ||
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