戦う技術屋さん 十八件目 W
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「何……?」

 前に立つ幻術者がなんと言ったのか。カズヤは即座に理解できなかった。

 確かに状況は相手の圧倒的不利である。幻術がそもそも相手を惑わせる物である以上、使い方によっては非常に厄介なものではあるが、実体が無い以上、相手への攻撃手段足りえない。

 もちろん、相手の苦手としているもの、トラウマを幻として出すの精神攻撃というのであれば話は別だが、それを行えるだけの幻術を、術の対象の眼前で行える術者などいないに等しいし、初見の相手に使える物ではない。

「どうしたの?」

 ならば確かに術者が投降するのも頷ける。だが、いくらなんでも潔すぎるのだ。この性格の悪そうな眼鏡面が、そう簡単に勝負を捨てるとは思えない。

 実際、何のために侵入してきたのかは分からないが、あそこまで高度な幻術を使っていた以上、相当の実力者。

 なら、単独で戦うすべを持っていてもおかしくないはず。

 そうは思うも、カズヤとしては答えを出すまでにいたらず、カズヤは警戒をそのままに上司へ念話で声をかけた。

『ギンガさん、どう思います?』

『どうにも怪しいけど……。幻術を使う相手と戦ったことがないから』

『ですね。俺も無いです』

『貴方、ティアナの練習に付き合ってたんじゃないの?』

『付き合っていただけですし、俺はティア以外の幻術の使い手を知りません』

 一応自分でも使うことは使うが。それでも滅多に使わない。基本一発ネタであるが故。

「ほら、捕まえないの?」

「「……」」

 隠す気配すらない自信にあからさま過ぎる挑発。その二つをカズヤもギンガもどうとっていいのか分からない。

 挑発に乗り拘束しようと動けば、手痛いしっぺ返しを喰らうかもしれない。

 とはいえ、動かなくても何があるか分からない。

 圧倒的有利の立ち位置にいるはずのカズヤとギンガは、完全にWの女の手のひらの上であった。

『……ギンガさん。警戒しておいてもらえますか』

『どうする気?』

『動いてみます』

 それだけ答え、カズヤはT-04αを待機状態に戻すと、腰のポーチから拘束具を取り出す。

「ようやく捕まえる気になったの?」

「ちょっと黙っとけ」

 

 度重なる挑発に敬語を忘れたカズヤが、拘束具を手に女へ近づいていく。

 一歩、二歩。警戒しながら近づいていくカズヤに、女は両手を上げたまま動かない。

 幻術使いなのだし、やはりあの自信はハッタリだったのか。そう思いながら、やがてカズヤは自身の蹴りの間合いに入った。

 いつでも蹴れる距離。この距離なら幻術を使われる前に蹴り倒す事ができる。

「やっぱりハッタリだったのか?」

「普通聞く?面白いわね、坊や」

「言って――「カズヤ!外!」っ!?」

 ギンガの声を聞き、慌てて近くの窓から外を見れば、こちらに迫ってくる光線が目に入る。

「砲撃っ!?」

「幻術使いが単独で此処まで来ると思ったの?」

「このっ」

 足を振るうも、空を切る。幻術使いがその隙にカズヤの懐に入り何かを取り出して。

 カズヤの脇を抜けて距離を置いた。

「ふぅん。カズヤ・アイカワ二等陸士ね」

「このっ!俺のID返せ!」

 一歩踏み出そうとするよりも早くカズヤの手が背後から引かれる。

 そのまま、腕を引いたギンガに押し倒されるように廊下に倒れ、その直後――砲撃が船へと直撃した。

「―――ッ!」

 閃光、爆音。圧倒的な光量や音量が世界を包む中、カズヤは反射的に自分ではなく、自分を庇うように押し倒した結果、両手をカズヤの下に回してしまい、耳を塞ぐ事が出来ないギンガの耳をふさいだ。

 ギンガの目は閃光の方を向いていないから塞ぐことはせず、代わりに自分は強く強く瞳をとじ。そんなカズヤの耳へ、爆音に紛れながら術者の声が届く。

「覚えておくわね。カズヤ・アイカワ」

 そして、術者はつぶやく。

「IS発動『シルバーカーテン』」

 その言葉にカズヤは耳を疑う。その閃光の中でカズヤは術者を探そうとするも、見つからず。

 やがて光が収まった時、残っていたのは船に空いた大穴のみ。

「痛いつぅ。カズヤ、大丈夫だった?……カズヤ」

「なん……で……?なんで、あいつ」

 ようやく無事を確認したギンガがカズヤから身を起こす。

 船の無事を確認してからギンガがカズヤへ視線を移すと、何故かカズヤは驚いた表情で固まっていた。背を向け、カズヤに耳を塞がれていた為、カズヤが何を見たのか、何を聞いたのか分からないギンガは、ただ呆然としているカズヤに訝しげな視線を向ける。

「ちょっとカズヤ。どうしたのよ?」

「えっ!?あ、すいません、ギンガさん。ご無事でしたか?」

「私のセリフなんだけど。どうかしたの?」

「いえ。ちょっと閃光と爆音にやられまして。もう大丈夫です」

 ぎこちない笑みを浮かべるカズヤ。口ではそう言っても、何かを隠している事は明らかだった。カズヤの浮かべるぎこちない笑みは、カズヤが親しい相手に嘘をつく時の癖だとギンガは気がついていたから。何かを見た、もしくは何かを聞いた。それは間違いなかった。

「……分かったわ。大丈夫ならいいの」

 だがギンガは何も聞かなかった。こういう時のカズヤが絶対に話さないのは、短い付き合いとはいえギンガでも分かること。

 ならば今はその話は置いておいて。自らの職務を全うすべく、カズヤへ指示を出す。

「カズヤ。応援の要請。それから一足先に倉庫に向かって。密輸品がきっとあるから」

「それはいいですが。その前にギンガさんの手当てが先です。大きな怪我がないとしても、治療しない理由にはなりません」

「唾でもつけとけば治るわよ」

「俺ので良ければ幾らでも」

 久し振りのゴスッ、バキッ。

「何か言った?」

「唾は消毒液の変わりにはならないと思うので、ちゃんと治療させて下さい」

「……はぁ、手早く済ませてね」

「はいっ」

***

 それから一時間程が経ち、漸くカズヤの呼んだ108部隊からの応援が来た。近さで言うなら圧倒的に別の陸士部隊の方が近かったのだが、部隊長であるゲンヤの意向で捜査は身内だけでやる事にしていたから仕方がない。

「派手にやったね」

「やったのは僕でもギンガさんでもないですよ。ラッドさん」

「それは分かっているけどね。それにしても、あれだけの大穴で、周りには殆ど被害がないとは」

「大穴だけ開けて、残りは閃光に回されていましたから。とは言え、被害の度合いを見た限り、発射地点が此処から数km離れているんですから、恐れ入りますよ」

 応援として来たラッドと共に現場検証をしながら、カズヤは相対した術者を思い出す。

(やっぱり、あの時、あの女。間違い無くISって言ったよな。インヒューレントスキルのISなのか?先天的固有技能。ならあの女、スバルやギンガさんと同じ……)

 考え、有り得ないと一蹴したくなる。したくなるが、それ以外に考えられないのも、現状での事実である。

(クソッ。気にし過ぎか?でも実際結構シビアな問題だし。何とか一人で調べられるだけ調べて――)

「カズヤ」

「ッ!?」

 声をかけられ、カズヤが顔を上げた。隣にいたのは当然ラッド。顔に笑みを浮かべながらカズヤへ手を伸ばし、眉間を指で押す。

「皺が寄って凄く怖い顔になってるよ。何か考え事かい?」

「すいません。少し」

「少しって顔じゃ無いよ」

 揉みほぐしていた指を離しながら、ラッドが言う。

「さっきギンガと話をした時に聞いたけど、カズヤ。何を聞いたんだい?」

「……別に、何も」

「それが嘘だと分からないと本当に思ってる?」

 

ラッドの言葉にカズヤは苦笑する。

「流石に思ってないですが。すいません、話せません。確証が無い事は基本的に話さない事にしていますので。混乱させたら悪いですし」

「……納得出来るか、と聞かれれば納得し難い理由だね」

「お言葉は重々承知していますが、こればかりはどうにも。自分でも混乱している位でして。言わずに済むなら正直それに越したことは無いですし。もう少し自分なりに調べて、纏めてからお話します」

「――だ、そうだよ、ギンガ」

「うぇ?」

 クルリと振り返れば、物陰に隠れカズヤ達の方を伺っていたギンガがいた。

 よもや気づかれているとは思っていなかったのか、「あっ」と声を上げて、ごまかすように笑みを浮かべる。それを見たカズヤは溜息を一つ。いつもと立場が逆であった。

「盗み聞きなんて感心しないですよ」

「ごめんなさい。気になっちゃって」

 物陰から出てきたギンガがそう言いながらカズヤ達へ近づく。

 顔に貼られた今朝は無かった絆創膏が目にとまり、カズヤの顔が歪んだ。

「あのギンガさん。怪我、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。そんなに酷い傷は無いし、そもそもカズヤより体は丈夫なんだから」

「すいません。あの時、必要以上に食って掛からなければ」

「もう。そんな顔しないの。大丈夫だって。心配症なんだから」

 あやすように頭を撫でられ、カズヤもそれ以上の追求をやめる。

 傍から見れば姉弟のようなやりとりをしながら、ギンガは自分が怪我をした要因である、ある事を思い出した。

「そういえばカズヤ。IDは結局どうしたの?」

「返ってきました。名前とか色々確認するだけ確認して、捨てていったみたいです」

「どこに?」

「おそらく砲撃の発射地点であろうビルの屋上に。どこまでも小馬鹿にされてますね」

 IDカードをヒラヒラしながらカズヤが言う。「ちょっと見せて」とギンガに言われ、素直に差し出す。表面を見てから裏面を見て。暫くカズヤのIDを眺めてから、それをカズヤへ返した。

「特に何かされたって訳でもなさそうね」

「まあ不安なので再発行してもらうつもりですけど」

「本音は?」

「これを見る度にあの眼鏡を叩き割りたくなるので、平静を保つ自身がありません」

「よっぽど悔しかったんだね」

 苦笑気味にラッドが言う。そんなラッドから顔を背けたカズヤは、IDをポケットへと戻した。

「ギンガさん、ラッドさん。僕は倉庫の荷物検査の手伝いに行きますので。失礼します」

 軽く頭を下げ、カズヤは倉庫に向かって歩き出す。特に何も言わず、ギンガとラッドはその背を見送った。

「逃げた」

「逃げましたね」

 二人呟き、顔を見合わせクスクスと笑う。

「では私も仕事に戻りますので」

「ああ。行ってらっしゃい、ギンガ」

 同じく頭を下げてギンガも立ち去る。

 一人だけ残されたラッドは一度貨物船を見上げてから、カズヤと共に行うはずであった現場検証を一人で始めるのであった。

 

説明
十九件目→まだだよ
十七件目→http://www.tinami.com/view/483428

みんな大好きだよね!
因みに俺は初めて見たとき、ノーヴェとクアットロの声が同じ人って気がつかなかった人です。

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