魔法少女と呼ばれて 第3話
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―脱走者―

 

『児童養護施設 希望の丘』そこは絆や静夜が暮らす彼女達の家である。九時の消灯時間を迎え居室のベッドに横になり絆は天井を眺めていた。窓から漏れる蒼白い月の光が寂しい部屋の中を薄く照らす。シンと言う静けさの中、規則正しい小さな寝息が聞こえている。

 

控え目な寝息は栗林静夜の物だ。絆と静夜は施設では相部屋で生活していた。「…静夜?」絆はそっと友人の名を呼んだ。寝息は止む事無く続く、静夜は完全に眠ってしまっているようだ。絆はそれを確認すると、するりとベッドを抜け出した。

 

足元に畳んで置いたデニムのホットパンツとGジャンを身に着けると、もう一度静夜が寝入っているのを確認し静かに窓を開けそこからこっそりと表へ出た。施設の外周は金網のフェンスで囲まれているが、有刺鉄線がある訳でも電流が流されている訳でもない。

 

フェンスを乗り越えて外の世界に飛び出す事は造作も無かった。施設を脱走した絆は夜の町を彷徨っていた。就寝前にふとした弾みで理由も無い焦燥感に襲われる。そんな時、こうやって夜の世界へ飛び出すのが絆の決まり事になっていた。

 

しかし、絆が九歳とは思えぬメンタルを持つとは言え、やはり根は九歳の少女。自分が暮らす施設と学校が絆の世界の全てなのだ。彷徨うも行き場などは無く、結局彼女は学校へと辿り着くと、月明かりの中ポツリと静かに佇むブランコに腰を下ろした。

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夜の闇が支配する世界を見渡す。見慣れた筈の光景が見せる見慣れぬ寂しい光景。今はあれほど鬱陶しいと思っていた人の姿が、笑顔ではしゃぎ回る子供達の姿が恋しい。嫌悪は嫉妬。自分が得られぬ境遇を謳歌する者達への妬みから生じる物。(俺は浅ましいんだよ…静夜)

 

夜闇に押しつぶされ、らしからぬ弱気に襲われた心が一瞬で我に返る。絆はブランコに腰掛けたまま注意深く辺りに視線を走らせた。(何だ…気配? 何かが…いる?)絆は暗がりの中に蠢く黒い影を確かに見分けた。(泥棒か…それとも変質者?)

 

近年は物騒である。夜の学校ともなれば良からぬ事を企む不埒者が現れても不思議ではない。だが自分も施設から脱走してきている身分だ。大きな事は言えない。(面倒な事になる前に逃げるか…)絆がそう考えていると突然背後から気配が湧き上がる。

 

「!?」絆は驚いて振り返った。その黒い影は絆を照らす蒼い月が作った自分の影から、のそりと湧き出し立ち上がっていた。(なんだ…こいつ―――!?)黒い影は絆が反応する前に彼女に覆い被さってきた。そして、そこから絆の記憶は途切れていた。

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―Psychic Surgery―

 

どこからか低い唸り声が聞こえる…。囁く様に小さくてか細い声は念仏に似た抑揚で絶え間なく頭に響く。その中に雑じり、はっきりとした聞き覚えのある声が聞こえた。

 

『我々S・O・Sの悲願…これからも…を生み出し続け…らない…"適合者"…私の手で…の…を…』

 

絆はゆっくりと瞳を開けた。薄暗い部屋…天井に円形の白く淡い光を放つ光源がある。(何…だ…俺は何を…)僅かな時間を要したが思考が統合され過去と現実を結び出す。(そうだ・・・俺は学校の校庭で何かに襲われて―――!?)慌てて身を起こそうとし絆は絶句した。

 

衣服を剥がれ下着姿となった絆は、黒い石の様な寝台に大の字にされ手足と腰を皮製のベルトで固定されていたのだ。不意に絆は暗い部屋の中に何かの気配を感じた。近年は物騒であり少女を狙い拉致する事件が後を立たない。

 

拉致された少女を待つ"その先の展開"の意味が解らない絆であったが、自分自身を見舞った危機的な状況に本能的に蒼褪めていた。「オイ、ふざけんじゃねえ! 何のつもりか知らねえが俺にこんな事して只で済むと思ってねえだろうな!」絆は精一杯の虚勢を貼り叫んだ。

 

それに応えた訳ではないのだろうが室内の気配がざわりと蠢いた。部屋の暗がりからユラリと黒い影が湧き出し揺らぎながら絆の周りを囲む。「なっ…こいつ等―――!?」正確にはそれは影では無かった。それは全身が黒いだけの人形をした"何か"だった。

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(人間…じゃない…だと!?)動揺する絆の耳に女性の声が届いた。「気付いたのね…流石は適合者…と言うべきかしら」どこかで聞き覚えのある女性の声は続く。「それでも…星が正しい位置に付いた今が儀式の時…計画は続行します」

 

「計画…? それは何…!?」その意味を問い正そうとした絆であったが、突然彼女の身体を『ズクン』と言うしか形容がない疼きが走る。突然襲った感覚に驚き身体に視線を移すと呪術めいた文様が浮かび上がっていた。

 

文様は絆の身体に直接書かれた物ではない。それは這い回る虫の様にゆっくりとだが彼女の身体を蠢いていた。混乱する絆に構わず黒い人型の怪人が近づいて来る。「お、おい…待てよ…何する気だよ!?」怪人が緩慢な動きで絆の下腹部に手を伸ばした。

 

怪人の手が絆の下腹に触れる。「!?」絆の身体に経験した事のない感覚が走った。ぬるりと内臓を直接撫で回された様な気持ちの悪さ。よく見ると怪人の手は身体の表面から十数cmほど埋まっている様に見える。怪人がずるりと腕を引き抜く。

 

その手には生々しいピンク色をした何かが握られていた。無学な絆にはそれが子宮と呼ばれる臓器である事が理解できなかった。ただ本能が感じる喪失感に身体を震わせていた。「ちょ…何…してんだよ…」更に別の怪人が絆の太ももの中から白い棒状の物を取り出す。

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それが自分の大腿骨である事くらいは理解できた。それだけではない。別の怪人は、何処からか持ってきた鉱物とも有機物とも解らない何かを絆の身体に埋め込んでいる。怪人は入れ替わり立ち代わり、絆の身体を弄び侵し続けた。

 

ぬる…ずる…ずるうり…。人間の理解を超え続けられる陵辱に絆の精神は犯された。血が…肉が…臓物が…次々と抜き取られ、それに換わりに得体の知れない物に置き換えられて行く。

 

不思議と痛みは無かった。(ああ…だったら…これは夢か…夢なんだな)絆はそう思った。だが、ぬるりと身体の内側を撫でる感触が否が応でも絆を現実に引き戻す。この陵辱が…この屈辱が…この絶望が全て夢ではないのだと。「止めろ…」

 

怪人の両手が膨らみのない絆の胸元に迫る。「止めろよ…」ずぶり、と怪人の腕が抵抗も無く絆の胸に埋まった。「止めて…くれよ…」胸の中で何かを捕まれる感触。怪人が埋まっていた両手を引き抜くと、そこには鮮やかに赤く力強く脈打つ臓器が握られていた。

 

規則正しく脈動するそれは間違いなく絆の心臓であった。「止めろ―――ッ!」絆はいつの間にか涙を流し懇願していた。そこには当初の気の強い面影は無い、年相応のか弱い少女の姿があった。その悲痛な声を聞いても怪人は止まらない。その陵辱は止む事無く絆は犯された。

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いつの間にか絆の声は言葉にならない嗚咽に代わり、そしてそれもやがて止んでいた。「やっと…大人しくなったわね」何処からか女の声が聞こえる。「こうも長く耐えた精神の強靭さには感服するけど…結局は壊れてしまったようね」

 

絆の身体は弛緩し表情は虚ろ、半開きになったなった眼は僅かに白目を剥き瞳から光が失われている。「でも、その方がかえって都合は良いわ」女の声が笑う。「洗脳処置をするには心があった方が邪魔なのだから…さあ、あなた達最後の仕上げを…」

 

女の指示に応え怪人が進み出る。その手には赤い炎に似た輝きと熱を放つ交差した結晶の塊が握られていた。失った絆の心臓に換わり、その塊が彼女の胸に埋め込まれ、絆の身体がビクリと反応し一瞬痙攣する。「フフ…」女が満足そうに鼻先で笑った。

 

「希少な"交差する魔女の心臓"(クロス・ソルシエルクリスタル)…二基のネビュラ・ジェネレーター…数千冊分の魔導書をデジタル化したセラエノ断章(メモリー)…そして数え切れぬ最新の魔導器と宝具により貴女は生まれ変わる…最強の"魔女"に―――」

説明
“天城絆”(アマギ・キズナ)は小学校四年生の少女である。ある夜、絆は生活する児童養護施設から脱走する。その彼女を待ち受けていたのは…過酷な運命の始まりだった…。※一部にグロテスクな表現が含まれています。苦手な方はご注意を※
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