リリカルなのは×デビルサバイバー As編 |
海鳴市海上公園、カイトは一人そこで佇んでいた。
目の前には、時空管理局かベルカの騎士と呼ばれた者が張った結界がある。
何故それを見ているのか、カイトには分からなかった。
あの時……今で言うPT事件とは違う。天使も居ない、悪魔も関わっていない。自分とは全く関係のない事件。
けれども……。
「くそっ……」
手に持っていた石を、カイトは砕いた。
響くようなその音は、カイトの周囲に居た人たちを驚かせたが……それだけだった。なにが変わるわけでもない。
「あああぁぁぁぁ!! もう、なんだってんだっ!」
柵に腕を叩きつけようとした時、少年の腕を掴んだ一人の男性が居た。
「ストップだ……って、キミはカイトくんか?」
「……その声は、ジンさん?」
そこには、D-VAのライブで出会った男性、神谷 詠司がそこに居た。
「まさかキミだとは思わなかったが……って、その掌の傷はどうしたんだ?」
カイトの掌にはかなりの傷ができていた。原因は当然、先ほど砕いた石のせいだ。
「大丈夫ですよ、この程度痛くもなんとも無いですし」
「そういう問題じゃないだろう! ……アヤ! 確か水を持っていたよな!?」
「……アヤ?」
ジンの向いている方を見ると、一人の女性がカイト達の方へと歩いてきていた。何処と無く、"ハル"という女性に似た雰囲気を持つその女性は、紛れもなくライブでボーカルをしていた、アヤという女性だった。
「どうしたの? ジン」
「あぁ、この子が怪我をしててな、確かミネラルウォーターを買っていたよな?」
「うん、ちょっと待ってて」
鞄からペットボトルを出すと、封を開けて会との掌に水を掛けた。
「っ!」
「やっぱり痛いんじゃないか……全く」
ジンはポケットからハンカチを取り出すと、カイトの掌に巻こうとした。
「いや! 汚れちゃいますって!」
「子供なんだから、こういう時ぐらいは大人の言うことを聞いた方がいい」
「……はぁ、いやでも」
カイトが抵抗していると、不意に布の感触がカイトの掌を包んだ。あれ? と、カイトが思っていると、アヤがカイトの掌をハンカチで包んでいた。
「これでよしっ! だね」
「……はぁ(……いつの間に近づいてきたんだ。気づかなかった)えっと、その……ありがとうございます?」
「う〜ん、疑問形が気になるけど、どういたしまして」
ハンカチが巻かれた手を開閉していると、不意に痛みが和らいでいく感覚を覚えた。そして、その感覚には覚えがある。
「……ディア?」
「え?」
「ん? ディアとはなんだ?」
不意に呟いてしまったその言葉に、今更ではあるがカイトは気づいた。そして、その言葉がアヤに聞こえてしまったことも。
「いえ、なんでもないです」
やってしまった。カイトは、そう思った。
もしアヤが、意図的に悪魔を召喚する事をしているのなら、悪魔と仲良くなり、魔法についての話を聞いているとしたら、先ほど"ディア"と言ったのは失敗に他ならないからだ。
「…………」
案の定、アヤはカイトを見ながら暫く沈黙していた。そして、何かを決心したかのように、頷き、口を開いた。
「えっと、カイトくん。よね? 少し話をしたいのだけど?」
そう言われて、カイトは少し迷ったが、はいと頷いた。
「ごめんね、ジン。今日はずっと一緒に居る約束だったのに……」
「いいさ。お前ならそうすると思っていた。俺はこのあたりでゆっくりしてるから、気にしないでいい」
ジンは近くにあるベンチに座るために歩き始めた。
アヤは人にありがとう、と一言言うと、カイトを見て、行きましょう。と言った。
* * *
アヤに連れて行かれたのは、人気の少ない小さな池のある場所だった。そしてそこは初めてフェイトとクロノと出会い、なのはが魔法少女であると知った場所でもある。
「(あれから大体半年、この世界に来て結構な月日が経ったもんだ)」
当時のことを思い出し、どれだけの時間自分がここに居るのかを、改めてカイトは考えた。
「さてと。ここでいいかしら?」
アヤは立ち止まると、カイトも何処かで見たことのあるシーケンサーのスイッチを入れた。そこから流れてくる曲は、あのライブで……そして、東京封鎖内でカイトが初めてハルの歌声を聞いた、あの曲だった。
マイクなんて物も使わずとも、声が広がっていく。まるで、自分の中の世界が広がっていくような感覚さえ持ってしまう。
そして、アヤの目の前に一体の悪魔が召喚された。
黒黒とした禍々しいゲートから、小さな体に綺麗な透明な羽根をもった存在、ピクシーがそこにいた。
「キャハ☆ どうしたの? アヤ〜」
「来てくれてありがとう、ピクシー……カイトくん、やっぱり驚かないんだ?」
「はい。悪魔召喚は、俺にとって身体の一部でもありますから」
カイトはそう言うと、COMPを取り出し、同じようにピクシーを召喚する。
ピクシーはカイトの身体の周りをグルグルと回転してから、目の前にアヤ達を見て、ピクシーは驚きの声を上げた。
「やっほー、マスター……って、今回の相手は悪魔召喚師?」
「いや、今回は来てもらうことが目的だったんだ。ありがとう、ピクシー」
「ふ〜ん……何がなんだかわかんないけど、いいや。じゃぁね、マスター」
カイトは送還の操作をし、ピクシーを送還した。
「こんなかんじです。他にも色々と機能はあるけれど、基本的には悪魔を召喚することが、可能です」
「初めて見たわ……私以外の人が悪魔を召喚できるなんて」
それは当然だと、カイトは思った。
例外を言うならば、精神にイザ・ベルを寄生させていた九頭竜 天音、そしてカインことナオヤだけだろう。
「アヤ〜?」
「ごめんなさい。今回は喚んだだけなの」
「そうなの? まぁ、アヤの歌を聞けただけでも、十分役得だしいいけどさ! でも気をつけてアヤ。その子の中から悪魔の気配がするよ」
「悪魔の?」
ピクシーの忠告を受け、改めてアヤはカイトを見た。訝しむような、アヤの視線を受け、カイトは口を開いた。
「確かに俺の中には悪魔の力があります……」
そう言うとカイトは自分の事を話し始めた。勿論東京封鎖や、アヤが死んだことなどは伏せて。
「えっと、その悪魔召喚サーバを作るのに、私の歌が必要……ってことかな?」
「はい。俺は直接会ったわけではありませんが、サーバを作る際に、歌で魔界の扉を作ることができた女性は、世界に溶ける形で死んでしまったそうです」
「そっか、だからキミは私のことを心配してライブ会場に来てくれたんだ」
「それもありますけど、アヤさんの歌は俺も好きですから、趣味と実益を兼ねて……ってやつです」
ちょっと言い方おかしいですけどね。と、カイトは付け加えた。アヤの喚んだピクシーは頭に?を浮かべながら、カイトを見ていた。
「それで、どうしたのかしら? まだ、浮かない様子だけれど?」
「その……」
「……話せば、楽になるかもしれないわよ?」
アヤからの視線に目を背け、数秒間考えたあとカイトは意を決して口を開いた。
「ながく、なるかもしれませんよ?」
「構いません。話す時間はたっぷりとあるわ」
カイトはポツリ、ポツリと話し始める。自身の悩みのもととなった出来事を……。
* * *
さて、以前語ったように、東京封鎖という事件は日本という国に対して、かなりの被害を与えた。
東京という、日本の中心部が麻痺した。こういえば、シンプルなれど、分かりやすいだろう。政治の中心であり、様々な企業が集中する東京。だが、東京封鎖の影響を受けたのは、日本だけではない。
スパイ防止法という、世界各国では当たり前の法律の無い日本、要するに日本のトップシークレットを調べあてることも可能であり、合法とも言えるのだ。
では、話を天音カイトという少年に戻すとしよう。今回の話で重要と鳴るのは"スパイ"という単語だ。では、スパイ達は何処に居るのか? 答えは簡単だ。日本の中心たる、東京に数多く存在し、彼等もまた東京封鎖に巻き込まれたのである。
* * *
「他の国が、悪魔召喚サーバについて知った。そのことを、俺が知った時にはもう遅かった」
当時のことを思い出しながら、カイトは語る。当然、東京封鎖についてや、別の世界の事などには触れず、あくまでこの世界で起きたことのように語る。
「天使と悪魔。それらを律し、天使と悪魔を召喚することの出来る、悪魔召喚サーバという危険物。でも、使い方次第では強大な軍事兵器にもなりうる……それこそ、世界を制することさえ出来る大きな力」
悪魔の力を持っているが故に、カイトは実感を持っている。事実、一時間もあればカイト一人で海鳴市を破壊することは可能だろうし、彼の召喚する悪魔達であれば、日本という国を消し去る事も可能だろう。
「そして、それを知った他の国……特に、野心の強い国々は召喚サーバを求めた」
* * *
次に考えるべきは、如何にして召喚サーバを手に入れるかだ。対象は強大な力を持つ人間……いや、ベルの王。そんな存在に対して、真っ向から攻める馬鹿は居ない。そこで彼等が取った作戦は、"天音カイトにとって、大切な者を人質にする"ということだった。
* * *
「結論から言うと、人質になったのは俺の母さんだった」
カイトには恋人は居らず、かといって彼にとって大切な者達は強大な力を持っている。だがその中で力を持っていない者が居た。
「奴らは母さんを人質に取り、俺に対して召喚サーバの要求と、俺の力の受け渡しを要求した」
* * *
あの時の彼等の顔を、なんと例えれば良かったのだろう。カイトの持つCOMPを操作し、悪魔を召喚し、その事実に驚嘆の声を上げていた。
そこで、事件は起きた。
意識を取り戻したカイトの母親は、悪魔の存在と彼らが持つ、銃などを見てから最後に、カイトを見た。
だが、それこそが悲劇を呼び起こした。
* * *
「母さんは、俺を守ろうとしたんです」
あの時のことを、今のようにカイトは思い出せる。動きが封じられた身でありながら、カイトの母はカイトに向かって走りだした。「逃げて!!」と、叫びながら。奴らの制止の声を無視して。
「母さんの声のあと聞こえたのは、耳がつんざくような銃声だった。次に俺が見たのは、真っ赤な色だった」
それは間違いなく、カイトの母親の血だった。
* * *
果たして、自分の母親の死を目の当たりにして、冷静で居られる人間は、どのぐらいの居るのだろう? 親の虐待など、例外はあるだろうが、普通の家庭であれば、親を大切に思うはずだ。
そして、カイトが事態を理解した時、声にもならない雄叫びを上げ、半径百メートルを一瞬で吹き飛ばした。
奴らも悪魔召喚で対抗するも、所詮は雑魚。カイト一人に対して、歯が立たず……最終的に命乞いをした。
* * *
「それで、どうしたの?」
「……心配しなくても大丈夫ですよ。殺してはいませんから」
ただ、生きていくのには不自由にはなったのだろうが……と、思いながら当時の事を思い出す。
微笑みながら、命乞いをした男に対して、手を差し出した。男にとっては「許す」と思えたのだろうが、現実は違った。男の手を取るやいなや、カイトは男の手を握りつぶした。
「(今でも覚えてるさ。手に残る嫌な感触――人の手が砕ける感触。でも、この事については後悔してない。俺が後悔してるのは……!)」
右手をグッ! と、握り顔を伏せた。
「もし俺が、悪魔の力を手に入れていなかったら。もし俺が、召喚サーバを所持していなければ……っ」
それが、カイトの後悔だった。
「どれだけ力を持ってても、訪れる悲劇を回避出来るとは限らない。いや、むしろ力を持っているからこそ、その力を狙って人は戦いを起こす。だから……」
伏せていた顔を上げて、まっすぐにカイトは言った。
「俺は、理由なく戦ってはダメなんです」
* * *
その後の状況は容易に想像できるだろう。
怒りのままにカイトは行動し、自身等を襲った者達の国に対して報復を行った。国の財産とも言える、国家遺産や天然資源の破壊、都市同士のライフライン……それらを破壊しただけだった。それだけで、たったそれだけで、豊かだった国は崩壊してしまった。
けれども、カイトに残ったのは、怒りでも哀しみでもなく、ただ……ただ虚しさだけが残るだけだった。
そして、これがカイトが今回の戦いに参加しない理由でもあった。
* * *
「そっか、そんな事が……」
「力を振るえば振るうほど、その分返ってきます。だから俺は力を振るわない。でも力を使わなくても、それを狙って人は行動する、堂々巡り」
それでも、例外はある。
それが天使の件であり、PT事件に首を突っ込んだ理由であり、今回闇の書事件に関わらない理由だった。
「でもなんでですかねー。こう、苛つくんですよね。心がざわめくというか、定まらないというか、そう、船に乗ってるみたいだ」
先ほどの石を潰したり、柵を殴ろうとしたのはそれが原因だった。
「それって、カイトくんが……納得してないからじゃないかな?」
「納得……?」
「うん」
まるで、子供に言い聞かせるような、優しい声でアヤは言う。
「納得してとった行動なら、自分が満足してとった行動なら、なんとも思わないはずだよ。胸を張って、これが俺の答えだ! って、言えるはずだよ」
「あ……」
そう言われ、カイトはCOMPを取り出した。カイトが取った、もうひとつの答え。けれどもその件では、あまり公開していない事に。
「納得、満足。俺は……!!」
「それにさ、力を使っても、使わなくても。後悔するのなら、行動して上で後悔すればいいんだよ。多分、私ならそうする」
身勝手な言い分かもしれないけどね。と、アヤは付け足した。
「でも、その上でどうするかはキミが決めればいい」
ううん。と、アヤは首を振って。
「キミが、決めなきゃいけないんだ」
「アヤさん」
カイトは手に持ったCOMPを握りしめ、前を向いた。
「……行ってきますっ!!」
「がんばれっ、男の子!」
カイトは走りだした。結界の張ってある、海鳴市中心部へと。その時カイトは気づかなかったが、何処からかラッパの音が鳴り響いていた。
* * *
走る、走る、走るっ!
全力で、ただひたむきにカイトは走り続ける。結界に近づくに連れて、人の気配が少なくなっていく。人払いの結界とでも言えばいいのだろうか、こんなものが東京封鎖時にあればさぞ、役に立っただろうな。と、カイトは思う。
そして、不意に透明な壁のようなものにぶち当たる。人を寄せ付けようとしないそれは、結界の一部だろう。
「はあああぁぁぁぁぁ……」
腰を深く落とし、拳をまっすぐにつきだした!
カイトの渾身の一撃により、音を立てて、結界の一部分が崩れ去る。だが同時に結界が修復されていく。
「行くぞっ!!」
完全に結界の穴が塞がる前に、カイトは結界に飛び込んだ。
そしてそれは、カイトの戦いの火蓋が幕を開けた時でもあった。
漸く、主人公らしく行動し始めます。
少し行動原理はいびつですけどね。それでもまぁ、うだうだするのをやめた分、アグレッシブになります。それが、良いことなのか、悪いことなのかは、人それぞれでしかないんですけどね。
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