魔法世界に降り立つ聖剣の主
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6:ヒーローは遅れて来るものってことはヒーローは遅刻癖が酷い

 

 

 

 

聖王暗殺の報が国内外に駆け回った日から役5年。

ベルカは歴史上最大の危機を迎えていた。

 

オリヴィエが聖王となり、その補佐役たる軍部総括にギルガメスが半ば強引な手口で就任した。

父の死故か、はてまた兄と慕っていた者の裏切り故か、精神崩壊同然の状態に陥ったオリヴィエをギルガメスが傀儡にしているという噂が立ったのだ。

 

それによって国中で武力放棄や内部分裂が多発し、 ベルカ王国はほぼ崩壊同然の状態になってしまったのだ。

 

聖王の血族一人一人が派閥を作って徒党を組み、今や国土内では不毛な同士討ちが延々と繰り広げられていた。

 

だが、不思議なことにそのような状態に陥ったにも関わらず、隣国がベルカに攻め込む事は無かった。

 

何でも、ベルカの国境にはボロ布で身を包んだ化物が住み着いているという噂が流れており、各国が兵団を送り込むも、それらの悉くが国境を超えると同時に消息を絶つようになったのだ。

 

怪奇によって外部からの侵攻を免れたベルカだったが、それも一時的なモノでしかない。

それに外からの脅威こそ無くなった所で内部の情勢も変化しない。

 

既に国も民も疲れ果てていたのだ。この突然訪れた混沌に。

そして彼女もまた限界に達していた。

 

 

オリヴィエ「………」

 

焦点の合っていない目で高い天井を見上げるうら若き王は、痛々しい涙の跡を拭う事もせずにただ呆然としていた。

 

どれだけ時が立っても、あの日の光景が頭を離れなかった。

血塗れになった父と、その側にいた兄。

 

 

オリヴィエ「兄様……」

 

彼が父を殺したということが未だに信じられなかった。

何故こんな事になったのか、自分でも全く分からない。

 

だが、彼女はそんな問い掛けよりも先にただただ願っていた。

「兄様に会いたい」と。

 

何故父を殺したのか答えて欲しかった。

間違いであったのならそう言って欲しかった。

王の立場なんてどうでも良いからとにかく側にいて欲しかった。

 

だが、その願いをぶち壊しにするように非情な現実がこの場に足を踏み入れて来た。

 

 

ギルガメス「オリヴィエ。攻め込んで来た屑共は一人残らず殺して来たぜ。」

 

本当ならば兄が立っていた場所にこうして居座っている男。

ギルガメス・バビロニアは馴れ馴れしい口調でそう告げると、おもむろにオリヴィエへ近づいて行き、自分の右手をオリヴィエの頬に重ねた。

 

 

ギルガメス「大丈夫さ。お前は俺が支えてやる。だから心配するな、お前には俺がいるんだ。一人なんかじゃないんだよ。」

 

甘い口調でそう告げて、首の後ろに手を回しオリヴィエを抱き締めるギルガメス。

 

だがそうじゃない。自分が今必要としているのはこの男なんかじゃない。

心の中で呪詛のように紡がれる否定と拒絶の言葉。

だが、それが口から出る事も、行動として現れることも無かった。

 

もう抵抗する気力も彼女には残っていなかったのだ。

目の前の男になすがままにされるオリヴィエが不意に呟いた。

 

 

オリヴィエ「にぃ…さま……」

 

耳元でそう呟かれた瞬間、ギルガメスはオリヴィエから離れる。

そして突然彼女の頬を思い切り引っ叩いた。

 

 

オリヴィエ「あぐっ…!」

 

神から授かった能力の数々によって強化された平手打ちはオリヴィエを玉座から簡単に弾き飛ばして床に転げ落ちさせる。

 

更にギルガメスは床の上に横になった形になっている彼女の髪を乱暴に引っつかんで引っ張り上げた。

 

 

オリヴィエ「あう…っ!」

 

鈴の様な声を漏らすオリヴィエの顔を、淀んだ色の瞳で作り物の様に整い過ぎた顔をした男が睨みつける。

 

 

ギルガメス「何でいつまでもあんな野郎の事を…!アイツはお前の父親を殺したんだよ!アイツはお前を裏切ったんだ!お前が頼って良いのは俺だけだ!!他の奴のことなんて忘れちまえ!お前は俺だけのモノなんだよ!!!!」

 

オリヴィエ「ひっ!」

 

今やっと理解した。この男は自分を人としてなんて見ちゃいない。

この男は初めて会ったあの日から、自分の事を慰み物程度にしか思っていなかったのだ。

 

狂っている。単にそう思った。

前からこの男のことは苦手だったが、ここまで恐ろしい男だったとは。

先程まで空虚に沈んでいた心が恐怖で埋め尽くされる。

 

 

ギルガメス「そうか、分かったぞ。何でアイツのことが忘れられないのか。」

 

オリヴィエ「へ…?」

 

ギルガメス「ヤったんだろ。お前ら。」

 

訳の分からない事を言われて、オリヴィエの思考は停止する。

言葉の意味は分かる。だがそんなことをした事実は無い。とんだ思い違いだ。

だが、ことこの男限ってそれを説明した所でどうしようもない。

 

 

ギルガメス「そうなんだろ!アイツがお前に手を出してたんだろぉ!!そうでもなきゃこの俺を差し置いてアイツの事を考えてる訳がないんだぁぁ!!!」

 

正気を保っているとは到底思えない裏返った奇声を上げながら、ギルガメスは叩きつける様にオリヴィエをその場に押し倒す。

 

 

ギルガメス「そんなにアイツの事が忘れられないなら俺が今から忘れさせてやるよ。」

 

急にトーンの低くなった声でそう告げたと思えば、ギルガメスがゆっくりとオリヴィエの方に手を伸ばす。

この男が何をするつもりなのか、何となくだが分かる気がした。

 

途端にオリヴィエは逃げ出したい衝動に駆られるが、突然空間にできた金色の歪みの中から伸びて来た鎖に拘束され、身動きを封じられてしまう。

そこへ歪んだ笑みを浮かべたギルガメスが歩み寄って行く。

 

 

オリヴィエ「嫌…来ないで……」

 

ギルガメス「安心して。苦しくなんてないからさ。すぐにあの裏切り者の事なんて忘れさせてやるからさ。」

 

ギョッとする程に穏やかな口調だ。だが、そこには優しさも慈しみも一切無い。

あるのは醜く歪んだ欲望だけ。もっと早くに気付くべきだった。

兄やその友人が自分をこの男から過剰なまでに引き離そうとしていた事の訳を。

 

でももう遅い。もう自分になす術は無い。

それでもそう言わずにはいられなかった。

 

 

オリヴィエ「助けて…兄様……」

 

 

 

 

 

???「ああ、分かった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

この場で聞こえる筈の無い凛とした声が響いた直後にオリヴィエは見た。

反対側の壁に激突するギルガメスと、自分を守る様に此方へ背を向ける男の背中を。

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

いきなりクライマックスっぽい感じです。次は主人公がやっとまともに戦うと思います。

ちゃんと書けるか不安だけど頑張りますんでよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

説明
あと二、三話でベルカ編は締めにします。
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