fate/zero ~君と行く道~ |
10話 酒宴の招き
戦いと闘いは同じとは言い難い
殺し合ってこそ戦いであり
己の意思で向き合ってこその闘いなのだ
勇希side
「参ったぜ……」
今この俺こと藍沢 勇希は非常にマズい状況下にいる。
一体何があったのかと聞かれれば答えは簡単な事だ。
俺達がアジトに使っているアパートの取り壊しがいつの間にか決まっていたのだ。しかも今日の午後。
まぁ確かに使われなくなってそれなりに経ってた雰囲気はあったけどそれにしても予想よりも早い。せめて聖杯戦争中は心配いらないと思っていたんだが……
ともかくそうとなればもうここにはいられない。即刻立ち去る準備を進めなければ謎の細胞で要塞化されたボロ屋が公衆の面前に晒される事となる。
キャスター討伐から帰って来た側からこれだ。流石は幸運スキルC-と言った所か某幻想殺しのようなセリフを吐く所だった…って何の電波を受信しているんだ俺は?
どうやら自分でも気付かない内にかなり参っちまってるらしい。
「ゆーき。どうしたの?またこわいおかおしてるよ?」
例の如くいつの間にか俺の膝の上に座っていた桜が上目遣いに尋ねて来る。
やっぱり駄目だな。近頃気持ちが顔に出てる気がする。
少し肩の力抜かないとやってけない。
「なぁ桜。」
「なぁに?」
「これからちょっとお出掛けしよっか。」
何気なく言い放った一言に、桜は表情を咲かせてこちらを見上げる。
「やったー!おでかけおでかけ!」
俺の膝の上からぴょんと降りて喜びのあまり飛び跳ねている。
そんなに嬉しかったのだろうか?…否、よくよく考えても見ればこの数日間マスターの正体が露見しないように桜は自宅待機させてたんだった。
おまけにここに来る前はあの蟲だらけの部屋に閉じ込めれていたのだから外が恋しくても無理は無いだろう。
しかしいざ立ち退くとなればどこへ行くべきか?どこぞのホテルに泊まるって手もあったが残念な事に俺は身分証すら持ってないからチェックインする時に見せてくれなんて言われたらどうしようもない。この場で作るにしても金と違ってこれは検査された時が恐いから止めておこう。
次は地下に大聖杯がある柳洞寺。ここは人ん家だから勝手に上がったら警察呼ばれること間違い無し。
仮に数日で良いから泊めてくれって頼んで承諾してもらったとしても東洋建築は防衛には向いてないし、辺りを林に囲まれてるから万が一アサシンに侵入されでもしたら桜を守り抜けない可能性がある。
残る場所と言えば良い所はあるんだが、桜に辛い思いをさせてしまうかもしれない。
三つ目の候補、間桐邸だ。
ちょっと前にもしかしたら雁夜が戻ってるかもとか思って分体を飛ばしてみたんだが、何と人っ子一人いなくなっていた。
近隣の住民の会話を拾ってみた所、蟲爺が表向きは病死って事になっており、次の家主になった雁夜の兄貴が家の所有権を弟に譲渡して息子と一緒にさっさと雲隠れしたらしい。
その時に家で働いてたお手伝いさんみたいな人達もとっとと止めてったらしく、今や空家同然らしいのだ。
これはかなり都合が良いんじゃないか?爺はもう死んでるだろうから直接的な障害になる奴はいないし、爺の言いなりになって桜を蟲部屋の中に放り込んでた雁夜の兄貴も、家で働いてた人達もいなくなった。
それとそう。蟲部屋や他の部屋だったり屋根の裏とか家の周囲とかもくまなく探索した所、結局爺の蟲はいなかったから万が一ってことも無い。
これで桜に害を及ぼす可能性のある奴は全員いなくなった事になるし、一応桜は間桐の人間だから住み着いてても何らおかしな点は無い。
俺はまぁ留守を預かってるお手伝いさんの残りとでも言っておけばご近所さんにも露骨に怪しまれる事は……大いにあるか。
デカくてゴツくて顔の右半分にナ○トの呪印みたいな痣…って言うかどっから見てもタトゥーみたいなのがある男が幼女と同居してるとなったら即通報モノだ。
と言っても顔の表面だけ変異させれば痣は消せるからまぁ大丈夫かな。
それにあそこで待ってれば雁夜がむこうからやって来てくれる可能性もある。
そして間桐邸は腐っても聖杯御三家の一角が居を構えていた建物だ。中はそりゃもう魔術師向けの構造になってることだろう。トラップの仕掛け放題ってもんだ。
だけど唯一にして最大の問題。それは、あの家が桜にとっては正しく悪夢の象徴とも言える場所であるからだ。
あそこで散々酷い目にあって来たのに、今になって戻りたがるだろうか?俺に気を遣って承諾されても桜を苦しめるような事にはなって欲しくない。
例えどれだけ最良の策であったとしても、そこに最善が全く介在していないのであれば俺はその手段は取りたくない。ことマスターの為となれば尚更だ。
だが、それ以外にこれと言って丁度良い物件はこの数日間の間に探索しても見つからなかった。他に選択肢は無いと言っても良い。
だから嫌な事を思い出させてしまうかもしれないが、ここは桜の心境を確かめる必要がある。
「桜。出掛ける前に聞いとかなきゃならない事あったんだわ。」
「?」
なんだろう?と首を傾げる桜に、意を決して問いを投げかける。
「出掛けた後なんだけどさ、前の家に戻ろうと思うんだけど、どうかな?」
桜「え……」
突然桜の表情が固まった。前の家…つまりは間桐邸の事だと理解したのだろう。
途端に表情を曇らせて怯えたような顔をする。
「でも…あそこには……」
「大丈夫。伯父さんとか兄ちゃんとかはもう皆いなくなっちまってすっからかんだし、爺も消えちまったからもう桜に恐い思いをさせる奴はいないよ。だけど……」
「……だけど?」
「桜が嫌だって言うなら別に無理して行かなくても良いんだ。お前の好きなようにすれば良い。」
まだ幼く、魔術だか聖杯戦争だかの事なんかこれっぽっちも分からない子供だけど、このくらいの意思表示の自由はあっても良い筈だ。
どんな形であれ、この娘は俺のマスターなんだから。
桜は若干もじもじしながらどうするべきか決めかねているようで、視線をこちらに向けては逸らすという流れを繰り返している。
「ほんとうに…もうこわいことされない?」
「ああ、心配いらない。」
「もどってもいっしょにねてくれる?」
「もちろん。」
「じゃぁ……いいよ?」
「桜、俺に気を遣う事なんてないんだ。正直に答えて、それで良いんだな?」
「うん…ゆーきと…いっしょなら……。」
顔を赤くしながら桜が承諾の意を示した。
……ってか何で赤くなってんの?具合でも悪いのか?だとしたら大変だ。
俺は桜の額に手を重ねて、幼い故に丸みのある顔を覗き込む。必然的にお互いの顔が接近し、桜の顔がアップで視界一杯に広がった。
「〜〜〜〜〜!!?」
すると、更に桜は更に顔を真っ赤にして目を見開いた、心なしか額も熱を帯びているように思える。
「桜、熱でもあんのか?顔めっさ赤いし熱いぞぐおおぉぉおお!!?」
突然股の下の息子に衝撃が走った。それが桜の蹴りによるものである事に気づくまでにはそれなりに時間を要したとここに記しておく。
「だいじょうぶだからはやくおでかけいくの!!(♯`∧´)」
何故だか怒った様子で悶絶している俺にポカポカと拳を打ち付けて追い打ちをかましながら桜が大声で喚く。
……ってかマスターよぉ。これじゃぁ俺の方が外出無理っぽそうなんですけど。主に股の下の損傷につき。
人外化して耐久A+ランクまで高められておきながら人間の構造のままであるが故にどうしても強化のしようが無い部分を残したこの不完全な進化の形が恨めしい。
何でここだけはいつまで経ってもデリケートなままなのだろうか?地味に疑問だ。
それから数分後、アパートを元に戻してオラクル細胞で作った家具諸々を全て回収した後、俺は桜と一緒におぼつかない足取りで冬木の街に繰り出していった。
Side out
街に入った二人は、間桐邸を目指しながら道行く店を見て回った。
なんだかんだで今までこの街をちゃんと自分の足で見て回っていなかった勇希にとっても外の世界自体がご無沙汰な桜も終始笑顔であった。
「ねぇねぇゆーき!あれおいしそう!」
「どれどれ?おお、タイ焼きか。結構並んでるが確かに美味そうだな。ちょっくら喰ってみるか。(誤字にあらず)」
「うん!たべるたべる!」
勇希の手を、ぶら下がる様に握り締めた桜が指差す屋台へと二人は足を運ぶ。
甘い臭いに誘われて、勇希も突然の捕食衝動に襲われた事により乗り気で列に並んだ。
そして、意外とそう長々と待たされることも無くタイ焼きを買う事が出来た。
桜は餡子味を、勇希はこしあんと粒あんとクリームにチョコに抹茶に薩摩芋をそれぞれ3つずつの計16個のタイ焼きを購入した。
その時、満面の笑みを浮かべる桜と涎を垂らしながら何かに取りつかれたような目で大量のタイ焼きを買う勇希というシュールな組み合わせに他の客や店員がかなりひいていたのは言うまでも無い。
それは一先ず置いておいて、タイ焼きが冷めない内に早速食べるべくどこか座る場所を探していた時、桜が大きな何かにぶつかって危うく転びそうになる。
「きゃっ!」
「うおっ。あぶね。」
咄嗟に勇希が支えた事で転ばずに済み、尚且つタイ焼きを地面にぶちまける事も防げたことに、二人がほぼ同時にホッと溜め息をつく。
「おっとっと、こりゃすまんかったな娘っ子。大事無いか?」
「だいじょうぶです。ぶつかってごめんなさい。」
「いやいや、余の方こそ不注意であった。お主が詫びる必要は無いぞ。」
全長2メートルはあろうかという巨漢に桜は物怖じせずにハキハキ答える。
変な所で発揮される度胸に普段なら別の意味で感心する所なのだが、この男に限ってはそうも言ってはいられない。
胸元に世界図とゲームのロゴが入ったTシャツとジーパンを履いたライダーのサーヴァント、征服王イスカンダルが、小さな少女からその傍らに立っていた男に視線を移して目を丸くする。
「誰かと思えばイーターではないか!こんな所でばったり出くわすとはとんだ偶然もあったもんだな!」
ガハハ!と剛毅に笑うライダーの後ろからいつか見た若いマスターが走り寄って来る。
「こら馬鹿!勝手に行くなってあれほどって、げぇ!!イーター!!!」
肩で息をしながら自分のサーヴァントに怒鳴りつけた直後に敵の姿を視認して腰を抜かすウェイバー。
通行人の邪魔になるとだけ告げて勇希は一端桜とライダー陣営を連れて近くにあった公園に入った。
丁度好さそうなベンチに腰掛けて、思い出したように抱えていた袋からタイ焼きをかじろうとした時、隣に座っていた桜がおもむろに勇希の袖を引っ張る。
「ねぇねぇゆーき。おじさんとおにいさんにもタイやきたべさせてあげて。」
「え?」
突然の提案に一瞬勇希の思考が停止した。
タイ焼きを右手に持って口をあんぐりと開けたままの間抜けな表情で二、三秒程呆けていると、桜が畳みかけるような言葉を発した。
「だってわたしたちだけめのまえでたべてたらずるいでしょ?ひとりじめはいけないよっておかあさんにいわれたことあるの。いっぱいあるからすこしだけ。ね?」
「む……そうか、分かった。ほらよ、お二人さん。味はこしあんだ。」
桜の裏表のない善意を向けられて少し口ごもるが、まぁ一、二個程度で文句は言うまいと袋の中からまだ温かいタイ焼きをライダーとウェイバーに手渡した。
「おお!露店の駄菓子でありながらこの香り!食欲を引き立てられるというものよのう!」
受け取って早々子供みたいに喜びながらガブリと豪快にタイ焼きにかじりつくライダー。
奥歯でよく咀嚼して味を噛み締め、「うまい!」と大声で絶賛する。
そんなに気に入ったのかと苦笑しながらも、勇希は十個以上のタイ焼きを、ほぼ一口食いで口に放り込んでは胃袋におさめて行く。
その軽く人間離れした素早い喰いっぷりにウェイバーが顔を引き攣らせる。
「はっはっは!まさしくイーターの名にそぐわぬ食いっぷりだな!」
「別にこんなの誰にだって出来るだろ?」
「人外の尺度で物事を測るなよ!」
鋭いツッコミを入れるウェイバー。確かに人外中の人外である勇希の、若干どころか隣のコースに「ファー!」と叫びたくなる程に思いっきりズレた観点で物事を測っていたらこの世界はたちまち人外の巣窟ということになってしまうだろう。
「ふぅ。小腹に良い物を入れられて満足した事だし。そろそろ聞かせてもらえんか?」
突然空気が変わった。勇希も半ばこの展開は予測していたように13個目のタイ焼きを飲み込んだ所でライダーを横目に見る。
「さっきから気になっていたが、お前の隣にいるそのちっこいのはやはり……」
「ああ。俺のマスターだ。」
あっさりと肯定した勇希の言葉にライダーは腕を組んで何かを考え込み、ウェイバーは驚愕を露わにした。
予想外である事に疑いの余地は無いだろう。散々派手に戦っておきながら今まで何の情報も無く、アサシンにすらその実態を悟らせなかったやり手のマスターがこんな幼い子供であったのだから。
「なぁイーターよ。よもやとは思うがその娘っ子はお主を意図的に呼び出した訳ではあるまいな?」
「まぁな。そんな所だ。」
今更隠し立てしても仕方ないと勇希は開き直っていた。どの道、間桐邸に戻ったら付け入る隙も無いような防備を固める訳だし、例えこの後ライダー陣営がこの事実を声高らかに吹聴したとしても問題は無い。
「イレギュラーサーヴァントのマスターもまた本来の理から外れた者であったという事か。」
「言い方は何だか気に食わねぇが……概ね間違い無いわな。」
「そうか……まぁ安心せい。ここぞとつけ込むなどと言うつまらん真似はせん。剣を交える時は正々堂々真正面からぶつかり合おうではないか。」
「そいつはありがたい限りだ。」
ニカッと無邪気に笑うライダーに、ウェイバーは思わず嘆息し、勇希は苦笑した。
そこで、何かを思い出したようにライダーが表情を変える。
「イーターよ。実は今晩酒宴の席を設けようと思っておるのだが、一つ乗ってみる気は無いか?」
「酒盛りだぁ?またどうしてこの物騒な祭りの真っ最中にそんな悠長な事を?」
「いやなに。セイバーの奴が城を構えておると聞いてな、閃いたのだ。」
何を?と怪訝そうに片眉を吊り上げる。また予想の斜め上の答えが返って来るのだろうと予測しつつ続きを促す。
「何も殺し合うだけが戦いではあるまい。この地に集った英霊達の中で一体誰が真に聖杯を得るに値する器か、今宵に一つ剣ではなく杯交わす事で格を競おうと思ってな。」
期待通りの剛毅な提案。言われてみれば実にこの男らしい提案だと思った。実に分かり易く堂々としたやり口だ。
こうして思わず口元が緩むのは自分も同じ類の馬鹿だからかと自嘲気味に笑い。勇希はライダーと視線を合わせる。
「良いだろう。乗ったぜその誘い。だがそこで何でセイバーの名前が出て来るのか聞きたいんだが?」
「そんなもん奴の城で一献やるからに決まっておろうが。」
「じゃぁ奴さんにはその旨を伝えてあんのかい?」
「いやまだだ。第一この事を話したのはお主が最初だからな。」
ならば押しかけるつもりなのだろうか。今更ながら本当に色々と型破りな男に呆れつつ、勇希は立ち上がった。
「まぁとりあえず今晩セイバーの根城に行けばいいんだな?」
「おう。それまでにこちらでも誘えるだけ他の連中も誘っておこう。」
「了解だ。桜、行こ?」
「うん。おじさんとおにいさんもまたね〜!」
ひらひらと手を振る桜を連れて、勇希はその場を後にする。内心夜が来るのが楽しみだと機嫌がよさげに笑っていたのは彼自身気が付いていなかった。
それからいくつかの店を回り、日も暮れて来た辺りで漸く目的の場所に到着した。
物々しい雰囲気のそれは、見た目だけで言えば軽くお化け屋敷のようで一瞬寒気が走ったが、そんなことを言っていたらこれからやっていけない。
それに自分などよりもよっぽど恐怖と闘っている少女が傍らにいるのだ。それがこの程度で震えていたら示しがつかない。
不安そうな様子で袖を掴む手に力を込める少女の頭にポンと手を置いてそっと撫でる。
目を丸くしてこちらを仰ぎ見た後、桜は安心したようにニッコリ笑った。
意を決して家の扉を開ける。出迎えも無ければ人の気配も無い。やはり既に入居者は全員立ち退き済みのようだ。雁夜もいないらしい。
隣で桜がホッと一息ついたのを横目に中に足を踏み入れる。清掃もされていない為か埃っぽい屋内には灯りが灯っておらず、不気味な薄暗さに包まれていた。
臓硯の記憶を頼りに奥へ奥へと進んで行き、桜の部屋だった一室に足を踏み入れる。
そして、質素なベッドに桜を座らせて、自分は壁際に置かれていた椅子を持ってきて腰かけた。
「桜、やっぱり辛いか?」
「ううん、だいじょうぶ。しんぱいしないで。」
「そっか。んじゃ、もう良い時間帯になって来た事だし、今日はもう寝ちまおうか。」
「うん。」
上着を椅子に掛けて、勇希はベッドに寝転がる。そこへ寄り添うよつにして桜も横になった。
「おやすみ。ゆーき……」
「うん、お休み。」
ゆっくりと瞳を閉じ、程無くして寝息をかき始めた桜の髪をそっとすいた後、勇希は身を起してベッドから立ち上がる。
そして椅子に掛けてあったコートを再び羽織り、出口を目指した。
扉を開ければ青白い月が空に上がっており、辺りはすっかり夜の闇の中だった。
周辺に監視用の文体を放ち、とりあえずの防備を固め、腕のような羽を広げて飛び上がる。
行き先はアインツベルン城、これから王達が集う酒宴の場に、黒い影は静かに飛翔して行った。
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