おやこ 番外編episodeA 「こどもの日」 |
〜Side.Toushiro〜
5月5日は俺の誕生日であると同時に、子供の日でもある。
日頃は保育園と家の往復ばかりで、なかなか遠出をすることは出来ないが。久々に連休が確保出来たので、この機会に銀時が喜びそうな場所へ連れて行こうと計画していた。
「今日は楽しかったか?」
日中に行ったテーマパークの帰り。駅まで続く遊歩道を、銀時と手を繋いで歩く。
「うん! たのしかった!」
ゆっくり、のんびり、しっかりと。小さな歩幅に合わせ、茜色に染まった夕暮れの空の下を歩いて行く。
大人の一歩を踏み出す間、子供は何歩もの足を踏む。その小さな距離の中でたくさんのものを見たり、感じたりしながら、懸命に大人へ付いて行くのだろう。
残念ながら俺は、自分が子供だった頃の目線など、疾うの昔に忘れてしまっていた。あの頃何を見て、感じていたか、もう思い出すことは出来ない。
けれど、今でも楽しかった記憶というものは、断片ながらも記憶に残っているもので。
(お前も、ずっと覚えていてくれたらいいけどな――……)
まだまだ長いこの先の道の中に、ひっそりと息づいていられる思い出を作ってやりたい。
可能ならば、いつまでも色褪せずに残り続けるような、綺麗な思い出を積み重ねてあげたい。
日々、そう切実に思っていた。
「…………また、つれてってね」
繋いだ手に力を篭め、低い位置から見上げるようにお願いをする銀時。言い淀んだその言葉の片鱗に、子供ながらの躊躇いが見え隠れしていた。
多くの子供は、何の躊躇いもなく口にするであろう『願い』。それはごく自然なことで、享受されることを信じて疑わないのが普通だ。
そう、普通であるはずで。それを、銀時は普通だと思えていないのが現状だった。
願いを受け入れてもらうことは、特別なこと。
叶えてもらうことが、奇跡的なこと。
過酷な生い立ちを経ている幼き銀時にとって、願いを口に出すのは容易なことではないのだろう。
本人はきっと無意識で、深い考えはない。そう決め付けてしまうのが、勝手な大人の見解だ。そこにどれだけの苦悩や葛藤があるかなんて、本人にしか解らないものだけれど。少なくとも、俺が銀時と同じ年頃の時には、そんな心情を抱いた記憶はなかった。
それと同時に、銀時の訴えかけてくる感情が、切なるものだと痛感する。
現実的に考えると、出来ることなんて気持ちを察してやることくらいしかないのだが。俺に向けて何かを願うのであれば、可能な限り受け入れてやりたい。
血の繋がっていない、ただの養親に過ぎないかもしれないが。
父親として、一人の人間として、銀時を受け止めてやりたいと思う。この気持ちは、本物の親よりも強いと自負している。
一方的に銀時から頼られるだけではなく、俺自身もまた、銀時を必要としていた。
そばにいるのはお前じゃなきゃダメなんだ、と。
「あぁ、約束だ」
手のひらの半分に満たない大きさの、小さな君の手を握りしめて、確かな約束を交わす。
「……ありがと」
再び手に力が篭もり、見上げていた顔が儚い笑みを湛えて下を向く。
二人の重なる手の甲へ、柔らかい頬をするりと寄せる銀時。それは悲しんでいるわけではなく。子供なりの感謝の表現に違いない。
「こんどは、のれなかったジェットコースターものれるかな」
思い出したように、ぽつりと呟く。
身長制限に引っかかって乗れなかったのが悔しいのか。
そりゃそうだろう。子供にとって、ジェットコースターは魅力的な乗り物だ。
自分もかつて、銀時と同じ事を思っていた記憶がある。
「そうだな、大きくなれば乗れるだろうな」
「じゃあ、がんばって大きくなる」
「おぅ、頑張れ。残さずいっぱい食えば、すぐデカくなるぞ」
「うぇ……、そうなの」
偏食がちな銀時には、苦手な食べ物がある。そこが気になったのだろう。途端に曇る表情に、思わず苦笑した。
「でも、がんばる」
むすっとした顔で、口を尖らせながら決意を口にする銀時。その様子がいじらしく、何だか可笑しかった。
「焦ることねえよ。直に大きくなれるさ」
まっすぐに前を見ながら、小声で呟いた。
少し距離のあった駅までの道のりは、いつの間にか目的地の目の前まで差し掛かっている。
そう、ゆっくり歩いていても、着実に大きくなっていくだろう。
子供の成長は早いのだから。
話しているうちに駅へ辿り着いたので、一度繋いでいた手を離す。
くしゃりと銀時の髪をかき混ぜ、きょとんと見上げてくる顔を見ながら言伝た。
「切符買ってくるから、」
駅の改札口で待っていて欲しい、と。
「……うん」
頼りなさそうに返された返事は、やっと聞こえるくらいの大きさだったのに。だが俺は特に気に留めず、その場を離れてしまった。
深く考えていなかった思考は、些細な変化を見逃したことにも気付いていない。
返事を背中に聞きながら、人混みを掻き分けて券売機へと向かう。
その時の銀時を、ちゃんと見ていれば良かった。
表情を出しにくい子だということは、誰よりも自分がよく知っているはずなのに。
ここで銀時と離れたことを、後に後悔することになるなど、この時は知る由もなかった。
〜Side.Gintoki〜
パパから言われた通り、オレは改札の前でじっと待ってた。
忙しなく通り過ぎていく、自分よりも大きな人たち。
カバンやトランクを持った大荷物のおねえさん。聞いたことがない言葉で話しているおじさん。腰の曲がったおじいちゃんやおばあちゃん。
色んな人が前を通ったり、くぐったりしながら、どこかへ歩いて行く。
改札の前にいると、沢山の音が聞こえてきた。
遊園地にいた時と同じような感じだと思う。
ざわざわ、がやがや、ガタンゴトン。
パパと一緒にいた時は全然気にならなかった。でも、ひとりになった途端、急にさびしくなってくる。
あたりをキョロキョロ見回してると、どん、と後ろから誰かがぶつかった。
その拍子に、ぐらりとよろけて。
「……うわ、」
地面に手を付きそうになった。けど、なんとかこらえて顔を上げる。
痛かったけど、すぐに謝ろうとしたんだ。
『自分が痛い思いをした時は、相手も同じように痛いと思ってるんですよ』
『そういう時は、自分が悪くなくてもごめんなさいって言ってあげると、相手も嫌な気持ちがしないはずです』
保育園の先生が、そう教えてくれたから。
「あ、ごめ……」
でも、オレの言葉は最後まで聞いてもらえなかった。
上からジロリと冷たい目で見下ろしてきた、パパと同じ年くらいの女の人。何だかすごくイヤなものを見たみたいな顔をして、思いっきりオレを避けた。
「やだ、何この子。気持ち悪い」
「……!」
オレに触った部分の服をささっと払って、きつい目で睨んでくる。
(あぁ、まただ――……)
今まで何回も、同じことを言われたことがあった。
同じように避けられたことも、数えきれないくらい沢山ある。
だから、これが初めてのことじゃないけれど。いつまで経っても慣れないんだよ。
「ママ、どうしたの?」
後から改札機を通ってきた男の子が、女の人に声をかけた。続いてもう一人、男の人が近寄ってくる。女の人はママと呼ばれていたし、家族なのかもしれない。
「何でもないわ。行きましょう」
「うん」
何事もなかったかのように背中を向けて、三人の人たちがオレから離れていく。
お父さんとお母さんに両手を繋いでもらって、男の子は嬉しそうな顔をしてた。
何も知らない、幸せそうな子。
『気持ち悪い』
さっきの声が、耳の奥から離れない。
体のどこかがズキズキする。痛くて、苦しくて、悲しくて、どうにかなっちゃいそうな感じ。
いつも、そう。
何でこんなに辛くなるんだろう。
わからない。
わからないの。
近くを通る人なんて気にならなかったのに、突然、オレを見てくる人の目が怖くなった。
目が合うと、スッと逸らされる。オレがここに居ることを無視するみたいに、誰も目を合わせてくれない。
それに気付いたら、オレの周りだけ人が避けていく気がしてきたんだ。
さっきまでうるさいくらい聞こえてた音が、ふっと消えたみたいに聞こえなくなる。
いつだったか忘れちゃったけれど、ずっと前においてけぼりにされて、ひとりぼっちになった時の事を思い出した。
そうしたら、急に苦しくなって。のどの奥が、ぐぐっと詰まった感じがした。
心臓がどきどき、ズキズキする。息が、上手く出来ない。
泣きそう、だ。
(ダメ、泣いちゃダメ。パパが心配するから、泣いたらダメだ)
一生懸命がまんして、人を見ないように下を向いた。
『何がいけなかったのか、考えてみることも大切ですよ』
これは先生がいつも言ってること。
でもね、先生。
オレ、何も悪いことしてないよ。
どうして睨むの?
何が気持ち悪いの?
ちょっと服に触っちゃったけど、汚してなんかいないよ。
オレ、気持ち悪いの――……?
くちびるを噛んで、手をぎゅっと握ってみたけど、やっぱりどうしようもなかった。
何で、どうしてって思ったら、すごく悲しくなってきて。
もうダメだと思った時。
「銀時」
パパが、オレを呼んだ。
「悪い、待たせちまったな」
まっすぐオレのところへ来てくれた、たった一人の人だった。
大きな手で、頭にそっと触ってくれる。
それがとっても温かくて、優しくて。
のどにつっかえて苦しかったものが、涙になってぶわっと込み上げてきた。
「……ひ、っ…………く、……」
「おい、どうした?」
急に泣き出したオレを見て、パパが困ったように声をかけてくる。
(がんばるって、決めたのに……)
もう、がまんが出来なかったんだ。
お帰りって言いたい。
待ってたよって伝えたい。
だけど、涙が後からどんどんあふれてきて、声が出ない。
涙の止め方も、わからないよ。
ぽろぽろとこぼれる涙を見せないように、もう一度下を向く。
こんな風に泣いてたら、きっとパパもオレのことが嫌いになる。パパに嫌われたら、また……、オレはひとりぼっちになっちゃう。
でも、パパは足元へしゃがんで、顔を覗きこんできた。静かに、じっと、オレの目を見つめて。
「お前をひとりにはさせねえよ」
よく頑張ったな、って髪を撫でてくれた。
「…………うぁ、っ……ぁぁ、……ぅっ……」
その優しい声を聞いた途端に、また、涙があふれた。
どうしようもないくらいの、よく分からない気持ちで胸がいっぱいになる。
「大丈夫」
泣き止めないオレのそばで、何度も『大丈夫』って言ってくれる。
ふわふわと髪を撫で続けて、落ち着くまで待っててくれる、大好きなパパ。
さびしかったのも、悲しかったのも、本当のこと。
だけど、今は。
(何て言えばいいのかわかんない。でも――……)
「ありがとう」
覚えてる言葉の中で、これが一番ピッタリ合う気がした。
涙を手でごしごし擦って、顔を上げる。
すると、ふっと笑ったパパが、オレの両脇に手を差し込んで、ひょいと片腕に抱き上げてくれた。
「わっ!」
急に浮かんだ体にびっくりして、落ちないようにぎゅっと肩へしがみ付く。
「アンバランス、ベストポジションってやつだな」
「…………なに、それ?」
「人間ってのは、不安定な中でも、無意識に自分の一番落ち着ける姿勢や居場所を見つけられるように出来てんだ」
「そうなの?」
「あぁ。銀時にとって、それが……」
そこで、パパが少し笑った。
横顔しか見えないけれど、嬉しそうな、さびしそうな、不思議な顔に見えた。
「……パパ?」
小声で呼びかけると、遠くを見ていたパパの顔がぐっと近づいて。オレの顔に、すりすりとほっぺたを摺り合わせてくる。
でも、言葉を切ったまま、パパは何も言わない。
(このままいっしょにいても、いい……?)
心で思っている気持ちを上手く伝えることが出来なくて、肩を掴んでいる手に力を篭める。
すると、片腕でオレを支えている手の力が、同じように強くなった気がしたんだ。
難しいことは分からない。けれど、それがパパの答えなのかなと、なんとなく思った。
「今日はケーキでも買って帰るか」
「うん! ねぇ、オレが選んでもいい?」
「おぅ、銀時が好きなやつにしろ。今日はお前の日でもあるからな」
「へへっ、やったぁ!」
喜んではしゃいでたら、目元を緩めて微笑んでくれた。
パパの逞しい腕に抱かれたまま、一緒に駅のホームへと向かっていく。
駅の中は沢山の人とすれ違うけれど、もう、人の目は怖くなかった。それはきっと、パパが一緒に居てくれるから。
落ちないようにしっかりと胸元を掴むと、そこから確かに伝わってくる、ちょっぴり温かい体温。それと、心臓の音。
じっと見つめていると微かに笑ってくれる、三日月の形をした柔らかいくちびる。
自分じゃ手の届かないところにある、大好きなもの。
それがオレに安心をくれるんだね。
「ありがとう、パパ」
一緒に居てくれて、ありがとう。
ねぇ。
オレ、がんばって大きくなるよ。
(いつか、大好きなものまで背伸びをしたら届くの?)
End.
2012/05/07
Title(前):お前じゃなきゃダメなんだ/君の手を握りしめて/駅の改札口で待っていて
Title(後):アンバランス、ベストポジション/(このままいっしょにいても、いい?)/背伸びをしたら届くの?
説明 | ||
【Updata:2012/05/07、Remove:2012/09/18】 養子親子設定の小話で、土方誕生日とこどもの日に合わせたハズの番外編A。 二次創作だけど、半分フィクション、半分ノンフィクション。 [設定] ショタコンではなく、養子家族の絆をテーマにした純粋な家族愛のお話です。 主要キャラは土方と銀時(仔銀)。 土方十四郎:臨床心理士として働く、未婚の養親。男手一つで銀時を子育て中。 銀時:物心付く前に親から捨てられ、十四郎に養子として迎えられた子供。保育園児。 ☆140字SSまとめ (Ep.1〜24) Last: Aug 19,2012. http://www.tinami.com/view/485555 ★番外編episode@ 「おたんじょうび、おめでとう」 Wrote on May 5,2012. http://www.tinami.com/view/485546 ★番外編episodeB 「短冊に願いを」 Wrote on July 9,2012. http://www.tinami.com/view/485561 ★番外編episodeC:「おやすみ。」 Wrote on Aug 20,2012. http://www.tinami.com/view/485562 |
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