Switch On |
「やべ、体操着がねェ……」
休み時間に着替えようと鞄を開いたところ、体操着を家に忘れてきてしまったことに気が付いた。
次の時間は、体育の授業。体操着がなければ、俺は授業を受けることが出来ない。
紛れもなく、これは死活問題だ。
(どうすんだ。迷ってる暇ねェぞ)
考えている間も、どんどん時間は過ぎていく。
早くしなければ休み時間が終わり、授業が始まってしまう。その前に着替えて、靴を履き替え、グラウンドへ向かわなければ。
チラリと廊下の方へ視線を移し、瞬時に思考を巡らせる。
同じクラスの奴は、当然のことながら同じ授業で体操着を使うため、借りることなど出来ない。既に大半が教室を出て行ってしまっているため、今から二着持っている奴を探すのは一苦労だろう。
となれば、必然的に別のクラスの奴から借りるしか方法はない。
違うクラスの奴から借りるということは、自分とサイズが合う奴を探さなければならないという難点がある。
仲が良い友だちは全員同じクラスだから、自ずと知らない他人の衣服を着ることになるわけで。それはさすがに、生理的な抵抗があった。
俺は潔癖症ではないし、いざとなれば然程気にならないのかもしれない。それでもやはり、気心の知れていない人間から素肌に触れるものを借りるのは、若干気が引けてしまう。
知らない相手に気易く貸し借りを持ちかけられるような性格でもないため、どうも気乗りがしないのだ。
かといって、素直に「忘れ物をしました」と言って、わざわざ見学をするのは何だか悔しい。体操着を忘れた自分が悪いのはわかっているが、健康なのに見学をしなければならない時ほど、虚しいものはない。自分のミスが招いた失態が原因なら尚更だ。
(……アイツに借りる、か)
恋人の銀時は、幸いにも隣のクラスにいる。この時間、クラスが違うアイツは別の授業を受けるはずだ。俺が体操着を借りていっても、特に支障はないだろう。
銀時なら、その、恋人という関係上気心が知れているし、多少文句を言われる程度で済むはずだ。
(それに、一回着てみたかったんだよな)
銀時の体操着を着てみたいと、実は以前から密かに思っていたのだ。まさかその機会が訪れるなんて思ってもいなかったが、せっかくのチャンスだ。利用しない手はない。
そう思うが早く、ガタガタと歪に並んだ机の列を掻き分けて、俺は急いで隣のクラスへと向かった。
「銀時!」
教室の後ろ側のドアから半身を滑りこませ、大きな声で恋人の名前を呼ぶ。すると、ざわざわとした教室の中へ俺の声が響き、何人か驚いて振り返った。
「あ、土方くんだ!」
と、女がどこかで好奇の声を上げた。だが、そんな事はどうでもいい。
俺の用があるのは銀時だけだ。邪魔すんじゃねえ。
「おー、どうしたぁ?」
教室の真ん中あたりの席に座っている銀時が、間延びした返事をしながら俺に振り返った。
「悪ィ、体操着貸してくれ」
「なに、珍しいじゃん。忘れたの?」
「……だからこうして借りに来てンだろーが」
ムスッとした表情で言葉を返すと、そりゃそうだな、と言って苦笑する銀時。
「時間がねェんだ、早く貸せ」
室内の時計を見ると、休み時間は残り時間を刻々と削っている。
急がないと、授業に間に合わない。
逸る気持ちから焦って手を伸ばすと、さすがに状況を察したのだろう。しょうがねーなァ、と言いながら、銀時は急ぐ様子もなく席を立った。
後ろのロッカーから、ごそごそと中を探り、少しよれた体操着を一式取り出す。
「さっき使ったから、汗臭ェかもしんねーぞ」
自分の体操着を差し出して、申し訳なさそうに断りを入れてくる。一応きちんと畳まれてはいるが、言われてみれば確かに少し湿気っぽい感じがした。
「あぁ、別に気にしねえ。助かった」
手渡された体操着を持って、銀時に向けて微かに笑顔を浮かべる。
すると、銀時はどこか居心地悪そうに、跳ねた髪をガシガシと掻いて。
「大したことじゃねーよ」
と、斜め下に目を逸らしながら、ぶっきらぼうに低く呟いた。
「じゃあな」
急いで着替えをしに教室へ戻ろうと、手短に挨拶の言葉をかけ、くるりと踵を返す。
無事に体操着を借りられたことを安堵したのも束の間。自分の教室から、一人の生徒がジャージ姿で出ていくのが見えた。
早くしないと、本当に授業へ間に合わなくなる。
体育の教師である松平先生は、のんびりした口調とは裏腹に、恐ろしく気が短いからな。勘に障ろうものなら、平気で無茶な罰を言い渡してくる人だ。下手すりゃ外周百周とかさせられちまう。
(遅刻だけは何としても免れねェと……)
授業に遅れた時の恐怖を思い描きながら、自分の教室へと足早に戻った。
教室のドアを開けると、もう既に、中には誰も残っていなかった。電気の消えた薄暗い室内は、銀時のクラスと違って、しんと静まり返っている。
そんな中を、廊下側、壁際の真ん中あたりに位置している自分の席へと歩を進めた。
途中で、きちんと整列していない机の角が足にぶつかり、ガタンと大きな音が響く。
それと同時に、ドアの閉まる音がして。
ふと後ろを振り返ると、隣のクラスから銀時が後を付いてきていた。
「電気くらいつけろよ」
パチンと壁のスイッチが押され、室内が蛍光灯の光で明るく照らされる。
急な明度の変化を感じて、無意識的に目を細めた。
俺の教室には誰もいないし、休み時間なら他のクラスの人間が入ってきても別に問題はない。これから着替えるにしても、男同士なら特に気を遣う必要もないだろう。
意図せず乱入してきた銀時の存在を視界に入れつつ、俺は黙って自分の席に戻った。
俺の着替えの邪魔にならないよう、配慮したのだろうか。銀時は空いている隣の机の上にドサリと腰掛け、無言でこちらを見つめている。
暇を持て余した様子で、ぐるりと教室内を見回しながら、一人まったりとくつろぎ始める銀時。
「ほら、さっさと着替えちまえ」
「わかってる」
急かすような声に相槌を打ちながら、バサリと制服のブレザーを脱ぎ捨てる。
それを、暇そうにしている銀時へ向かって、無遠慮に放り投げた。
「……ん?」
「急いでんだよ。暇してンなら適当に畳んどけ」
ネクタイをするりとを抜いて、同じように銀時へ手渡す。立て続けにシャツのボタンを外しにかかる。手際よくベルトを緩め、ズボンへと手を掛けた。
着ている制服を一つずつ脱いでは、次々に銀時へ渡していく。
「ったく、しょーがねえなぁ」
まぁ、別にいいけど。と、一人ごちながらも、銀時は言われた通りに俺の制服を畳み出す。
(お前のそういう所がイイよな)
空中で器用にシャツを折り畳んでいく姿に、軽く笑みを零した。
口では面倒くさがりながらも、銀時は意外と世話好きだということを、俺は知っている。
決してお節介すぎず、言いたいことを察してくれる。お互いの性格が似ているというのもあるが、銀時は俺の思考を良く理解してくれていると思う。
そこが、とても嬉しいのだ。
そんな銀時の甲斐甲斐しい姿を横目で見ながら、借りた体操着へ手を通す。
柔らかい生地のそれは、先ほど前置きされた通り、少し汗で湿っていた。
けれど、不思議と嫌悪感を感じない。
借りた相手が、既に何度も肌を合わせている銀時だからだろうか。他人の物には変わりないが、自然と抵抗なく着ることが出来た。
ふ、と気になって襟元を掴み、すん、と匂いを嗅いでみる。
すると、柔軟剤の甘い匂いと共に、ほのかに漂う銀時の香りが鼻腔をくすぐった。
それは、既に嗅ぎ慣れている銀時の匂いのはずだ。
なのに、一瞬ゾクッとするような、狂喜にも似た感覚が体中に駆け巡り、思わず表情が歪んでしまった。
直接本能へと訴えかける野性的な衝動を感じたのは、気のせいか。
いや、きっとこれは、気のせいなんかじゃない。
瞬間的に感じた、性的衝動。それを隣にいる銀時に悟られないよう、ついと顔を背けた。
ヤバい。
この匂いはヤバい。
正直、クる。
(でも……、嫌いじゃねえ)
そのゾクゾクする感覚に、不覚にも一瞬身体の中心が反応をしかけてしまった。
一応訂正しておくが、別に変態的な意味じゃねーぞ。匂いフェチとか、そんなんじゃねーからな!
違う。それは断じて違うと言い切る。
つーか、俺は変態じゃねえ!
「何やってんの」
「……何でもねェよ」
一人でもんどり打っていると、銀時が訝しげにボソッと声を掛けてきた。
危うく暴走しかけた思考を何とか引き戻し、平静を装って着替えを再開する。
まだちょっと脈が乱れている気がするのは、きっと気のせいだ。と、自分に言い聞かせて。
「ふぅん。そう」
興味を失くしたかのように、また手を動かし始める銀時。
それを横目で見て、ほっと安堵の息を吐いた。
(何だったんだ、今のは……)
急にスイッチが入ったかのように、いきなり鋭い感覚に襲われたのだ。
発端は一つしかない。けれど、原因は何なのか自分でもよく分からなかった。
解るのは、得体の知れない何かが引き金になったということだけだ。それに誘発されたのは、事実として認めよう。
(まぁ、いい)
深く考えている時間はないということを思い出し、慌ててジャージを手に取った。
青い学年色のジャージを穿き、続けて揃いの上着にも袖を通す。
これで、着替えは終わりだ。
(何となく、むず痒いもんだな)
借りたジャージに身を包み、自分の左胸の辺りにそっと手で触れる。
そこには、青い生地に白糸で刺繍された、坂田の苗字が刻まれていた。仕様上、ズボンにも同様に、持ち主の名前が刺繍されている。
当たり前だが、これは立派な銀時の私物だ。
見た目は学年全員が同じ物とはいえ、俺が自分と違う苗字のジャージを着ていたら、一目でそれが他人の物だと判別されるだろう。
それこそが、俺の狙いだった。
――銀時は俺のモンだって、それとなく他人にアピールしてみてえ。
あくまで単純に……、しかし強く、以前からそう思っていた。
俺と銀時が付き合っていることは、周囲には明かしていない。
付き合っていても、銀時は相変わらず「女の子にモテたい」としょっちゅう言い回っている。
それと同時に、俺がフリーだと思って告白してくる女も、後を絶たない。
これが俺たちの現状だ。
傍から見れば、銀時とは仲の良い悪友にしか見えないからだろう。
さすがに、そこは致し方ない。
何しろ俺たちは、元来はノンケだ。付き合う以前から知り合いであり、友だちとして接してきてる時間も長い。故に、今更こうして銀時からジャージを借りて着たところで、何の効果もないんじゃないか、とも思う。
だが、それでも。
俺自身の独占欲は、密かに満たすことが出来る。
目敏い沖田あたりは、きっと面白半分に揶揄してくるに違いない。その予想だけは、外さない自信があった。
そうなれば、俺の目論見通りだ。
他人に揶揄させることが目的であり、自ら関係を公にしたいわけじゃない。
皮肉られれば、いつものように素知らぬ顔で受け流す。
デレたり、銀時が恋人であることを、自分から率先して自慢するつもりもない。
何ともまどろっこしい基準ではあるが、それが俺の抱いている願望だった。
他人から弄られれば、「何言ってんだ、馬鹿なこと抜かしてんじゃねえ」と当たり前のように罵声を返す。
意地でも特別な関係とは認めない。
それが、俺だ。
(偽り、だけどな)
そう、表面的な偽りの態度だ。
仮面の下は、いつだって銀時のことしか見ちゃいねえ。
嫉妬で醜く歪んだり、満たされない欲求で曇らせたりもする。
何てことはねえ。普通の男の恋愛感情だろ?
ただ、それを素直に出すことが出来ないから。こうして、解りにくい方法に出ちまうだけだ。
素直じゃない態度の、その裏に。
そっと、焦がれて止まない、恋心を隠して。
「おい、ぼーっとしてっけどさァ。時間、大丈夫なのかよ」
急がねーと、とっつぁんにドヤされんぞ。と、制服を畳み終えた銀時が前屈みになって、俺の顔を覗き込む。
腰掛けた机に両手をつき、「ん?」と小首を傾げる銀時。
無意識ながらも、銀時は時々、あどけない顔をすることがある。その幼さの残る表情に、俺は滅法弱いのだ。
タレ目がちな紅い瞳が、薄明かりの教室の中で幽かな光を帯び、上目遣いに俺を見つめてくる。
どくん、と鼓動が高鳴った。
壁の時計を見ると、残された時間はあとわずかだ。
「あぁ、悪ィ。ちょっと行ってくる」
「おぅよ」
微かに表情を崩し、銀時がニッと笑いかけてきた。
普段は気怠そうな顔をあまり崩すことはないが、こうして俺にだけは、無邪気な表情を向けてくれる。
それが、とても愛しくて。
前を通り過ぎる寸前。
するりと銀時の首へ片腕を回し、ぐっと頭を引き寄せた。
元々前傾姿勢だった身体は容易く俺の腕の中に収まり、顔が近づく。
突然の行動に、銀時が驚いて目を瞬かせる。
それに構うこと無く、半ば強引に、俺は柔らかいくちびるを奪った。
「んっ、……」
顔を傾け、ふわりとくちびるに触れる。
最初は、そっと重ねるように合わせるだけ。
次は、下唇で挟んで軽く食むように。
形の良いくちびるの柔らかい感触を愉しみながら、徐々に強く、くちびるを重ねていく。
「……ん、」
薄く口を開き、歯列の隙間から舌を差し出す。
「――」
突き出した舌で、銀時のくちびるの合わせ目をやんわりとなぞる。
すれば、互いのキスに慣れた口は、自然と薄く開いて。俺の舌を、腔内へと抵抗なく招き入れた。
「……っ、は……」
軽く息を吐いて口を開いた隙に、ぬるりと舌先を銀時の舌へと絡ませる。
唾液を帯びて滑る、二つの舌。
それを性急に擦り合わせると、「んん、っ」と、銀時からくぐもった声が上がった。
(やべェ、止まんねえ)
自分から仕掛けた行為とはいえ、ゾクゾクと這い上がる快感に、思わず没頭しそうになってしまう。
まるで、性的なスイッチが入ってしまったかのようだ。
このまま二人で授業をサボって、甘美なキスに溺れてしまいたい。
あわよくば、その先も、なんて。
そんな良からぬ思考が湧いてくる。
誰もいない教室の中。
もうすぐ授業が始まるという、瀬戸際の時間。
銀時の汗を含んだ体操着に身を包みながら、貪るように互いの舌をもつれさせている。
その背徳的な状況下で、心のどこかが歓喜しているのを感じた。
俺はいま、銀時を支配している。
それと同時に、俺自身も、銀時に支配されている。
愉悦にも似た満足感が、俺の胸の内を占めていく。
この感覚は、たまらなく気持ちが良い。
(でも、もう行かねーと……)
いつまでも快感に浸っているわけにはいかない。
名残惜しいが、このままでは本当に授業へ間に合わなくなってしまう。それでは本末転倒だ。
「は、ぁ」
流されかけていた理性を何とか叱咤して、銀時の腔内から舌を離した。
深く合わせていた銀時のくちびるは、互いの唾液で湿っていて。またうっかり、衝動を煽られかけた。
二人の間に漂う危うい誘惑を振り払うように、濡れた口元を手の甲でぐい、と強く拭う。
それと同時に、遅れて銀時も閉じていた瞳をゆっくり開けて。
「十四郎から積極的にキスしてくるなんて、珍しいな」
妖しく瞳を煌めかせながら、口の端を吊り上げて、ニヤリと笑みを零す。
「俺の匂い付きの体操着着て、興奮しちゃった?」
「……っるせェ」
「別に隠すことねーだろ」
は、と息をついて、妖しげな笑みを隠すことなく浮かべる銀時。
コイツはいつだって余裕の表情を崩さない。どんなに俺がけしかけても、さらりと受け入れてしまうのだ。
逆に銀時から仕掛けられると、俺はすぐに余裕を失くしかけるのに。その差が、何だか癪に障る。
(クソ、)
――まるで、俺ばかりが心酔してるみてェじゃねーか。
想いの方向は同じなのに、自分だけが熱を上げているような気になってくる。
悔しい。
(テメーも欲しがれよ)
みっともないくらいに、俺を欲しがれ。
もっと、もっと。
そんな気持ちを込めて、じっと紅い瞳を見つめ返す。
すると、ふ、と目元を綻ばせ、銀時がスッと手を上げた。
俺の左胸の辺りに手を当て、指先で触れてくる。
「むしろ、そうだったら俺も嬉しいっつーかさ。間接的かもしんねーけど、十四郎が俺のモンになったみてェで、俺も興奮する」
大切な物へ触れるかのように、ジャージの上から、名前の刺繍をそっとなぞる。
「……っ」
恍惚とした表情で、上目遣いに俺を見上げてくる銀時。
その顔を見た瞬間に、また、どくんと心音が乱れる。
「ほら、早く行け。走らねーと間に合わねェぞ」
「あ、あぁ」
まだ少し余韻が残ってぼんやりとしている俺に対して、銀時は既に切り替えがついているようで。ぽん、と背中を押され、頑張って来いよ、とドアの方へ押し出された。
「続きは放課後、な」
ニヤリと含み笑いを浮かべて告げられた、誘いの言葉。
それと同時に、教室の外が人気でざわつき始めたことに気が付いた。
おそらく予鈴前で、休み時間に外へ出ていた生徒が教室へと戻ってきているのだろう。
何か言おうと口を開きかけたが、銀時はひらりと手を振って見送りの姿勢になっていて。そのまま無言で頷き返し、教室から走り出した。
廊下を走り、踊り場を抜け、勢い良く階段を駆け下りる。
教室へと戻っていく生徒たちの間をすり抜けながら、一階の下駄箱を目指して、全力で走った。
急いで靴を履き替えて昇降口を出たところで、ちょうど授業開始の予鈴が校舎から鳴り渡る。
ギリギリ間に合った、と内心でほっと安堵しつつ、グラウンドへ向けて、俺は再び地面を蹴った。
「お、トシ! 無事にジャージ借りられたんだな!」
集合場所へ向かうと、先に着いていた近藤さんが、爽やかな笑顔を向けてくる。
「あぁ。おかげ様で何とかなった」
走ったことで乱れた呼吸を落ち着けながら、それとなく相槌を返す。
「良かったなぁ。貸してくれる奴が居て!」
「そうだな」
ははっ、と笑いながら、豪快に背中を叩いてくる。けれど、彼は気付いていない。
これが、誰のものなのかということに。
「何でィ、遅刻すりゃ良かったのに」
つまんねーや。と悪びれなく悪態をついて、総悟が肩をすくめる。
今日の体育はサッカーらしい。
総悟は足元に転がしていたボールをつま先で器用にリフティングしながら、つい、と視線を逸らした。
しかし、その視線の先は、しっかりと俺のジャージに向けられている。
「ふーん」
「……何だよ」
「いえ。あの旦那が土方さんに私物を貸すなんて、珍しいこともあったもんだと思いやしてね」
俺の目論見を悟ったのか、ふふん、と鼻白む総悟。やっぱりコイツは抜け目ねえ。
それに、これは俺の予想通りの反応だ。
「確かに、言われてみればそうですね」
「あァ?」
「いつの間に旦那と親しくなったんです?」
総悟の言葉に釣られて、山崎が不思議そうに尋ねてきた。
釣られて原田、斎藤と、仲の良い面々が物珍しそうに俺の着ているジャージへ興味を示してくる。
「どうでもいいだろ、そんな事」
そこで俺は、鬱陶しそうに話題を両断する。
これも全て計画の内だ。抜かりはない。
「ま、土方さんの魂胆なんか言わなくてもバレバレですがねィ」
「えっ、それどういう事ですか?」
「それは土方さん本人に聞いてみなせェ」
ねぇ、土方さん。と勝ち誇った顔で、総悟が話の矛先をすり替えてきた。
ぽん、と膝で蹴り上げたボールが、軌跡を描いて地面に落ちる。そのタイミングを見切って、サッカーゴールに向け、ボールを力強く蹴り飛ばした。
ゴールネットがバサッと小気味良く音を立て、飛んでいったボールを受け止める。
外角のポストぎりぎりの、際どいコースを狙ったようだ。
そういうところが、いかにも総悟らしいと思う。
(上等だコラ)
物言いたげな眼差しを向けてくる総悟と、意味が理解出来ずに、「え、……え?」と、俺たちの顔を交互に見比べる山崎。
話を聞きつけたクラスメイトたちが、だんだん俺のそばへ集まってくる。
そんな仲間に向かって、これ見よがしに大きく溜息をついて。
愉悦を内にひた隠しながら、わざとふてぶてしく口を開いた。
「お前ら、――……!」
気付け。銀時は、誰のものなのか。
よく見ろ。俺は、銀時のモンなんだよ。
人知れず、無言のアピール。
もう、独占するだけじゃ物足りねえ。
俺は銀時を、支配したくてたまらねェんだ。
一方。その少し前に、教室へ取り残された銀時はというと。
「ったく、散々煽ってくれちゃって……」
主がいなくなった十四郎のクラスの中で、ガシガシと髪を掻き回しながら、一人ぽつりと呟いた。
(支配してェと思ってんのは、お前だけじゃねーんだよ)
先ほど教室を出て行った十四郎を思い浮かべ、言いようのない感情を言葉にする。
本当は授業になんか行かせたくなかった。
あのまま逆に強く抱きしめて、自分の腕の中へ閉じ込めてしまいたいとも思ったくらいだ。
誰もいない教室で、授業をサボって、二人っきりの世界に入り浸らせたくなる。
怖いくらいに狂気的で、醜く歪んだ、黒い劣情。
好きで。
好きで。
歯止めが効かなくなっちまうくらい、十四郎が、好きだ。
手元に視線を落とすと、一着の制服が目に入る。さっき十四郎から頼まれて、俺が畳んでおいたものだ。
「やべーな、ほんと」
何でもないその制服までも、自分のものにしてしまいたくなる。それが十四郎のものなら、自分の支配下に置きたくなってしまうのだ。
(やっちまえばいいんじゃねーの)
ふと思い立って、自分の着ているブレザーを脱いでみる。
そこには、裏生地の内側の目立たない所に、自分の苗字がひっそりと刺繍されていた。
手にしていた十四郎のブレザーを広げると、やはり同じように、土方と苗字の刺繍が施されている。
それを確認して、俺は密かに口角を上げ、十四郎のブレザーへそっと袖を通す。
一度着てしまえば、所有者の違いなど、他人からは全くわからないだろう。
何せ、体格も見た目も同じだ。俺がこうして違和感なく着られるのだから、十四郎も自然と着れるはず。
もしかしたら、すり替えられた十四郎本人すら気付かないかもしれない。
けれど。
誰も気付かなくても、俺だけは事実を知っている。
俺だけが、知っていればいいんだ。
脱いだ自分の上着をさっきと同じように畳み、何食わぬ顔で十四郎の制服と一緒に、机の上へ置いた。
「おめーは俺のモンだって、」
少しざらついた机の表面を、指でスッと撫でる。
自分の存在がそこに残ればいいという、思いを込めて。
「……思い知らせてやるよ」
今頃十四郎は、グラウンドへ向かって必死に走っている頃だろう。その見えない姿に向けて、人知れず不敵な笑みを零す。
十四郎の制服を着込んだ俺は、悠然と自分のクラスへ戻りながら、放課後のことを脳裏で思い描いた。
教室を出る間際、壁にある電気のスイッチへ手を伸ばす。
指先が触れたのとほぼ同時に、静かな室内へ、授業開始の予鈴が鳴り響いた。
――さぁて、どうやって果てまで堕としてやろーか。
湧き上がる支配欲に口元を歪ませながら、俺は電気のスイッチをパチンと消した。
End.
2012/06/03
説明 | ||
【Update:2012/06/03、Remove:2012/09/18】 学パロ同級生の坂田くんと土方くん。皆に内緒でお付き合いをしているものの、思春期特有の独占欲から、とある行動に――。 (以前拍手用に設置しておいたものを移転しました) |
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銀魂 学パロ 同級生 坂田銀時 土方十四郎 沖田総悟 | ||
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