IS  バニシングトルーパー α 003
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 Stage-003

 

 

 オルコット家はそこそこ歴史のある家で、先祖の中には騎士になって戦場を駆けたものも少なからずにいるという。

 そのせいなのかは分からんが、オルコット家屋敷の廊下には何個かのプレートアーマーが飾ってあった。

 もちろん誰も着やしないし、そもそもあれは花瓶と同じで、見た目を重視したただの飾り。

 しかしこれらを手入れする時は大変な重労働になる。

 特殊な技術が必要というわけではないが、鎧を分解してパーツごとにワックスをかけてしっかりとピカピカに磨きあげて、さらに組み立てなおさなくてはならない。

 誰もやりたがらない仕事だが、頻度はそれほどでもなく、月に一回くらいだ。

 だから俺がそれを引き受けた時、特に面倒とは思わなかった。

 それに男のサガか、鎧やら剣やらを触るのが好きだった。

 

 あれはとある日の朝のことだった。

 廊下のプレートアーマーの手入れをしょうと、そのヘルメットを外したとき、中から変なものを発見した。

 変なものというより、同年代の女の子一人だった。

 鎧の中で膝を抱えて、こっちを警戒したような目でこっちを睨んでくる。

 かなり大柄の成人男性が着るような鎧だから、その胴体スペースには小柄な少女一人くらいなら、何とか入れる。

 あの錬金術師兄弟の弟の方を思い出して頂ければ、分かると思います。

 

 「お、お嬢様……?」

 その少女のことは知っている。

 いつもメイド達に囲まれて、忙しそうにしているオルコット家の若き当主。

 初めてここに来たときに挨拶しただけで、雑務しか担当させてもらえない自分からすれば、まだまだ遠い存在の人物だった。

 

 「なにを、なさってるんですか?」

 相当我がままの噂だから、小心翼々とした口調で当主に問いかける。

 稽古やら勉強やらで、こんな所で隠れん坊をやってる暇はないはずだが。

 

 「あなたとは関係ありません。さっさとどこか別のところへ行ってしまいなさい!」

 表情から予想していたが、返ってきたのはえらく不機嫌そうな返事だった。同時に彼女はこっちが磨こうとしたヘルメットを奪い返して、カラッと元の位置にかけ直す。

 鎧は元通りに戻り、中から何の音もしなくなった。

 中の風通しが悪くて、相当蒸れるはずなのに、一体なにをしようとしているんだか。

 でもこれ以上追求したら首にされそうで、ちょっと怖い。

 

 「クリス?」

 「あっ、はい!」

 廊下の曲がり角から一人のメイドが現れて、近寄ってくる。

 自分にここでの仕事を紹介してくれたメイドさんだった。

 お嬢様とは幼馴染で、いつも彼女とはかなり近い立場に居るのに、俺みたいな下っ端に仕事を指導したり勉強を教えたりする、大変ありがたい人。

 

 「お嬢様を探してますが、あなたは見ませんでしたか? フェンシングの練習がありますのに、どこにも見当たりません」

 「さ、さあ……ずっとここで鎧の手入れをしてましたので、よく分かりません」

 首を傾げたチェルシーから目を逸らしつつ、なんとなく嘘をついてしまった。

 

 「そうですか。やはり昨日は厳しくしすぎたかしら」

 少しだけ間をおいた後、チェルシーは諦めたように小さなため息をついて、踵を返した。

 

 「……外を探してみます。もしお嬢様を見かけましたら、練習場へ行かせるようにとお伝えください」

 「はい、分かりました」

 急いだ足取りで、チェルシーはこの場を後にした。その後姿が廊下の向こうに消えるまで見送った後、俺は鎧を指で軽く叩いて小声で呟いた。

 

 「もう行きましたよ?」

 「……」

 「中は熱くないんですか?」

 「……」

 話しかけてみたものの、中からは何も帰ってこない。

 けどいつまでここに居座られては困る。一応雇い主なわけだし、強引に引っ張り出すわけにもいかない。

 

 「フェンシングは苦手ですか?」

 「な、何をおっしゃいますか! 完璧なわたくしに向かって!」

 鎧の中から、布が摩擦するような小さな物音がしたのと同時に、そんな荒げた言葉が聞こえた。

 

 「じゃあ、何で逃げてるんですか?」

 「このわたくしが逃避など、勘違いにも甚だしいですわ。これはただの……」

 「ただの?」

 「……なんでもありません。とにかく放っておいてください」

 急に威勢がなくなった声でそれだけを言い、彼女は喋らなくなった。

 

 「でも中の居心地はあまり良くないでしょう」

 「……」

 「よろしければ、俺の部屋に行きませんか?」

 「……」

 「誰も居ませんし、鎧の中よりは快適だと思いますよ。チェルシーさんもお嬢様がお……私の部屋にいるとは思わないでしょう」

 「本はあります?」

 「少しは」

 「……分かりました」

 こっちの提案を受け入れたか、彼女は鎧の中からヘルメットを外して顔を出す。中にいるのが息苦しかったのか、思いっきり深呼吸して新鮮な空気を吸って呼吸を整えた後、こっちの目を見て少し嬉しそうに言う。

 

 「一介の使用人であるあなたの部屋に訪ねることなど、本来は天地がひっくり返ってもありえないことですが、今日はあなたの誠意に免じて、その誘いをお受けいたしましょう。光栄に思いなさい」

 「はぁ……」

 「さあ、さっさと案内しなさい」

 体型に合わない鎧から頭だけを出して、偉そうに喋るその様が凄まじく間が抜けていて、笑いを堪えるのが一苦労だった。それでも何とか上がりそうな口元を押さえ込んで、彼女の差し出した手を取る。

 小さくとも決してお嬢様らしい滑らかさがなく、むしろまめがいっぱいの手だった。

 ずっと遠かった存在である彼女のことが、少しだけ理解できた気がした。

 自然と、顔に僅かな微笑みが浮ぶ。

 

 「はいはい、かしこまりましたよ」

 

 

 

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 目を開けた時に見た天井は見覚えのない、真っ白なものだった。

 天井だけじゃない。今自分が寝ているベッドからこの真っ白な部屋あるものは何一つ知らない。

 体のあっちこっちにガーゼや包帯などが張られて、まるで自分が怪我人にでもなった気分だ。

 だとしたら、ここは何らかの医療施設だろうか。

 そう意識すると、確かに体中から痛みを感じてきた。

 でもこの感触は外傷の痛みと言うよりは、筋肉痛に近いかもしれない。

 体の感覚が戻ってくるにつれ、ぼうやりとした思考が明晰になってくる。

 

 「もう目が覚めたのですか」

 状況を整理しようとした矢先に、ベッドのすぐ横から女性の声が聞こえた。それと同時に、一人の少女がクリスの視野に入る。

 クリスよりも二、三歳ほど年下の女の子だった。

 少々無造作に跳ね上げて、ふんわりとしたショートヘアと、無表情な顔を半分ほど隠した分厚いメガネ。

 子供らしい小柄な体型とはまったく似合わずに、大人びいた物静かな雰囲気が漂っていた。

 

 「すぐ少佐を呼びますので、少し待ってください」

 クリスを一瞥して、少女は壁にある内線電話を取り、何処かに連絡を入れた。

 そしてクリスの意識が回復した旨を簡潔に伝えた後、再びベッドの横に戻って、一言も言わずにクリスの顔を眺める。

 目を合わせるつもりで、クリスも彼女の瞳を完璧に隠したメガネのレンズを見る。

 しかしすぐこの睨めっこに飽きてしまった。

 

 「……質問していいか?」

 「間もなく少佐が来ますが、私の権限で答えられる範囲なら」

 説明してくれる気がなさそうだから聞いてみると、少女から事務的な言葉が返ってきた。

 

 「セシリアは?」

 「権限外なので、分かりません」

 「ここはどこ?」

 「機密なので、私の判断では答えられません」

 「じゃあ、君の名前は?」

 「……ラトゥーニ・スゥボータです」

 「ありがとう。もういいよ」

 これ以上聞いても有用な情報を得られそうにないから、彼女に質問するのはやめた。

 しかしラトゥーニと名乗った少女の態度は妙だ。普通の医療施設なら教えてくれてもいいだろうに、これじゃまるでどこかの秘密結社みたい。

 まさか何か変な事件に巻き込まれた、とか。

 セシリアが無事なのか、ちょっと心配になってきた。

 

 「失礼」

 そんな時に、カチャリと部屋の扉が開いた。

 静かな声と共に、二人の人物が入室してくる。前に歩くのはウェーブのかかったロングヘアの成人男性、そしてその後ろをついてくるのは、見覚えのある女性の姿だった。

 

 「ヴィレッタさん!? って痛い!」

 ヴィレッタを見た途端、驚きのあまり起き上がろうとすると、急に激痛が背中に走り、クリスは再びベッドに沈む。

 

 「無理はしない方がいい」

 ヴィレッタと一緒に入ってきた男性はベッドの横まで歩いて、淡々とした声でそう言った。

 痛みを堪えながら目を上げて、クリスはその男性を観察する。

 肩まで伸びる艶やかな長髪、知性の光が湛える切れ目の長い瞳、そしてやや中性的な顔立ち。学者のような雰囲気を漂わせながらも、戦士のような力強いオーラを発散している美男子だった。

 

 「ご苦労だったな、大尉。ここはもういい」

 「はい。では失礼します」

 男性とヴィレッタに一礼して、退室許可を貰ったラトゥーニは素早く部屋から出て行く。

 その態度から察するに、この男は恐らくラトゥーニの言う“少佐”にあたる人物だろう。

 しかし軍の階級で呼ばれるということは、彼らは多分どこかの軍事組織。だがもし彼らはイギリスの正規軍人なら、ラトゥーニのような子供を用いて、しかも大尉の階級を与えるのはおかしい。

 冗談やイタズラの類には見えないし。

 

 「初めまして、クリストフ・クレマン君。俺はイングラム・プリスケン。階級は少佐。この“ゼウス機関”の技術開発部に所属している」

 クリスの思考を見通したかのように、男性は分かりやすく自己紹介を済ました。

 近くから見ると、技術部門所属のせいか彼の軍服に、階級章があっても勲章はあまりない。

 二十代に見える年で少佐というのも、なかなかに珍しい。

 

 「改めて自己紹介するわ。ゼウス機関情報部所属、ヴィレッタ・バディム大尉だ。よろしく」

 イングラムの後に続いて、ヴィレッタもクリスにもう一度自己紹介をした。

 どうやらセキュリティアドバイサーというのは、かりそめの肩書きでしかなかったようだ。

 しかしこうして並んでみると、二人の顔立ちから雰囲気までまるで兄妹のように似ている。

 そんなことを一々気にする場合ではないが。

 

 「セシリア・オルコットについてなら心配は要らない。事件の後はすぐ国立の医療施設に収容された。軽い脳震盪と打撲程度で、命に別状はなく、意識も回復している」

 またしてもクリスの思考を読んだかのように、イングラムは彼が今一番懸念にしていることについて説明した。

 

 

 「事件……」

 セシリアの安否を聞かされて、安堵した途端にクリスは別のことを思い出した。

 あの日に起きた、恐ろしい襲撃事件。

 

 「そうだ。イギリスの新型ISの起動テストで、研究施設は正体不明の敵に襲われた。覚えていないか」

 「いいえ。ちゃんと覚えてます」

 クリスは小さく頷く。

 実験中に研究施設が気味の悪い虫ロボットに襲われて、自分もそれに巻き込まれた。

 そして倒れたセシリアを助けようとした時援軍が来て、自分の前に機体が落ちてきて、PTだと思って乗り込んでみたら――

 

 「俺は、ISを動かした……のか?」

 「その通り。君はあの場で我々の所有するISに乗って、敵を撃退したのだ」

 いつの間にか椅子に腰をかけたイングラムは、クリスの呟きをあっさり肯定した。

 男であるクリスがISを起動できたことについては、まるで当たり前のことであるかのように驚かない。

 

 「ここはどこなのか。我々“ゼウス機関”、そしてあの敵の正体とは何なのか。なぜ男の君がISを起動できたのか。これらすべてについて説明しよう」

 「……お願いします」

 現状把握が必要な今、素直に説明を聞くことにした。

 

 「まずは現状から説明しよう。ここは我々私設武装組織『ゼウス機関』が所有するメガフロート『クロノス』。そして君はあの戦闘後に気絶したため、我々が回収し、ここまで運び込んだのだ」

 「気絶……? というか、ここはイギリスじゃないの?」

 「ここはイギリスの領海から出ている。現場に居たラトゥーニ・スゥボータ大尉の証言とビルトシュバインの稼動データを見る限り、君はかなり強引な方法で御していたようだ。そのせいで体力が尽きたのが、気絶の理由の一つとして考えられる」

 「俺、どれくらい寝たのですか?」

 「30時間ほど。今はロンドン時間の午後5時」

 「そう……ですか」

 イングラムの説明に、クリスは一応頷いてみせた。

 この部屋に窓も時計もなく、電気のみで照明しているから時間を判断できないが、30時間ということは、丸一日以上寝たことになる。

 

 「では、次は我々『ゼウス機関』について説明しよう」

 クリスが納得したのを見て、イングラムは次の説明に入る。

 

 「その前に一つ質問だ。君はISについて、どこまで知っている?」

 「はっ? あっ、えっと……シノノノとかいう日本人によって発明され、全部467個のコアが作られており、IS委員会によって管理され、各国に配分される……ですよね?」

 知っている限りのことを、クリスは口に出した。

 テレビや新聞で知ったのは、この程度のことだ。各国のPT開発はある程度ISに影響されていることも知ってるが、そこまで言う必要はないと思った。

 

 「民間人の知識としては、おおむね正しい」

 クリスの返事を聞いたイングラムは小さく頷いた後、少々含みのある言い方でそれを評価した。

 「どういう意味ですか?」

 「公表と事実とは違う、ということだ」

 疑問に満ちたクリスの視線を受け止めて、イングラムは静かにそう言う。その先のことが気になって、クリスは無言に続きを待つ。

 こころなしか、指を組んだイングラムの口元が、薄く笑ったように見えた。

 

 「すべては十年前、南極に落ちた巨大隕石の探査から始まったことだ」

 「……巨大隕石?」

 「君はまだ子供だったな。情報もかなり規制されたから、知らなくても無理はない。だが隕石は確かにあった。墜落によって南極の半分が崩壊してもおかしくない質量だったが、不思議と周囲への影響は少なかった」

 「なぜです?」

 「直前に減速した、と推測されている」

 「それって……!」

 「ああ、人工物である可能性が高い。だから世界中の学者が集まり、探査に行った。結論として、隕石は確かに人工物だった。外部は普通の隕石だが、その内部はれっきとした機械。そして素材から構造まで、何一つ人類の現存技術を遥かに超えていた。残念ながら有機生命体は発見できなかったが、オーバーテクノロジーの塊であることには変わりない。事件の重大性に気づいた各国政府は情報を規制し、専門の研究機関を設立して隕石の技術を解析しょうとした」

 「そんなことがあったなんて……」

 「だが研究機関が運営してから僅かな二年で、問題が起きた」

 「問題って?」

 「タバネ・シノノノ博士。彼女は隕石から解析した技術と素材を運用して、ISというものを作り、“白騎士事件”によって世間にその存在を公開した」

 「白騎士事件って、あのシノノノ博士の仕業だったのですか?」

 目を見開いて、クリスは少し驚いたような表情を浮かべた。

 八年前、複数国の国防システムが何者かによってハッキングされ、大量のミサイルが日本に向けて発射されたが、白騎士と呼ばれる正体不明のISによってすべて着弾する前に撃墜された事件が、白騎士事件と称されている。

 結果として、ISはこの事件によって人々に注目されるようになったのだ。

 

 「直接証拠はないが、状況から考えて、彼女がISをアピールするためのパフォーマンスである可能性が高い。本来、まだ子供の彼女は研究機関の正式メンバーではなかった。どこでどのように技術データと素材を手に入れたのかは未だに不明とされている。だが研究機関に起きた問題は、それだけではなかった」

 「と言うと?」

 「白騎士事件後、シノノノ博士の実力が認められ、このまま野放しにしたほうが危険だと、研究機関は彼女を正式メンバーとして迎え入れた。そして宇宙探査用スーツとして、ISの需要も生まれたため、ISコアの量産も始めた」

 「南極で?」

 「そうだ。ISのコアは隕石から採取したレアメタルで出来ており、それを精錬加工する器材も南極の研究所にしかない。そこでシノノノ博士は研究しながら、498個のコアを製作した」

 「498個!?」 

 知っている数字より、31個も増えている。

 

 「ああ、498個だ。そのうち467個はIS委員会に提出されたが、残りの31個は月面開発のために、研究機関に残された」

 「月面開発?」

 「スポンサーたちは宇宙開発に向けて、優位を確保したかった側面もあるが、もし隕石は異星人によるものなら、我々もいつまでも地球に引きこもっているわけには行かない。だからこの31個は離反者が出るまで、研究機関にあった」

 「離反者というのは?」

 「ビアン・ゾルダーク。研究機関の最高責任者であり、隕石解析の第一人者でもある。シノノノ博士を引き入れるのは、彼の意見だった。月面開発計画が実行する前に、彼は研究機関の残った31個のコアを自分の権限で28個まで持ち出して、さらに研究機関にあった研究データをも全部消去し、シノノノ博士と共に姿を消した」

 「逃げたのですか!?」

 「真意は誰もわからない。だがその後、世界中に正体不明ISによる犯罪の情報が出始めた。深海から戦乱地域、さらに大気圏外。さまざまなところに正体不明のISやPTが目撃されている。それらはおそらくビアン博士の仕業だと推測したスポンサーたちは、失ったISコアを回収しょうと、私設武装組織を設立した」

 「それが、『ゼウス機関』ですか?」

 「そうだ。残り三つのコアで戦闘用ISを開発し、さらに数での不利を補うために、ISの量産型であるPTを開発し、最初の部隊“PTXチーム”を作った。世界中に起きるIS強奪などの事件に介入し、持ち去られたISコアを回収する」

 「それで、回収できたんですか?」

 「八つまではな」

 残念そうに肩を竦めて、イングラムは微かに眉を顰めた。

 

 「相手の出現場所に規則性は僅かながら存在するが、如何せんこっちは数も性能も向こうに劣っているから、いつも苦戦を強いられている。“ゼウス機関”が実戦投入している戦力はIS七機、PT百二十六機。全世界をカバーするには、やはり心もとないというのが現状だ」

 「IS七機、PT百二十六機……」

 これだけあれば、小さな国なら一日もかからないうちに制圧できるのだろう。

 しかしその敵は全世界範囲でランダムに出現する二十機のISと数知れずのPT。受身になるのも仕方ないかもしれない。

 

 「では、あの虫ロボットもビアン博士の手によろものですか?」

 「確証はないが、可能性はある。あの虫――我々は“バグス”と呼ぶものは新型ISのいる場によく現れる。だから我々は正体を隠してイギリス政府に警告し、介入しょうとしたが、断られた」

 「しかし政府も半信半疑だったから、PT部隊を配備した、と」

 「だから我々はヴィレッタ大尉とラトゥーニ大尉をIS二機と共に送り込み、状況を対応させたのだよ」

 「そう、だったのですか……」

 ここまで来て、やっと事件の真相について少し理解してきた。

 だが、疑問はまだ終わっていない。

 

 「男の俺がISを動かせた理由は、なんだったんですか?」

 「それについて説明する前に、まずはこれを見てくれ」

 そう言って、イングラムはヴィレッタから受け取った何枚かの書類を、クリスに渡した。

 

 「なんですか?」

 「すまないが、君が寝ている間に、体の精密検査をさせてもらった。これはその検査結果」

 「うん? 何かまずかったんですか?」

 検査結果と言われても、専門用語はいっぱいで良くわからなかった。

 

 「我々ゼウス機関は過酷な任務を遂行するため、常に完成度の高い戦士を求めている。だが選択を女性に限定して、なお質を保つのはとても難しい。そこで、我々はとある技術を開発した」

 「とある技術?」

 「男の体内にナノマシンを注入して、補助脳を構築する。そうすることで、反応速度、動体視力、回復能力などが飛躍的に強化されると同時に、ISを起動できるようになる」

 「そんな技術があったなんて……」

 「しかし技術は完璧ではない。補助脳は身体への負担が大きく、四六時中作動させるわけには行かない。それに組織や個人が暴走する可能性をなくさないと、スポンサーも安心できない。だから補助脳は、これを注入することで起動するように作られている」

 上着の内ポケットから棒状なものを取り出して、イングラムはそれをクリスに見せた。

 未使用の簡易注射器だった。中には人の血液よりずっと明るくて澄んだ赤色をした液体が入ってあった。

 

 「イグニッションと、我々はこれを呼ぶ。体に注入すれば、補助脳がすぐに起動するが、効果は一本につき三時間、過ぎると補助脳はオーバーヒートし、停止する」

 クリスに見せた後、イングラムはその注射器を大事そうに内ポケットに戻した。

 

 「情報漏れを防ぐため、これに関するすべては厳重に管理されている。にも関わらず、君の血液からそのナノマシンの存在反応が検出され、体内にも補助脳に類似する器官が存在していることが判明した。何か心当たりはないか?」

 「し、しりませんよそんなの!」

 少し声を荒げて、クリスは力強く主張する。

 身体状況はずっと健康的で、手術や注射を受ける機会は一回もなかったはず。体内に変なものがあると言われても、心当たりなんてあるわけがない。

 

 「そうか」

 最初から答えを期待してなかったか、イングラムは簡単に引き下がった。

 

 「だが君のケースはかなり特別だ。我々が開発した補助脳と違って、イグニッションなしでも、必要とあればオートで作動するようだ。その意味を、君に分かるか」

 「……何が言いたいんですか?」

 「ISに乗れる上に回復能力も早い。その体の特性を知られたら、君はモルモットにされかねないということだ」

 「そんな……!」

 イングラムが提示した可能性に、クリスは背筋がぞっとした。

 だがその言葉を否定することはできなかった。

 自分がISを装着したとき、目撃者がゼロとは限らない。

 そしてイングラムがさっき言ったように、体格などで勝る男性をISパイロットとして使える技術があると知ったら、どの国だって黙っちゃいないだろう。

 檻に閉じ込められることはないだろうが、どこかに軟禁されて、実験動物のように研究される可能性は十分にある。

 そうなると、オルコット家の力を借りても到底庇いきれないのだろう。

 彼女たちは自分を見捨てることがしないと信じているが、それでも迷惑かけるわけにはいかない。

 

 「相手は政府や研究機関だけではない。バグスはおそらく一種の偵察用無人ロボット。もしあの時のデータがどこかに転送されていたら、敵は必ず君を攫いにくるだろう」

 「勝手に消えても無駄、ということですか」

 「我々としてもぜひ避けたい事態だ。ただのさえ機体の数も性能も劣っている現状なのだからな。だから、君には一つ提案がある」

 「提案?」

 クリスは顔を上げて、イングラムの顔を見る。

 思考が混乱しているのは、自分でも分かっている。だから目と目を合わせて、この状況をなんとかできるかもしれない彼の提案とやらを待つ。

 勿体っぶるような、十数秒の静寂後、イングラムは再び唇を動かした。

 

 「我々ゼウス機関に、入る気はないか?」

 「……はっ?」

 「そうすれば、君を我々の保護下におくことができる。これは組織の総意と思って構わない」

 クリスを組織への参加を誘ったイングラムの目は極めて真剣で、冗談を言っているわけではなさそうだ。

 

 「でも、俺に戦うことなんて……」

 「やる気もない人間を戦場に出しても意味がない。任務参加も身体実験も、強要しないと約束しょう。基本生活はこちらが保障する。仕事すれば給料も出す。行動自由は多少制限されるが、モルモットよりはマシだと思う」

 そう言いながら、イングラムは入隊契約書らしきものを差し出してきた。

 それを受け取ったクリスは、黙ったまま読み始める。

 私設武装組織だけあって、規則はかなり細かく決められているが、それ以上に待遇がいい。

 だが正直、イングラムから聞いた情報が多い上に突拍子すぎて、いまひとつ思考の整理が出来ていない。

 それに信用できるかどうかは別として、これにサインしたら、このメガフロートから勝手に外出できなくなる。

 これはつまり、オルコット家を出るということを意味する。

 いや、どの道もうオルコット家には居られないのだろう。自分のせいでセシリアやチェルシーまで危険に巻き込むことになる。

 それは一番避けたい事態だ。

 

 「すぐに決めなくてもいい」

 クリスの葛藤を察したイングラムは、考える余裕を与えることにした。

 

 「24時間を与えよう。それまでに答えを出してくれ。『クロノス』の一部を君に開放するが、そのときは同行者を手配させてもらう」

 「見学……してもいいってことですか?」

 「自分の目で確かめろということだ。だがもう遅い。あとで食事を運ばせるが、出歩くのは明日にしてくれ」

 椅子から立ち上がって、イングラムはヴィレッタと共に踵を返し、退室していく。

 渡された資料を握って、クリスは何も言わずに二人の背中を見送る。

 状況的に選り好みできる立場じゃないが、どうしても速断できなかった。

 

 「では、良い返事を期待している」

 ドア際で振り返ってそれだけ言い残して、二人は出て行った。

 部屋の中が、一気に静まり返る。

 紙束を枕元において、天井を眺めたまま、長いため息を吐く。

 

 セシリアの付き添いでちょっとした遠出だったはずなのに、なんでこんなことになってしまったのだ。

 勝手にISで戦って、知らない事実を知って、私立武装組織に誘われる。アニメのような展開だが、実際に体験してみると全然面白くない。

 自分はもう、普通な生活を送れないのだ。

 一人で隠れながら生活するのは少々非現実的だし、体のいいモルモットにされるのもごめんだ。

 そう考えると、イングラムが提示した案が一番マシな気がしてきた。どうあっても行動自由が制限されるのなら、ただ飯食える上に体を弄られる心配もない選択が一番いい。

 それには彼らを信用するという前提が要るが、イングラムという男の内心はまったく読めなかった。

 自分はまだ、経歴の足りないガキだということか。

 

 自分の両手を見ていると、戦いの感覚を思い出す。

 高出力のビーム刃で切り裂き、至近距離のショットガンで敵をまとめて吹き飛ばす。ビルトシュバインの前に、バグスなと相手にもならなかった。

 ISで戦うことから感じたものは恐怖ではなく、今まで体験したことのない昂奮だった。

 無敵とさえ思えた。なのに性能負けしているなんて、信じられない。

 やはり、実際に見て確かめる必要がある。この「ゼウス機関」を。

 

 「俺の携帯は……チッ」

 ふと、携帯電話があればチェルシーやセシリアに連絡できることに気づいたが、部屋のどこにも自分の所持物を見当たらない。

 服の方はどうせもダメだろうけど、携帯を取り上げるのは意図的に外界と連絡を取らせないためなのか。

 晩飯が来た時にでも、探ってみるか。

 腕の包帯を外しながら、クリスは大きなため息を吐き出したのだった。

 

 

 

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 「なっ、今日は制服じゃないの?」

 メガネの少女――ラトゥーニ・スゥボータ大尉の後を歩きながら、クリスは彼女に話しかけた。

 昨日の青色ミニスカ軍服ではなく、今日の彼女は地味な黄色ジャージを着ている。

 

 「非番なので」

 ラトゥーニが感情のない声でそう返事して、クリスはそうかと言った。会話はここで途絶え、硬い金属床を踏む足音だけが通路に響く。

 昨日の夜は携帯電話を返してもらったが、見事にスクラップ状態だったから、結局オルコット家と連絡を取るのは諦めた。

 晩飯を食べて、一晩を寝過ごしてまた朝飯。そして朝食の後全身の包帯を外して、与えられた服に着替えた後すぐに見学を申し込んだが、案内役として来たは彼女――ラトゥーニだった。

 ヴィレッタの話によれば、あの時のゲシュペンストMK-IIのパイロットは彼女だったそうだ。

 

 「……戦いは、怖くないのか?」

 ゲシュペンストMK-IIは、基本性能がビルトシュバインに及ばないと聞いた。バグスに囲まれれば、撃墜される可能性だって十分にある。

 それなのに自分やセシリアよりも年下で小学生のような女の子が、あの場で戦っていたなんて。この事実を知った瞬間から、これが聞きたかった。

 しかしラトゥーニは振り替えもせずに、ただ黙って歩く。

 子供なのに、何を考えているのかまったく分からない。

 

 「まあ、俺も別に怖くなかったがな。何でだろう」

 「あなたは戦うとき、周りをみなさすぎです。もう少し状況判断能力を身につけないと、いつか痛い目を見ます」

 無口と思えば、急に長々と喋ったラトゥーニ。けど内容は前回の戦闘への辛口評価だった。 

 

 「そんなにダメですかね……」

 「ダメ。そんなんでは、」

 「望み?」

 「格納庫につきました」

 もう少し話題を続けようとした矢先に、目的地の格納庫の前に到着した。

 分厚い扉をくぐって、二人はメガフロート「クロノス」の格納庫に入ると、空間が一気に広がり、オイルと汗の匂いが鼻に突く。たくさんの人が話す声が響いて、雰囲気が一気に賑やかになった。

 真っ先にクリスの注意を引きつけたのは、順番に並んでいる大量のPT「量産型ゲシュペンストMK-II」だった。

 

 「凄い、なんて数だ……!」

 量産型ゲシュペンストMK-IIの列を見て、思わず驚嘆するクリス。

 イングラムの話によれば組織はこの機体を百二十機ほど所有しているが、ここだけでも五十機ほどがある。

 中には酷く損傷している機体もあり、それに囲んでパイロットと整備員が相談しながら修理を進めている。

 周囲から浮いているクリスを大半のスタッフは一瞥するだけで、すぐ作業に戻っていく。

 

 「ゲシュペンストはこのゼウス機関が最初に作ったISで、実戦でテータを取りながらさらに改良したのがゲシュペンストMK-II。クライウルブズもアメリカのベーオウルブズも、今はゲシュペンストMK-IIを指揮官機をとしています」

 展開中の量産型ゲシュペンストMK-IIの装甲を手で撫で回すクリスの隣で、ラトゥーニが細かい説明を入れる。

 しかし一旦間を置いた後、続きを語り始めたのは知らない男性の声だった。

 

 「PTの量産型ゲシュペンストMK-IIは、ISのゲシュペンストMK-IIをベースにしたもの。さすがにISタイプと同等というわけには行かないが、基本スペックはアメリカの投入してる最新鋭機よりも遥かに優れているぜ」

 振り返ると、緑色のバンダナをつけた日系男性一人が、いつの間にかそこに立っていた。

 クリスより何歳か年上だが、まだ二十未満に見えるその男は大きなスパナを握って、陽気に笑う。その身につけた古い作業着を見る限り、どうやらここの整備員のようだ。

 

 「よっ、ラトゥーニちゃん。こっちが例の新入り?」

 ラトゥーニに挨拶をした後、男は軍手を外して、クリスへ手を差し出す。

 

 「最新型ISからじいさんの古いラジオまで面倒を見っちゃう、真宮寺祐だ。よろしく!」

 「クリストフ・クレマンです。まだ新入りと決まったわけではありませんが、よろしくお願いします」

 妙にテンションが高い祐の手を握り、クリスは彼と握手をかわした。マシンオイルの匂いがぷんぷんして、なぜか妙に好感が沸いてくる。

 職人気質な人間に引かれるのもまた、男のサガかもしれない。

 

 「そうか? てっきりもう階級付きだと思ったよ」

 クリスとラトゥーニを連れて、祐は格納庫のさらに奥へ向かう。

 

 「なぜそう思ったんですか?」 

 「ISが少ないからな。パイロットは能力が認められた人ばっかりで、ラトゥーニちゃん以外は全部少佐階級だ」

 「そうなんですか」

 祐の説明を聞いて、クリスは思わず隣で歩くラトゥーニの顔に視線を向けた。

 ラトゥーニ以外のISパイロットは全部少佐だが、ラトゥーニだけは大尉階級。

 この年で大尉なんて、一体どんな人生を送ってきたのだろう。

 

 「お前、体内にナノマシンがあるってことは手術済みだろう? スカウトされたエリートだと思ってたけどな」

 「ああ、いや、その辺は……機密なので。すみません」

 自分が特殊ケースであることがまだ組織全体に知られていないようなので、なんとかごまかしておくことにした。

 この件を確実に知っているのはイングラム、ヴィレッタ、ラトゥーニの三人、そして組織の上層部とやらだけだろう。

 

 「まあいいや。ほら、これを見ろ」

 祐はまったく深く追求する様子がなくその場に立ち止り、壁際に並んでいる三機の機動兵器を指差した。

 量産型ゲシュペンストMK-IIと外見が極めて似ている機体が、青色のと黒色のがそれぞれ一機、そしてクリスが使った機体――蝶翼状のスラスターウイングの生えた青い機体ビルトシュバインだった。

 

 「IS、ですか」

 三機のISを眺めて、クリスは眉を僅かに顰める。

 この組織は七機しか実戦投入していないのに、そのうちの三機はここにある。

 青いゲシュペンストはラトゥーニだとして、黒いゲシュペンストとビルトシュバインの正式パイロットは誰だろう。

 

 「あとはアメリカの“べーオウルブズ”の二機と、カイ少佐のところの二機だな」

 「残りの四つは?」

 「新型開発計画に使われてるさ」

 少し得意げな表情を浮かべて、祐は腕を組んだ。

 

 「ゼウス機関の技術開発部は今、四つの新型開発計画を同時に進めてる。一つは完成度の高いゲシュペンストをベースに、その上位機種を開発する“ATX計画”。一つは現存のゲシュペンストMK-IIのポテンシャルを最大限まで引き出す“ハロウィン・プラン”」

 「この二つ、被ってませんか?」

 「いいえ。ATX計画は実質上エースパイロットに合わせて、コスト度外視の高性能機を作る開発計画だけど、ハロウィン・プランは実戦で蓄積したデータで機体を現地改造する計画。コスト低い上に量産機にも流用できて、成功すればすべての量産型ゲシュペンストMK-IIも短時間でパワーアップできる、いわば集団戦のためのプランだ」

 「なるほど。じゃ、残りの二つは?」

 「大火力と重装甲の白兵戦用大型ISを作る“グルンガストシリーズ”。最初に開発したタイプゼロは今、日本でテストしている。そして最後の一つは、イングラム少佐の“ヒュッケバインシリーズ”の開発計画だ」

 ビルトシュバインの前まで歩いて、祐はクリスの目を見据えてそう言った。

 

 「特殊な動力機関を搭載し、最高レベルの機動性と広範囲殲滅能力を持ち、一機だけで複数の敵を圧倒できる万能型高性能IS。今はイングラム少佐の主導で開発中だ」

 「そんな機体、本当作れるのか?」

 疑わしげな目で、クリスは祐とラトゥーニを見て首を傾げた。

 コンセプトの聞こえはいいが、どうも欲張りすぎた気がする。

 

 「普通に考えれば非現実的だけど、イングラム少佐ならな。実際、試作一号機の完成も近いしな」

 「少佐は必ず、ヒュッケバインを完成します」

 意外にも、祐とラトゥーニはそんな風に思っていなかったようだ。

 

 「あのイングラム少佐って、そんなに凄い人?」

 「まあ、これだけの大きさで移動できて、ステルス性も一流のクロノスだって、動力源のネックはイングラム少佐が解決したのだからな。それにパイロットとしても一流だぜ?」

 「パイロットだったのですか?」

 「知らないのか? あの人はかつてのPTXチームの隊長で、この反応が過敏すぎて並みの人間じゃまともに動かせないビルトシュバインのパイロットだったんだ」

 「あの人が!?」

 ビルトシュバインと祐の顔を交互してみて、クリスは顔に驚愕の色を隠せない。 

 只者ではないとは思っていたが、現場で戦っていたエースパイロットだったとは。その上に技術者としても優秀だなんて、さすがに出来すぎてちょっと羨ましい。

 まあ、ああいうタイプは大体人に言えない趣味を抱えているものだから。

 

 「いや待てよ、それじゃこのビルトシュバインって結構古い機体なのか?」

 「そうだよ。ちょっと古くてくせのあるじゃじゃ馬で、メンテも面倒だけど、使いこなせば高機動戦じゃゲシュペンストより上だからな。頑張れよ、期待してるぜ」

 そう言いながら、祐はその熱い手でクリスを肩を思いっきり叩いて、少し遠い目になった。

 

 「別に乗るって決まったわけじゃ」

 「まあ、聞け。この間、クライウルブズの量産型ゲシュペンストMK-IIが何機か大破して帰ってきて、パイロットにも死人が出たんだ。PTはスクラップにされても修理すりゃいいけどさ、人間はそうは行かねえから、気をつけろよ」

 「いやだから、俺は……!」

 「ところで、これから暇だよね?」

 クリスの肩に馴れ馴れしく腕を回して、祐の口元は妙に悪そうな笑みを浮かべる。

 なにか企んでいるような顔だ。

 

 「はっ? あ、えっと……微妙?」

 もうちょっと別のところを回してみたいとは思うけど、具体的にどこかと言うとまだ決まってはいない。

 しかしそんな曖昧の返事を聞いた祐はそれを肯定だと受け取ったように、ラトゥーニの方へ目を向ける。

 

 「……いいよね、ラトゥーニちゃん?」

 「あれを見せるんですか?」

 「まあな。一時間もあれば十分さ」

 「分かりました」

 小さく頷いて、ラトゥーニは祐に何かの許可をした後、二人から離れていく。

 

 「なにをするつもりですか?」

 一人だけ状況が分からないクリスは、不安げな表情で祐にそう聞く。

 すると祐は勿体ぶるような笑顔で、返事をした。

 

 「世界最大のPTに、乗せてやるよ!」

 

 

 

 *

 

 

 

 格納庫から出てエレベーターに乗ってしばらくすると、クリスと祐は一緒に「クロノス」の地上に出ることが出来た。

 メガフロートという割りに、地上では普通の孤島に見えた。耐寒性の強い植物がメインの森が広い島の土を覆い、鳥の囀りが聞こえる。

 これだけ見ればとても人工物だとは思えないが、祐の話によれば、今に入る位置の反対側には訓練場、滑走路、観測塔などがあって、武装組織の拠点としての機能はちゃんと備わっているとのこと。

 

 「因みに牛や鶏の飼育エリアと野菜栽培エリアもあるぜ。食堂の大将は中国人で腕も確かだから、お昼は期待していいぞ」

 クリスを連れて、祐は海岸の方へ向かう。

 普段よく使っている道か、かなり歩きやすい道だった。世界最大のPTという言葉に釣られて、クリスは進んで祐の後について行く。

 ラトゥーニは何か別に用事があったようで、地下に残った。

 

 「中国人? 昨夜俺が食べたのはフランス料理だったような……」

 昨夜に食べた食事を思い出して、クリスは不思議そうに首を傾げた。

 今朝も中華料理じゃなかったけど、なかなかにうまかった。

 

 「そりゃ大将の気まぐれだろう。中国人だけど、どんな料理でもいける。噂じゃ料理修行に夢中すぎて、女房と娘に見限られたくらいだからな」

 「家族をもっと大事にすればいいのに」

 「まあ、家族が一番大事な男が居れば、夢に向かって突っ走らずに居られない男もいるってことさ。その辺は本人の問題だから、他人が口出すことじゃねえな。……と、ついたぜ」

 どうでもいい話をしている間に、二人は海岸に到着した。

 目の前に広がる穏やかな海と、海面より少し離れた岩場。空も青くて、太陽が少し眩しいもの、周囲の岩が丁度日差しからこの場を隠してくれる。

 お釣りにはもってこいの場所だが、世界最大のPTとやらはどこにも見当たらない。

 

 「どこですか、世界最大のPTって」

 「まあ、少し待て。今出すからよ」

 そう言って、祐はポケットからゲーム機のようなもの取り出した。

 本のように左右にそれを開いて、電源ボタンを押すと、一人の美少女キャラがスクリーンの向こうに現れた。

 

 『おはよう、祐!』

 スクリーンの向こうにある美少女キャラが祐に話しかけてきた。

 

 「おはよう、マナかたん」

 『むっ、今日は遅かったな〜何してたの!?』

 「ごめんな、仕事が忙しくて。ほら、この通り!」

 『そうなの? なら仕方ないね。でも……もし他の女の子に会ってたら、絶対許さないからね!』

 「やだな〜! 俺がマナカたん以外の女の子に興味なんて、あるわけないじゃないか」

 『もう〜恥ずかしいよ……』

 顔を伏せて、美少女キャラが恥ずかしがってるような仕草を見せると、祐も満足したようにHAHAHAと大声で笑う。

 

 (ゲーム機と会話が成立している?!)

 さすがというべきか、今時のゲームソフトは凄い。だが傍から見ているクリスとしては、居辛くてしょうがない。

 知りたくもない祐の女性関係について知りすぎてしまったような気がする。

 

 「じゃ、あれを出してくれる?」 

 『はい〜』

 天真爛漫な声で美少女キャラが祐の言葉に応じて、画面の奥に消える。その姿がなくなった後に祐がゲーム機をしまって、クリスに手招きした。

 

 瞬間、とてつもない大きな何かが、海面を突き破った。

 大量の水しぶきが飛び上がり、雨のように岩場に降り注ぐ。反射的に後ろへ引きながら、クリスは海中から現れたものを見定める。

 

 「これは……!」

 海から現れたのは、赤色をした巨大なロボットだった。

 ゴツくて武骨な形をした頭部と胴体部、巨大な盾を装備した太い両腕。今は全体の半分しか水面から出していないが、その上半身から推測するに、高さはおそらく十メートルまで及ぶ。

 

 「これが、PTなのですか?」

 「高度10.6メートル、重量22.6t。俺たち整備班がジャンクパーツを使って作り上げた、水中専用PT『ジガンスクード』だ」

 自慢げに紹介しながら、祐は赤いPTの胴体部にあるレバーを引く。すると後背部上方にあるパッチが開いて、中にある二つの操縦席が現れた。

 確かにこの大きさなら、複座でも可能だろう。水中作業用PTは他にもあるが、ここまで大きいのは初めて見た。

 本当に世界最大かもしれないけど、現実的に考えて、ここまで大きくする意味がよく分からない。海中ならまだしも、陸上では自立すら難しくて、被弾面積も洒落にならんだろうに

 

 「ロマンに理由はいらねえよ。ほら、乗るぞ」

 「あっ、はい」

 祐に続いて、クリスはジガンスクードの上に登って、コックビットのサブシートに座った。

 確かに別に戦闘用じゃないし、こんなPTがあってもいいだろう。巨大ロボットに乗れるのは男の夢だ。

 たとえそれがゲームソフトで起動する水中用だろうと。

 

 

 

 *

 

 

 

 「どうよ、我々整備班の技術結晶は」

 「普通に凄いだと思います」

 海中の景色を眺めながら、クリスは祐にそう返事した。

 ジカンスクードに乗り込んだ二人は海岸から離れ、さらに遠い海を目指して潜水体験中である。

 

 「刺身は大丈夫?」

 「生魚のことですか? 食べたことがないです」

 「じゃあ、美味しい魚を撮ってやるから、昼に食べてみようぜ」

 光が足りなくなった途端、祐は魚の群れを引き付こうと、機体の照明を点った。

 どうやら昼のメニューは勝手に決められたようだが、生ものを挑戦してみるのも悪くない。

 

 「ニシクロカジキないかな……」

 「……ないと思います」

 複座式コックビットの中は、少し塩っぽい匂いがする。

 祐の座ったメインシートと後ろのサブシートとは仕様がまったく同じで、一人でも問題なく操縦できるように設計されている。そして無駄にデカイため、内部スペースが相当の余裕があって、座る場所はないがあと二人くらい入れそうだ。

 

 「パワーはどれくらい持つんです?」

 「量産型ゲシュペンストMK-II用の大容量動力電池を積んだから、武装を使わないなら理論上は三十時間以上だけど、酸素は十時間くらいしか持たない。まあ、せいぜい百メートルくらいしか潜れないしな。それ以上は壊れる」

 「おいおい気密大丈夫ですかこれ?」

 深い海の中で、そんな言葉は聞きたくなかった。

 

 「というか武装があるんですか?」」

 「当然だ。パンチ以外にもギガ・ワイドブラスターとか、G・サークルブラスターとかいろいろあるぜ。まあチャージ完了する前に電気系が壊れるし、そもそも電池一個じゃ半分もチャージできないけど」

 「ダメじゃないですか」

 「これからの課題だと思ってくれ」

 「……そういえば右二番目のモニターだけ、色がちょっと変ですけど」

 「中古品だからな。規格が全部揃えられると思うな」

 「本当かよ……」

 操縦権を祐が握っている以上、こっちにやることはあまりない。クリスは照明を動かして、暗闇の中から集ってくる珍しい魚を眺めていた。

 ずっとこうして眺めていると、セシリアやチェルシーさんと一緒に海で遊んだことを思い出す。

 セシリアはいつも妙に気合の入った水着を着るのに、日焼けするのは嫌だからって海で泳ごうともせず、ただパラソルの下で読書するだけ。

 そのくせ、こっちがメイド達と少しでも遊ぶものなら、すぐ命令を出して呼び戻され、結局はセシリアに振り回されるだけで一日が終わる。

 

 「あまりいい思い出がないな、海は」

 無自覚のうちに吊り上げた口元をも気づかずに、自分にしか聞こえないボリュームで、クリスはため息をついた。

 これからそれももうできないと思うと、なかなかに切なく感じる。

 ここに保護してもらうしかないのかな。

 

 「祐さん、ちょっと聞いてもいいですか」

 「祐っていい。皆もそう呼んでる」

 「……祐は、ここで働くことに疑問を感じたりしないんですか?」

 「どういう意味?」

 「だってここは武装組織で、君たちが整備してるマシンは殺人兵器ですよ? それにラトゥーニみたいな小さい子を乗せて、実戦に出すなんて、おかしいと思わないんですか?」

 感じていた疑問を、クリスは思ったまま口に出した。

 人が目の前で死んだのが怖かった。人を死なすことがきっともっと怖いと思う。

 助けてもらった立場だから、ラトゥーニの前に敢えて言わなかったが、やはりあんな子供が戦うなんておかしいと思う。

 セシリアの方はまた名目上スポーツだから、なんとか納得できるが。

 

 「それとも、それが組織のやり方ですか」

 「勘違いするな!」

 クリスの言葉にすかさずに響いた祐の声はさっきまでとは違って、かなり真剣なものだった。

 

 「……ラトゥーニちゃんは誰かに強要されてるわけじゃない」

 「なぜそう言い切れるんですか」

 「ここなら皆知っている話だからだ。ISのパイロットは子供の頃から養成されるのが多いのはどういう理由か、分かってんのか?」

 「フィードバックシステムは、未成年の方が適応性が高いからでしょう」

 「そうだ。だからどこも現役軍人ではなく、未成年を選んでパイロットとして養成する傾向がある。しかし未成年では身体的にも精神的にも、長年訓練された軍人には及ばないのが多い。短時間で質の高い兵士を養成するなら効率が悪い」

 「質の高い兵士というのは……?」

 「すぐにISパイロットとして使えないってことだ。でも孤児たちを集めて薬物と洗脳で強化し、さらに強度の高い訓練をすれば、ニ、三年だけで即戦力として使える」

 「そんなことが、許されるのか!?」

 「情報部がビアン・ゾルダーク博士のバックにある組織を探っている途中で、そういう施設を見つけたんだ」

 「じゃ、ラトゥーニは……」

 「他にも何人かの子供が居たけど、制圧準備が不十分でラトゥーニしか助けられなかった。今は少し無口なだけだけど、ヴィレッタの姉御が彼女を連れてきた時は本当に酷くて、命令されなきゃ全然動かなくて、ただの人形みたいだったんだ」

 「だとしたら、戦わせることは彼女にとっては……!」

 「その辺のことは俺の口からではなく、ラトゥーニの口から聞くべきだな。ただ少なくとも俺が知っている限り、ゼウス機関は強要されて戦う人間は居ないし、根っからの悪人もいない」

 

 大量の魚がコックピットのモニターを埋め尽くして、ジガンスクードからの光を中心にして泳ぐ。祐は操縦パネルのスイッチを押すと、ジガンスクードの両腕の盾を魚たちに向けて、その先端が展開した。

 

 「だから、兵器の整備なんてやっていけるのだよ」

 「……そうですか」

 迷いのない祐の答えに、クリスは一旦押し黙った。

 今までセシリアと一緒にたくさんの人間を見てきたが、読めないイングラムと違って、祐はあまり表裏がないように見えた。

 彼だけじゃない。ラトゥーニとヴィレッタも口数こそ少ないが、悪意のある人間には見えなかった。

 当分は警戒させてもらうけど、信じてみてもいいかもしれない。

 

 「参考になったか?」

 横顔をクリスに見せて、祐は何かを見通したように薄く微笑む。

 「あっ、はい。とても」

 表裏がなくても、察しはいいようだ。

 

 「よしっ、今だ!!」

 唐突に響いた気合の入ったかけ声と共に、祐が勢いよくボタンを押した。

 ジガンスクードは魚群に向けて、両腕から漁網を射出する。コックピットで僅かな振動を感じた後、モニターの向こうに見える魚は既に漁網に捉われていた。

 漁網から抜け出そうと魚達は足掻く。

 大きめな網目から小さな魚は逃げ出していくが、成熟した魚はそこから抜け出せずに、網ごとを引いていこうとしても、ジガンスクード相手ではそれもかなわない。

 

 「お昼は決まりだな。自家製わさびを分けてやるから食べてみろ。癖になるぞ?」

 「わさびって何?」

 「日本の調味料だ。刺身と一緒に食べると美味い」

 漁網が回収して、ジガンスクードが上昇を始める。

 魚のことはよく分からんが、生ものになれてない自分の胃は大丈夫なのか、ちょっと心配だ。

 

 「まあ、それなりに期待させてもらいますよ」

 お昼のことはともかく、イングラムへの返事は大体決まった。となると、残りの問題は自分の気持ちを何とかすることだけ。

 一度戻って、ちゃんと話した方いいかもしれない。

 

 (ビンタ一発で済ましてくれればいいがな……)

 苦笑いを薄く浮かべて、クリスは気の重そうなため息をついたのだった。

 

説明
「IS インフィニット・ストラトス バニシング・トルーパー」のリメイクです。
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タグ
凶鳥 ビルトシュバイン ヒュッケバイン OG スパロボ ゲシュペンスト バニシング・トルーパー IS インフィニット・ストラトス 

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