自殺志願者募ります 『復讐』 |
1
ロールって自殺幇助人がいて、ソイツは自殺したがっている人のところへ現れて、その人の望む通りの自殺をさせてくれるらしい。最近、そんなウワサが流れている。
「ロールの話知ってる? こないだ、ホームレスのところに現れたんだって。で、そのホームレス、お腹いっぱい美味しいものを食べて死にたいって言ったらしいのよ。で、ロールはその願いを叶えてあげたんだって。でも、その死に方が結構えぐいのよ。ホームレスは、何度も吐いては食べて吐いては食べてを繰り返して、死体が見つかった現場は吐瀉物塗れ」
「マジでー。ロールってやつヤバイじゃん」
こんな風に、ロールの願いの叶え方は、だいぶひねくれているというのも有名だ。
それでも僕は、ロールが僕の目の前に現れて「キミの望む死に方を教えてくれよ」と言ってくれる日を、今か今かと待ち望んでいる。
ロールの存在はただの都市伝説。その事実はぼくだって知っている。
他人には見えないはずのロールが、ウワサになるはずがないのだ。ホームレスの話だってそう。死んでしまったホームレスにしかロールは見えないはずなのに、ウワサになっている。どう考えても作り話だ。
僕はもう、サンタクロースを信じているような小学生とかじゃない。
でも、そんな不確かな存在に縋りたくなる心理があっても仕方ないじゃないか。
僕は、いつものように教室に入り、自分の席に向かう。今日も僕の机の中に、異物が押し込まれていた。
取り出してみる。やっぱりな。
「おい、どうした? 何かいいもの入ってたか?」
笑いながらRが声をかけてくる。僕は中に入っていたソレを、黙ってゴミ箱に捨てた。
「んだよ、誰かのプレゼントだろ? 勝手に捨ててんじゃねぇよ」
Rが大声を出した。
誰がこんなのプレゼントするんだよ。心の中で思う。
クラスメートは知らんぷり。隅の方でヒソヒソと話す声。クスクスと笑う声。
そして、気がついたら、僕はゴミ箱の中身をモロにかぶっていた。学生服に、砂や埃やなにやらがたくさん付く。で、間髪を入れずに、ゴミ箱が頭に叩きつけられた。そして床には、得体の知れない虫の死体。
分かって欲しい。
僕がロールに期待してしまう訳を。
……僕は、度胸も何もない、弱者なんだ。
2
ロールって自殺幇助人は常にヘラヘラとした態度で、時々つまらないジョークを言うらしい。
そんなウワサも知っている。
「最近は、穴の開いたパンツがお気に入りらしいよ」
学校の帰り道、N君が言った。
N君はいわゆるオカルトマニアで、こういう話をよく知っている。彼はRに見つからない程度に、僕と話をしてくれる。僕はロールの話を、彼から聞いた。ネットにも載っていたから、それなりに知られている都市伝説のようだ。
Rは、僕と誰かが仲良くしていると気に入らない様で、関わった人達も標的にする。それで僕は孤立しているんだけど、N君はそれでも僕に関わってくれる。
「そういう情報、どこで手に入れんのさ?」
僕は彼に訊いてみた。しかし僕の問を無視して彼はその場を離れていく。
あたりを見渡すと、Rとその取り巻きが見えた。
あぁ、なるほどね。
仕方が無いのだけれど、僕は堪らなく疎外感を覚える。Rに見つからないように、僕はその場から逃げた。
「おい、お前待てよ。逃げようとしてんじゃねえよ」
呼び止められる。Rの声じゃない。たぶん取り巻きの誰かだ。あぁ、遅かった。見つかっていた。
僕は諦めた。背中に強い衝撃を受けて、僕は倒れた。
固いアスファルト。口の中に血の味が滲んだ。
3
ロールって自殺幇助人は黒いマントを着ている。
服装についてはこのくらいしか知らない。
僕は今、公園の公衆トイレの個室に閉じ込められて、震えている。次々に容赦なく殴られ便器に顔を押し付けられ閉じ込められ上からホースで水をかけられ続けた。
紺色の学生服が、水で滴り黒色に見える。ロールの着ているマントは、こんな風な漆黒なのだろうか?
あまりにも惨めな僕の姿は、とてもじゃないが人に見せられたものじゃない。
家に帰ったらどうしよう。もう親や先生に黙って隠し通せられるレベルじゃなくなってきた。
思い切り扉を押してみる。箒が倒れる音がして、扉が開いた。
深く息を吐く。重い足取りで、ゆっくりとトイレから出ようとした。
冷たい風が吹いて、濡れた体をさらに冷やしていく。学ランだけでも脱いだ方がいいかもしれないな、重たいし。そんなことをぼんやりと考えていた。
そして何気なく視線を前にやる。
「……え?」
僕は、目の前に見えるものが信じられなかった。そこに立っていたのは黒いマントを頭からすっぽり被った不審人物。僕はそいつに心あたりがある。
「ロール……?」
僕はもうこのとき既に、理性を失っていた。
「あぁ、よろしく。僕が自殺幇助人のロールだ」
ロールは言った。
4
ロールって自殺幇助人は、神でも天使でも悪魔でも幽霊でも人間でもない存在で、死にたいと思っている人のところへ突然現れる。
僕はロールのことならよく知っている。
「……ロールさん、望むように自殺ができるって、本当かい?」
僕は思わず真っ先に尋ねていた。
「あぁ、それが僕の仕事だか……」
「じゃ、じゃぁ、僕の願いを聞いてくれるか?」
ロールの話を遮って僕は言う。僕の願いはただ一つだ。早く、早く!
「えっと……」
僕の願いは決まっている。僕をいじめて苦しめたRと、その取り巻き達が、苦しむような自殺方法だ。
僕をいじめたことを一生後悔するような、そんな自殺方法。僕がどうしても思いつかないような、どうしても実現できないような死に方でも、ロールなら何とかしてくれる。
ざまあみろ。
「まぁいいか、僕のことを知っ……」
「Rを、Rとその取り巻きの糞野郎どもが苦しむような自殺だ! 僕が望むのは」
一気に言い終える。何度も夜に練習した。馬鹿げているって分かっていたけど、心の底では本気で信じていた。僕は、この命でアイツらに復讐をしてやるんだ。
「これを……」
ゆっくりとした手つきで、ロールはマントからカッターナイフを取り出し僕に渡した。見た目はどこにでも売っているようなカッターナイフだ。
「……これで、これで死ねばいいんだな?」
ロールは静かに頷いた。
僕は深呼吸をした。落ち着け、落ち着け。
このカッターナイフで、全てが終わる。
カチカチと刃を伸ばす。さて、どこを切りつけようか……。濡れた体が、熱を持ってくる。右手でナイフを握り、左手を添える。遂に僕は決心をして、一気に頸静脈を切りつけた。
耐え難い痛み、そして血しぶきが上がるのが横目で見えた。
しかしそんな痛み、気にならない。だって、僕が死ぬことでR達が死ぬほど苦しむんだから。
「……やべぇよ。マジでやりやがった」
薄れゆく意識の中、声が聞こえる。
僕はいつの間にか地面に俯せていた。どこかで見た靴が見える。これは、Rの靴……。
上目づかいで見上げる。ビデオカメラを持ったRが立っていた。……何故?
後ろからゾロゾロとRの子分たちが虫みたいに群がる。僕は理解した。
「ごめんよ」
ロールがつぶやく。
僕は全てが終わったことを理解しながら、意識を失った。
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