自殺志願者募ります 『無気力』
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 1

 

 ネットに自分の思想を垂れ流す。

 それに何人かが賛同する。また、反駁をする。

 そんなやりとりが始まることに、昔はちょっとした快感を得ていたが、最近は全くだ。

 誰かと繋がりたかったのに、それに失敗し、仲間を作るのが嫌になって外との繋がりを遮断し始めたのが六年前の中学二年生の頃。

 きっかけは何だったんだろう?

 それまでは、それなりに当たり障りの無い友達づきあいをしていたし、特に人間関係に困らされた記憶も無い。ひどくいじめられたわけでもなかった。僕は何に失敗してしまったのか。何で全てを投げ出してしまいたくなるほどに、普通の生活を面倒だと思ってしまったのか。

 考えても答えはでない。強いて言うなら、たぶん僕がこの世界を生きるのに向いていないんだ。欠陥品なんだ。そんなのは、ただの諦め。何のプラスにもならない、どう仕様も無い結論だ。

 もうそういったことは考えないようにして、毎日を惰性で生きている。

 僕は今、世間一般で言われるところのヒキコモリとかニートとか、そういうアレだ。否定しない。

 ひきこもるくらいだから何かツラいことでもあったのかと思われそうだが、先で述べたように、僕は特に大きな理由も無くこの立ち位置を選択してしまった。

 もうどうしていいのか分からない。なんで生きているのか分からない。

 パソコンの前に座り、ディスプレイを見つめる。

 僕が蒔いたタネが実をつけて、議論の花が咲いている。

 そんな状況を目の当たりにしても何も思わない。

 ああしたらこうなる、当たり前の結果が出ただけ。そのやりとりの全てがテンプレートで、向こう側に本当に、思考する人間がいるのか疑わしい。

 もういいや。パソコンをシャットダウン。

 今日、何度目かの溜息をつく。

 僕はどこに行っても、僕が望むような人間との繋がりを持つことができないことに気づき始めていた。今までの行動は全て不毛だと思っている。

 僕は全てに置いて怠惰で無感情だ。

 この思考回路が、身に染み付いてしまっている。

 お父さんお母さんゴメンナサイ。

 最近はそんなことも思わない。

 

 

 

「ヤッホウ。とりあえず来てみたよ。おはこんにちばんは〜」

なんとなくベッドで横になっていた僕の隣で、声がした。横目で確認する。黒いマントの人物が目に入った。少し驚いたが、落ち着くために息を長く吐いて目を閉じた。僕は何も見なかった。何も見なかった。

「おいおい、今夜は寝かせないよ。目を開けろよ」

 何か言っているのが聞こえる。

「……何? どこから入ってきたの? 誰?」

 僕は目を閉じたまま、そいつに問いかける。思っていたよりも、不機嫌でけだるい声が出た。今の心情駄々漏れ状態。

 この部屋でのイレギュラー的な存在は、少しだけ笑い声混じりで答えた。

「知りたい? 知りたい?」

「帰ってくれるなら、別に興味ない。さっさと帰ってくれ。ここは僕の部屋だ」

 正直に言う。別に泥棒だろうが、不法侵入者だろうがなんだろうが、どうでもいい。盗まれようが、ここで殺されようが、別に未練も何もない。

「えぇー。キミキミ、ちょっとそれは冷たすぎないかい? 冷たい冷水くらい冷たいよ」

 冷たい冷水って、なんだよそれ。

「まぁ、こんなことだろうとは思ったけどね。キミは自分にも他人にも世の中全てのことに無関心だ。そうだろ?」

 僕は無視した。布団を深くかぶる。

「おいおい、キミはとんでもなく冷たいなぁ。僕が温めてあげるよ」

 そう言って、そいつは僕の布団の中に潜り込んできた。流石に慌ててそいつを蹴り飛ばそうとしたが逃げられた。

「やめろ!」

「ハハハ、そんなにカッカすんなよ。冗談だってば、冗談」

 ヘラヘラ笑いながら、そいつは言う。自分のパーソナルエリアに、遠慮なしに入り込むこいつに、若干の怒りを覚えた。

「何しに来た。目的だけ達成したら、さっさと消えてくれ」

「ひぃー。やっぱり冷たいな。熱しやすく冷めやすい。キミはまるで熱しやすく冷めやすい物だね」

 それ、例えになってねぇし。面白くないし。

 そいつは気に障る微笑をたたえたまま、僕の腰掛けているベッドに乗った。勝手に人のベッドに立つなよ。まぁ、どうでもいいけどな。

「僕はロール。自殺幇助人やってます。よろしくね」

 人差し指で僕の鼻をつつきながら、ロールと名乗る人は言った。

 それにしてもこいつ、テンションが高い。

 

 

 3

 

「つまりキミは、自殺したい人のところへ現れて、その自殺に協力する能力を持った、人ではない存在なんだね」

 ロールのしつこさに負けて、僕はしぶしぶそいつの説明を聞かされた。

 無視する度に、布団に潜り込んできたり、服を脱がせようとする。意味が分からない。

「その通り! 僕は物分りのいい人好きだよ。褒めてあげる」

 そう言ってロールは僕の頭を撫でた。

「ひゃぁ! 脂すげぇ! ハハハ!」

 僕の髪を触りながらロールは叫ぶ。触る前に気づけ。うるさいし黙れ。

「別に僕を馬鹿にするのは構わないが、もっと静かにしてくれないか?」

 一階にいるはずの家族が、不審な物音を耳にして、見にきたら面倒だ。まぁ、こないだろうけど、念のため。どっちにしろうるさいのは僕が嫌いだ。

「あぁ、大丈夫、僕は今、キミにしか見えないから、僕の声もキミにしか聞こえないよ。ウソみたいなホントの話」

「あっそう」

 どうりでコイツは遠慮なく騒ぐわけだ。

 と、ここに来て僕は、コイツの荒唐無稽な発言を無条件で信じかけていることに気が付く。

 大体、ロールと名乗るヤツの存在自体がおかしい。

 自殺幇助人? 自殺の手助け? 人間でも神でも悪魔でも天使でも幽霊でも無いよく分からない存在? ふざけるのも大概にしろ。

「さて、じゃ、本題に入ろうか? キミ、どんな自殺がしたい?」

 あぁ、もうこの時点でおかしいのだ。僕は、生きる意味は無いと、十分に自覚しているが、別に死にたいとは思ってない。死んでも悔いはないけれど。望んで死のうなんて思ってない。

「いや、別に死にたいとか思ってないから。まぁ、僕を殺したいなら殺していいよ勝手にどうぞ」

「いやいや、そんなドライなこと言わないでよ。キミはまるでドライヤーだね」

 いや、ドライヤーは別に乾いているわけじゃない。乾かすものだ。

「もう一度言うよ。僕は自殺の手伝いをするのであって、キミを殺すわけじゃないんだ」

「じゃぁもういいじゃん。僕は自殺とか面倒だし、しないから。お疲れ、帰っていいよ」

「いいの? 本当に? この生活に区切りをつけるチャンスだよー。キミは口ではそう言うけど、正直に考えてみなよ。迷ってるだろう? 終わりの見えないこの今に、若干の焦りと不安と恐怖を抱いているだろう?」

 僕は何も言えなかった。

「僕の存在は、キミから見たら惰性で流れるこの日常の不穏分子かもしれないけど、分水嶺でもあるんだよ。どっちに流れるかはキミ次第だ。どんなに無気力無関心でも、生きてくなら決断ってのは、避けて通れないものなんだよ。今決断して、全てを終わらせるか、まだ続けるか、一つに二つだ。合理的に考えなよ」

 僕はここで、ロールの今までに見せたことの無い鋭い視線に射止められていることに気づいて驚く。

「……それは、僕を自殺するように誘導しているとしか思えない発言だ。それって、アンタが言っていた、僕はキミを殺さないって発言と矛盾しないか?」

 冷や汗が流れ落ちる。僕はなんとかロールに反論した。そうでもしないとロールに負ける。ソイツのその目にやられる。

「そうか? 自殺幇助ってこういう事だろう? ちょっとだけそのきっかけを作ってやるだけだよ。僕の言っていることは別に間違ってないだろう? 何かおかしいこと言ってるか?」

「正論でも何でも、死に誘導する行為は違うだろ」

「あれ? キミそういう倫理観あるんだ。自分にも他人にも無関心なキミが、一丁前に一般の正義を振りかざしちゃうんだ。ハハハ」

「別にいいだろ。もう僕に構うなよ。帰れ」

「しょうがないなぁ。気が変わって後悔しても、僕がいなくなったときはもう遅いからね。また僕がキミのところに現れることは無いと思った方がいいよ。現れるかもしれないけど。僕は僕自身のことをよく知らないんだ。んじゃ、じゃあね」

 そう言ってロールはベッドから飛び降りる。僕は慌てて、彼の背中に向かって言った。

「……いや、やっぱり待って」

 振り向きざま、ロールが口元をニヤけさせたのが見えた。

「おやおやおや? どうしちゃったの?」

「……もう少し考えたい」

「うん、それは賢明だね。命は一つだ。ゆっくり考えな」

 

 

 4

 

「正直に言って、僕は死んでも死ななくてもどっちでもいいんだよ」

「うん。それは僕も知ってるよ〜」

 馴れ馴れしくも、いつの間にかロールは僕のベッドに横たわっていて、僕はベッドの端にちょこんと座っている。どっちが部屋の主なのか分かりやしない。どうでもいいけど。

「まぁ、知っているけど、僕はどうしようもないんだよな。キミが死ぬ気なら、なんだってするよ」

「僕は迷っているんだ。どうすべきか。キミは生きててもこの繰り返しならば、死んでしまった方がいいと言ったろう?」

「あっれぇ〜。そんなこと言ったかしら?」

 白々しくロールはそっぽを向いた。

「言ったよ」

「そんな気もするなぁ。ハハハ」

「聞きたいんだけど、自殺幇助人は、自殺に協力することで、何かいいことがあるのか?」

「なんだろね。僕はなんども言うけど、自分でも自分のことが良く分からないんだ。なんとなく存在して、なんとなく自殺志願者の所へ現れて、なんとなく自殺に協力する。それの繰り返し。だからね、単調なんだよ。僕もぶっちゃけ消えちゃいたいんだけど、死んでも死んでも、何でか生き返るんだよね。だからさ、暇つぶしになるように、いろいろ面白い死に方を考えて生きてるわけ。だから、協力することはただの暇つぶし。悪趣味な暇つぶし。それ以外の何物でもないよ」

「趣味は人間観察、そんな感じ?」

「ハハハ、むしろそれしかない感じ」

 屈託なくロールは笑う。

「なんとなく思うんだ。ロールと僕は、どこか似ているって」

 日々を、流れるままに目的が見えないまま繰り返すところなんかがね。

「へぇ、僕はそう思わないけど。キミよりはだいぶマシだと思ってるよ。ハハハ」

 何が面白いんだ。何でコイツはこんなに笑うんだ。

「僕はそう思うってだけ。で、僕はキミに同情しているんだよ」

「へ? 同情? ふふふ。へぇ〜、同情……。へぇ〜」

 ロールは、何度も確かめるようにつぶやいた。右手を顎に付けたり、目をパチパチさせたりしている。

「僕はキミのために、キミの暇をつぶすために自殺しよう」

「ハハハ。もうその発想で失笑もんだけどね。で、どうやって死にたいの? 僕の暇をつぶすための死に方だって? 自分で結構ハードル上げてるの気付いてないのかな? まぁいいや。言ってみなよ」

 僕は、ロールの目を見つめて言った。

「僕の望む死に方は『キミが望んでいる死に方』それにするよ」

 

 

 5

 

 ロールが消えてしまった室内。僕は一人でベッドに横になっていた。ロールの温もりは無い。静かな部屋の中。僕は右手にナイフを持っている。ロールが置いて行ったものだ。

「このナイフで胸とか腹とか手首とか、ズサっと切りな。望むように死ねるから。あ、他人に刺しても全く効かないからね。死なない。てか、刺さらない。心の準備ができたら、いつでもやりな。じゃあね」

 死ぬのを見届けてから消えると思っていたが、別にそうではなかったようだ。ただ、見えなくなっただけで、実はまだ見ていると言う可能性もあるが。

「さてと」

 僕は意を決して身を起こした。

 そして、握ったナイフの能力を思い返す。

「そのナイフで自殺すると、死んだ人の存在を抹消してくれるんだよ」

 このナイフで死ねば、僕という人間が、存在しなかったことになる。全くの無になる。

 僕の存在がリセットされて、また何事もなかったかのように毎日が始まるのだろう。

 これがロールの望む死に方だった。

 ロールの気持ちを思うと、複雑だ。

「……確かに、ロールと僕は全く似ていなかったね。キミの方がだいぶマシだよ」

 悔しいな。僕よりも、よっぽど人間臭いじゃないか。

 僕は首を軽く左右に振った。

 改めて、僕は右手のナイフを意識する。

 普通に自殺した場合と、この能力を持つナイフで自殺した場合の違いを考える。

 普通に自殺していたら、どうなるだろう。親や家族が悲しむか? こんなにひきこもって、迷惑かけて、助けようと伸ばしてくれた手を払って、接触を避けてきた僕のことを、悲しんでくれるか? 死んでくれて清々したと思わないか? いや、でも親なら子供の死を悲しむかもしれない。それは甘い考えか? 僕にはもう、親の気持が分からない。

 そして過去の友人。もう何年も連絡をとっていないんだ。もうほとんど赤の他人だろう。僕が死んだところでそんなヤツいたな程度の認識に違いない。

 大体、僕にそんなに深く付き合った友人はいない。

 ……なんだ、あまり変わらないじゃないか。

 ロールのナイフの能力は、僕にとっては、もう意味が無いじゃないか。

「ごめんよ、ロール。僕の死は、キミの暇つぶしにはならないみたいだ」

 思わず声に出ていた。

 僕の右手は、まだ宙を彷徨っている。

 

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