恋姫夢想 真・劉封伝 9話
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夢を見た。

私が女になる夢を。

そして、私は同じように女性になった劉備様に従い戦場を駆けた。

そんな私には憧れているだけだが思い人がいるらしい。

劉備様の横に立つ白い服を着た男…

 

 

 

 

「…はっ!!!」

 

一気に意識が覚醒して飛び起きた。

 

額に浮かんだ冷や汗を拭う。しかし、汗はどうやら額だけに収まらず身体中にでてしまったらしい。衣服が肌に吸い付くような不快感に思わず眉を寄せる。

 

「忘れよう…きっと、ただの悪い夢だ」

 

この不快感のきっかけであろう夢を脳から追い出すと、腹部の鈍い痛みに気づいた。そうして気を失う前の事をようやく思い返す。混乱して気絶、いやそうではない、確か趙雲殿の槍が来ていた。

趙雲殿。そう、ここは私の知る世界とは似て否なる世界と判断したのだ。

白蓮達が揃って騙そうとしているのでなければ、性別の違い、真名という風習はそれ以外に思いつかない。

 

しかし、こうなると劉備様と会うのが正直怖い。一体どうなっているのだろうか。

張飛殿は?関羽殿は?諸葛亮殿は?

 

今回のような醜態を他の武将と会う度に繰り返す訳にもいかない。

あらかじめ、心の準備をしておかなければいけないだろう。

きっと、あの髪色もこの世界では普通の事なのだ。趙雲殿に会った時の波才と楼斑の態度も極めて普通だったではないか。

私が理解できない事も、この世界では常識、そのような事は他にもあるかもしれない。

少しでも早くその違いを認識して己の血肉としなければ、その意識の違いから命を失うことに繋がるかもしれない。もし白蓮が親切に真名について教えてくれなければ、下手したら他の者の真名を呼び斬り捨てられていた可能性も否定できないのだから。この世界で生きていくためにも、違いを認識して自分自身を納得させよう。

 

そう心に決め、ようやく周囲を見回した。部屋の中には机に椅子、衣服を置く戸棚、そして私が座るこの寝床。

机の上には水差しと杯が置いてある。誰かが運んでくれたのだろう。

窓の外を見れば大きな丸い月がみえた。

 

幼き頃に見た月と同じ、その月にここが元居た世界と完全に違う世界ではないことを改めて教えてもらったようで、少し焦っていた心が落ち着いていくのを感じる。

また月をゆっくり見れる日が来るとは、いつ罪の裁可が下るかと考えていた少し前の私は想像もしていなかっただろう。

 

 

 

「おーい、劉封。起きてるかー?」

 

「…はい、どうかされましたか?」

 

しばし月に見とれていると部屋の外から白蓮の声が聞こえ、返事をすると水の入った桶と手ぬぐいを持ってそのまま部屋の中へと入ってきた。

 

「おおっ!よかった、起きてたな」

 

「はい。先程は申し訳ございません。武官として仕官しておきながら情けない姿をお見せしてしまったようで…」

 

「あ、また堅くなってる、気軽にな。あれはー反応がない劉封にいきなり攻撃した趙雲が悪いさ。しっかり叱っておいたから安心してくれ」

 

「す、すみません」

 

彼女は私の言葉遣いに面白そうに注意しながら微笑み桶を床へと降ろしている。

太守である白蓮が何故このような物を運んでいるのだろうか。

不思議に思ってみていると、その視線に気づいたのか恥ずかしそうに頬を染めた。

 

「いや、な。本当は少し前にもここに来たんだがその時劉封はうなされててな。目覚めたらきっと汗を拭きたいだろうと思って持ってきたんだ」

 

「ありがとうございます。…しかしそのような事を白蓮殿がわざわざされずとも、侍女達に命ずるなりされた方がよかったのではないでしょうか?」

 

「一応それも考えたんだが、夜も遅いしわざわざ呼ぶのも悪くてな。それにこれくらいなら私でもできるし」

 

侍女に悪いと考えたというのだろうか。彼女は優しい、しかし、これは甘いとも言える。それは上に立つ者の行動ではないのだ。

 

「なあ、お腹空いてないか?簡単な物しか作れないけど、空いてるなら作ってくるぞ?」

 

確かに私は空腹だ。謁見から会議、夕方から気絶。既に半日以上は何もないの腹に入れていないのだから。

しかし、食事を作るというのはやはり上に立つ者のする事ではないのだ。

 

「実はまだまだ仕事が残っていてな。腹ごしらえをする所なのさ。一緒にどうだ?そういえば動けるか?何なら持ってくるぞ?」

 

次々と言葉を続ける彼女は、何故か必死にも見える。

まるで臣下である私の御機嫌取りをしているような…

これはよくない。臣下と仲を深める為に気軽に話をするようにといったのは多少理解できるが、このような態度では白蓮を下に見る臣下も出てきかねない。才覚や人徳があっても、このような態度をみせては相手に侮られてしまう。

 

「白蓮殿、御厚意はありがたいのですが、それは白蓮殿がするべき事ではありません」

 

「あ…そうか、やっぱり私なんかの料理じゃ嫌だよな…」

 

私の言葉にふいに、彼女の表情に陰が差した。そのような事は言っていない。

優しい心根をもつ白蓮に仕えられて嬉しいと思っているのだ。

なのに彼女はそれをどこか信じていないようにも感じる。自分がその器じゃない、そのような事でも考えているのだろうか。

彼女は自分に自信を持っていないのかも知れないが、憶測でその様な事を指摘する事はできない。しばし様子を見なければいけないかもしれない。

だが、言うべき事は言わなくてはいけない。

 

「そういう事を言っているのではありません。白蓮殿は太守。そのような事をする必要はないと言っているのです」

 

「いや、でも…お腹減っているだろ?私は別に我慢してもいいけど、せっかく仲間になってくれたんだし、出来る限りもてなしたいというか…」

 

彼女の根本が優しい為に他人に気を使い過ぎているのかもしれない。

臣下を大事にしている。とも取れるが、太守がそのような事をさせるのでは侍女達の仕事を奪う事になる。

 

「それは嬉しいです。嬉しいのですが、上の者は指示を出す側でいるべきです。白蓮殿が嫌だと言うのならば、私が侍女達に言いましょう」

 

「いないぞ?侍女達は夜には家に帰らせているんだ。だから呼ぶのも悪いっていったのさ」

 

その言葉に思わず固まった。太守である白蓮がまだ働いているのに侍女は帰っている。

なんと言う事をされるのか。

夜に侍女がいない城など聞いた事が無い。

 

「な、ならば兵士達でも構いません。誰か一人でも連れてきて…」

 

「兵士達は警備中だ。無駄な人員は配置してないし、警備中の兵士を料理する為に動かして侵入者を出したら目も当てられないだろ?」

 

間違いない。正直、そんな事になった日には歴史に残る程の愚者になる。

どうにか彼女を説得したいのだが、今日様々な出来事に遭遇し、考え続けて酷使しすぎたせいか働く事を半ば放棄している頭脳は最適な答えを出してはくれない。

 

「ならば…私に料理を作れと命じられても構いません。幸い来たばかりで今は仕事もありませんし」

 

「いやいや、怪我人にそんな事させれないよ!」

 

「私も主にそんな事はさせられないと言っているのです!」

 

ぐぬぬと睨み合いを続ける私たちであったが、ふと白蓮は中空を見上げた。

 

「ていうかさ、そもそも劉封は料理できるのか?」

 

その言葉に思わず固まる。正直な話まったく料理の経験は無い。

 

「………握り飯位ならば」

 

「私はもっとちゃんとしたのを食べたいな。しかし劉封は作れないんだろ?ならば私が作るしかないじゃないか?」

 

「やってみます。やり方はわかりませんが作ってみせます」

 

「いや、だから、それじゃ何ができるかわからなくて怖いんだって………」

 

困ったように唸る白蓮だが、それでも譲る気は無いらしい。

何かいい理由はないかと思案しているようだが。不意に瞳を輝かせた。

急に背筋を伸ばし姿勢を正してみせた。

 

「貴方は主に心配をかけてでも無理をするつもりですか?」

 

「…必要とあらば」

 

どうやら主として接する事で私を折れさせるつもりのようだ。

しかし、必要ならばそれも厭わない。

 

「む…劉封、貴方は主に不出来な料理を食べさせるつもりですか?」

 

「………いいえ」

 

渋々そういう私に、勝機を得たと白蓮殿は顔を綻ばせた。

しかし私はまだ折れる気はない。

 

「ならば…」

 

「楼斑殿を起こしましょう。彼女には悪いですが、私が謝りますので」

 

なんとかしなければ。そう思い料理ができそうな彼女の名を出す。

「駄目だ。楼斑達は明日の早朝に集落へ一度報告しに戻るって言ってたんだぞ?そんな彼女を今から起こすのは私が許さない」

 

それは毅然とした態度で否定される。そう、この態度を常に出せるならば彼女はきっと誰もが従うような威風を纏えるのだ。

 

「…よし、決めた。もう劉封がなにを言おうが私は厨房に行くし、料理も作る。そしてここに持ってくる。私は主だ。も、文句は言わせない!」

 

そして、彼女はなにやら決心するように深呼吸した後に急に胸をはってそう告げてきた。

提案であった今までなら否定はできたが、主が決定した事ならばこれを無理矢理止める事などできはしない。

しかし、白蓮はどこか不安そうに私の反応をチラチラと見てきている。

彼女の為を思って言ってきたが、どうにも折れない彼女にこれ以上不安を与えるわけにはいかない。

私は浅く息を吐いた。

 

「…わかりました。しかし、それならば役に立たないかもしれませんが私にも少し手伝わせてください」

 

そう言って頭を下げた。

その私の言葉にようやく柔らかく微笑んだ彼女は、ふと思い出したように私をまっすぐに見つめきた。

 

「ああ、任せてくれ!劉封、そういえば少しは気軽に話せるようになったみたいだな」

 

そういって本当に嬉しそうに笑う彼女はどこか眩しくて、思わず視線を逸らしてしまうのだった。

 

その後、彼女が作ってくれた料理は普通に美味しく、私の為に作ってくれたことが非常にありがたく思った。

しかし、その彼女は自分の料理を食べながらも少し不満そうに眉間に皺を作り、

 

「うん、普通の味だな…」

 

と、呟いていたのがやけに印象的であった。

 

 

 

 

 

 

 

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翌朝、楼班や董頓達に昨日迷惑をかけたことを謝り、集落に向かう彼女達を見送った。

彼女達の供は波才と部下達。ここに供に来た面子の中で、私だけがここに残る事になるようだ。

 

その後、私は白蓮の兵や武官達への顔見せも兼ねて彼等と共に鍛錬場に来ていた。

 

兵達と共に一通りの鍛錬を終え、今は兵達が周囲を囲む中で私は趙雲殿と武器を構えて向かい合っていた。

しかし、これは初の手合わせという訳ではない。

既に五試合目。今までの結果は全敗だ。

 

「…っ!」

 

彼女の私の胴体へ向けて槍が奔る。それは凄まじく速い突き。

それを見て私の槍を添えて軌道を曲げ身体の範囲外へと押し出した。

 

槍が引かれ再度迫る突き。それをまた逸らす。

 

手に持つ槍からは焦げるような臭いが漂い始めるが、集中を続けて延々槍を防ぎ続けた。

 

 

 

 

 

「ふむ、一戦毎に成長が見られますな。相手をしていて楽しくもありますぞ」

 

「っ…ありがとうございます…」

 

痛みに苦しみながらも彼女に礼を返した。

手合わせは20を超える防衛を行った後、遂に槍を逸らし損ない正面から受け止めてしまい、それからの決着は早かった。その衝撃に硬直する私に更に今までよりも速い一撃が叩き込まれたのだ。

 

今日兵達への顔見せの直後に彼女と改めて手合わせを行いあっさりと敗北した後、前日の彼女との手合わせも踏まえて彼女に指摘された。

私は観察眼と身体の動きの釣り合いが取れていないのだという。

 

彼女は私が烏丸に保護された時に、数日意識を失っていたことを聞いていたようで、それが原因でそのように差が出てしまったと判断したらしい。

私が自由に武を振るえるよう、私の身体が万全になるまで慣らしを手伝ってくれると申し出てくれた。

それは非常にありがたい申し出だった。彼女との手合わせは回を重ねるごとにその槍の速度を増していったが、少しずつそれに私の身体能力が引き上げられていくのを感じたのだ。

 

私は上昇した身体能力の使い方を知らない。

 

私自身それに危機感を持っていたので烏丸の集落に居た頃から自分の身体を苛め続けた。

全力で走って自分の体力の限界と俊敏性を探り、重そうな岩を持ち上げて力の上限を探り、槍を素振りして身体の細かい動きを学んだ。

 

以前の身体よりも既に優秀なこの身体能力にどこか満足していたのだろうか。

明確な目標がなく、どこまで鍛えればいいのかわからなかったからだろうか。

殆ど一人で行っていた鍛錬はあまり捗らなかった。

 

それに比べて、趙雲殿との手合わせは恐ろしく捗る。

彼女は前回の私との手合わせを元に自身の槍を振るう速さを調節してくれているようで、常に私よりも僅かに速く動いてくれる。

彼女に追いついたと思ったらまた速くなり、いつまでも追いつけない追いかけっこをしているようだが、この手合わせは非常に楽しい。

自身の成長がすぐにわかり、成長が停滞しているようだと少しずつ速度を上げる彼女の槍を防げなくなり叩かれる。

まだ手合わせをして数回だが、既に昨日の私を間違いなく超えていると自信を持って言える。

 

趙雲殿の強さは底が知れない。彼女は私の元の世界で万夫不当と呼ばれた方々よりも既に強いだろう。

 

しかし、そんな彼女にも問題もある。

 

立てなくなり鍛錬場で座り込む私に、同じように座ろうとする彼女はあまりにも無防備であった。短い丈の衣服、露出の多い衣服を好んで着るのに文句は言わないが、せめてもう少し周囲の者に気を配って欲しいものだ。

あからさまに彼女から顔を反らして無言の抗議をしたのだが、それをみて彼女は楽しそうに笑うだけで改める気は無いのだろう。

 

初めて会った時のように、偶発的な手合わせであるならあのような格好も仕方ない。

しかし、兵達の前で鍛錬をする時までこの格好で行うのには驚いた。

だが、結局兵達はおろか武官である私の攻撃も彼女には届かない。このままでは服装を改め鎧をつける様に言っても必要ないからと言われるだけだ。

なので、今の私の当座の目標は一戦でも早く彼女に槍を届かせ、鎧を着けさせる事だ。

 

その相手の強さの底が見えないのは不安ではあるが、いつまでも顔を反らしている訳にもいか無い為にそう決心しながら顔を戻す。

 

「…未だ趙雲殿の本当の実力は引き出せそうに無いですね」

 

先程彼女に叩かれた脇腹を擦りながらそういう私の言葉に、なおも嬉しそうに笑顔を浮かべている。

 

「なに、そう時間はかからないと私は思っていますぞ?まだ本調子では無い状態でこの強さであれば、完全に身体の扱いを取り戻したならば私も全力で相手できるようになると見ました」

 

そういって元気に立ち上がり伸びをする彼女。またこの人は勢い良く伸びまでするから短い丈がまた危険な事に…

慌てて顔を反らせば、反らした先にいた兵士達が鼻の下を伸ばしているのが目に入る。

私の視線に気づくと慌てて表情を戻しているが、すでに手遅れだ。

趙雲殿にいいところを見せようと兵士達が頑張っているためにここの兵達の訓練効率は非常によい。しかし、このような姿を常にさらしていれば兵達の風紀が乱れる。

どう言おうかと悩むが、これはむしろ兵達よりも元を断たねばキリが無いだろう。

目標を改めて達成せねばと心に決めた。

 

「次!誰か手合わせを求めるものはあるか!」

 

横に立つ趙雲殿の声に周りの兵士達は黙り込む。

実力差が有りすぎると立候補しにくいのだろう。それに、美人である趙雲殿に叩きのめされるというのに何か抵抗があるのかも知れない。

しばし、無言のまま時間が過ぎ、それを彼女の少し寂しそうな溜め息が聞こえた。

 

「ふむ、ならば今日の鍛錬は終わりにするとしようか」

 

兵達がこちらに礼をして去っていく姿を二人で見送り、全ての兵がいなくなったところで彼女は振り返った。

 

「さて、この後は何か用事がありますかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは私がこの街で贔屓にしている店でしてな、この辺りで一番だと自信をもって言えますぞ!」

 

訓練の後、昨日の侘びと、歓迎の気持ちも込めて奢るという彼女に私が連れて行かれたのは、中央通りから僅かに外れた小道にある店。

夕食時である為に、途中で見た中央通りの飲食店は非常に混雑していたのだが、ここは私達二人を除けば奥の調理場でこちらを見つめている大柄な男の店主以外に誰もいない。

知る人ぞ知る、隠れた名店なのだろうか。

 

身体を動かし空腹の私は、期待に僅かに頬が緩んでいくのを感じる。

 

「いや、劉封殿は実に運が良い!私もここを見つけたのは数日前でしてな、まだ伯珪殿にしか教えてないのだ。名店なのに混雑の心配もない!思う存分楽しみましょうぞ!」

 

そう言いながら彼女は店主へ視線を向けて目配せを送っていた。それに無言で頷いて何やら準備を始める店主。

視線だけで伝えたい事を理解しあうとは、見つけて数日だと言っていたのに親しいのだろうか。

しかし、視線を机に戻せばそこには10を超える酒の数々、ここに着くまでに酒屋で購入してきたもの達が所狭しと並んでいる。

 

「料理が来るならば机の上を片付けないでよろしいのですか?」

 

「なに、来るまでに少しは片付けますかな。さ、器を持たれよ!先に飲み始めようではないか!」

 

そう言って一際大きな酒を私に掲げて見せていた。

 

 

 

 

空きっ腹に酒が染み込み、すぐに身体が熱くなり始めてきた。しかし、この酒は美味い。一気に飲み干して次はお返しにと彼女の器へと酒を注いで返す。

 

「よい飲みっぷり。私も負けておれませんな」

 

彼女も一息にそれを飲み干すと、幸せそうに息を吐いてみせる。実に美味そうに見える飲み方だ。

そのまま交互に注ぎあい、三つ目の酒を空にした時にようやく店主が大きな器を持ってきた。近づいてきた男が、両手で抱えなくてはいけないほどの大きな皿を抱えてくる姿に、思わず二度程眼をやってしまった。

何かの盛り合わせかと思ってソレが何かを知っているであろう趙雲殿に視線を送るが、それには満足そうな笑みが返ってくるばかり。

 

結局はわからなかったが置かれた皿を見れば一目瞭然だろう。そう考えて机に置かれるその皿を待った。

そしてソレをみて言葉が出なかった。

 

 

「趙雲殿?これは?」

 

「ん?見てわかるだろう?」

 

皿一杯に山盛りにされたソレは、多種多様な盛り合わせでもなければ炒飯のような飯でもない。

 

「………メンマ、おまち」

 

小さく渋い声で呟く店主の言葉で、ようやく我に返った。

メンマ、この茶色い物の名であろうが、これはどのような味なのか。

とりあえず、酒に合う物なのだろうが今空きっ腹の私にはもう少し腹持ちのよさそうな物の方が良い。

次に何を持ってくるのかと調理場に戻った店主に視線を送ってみたのだが、彼は何故か満足そうに腕を組んでこちらを見つめるばかりで新たな料理に取り掛かっている気配は無い。

まさか、これだけなのか?

意を決して前に向き直り、酒のせいか頬を赤く染めながら大皿のメンマに熱っぽい視線を送っている趙雲殿に声をかけた。

 

「あの…申し訳ないのですが、これだけ(メンマだけ)なのでしょうか?」

 

その私の言葉に彼女の瞳が妖しく光る。

 

「ほう!これだけ(一皿)では足りぬと!あいわかった、店主、もう一つ頼む!!!」

 

「………中々やるな」

 

口角を上げ渋く笑ってみせる大男に、私も苦笑いを返す。

なにやら面倒なことに巻きこまれてしまった気がしてならない。思わず天井を見上げ、ため息を吐いてしまった。

 

 

 

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非常に上機嫌な趙雲殿とメンマを摘みながら、様々な話を聞いた。

彼女は白蓮の元に仕官するまでに各地を旅して回ったそうだ。その中で様々な武芸者の話を聞いたらしい。

 

曰く、自身の倍はありそうな鉄球を振り回す女がいる。

曰く、馬よりも速く走る女がいる。

曰く、気を使いこなし放つ女がいる。

曰く、あらゆる武具が通らない鉄壁の筋肉を持つ女がいる。

曰く、話しているだけで急に血塗れにさせられる女がいる。

 

そのような噂を聞いて探してみたのだが、噂の主とは殆ど会うことができなかったのだという。

彼女の話は噂、与太話に過ぎない、そう思った。そのような事が人の身でできる筈が無いと。

まるで空想に出てくる仙人達の様ではないか。

 

しかし、ふと思った。

 

私の身に宿った高い身体能力、それを私だけが得ていると思うほうがおかしいのだと。

同じように高い身体能力を授かり、それが力や速さに特化している者がいれば噂のような人物が出来上がる。

私の世界の常識ではなく、この世界の常識で考えなくてはいけないのだ。

私は信じられなかったが、趙雲殿はその話を信じており、噂の人物に会えなかった事を真剣に嘆いていた。

 

そういう者とこれから出会うことも覚悟しなくてはいけない。

 

しかし、その噂で上がるのがなぜ女性ばかりなのか。

それが気にかかり趙雲殿に聞いてみると、不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「何をいまさら言われるか。この世で優秀な武人、賢人、偉人、その殆どが女なのは常識であろう。最初の天子が女性であったために同性である女に加護が与えられやすい、と聞いたことがあるな。男でも多少は強い者や有名な者はいる。だが、私は飛びぬけて目立つ実力を持つものは聞いたことが無いな」

 

だからこそ貴殿には期待しているのだよ。という視線を向けられた。

 

男の武官はこの世界にも多い。元々の力は男のほうが強いのだから。そして僅かながらも加護もあるために私の元の世界よりも強者は多くなっている。

それに比べ、女の加護持ちはその力のふり幅が非常に大きい。

男の加護持ちと大して変わらない者もいるが、一振りで鍛えられた男の加護持ち数人を薙ぎ倒す女もいるという。

現に、目の前に男の武官の群れ位なら突き倒せそうな趙雲殿がいる為にその話も信じることが出来る。

 

しかし、力だけでなく知恵に長けたものも女性。加護だけでなくなにか他に理由があるのかもしれない。趙雲殿のように、元の世界では優秀な武将達はその加護を強く受けている可能性が高いのだろうか。そして、強い加護を受けているからこそ女性になるのか?

 

なにやらよくわからないが、考えてみれば元の世界では男と女が戦えば男が圧倒的に有利であった。

こちらの世界の方がもしかしたら公平なのかもしれない。

 

そう考えながらもメンマを摘み、酒を飲み、言葉を交わす。

特別な事は特に無い。しかし、このような時間は心地が良い。そう思っていると、店の戸が開く音が聞こえてそちらに目をやった。

 

「あ、やっぱりここか。劉封、差し入れ持って来たぞ。とりあえず炒飯持ってきたけど、メンマだけじゃ飽きるだろう?」

 

そこには風呂敷を掲げ、こちらに歩み寄ってくる白蓮。彼女も参加するのかと笑顔を向けたのだが、何やら異様な気配を感じて振り返る。

 

「………かえれ」

 

その気配の元は店主。異様な圧迫感を出しながら呟く声は距離があるにも関わらず店中に響く。

 

「伯珪殿!このメンマはいくら食べようとも飽きなど来ない至高の食物!いかに太守といえどもそのような暴言は…」

 

趙雲殿も何やら怒っているようだ。酒が進んでいるせいか異様に沸点が低い。

私としてはさすがに飽きがきており白蓮の意見に賛成で歓迎したいのだが、この場の空気がそれを許していないようだ。

 

「………お前に出すメンマはない」

 

「いや、いらないから。ちゃんと自分で食べるものは持ってきたし」

 

「………メンマを食わないならかえれ」

 

「む、なら劉封、城で飲みなおさないか?いい酒を持ってきたんだ」

 

店主の言葉にまた眉をしかめ、今度は私の方へ向き直り手に持つ酒を見せてくる。崑崙とかかれた酒。有名なものなのだろうか。

しかし、なにやら白蓮とこの店主は仲が悪く見える。趙雲殿が連れてきたという前回に何かあったのかもしれない。

 

「は、伯珪殿?その酒はまさか…」

 

「わかるか?今日来た商人から手に入れたんだが…」

 

「………お前も行くのか?」

 

「いや、しかし、メンマが…しかしこの機会を逃せばあの酒は…」

 

悩む趙雲殿に、それを睨む店主、その二人を無視して私の返事を待つ白蓮。

 

「ふふ…」

 

思わず笑みがこぼれた。彼女達と共に居たらきっとこれからもこのように楽しい日々が続くのだろう。

守りたい、守らなければいけない。

そう心に強く思った。

 

「白蓮殿、共にここで飲みましょう。店主殿、どうか今日は場を貸してはいただけませんか?」

 

「私は構わないが…」

 

白蓮は私の言葉に困ったように店主へと視線を移す。

視線の先の店主は、小さく頭を横に振った。

 

「………お前がそういうなら仕方ないか」

 

「……おお!おお!劉封殿、感謝しますぞ!この礼に私の真名を…」

 

それを聞いたとたん、向かいの席に座っていた趙雲殿は立ち上がり、私の手を握って距離を一気に顔を近づけてきた。

慌てて後ろに下がったが、趙雲殿の頭はいつの間にか白蓮にしっかりと捕まれている。

 

「こら!そんな理由で人に真名を教えていいのか!」

 

「そんな理由ですと!?メンマと酒という重要な事を…伯珪殿、貴方とは一度深く話し合う必要があるようだ」

 

「確かにな、お前はいつもそればかりだ。もう少し武官としてきちんと…」

 

賑やかな歓迎会は、まだまだ続くようだ。私はまたいつの間にか笑みを浮かべていたようで、酒を交わしながら言い合いを続ける二人を見守っている。

ここに董頓や楼班もいれば、きっともっと楽しいに違いない。波才や部下達もいれば賑やかさは増すだろうし、仲間はきっともっと増えていくだろう。

 

これから来るであろう楽しい日々を思い描きながら、また一つメンマを口へと運んだ。

 

 

 

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あとがき

 

お待たせしました!

えー状況でも報告して言い訳しておきます。

骨折した左手首に鉄板入れたり、両膝と顎を縫ったり、なんだかんだで計36針でした。その痛みに悶えたり、ルサンチ☆マンに涙したり、タネガシマシン3に燃えたりしてたら更新遅れました…

あれですね。タイピングは出来なくてもゲームが出来るもんだから、正直そっちに時間とられちゃってます。

いや、一応頑張ろうとしたんですよ?小説は構想は出来てたのですが、文にするのに時間がかかりすぎて疲れちゃうし、骨折前にストックしていた拠点後の3話分をうっかり消しちゃったりして凹んでたり、かなり迷走してました。歯がゆいものです…

さて、二話続けて拠点を行うつもりでしたが、二人が一話でうまいことまとまってくれたので次は話を進めます。

あと、なんだかんだで趙雲の真名はまだ受け取ってません。

 

ちなみに…メンマって、元の三国志の時代には無いかと思って知らない設定にしましたが、もしあるようなら知ってた感じに修正します。その時は教えてくださいねー

更新予定はまだ不定期です。

誤字があったら教えてくださいませー。では、また次回

説明
志半ばで果てた男がいた。その最後の時まで主と国の未来に幸あらんことを願った男。しかし、不可思議な現象で彼は思いもよらぬ第二の人生を得る事に。彼はその人生で何を得るのか…
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コメント
更新ご苦労様です。早く完治することを願ってます。(破滅の焦土)
俺も骨折した事があるから分かるけど、ホントご苦労様です。大変でしょうが頑張って下さい。(陸奥守)
お元気の様で安心しました。不器用な白蓮の思いやりが可愛かった(小学生並みの感想)(グリセルブランド)
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