憑依とか転生とか召喚されるお話 第五章 ネコミミ軍師と朱然
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 第五章 ネコミミ軍師と朱然

 

 

 

「ちょっとそこのアンタ!」

 

 朱然と彼女の初邂逅は、その一言から始まった。

 聴く者によっては高圧的で、癇に触る声だ。

 

 ん?

 

 その場には背後から響く声に対し、この人影皆無の廊下で自然と朱然は自分に問いかけられている事に気付いて振り返った。

 

「何?」

 

 振り向けばそこには、荀ケこと桂花さんがいらっしゃった。

 明らかな敵意と言っても差し支えない眼差し、朱然の胸まで届かない低い身長、栗色の瞳と癖っ毛で、猫耳に見えるフードのついた服を来ている。

 今はその猫耳フードを被って猫耳モードだ。

 

 まあ、だからなんだってところだけど。

 

「アンタが華琳様に取り入っ……た?」

 

 ポカンとした顔で朱然の顔を見る桂花。

 

 な……どう見たって、こいつ……。

 

 桂花の表情は朱然に初めて会った者達が見せるものだと悟った。

 それに対して朱然は“やはり”という諦観と“またか”という辟易が表情に浮かぶ。

 

「お」

 

「お?」

 

「女?」

 

 やはり朱然の予想通りの回答。

 もともと華琳に男だと訊いていたのか、桂花は訝しげな視線も向けられている。

 

 はい、わかってました。

 初対面の人には、ほぼ必ず言われます。

 別に好きでこの顔になった訳じゃないんだけど。

 

 内心でいつも思うことを思い浮かべながらもそれとは別に、いつもの弁明を口にする。

 

「違う。 俺はれっきとした男だ」

 

 むぅ、と拗ねる朱然。

 蓮華にも言われていたが、どうにも朱然の拗ねる仕草は子供っぽいらしい。

 ともかく、朱然はおもむろに桂花の方へと歩み寄る。

 

「! 近寄らない……で? なんで? 嫌悪感が……ない?」

 

 桂花が不思議そうに顔を傾げる。

 

 顔が女みたいだから?

 でも、そんな男と全く会ったことが皆無だった訳じゃないわ……なら、どうして?

 

 一人で思案顔となってしまう桂花を朱然は覗き込みながら言う。

 

「どうした?」

 

「ちょっとアンタ、そこから動かないで」

 

 桂花は覗き込んでいた朱然を避けるように一旦、距離を離して言った。

 

「? 別に良いけど……?」

 

 頭に疑問符を付ける朱然を他所に、恐る恐る桂花が近づいてくる。

 一メートル、五十センチと徐々に距離を詰めて、腕を伸ばせば辛うじて届く距離で止まって桂花は手を伸ばした。

 未だに疑問を感じたままの朱然の手の甲に人差し指が当り、すぐ引っ込める。

 それを何回か繰り返す。

 

 なんかネコミミフードを被っているせいかネコのようだ。

 

 思わず朱然はその光景が微笑ましくて、思わず頬を緩めそうになる。

 だが、桂花が朱然を見上げてきたので顔の筋肉を引き締め、唇を一文字に結ぶ。

 

「何で?」

 

「何が?」

 

 主語が抜けている疑問に対し、朱然は即座に疑問で返す。

 

「何でアンタには男なのに嫌悪が出ないの?」

 

 凄く不思議そうに、それでいて悔しそうに朱然を見上げる桂花。

 

「いや、俺に言われてもな……」

 

 知ったことじゃない、と朱然は思う。

 文句を言われても、その原因を知らない自分には何の回答もできないのだから。

 朱然と桂花が困惑していると華琳が廊下向こうから実に華琳らしい几帳面かつ規則的な歩調の靴音を響かせて歩いて来た。

 

「あら? 桂花と朱然じゃない。 こんな所でどうしたの?」

 

 華琳は桂花の筋金入りの男嫌いだという事を知っている。

 だからこそ思う。

 

 珍しい組み合わせもあったものね。

 

「さあ? 俺にもわからない」

 

 華琳の問いに、朱然は肩を竦めて返答する。

 

 逆にこっちが聞きたい。

 

「華琳様……分からないんです……」

 

 泣きそうな……でも、そうでないような表情で桂花は華琳に疑問をぶつける。

 湧き上がるのは困惑に次ぐ困惑。

 桂花の男嫌いは重度のもので、男に触れられただけで思い切り振り解き、罵倒を浴びせるという過激な拒否反応を起こしてしまう。

 

「分からない? それだけでは幾ら私でも何なのかわからないわ」

 

「コイツ……朱然に嫌悪感が出ないんです……」

 

 最初は触れられそうになるところで身体が硬直し、動けなくなるだけだった。

 次第に男に触れられるからだと思うようになり、男に対して罵倒や挑発をすることで無意識的に不用意に自分に近づかせないようになっていったのだ。

 なのに目の前の朱然という男に、その拒否反応が出ない。

 長年の男嫌いが嘘のようなほどに落ち着けていることが桂花は恐ろしかった。

 

「何ですって?」

 

 眉をひそめた華琳は桂花から朱然に視線を移して見上げる。

 見上げられた朱然の表情もまた困惑の表情をしたままで、原因が全く解らない。

 

「それは朱然の容姿があまりにも女のように見えてしまうからではないの?」

 

 華琳は、いの一番に思いつく推測を挙げてみる。

 

「以前、華琳様に仕える前にも男なのに女のような容姿を持つ者に会いましたが嫌悪感は出ました」

 

 その推測を桂花は即座に否定する。

 今までも確かにそういった者は確かにいた。

 だが、拒否反応は出ていたのだ。

 

「そう、でも理由はどうあれ良かったじゃない。 桂花の男嫌いが直るかもしれないのだし」

 

 華琳は、ふと何かを思いついたのか嫌な笑い方をしている。

 主に朱然の経験上、華琳のこの笑みは録でもない事を思いついたという表情。

 

 絶対に嫌な予感しかない……。

 

 そんな予想を裏付けるように、口を開いた華琳は二人に対してある提案を命令する。

 

 

 

 

 

 その後、朱然と桂花は桂花の部屋に閉じ込められた。

 桂花は寝台に座って俯き、朱然は勝手にあちらこちらに動き回るのもどうかと思い、入口近くの壁に寄り掛かって腕を組む。

 それからはひたすらに両者は無言で、沈黙がとても気まずい。

 華琳が掲示した提案とは密室での対話だったが、やはり男嫌いの桂花は朱然に視線すら合わせないし、朱然も男嫌いの桂花に対して率先して何かを話しかけようとは思っていなかったので、自然と密室には二人の微かな呼吸の吐息と何とも言えない沈黙だけが残ったという訳だが、一時間ほどが経ったところで、桂花の方が沈黙に耐え兼ねて口を開いた。

 

「ねぇ」

 

「何だ?」

 

 ようやく沈黙を破った短い呼びかけに朱然は自然と返事を返す。

 

「アンタどうして華琳様に仕えないの? 脳筋春蘭に勝ったんだから、華琳様に仕えるように言われたんでしょ?」

 

 桂花の問いは当然の問いだろう。

 華琳の右腕とも噂される春蘭を負かせられる者など、数えるほどしかおらず、華琳は噂に違わぬほどに厳格にして公平な北の領主、その彼女直々の勧誘は光栄であれこそ、不満など持つはずがない。

 だが――――

 

 俺は未来を知っているからこそ、俺という存在でどのように変わるのかを知りたい。

 

 何せ朱然は流れを見る者なのだ。

 時代という大きな流れが一体自分に何をさせたいのかを見てみたいと思うのは、今まで自由というものに憧れていた朱然には興味深い物だった。

 

「俺は見極めたい。 この大陸の流れを……その行く末を……」

 

 同時に思うのは疑問だ。

 どうして結末を知る物語そのものと言ってもいい場所に自分がいるのかを。

 

「傍観者にでもなりたいの?」

 

 意味深な朱然の言葉に、桂花は胡散臭げな視線を無遠慮に送る。

 

「いや、いずれはどこかの勢力に仕官するつもりだが……」

 

 第一候補は三国志の史実の通りに呉、原作で死ぬかもしれない孫策と周瑜と黄蓋を救いたい。

 第二候補は魏、理由は特には無い、強いて言えばフィーリング。

 第三候補は蜀、あの和気藹々とした雰囲気は悪いとは言わないが、劉備の甘い考えが気に入らないので矯正したい。

 後は論外だな……。

 袁紹と袁術は引っかき回す分には面白そうだから良いんだけど、我がまま&馬鹿すぎる。

 公孫賛は……地味。

 近隣諸国は私腹を肥やすのに大忙し=論外。

 

「何? 問題でもあるの?」

 

「俺が仕えるべき最善の人間が誰なのかというのを探してる」

 

 下手な場所に身を置けば間違いなく死ぬ。

 戦争をするということは命を賭ける行為で、現代日本の理屈では測れない場所なのだ。

 その辺りは慎重になり過ぎるということは無いだろう。

 

「華琳様は当然入っているのよね?」

 

「ああ、華琳、孫策様、そして……候補としてもう一人」

 

 三国志を知るならば当然名が挙がるであろう蜀の国主、劉玄徳。

 後に様々な名将、知将が共感し、類希な人材が集う蜀を率いる少女だが、今はまだ無名なのだから桂花どころか華琳すら知るはずもない。

 

「もう一人? 誰よ?」

 

「さてね……いずれにしても、これから群雄割拠の時代になる」

 

 朱然は話をはぐらかし、これからの話にすり替える。

 

「そんな事、今の情勢を見れば並みの軍師でも大体は予想がつくわよ」

 

 中央の京に居る皇帝は病床に伏せ、その宮中の老害達が好き勝手に振舞っている。

 高額な税によって民に飢餓が蔓延し始め、治安も悪化の一途を辿っている時点で既に大陸は危機的な状況。

 これでこのまま世は事もなしと思えるおめでたい頭を持っている者が居るとすれば、ただの馬鹿だろう。

 

「そりゃそうか……ところで何で男が嫌いなんだ?」

 

 当り障りなく聞けたと思う……もしくは、多分、恐らく。

 

 朱然は内心、かなり弱腰になりながらもそれを隠して普通の表情を保つ。

 

「……のよ」

 

 微かな声。

 自分の身体を抱くように腕を回した桂花の顔色は悪く、その身体は震えていた。

 

「何? 声が小さくて聞こえない。 取り敢えず言えば楽になることもあるぞ?」

 

 朱然はそんな桂花に少し躊躇したが、踏み込むことを決めて言葉にする。

 すると桂花は意を決したように俯き、表情を朱然に見せないまま、その小さな身体に隠し、押し込んでいた物をぶちまけた。

 泣くように、絶叫するように、そんな過去などなかった事にしたいと。

 

「わ、私が四歳の時、私と宦官唐衡の息子と婚約があったのよ。 その息子と一度だけ会ったわ。 その時、部屋で犯されそうになったのよ! 四歳の私は物心がついてすぐだった。 そんな私が婚儀を取り決められる訳がないじゃない……唐衡の荀家への圧力よ。 その圧力への楯にしたのよあの父親は!」

 

 なるほど、過去の男の汚い面を幼い頃に見てしまったが故のトラウマか……。

 

 実の父に裏切られ、幼い自分の身体を汚されかけたという二重の嫌悪。

 それが桂花の男への恐怖、憎悪、侮蔑の始まり。

 

 桂花は俺にトラウマとも言うべきことを話した。

 なら俺も話すか……俺にはトラウマって程ではないけどね。

 

「なるほど……だからか……」

 

 朱然はなるほど、と頷く。

 

「どうゆう事よ?」

 

「要は桂花が俺と似てるってことさ」

 

 朱然は壁から離れ、真っ直ぐに桂花を見据えて言葉を紡ぐ。

 過去のことなど、鼻で笑ってやるとでも言うかのような苦笑と口調で。

 

「似てる?」

 

「俺は養子なんだ。 元の姓は施。 建業じゃ、私腹を肥やすことだけ考えてる父親。 こんな容姿だ。 父親の取引の道具として、知らん爺に犯されそうになったよ。 朱家に養子に行く前の日に……もちろん返り討ちにしてやったが」

 

 冗談めかしに言う。

 

 憑依して朱家に養子に行く前の日の話だ。

 いきなり外からしか鍵が掛けられず、開けられない部屋に閉じ込められ、覆い被さってきた変態爺の興奮した生臭い吐息がキモイったらなかった。

 思い出しただけで鳥肌が!

 当然、思い切り殴りつけ、蹴って蹴って殴って殴って顔面が腫れ上がり、意識がなくなるまでボッコボコにしてやったがね。

 

 その経緯を掻い摘んで話す。

 

「似た境遇、か……」

 

 桂花は小さく呟いた。

 

「そうだな。 桂花……俺はいずれ華琳の元を離れるだろう。 それまでの間、俺の事は水仙と呼んでくれて構わない」

 

「水仙?」

 

「俺の……真名だ」

 

 朱然は少しだけ言い淀んだが結局は言い切った。

 

「えっ?! でも華琳様に仕える事にした時に預けるはずなのに……」

 

「気にするな。 華琳の部下に仕えてからじゃないと真名は呼んではいけない、なんて聞いた覚えは無いからな」

 

 朱然は桂花に笑いかける。

 

「まったく、可笑しな奴。 でも、ぷくくっ! 真名まで水仙なんて女みたいな名前なんて、可笑しい!」

 

 先程までの震えて独白していた事が嘘のように桂花が腹を抱えて寝台に倒れ込み笑い出す。

 

「笑うなっ! 割と気にしてるんだよ」

 

 またもむぅ、と拗ねる朱然。

 

「全く……ホントに可笑しな奴」

 

 そう言って桂花は満面の笑みを作った。

 その笑みを見て、不覚にもドキッとしてしまう。

 思えば、人の笑顔を見るのは旅に出てから久しく見ていなかったことを朱然は思い出した。

 これは、そんなネコミミ軍師との初邂逅。

 

説明
青年は偶然にも根源に至り、命を落とした。
次に目覚めた時、青年は別の人生を歩み始める。
青年は次こそ、大事な人を守るために朱然として走り出す。
これは、青年が初めて恋をした恋姫の物語。
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コメント
そういえば原作の桂花に男嫌いの明確な理由ってなかったな(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
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憑依 転生 召喚 真・恋姫†無双 

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