『クルゾウ時代』 |
あたしは足下にかがみ込むと、白ソックスの折り返しに安全ピンで留めてある”クルゾウ”を外した。
眠ってたクルゾウは、ぱちっと目を覚ますと、大きな瞳をぐるぐると回した。
いつもながら、サファイアみたいに綺麗な瞳だ。ちょっとリスっぽくもある、黒目が目立つ大きな瞳。
それがぐるぐる回るのは、起動中のサインだ。そしてーー。
あたしはクルゾウを手のひらに乗せると、トンコに見せた。
トンコってあだ名の由来はあえて言わない。
トンコは、セーラー服の袖から伸びたぽっちゃぽっちゃの手のひらにクルゾウをのせると、しげしげ眺めた。
「うん、確かに変だ」
「変だべ」
「んだ。エッカ、どしたの?これ」
「まあ、まずは見てなって、めん玉のぐるぐるが止まると、喋りだすんだあ」
トンコは、「ほう」とつぶやいた。
クルゾウのぐるぐるが止まった。そして始まった。
(くるぞう!くるぞう!くるぞう!くるぞおおお!)
「ほおら、喋ったべ。くるぞう、クルゾウって!。あはははは」
ケラケラと笑うあたしをよそに、トンコは不満顔だ。
「なーんか、もがもご聞こえるだけで、よくわかんね」
それもそうだ。クルゾウの口は絆創膏でふさがれてるのだから。
「失敬」
そう言ってクルゾウの絆創膏を剥がした。
べりべりべり・・・。
ほっぺたの一点が絆創膏からなかなか剥がれず、クルゾウの顔はむにぃーーっと横へ伸びに伸びて、そして剥がれた。
ぷちん。
クルゾウは、うひゃあと悲鳴を上げると、小さな手で口のまわりをほうほうとさすった。
「あははぁ、なにこれ。面白い顔だぁ」
「だべ!、だべ!」
クルゾウは、あたし達をきっと見返した。ちょっと涙目に見える。そして叫んだ。
「くるぞう!くるぞう!くるぞお!、くるくるくるくるーー」
あたしは、はいはい判った判ったと声をかけると、クルゾウの口を絆創膏でふさいだ。
「もがーっ、もごっ、もがもが!」
クルゾウは絆創膏を剥がそうともがいたが、そのカタツムリのしっぽみたいに軟弱で指もない手ではとうてい剥がせっこない。
「おもしろいねぇ!。こんなマスコット、どこに売ってたの?」
「さあて、それがわかんねんだ。道ばたに落ちてたんだもの」
「拾いもんかい」
「んだ」
「届けた方が良くね?」
「したっけ、もうあたしにこれだけなついてるんだもの。だからもう、あたしのもんだぁ」
あたしはクルゾウにほおずりをした。
クルゾウは、迷惑そうな顔で必死に耐えているが、そこがまた愛しい。
「にしてもそれ、良く出来てるよねぇ。喋ったりじたばた動いたりしてさ」
「ほんとだよねぇ。きっと都会の人が落として行ったんだよ」
「都会の人?」
「ほらぁ、こないださ、町に軍隊が来てたじゃない。あの人達が落としたんだよ、きっと」
「ああ、確か・・・、首都特別・・・防衛・・・隊、だっけ?」
「そうそう、それそれ」
「あん人達、評判悪かったよぉ?。道で会って挨拶ばしても、むすっと怒った顔して、なーんにもしゃべんねって。でもってあちこち穴を掘ったり機械を使ったりして町を荒らすだけ荒らしておいて、詫びも無しに都会へ帰っていったって。うちのじいちゃん、凄い怒ってたよお」
「そうだっけ?。あたしクルゾウに夢中で町がそんなだって気がつかなかったなあ・・・。」
あたしは、クルゾウをなでなでしながら、
「元のご主人が、そぉんな恐い人達だったら、なおさらあたしの物になってよかったってもんだよ。ねえ?、クルゾウ」
クルゾウは、首を勢いよくぶるんぶるん振ってわめいている。
「もがー!、もがー!」
まったく、何てかわいいのだろう。
トンコはふと怪訝な顔になって聞いた。
「にしてもさ、なんで絆創膏で口をふさいでんの?」
「だってこれさ、結構音が大きいのよ。夜も朝ものべつまくなしに喋ってっからもう、うるさくてうるさくて」
「ボリューム調整とか出来ね?。電源切るとかさ?」
「無理無理。いっくら探してもボリューム変えるとこなんて無いんだぁ。電源も無いし」
トンコはきょとんとした顔になった。
「電源・・・・・・が、無いの?」
「うん」
すっと、辺りが薄暗くなった。
あたし達は今、下校中の道ばたに居るのだけど、その道は崖の上にあって、遠くにはアルプスの山々が悠然と見える。
自然と田園の隙間にぽつりぽつりと点在する町の一つが、あたし達の町だ。
アルプスの山頂に、大きな雲がかかってる。低くなってきた太陽を遮って、山間の小さな町に影を掛けたのだ。
昭和に舗装されたような古い一車線道路に人影は無く、あたしとトンコの立ち話を聞いてるのかいないのか、これまた古い円筒形の郵便ポストが近くにぽつんとあるだけだ。
トンコは急に押し黙ると、じいっとクルゾウを見つめた。
初秋の肌寒い風が、半袖から伸びる腕をすべっていく。
「うわっ!」
突然、トンコが飛び退いた。
あたしはきょとんと、
「どしたの?」
って聞いた。
トンコは、ふっとあたしを見て、クルゾウを見て、またあたしを見た。
トンコ、なんだか怯えてる・・・ように、見える。
「ごめん、あたしもう帰るわ」
「えぇ?。どしたの急にさ」
「しっ、宿題あるし」
「うん。やれば?。帰ってからさ」
「だからさ」
「だから・・・って、なにがだからなの?」
「それっ」
トンコは、クルゾウを指さした。
「これ?」
あたしは、頭をつまんでぶら下げたクルゾウをぷらぷら揺らした。
「もがぁー!」と、もがくクルゾウ。
「この子がどうかした?」
トンコは、何か言いかけて黙った。鼻の穴が開いたり閉じたりしてる。
何かうまい言い方を考えてる時の顔だ。
トンコはさっと、きびすを返した。
「・・・・・・それね」
と、背中越しに言った。
「うん」
「なんか変だよ。リアル過ぎるよ!」
トンコはそう言うと、どたたと駆けだした。
ちょっとちょっと;。
「おーい、あんみつさ、食べにいかねぇのけ!」
「いらねー」
あのトンコの捨て台詞としては、異例中の異例だ。
”トンコがスゥイーツを断った!”
そんなタイトルのドキュメンタリー番組が企画されても不思議では無い。という程に異例だ。
軽い驚愕をよそに、あたしのお腹はぐうっとなった。
「それはそれ、これはこれってことかい?」
胃袋は親友の異変にも動じないつもりらしい。
ま、いいだろう。
別にたいしたことじゃ無い、さ。
あたしは足下にかがみ込むと、ソックスへ刺した安全ピンにクルゾウを留めた。
うちの学校は、鞄にアクセを付けるのを禁じてる。制服や髪に付けるのも駄目。
でも、ソックスに付けるのは禁じてないーーという校則の穴に気づいたあたしは、ソックスに小さなマスコットをぶら下げるのを密かに楽しんでいた。
先生達は何か言いたそうではあるけど今のところ黙認してる。ただ追従者はまだいない。
さて。今、右足に付けてるのがクルゾウだ。
左足にはUFOが付いてる。クルゾウに合わせて買ったのだ。
そうそう、まだ言ってなかったね。
クルゾウって、俗に言う”グレイ型宇宙人”にそっくりなのだ。
というか、そう言うデザインで作られたのだろう。
そのクルゾウは、ふてくされてるのかさっきから黙ってる。
口をふさぐ絆創膏が、ちょっとよれてしわになってた。
さっき張り直したとき失敗したか。
あたしは新しい絆創膏を取り出すと、クルゾウの絆創膏をぺりっと剥がした。
クルゾウはまだ黙ってる。これだけ静かなのは、ちょっとめずらしいかも。
あたしは、絆創膏の剥離紙を剥がしながら、クルゾウに話しかけた。
「あんたもさあ、せっかくそれだけハイテクに出来てるんだからさあ、『くるぞう』以外になんか喋ったら?」
クルゾウはむすっと黙ったまま。
・・・・・・うふふ、良い良い。クルゾウのこういうヒネた所がまたかわいいのだ。
あたしは、にやあとほくそ笑むと、絆創膏をクルゾウの口に当てた。
貼り付けようとする間際、クルゾウがふいにつぶやいた。
「迎えにくるぞ・・・」
え・・・・・・?。今、なんて言った?。
その時、道ばたの郵便ポストがずれた。
そして音、というか、身体の芯から震えるような重低音。
Bu--------------nnnzzzzz!
ひぃ!。
奥歯の虫歯がじーんしみる感じ?。いや、もっと奥、頭蓋骨の奥が、じーーーんとしみた。
頭抱えてうずくまる。
なんなの?、なんなのこれ・・・・・・。
郵便ポストは相変わらずズレたままだ。
ズレた、というか、二本に見えてる。
立てた人差し指を、勢いよく横に振ると二本に見える、あんな感じだ。
あたしの頭がおかしくなったのだろうか。
げんこつで頭をぽかぽか叩く。
直らない。
そのげんこつも二重に見える。
いやだ・・・・・・。
あたし、どうしちゃったんだろう・・・・・・。
Mmyuuiiii--------------nnnnnnzzzz!
空気の足で足払いを掛けられたように、横へすてんと転んだ。
転んで倒れて、また転んだ。さらに転んだ。ごろごろごろごろ転び続けた。
なっなっ、なんなのこれえええぇ!!。
ありとあらゆる物がごろごろ転がってる。
郵便ポストも、あたしの足も回ってる。雲が下に来たり、アスファルトが上に来たりしてる。
福引きのガラガラだ。あの中の玉はきっと、ハンドルでぐるぐる回されてる間、こうゆう景色を見てるのだろうーー。
違う!。ここは福引きのガラガラの中じゃ無い。れっきとした、れっきとしたーー。
ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる。
一体、なんなのー!?。
空とアルプスと田舎の町がぐるぐるとかき回され、どれがどれだか判らない。
あたしがポストで、ポストが空で、空がアルプスで、アルプスから足が伸びてあたしがばたばたともがいてる。
わけ判らん。
たすけてぇーー!!。
いきなり、全てが止まった。
アルプスから下りて来る冷たい風が、前髪を揺らして、隙間から青空が見えた。
背中に押しつけられたアスファルトの感覚で、道路へ大の字に横たわってるんだと気づいた。
さらにしばらくして、あたしの魂が頭の中へすっと戻って、納まった。ーーような感じがした。
頭上をさっと、一羽の小鳥が飛び去った。
静かだった。
手を持ち上げて眺めた。もう普通に、一本に見える。
上体を起こした。やけに重い。おじいちゃんになったみたい。
ソックスにぶら下がったクルゾウは、白目をむいて伸びていた。
お尻が冷たくなってきた。
あたしはどっこいしょと声に出して立ち上がった。
辺りがやけにうす暗い。
雲が掛かったのだろうか。
あたしは、アルプスを見やった。
違う。
雲じゃない。
それは、雲よりももっと高くて、もっともっと、遙かに大きかった。
空に浮かぶ、金属と機械で出来た島。
空へ描かれた絵のように、それはじっとして動かなかった。
まるで、太古の昔からそこにあったかのように・・・・・・。
崖下の林から、小鳥が群れを成して飛び上がり、どよめきながら背後へ飛び去った。
アルプスから吹く風の向こうに、ひどく熱い何かを感じた。
それでいて、ひどく肌寒かった。
膝が震えた。
足下のクルゾウがぼそっとつぶやいた。
「迎え(侵略)にくるぞ・・・・・・」
(end)
説明 | ||
*ショート・ラノベ。 とある田舎の女子高生が、あるものを友人に見せた。 その小さくて変なデザインのマスコットが、 重大な使命を負っている事を、二人は知るよしも無かった。 |
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