SAO〜菖蒲の瞳〜 第三話 |
第三話 〜 戦闘訓練 〜
【アヤメside】
シリカと名乗ったその少女は、茶色の髪をツインテールに結っている高校生くらいの見た目をしていた。
「助けていただいてありがとうございました」
「気にするな。見つけたのは偶然」
まだ何か言いたげだったが、俺はそれより先に口を開いた。
「そんなことより。戦い方、教えてやろうか?」
「はい?」
呆けたような声で答えた。
何を言われたのか、理解できていないようだ。
「だから、戦い方を教えてやろうか?」
「え…? いや、でも…」
さすがに怪しかったのか、シリカは半歩後ろに下り戸惑いと警戒が半々の声で返してきた。
「別に、やましいことをしようと思っているわけじゃない。君の戦闘があまりにぎこちなくて心配になっただけだ」
そう言うとシリカは、ぐっ…、と言葉に詰まった。
自覚はあったらしい。
「筋は悪くない分、もったいなくてな……で、どうする?」
シリカは少しだけ悩んだあと、
「じゃあ…お願いします」
と答えた。
涼、帰りが遅くなるかもしれない。
「先ず言うけど、これから教えるのは戦いの基本事項だ。戦闘スタイルとか、そういうのは追々自分で考えてくれ」
「はい!」
丁度良いモンスターを探しつつシリカにそう釘をさすと、歯切れのよい元気な返事をしてくれた。
最初に、ついて来い、と言ったときの不安そうな表情とは大違いだ。
そうそう。言い忘れたが、今俺はシリカとパーティになっている。
与えたダメージに応じて変化する経験値は仕方ないが、せめてコルは平等にしたい、というシリカの提案からだ。
「…発見」
そうこうしている内にモンスターを見つけた。
例によって、イノシシである。
「………」
今気づいたけど、これって乱獲となんら変わりないんじゃないか?
「どうかしました?」
「…何でもない。それより、始めるぞ」
「う…」
「そんなに緊張するな」
シリカの肩に手を置いて言った。
緊張が解けたのを確認してから、俺は短剣を抜いてイノシシに向き直る。
シリカも、腰に挿してある片手剣を引き抜いた。
「戦いにおいて一番大切なのは動きをよく見ること」
こちらに気付いたらしいイノシシが突進してきた。
最早慣れたその攻撃を、俺は紙一重でかわす。
「すごい…」
シリカがそう呟いたのが聞こえた。
「シリカ! そっち行ったぞ!」
「は、はい!」
シリカは言われた通り、相手をしっかり見て、余裕を持って避けた。
まだぎこちなさは残るが、大分良くなった。
あとは、恐怖心の問題だろう。
それに関しては直ぐにどうこう出来るものではないので、今は保留にすることにした。
「次に攻撃だが、これは剣技を使いすぎないことだ」
「え? そうなんですか?」
シリカは驚いた顔をした。
「ああ。…剣技はいわゆる《特技》や《必殺技》。どんなゲームでもホイホイ使えないし、単発で使ったら隙ができるだろ?」
「確かに…」
そのうえ、剣技は規定されたモーションが検出されないかぎり発動することはないから、上手くいかないとかなり大きな隙を作ってしまいかねない。
そんな理由から、剣技の乱発はオススメ出来ないのだ。
「それに」
俺はイノシシにダッシュで急接近し、そのままの勢いで脳天に短剣の((柄|つか))を叩き付けた。
するとイノシシのHPが、ガクッ、と一気に四分の一ほど減った。
「通常技でも、急所を狙った方が下手な剣技よりダメージは与えられる。それに、急所はクリティカル発生が高いからな」
そう言ってシリカに向き直ると、シリカは俯いて暗い陰を背負っていた。
「下手…」
「……いや、シリカが下手な訳じゃないから。剣技にこだわりすぎてるってだけだから」
一応フォローはしたつもりなのだが、シリカは深いため息をついた。
「…すまなかった」
「いえ、大丈夫です…」
「取り敢えずやってみようか。戦闘に集中」
「やってみます」
シリカはイノシシに向き直り、片手剣を構えて走り出す。
それに合わせてイノシシも突進してきたため、横に飛んで回避。
「動きをよく見る。クリア」
シリカは、そのあと直ぐ振り返って無防備な背中に斬りつけた。
「急所…とはいかないが、無防備なところを狙うのは二重丸」
シリカの戦いを見ながら、注意した点を守れているかを見ていく。
教師にでもなった気分だ。
その後もシリカは剣技を使わず、通常攻撃で着実にHPを削っていった。
そしてついに、イノシシのHPバーの色は赤になった。
そのとき、イノシシの動きが止まった。
「そこで剣技!」
「はいッ!」
片手剣を右肩で担ぐように構えると、剣がオレンジ色に発光。
片手剣基本技《スラッシュ》が発動し同色の軌跡を引いて、ぎゅいーん、という効果音を鳴らしながらイノシシを斜めに一刀両断した。
イノシシの体がポリゴンとなって消滅する。
「や…やった…?」
いまいち実感の湧かない様子のシリカ。
ぽけーっ、とさっきまでイノシシのいた空間を見つめている。
「グッジョブ。よくやったな」
「あの、私が倒したんですよね…?」
「ああ。ナイスファイトだ」
「や…やった! やったあ!」
俺が親指を立てて言うと、シリカはその場で飛び上がって喜んだ。
「剣技は最後みたいに相手の動きが止まった瞬間に使う。もしくは、通常技との連結か」
「はい! 本当にありがとうございましす!」
「喜んでもらえて、教えた甲斐があった」
俺はその様子を見て頷いたあと、それじゃ、と始まりの街へ帰ろうとした。
「ちょっとまってください!」
振り返ったとき、俺の右手はシリカの両手で、ぎゅっ、と掴まれた。
「あの…折角ですから、もう少し一緒にやりませんか…?」
寂しそうに、やや上目遣いでそう言われた。
時計を見て、まだ五時まで時間があることを確認する。
「…はぁ。わかったよ」
「ありがとうございます!」
俺が諾と答えると、さっきとは打って変わって笑顔になった。
それにしても、モンスターを倒して喜んで、別れで寂しそうになって、諾と答えたら笑顔になる。
こんなことで一喜一憂して、見た目は高校生でも中身は中学そこらだな。
「…あの、さっきから全然笑ってませんけど、ご迷惑でしたか?」
「ああ…表情が変わらないのはいつものことだから気にするな」
不安そうなシリカに向かって、微笑みかける。
笑えている自身は無いが、ほっとしたような様子のシリカを見る限り笑えてはいるのだろう。
感情エフェクトがオーバー気味なSAOでも変化がないとは、普段の俺どんだけ無表情なんだ?
帰ったら涼に聞いてみよう。
「五時までしか出来ないから、やるなら行くぞ」
「はい! よろしくお願いします。アヤメさん!」
本当に嬉しそうだな。
【シリカside】
私を助けてくれたのは、アヤメさんという男の人でした。
見た目はこの世界での私の姿と同じくらいなのに、とても落ち着いた人です。
とても綺麗な菖蒲色の瞳をしていて、初めて見たとき思わず見とれちゃいました。
無表情なんですけど、瞳の奥に私を心配する優しさを感じたのです。
うう…思い出すとすごく恥ずかしい……。
そのあとアヤメさんは、助けてくれただけでなく、私に戦い方を教えてくれました。
最初は怪しがりましたが、アヤメさん教え方はとても丁寧で分かりやすく、そして優しかった。
だからか、いざ別れるとなると私は寂しくなって、アヤメさんの手を両手で、ぎゅっ、と握って、もう少し一緒にいたい、とお願いしました。
アヤメさんは少し悩んだあと、相変わらずの無表情でOKをくれました。
その無表情さに不安を感じて、迷惑ですか、と聞いたらアヤメさんは、いつものことだからか気にするな、と言いました。
そのとき、アヤメさんは笑ってくれました。
口の端がわずかに上がる程度の微笑みでしたけど、それを見つけたとき、私の胸には何とも言えない嬉しさが込み上げてきました。
そんな嬉しさを感じたまま、私はアヤメさんとモンスターを探し戦闘をしました。
それから三十分くらい経ったころ、約束の五時になりました。
もう少し一緒にいたかったけど、約束だから仕方ないですよね……少し、寂しいです。
「…ん?」
「どうしました?」
「シリカ。メニュー開いてログアウトボタンが無いか見てくれないか?」
「? はい、分かりました…」
突然アヤメさんにそう聞かれた。
私は言われた通り、メニューを開いてログアウトボタンを探しました。
「え…? 無い…?」
しかし、そのボタンはありませんでした。
他のところも探ってみたけど、どこにもありませんでした。
「シリカも無いか…」
「と言うことは、アヤメさんも?」
「ああ」
どういう事でしょうか?
何故か、すごくイヤな予感がします。
「バグ…ですよね?」
「そう思いたいな」
そのときでした。
――リンゴーン、リンゴーン……
アインクラッド中に鐘の音が鳴り響きました。
「な…なんですか!?」
そして、鐘の音が鳴ったと思ったら、今度は私たちを鮮やかなブルーの光の柱が包んだ。
「アヤメさんっ…!」
突然の事態に私はパニックになって、アヤメさんの服の裾を縋るように強く握りしめました。
「安心しろ。ただの《((転移|テレポート))》だ」
私の頭を優しく撫でながら、アヤメさんは言いました。
不思議と安心できた。
「そ…そうなんですか?」
「ああ。友達のテストプレイヤーに聞いたことがある」
「そうですか…」
ほっ、と息をつく。
「でも、どうして今?」
「GMが謝罪するんじゃないのか? ログアウトボタンの件について」
そんな風に落ち着きを持ったアヤメさんを見て、大人だなぁ、と私は思った。
パニックになった自分が恥ずかしい…。
「まあ、何はともあれログアウトボタンについての解答は貰えるだろ」
「そうですよね」
確かに、私たちは転移した先でその解答を聞くことができた。
でもそれは、《バグ》なんていう生易しい解答ではなかった。
オリジナル設定
《クリティカル》
・相手に攻撃した際、一定の確率で発生する。
《急所》
・クリティカルの発生しやすい場所。
・通常攻撃でも大ダメージを与えられる。剣技でヒットさせた場合の威力は絶大。
・モンスターの種類に応じて場所が違う。
説明 | ||
三話目更新です。 ヒロインはシリカに確定です。 今回はアヤメ君のお節介が発動しております。 前回と比べて長めになてしまった… 次の話からようやくデスゲームにはいれそうです。 |
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