或る午後 |
「然シ貴方ハ克クソンナ物ヲ平気デ飲メマスナア」
犬の紳士が物珍しそうに言った。
ソンナ物とは、矢張りコレのことであろうか。
周囲を窺ってみるが、だだ広い店内でテヱブルに飲料を置いているのは現在のところ私だけであった。詰まりは私に向けられた言葉であり、私の飲み物に対しての発言なのだろう。
考える。
平気でと言ったがそれはただ在るように、為るようにという事だろうか。それならばその通りだ。こんなものは考えて飲むものではない。また、飲みながら考えるものでもない。
私は言った。
それ程難しいことでは有りませんよ。
「ソウデショウナ、貴方ノ様ナ若イ方ハ何故カソウイッタ物ヲ平気デ飲メルノデスヨ。シカモ好ンデ飲ムノデス。毒ヲ気ニシナクテ佳イ年齢トハ素晴ラシイコトデス、羨マシクモアル」
私が若い、か。
まあ齢四百を超える犬の紳士にしてみれば誰だってそうなるのだろう。
進んで毒を摂取する我々は愚かであり、また愚かさを愚かさと思わぬそれが則ち若さだと、そういうことか。となると……若くない人々は一体何を飲むのであろうか。オレンヂジュースを飲む老体が思い浮かんだが、有り得ぬであろう。そんなもの、若輩の私でさえ強いというのに、四百歳が飲むなど心臓に打撃だ。それでは水か。いやいや、水などもってのほかであろう。
水。
酸性雨の主成分であり、温室効果を引き起こす物質であり、工場排水、また原子力発電所などでも用いられる。重篤なやけどの原因となりうるなど様々な害を有する。また地形の侵食を引き起こしたり多くの材料の腐食を進行させ、さび付かせるなど環境への影響も多少とは言えない。
恐ろしいことに、また不可解なことに一部の人間はこの水を好んで飲むというのだ。
自殺願望。狂気の沙汰としか思えない。
店内のテレビジョンが告げる。
また一人、水の飲み過ぎで死んだらしい。
「嘆カワシイコトデスナ。私ニハドウモアアイウ連中ノ考エハ理解出来カネマス。人生ハ長イ、時ニ冗長過ギル程ニ。デスガダカラト言ッテ自ラ死ニ急グ程ニ捨テタモノジャア無イト思ウノデスヨ。貴方モ、ソウ思イマセンカナ」
私程度の若造が容易に答えられる様な命題ではなかったが、私は素直に頷くことにした。
エンディングを見る前にロムデータを消す事は、然し面白くはないだろう。
だが若さとは愚行を愚行と思わない、であったか。
「水ヲ飲ム人間ノ気持チハドウモ不可解ダ。ソレヲ言ウト人間ノ気持チナド何モワカラナイノデスガネ、ハハハ」
「アハハハ」
イヒヒヒ。
オホホホホ。
笑い声が聞こえる。
ところで私は何をしているのだろうか。
犬の紳士との会話、これこそ正気の沙汰では無い。
だが一つ、私は尋ねなければならない。
「私デスカ、私ハホラコウイッタ紅茶ヲ少々嗜ンデ……」
そこまで聞いたところで、私は礼を言った。
アリガトウゴザイマシタ。
目の前カップの中身、泥水を一杯犬の紳士にぶちまけてその場を去った。
説明 | ||
喫茶店シリーズ。 犬の紳士は酷い目に遭わなければならないのです。 |
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