遊戯王GX †青い4人のアカデミア物語† その6
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「諸君、明日は決戦だ」

 

 時刻は八時。ブルー寮の一室で吹雪がそう切り出した。

 テーブルを囲んでいる俺こと早乙女ケイ、丸藤亮、藤原優介、そして天上院吹雪は、ある事について話し合いをすることとなった。

 

「一ヶ月に一度だけあるこの日、我々にとっても大きな意味を持っていると言えよう。何故ならこの戦いに敗北すれば、そこに待ち構えているのは地獄のみ。我々はこれを避けるためにも協力し合い、立ち向かわなければならない」

 

「吹雪……」

 

 戦争に向かう前の兵士のように、一言一言が重い。

 誰も言葉を発しない。事の重大さを理解できているだけあり、無駄に喋る必要はないということなのだろう。

 

「……お前の言いたいことはよく分かる。つまり、お前にとっても、俺達にとっても、明日はとても意味のあるものなのだろう」

 

「その通りだ、ケイ」

 

 吹雪の真剣な表情を見ていれば、如何に本気なのかというのが見て取れる。

 

「……俺としても、明日は失敗の許されない一日だ。君達の気持ちも分かる」

 

「確かに、結果を残さなければ即座に切り捨てられるだろう。それがここのやり方であり、方針でもある。それに逆らうことはできない」

 

 優介、亮の二名も、吹雪の考えに同調している。

 それに納得するかのように頷く吹雪。その顔は真剣ながらも、同意見の人間が現れたことによる安堵の面も出ている。

 三人が納得した現状に、いや、今だからこそ、俺は吹雪に問い出した。

 

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「──つまり、勉強を教えろということか」

 

「その通りですお願いします!!」

 

 今までの重々しい空気が一瞬にして霧散した。

 

「と言うより、なんで俺の部屋なんだ。お前のことなんだからお前の部屋でいいだろ」

 

「だってここ、色んな参考書とか置いてあるし……色々揃ってるじゃん」

 

「持っていっていいから自分の部屋でやれ」

 

 実家にいる間に集めた物ばかりだが、自分でも驚くくらい様々な本を集めていた。有名なデュエル評論家の著書から現役プロデュエリストの戦術書、果てには心理戦を行うときに役に立つのか立たないのかわからないような心理学書まである。自分でも、なぜ買ったのかわからない物ばかりである。

 

「優介、亮。お前らからも何か言ってやってくれ」

 

「断る」

 

「腹を括れ」

 

 実に簡潔な回答である。

 

「というか、これは単にお前の責任だということを理解しろ」

 

「ちょっ? それって僕の頭が悪いって遠まわしに言ってるよね?」

 

「……それもあるがそうではない」

 

 珍しく頭を押さえる亮。というか、少しはその意味もあったのか。

 

「吹雪。お前は授業中に何をしていたか答えてみろ」

 

「えぇと……」

 

 授業中と言えば、吹雪は熱心にノートをとっていた覚えが──。

 

「ラブレターの返事を書いていた」

 

「表にでろ」

 

「ケイ、夜中だ。自重してくれ」

 

 優介にそう宥められた。だが止めるな、こういう馬鹿には鉄拳制裁が一番効率的なんだ。

 というか、真面目にノートを撮っていると思えばそんなことをしていたとは。

 

「その考えには賛成だが、今の問題はそこではない。日頃まともに話を聞かない吹雪に、どうやってここ一ヶ月分の知識を詰め込ませるかが重要だ」亮はそう言って、また頭を押さえた。「おそらく最初から聞いていなかっただろうし、普通の方法では無理だろうな」

 

「失礼なっ。話くらいちゃんと聞いていたさ」

 

「ラブレターの返事を書いていたのにか?」優介にまで突っ込まれる。

 

「愛の伝道師、ブリザードプリンス吹雪には最優先事項なのさ!」

 

「ノコギリと鉈、どっちか選べ」

 

「ねぇそれって最終的には首と胴が泣き別れになるよね? 過程が違うだけで結果は同じだよね?」

 

 吹雪が喚くが、話が進まないのでスルーしておくとしよう。

 

「さて……」と、亮が切り出した。「まず、まともな方法をしていたら間違いなく終わらない。これは単に吹雪のせいだ」

 

「つまり多少壊れても詰め込める方法を見つけるしかない、と」

 

「……突っ込まない、突っ込まないぞ俺は」

 

「というか壊れてもって何!? 僕に何する気!?」

 

 最近では生物の脳に短期記憶を書き込むことも理論的には可能らしいが、一昼夜でそんなことができるはずもない。今回はあくまで普通に叩きこむしか無いようだ。

 

「結局これが一番早い。だから真面目にやれ」

 

「書いて覚える……やっぱこれかぁ……」

 

 そして結果的に、普通に勉強するのが一晩効率的だということになった。もちろん寝ることは許されない。所謂一夜漬けというものだが、やらないよりはマシだろう。

 

「では月一試験に備えての一夜限りの勉強会を始める。吹雪、お前は絶対寝るな」

 

 

 こうして波乱の夜は始まった。もちろん俺の部屋で。

 

 

 

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 カリカリカリカリ……

 ペラ……キュッ、キュッ……

 カチカチ……カリカリカリ……

 カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ……バキッ

 

「もう嫌だぁーー!!」

 

「黙れそしてやれ」

 

「そんな事言って、かれこれ六時間だよ!? 流石に無理だよ!」

 

 時計を見れば既に午前二時。ずっと集中していたのなら、確かにもう嫌だと嘆きたくなるほどの時間だ。よくここまで集中できたものだと褒めたくなる。

 

「まぁ、確かに疲れてきたな……」

 

「試験勉強は特に辛くなるからね……」

 

 亮と優介も身体が悲鳴を上げていたのか、腕を伸ばしたりしてストレッチをしている。時折骨が鳴るほど身体を捻っていたりするが、夜中の一室ではかなり響く。

 

 ──グゥゥ……

 

「お腹すいた!」

 

「うるさいドアホ」

 

 吹雪の腹が、喧しく自己主張した。

 

「この時間では購買も閉まっているだろう。寮内には自販機すら無いが……」

 

「けど、このまま朝までやっても集中できないだろうね」

 

 空腹の時ほど頭は冴えると聞くが、それが集中力に繋がるかと言えば別である。

 頭を動かすブドウ糖が切れてしまえば、それだけ頭の機能は鈍くなる。必然、記憶力も下がり勉強どころではない。

 

「……はぁ。仕方ない」

 

 そう一言つぶやくと、俺はクローゼットを開けた。

 

「…………ねぇ、ケイ」

 

 吹雪が遠慮がちに訊ねてきた。

 

「なんだ」

 

「そのダンボール箱の山は何?」

 

 次世代の最先端科学によって開発された、上空一万メートルから落としても無傷な強化ダンボールによって作られた山……ではなく、文字通りダンボール箱によって築かれた山を指して吹雪が問いかけた。

 

「非常食だ」

 

「君は戦争が起こるとでも思っているのか!?」

 

 戦争は思ってはいないが、こういう事態に備えておくことは必要だと思うが。

 山になっているダンボール箱から、やや大きなものを一つ引きずり出す。頑丈にテープの貼られた表面を開けると、中身をいくつか放り出した。

 

「簡単な夜食でも作るから、好きなものを選べ」

 

「これは………………カレー?」

 

 出したものは保存の効くレトルトのカレー。カレー。カレー。ひたすら、カレーである。

 興味深そうに亮と優介は一つずつ手に取っていく。

 

「オベリスクビーフにラーチキン、オシリスマイルド……これは第二回バトルシティで限定販売されたレア物だな」

 

「青眼の激辛(ブルーアイズ・スパイシー)に真紅眼の辛口(レッドアイズ・ドライ)、中辛黒魔導(ブラックマジックミディアム)とか、数量限定の超激レアじゃないか! こっちにはモウヤンのカレーに……樺山印のおいしいカレー!? 入手困難な予約待ち必須品も!」

 

 次々と出るレア物に、興奮を抑え切れない様子の優介。反面吹雪は、何故か呆然としていた。

 

「……なんで、こんなに揃ってるの?」

 

「趣味だ」

 

「どんな趣味だよ!?」

 

「ん、言ってなかったか?」

 

「初耳って言うかなんていうか! えーと…………初耳だよ!」

 

「まあ、そういうことだ」

 

 これらの非常食、実は俺がアカデミア中等部に入る以前から集めていた、密かな趣味の賜である。

 海馬コーポレーションは基本的に子供向けの商品を開発する玩具メーカーとしての顔が主だ。故に子供をターゲットに据えた、こういった子供の好きそうな商品をよく作る。カレーはあくまでその一端に過ぎない。

 

「しかし……ケイ、よくこんなに集めたな」

 

 興奮冷めぬままの優介が、両手一杯に品を持ったまま聞いてきた。ちなみに持っているのは海馬コーポレーション創設記念日にのみ発売された限定商品、究極の激辛(アルティメット・スパイシー)である。青眼の激辛の三倍の辛さらしい。

 

「ああ。苦労した。お陰で小遣いが足りなくなって、よく年齢を偽ってバイトしたものだ……」

 

「オーケー突っ込まない。なんで中学生がバイトしてんだとかなんのバイトだよとか絶対に突っ込まない」

 

「究極の激辛なんて創設記念日に海馬コーポレーションのホームページでの通販でしか買えなかったし、値段も四五〇〇円と高かったから苦労したもんだ」

 

「……好きなんだな、カレー」

 

「ああ」

 

 個人的に食べる用に持ってきたのだが、賞味期限の危ないものも多い。この際、処理してしまおう。

 非常食のレトルトを一式出したところで、底の方にあったものを取り出す。いくらカレーが好きでも、冷たいままというのは流石に嫌だ。

 

「今度はカセットコンロが出てきた……」

 

「……見ろ。鍋も出てきたぞ」

 

「キャンプができそうな用意の良さだな」

 

 カセットコンロにガスをセットして、鍋を上に置く。水は風呂場の蛇口で組めばいいだろう、飲むわけじゃないし。

 更にダンボールを漁り、中に入っていた小型の段ボール箱を取り出す。中には皿やフォークなどが一式揃っている。流石に四人分は無いが、皿は二枚あれば十分、割り箸もあるしなんとかなるだろう。

 

「オベリスク寮ごと異世界に跳んでも生き延びれるな」

 

「まぁそんなことないだろうけどね」

 

「(……今、背中に悪寒が……?)」

 

 汲んできた水に火をかけ、沸騰するまで待つ。

 

「…………あ」

 

「「「?」」」

 

 何か足りない、とぼんやり思っていたが、不意に思い出した。

 急いで非常食の詰まっていた段ボール箱を探る。

 中には、ビニール袋で包まれた例のものがあった。

 

「パスタを忘れていた」

 

「それは予想外だよ!?」

 

 腹が減っているだろうに、吹雪の突っ込みはいつも以上に冴えているように思えた。

 

 

 

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「実技対策をしよう!」

 

「亮。また騒ぎ出したぞ」

 

「諦めてくれ」

 

 数種類作ったカレーパスタを各自で消費していると、吹雪がそんなことをのたまった。

 

「試験は筆記だけじゃないし、実技の方もきちんと復習しておくのが大事だと思うんだ。だから筆記の方は一先ず置いといて、そっちの方を……」

 

「本音は?」

 

「飽きた!」

 

「だと思ったよ……」

 

 勉強をはじめる前の亮に続き、優介も頭を押さえる結果になった。

 とは言ったものの、吹雪の言い分にも一理ある。

 勉強に飽きたという率直な意見はいただけないが、筆記ばかりで実技の方で実力を出せなければ元の木阿弥とも言えよう。

 

「……仕方ない。誰か相手を──」

 

「「任せたぞ」」

 

「オイ」

 

 満場一致で俺が相手をすることになった。

 

「じゃあそういうことでよろしくネ」

 

「構わんが……俺のでいいのか? かなり特殊なデッキだが……」

 

「いやー……パワーデッキとかって、もう慣れてるからさ……」

 

 ツーッ、と視線を走らす。その先には、流派サイバー流の免許皆伝者が黙々とペンを走らせていた。

 

「……なるほど」

 

「まあそういうわけだから……じゃあ僕こっちね」

 

 勉強道具を片付けて、デッキをシャッフルしてセットする。

 夜中なのでデュエルディスクは使わずに、テーブルでのデュエルとなる。

 吹雪とやる場合はこっちの方ばかりな気がするが、きっと気のせいだろう。

 

「天上院、一回やったらまた筆記対策しとけよ」

 

「わかってるって。それじゃ、いざデュエル!」

 

「新デッキのお披露目といこうか。デュエル!」

 

早乙女ケイ LIFE4000

天上院吹雪 LIFE4000

 

「僕のターン、ドロー! まずは『漆黒の豹戦士パンサーウォリアー』(ATK2000)を召喚! カードを一枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 前回はバルバロスを主体にした獣族デッキだったが、今回はパンサーウォリアーか。下級モンスターを使いまわすタイプのデッキだろうか。

 今回の俺のデッキでは、少々厳しそうだ。

 

「俺のターン、ドロー。……そうだな、俺はフィールド魔法『湿地草原』を発動しておこう」

 

「ケイがフィールド魔法使うなんて珍しいな」

 

「俺と交換したカードを主軸にした、新しいデッキを作ったらしい。中身は俺も知らないがな」

 

 先日の露天風呂の時、亮と数枚のカードを交換した。互いに使わないカードだったし、また、必要なカードだったのでそれなりに有意義な取引だったといえる。

 

「このフィールドでは、水族・水属性・星二以下のモンスターの攻撃力が1200ポイントアップする。早めに潰さないと即死だぞ?」

 

「げ……また嫌なカードを……。けど、星二以下なら1200アップしたところで大して影響は……」

 

「俺は続いて『スター・ボーイ』(ATK550)を召喚。更に永続魔法『スライム増殖炉』を発動だ」

 

「うげっ!?」

 

「フィールド魔法の効果で『スター・ボーイ』の攻撃力は1200アップする。そして『スター・ボーイ』の効果発動。水属性モンスターの攻撃力は500アップする」

 

『スター・ボーイ』ATK550 → 1750 → 2250

 

「うわぁ……えげつない……」

 

 隣で観戦していた優介がそう呟いた。

 実際、これらのカードは我ながらえげつないシナジー率だと思っている。

 

「俺はカードを二枚伏せて、ターンエンドだ」

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 ドローカードを手札に加え、フィールドと手札を交互に見る吹雪。どうやら打開するカードはこなかったようで、苦い顔をしている。

 

「〜〜っ! ええい! 僕は『デーモンの斧』をパンサーウォリアーに装備! 効果で攻撃力を1000アップさせる! そして魔法カード『迷える子羊』を発動して『子羊トークン』(DEF0)を二体特殊召喚する!」

 

『漆黒の豹戦士パンサーウォリアー』ATK2000 → 3000

 

 単純な効果ながら、非常に汎用性の高い装備カードを使い、モンスターの地力を上げていく。どうやら典型的なビートダウンに近いようだが、単純な性格の吹雪らしいと言えばらしい。

 

「これで攻撃力は上回った! パンサーウォリアーの攻撃のコストに『子羊トークン』を一体生贄にする! そしてパンサーウォリアーで攻撃だ!」

 

 スター・ボーイの効果もまた単純であり、上昇率はデーモンの斧に劣るものの見逃せるものではない。

 装備カードとは違い、このカードの効果はフィールド全域に及ぶ。破壊しない限り、後続のモンスターはドンドン攻撃力を上げて吹雪を追い詰めるだろう。

 もちろん、そう簡単に主力モンスターを破壊させることは許せない。

 

「罠カード『ハーフorストップ』発動。相手はモンスターの攻撃力を半減させてまで攻撃するか、バトルを終了するかを選ぶことができる。……というわけで、さあこい吹雪」

 

「行くか!? バトルは中止! バトルフェイズ終了だよ!」

 

 まあ、当然だろう。

 攻撃力の上がったパンサーウォリアーが残ったままだが、そこは仕方ない。このデッキの特性上、モンスターが残っていてくれたほうが都合がいいわけだから別段問題はない。

 

「僕はこのままターンエンド! ほんっとうに変則なデッキだねぇ……」

 

 アカデミアでは普通、ビートダウン型のデッキが好まれる。高攻撃力のモンスターが相手モンスターを破壊する演出が好まれるのも理由の一端だが、それよりも戦績に関わるのが理由としては一番高い。

 変則的なデッキは相性の悪い相手にはとことん負けるため、戦績がよろしくない。普通のビートダウン、ハイビートの方が安定した成績を収められるので、プロでも無い限りは変則デッキを使うデュエリストは少ない。

 

「普通のデッキで勝っても、それは俺じゃないさ。俺のターン、ドロー。このスタンバイフェイズに、『スライム増殖炉』の効果が発動される!」

 

「うわ……やっぱり来るのか……」

 

 苦虫を数十匹まとめて噛みつぶしたような顔で吹雪が言う。

 

「それがこのデッキの趣旨だ、諦めろ。俺はスタンバイフェイズ毎に一体だけ『スライムトークン』を攻撃表示で特殊召喚する。このトークンは攻守500、星二、水属性で水族のモンスター。よって湿地草原の効果が適応される」

 

『スライムトークン』ATK500 → 1700

 

「……でもそれだけじゃない、だろ?」

 

「当然。『スター・ボーイ』の効果はフィールド全域の水属性モンスターに適応される。よって、『スライムトークン』の攻撃力は更に上昇する」

 

『スライムトークン』ATK1700 → 2200

 

 ただの攻撃力500のトークンが、一瞬にして上級モンスターレベルに強化される。

 あっという間の出来事に、吹雪の顔は苦汁をなめさせられた顔に塗り固められた。

 

「攻撃2000オーバーのトークンとか悪夢以外の何物でもないよ! インチキ効果も大概にしろ!」

 

 吹雪がそう喚く。

 これこそが、毎ターン攻撃力2000以上のトークンを召喚し続ける悪夢のようなコンボ、別名『増殖平原』(俺命名)である。

 湿地草原と増殖炉の二枚だけでもそれなりに機能するが、こうしてスター・ボーイが加わると火力はグッと上がる。増殖炉の効果であらゆる召喚を封じられるが、元々トークンだけで機能するデッキなので、別段問題はない。

 

「プロになったらもっとエグいコンボを使うデュエリストだっているぞ? これぐらい、軽く乗り越えていけ」

 

 特にプロデュエリストのエックスとか、と内心付け加える。

 プロデュエリストのエックスとは、文字通りプロリーグで活躍中のデュエリストだ。しかしそのデッキコンセプト、『デッキ破壊』のせいで、プロの中でも絶対に戦いたくないデュエリストとして人々の脳に刻まれている。

 そんな人のデュエルに比べれば、対処法の多い俺のデッキははるかにやりやすいだろう。

 

「さて、俺のモンスターは強化された『スライムトークン』、パンサーウォリアーの攻撃力には届かない……ここで問題だ」

 

「は?」

 

「この状況で最も効果を発揮するカードは次のうちどれか答えろ。A:『ヘル・アライアンス』、B:『下克上の首飾り』、C:『デーモンの斧』」

 

「え、ちょっ」

 

「制限時間は五秒。スタート」

 

「はえぇ!?」

 

 まあ答えられるとは思っていない。そもそも、これはトークンの性質を理解していなければ答えられない。

 果たしてそれを吹雪が知っているかだが……。

 

「わ、わかった! Cの『デーモンの斧』! 攻撃力を1000ポイント上げればパンサーウォリアーの攻撃力を上まわ」

 

「ハズレ」

 

「る……ってせめて最後まで言わせてくれよ!」

 

 案の定Cを選択した吹雪。これも大方わかりきっていた。

 どうも吹雪は目先の攻撃力にこだわる節がある。『デーモンの斧』を選んだことからも分かる通り、単純な攻撃力の上昇値ならおそらくトップクラスだ。それをわかっているからこそ選んだのだろう。

 

「答えはこれだ。俺は『下克上の首飾り』をスライムに装備させる」

 

 ここで、あれ? と吹雪が疑問の声を上げた。

 

「『下克上の首飾り』って通常モンスター専用でしょ? なんでトークンに装備できるの?」

 

 その疑問を口にした瞬間、吹雪の隣で問題を解いていた亮が頭を抱えた。

 

「……吹雪。お前は忘れているのだろうが、それはこの前授業で習ったぞ」

 

「………………あれぇ……?」

 

 衝撃の発言に、吹雪と亮の間に気まずい空気が漂う。授業中にラブレターの返事を書いている吹雪には、とても新鮮な気持ちで聞こえたに違いない。

 

「……ケイ、説明の続き」

 

「あ、ああ」疲れきった顔の亮から催促された。「あらゆる効果で召喚されたトークンは、効果の有無に関わらず通常モンスター扱いとして召喚される。だからこういった通常モンスター専用のサポートカードも流用できる……って、佐藤先生の授業でやっていたハズだが?」

 

「……ふっ。僕が授業内容を覚えているとでも思ったかい?」

 

「バトル。パンサーウォリアーを攻撃」

 

「せめて何かしらの反応を見せてくれないかなぁ!?」

 

「その反応は飽きた。『下克上の首飾り』の効果発動。装備したモンスターが相手モンスターと戦闘を行う場合、レベル差掛ける500ポイント攻撃力をアップさせる。パンサーウォリアーとスライムトークンのレベル差は三。よって攻撃力は1500ポイントアップだ」

 

『スライムトークン』ATK2200 → 3700

 

天上院吹雪 LIFE4000 → 3300

 

「も、元の攻撃力が500なのに……この爆発力は一体……。『デーモンの斧』の効果で自分のモンスター、『子羊トークン』を生贄に、このカードを手札に戻すよ……」

 

「確かに砂糖先生の授業は眠くなるから、聞かないのもわからないでもないがなぁ……」

 

 あの先生の授業は基本、自分の理論や戦術をただ話しているだけである。生徒とのディスカッションも何もない。故にただ聞くだけの授業なため、誰が寝ていようとも聞かずともお構いなしなのである。

 

「カードを一枚伏せてターンエンド。ほらほら、さっさと攻略してみろ」

 

「天上院、このデュエルに負けたら直前までお勉強な」

 

「なぬぃ!?」

 

 解決方法も見つからぬまま、優介からの死刑宣告が下された。

 まあ、それも当然といえる。吹雪の様子を見るからに、俺のした手加減がわからないと見える。

 このデュエルはただ吹雪に付き合うだけのテストデュエルではない。いかに吹雪に気付かれず、試験内容の復習を兼ねるかの試みも兼ねているのだ。

 よって、俺は『スター・ボーイ』が攻撃できたのに敢えてしなかった。すれば、早々に決着がついてしまい、試験範囲の復習にならないからである。

 

「ぬぬぬ……僕のターン、ドロー! ならば! 僕は『不屈闘士レイレイ』(ATK2200)を攻撃表示で召喚! 『デーモンの斧』を装備させる!」

 

『不屈闘士レイレイ』ATK2200 → 3200

 

 すぐに攻撃力3000超えのモンスターを用意してくるのは流石と思うが、それでは『スター・ボーイ』を倒すのがやっとだ。吹雪とて、それがわからないほど馬鹿ではあるまい。

 

「そして、カードを二枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 カードを伏せるだけに終わったようだ。

 これで吹雪の手札は、残り一枚。フィールドに伏せカードが三枚もあるので、油断はできない。

 

「俺のターン、ドロー。スタンバイフェイズ時、『スライムトークン』が生み出される」

 

「また異常攻撃力のトークンが……」

 

 破壊しない限り、延々と生み続けられる永久機関。これこそが『スライム増殖炉』の真骨頂である。

 とは言っても、これで新たに作られたスライムの攻撃力は通常の2200なので、過度な安心はできないのだが。

 ここで手を一つ打っておくのも、いいかもしれない。

 

「俺は装備魔法『ヘル・アライアンス』を新たなスライムに装備。フィールドの同名モンスターの数だけ、攻撃力が800ポイントアップする」

 

『スライムトークン』ATK500 → 1700 → 2200 → 3000

 

「げっ。ついに通常攻撃力3000になりやがった……」

 

 このデッキの爆発力はこんなものではないのだが、それでも相手にとっては十分脅威なのは違いない。

 俺としても、こんなデッキとは絶対に戦いたくないものである。

 

「……丸藤、すごい汗だけど大丈夫か?」

 

「いや、なに……すごい勢いで冷や汗が出ているだけだ。問題ない」

 

「十分問題だと思うけど……」

 

「バトルだ。首飾りを装備したスライムでレイレイに……」

 

「おっとそうはいくか! 罠カード『威嚇する咆哮』発動! 相手はこのターン、攻撃できない!」

 

 間一髪のところで、攻撃を封じられてしまった。確かにいくら攻撃力が高かろうと攻撃できなければ壁程度にしかならない。なるほど、多少は考えて手を打ってきたようだな。

 

「俺はこのままターンエン……」

 

「この瞬間! 永続罠『悪夢の迷宮』発動!」

 

 エンドフェイズ宣言前に、吹雪の永続罠が発動された。しかもそのカードは、おそらく吹雪のモンスターと相性が良いカードである。

 

「『悪夢の迷宮』の効果発動! エンドフェイズ時、全てのモンスターの表示形式を入れ替える!」

 

「ということは、俺のモンスター、お前のモンスターも、全部守備表示になるということか」

 

「そういうこと! 『スライムトークン』も『スター・ボーイ』も、攻撃力が高いだけで守備力は変化していない! つまり、守備表示なら脅威になりえないってことさ!」

 

 吹雪の戦術に思わず「ほぅ……」と感心する。

 実際、吹雪はいいところに気がついた。俺のモンスターは全て攻撃表示であってこそ意味を成す。守備表示になってしまえば、それら全てが封じられてしまう。

 そして吹雪のモンスター『不屈闘士レイレイ』は攻撃後に守備表示になるデメリットモンスター。それを攻撃表示にできる意味でも、吹雪のデッキではここぞという時に機能するカードだろう。

 

「僕のターン、ドロー! レイレイを攻撃表示に変更して、『ゴブリン突撃部隊』(ATK2300)を召喚! そしてこの瞬間に、罠カード『メテオ・レイン』を発動だ!」

 

「これは……勝負あったな」

 

「だな」

 

 外野の二人がそう頷いた。

 

「『メテオ・レイン』は自分のモンスターに貫通能力を追加する。そしてスライムトークンの守備力は500、攻撃力3200と2300で攻撃すれば、合計ダメージは4500! 二体でスライムトークンをそれぞれ攻撃だ!」

 

 立て続けに破壊されるスライムトークン。そして『メテオ・レイン』による貫通ダメージが、俺のライフを削った。

 

「だが甘い! 速攻魔法『非常食』発動! 『スライム増殖炉』を墓地に送り、ライフを1000回復する! そして墓地へ送られた『下克上の首飾り』はデッキの一番上に戻るが……必要ないので今回は戻さない」

 

 早乙女ケイ 4000 → 5000 → 2300 → 500

 

「だっークッソ! 仕留めきれなかったぁ! 攻撃後、二体は守備表示になる!」

 

「いや、正直危なかったぞ。『非常食』がなければゲームエンドだったしな」

 

 まさか、というべきか、やはり、というべきか。吹雪は自分のデッキに最もマッチした『正面突破』でスライム地獄から抜けだした。

 となれば、着実に努力は実を結んでいると考えていいだろう。

 

「これで佐藤先生のテストは大丈夫だな、吹雪」

 

「へ?」

 

「……なるほど、そういうことか」

 

 俺の言葉がわからないのか、頭にはてなを浮かべる吹雪とは対照に亮が「合点がいった」とばかりに頷いた。

 

「気づいていないようだが、通常モンスターの問題はお前が一番頭を捻っていたところだ。こういう方法で攻撃力を上げてきた場合、少ない手札でどう対処するか、良い実践勉強になったんじゃないか?」

 

「え………………ああ!」

 

 ……本気で気づいていなかったのか。いかに気付かれないように、とは思ったものの、本当に気付かれないというのも悲しいものである。

 

「なにはともあれ、これで心置きなく──」

 

 叩きのめせる。

 そのつぶやきは、幸か不幸か、吹雪の耳には入らなかった。

 

「え……今なんて?」

 

「さあ、早くエンド宣言をしろ、吹雪」

 

「え、あ、うん。僕は『悪夢の迷宮』の効果で全モンスターを攻撃表示に変更してターンエン……」

 

「俺のターン! ドロー!」

 

「あひぃ!?」

 

 驚いた吹雪が間抜けな声を上げた。

 が、お構いなしに俺はターンを進める。

 

「まずは『強欲な壺』を発動! カードを二枚ドロー! 次に『天使の施し』を発動! カードを三枚ドローして二枚捨てる! そして魔法カード『浮上』を発動! 墓地の水族モンスター、『スター・ボーイ』を特殊召喚する! そして『地獄の暴走召喚』を発動! デッキ・手札・墓地から『スター・ボーイ』を可能な限り特殊召喚する! 吹雪! お前もモンスターを一体選び召喚しろ!」

 

「え、え……ぼ、僕は『不屈闘士レイレイ』をもう一体攻撃表示で特殊召喚だ!」

 

 地獄の暴走召喚の発動条件は思いの外厳しい。

 ダメージ計算時以外で、相手フィールド上に表側表示のモンスターがおり、自分が攻撃力1500以下のモンスターの特殊召喚に成功した時のみ発動できる。

 今回は運良くその全てをクリアできていた。

 

「『スター・ボーイ』の効果は累積される! 全効果を合わせ、攻撃力1500アップ! さらに『湿地草原』の効果で1200ポイントアップ! 合わせて、2700ポイントのアップだ!!」

 

『スター・ボーイA』ATK550 → 2050 → 3250

『スター・ボーイB』ATK550 → 2050 → 3250

『スター・ボーイC』ATK550 → 2050 → 3250

 

「嘘だッ!!!!」

 

「本当だッ!!!! 『スター・ボーイ』で、総攻撃だァ!!!」

 

 天上院吹雪 LIFE3300 → 3250 → 2200 → 1250

 

「のああああああ!?!? 僕のライフが一気にえらいことにいいいい!?」

 

「『悪夢の迷宮』の効果でモンスターを守備表示にして、ターン、エンド! さあ、次はこれをどう攻略する!?」

 

 俺の場には攻撃力3250のスター・ボーイが三体。しかし守備表示。対して吹雪の場にはモンスターはいない。

 あまりの出来事に、半ば放心状態になっている吹雪に発破をかけるも、やはり応答はない。

 

「……まあ、無理もないだろうな」

 

「いきなり攻撃力3250のモンスターが三体現れて場を荒らしまくったんだから、そうもなるよな」

 

 放心状態の吹雪は、なんとか気力だけでカードをドローした。

 

「ぼ、僕のターン……ドロー………………!」

 

 しかしそのドローカードを見た瞬間、目に輝きが戻った。どうやら引き当てたようだ。この状況を一変させる、キーカードを。

 

「僕は、このモンスターに賭ける! 『イグザリオン・ユニバース』(ATK1800)を召喚する!」

 

 イグザリオン・ユニバース……攻撃力1800の獣戦士族モンスターだが、どんな効果も持っていただろうか。

 その答えは、すぐに見つかった。

 

「『イグザリオン・ユニバース』(ATK1800)で『スター・ボーイ』(DEF500)を攻撃!」

 

「なに?」

 

 いくら攻撃力が高くても、守備表示モンスターを攻撃してもダメージは与えられない。

 そんなことを考えていると、さっきの吹雪のカードを思い出した。

 

「まさか、そのモンスター……貫通持ちか!?」

 

「ご明察! 攻撃力を400下げることで、貫通ダメージを与えることができるのさ! 『イグザリオン・ユニバース』で、『スター・ボーイ』を攻撃だあああ!!」

 

 早乙女ケイ LIFE500 → 0

 

「勝ったああああ!!!」

 

「ああああ負けたあああぁ!!」

 

 互いの絶叫が部屋中に響いた。

 

 ──ドンッ!!

 

「「………………」」

 

 そしてすぐに静かになった。

 

「…………勉強、するか」

 

「…………そうだね」

 

 俺達は再び、試験勉強を始める。今度は騒がず、静かにである。

 亮と優介も何も言わず、時折質問する吹雪に答えるだけで、あとは終始無言である。

 夜中は静かにするものだと、改めて悟った勉強会になったといえるだろう。

 

 

 

説明
最近筆が重いです。いや、体感的にだけど。
※画像サイズでかいです。ごめんなさい。
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