賢い者へSS |
――「なんでなんだよ、お父さん! なんで愛人なんかに財産を……」――
夏休み、僕は海外留学しにニューヨークの街へ親の手助けを借りて旅立った。向こうの人は、皆フレンドリーで、大胆で、始めは凄く困惑して上手い具合に話せなかったけど、それも徐々に慣れていった。
そんな留学最終日の朝、僕は一本の電話に叩き起こされた。
「ご主人様は、夕べお亡くなりになられました」
生まれた時から僕の屋敷に住み込みで働いてる、お手伝いさんから父の死を聞かされた。
「えっ、本当ですか? なんでもっと早く教えてくれなかったんですか?」
「それは……。ご主人様のご意思で息子には伝えるなと」
「そうですか……。分かりました、そういう人ですもんね昔から」
「後遺言状が、ベットの枕の下から出てまいりまして」
この時僕は一人っ子だったから、当然自分に全て相続されるのだと思っていた。
しかし、遺言には以下の言葉しか書かれていなかった。
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息子へ
私の遺産全てお前の知らない愛人に捧げる。
相続する時お前は、彼女の事を知ってはならない。
安心して相続できるよう私からの配慮だ。
愛人だけしか知らないパスワードを教えてあるから、そこの所は何もお前が考えなくて良い。
だが、こんなに一代で築いた遺産を一人息子にやりたく無い親なんて世界中探しても居ないだろう。
だから、私の所有している物、もしくはそれ以外で一つだけお前にやろう。
だから頑張って生きてくれ、そして私の意図に気づいてくれ。
父より
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僕はその場で父を恨んだ。母が亡くなり寂しかった父は、こんなにも愛人に入れ込んでいたのか?
「You should not have a sad face.you should go to church right now」
僕の泣き顔を見たアメリカ人の老夫婦は、教会へ行くように助言をしてくれた。
「Thank you」
老夫婦に心配かけまいと僕は作り笑いをするが、不細工な笑顔は逆に痛々しかったと思う。しかし、彼らは僕に何も言わずに教会へ車を出してくれた。
色鮮やかな装飾に彩られた街並みから少し離れた田舎町に、真っ白の教会があった。乱反射してる光と硝子に刻まれているマリア像が芸術の真髄を醸し出している。縦長い室内に無数の机が均等に並べられている。その中心に聡明な宣教師だと呼ばれている教会の主がいた。
「I want to talk with the great rabbi」
「All right」
留学したからといって、そんなに英語力が無い僕は老父を通してラビと呼ばれる主と言葉を交わす。
「――って事があったのですが、なぜ父は子供の僕に相続させなかったのですか?」
「愚かですね、貴方の父上は最も賢く最良の選択をしてますよ」
ラビは、僕と同じぐらいの男性だったが年寄りみたく険しい顔をし僕を呆れたような目で見てる。
「何言ってるんですか? 愛人に相続させる事が賢い事ですか?」
「もう少し父上を信じてあげる事は、出来ないのですか?」
「できません」
僕はハッキリと言い切る。父との会話は3年前にした一度きりの約束以外話してない。そんな奴を信じるようなお人好しで無い。
「父上と何か約束をしていませんでしたか?」
ラビから心を読まれたような、気持ち悪い感覚が胸を突き抜けた。
「約束はしてました。3年前に――」
「それはどんな約束ですか?」
「“俺は絶対にお前を裏切らない、だから裏切る時一番にお前の事を考えて行動する。だからお前は俺を信じてくれ”と大学受験前の何気ない昼下がりにそう指切りさせられました」
「やはり、そうでしたか」
ラビは笑顔で頷くと真剣な表情でこう言った。
「私は間違っていなかった――愛人とは一番身近で手伝いをしている者だ。何か心当たりはあるか?」
「そうですね、一番身近だとお手伝いさんだと思います」
「そうですか、じゃあ彼女が貴方の父を殺した可能性が高いですね」
「なんですって!」
通訳してくれている老父共々僕はびっくりする。長年お世話になった人が父の愛人で殺人者だと思える訳が無い。
「そんな訳ないですよ」
「嫌、約束されたんでしょう? “お前を裏切らない”とだからあの時貴方の父は、全てを知っていたのかもしれません」
ラビの言ってる事は、突拍子も無い幻想だ。しかし父が昔お手伝い達にしていた『悪趣味』は見たことがある。口に出すにも悍ましい屈辱的惨劇だった。子供の時一度だけ目撃してしまったが、過ぎ行く時の流れに記憶が埋もれてしまっていて忘れていた。
「復讐されるのは覚悟の上で生きていたんでしょう、それは仕方がない事で貴方はそんなこの彼女を許してあげる義務がある」
ラビは大きく溜め息を吐く。そして静かな無音に微かな声量を響かせながら続ける。
「しかし貴方は財産を全て受け取れるチャンスが一度だけある。それを生かさないで置くのも勿体無い。父もそんな事望まないだろう」
「チャンスとは一体なんですか?」
「それは、貴方の父が所有している物、もしくはそれ以外で一つだけ受け取るチャンスの事だ」
「僕はどうすればいいのですか?」
僕はラビに必死に教えを請う。するとラビは少し笑いこう言う。
「そのお手伝いを貴方に契約させ、彼女からパスワードを聞き出せばいい」
「でもそんな事したら、窃盗で捕まってしまいます」
「そんな事心配無い、彼女もまた罪を被っているのだ。脅しさえすればどうとでもなる」
「なるほど、ありがとうございます」
それでラビの教えは、終わった。そして僕は日本に帰り遺産を無事独り占めを果たした。今では父に感謝して毎日お墓を綺麗にしている。
――ありがとう。父さん――
ニューヨーク、セントラルシティー駅のセントラルパーク。
ここは、沢山の交通基地みたく1階には木浦や光州などとソウルを結ぶ湖南線高速バスターミナルが連結している。それだけでは無く、その他にも食堂やカフェ・売店など旅立つ前に便利な店が沢山ある場所だ。
そこに老夫婦が、荷物をまとめ土産を持参して笑顔で会話をしていた。
「さて、今頃彼は殺し屋にやられている頃だろう?」
「最初から私達が企んでいた事とは知らず可笑しいですわね」
「大体英語もろくにできないのに海外へ来ようなんざ馬鹿のする事さ」
「おじいさん、ワイルドですねぇ」
「お、今日本で流行ってるヤツだろう? 婆さんはミーハーだな」
愉快に笑いながら老父は、トレンチコートのポケットから流れる五月蝿い着信音に慣れた手つきで通話に出る。
「お爺さん? 元気?」
「ああ、愛人役ご苦労様だな。マルシィー」
「ええ、50手前のオヤジの相手は疲れたけど普通に働くより割の良い仕事だったわ」
「そうだろう? 報酬は山分けだな」
「イイわ、裏切りは無しよ」
「娘を裏切る訳無いだろう?」
「うん、信じてるから――お父さん愛してるわ」
「ああ、私もだよ」
手早く通話を切りポケットに携帯電話を入れる。セントラルパークのアカとシロの柱を眺めながら彼らをあざ笑う。
そして老父は一言呟く。
「欲をコントロールできる者が、上へ行ける世の中なんだよ。モンキー(日本人)がぁ」