fate/zero ~君と行く道~ |
15:温もりと安らぎ
どんな強固な精神を持っていようとも、人は一人では生きられない
人々はいつも孤独になる恐怖から逃れるために寄り添い合う
それは彼に於いても例外ではない
勇希があの共同任務から帰還して数日後、自分の任務を終わらせて来た仲間達が彼の下に飛んで行った。
そして全員が彼の身を案ずる。
「怪我は無かったか?」「落ち込んでいないか?」「無茶をしないでくれ」「心配したぞ」
口々にそんな事を言いながら全員が安堵の心境を露わにする。
優希は苦笑しながらも、心配をかけたことに対して一言だけ詫びをいれた。
その後、打って変わって表情を引き締め、仲間達に自分の言葉を聞くように断りをいれる。
いきなりどうしたのかと目を丸くする面々に、優希は今まで自分が秘密にして来ていた事を包み隠さず打ち明けた。
アラガミを捕食していること。
そうすることで地上からアラガミを根絶しようと画策したこと。
自分の身体が徐々に人から離れていっていること。
これまで心配をかけたくなかったからと抱え込んでいた事を何もかも曝露する。
それを聞いた仲間達は一様に信じられないことを聞いたような顔をして沈黙する。
当然だ。たった今告げられたのはこんな小さな少年一人が抱え込むにはあまりにも重過ぎる驚愕の事実であったからだ。
暫くは息をすることすら忘れた一同であったが、その内の一人、黒いショートヘアーをした背の高い女性が勇希に歩み寄り、思い切り頬を叩いた。
高い音と共に勇希の頬が紅く染まる。更に唖然とする一同を余所に、勇希はこうなって当然というかのようにただ黙して視線を落としていた。
そして女性の手が再び伸びる。勇希は目を瞑り、次の瞬間に走るであろう痛みに備えた。
……が、感じたのは乾いた痛みなどではなく、全身を覆う温もり。目を開けた途端に息を飲む。
自分は彼女に抱き締められていたのだ。小さく華奢な体を、決して離さないように強く、それでいて壊れてしまわないように優しく包み込まれていた。
勇希は何が起きているのか分からなかった。この事実を告げれば皆して怒るとばかりと…最悪恐れおののかれるとも思っていた。
もし恐れられても受け止める覚悟はあった。その時は自分が感じていた絆など結局はその程度だと諦めてしまえた。
怒られたとしても当然と思えた。何せ自分は、どうしようもなく愚かで頭の螺子の外れた凶行に走り続けて来ていたのだから。
けれども、ここで真実を伝えなければ、自分はこれからも独りであの怪物を喰らう日々を送らなければならなくなる。それは嫌だった。
一人で戦うには敵は強大過ぎた。
一人で進むにはこの道は過酷過ぎた。それを無垢であるが故に無知である自分は知らな過ぎたのだ。
だから助けを求めることにした。一度決めた悲願を成し遂げる為にも、志半ばで果てたくなかったから力を貸して欲しかったし、失敗するにしても一人寂しくあんな化け物の群れの真っ只中で死んで行くなんて嫌だった。
そう思ったのはあの任務で同行した仲間を誰一人として守れなかった己の弱さを知り、今までは触れたこともなかった死の恐怖に浸ったからだ。
だから意を決して全てを吐き出してみれば自分は今どんな状況に立たされている?
こんなことを背負い込んでいたことに怒りをぶつけられる訳でもなく、“今までの人達”のように恐怖の眼差しを向けられる訳でもない。
確かに一度は頬を叩かれた。だがその後が問題だ。何とこんな風に優しく抱き締められ、あろうことか耳元でこう囁かれたのだ。
ーーーありがとうーーーと。
わけが分からなかった。何故感謝される?自分はあまつさえ人の所業とは到底思えない事をした上に人から外れようとして行っているのに。
贅沢な言い草になるが、心配をかけたのだから咎められて然るべきだろう。
なのにこの人は何故謝った?何故?
腕の中で困惑する勇希に、女性は囁く。
本当なら自身のことで一杯一杯になってもおかしくない状況の中で、自分達のことを想って行動してくれてありがとう。そしてそんな重石にいつまでも気付いてあげられなくてごめんなさいと。
もっと早くにその懐の内を理解出来ていれば、こんないたいけな少年に、戦えば戦う程に怪物となって行くしかない生き方を選ばせることも無かった。
たった一人で戦って来た所へ追い討ちをかけるように、“死”などというグロテスクな現実を叩きつけられて傷つくことも無かった。
けれども結局自分達は彼の本意を悟れずに、気が付けばこの少年が作ってくれた今の事態に甘んじていたのだ。
アラガミの謎の数量減少。それに伴う任務数や現地負傷者数、戦死者数の低下。それを「何が起こっているのか知らないが助かった」程度にしか考えず、この見るからに武器を振るう力すら持っていないような華奢な子供に、己を砕くような行為を許してしまっていた。
無謀な行いをしたことに対する憤りは勿論あったが、それ以上に、その数年間何もしてやれなかったのがどうしようもなく悔しかった。
だが、それを嘆くばかりでは彼が報われない。仲間達と笑顔を絶やさずにいられる世界を作りたいからという子供染みていて、それでいて険しい道を進み、目標に比べれば微々たるものだけど、その成果を確かに挙げた報酬が自分達の憤慨した顔と哀しみの涙だけではあまりにも彼が可哀想だ。
故に彼女は静かに感謝の言葉を告げたのだ。
女性の言葉を勇希は端から端まで理解出来はしなかったが、自分は今確実に報われているということだけは分かっていた。
今自分を包む温もりがそれを物語っていたのだ。
自分は“コレ”を守りたかったから今まで頑張って来た。この温かさと安らかな気持ちをただただ求めていたから。
とどのつまり勇希の願いとはこの一択に限る。仲間達の笑顔を望むのも、結局はこの安らかな一時を守りたかったから。誰かに甘えていたかったから。寄り添っていたかったから。
そんなまだ乳離れも出来ていない幼子のような願いが、この圧倒的な力を持って生まれた少年の根底に潜んでおり、今も彼を突き動かしている。
勇希の告白からその真意に気付いた一同は皆、温かな気持ちを言葉に乗せて送った。
よくやった。ありがとう。
ただそれだけの言葉なのに、勇希の心に彼らの声は強く響いた。
直後、頬を一筋の雫が伝う。彼はそれに気付くやキョトンとして、止めどなく溢れるそれを指で拭う。
だが、それは徒労に終わり、結局流れ落ちるモノをせき止めることは出来なかった。
悲しみなど無い。ならばこの涙は何か?
そんな疑問が一瞬だけ浮かぶが、解答は意外と呆気無く導き出された。
褒められて嬉しかった。感謝されて報われた。
今まで成果を挙げれば挙げる程に「どうしてそんなことも出来るんだ。気持ち悪い。」と言わんばかりの嫌悪感剥き出しの視線や言葉しか受け取ったことの無かった少年は、心の底から感謝されたことなど無かった。
何だかんだで長い付き合いになる仲間達も、自分に向けるのは同情や心配の目だけ。
そういう意味では今の今まで彼らは勇希の事を本質的な意味では理解出来ていなかったのかもしれない。
他人の為の行いをして、そうすることで自分が満たされたかった。笑って欲しかったし褒めて欲しかった。
そうすることで自分の行いが無駄ではないと、自分が必要とされているという事を肯定して欲しかった。
何てことは無い。勇希は結局他人に理解されて愛されたかっただけの寂しがり屋だったのだ。
生まれてすぐに同種だからという、幼子が理解するにはあまりに難題で理不尽な理由で憎まれ怨まれ呪われて育ち、“不幸にも”父から受け継いでしまった英雄故の不屈の精神力でそれらを跳ね除けて来たが、どこまでいっても彼は未だに子供でしか無く、親の愛情も知らずに育った少年は知らず知らずの内に周囲の者にそれを求めるようになった。
だから彼は他人を幸せにしようとした。それが偶々身近にいた仲間達だったのだ。
皆を喜ばせたい。そうすることで認められたい。そして普通の人間と同じように愛して欲しい。
その願いがたった今叶えられた。自分でそれを認識した瞬間、今まで堪えて来たモノが一気に弾け飛ぶ。
堪らずしゃくりあげて、次の瞬間には声を隠すことも無く泣いた。
嬉しいのか悲しいのか、もはや自分ですら判別出来なくなる程に溜め込まれた思いを余さずぶちまけて行く。
寒空にうち捨てられた子犬のように肩を震わせ、女性の胸に縋り付く少年には今の今まで気丈に戦場を駆けて来た戦士の風格は無い。
あるのはアラガミ、そして“孤独”という凶悪な敵とたった一人で闘い続けていたあまりにも脆い剥き出しの心のみ。
女性はそれを引き剥がすことも無く、少年の頭をそっと撫でながら抱き寄せる手に力を込めた。
こうして決して祝福されない生を受け、愛の代わりに憎悪を、温もりの代わりに狂気を、安らぎの代わりに闘争を与えられた哀しい少年は、確かに救われたのだった。