黒子のバスケで汝は人狼なりや?[誠凛編その2]
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[その1]にも記載しましたが、改めて。

とりあえず、以下注意事項。

 

・このお話は黒子のバスケの登場人物が対面式の「汝は人狼なりや?」をするお話です

・あくまでゲームをするお話ですのでシリアス要素はほぼありません

・むしろコメディ寄りです

・基本的に火神ん視点の小説として話が進んでいきますので、ログ形式ではありません

 

・中の人の参戦経験はC国で数度ある程度です

・F国のログも読み込んでおりますが、今回はC国仕様(狂人が囁きに参加できる)です

・役職配分は村5狼2占霊狂狩の11+1人村です

・吊り手計算が苦手なので間違ったらすみませんorz

 

 

本文中で簡単な説明が入りますので、ゲームをご存じなくとも判るように進めていきたいと思います。もし興味を持たれた方は「汝は人狼なりや?」もしくは「人狼ゲーム」で検索頂くと色々出てくるかと。

 

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 気のせいか、今回は目を瞑っている時間が長いような気がする――狼陣営の話し合いはジェスチャーなので時間制限が特に設けられていないからかもしれない。

 加えて霊能者に処刑された福田の判定を伝えるのと、占い師に占い結果を伝える作業もあるのだから仕方ないかと、目を閉じたまま火神はリコの声を待った。

 このままではまた眠気がやってくるのではという心配がなくなはい。

 が、火神の不安に反して頭はしっかり目が覚めていた。冴え渡っている、と言えるほど頭脳明晰でないのが残念だったが。

(……にしても、遅くねえ?)

 話し合いをしているときは十分という時間が異様に早く感じられる所為か、その分目を瞑っているこの時間がやたら長く感じられる。気配を察して狼を探そうという努力は最早捨てた。それで判っても面白くない。

 早く声が掛からないかと火神は腕を組みながら、無意識に指先で腕を突いていた。

「はーい、お待たせ。皆、目を開けて良いわよ」

 誰が聞いてもわかるほど楽しそうなリコの声に火神を含めた一同が目を開けた。

 前回のこともあって、真っ先に視線を寄せたのはドロップアウト組が座っている方向だった。

 そこに処刑された福田以外の人物が居るか、気になって当然だろう。

 案の定というか、そこに居たのは四人。前回ドロップアウトエリアに行った水戸部と河原、今回処刑対象となった福田、そして――。

「…………へ?」

 声に出すつもりは無かったのだが、思わず喉の奥から漏れた本音がぽろりと呆気なく火神の口端からこぼれ落ちた。

 困ったように微笑みながら、先程水戸部がやったように手をひらひら振りながら、もう片方の空いた手で頬をぽりぽり掻いているのは、占い師をカミングアウトしたばかりの降旗だった。

 目を瞬かせ困惑しているのは火神だけでなく、その場に居る全員が同じ感想を抱いたらしく、最もぽかんとして口をあんぐり開けたままでいるのは、同じく占い師のカミングアウトをした日向だ。

(占い師、襲撃って……おい、狩人何やってんだよ。それとも、もういねーのか?)

 ぎりっと奥歯を噛みしめて顔をしかめた火神だったが、すぐにハッとその考えを撤回して思い直す。

 本物がどちらか判らない占い師が二人に、確定した霊能者が一人。

 余程のギャンブラーでなければ、占い師のどちらかへ護衛につくのは難しい。

 おまけに昨日の二人からは、どちらが明確に怪しいというような言動があったわけではないのだ。

 自分がもしその立場だったらと想定すると、火神の疑問は案外あっという間に氷解した。

(文句言ってマジ悪い、狩人。多分俺でも伊月センパイ選んで護る)

「というわけで、今日襲撃に遭ったのは降旗君よ。彼もネタ晴らしは最後でっていうことだから、普通に観戦組に回って貰ったから。それと、伊月君」

「なに?」

「ストップウォッチを押す前に、霊結果を発表して」

「いいの?」

 こくりと首肯するリコを見てから、眉間に皺を寄せた伊月は少し弱った口調で続けた。

「福田は……人間だったよ」

 はあっと各所から深いため息が漏れ伝わる。

 勿論火神も目を閉じている間に感じた嫌な予兆が当たってしまい、同様の気分だった。

「さて、伊月君から霊結果の発表もあったことだし、四日目を始める前に、とある仮説について言及しておくわ。これは本来参加者が気付いて対策・思案するべきだし、最初に渡したプリントにも書いてあることなんだけど、今回は初めての人が殆どだし。私から状況を宣言させて貰うわね」

 仁王立ちしたリコが、最初に渡された説明書きのプリントを軽く指で弾き、残った面々をぐるりと見回す。

「一応、昨日降旗君が軽く説明してたことだけど、今残っているのは七名。この中にまだ狂人が生き残っているかいないか、その判断は皆次第だけれど、もしもいた仮定として。そのうえで今日、狼も狂人も吊れず、護衛成功もなかった場合。二人減って残りは五人」

 ここまでは良い? とリコが問い、幾人かが怪訝な顔をしつつも一同が頷いた。

「このうち狼二と狂人一、人間二になるのは判るわね? つまり狼の数は人間と同じになってしまうから、村の負けになるわ。そのつもりで今日という一日を頑張って頂戴」

「あの、すみません」

「何? 黒子君」

「狼と人間の数、同じでも村の負けでしたっけ」

 そうよ、とリコが質問を投げた黒子に向かってこくんと頷いた。

「それも、最初に渡したプリントに書いてあるわ」

 どれどれと皆がプリントを取り出して確認する。

 火神も探してみるのだが、細かなルール説明の部分は言い回しが小難しいうえに漢字が多用されていて、火神はその特徴的な眉をしかめながら該当箇所を探すが、なかなか見つからない。

 お手上げだと思った火神は、恥を忍んで隣の相棒を肘で軽く突いた。

「何ですか火神君」

「おい、なあ黒子。これのどこに書いてあんだ?」

「ここです」

 あっさりと指さされたその場所には、確かにリコの言う通りの内容が記されていた。

「あと、これは降旗君がした説明の補足にもなるしプリントにもあるけど、狂人が狼との会話に参加できるこの方式を、C国っていうのね。ここのルールでは、狂人を人間にカウントしないの。だから、例え人間である狂人が村に残っていたとしても三対二にはならず、同数になるってこと」

「あー……よく判んねえけど、狂人が残ってたら今日は確実に狼吊れってことであってるか? ……ですか」

「簡単に言えばそういうこと。じゃ、全員把握したわね。それを頭に入れてゲームを再開するわよ――それじゃ、はじめっ」

 はじめ、と言われても――内心吐いた独白は、おそらくこの場全員が同時に浮かんだ台詞だろうと火神は思う。

 気まずげな視線がゆらゆらと彷徨い、なんとなく皆が見てしまうのはやはり、残された占い師である日向だった。

「あー、お前ら気持ちは判るがあんまこっち見んな。穴が空くっての」

「……日向、すまない」

「何だよ木吉」

「俺もお前を見てたから……俺は、お前に穴を空けようとしたんじゃない。そんなつもりは無かった、判ってくれ」

「ダァホ! んな物の例えを本気にすんな! 言葉のあやだっつの!」

「でも、もし空いたら困るだろ? 服ならまだしも、躯とか」

「だから空かねえって言ってんだろがあああああ」

 真面目くさった表情を浮かべ何処までも本気な口調で心配そうな顔をしている木吉に、ぎゃんぎゃんと日向が噛みつくように叫んだ。

 日向の額に薄ら浮かんだ血管が、本気でクラッチタイムに入りかけているのではと錯覚させる。

 喧嘩というよりも悪友同士がじゃれ合っているようにも見えるので、相手は年上なのについつい微笑ましく見てしまう。

 以前そんなことを一年生同士の雑談で話題にしたら、降旗に「お前と黒子がやり合ってるときもあんなもんだよ」と笑われてしまった。

 その時は何も言い返せなかったのだが、自分はここまで黒子に過剰反応はしていないと、激昂した日向の様子を目の当たりにして、火神はうんうんと頷く。

「あー、日向。木吉。とりあえず時間も無いし、話を進めて良いか?」

 仲裁に入った伊月がいきりたつ日向の背中をまあまあと宥めるように叩き、困ったように木吉へ笑いかける。

 機嫌の悪い毛を逆立てた野良猫を宥める飼い主か、やんちゃ坊主の喧嘩を諫める保父のようだと、火神の目には見えた。

 今日の伊月はひたすら困り通しだと火神は、今日もキューティクルでサラサラヘアーな先輩に対し、お疲れ様っすと胸の内で心からの労りと賛辞を贈った。

 まとめ役の心労や如何に、としみじみ思う。

「とりあえず考えないといけないのは、まだ狂人が存在しているか。それから、狼が誰なのか。そして、降旗が襲われた理由だ。正直俺もまだ結構混乱してるから、意見がある人はどんどん言ってくれ」

「考えか。さしあたって降旗が襲われた理由だけど、そりゃ降旗が本物だからなんじゃないのか? 狼達からは本物がどっちか判ってたんだし」

「だよな。仲間を喰って本物残すってことはないよなー。日向が偽者なんじゃないの?」

 土田と小金井の会話を聞いて、黒子がゆっくり首を横に振った。

「普通に考えれば、お二人の意見になると思います。ただ、実際はわかりません。可能性は低いですが、勘と腕が良いと狼側に思われた狩人が、本物の占い師はすでに見破られていて、どちらの本物に護衛がついてるか判らないから、今日の処は臨時措置として喰うのに安全な仲間をお弁当にしたのかもしれません。狼側にとって怖いのは、処刑もそうですが、狩人の護衛成功のはずです」

 脳内が推理モードなのか、淡々と語る黒子の横顔を見ながら、火神は発言に若干の違和感を感じていた。

 先程はするりと納得がいったはずの黒子が語った内容は、今度は何故かちくりと火神の胸に小さな棘となって刺さった。

(……それ、本当にそうか? いや、まだ狩人が健在なら考え方としちゃ間違っては居ない……のか)

 黒子の発言が意外だったのは小金井も同じだったようで、感心したように腕を組んだ。

「ほへー、そういう風にも考えられるか」

「ええ。狩人の勘が良かったら怖いでしょうから」

「まあそーだよなっ」

 うんうんと小金井が笑顔で首を縦に振った。

「それに、対抗して出ている方をあえて襲撃することで、日向先輩の占い師としての信用を落とすことにもなります。実際に、土田先輩と小金井先輩は日向先輩を偽者だと思ったわけですし。――あくまで、一つの説ですから、日向先輩が狂人という可能性は勿論捨ててませんけど」

 日向が偽ではないかと最初に訴えた土田も「確かにその可能性は捨てちゃダメだな」と納得したように頷く。

 自分には到底出来なさそうな論理展開に、火神は内心舌を巻いた。

(コイツの考え方って全方向から見てるよなあ。視野が広いっつーか。ま、そーでなきゃパス回しなんて出来ないだろうけど)

 占いの真偽をきっぱり決めつけるのは難しい。

 本物は喰われると頭から思い込んでいた火神からすれば、状況から判断して日向を偽と決め打っても良いと思っていたのだが、黒子の言うことも一理ある。

 ならば自分の勘は何を告げているかというと、どうしても木吉への違和感が拭えないままなのだ。

 先程黒子に感じた違和感はあくまで発言内容からであって、それを言ってしまえば初日から意見が分かれたり同調したりしているので、勘というには違う――気がする。

 だが木吉に対しての感覚は何か、理由の明確で無いもの。しいて表現するならば、透明な真綿で包まれ温かいにもかかわらず、正体の見えないまま生殺与奪を握られているような感覚なのだ。

 味方であったならこれほど頼りになる人物はいないと思っているが、いざ敵だったらと思うとこれほど脅威な人間はいない。

 これまでの発言内容はすっとぼけたものばかりだし、助け船を出して貰ったことはあるものの、勘と感覚でしか物を言っていないのに、三回のフェーズを経てなお何故こんなに木吉が気になるのか、火神自身にも判らなかった。

(木吉センパイを他に疑ってた人は……えっと、確か俺メモったよなあ、処刑希望相手。二日目に水戸部センパイが挙げてるだけで、他はいないと。三日目は……あーそっか、降旗の占い先に指定されたから処刑希望に挙がってないのか)

 そこで火神は首を傾げる。

(ん? 木吉センパイが降旗の占い先になった日に、降旗が襲撃された意味って、なんかあんのか?)

 ううーんと火神が獣のような唸り声をあげたそのとき、伊月が口を開いた。

「占いの真偽は、黒子が言うようにどちらも可能性があり得ると思う。ただ俺が考えたのは、狼陣営は木吉の結果を出されると困ったのかなってことだ」

 まさに今同じ事を考えていた火神はがばっと顔を上げ、伊月の真剣な表情を真っ直ぐに見た。

 少々大袈裟な反応だったかと自分でも思う。実際、こちらを見た伊月が「どうした火神」と首を傾げているし、皆も怪訝な顔をしていた。

 照れを隠すように頭を掻いてから、火神は「や、何でも無いんで続けて下さい」と伊月に手を差し出して先を促す。

「先ず、両者の真偽から推測してみるけど、占い師を名乗っていた降旗が襲撃された。これだけ見れば、本物は降旗のように感じるよな。降旗が真占と仮定すると、降旗が占って人間と出た日向は狂人。つまり、村にまだ狂人は存在していることになる。そして日向が人間だと判定し、降旗が占うはずだった木吉の結果がでない。つまり、木吉への疑いが深くなる」

 うんうん、と一同が話しについて来ているのを確認した伊月が、更に話を続ける。

 火神はというと実は少々混乱気味だったが、丁度その可能性を考えていたお陰でなんとか話しについていけていた。

「次に、日向が真占と仮定してだ。狼が仲間である降旗を喰うメリットは、日向の信用を落とすことと――同時に、木吉の信用を落とすこと。そしてここで俺達が人間である木吉を吊ってしまうと、狂人が居ない分まだ吊り手に余裕はあるが、残りから狼を探すのは非常に困難になる」

「なー伊月。なんで木吉の信用も落ちんの? 日向だけじゃないの?」

「それはコガ、日向が占った結果、木吉が人間と言われてるからさ。日向が木吉を占ったときは別に木吉を占えって指定されてたわけじゃないから、単にスケープゴートにされてる可能性もあるけどな」

「あ、なーる」

「これは日向が狂人で、今日の吊りを日向にした場合に起こる事態なんだけど、明日が狼二匹が残った状態で残り五人になる。明日俺が食われていなければ、四人の中から二人をヒットさせる、つまり可能性は二分の一。俺が食われてたら五分の二。状況は厳しいまま明日に繋がる」

 ふうっと息を吐いた伊月のサラサラな前髪の裏に、薄ら汗が滲んでいるのが見える。

「どっちの可能性もある。でも出来るだけ今日のうちに狼を吊らないとヤバいのはわかるよな。そこで、皆の意見を聞きたい。占いの真偽を含めて、今日の処刑を誰にしたいと思ってるか」

 一瞬押し黙った皆の口が、何を言おうか迷うようにもごもごと動く――が、そのどれもが声にならない。

 この状況でヘタな発言をすれば疑いを持たれ、自分が処刑される側になるのは明白だ。

 かといって意見を何も言わないのも良くないと火神は必死に考える。特筆して意見があるように見えないと言われて降旗と小金井から処刑票を貰ったのはついさっきのことなのだ。

 迷う雰囲気の中、先陣を切ったのは木吉だった。

「俺は難しい立場だけど、やっぱ人間判定をくれた占い師は信じたいなあ。ってことで、日向はとっといて他から狼探したい」

「僕も今のところは木吉先輩と同意見です。安全策は日向先輩を処刑することですが、あくまで今日一日村の寿命が伸びるだけですし。ただ、だからといって安直に木吉先輩を処刑というのもどうかなと迷ってます。木吉先輩はスケープゴートにされてる可能性が高いですし」 

「俺は、うーん。やっぱり本物が喰われたって可能性を信じる。だから今日は木吉かな、悪いけど。霊結果も出るんだから、木吉の結果を見れば日向が本物かどうか判る」

「えー。でもツッチー。木吉が人間だったら負けちゃうんだぜ?」

「そりゃそうだけど。でもコガ、日向以外の人間を処刑しても同じじゃないか? なら俺としては、今のところ一番怪しく見える木吉になるなあ」

「むー」

「俺は木吉を除いてくれるならとりあえずはってとこだ。占い師の俺から見て、確実に人間なわけだし。かといって狼の見当がついてるかっちゃ、ついてねーんだけど」

「ま、日向の立場からしたらそうなるよな。で、火神は? ずっと黙ってるけど」

「あ、俺っすか……そうすね。ぶっちゃけ言えば、根拠は特にないんであんま言ってなかったんですけど、最初っからどーも木吉センパイに違和感があって。助け船とか出して貰ったし、疑いたくないんすけど。自分の勘に従うなら木吉センパイっす」

「そういえば火神、二日目の占い先希望に木吉を挙げたときも勘って言ってたな」

 処刑先と占い先希望をメモ取った紙を眺めながら言う伊月に、火神はこくんと頷く。

「あとやっぱ、今日降旗が何で喰われたのかなって思うと、木吉センパイの占い結果、降旗に見られたくなかったんじゃねーかなって。木吉センパイが狼ってんなら、納得なんです」

「成る程、皆の意見はよく判ったけど、結構意見割れてるな。このままじゃ埒があかない」

 腕を組んで瞳を伏せ、しばし思案に耽った伊月が、不意にゆっくりとまぶたを持ち上げた。

 その双眸はイーグルアイが発動しているのかと思うくらい強い意思の光が感じられ、衆目を否応なしに集める。

 自然と口内の唾液を飲み込んだ火神は、ごくりと喉を鳴動させた。

「……皆。この場は俺に預けてくれないか? ――今日の処刑は、木吉にしたい」

 驚きに目を見開いたのが小金井。一瞬理解が遅れた後に、ぽかんと口を開いた土田に、黒子が隣で息を呑む音が聞こえた。

 眉根をひそめた日向が静かに伊月へ視線を送り、火神も驚愕に口をパクパクさせた。

 たまげたのはドロップアウト組も同じようで、一年生トリオが小声で「マジか」と囁き合っているのが聞こえるし、水戸部は静かに伊月を見つめているが目をパチパチさせているし、ふと顔を上げるとゲームマスターであるリコですら目を丸くしている。

 まとめ役である伊月の発言に一同が言葉を失う中、くくっと笑みが漏れたのが聞こえ――誰の声音だったのかと視線で探すと、その主はやはり木吉からだった。

 一人目を細めて優しい表情をしている木吉が、笑みを浮かべたまま伊月に向いた。

「独断でそれはないなあ伊月。自己弁護は見苦しいし信憑性が薄いけど、負けたくないから言わせて貰う。俺を吊ったら、村が終わるよ?」

 緩やかな川の流れのように穏やかで、けれど力強さを感じる木吉の言葉に、伊月が反論も無く押し黙っている。

 傍で聞いている火神も、内心で一旦は伊月の決定に賛同したはずなのに、ついそれを撤回したくなってしまう。

 俺を吊ったら村が終わる――それは何の根拠もないたった一言なのに、無条件に心へ入ってくるのは木吉という男の人徳なのだろうか。

 違和感を覚えている相手であり、本能のどこかが危険信号を鳴らしているのに、こうして柔和そのものな木吉の言葉を聞くとやはり――根拠を挙げられていないのも手伝って、木吉が狼というのは自分の気のせいなのではという気がしてくるのだ。

(村が終わるって言われっと、なあ)

 それはとりもなおさず、自分達村人側が負けると言うことだ。

 負けたくない。ドロップアウト組をもう一度見ると、自分が投票してしまった福田と川原の姿。襲撃に遭ってしまった水戸部と降旗の姿。

 もしかしたら降旗は味方ではないかもしれないが、やはり彼らの仇を取って無事勝ってゲームを終えたいと思う。

 そんな思いもあってか、木吉の「村が終わる」という言葉は、まとめ役である伊月が決断したならそれもありかと思っていたはずの火神の心を、かなり揺さぶった。

「伊月。本当に俺が本物じゃないと思ってるのか。俺が信用できないか?」

 畳みかけるように静かな口調で語る日向に、伊月が一瞬揺らいで負けそうに見えた――が、深呼吸を一つした後に伊月が見せた瞳にはある種の決意が宿っていると火神は感じた。

「――日向。それに木吉。この場面で情に訴えてくるのは、俺にとって疑い要素になるよ。身の潔白を訴えたいなら、なにがしかの根拠をもって俺を説得してみせてくれ。この時間内に、二人が俺に信じさせてくれるだけの発言を見せてくれたなら、決定を覆すかもしれない」

 かっけえ、と素直に火神は感動した。

(この人、決断力と胆力あるんだな)

 率直に言って、伊月の判断は賭だ。

 普段の伊月は慎重を期する性格だと火神は感じている。それが多数決ではなく独断で決定を希望するなど、かなり思い切った発言だった。

 更には苦渋に違いない決断を揺さぶられるような発言を二人からされて、けれど流されずに踏ん張って、説得して見せてくれと言い切ったのだ。

 直接言われたわけでは無い火神でさえ、木吉と日向の言葉は聞いていてつい流されかけたのに、だ。

 それをはね除けて見せた発言は常日頃の伊月を思うとかなり意外であったが、そのぶん衝撃を受けるくらいに格好良かった。

「なら、逆に聞かせて貰おうかな。伊月、俺の処刑を決定づけた要素はなんだ?」

「一番は襲撃されずに残った日向からの白判定だよ、木吉。そして今日、降旗から占い結果が出るはずだったけれど、襲撃により結果が出なかった。片側占いしかされていないスケープゴートにされている可能性も、勿論考えてる。だけど――今日降旗が襲撃されたのは、お前の占い結果を出されたくなかったからだと思ってるよ」

「俺自身の問題じゃなく、状況判断か。それは、俺にとって不可抗力だから反論も説得もしようが無いなあ。しいていうなら、日向に『何で俺を占ったんだ!』っていうくらいしかない」

「……そこに関しては、悪いと思ってるよ。だから木吉がスケープゴートの可能性も捨ててないって言ってるんだ」

 弱ったような伊月の口調が尻すぼみになるのは、どちらの可能性もあると理解しているからこそだろう。

「つまり降旗との信用勝負は俺の負け、ってことか」

 それは少し違う、と伊月が日向を振り返り、緩慢に首を横に振る。

「正確には、状況が俺にそう思わせただけだよ日向。俺の目から見て降旗の印象は、発言は皆の為になってたけど、それはあくまでこの場唯一の経験者として発した助言であって、内容は狼陣営と仮定しても違和感ない。特に、役職のフルオープンを望むのは、襲撃しやすくなるということでもあるだろ。狼陣営なら、発言を疑われて吊られたとしても、狂人だから実害は少ない」

「なら俺は?」

「俺から見た日向個人の印象としては、目立たないようにしていたのは襲撃されないように上手く隠れていたとも思える。役職もフルオープンは反対してたし、おかしな動きは見えないよ。ただ、これまでの状況を整理して、結果的に日向へ疑いの天秤が傾いたっていうだけだ」

「そこまで考えてても変わらないってわけか。そりゃ、説得しろってのが無理だ、伊月。つーか、人間判定を出した相手を処刑されて勝負に負けるって、占い師としては立つ瀬ねえな」

「……そう言われると辛いな。……こんな賭け、正直言って心臓に悪い。たかがゲームって言ってしまえばおしまいだけど、人狼って思いの外、神経摩耗するよ。顔が見えるから余計かもしれないけど、人を疑うのがこんなに大変だとは思わなかった。おまけに俺の判断一つで勝敗が決まるなんて、な。次のゲームがあるとしたら、まとめ役は引き受けたくないって切実に思う」

 項垂れて弱音を吐いた伊月を見ていると、確かにまとめ役の苦悩は計り知れないと火神は思う。

 自分達は意見を出しているだけだが、最終的な決断を委ねている分、プレッシャーがそこまで酷くない。

 なんとなく場の流れで進行役を請け負い、そのまま霊能者の役職確定でまとめ役になった伊月が途中で見せた弱気に対し、火神は「センパイなら出来る」と激励を贈ったが、あれはかえって彼を追い詰めてしまっていなかっただろうか。

 皆も同様の事を思ったらしく、労るような視線が伊月に集まる中、はあっとわざとらしいため息を吐いた日向が、項垂れて猫のように丸まった伊月の背中をばしっと叩いた。

 反動で背筋をピッと伸ばした伊月がぎょっとして日向を見返している。

「ダァホ。ンなの、お前いつもやってるこったろーが。何今更言ってんだよ」

「……は?」

「試合中、いくらでもそんな判断してきたろーが。チームオフェンスの要なポイントガードにそんな弱気でいられちゃ、こっちが困るっつの。良いから自分の判断に自信持てよ、司令塔。――ああー、まあ今回のゲームに関しては、俺の立場からしたら自信持たれても困るんだけどな」

「どっちだよ、日向」

 緊張の糸が張られていたような空気から一転、笑い合った二人の空気がほんわかと和んだ。

 最近は日向と木吉が良く一緒に居る場面を見たが、やはり日向と伊月も通じ合うものがあるんだと、こんな時には再実感する。

 良い雰囲気のところすみません、と横から口を挟んだのは黒子だった。

「僕は木吉先輩の処刑に――伊月先輩の決定を支持します。先程は木吉先輩に賛同しましたけど、この場面で情に訴える形の吊り回避は、狼側の悪あがきに見えますから」

「キツイなあ黒子。俺、そんなに悪あがきに見えるか?」

「はい、すみませんが見えてしまいます」

 口では謝りつつも遠慮無く言った黒子に、木吉がはっはっはと豪快に笑い、「見えるんなら、しょーがないな」とお手上げのポーズを作った。

「んー……俺はなんか、木吉と日向の話聞いてると二人の言うことが正しい気がしてくるからこれでいーのかなって思うけど……伊月が決めるんなら従う」

「俺もちょっと自信ないけど、伊月の案に一票投じるよ」

 いくばくか迷っているようなそぶりの小金井と土田が、それでも伊月の案へ賛成の手を挙げる。

 また最後になってしまったことに多少慌てつつ、火神も「伊月センパイの考えに賛成っす」と声をあげた。

「ありがとう、皆。これで負けたらごめんな」

「それで、あと一分だけどどうする? 賛成五票だから過半数として、このまま決定でいいのかしら?」

 リコが時を刻み続けるストップウォッチを見ながら意見を求めてきた。

 残り時間の宣言が随分遅いとは思ったが、おそらくここまで話の流れを途絶えさせないようという配慮だったのだろう。

 ちらりと木吉、日向を見たリコが伊月に視線を戻す。

「ああ。決定で頼むよ」

「判ったわ。なら、今日の処刑は鉄平に決定。鉄平、何か遺言はある?」

「遺言っても、ゲーム終わっちゃうしなあ。皆お疲れ様、ってくらいじゃないか」

「さーて、んじゃ終わっちまうなら占い先の希望は聞かなくていいな」

 ううーんと日向が両腕を伸ばしてふわあと欠伸をひとつして、にこにこ笑っている木吉はいつもと全く変わりなく、二人を見ているとやはり日向が偽者には見えないし、木吉も狼には見えなかった。

(これで二人とも狼と狂人でしたっつったら、相当なタヌキだよな)

 食わせ者で案外演技達者な先輩達であって欲しいと、火神は心から願ってしまう。

 敵を討ってやると決意した筈なのに。

 福田を処刑に導いてしまったのはほんの十数分前なのに、同じ過ちを繰り返してしまうのだろうか。

 そう思うと火神の胸にいいようのないやるせなさが胸にこみ上げてくる。

 だが今更決定を覆すことなど、出来るわけもないし、なら誰を代わりに処刑するかと問われたところで何も答えられないのだ。

「黒子」

「なんですか、火神君」

「このまま負けちまったら悪い」

「珍しく弱気ですね。まだ終わらないかもしれないんですよ?」

「……そう、だけどさ」

「大丈夫です。火神君は頑張りましたよ」

「負けちまうかもしれないのにか」

「勝敗は関係ないですよ。そりゃ、勝てたらそれに越したことはありませんけど、結構頑張ってるじゃないですか。思ってた以上に奮戦してますよ。これなら、彼らのところに君を連れて行っても恥ずかしくないです」

「…………」

「どうしたんですか、きょとんとして」

「いや…………そういや、そういう話だったよな」

「まさか忘れてたんですか、本来の目的」

「あー、その…………ゲームのこと考えすぎてだな」

「前言撤回です。火神君、もうちょっとその視野狭窄を何とかしましょう」

「しやきょう? なんだそれ」

「……もう良いです」

 はあっと呆れたようにため息を吐いた黒子が、直後に響いたリコの「それじゃ全員目を瞑ってー!」という声に目を閉じてしまう。

 リコに「ほらバ火神! さっさと目閉じる!」と言われ、慌てて火神が目を閉じるその直前、黒子の口元に笑みが見えたのは、気のせいでは無いはずだ。

 結局何も出来なかったのではという氷塊のような感情がごろりと転がっていた火神の胸中は、黒子と少し言葉を交わしただけで温度が上昇し、冷たく重い氷塊が溶けていくような気がした。

 バスケをしていてこんな思いはしたことがない。かつて青峰と試合をして負けたときは悔しかったし自分の無力感に苛まれたりもしたが、もがくこともあがくことも忘れなかった。

 何かが出来るはずと信じて、時には足への負担を押してまで、後悔の無いよう、常に全力で挑んでいくからだ。

 けれどこと頭を使うこのゲームにおいて、何が出来たのかと自ら証明できるものも、自信も無かった。

 これで自分の陣営が負けたら――そんな不安を払拭し、自分にも何かできていたのだと、そう言って貰いたかったのだ。

(ダッセェ、俺)

 時間ギリギリになって黒子へ話しかけた理由に今更気付いてしまった火神は、今の自分の顔を黒子に見られていなくて本当に良かったと心から安堵する。

(……どーなんだ、勝敗)

 これでゲームが終わるならば、リコから何かしら宣言があるだろう。

 もしも続くならば、これまでのように狼陣営から目を開けて、彼らの相談時間があるはずだ。

 けれど今回に限って一切の声は無く、先程からただ沈黙が続いている。

 いったいどんな結末が訪れるのか――おとなしく瞳を伏せながら火神は、ゲームマスターであるリコの声をただひたすら待っていた。

 

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「まさか降旗までこっち来ちゃうと思わなかったよ」

 緩く体育座りをしていた河原が二人を見て笑うと、「ホントホント」と肩をすくめた福田が調子を合わせるように視線を降旗に寄せた。

「俺と一緒にこっちくんのいったい誰だろーって思ってたら、まさかの降旗だし。これでドロップアウトエリアに一年ベンチ組が揃っちゃったな」

 目の前でぱしっとハイタッチをする姿が、水戸部の目から見てとても微笑ましく映る。

 誠凛バスケ部において味わうことの出来るこの疑似家族のような空気が水戸部は好きだった。

 試合中の一点を争う緊迫感や、今や得意の一つとなったフックシュートの決まる瞬間も勿論好きなのだが、こうして部員達が和気あいあいとしている普段の雰囲気も同じくらい居心地が良い。

 弟妹達が多く居る水戸部にとって、後輩部員が仲良くじゃれている姿を見るのは、ことのほか好きな光景だった。

 だがあまり騒ぎすぎると向こうに迷惑が掛かってしまう――そう思った水戸部は、降旗の肩をとんとんと軽く叩いてから真っ直ぐ立てた人差し指を自分の唇に添える。

 意図は無事三人に伝わったらしく、小声になった「すいません」の三重奏が申し訳なさげにそれぞれの口から零れた。

 以降、トーンダウンしての会話が続くのを、水戸部は温かな目で見守りながら耳をそばだてる。

「水戸部先輩は襲撃だから仕方ないとして、俺ら処刑って情けないよなー。しかも俺なんて初日だぜ初日。幾ら初心者とはいえ、もうちょっと粘りたかったよ」

「そう落ち込むなって河原。俺だって似たよーなもんなんだから」

 顔を見合わせ、はあっとダブルでため息を吐いた河原と福田は、未だゲームの渦中に居る皆を羨ましそうに見ている。

 ゲームの最中は脳がでんぐり返る勢いでフル回転し、こちらに来ることが決まったときにはいっそホッとした風な表情も見せたものだが、いざこちらのエリアで安穏としてしまうと、向こうの推理合戦に加われず傍観者で居るしかないというのが些かつまらないというのは、今の水戸部にも判る感情だ。

 ましてや今現在、議論は白熱の一途を辿っている。おそらく、ゲームとして熱くなるのも処刑者と襲撃者が出てからなのだろう。

 先陣を切ってその対象となってしまった身としては、もう少しあの輪の中に残っていたかったと思ってしまう。

「ま−、占い師ってのは表に出た時点で喰われる確率高いから、なんとなくここに来るだろーなって予想はしてたよ」

「え、マジ? じゃ降旗、お前やっぱ本物のうらな――あー悪い今の無し無し。無しな!」

 つい口を突いて出てしまった『真実を求める言葉』を途中で濁し、福田は口を押さえてぶんぶんと首を振る。

 ネタバレ禁止で答え合わせはゲーム終了時に皆でと言った口で、その問いを口にするのは憚られたのだろう。

 ――が。

 当の降旗はというと、何でも無いような顔をして肩をすくめた。

「いいよ福田、別に聞いても。俺が本物の占い師だったのか聞きたいんだろ?」

「ええっ?」

「なっ……降旗お前さー。折角福田が我慢してんのに、それはちょっと意地が悪いぞ。俺ら、ネタバレは最後って言ったの聞いてただろ?」

 おろおろする福田に、むうっと唇を突き出した河原がジト目で降旗を恨みがましく眺める。

 知りたいのは自分も同じで我慢をしてるのに――と、河原のあれはそんな文句がいっぱいこめられた視線だ。

 悪い悪い、と降旗が宥めるように、まだ唇を尖らせている河原の肩を叩く。

「だって聞かれても何も困ることないんだって。俺はただこのゲームが終わるまで、『俺が本物だよ』って言い続けるだけだし」

「へ?」

「ん?」

 同時に首を傾げた福田と河原に、降旗が「だからさ」と悪戯っぽく笑った。

「もし俺が狂人だったとしても、本当の占い師だったとしても、ネタばらしをしないならここで言うことは同じなんだよ。『俺が本物だ』ってね」

 帰国子女で発音が抜群に良い火神と違って、降旗が見事なジャパニーズイングリッシュで「あーゆーおーらい?」と茶化すように笑う。

 大人しく真面目な印象が強かった降旗だが、案外茶目っ気があるんだなと水戸部は新たな発見をした気がする。そういえばさっき火神と話しているときも、そんな感じだった。

 まだ首を傾げたままの河原に対し、理由を気付いた福田が「あ、そーか」と閃きの良い表情でパチンと指を鳴らし、小気味よい音を立てた。

 思いの外響いたそれは一瞬ゲーム中の皆の視線をひいてしまったが、慌てた河原が即座に「すんません何でもないっす!」と言ったのが良かったのか、事なきを得たようだ。

 ちらりとこちらを睨んだカントクに自分が微笑みかけると、しょーがないわね、という苦笑がアイコンタクトと共にかえってきた。

 これで一年生があとでカントクから注意を受ける確率は低くなっただろう。

 機転を利かせた河原に、福田が「ワリ、助かった」と手を合わせている。良いコンビネーションじゃないか、と水戸部の胸中がほっこり温まった。

「で、福田は俺の言いたいこと判ったんだろ?」

「おう。つまりここにいる降旗が狂人だったとしても、ネタばらし無しな以上はゲームが終わるまで真占を主張する。本物でも勿論真占を主張する。だから、真偽どっちだろうと、降旗の発言は『俺が本物だ』で変わらない――ってことであってる? 降旗」

「福田、ご名答。つーことで、俺は本物だよ」

「くーっ、見ろよ河原このドヤ顔! くっそう、推理で降旗が狂人か本物か当ててやりてーと思わねーか!」

「その気持ちは判るけどなー。俺もうパンク寸前で状況整理おっついてないんだこれが。つーことで福田に任せて良い?」

「おいおい河原、諦めんの早いって。とりあえずさ、お前狼が誰だと思ってる? あ、降旗は答えなくて良いぜ」

「ちょっ、なにそれ! 俺も仲間に入れてよ推理!」

「だってお前が狂人だったら、仲間知ってんじゃん」

 二人だけで推理を始めようとした福田に降旗が抗議の声を上げたが、それは福田によってあっさりと却下された。

「その辺ちゃんと気をつけながら話すから、俺だけ除け者とか寂しいから交ぜてくれってば」

 まあ、確かに狂人なら答えを知っているわけで、推理には参加させられないという福田の言も判らなくはない。

 だが降旗が本物の可能性だってあるのだから推理に参加しても良いんじゃと思うが、実際のところ降旗と日向、どちらが真で偽かは水戸部にも見当がついていなかったりする。

「ジョーダンだって、降旗」

「そうそう、一緒に推理しよーぜ。でもネタバレはマジ禁止な」

 両側から福田と河原に挟まれるような格好になった降旗が「ちょっと本気にしたんだからな!」と拗ねたように口を曲げた。

「で、本題だけどさ。狼、マジで誰だと思う? あの中で二人残ってるんだろ? 俺、狩人なら見当ついてるんだけどさー狼はマジで判らない」

「狩人だけでも判ってるなら凄いって! 教えて河原!」

「俺も知りたい!」

 興奮気味に福田が瞳を光らせ、同じように興味津々な降旗が河原に注目し、二人分の視線を集めた河原の指がゆっくりと――自分を指した。

「…………?」

 どうみてもこちらを向いている河原の指先を、水戸部はじっと見つめてしまう。

 自分の視線にハッと気付いた河原が「すみません」と頭を下げる。

 何に謝られたのか一瞬判らず目をぱちくりさせるが、「指をさして」と補足のように付け加えられて合点がいった。

 確かに人を指さすのは礼節上マナー違反だが、そんなこと気にしなくて良いのにと、水戸部は河原の頭をくしゃりと撫でる。スポーツマンらしく短く刈り上げられた髪が掌にくすぐったい。

「俺、水戸部先輩だと思うんだよなー狩人。狼もそれ勘づいて最初に喰ったのかなって。ほら、小金井先輩と狩人の話してたし」

「あー、そういえば」

 ぽんっと納得したように福田が掌へ拳を載せる。

 成る程なあ、と何やら考えて頷く降旗がうんうんと唸っていて、おそらく更なる推理を脳内で展開させているのだろう。

 そそっと降旗に寄った河原が、肘で降旗を軽く突く。

「なになに、降旗なんか判ったの? やっぱお前も水戸部先輩が狩人だと思う?」

「うーん。水戸部先輩って言いたいとこだけど、残念ながら俺的には違うんだよなー。一応、この人じゃないかって予想はあるんだけど、自信ないんだよな」

「んだよー、いいじゃん間違ってても。教えろよー」

「教えろよー」

 合わせたわけではないのだろうが、自然と二人の声が綺麗にハモる。

 ハッと気付いた河原が顔を上げた。

「なあなあ。もしかしてまだ狩人残ってるとか!」

「うん。俺の予想としては、まだ残ってる気がすんだよねー」

「ええええっ、まじか。じゃ狩人を気にしてたもう一人……小金井先輩とか」

 身を乗り出してぐっと拳を握りしめた河原に、横から福田が口を挟む。

「えーでもさ、狩人のことを話題にしてるってのは逆に狩人じゃ無いって可能性もあんじゃね? だから俺としては、火神あたり怪しいと思うんだけど」

「福田は何で火神が狩人って思ったんだ?」

 出てきた名前が意外だったのか、きょとんとして降旗が首を傾げた。

「いやー、役職フルオープン派だったじゃんあいつ。さっさと出てきて貰って、護る人間確定させたいのかなって」

 やいのやいのあーでもないこーでもないと推理を始めた三人のほのぼのとした空気に、思わずくすりと口元に笑みを零してしまう。

 可愛いなあ、と三人の遣り取りを見守るように見ている水戸部だが、ゲームの真相に関して言えば、内心は河原や福田と同様だ。

 いったい誰が狼だったのか、そして降旗の正体は果たして本物の占い師なのか狂人役だったのか、それは気になる。

 そう言えば何故自分が襲撃されたのだろう。河原の言う通り、『自分を狩人だと判断した』のだろうか。

 早々に襲撃されてしまい、ゲームからはドロップアウトしてしまったが、参加者で有りながら観戦者という立場な此処のエリアでも楽しめるというのは、人狼というゲームの面白いところであり奥深さなのかもしれない、と水戸部は思う。

 自陣営を応援したり、推理に頭を悩ませたり。気楽なのだけど物足りない、不思議な気分だ。

 とりあえず、今この場で三人に正解を――自分の正体を明かす気は欠片もないが、狼陣営が何を考えて自分を襲撃したのか、その理由を答え合わせの時にでも聞いてみたい。

 もうまもなく終わるかもしれないゲームの行方を見守りつつ、水戸部は未だ議論を続けている一年生三人組を眺めながら微笑んだ。

 

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「さー、全員目を開けて良いわよ!」

 囁きのような物が聞こえていた気がしないでもない、ほぼ無音の暗闇から突如引き戻された火神は、今までで一番長かった気のする切り替え時間から戻るべく目を開けた。

 若干眩しさに目が眩むものの、二、三まばたきをすればすぐに慣れる。

(……つーか……ゲーム終わりじゃねえの? 続行?)

 これまであった筈のリコからの声が無かったのでてっきりゲーム終了――つまりは狼陣営の勝ちで幕が閉じたのだとばかり思っていた。

 ゲームマスターであるリコから終了が宣言されていないということは終わっていないのだろう。

 負け戦で無くなったのは嬉しいのだが、いったい誰が襲撃に遭ってしまったのか。

 ふと円座を囲む面子をぐるりと見渡すと、お約束のように二名欠けて、残り五人になっていた。一人は処刑の決まった木吉。そしてもう一人は――。

(はああああああああああああっ?!)

 勢いのままに大声を出さなかった自分を心から褒めてやりたい。

 ぶん、と音が出る勢いで首を回した火神がドロップアウトエリアを見遣ったそこには、既知の四人である一年ベンチ組と水戸部に加え、笑顔を崩さずにこにこ顔の木吉と――先程までこの場をまとめてくれていたはずの伊月が、苦笑いを浮かべて座っていた。

 つまりこの場で最も信頼に足る真霊が欠けてしまったのである。

(え。え、ちょっと待て。狩人って伊月センパイ護ってたんじゃねえの? まさかもういねえの? ……それとも他を護ってたとか……いやいやいや、ありえねえだろ誰を護るってんだよこの場面で。占い師かもしれない日向センパイ? それはねーよ、本物が確定してる伊月センパイに対して日向センパイはまだ本物か確定してないんだぜ。っつーことはやっぱ狩人はもういなくって、あっちの誰かってことか。って、決めつけんのはまだ早いか?)

 混乱の極地とはまさにこのことを言うのかもしれない。

 降旗が襲撃に遭ったさっきよりも状況の把握が追いつかない火神は、ぐあーと叫びながら頭をがしがしと掻いた。

 考えすぎて頭から湯気が出て、知恵熱が出てきそうだ。

「というわけで、今回襲撃されたのは伊月君よ。ゲームは未だ続行」

「なーカントク。なんでさっきの相談時間は無言だったんだ?」

 疑問に思ったらしい日向がリコに問いを投げる。

「声をかけなかった理由? 深い意味は無いわよ。ただなんか皆、ゲームが終了しちゃうかドキドキしてるみたいだったから、教えないほうが目を開けたときの反応が楽しいかと思ってね。すぐに相談時間の声出したら、村の存続が判っちゃうでしょ?」

 ルン、と擬音が鳴りそうなくらい楽しげなリコの言葉も耳は入ってくるのだが、火神の脳内はそれどころではない。

 それほどに、伊月の襲撃が衝撃だったのだ。

「さて、今回の現状把握は……そうね、自分達でした方が面白そうよね。じゃーこのまま五日目行くわよ。はじめっ」

 ピッと軽快な笛の音が五日目を知らせるが、場に残された五人の誰も言葉を発さない。

 火神自身も黙っていて良いとは決して思わないし、十分しか無いのだから時間を無為にしてはダメだと思うのに、上手いこと会話を始められないのだ。

 これまで伊月が先陣を切って議題を出し、まとめてくれていたありがたさを今更ながら実感する。

(あー、クソッ。狼の奴ら、何でまとめ役の伊月センパイを喰っちまうんだよ! 議論が始まんねーじゃんか)

 流石にこれは八つ当たりだと判っているので、火神は表に出さずに心の中で叫ぶ。

 狼陣営が誰を襲おうと自由なのだ。それくらいは判っている、つもりだ。

 だがこうも沈黙が続くと苛々してしまうのもまた確かで、ふとドロップアウトエリアを見るとにこにこしている木吉の隣で伊月が心配そうにこちらを見ていた。

 退場した相手にゲームの場を心配されているようでは、仇も討てないと火神はぐっと拳を握りしめる。

(ダメだダメだダメだ、サクッと切り替えていかねーと。伊月センパイがやられたのは残念すぎるけど、ゲームが続いてるってのは良いことなんだから)

 ゲームが続いている、イコールまだ自分達に勝ち目があるのだということを改めて確認した火神はふと、腕を組んだままだんまりを決め込んでいる人物へと視線を寄せた。

 同じだんまりでも、何を言えば良いのか迷っている風な自分達とは明らかに異なる、『何も言う気が無い』という雰囲気を醸し出しているのは、もう一人の占い候補である日向だった。

 思わずじっと見つめていると、自分の視線に気付いた日向にふいっと目を反らされる。

 何だよ、と火神は敬語を忘れた文句を口にしそうになったが、それより先に土田が口を開いた。

「とりあえず、日向。お前が狂人ってことであってるよな」

「俺は占い師だぜ?」

 問いかけと言うよりも確認するような土田の口調に、肩をすくめた日向がニッと笑って答えるが、土田は「違うだろ」とゆっくりと首を振った。

「決めつけてっけど、証明できるのか? 土田」

「勿論出来るさ。伊月がもう居ないから木吉の結果は確かめようが無いけど、こうして村が続いているって事が、木吉が狼であり、ここに狼はもう一人しか居ないって証明になる」

「…………」

「あ、成る程。そうでしたね」

 ぽんっと手を叩き、どうして気付かなかったんでしょうと言わんばかりの得心顔な黒子とは対照的に、火神は顔にクエスチョンマークを張り付けて首を傾げた。

「土田センパイ、どういうことっすか」

「俺もわかんね。教えてツッチー!」

「んーとな火神。小金井。それに黒子は判ってるみたいだけど聞いてくれ。先ず前提に、狼の人数が村人と同等もしくはそれ以上になったとき、村は負ける。そしてこのC国ルールでは狂人は人間としてカウントされない。五人残されているこの状況で、日向が狂人と仮定したなら、狼が未だ二人残っていないとゲームは終わっていることになるんだ」

 うんうん、と火神と小金井が同時に頷く。

「もし日向が本物の占い師ならば、人間と判定の出た木吉が処刑された時点で、狼は一人も犠牲になっていないはずなんだ。何故なら、それまでに処刑された人達は伊月が人間だったと判定しているからね。つまり木吉が狼だったからこそ、村はこうして続いている。その木吉に人間だと判定を出した日向は、狼側だ」

 きっぱり言い切った土田の瞳は真っ直ぐ日向を射貫いていた。

 ダジャレ好きな伊月にクラッチタイムの日向、笑顔の変人と名高い木吉など、色々あくの強い個性豊か過ぎる面々が集まった先輩方の中で、緩衝材のような物腰の柔らかさで優しい笑みを常に忘れない印象だった土田が、こうも強い語調で話すのを初めて聞いた気がする。

 いや、テスト前の強化合宿でも土田は結構スパルタだった気がする。その時に見せた厳しさを含んだ真面目な顔も今とさして変わらなかったかもしれないと思い直す火神である。

「あー……気付くとしたらお前か黒子だと思ってたけど、やっぱりだったな。そこまで理路整然と説明されちゃ、なんも反論出来ねえわ。でも土田。俺が狼側だって断定するとしても、狂人じゃなく狼だって可能性もあるの忘れてないか? だとしたら、俺を狂人だと思い込んで放っておくのは危険だぜ」

 まるで狼カミングアウトと自吊りを推奨するような日向の発言に火神はぎょっとする。

 けれど真面目な表情を浮かべた土田が、やはりゆっくりと首を振った。

「それもない。降旗が本物の占い師なら、あいつが既に占った結果、日向が人間だって出てる」

「チッ、覚えてたか。村の吊り手消費させてやろうと思ったのに」

「そりゃ。ちゃんとメモ取っておいたからさ」

「お前ってそーいう地道な作業得意だったな、そういえば」

 悔しそうに舌打つ日向に向かい、ニコッと目を細めてようやくいつもの笑みに戻った土田が満足そうに頷いた。

 そして状況をかみ砕いて説明してくれたことに火神は心から感謝し、普段あまり目立たないように見えるが頭の回転が速いのだなと土田を見る目を改める。もっとも強化勉強会で頭が良いのは一応知っているつもりだったが。

「つーこって、完全にバレちまったからカミングアウトすっけど。土田が説明したとおり、俺が狂人だ。悪いなー騙してて」

 いつもの仕草でかしかしと頭を掻いている日向に悪びれた様子は全くない。ひょいっと肩をすくめた仕草からは、仕事をやりきったあとの安堵のような、けれど途中でばれてしまったことの悔しさのようなものが感じられた。

「日向が偽者だったのかー。俺すっかり騙された。さっきの時点で降旗と半々くらいだったからなあ」

「さーな。コガが本物だって思ってくれんなら本物かもしんねーよ?」

「え?」

 にやりと口角を持ち上げた日向に、動揺した小金井が穴蔵から顔を出した小動物のように首をきょろきょろさせた。

(なんつーか……野うさぎかプレーリードッグみてえ)

 春先にひょこっと地中から顔を覗かせる齧歯類を重ねてしまうが、流石に年長の相手に向かって言うことではないという弁えがあったので、火神は心の中だけで呟く。

「小金井先輩、誘導されないで下さい。土田先輩の言う通りであってます」

「だな。……あー、です。つーこって、日向センパイは狂人、人狼は残り一人ってワケっす」

 自分で発した言葉の意味を火神は噛みしめる。

 残ったのは自分を含めて四人。自分が人狼で無いのは自分がよく判っている。

 つまり小金井に黒子、土田の中に人狼が確実に潜んでいるということなのだ。

「でもって今日の処刑も、確実に狼やんねーといけねーってことか。いや……おい黒子、今日もし日向センパイ処刑したらどーなんだ?」

「狩人が既に居ないこと前提ですが、狂人がいなくなって人間が喰われてマイナス二。つまり、残った三人でガチバトルです」

「……それ、メチャクチャ頭痛くなりそーだなおい」

 二対一で信用勝負など、考えるだけで頭が痛い。

 というかその状況で上手く信用を勝ち取れるか自信などない。よしんば上手く処刑を免れたとしても、信用した相手は実は狼で、仲間である村人をむざむざ処刑したという結果が待っているかも知れないのだ。

 想像するだけで胃に穴が空きそうだった。

「ですね。出来れば今日のうちに決着をつけたいところです」

 力強く頷いた黒子がぐっと拳を握りしめた。

「先輩方はどうですか。今日の処刑、日向先輩を避ける方向で良いと思いますか?」

 ん、と顔を見合わせた二人が合意するように首肯し、それぞれ「いいよ」「俺もオッケー」と返答した。

「じゃ、今日はこの四人から決めましょう」

 いつの間にやら会話の主導権を握っている黒子がそう宣言する。

 当然といえば当然なのだが、すっかり議論から蚊帳の外になってしまった日向は苦笑いを浮かべながら自分達を見ていた。

 気にする必要など無いと言ってしまえばそれまでなのだが、何となく気になってしまい、火神がチラチラと日向へ視線をやると、しっしっとまるで追い払うような仕草をされる。

「俺のことはいーから、そっちに集中しろこのダアホ」

「す、スイマセン」

 何か間違った怒られ方のような気がしなくはないが、日向言うことはもっともであり火神の為を思っての言葉なのは理解出来たので、軽く日向へ頭を下げてから火神は考えに集中しようと腕を組んだ。

 ――が、横から再びぼそりと突っ込みが入る。

「どうせ、日向先輩が議論には入れないのが気まずい、とでも思ってたんですよね」

「どうせって言うな。つか何で判んだよ」

「さっきも言ったでしょう。火神君は判りやすいんです」

「……悪かったな、ポーかフェイスとか苦手なんだよ」

「ま、それが火神君の良さでもあるんですけどね」

 ふうっと呆れたように息を吐く黒子に「悪かったな」と悪態をつくと、くすりと小さく笑われてなんだか居心地が悪い。

「日向先輩に関しては、今は仕方ありません。狼陣営だということがはっきり判った以上、下手に情報を貰うのは混乱の元です。あくまで日向先輩が狂人だったという事実だけを元に、推理を組み立てていくべきだと僕は思います」

「判ってっけどよ」

「あーもー、黒子の言う通りなんだからこれ以上時間無駄にすんじゃねーよ。この後の練習三倍にされてーか、このバ火神が」

「へっ、あ、いやそれは」

 ヤバい目が笑ってねえクラッチタイム入ってやがる――。

 だらりと嫌な汗が背中を伝うが、火神はこのゲームの後しっかり練習もあるのかと内心ホッとしていた。

 ゲームに勝とうが負けようが、練習もトレーニングも無しで解散にでもなったら自主練に行こうと思っていたのである。

 一日体を動かさないままだと、それだけで鈍ってしまいそうな気がしていたのだ。

「判ったらその皺が少ない脳に学習って意味をぶっ込んで、さっさと議論始めやがれ」

「う、ウッス」

「日向先輩もああ言ってることですし、とりあえず頑張って議論してみましょう。なんとなく、でも何かしら疑問点があったら言うのが一番かもしれませんし」

「確かにな。そういう黒子は、何かあるのか?」

 土田の問いに、一瞬「んん……」と黒子が俯いて逡巡する。

「俺としては、確白の伊月襲撃が少し引っかかってるかな……どうしてなんだろうって。いや、伊月を襲撃することの得も判るんだけど、狼陣営は随分な賭けに出たものだよな。勝ったから良いようなものの、狩人が居るか判らない以上、危険な橋じゃないか」

「僕は妥当だと思いますけどね。昨日の時点で木吉先輩を外してたら村が終わってたんですし、木吉先輩の結果を僕達に見せたくないってのは理由になりません。ただ単に、皆から確実に人間だと判っている伊月先輩を襲撃して、狼か人間か判らない灰色状態の幅を狭めたくなかったんじゃないでしょうか」

 顎に拳を当て、考え込むような黒子の言葉にうーんと喉を鳴らしてから火神は曖昧に頷く。

 狼か人間か判らない、灰色の幅。確かにそこへ狼が潜伏しているならば、選択肢を狭めるのは悪手だろう。

 四分の一と三分の一。どちらが大きいかなど数学の苦手な火神ですら判る問題である。

(でも狩人が護ってたら、護衛成功が発生するんだよな。確か黒子が言ってたよなあ、狼側にとって護衛成功は怖い物だって。……ん?)

 そこでふと、火神はあることを思いつく。

(もし狩人が生きてて、護衛が成功してたらどうなってたんだ? ここに残ってる人間が一人増えて、えーっと六人ってことだろ? だから残りの吊り数は……)

 吊り手計算をしようとして頭がこんがらがった火神は、隣の黒子へ語りかけた。

「なあおい黒子。もし残り人数が六人の場合って、今日と状況同じだったのか」

「六人って、狼を一人処刑できて、狼と狂人が一人ずつ残っている状況の六人ですか?」

「おう」

「ええっと……進行が5>3の奇数から6>4>2の偶数になります。その場合、もし今日狼を吊れないで狂人が残っても、明日が必ず来ます」

「つーことは、狼にとって不利ってことだよな」

「はい。吊り手が増えるわけですから」

 多分、と付け加える黒子も若干自信がないらしい。経験者である降旗ならばこれで合っているかさくっと教えてくれるだろうが、残念ながら彼はドロップエリアに居る。

 ぐぬう、と火神は恨めしげにドロップエリアを一瞥してから思考にダイブした。

(つまり、相当な賭だったってのは確かなのか。もしくは狩人がもう居ないって確信があったか。すげーな狼)

 それを踏まえて、伊月襲撃の理由を考えるとやはり、護衛成功の危険性を真霊食いの美味さが上回ったということになる。

「これ、もしかしたら言っちゃ不味いかもしれないんすけど、いいっすか」

 視線を彷徨わせながら発言した火神に、四人が注目する。

 それぞれ頷いたり「どうぞ」と促されたりと同意を得られたのを確認してから火神は一つ呼吸をし、口を開いた。

「狩人って、本当にもういないんすかね」

「……いないから、伊月は襲撃されたんじゃ無いのか?」

 首を傾げた土田に、火神は頬を掻きながら答えた。

「俺実は、ぶっちゃけ小金井センパイが狩人だと思ってたんです」

「あ、僕もです」

「……お前もかよ、黒子」

「奇偶ですね。あ、続きどうぞ」

「あー……えっと、最初からずっと狩人がどーのって気にしてたじゃないすか」

「お、おう。だって大事な役職護って貰いたくて必死だったからなー」

「その気持ちは判るっす。でも、そう思わせることで狼らしさを消してたって風にも……思えるんすよね」

「えええっ?」

「や、跳び箱の隅を突くみたいで悪いんすけど」

「火神君、重箱です」

「うっせーよ! あー、えっと。土田センパイはどっちかっていうと無難であんま疑いようが無くって。黒子はとんがった意見が多くて、狼ならもっと隠れて大人しいんじゃねって思うんで、残ったこんなかで一番不可解かもって思うのが……小金井センパイでした」

「や、え、火神。俺、狼と違うよ!」

「さっきの伊月センパイじゃねーっすけど、あと勘で木吉センパイに投票した俺が言ってもあんま説得力ないっすけど……感情じゃなくって言葉で説得してくれ、ださい」

「言葉でっても。ほんと、狩人の仕事が楽しそうだったから一番気になってただけなんだよなー。他のことも考えてたけど、皆言われちゃってたから発言してなかっただけで、判らないこと優先に聞いてただけで、俺は違うよ?」

 困ったように両手で頬を抱えながら言葉を探している小金井を見ていると、なんだか小動物を苛めているみたいで、火神は罪悪感が沸いてきてしまう。

 疑われていることに焦りつつもしゅんと落ち込んでいるのが判る小金井の瞳は、本気で違のだと自分に訴えているように見えて、思わず前言撤回をしたくなった火神はそれを意思の力で踏ん張り止めた。

 説得ゲームなのだから、情に流されてはいけない。

 いけないのは、重々わかっているのだが。

(さっきの伊月センパイもこんな気持ちだったんかな。いや、伊月センパイは当たってたから良いけど、俺これで小金井センパイが無実だったらマジどーすんだ)

 うむむむむと唸っていた小金井が、ハッと思いだしたように顔を上げ、「そーだよ!」と叫んでからびしっと火神を指さした。

「逆に言えば、この場面で決め打ってくる火神こそ怪しい気がする!」

「はい?!」

「今思えば、火神も途中で急に意見少なくなったりしてたの、俺気になってたんだよな。誰かの意見を待って、追従っての? して疑われないようにしてたんじゃって」

 そーくるか、と火神は言葉に詰まった。

 確かに小金井の弁も一理ある。実際、自分で考えていても先に発言されてしまい、「自分もそう思う」で終わらせた場面は幾つもあった。それを突っ込まれれば、火神は反論の術を持たない。

 あくまで決定的な言葉や状況が根拠なのではなく、お互い印象論で疑っているに過ぎないのだから。

「や、それは……その、考えてることを先に言われちまって。だから同意しただけで、意見がなかったっつーわけじゃないし。……ですし」

「んじゃ俺だって同じだし!」

 水掛け論だ、と火神は思う。

 もっと時間がたっぷりあって、言葉が記録されるという掲示板形式の人狼ゲームならば言葉の一つ一つを精査する余裕もあるだろうが、生憎これは対面式だ。

 印象的な言葉や遣り取り、雰囲気で探っていくしか無いのだ。

 小金井が狼だという決定的な要素は無い。だが火神は、ならば土田と黒子から狼らしさを感じられるかと言われると、答えはノーだった。

(……いや、嘘だな。黒子に引っかかる物を感じないかっつったら、あるにはある。でもはっきりしねえ)

 土田に関しては、これまでの発言は無難であり、更に今日の議論からいけば村人だろうという印象が強い。

 けれど黒子は――意見の相違、そして思考の方向性が異なるが故に幾度か処刑投票に自分を選んだ。

 別にそれがどうというわけではないのだが、人狼ゲーム初心者でありながら、視野を広く多角的な物の見方をしている意見は、それが『出来るから』なのではないかという気もしてくる。

 狼は村人の知り得ない、陣営の内訳という答えを知っている。

 観察眼に優れた黒子の性格を鑑みればおかしいことは無いのだが、狼の立場に立って考えられるというのは、狼だからこそなのではという疑念もあるのだ。

「俺はコガが狼には見えないんだよな」

「ツッチー!」

「いやそこで目潤ませるなって。だからって、俺には火神が狼にも見えない」

「……それって、僕なら見えるって言ってますか?」

「うーん、悪いな黒子。実はそうなんだ」

 目を細めた笑顔を崩さないまま、土田は黒子に向かって頷いた。

「これっていう状況証拠もなにもないんだけどな。さっき、伊月の襲撃理由の話、してただろ?」

「はい」

「それがなんとなく、狼側からの視点に聞こえたんだ。伊月のこと、皆からは確実に人間だと判ってる、って。もの凄く些細なことだけど、それって黒子自身は含まれてないような言い方だよな、そこでいう『皆』っていうのは村側の筈なのにって。うん、それだけだ」

「一応、多角的に見てるつもりですから。第三者っぽく聞こえても仕方ないかもしれませんね」

「うん、そうかもしれない。ここまでの黒子はそうやってたからな。ただ、小金井と火神に比べたとき、疑う要素にはなるって位だ」

 バチっと二人の間に火花が散ったように見えたのは、火神の気のせいでは無いだろう。

 どちらが正しいか、火神には判別出来ない。黒子のスタイルは一貫していると言ってしまえばそれまでだし、土田の気になる点も判らなくは無いからだ。

「さーてそろそろ時間だけど、投票に入っていいかしら?」

 ストップウォッチを手にしたリコが、五人をぐるりと見渡した。

 もうそんな時間なのかと火神は内心舌打つ。初めの沈黙していた時間を取り戻せるなら取り戻したい。

 これ以上議論して何が判るかと言われると水掛け論の続きにしかならないかもしれないが、もう少し時間があれば何か判るかもしれないという気持ちは嫌が追うにも火神を焦らせる。

 セメントのようにドロドロと流れの悪くなった思考を火神が抱えていると、「すみません」と黒子が声をあげる。

「提案なんですけど、今日は最初みたいに自由投票にしませんか」

「自由投票?」

「はい」

 こくん、と黒子が頷く。

「このままじゃ、誰も決定打が無いように見えるんです。それは僕も同じなんですけど。この状況で昨日みたいに票をまとめるのって難しくありませんか?」

「……うーん。確かに」

 困っているのを隠しもせず、眉を八の字にした小金井が黒子に頷いた。

「うん、俺も賛成。自由投票でいっぺんに決めるなら、狂人に票操作される心配も無いしな。やー、俺も言おうと思ってた案なんだけど、黒子から言い出されると俺、投票先揺らいじゃうなあ」

「どうぞ揺らいじゃって下さい、土田先輩」

 何こいつら怖い――誠凛バスケ部の中でも大人しい気性であるはずの二人が浮かべる笑顔の応酬に、どこか薄ら寒いものを感じる。

 いや、大人しいとは言っても黒子は案外手が早い方だが。

 そう思ったのは火神だけでは無かったらしく、意外なものを見る目をしているリコを筆頭に、ドロップアウトエリアの面々も二人の様子に驚いているようだ。

 ただその中でも降旗だけが、どこかわくわくした顔つきをしていた。初心者ばかりが集まっているのでそんな場面は殆どないが、先程の木吉と伊月のように、きっと本来の人狼ゲームというのはこういった議論の殴り合いが醍醐味なのだろう。

「じゃーいくわよー。一応シンキングタイムとるからね」

 空気をぴりっと引き締めるようにリコが宣言し、ピッと笛の音が響き渡る。

 ふうっと深く息を吐いた火神は、腕を組んで俯く。

(やっぱ俺は、初志貫徹……か)

 狩人じゃないかと思っていた小金井が残っているのにも関わらず、真霊が襲撃された。この引っかかりをそのままにしておくのは、やはり出来ない。

 狂人である日向はいったい誰に投票するのだろうと思った矢先、ふと今更気になったのが、何故日向は木吉を占い対象にしたのかということだ。

 狼ならば占い対象に挙がること自体、避けて通りたいはず。狂人が狼と相談できるこの村のルールでは、事前にその辺りを打ち合わせられたはずなのだ。

 もしも日向が木吉を占ったと言わなければ、もしかしたら今も狼は二人いたかもしれない。

 ならば、いったい何故なのだろう。

(……もしかして、突発でつい口から出ちまっただけとか? あれ、占い師のカミングアウトってどんな流れだったっけか)

 一時間も経っていないはずなのだが、時の流れが濃密で上手く思い出せない。

(えーと、確か三日目だよな。言い出したのは土田センパイで、日向センパイはそれに賛成した……んだっけ?)

 そこまで考えて、火神は頑なに役職潜伏派だった人物に思い至る。

(――黒子)

 たった一人、あの場面で潜伏派だったのは黒子だ。他の全員が占い師に出てきて欲しいと言っている中、能力者の保護を重視していると発言し、それは最初からずっと言っていた。

 狼ならば普通、能力者は早く出てきて欲しいはず。

 だから黒子が狼の筈はない。それ自体には怪しむべき箇所は無い。

(……本当にそうか?)

 対して、狼陣営でフルオープンを主張していた木吉。黒子とはどこまでも主張が真逆だった。相談している仲間同士とは思えなかった。

 だが――彼がフルオープンを希望することで、黒子はあくまで仲間では無いという印象を残そうとしているのだとしたら。

(でも、狩人の件はどーすんだ。そっちも引っかかってるんだぞ!)

 どちらも推論の域を出ない。決定的な確信を持てないのだ。

 これで実は土田が狼でした、なんて結果だとしたら火神は確実に脱力する自信がある。そしてその可能性もゼロでは無いのがこのゲームの怖いところだった。

「はーいそこまで!」

 部屋に響いたリコの無情な声に思考を強引に断ち切られ、火神は顔を上げた。

 未だ結論は、出ていない。

 ぐっと握った掌からじんわりと汗が滲んだ。

「じゃ、いっせーので投票相手を指して頂戴。いくわよー、いっせーのーせ!」

(もうどうにでもなれ!)

 最後に火神が頼ったのはやはり勘で――思考を放棄して目を瞑り、一番怪しいと感じた奴を指してしまえと脳が体に命令する。

「えーっと集計するわね。っても五人だとあっという間ねえ……あら、意外。一番多かったのは黒子君ね。完璧に割れてるわね−、票。投票したのは小金井君と土田君、火神君。で、黒子君と日向君が小金井君に投票、と。投票理由も聞いていく?」

 散々迷った挙げ句、火神が指したのは黒子だった。

 しかもおそらくそれで黒子の処刑が決まってしまったことに、火神の胸中に動揺が走っていた。

 隣から視線が送られているのを感じるが、見返す事が出来ない。

「じゃ、順番に言ってって。小金井君から」

「俺はー、火神にしようと思ったんだけどツッチーが俺のこと信じてくれたからさ。その信じたツッチーが言ったことが、なんか説得力あったから。他力本願だけどさ」

「土田君は?」

「俺はさっき言ったので全部だよ。あとこれは結果論になるけど、同時とはいえ日向と投票先が被ってるのが黒子だけってのは意味ありげだなと思う」

「じゃー、火神君」

 順番に呼ばれているので声が掛かるのは判っていたが、心臓がどきりと大きく跳ねたのがわかるくらい、火神は未だ動揺していた。

 だが理由はきちんとある。それは、しっかり発言しなければならない。

「あー、えっと俺も小金井センパイと迷ったっす。ただ、土田センパイの言ってたことも気になって。そんで、考えたんすけど木吉センパイとことごとく逆の主張してたのって、黒子だよなあって。占い師のカミングアウトんときも、黒子一人が潜伏希望だったんすよね。あれすっげー印象に残ってて、能力者保護だから狼じゃ無いって思ってたけど、能力者を出したいって主張する役目は木吉センパイで、黒子は最初っから疑われないようにそう言ってたのかなって思ったら、小金井センパイよか黒子のが疑っちまったっていうか」

 つらつらと語ってしまったのは、隣に居る相棒への言い訳のような気がしてならない火神である。

 ふうっとため息が隣から聞こえ、それがまるで「もういいですよ」と言っているように火神には聞こえた。

「成る程ねー。日向君は、まあおいといて」

「おいとくのかよ! なんか寂しいじゃんかよ! 聞けよ!」

「だって狂人ってばれてるのに聞いても意味ないでしょーが」

 日向からの抗議をあっさりいなしたリコが黒子に向く。

 がっくり肩を落とした日向から哀愁が漂っているように見えるのは、火神の気のせいでは無い。

「黒子君は、小金井君にした理由ってある? あと、遺言があるならそれも一緒にね」

「小金井先輩を選んだのは消去法です。対話させて貰った土田先輩は意見の相違がある物の村側だなと思いましたし、火神君と小金井先輩を比べたとき、小金井先輩のほうが意見が薄いと感じたので。まさか狂人の日向先輩と投票先が被るとは思いもしませんでした。遺言は……そうですね、なんにせよこれでゲームが終わってしまうのがなんとなく寂しいです、とだけ」

「あら、感傷的ね。大丈夫よ、またもう一戦やるから」

 後半のくだりで寂しげな口調だった黒子の言葉に対し、あっけらかんと返したリコの発した内容を把握した瞬間、ドロップアウトエリアを含めた面々から「ええええええ」「マジか」「もっかいやんの?!」と驚きの声が上がる。

 それらの声音は『第二戦を歓迎していなくはないのだが、流石に連続はちょっと……』という気持ちが如実に表れていて、火神も同様の気持ちであった。

 負けていたらそれは悔しくてもう一戦やりたいと思う。それはもう思う。スポーツをやっている人間は基本的に負けず嫌いが揃っているのだ、負けてそのままは誰もがイヤだろう。

 が、正直このまま連続というのは勘弁して欲しいというのは、全員が同じ気持ちだった。

 ただでさえ普段使わない頭をフル回転させたのだから、せめて体を思いっきり動かして気分をすっきりさせたいのだ。

「やあねえ、心配しなくても今日じゃないわよ。頭を動かしたぶん、この後はしっかりトレーニングして貰いますからね。但し、キセキの世代が集まるっていう日の前に、必ず一回はやるわよ!」

 ぐっと拳を握ったリコを見て、改めて火神は今回の趣旨を思いだした。

 ――さっき黒子に突っ込まれたばかりなのだが、またも趣旨を忘れていたのは絶対内緒である。

 ざわめく周囲を黙らせるようにコホンとリコが咳払いをすると、一同の口が緊張で引き結ばれる。

「さーて。それじゃお待ちかね、結果発表よ」

「あれ。目瞑んないんすか」

「黒子君がどちら側でもゲームが終わるのには違いないから、今回そこは省略するわ。掲示板形式だったら、ちゃんと夜中のフェーズもあるんだけどね」

 ごくり、と火神は生唾を飲み込んだ。

 未だ隣の黒子を見ることは出来ない。

 もし同じ村の仲間なら――むざむざ処刑に送ったうえ、村が負ける方向に手を貸したことになるのだ。

 そしてもし狼であったなら――勝負には勝てるが、それまでの黒子との会話を思うとなんとも微妙な気分になる。

(あーもーなんだっつーんだこれ! いいからさっさと終われ! 終わってくれ!)

「第一回、誠凛バスケ部人狼ゲーム。勝敗の結果は――」

 水を打ったようにシンと静まり返る部屋の中、ゲームマスターであるリコが高らかに結果を宣言するのを、火神はモヤモヤする胸中を抱えながら聞いていた。

 

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「第一回、誠凛バスケ部人狼ゲーム。勝敗の結果は――無事人狼を全て退治しましたって事で、村人の勝ちよ!」

 高らかに宣言したリコの言葉に、俯きかけていた上半身を頭ごとがばっと勢いよくあげた火神は、普段は鋭いと評される目を丸くして、じっとリコを見上げた。

 耳から鼓膜、そして脳の中枢へとリコの言葉は一言一句間違いなく伝達されているのだが、意味を理解するまでにタイムラグが発生している火神は小さく「村人の勝ち?」と無意識に呟いた。

 小動物を思わせるくりっと印象的な目をぱちぱちとさせたリコが、そのままぼうっと呆けている火神を呆れ見る。

「ちょっと。なんて顔してんのよ、火神君。勝ったのよ、嬉しくないの?」

「あ、いや……その、勝ったとか、信じらんねえっつーか……」

 そか、勝ったのかと火神はもう一度、小さな声でぼそりと呟いた。

 実感がまったく湧かないので、心境が喜びに至らない。

 もっともそれは残っていた面子も同様のようで、ゲームが終わったことに肩の力が抜け、安堵しているのが判る。いっそ、ドロップアウトエリアのほうが余程盛り上がっているように見えた。

 試合に勝ったときはもっと気分が高揚して清々しく、心から喜びが溢れて叫び出しそうになるのに、火神の心を一言で表現するならば、まさに放心と言ったところだ。

「どうしたんですか、火神君。おめでとうございます。勝ったんですよ?」

 もっと喜んだらどうですか、と隣の黒子が話しかけてくる。

 確かに指摘はもっともなのだが、今このタイミングで村が勝利したことが指す事実、そして『おめでとうございます』の言葉――つまり、黒子の正体は。

「黒子」

「はい?」

「あのさ。お前の役職って」

「ええ、火神君のご想像通りですけど」

 しれっと、「それがどうかしましたか」といつもの仕草で小首を傾げ、何でもない風に言った黒子に火神はそれ以上言葉が出てこず、思わず押し黙ってしまった。

(んで、そんな、あっさり)

 餌に群がる金魚のように口をパクパクさせながら、火神は黒子に向かって暫くあーうー何かを言いあぐねていたが、リコが発した鶴の一声に会話と思考は強制中断される。

「はーい、じゃ集合。皆お楽しみだった答え合わせという名の陣営内訳の発表いっくわよー。あ、それとも自分で名乗り出たい?」

「つーかもうバレバレだし、発表とかいいんじゃね?」

「なによう日向君てばつまらない。ここが一番楽しいんじゃない」

 ぷう、と風船のように頬を膨らませたリコからすいっと視線を反らした日向が「あー、うんそうだな」と腕を組む。

「まだはっきりしてない役職もあるこったし、うん、やっぱ答え合わせすっか」

 組んだ腕の先、人差し指が照れ隠しのように軽く肘を突いているのを見て、「そーいうこと」と片目を瞑ったリコがくすりと笑う。

「じゃ二年生から順番に行きましょうか。トップバッターは日向君。ネタバレには、ゲームの感想や裏話なんかあると楽しいかもね」

「俺から? ま、いーけど。てことで、カミングアウト済みだから皆もう知ってると思うけど、俺は狂人役だった。俺が占い師を騙るのは最初に仲間内で決めたから、とりあえずってんで目立たねーようにって大人しく潜伏してたけど、対抗の相手が経験者の降旗だったってのはキツかったな。あとはー……そうだな、木吉を占ったって言ったのは我ながら失敗だった」

「あ、それ俺不思議でした。なんでせっかく上手く潜伏してる仲間を目立たせたのかなって」

 おずおずと挙手して質問を投げたのは、対抗であり本物の占い師だった降旗だ。

 確かにそれは火神も疑問に思ったことだった。

 何故あえて仲間を占い対象だったと挙げたのか、その違和感に気付いたのは後半になってからだったが、理由があるなら是非知りたい。

 経験者ならではの降旗からの質問を聞いて皆の視線が集中した日向は、思わず苦笑を漏らしてがしがしと頭を掻いた。

「実はそこら辺の相談、し損ねたんだよ。ぶっちゃけ、誰を占ったことにしとくか、そこまでちゃんと決めてなかったんだわ。で、いざ言わなきゃってなったとき、とりあえず一人は既に喰った水戸部にすりゃいいって思ったけど、もう一人どーすっかなと悩んでさ。で、慌ててたのもあったんだけど、単純に仲間を白だって言えば狼じゃないって印象になるんじゃねーかと思ったんだよ。結局、初心者の浅知恵って奴になっちまったな。あんとき対象から外しときゃ、木吉が吊り候補に挙がることも無かったっつーのに。マジ失敗だったよ」

 悪かったな木吉、と日向が苦笑を浮かべる。

 しょうがないさ、初めてだったんだからと穏やかに笑い返す二人の遣り取りを、少々憤慨した表情で見ているのは伊月だ。

「全く、二人にはすっかり騙された。俺の推理が当たってから良かったものの、日向と木吉は俺から見て偽者の占い師にも狼にも見えなかったし、だからって降旗も本物っぽかったし。やってて本気で胃が痛くなったんだぞ。結果的にお前達の襲撃に遭ってあっち側に行ったの、悔しかったしドロップアウトは残念だったけど……正直言えばちょっとホッとしたくらいだ。――そもそも俺に日向と木吉を疑えってのが厳しいんだよ」

「まーな。俺も伊月騙すのはちょっと心苦しかったわ」

「え、そうだったのか日向。お前ってやっぱり良い奴だなあ」

「……おい木吉、お前は違うのか?」

 恐る恐る問いかけた日向の質問に、「え?」と子供のように首を傾けた木吉が口元をほころばせた。

「俺は伊月のこと騙すの、楽しかったぞ? いつも優しい顔してる伊月がだ、試合以外で厳しい顔して眉間に皺が寄ってるなんて、随分珍しいものが見られたなあって思ってた。しかも俺や日向が原因だっていうんだから、相当レアだよなあ」

 にこっと人の良さそうな笑みを浮かべながら、一向に優しくない木吉の発言内容を聞いた伊月がガックリと肩を落とし、日向が頬をひくつかせた。

「ねえ鉄平……それって結構サディスティックな発言じゃない?」

「誤解だぞ、リコ。俺はただ、今まで見たことのない皆の新たな一面を見られたのが楽しかったんだ」

 きりっと表情を引き締め、至極真面目な顔で言った木吉に、一同はしーんと静まる。

 言いたいことは判らなくも無いけどそれあんまフォローになってないッス木吉センパイ、と火神は皆の気持ちを代弁するように胸中で呟いた。

 ゲームの中で新たな一面が見られたというのは、確かに火神も思ったことだったが――今の言い方は、なんというか。リコの言葉ではないが、十分にサディスティックではないだろうか。

「……うん、木吉ってそーいう奴だよなー」

「ああ、同意だ」

 頷き合う小金井と土田に、水戸部が深く首肯する。

 きょとんとしている当人以外は皆同じ感想を抱いたらしく、人の良い先輩というイメージが強かった木吉に、試合以外でもかなり食わせ者という情報が、一年生全員の脳へとインプットされたのは言うまでも無い。

「で、なんか順番ぐだぐだになってるけど、このままいっちゃうな。えっと、俺は人狼の一人だ。――リコ、ネタバレって言っても、あとは何言えばいいんだ? それと、何か質問あるなら受け付けるぞ」

 どんとこい、といわんばかりに両手を広げて笑顔を浮かべた木吉の発言に、そう言われても、と何を質問して良いか判らない福田と河原が顔を見合わせている。

 火神も聞きたいことは沢山あった筈なのだが、何かを聞こうとしていたのか頭から抜けてしまっていた。

 メモを取っておけば良かったのだが、その時その時で考えた細かいことなどすぐには思い出せない。

(あー、あれ。なんだったっけ)

 うぐぐと記憶の糸を紐解いていると、木吉が何かを思い出したように「そういえば」と手を打った。

「火神、お前凄かったなあ」

「はい? なんすか」

「俺のこと、最初から狼かもって言ってただろう。あれ、結構焦ったんだぞ。いきなり俺のこと疑われたから、お前のこと最初に喰おうかって思ったくらいだ」

 言われてみればそうだった、と火神はゲーム序盤を思い出す。

 肌で感じる、という表現が一番正しいのだろう。

 微笑む木吉を見て、いつもなら頼りになるセンパイだと思うはずが、喉に引っかかった小骨のように、さして痛くもないがどうにも気に掛かった。

 何故だか彼から目を離してはいけない――そんな気がした、あの感覚。

 今もって尚、木吉に感じたあの違和感を上手く言葉で説明することは出来ないのだが、これが明確に言えていたならゲーム中の大きな武器になっただろう。

 結局最後までそれが出来なかったことに負い目があった火神は、頬をかきながら苦笑を浮かべた。

「……や、ただの勘ッスから」

「勘だって大事だ。火神、自信持って良いんだぞ」

 勘がまぐれ当たりしただけかもしれないので大きな事は言えないが、伸ばされた木吉の大きな手がわしわしと褒めるように頭を撫でれば、兄と慕いファーストネームで呼んでいる氷室を思い出して悪い気はしない。

 元より一人っ子の火神は年上の兄貴分に憧れる傾向が強く、気の良い先輩達に弟分扱いされるのが好きだった。

 なんとなく気恥ずかしいので口には出さないが。

 思ったことはすぐ口に出す、それが当たり前であったアメリカでの生活に比べて、胸にしまう言葉が随分と増えたような気がする。

 それだけ日本に、誠凛高校での生活に馴染んだ証なのかもしれない。

「あー、はいはい! 俺木吉に質問あった! なあなあ、なんで狼達は最初に水戸部を襲ったんだ?」

 元気に手を挙げた小金井に同調するように、水戸部がこくんと首肯する。

 どうやら聞きたかったのは水戸部も同じようで、静かな視線がじっと木吉と日向を見つめた。

「水戸部を最初に襲った理由か。あ、未だちゃんと言ってなかったけど、もう一人の仲間は黒子だったんだけどな、その黒子が進言したんだ」

「そーいやそうだったな。黒子の希望だった」

 え、という顔で木吉と日向を除く全員が黒子を見遣った。

 先程会話が途中で切れたこともあって、どこか気まずい気分のまま、火神も隣の黒子へちらりと視線を送る。

「……順番とか滅茶苦茶ですが、はい。とりあえず僕も人狼でした。仲間は既にご存じの通り、日向先輩と木吉先輩です。で、水戸部先輩を最初の襲撃に推薦した理由ですが――火神君と同じで、勘です。なんか、水戸部先輩が狩人のような気がしたので、推させて貰いました」

 ガラス玉のような考えの読めない黒子の瞳が見つめる先――水戸部は、沈黙を守り続けている。

 いや、水戸部の口数が少ないのはいつものことかと火神は思い直す。

 それはともかく、所在を最後まではっきりさせない方が良いというセオリー通り、狩人は最後まで明かされなかったので、誰も正解を知らない。

 そう――狩人本人以外は。

 皆の視線を集めてしまったことに、困ったように軽く首を傾げた水戸部が、助け船を求めるように口元を和らげ、眉をハの字にしたままちらりと小金井を見た。

「え、マジで水戸部が狩人だったのか」

 心底驚いた様子な小金井の問いに少し迷ってから水戸部が頷いた。

(や、ほんとなんで今ので判るんだこの人)

 以心伝心を地でいっている小金井と水戸部の不思議を目の当たりにするのはいい加減慣れたつもりだったが、やっぱり時折こうして驚いてしまう。

 というより人狼ゲーム中、それで正解が伝わってしまったりしなかったのだろうか。

 その辺りいったいどうなっているのか気になるが、二人にしか判らない繋がりという奴かも知れないと、火神はこれまで小金井と水戸部の不思議を目撃してきたときのように納得する。 

「うわー、んじゃマジで初日に狩人抜かれてたんですか。そりゃ霊能者もあっさり抜かれちゃうわけだ」

 はわわと口元を抑えた降旗が苦笑いを浮かべた。

 守護者が居ないのであれば、能力者は食い放題になる。

 それは考え得る中で最悪の想定だったのだが、まさか本当にそんな事態だったとはと、水戸部と狼陣営以外の一同は驚きを隠せずに居た。

「あ、やっぱり水戸部先輩であってたんですか。伊月先輩の時に冒険して正解でしたね、木吉先輩」

「だなあ。あの時は俺が先にリタイアするし、なら霊能者喰うって賭に出ようって話だったんだよな。まさか本当に水戸部が狩人だったとはなあ」

「ええ、正直いって僕も成功する可能性、低いと思ってましたから。正直なところ、小金井先輩が狩人かなとも思ったんです」

「俺?」

 はい、と黒子が頷いた。

「あまりに狩人の仕事を気にしてたので。ただ、少しあからさまなのでフェイクの可能性もあって、悩みました」

「あー、あれなー。五日目にも言ったけど、ほんと狩人の仕事が格好良いなって気になってただけなんだよ、マジ」

「見事に騙されました」

「おお、俺ってば狼騙せてた!」

 瞳をキラキラ輝かせて喜んでいる小金井の頭を、よくやったなという風に水戸部が大きな掌で撫でる。

(なんつーか……この人って本当に……)

 ご主人に褒められている犬みたいだ、と火神は思ったが流石に口にはしない。

「俺らの予想も当たったな!」

「あ、俺もそれちょっと嬉しかった。水戸部先輩がやっぱ狩人だったんだなー」

 こちらは福田と河原が何やら嬉しそうにしている会話は、恐らくドロップアウトエリアで予想をしていたのが当たったのだろう。

 ネタバレをしないという制約付きとはいえ、ドロップアウトエリアでは気楽に推理が出来ていたのかと思うと、少し羨ましい気のする火神である。

「ま、なんだかんだいって役職をツモって喰えてたのはラッキーだったなあ、黒子」

「ですね。狩人、占い師、霊能者と全員襲撃出来ましたから」

「でも黒子、せっかくちょいちょい上手くいってたのに、五日目はお前のミスだぞ? あそこでグレーから吊りを推奨するより、日向を吊って一人喰っても良かったんじゃないか。そうすれば、もう一日命が延びたのに」

「それも思ったんですけど、最終日に三人でガチ討論とか、ちょっと助かる自信なかったんです。なら日向先輩の票が操作出来るうちのが良いかなって思っての提案だったんですけど、まさか最後に自分が票を集めちゃうとは思いませんでした。土田先輩を論破するのははちょっと手強そうでしたけど、小金井先輩が流動票としても、火神君ならこっちの味方につくかなと思って油断してたのが敗因でしたね。折角最初から火神君の信用を築いていったのに、ほんと残念でした」

「え。俺、そんな手強かった?」

「はい。なんていうか、ちょっと格好良いなって思うくらい、土田先輩には追い詰められた気がしました」

「黒子がそう言ってくれるのは、素直に嬉しいな」

 成る程なあ、と狼陣営を中心にした会話をおとなしく聞いていた火神だったが、聞き捨てならない台詞が聞こえて我に返り、勢いよく黒子の方へ体ごと向けた。

 あまりの剣幕にビックリした顔を見せる黒子の表情はなかなかレアだったが、火神にそんなものを堪能している余裕は無い。

「お、おい黒子。んじゃ何か、俺は最初っからお前に騙されてたって事か?!」

「人聞きの悪い言い方をしないで下さい。僕はただ単に、信用を得る為のターゲットを君に絞っていただけです」

 すぐに元の落ち着いた表情に戻った黒子が冷静に返してくる。

 凛とした態度でこちらを諭してくる相棒に、それを世間様一般では騙してたと言わないかと火神は心の底から問いたかったが、そもそも人狼ゲームというのはそういうものだと返ってくるだけかと、辛くも言葉を飲み込んだ。

「そりゃ、だって――お前を疑うとかさ」

「ゲームに私情は禁物ですよ。僕の目算からは外れましたが、最後の投票ではその私情を挟まなかったので、一応良しとしますが」

「黒子、その言葉は俺も結構グサっとくるんだけど……」

 実際に私情から日向と木吉を疑うのに苦労した伊月が、ははっと乾いた笑いを零しながら力なく黒子を見遣る。 

 伊月の気持ちが心から理解出来る火神はうんうんと拳を握りしめて伊月に頷いた。

 誰が敵か判らないこのゲームにおいて私情は禁物と語る黒子の言葉は、確かに正しい。

 が、しかしだ。掲示板方式で無機質な液晶画面ならばともかく、対面式で目の前にいる親しい人間を疑って掛かれというのは、ゲームに慣れていても厳しいのじゃ無いだろうか、普通。

(……ゲームに慣れていれば?)

 ふと心に浮かんだ言葉に自問し、火神はこの中で唯一の経験者である降旗を何となく見る。

 ならば経験者でゲームに慣れていた降旗は、そして本物の占い師であり疑う側の立場だった彼は、いったいどんな気分だったのだろうか。

 聞いてみたいという気持ちが前面に出てしまっていたのか、火神が問いかけるより前に降旗が口を開いた。

「ん? なに、火神。なんか視線が熱いんだけど」

「あ、ワリ。なんつーかさ、ほら。お前ってこのゲームの経験者なんだよな」

「そだぜ。対面式は初めてだったけど」

「パソコンとかケータイの液晶画面じゃなくって、……面と向かって誰かを疑うのって、ぶっちゃけどうよ」

「楽しかったけど?」

 さらりと言われたその言葉は、まさしく木吉と同じノリで。てっきり、キツかっただとか大変だったという感想が返ってくると思っていた火神は面食らう。

「キツくねえ?」

「そりゃ、まあね。でもこれ、そういうゲームだし」

「キツいのに楽しいって、本気で思えるのか?」

 本気で理解出来ない火神は何処までも真剣に質問しているつもりなのだが、どうにも降旗に上手く伝わっていない気がする。

 キツイのに、楽しい――これが例えばバスケの練習ならば、自分の実になって返ってくると信じられる。勉強だって、試験の結果に――火神の場合は反映されると限らないが、それでもやらないよりはマシだろう。

 だがこれはゲームだ。遊びの一環だ。なのにわざわざ大変な思いをして、それを楽しめるのがやはり判らない。

 勝負である以上、勝ったらそれは勿論嬉しいだろう。

 けれど負けた陣営であるはずの黒子や日向、木吉はそこまで悔しそうに見えない。

 ゲーム中は仲間の色々な面を目の当たりにすることが出来て、それはそれで色々と新発見だなあと思ったものだが、ここに至って黒子と交わした会話もあって、このゲームの醍醐味が本気で判らなくなってしまったのだ。

 ごちゃごちゃ悩んで思考の迷路にはまり込んでいると、それを吹き飛ばしてしまうかのような満面の笑顔で降旗に「ばっかだなあ、火神」と肩を叩かれた。

 ばしんと良い音がした一撃は意外と痛く、思わず特徴的な形の眉をひそめるが、当の降旗は気にした様子が一切無い。

「センパイ達からならともかく、お前にはなんか、言われたくねーぞ」

「だってばかじゃん」

「どこがだっつの」

「信頼してるから、キツくても楽しめるんだよ」

「はあ?」

 あくまで爽やかに言ってのける降旗に、意味わかんねー、と苦々しい顔をして火神は首を振った。

 見れば伊月も降旗の論に同調して頷いていて、果たして自分だけが異端なのだろうかと不安になってくる。 

「あーちょっと違うな、んーと……なんて言うのが良いんだろ」

「信頼している相手とだからこそ、舌戦程度で険悪になることがない。面と向かっての疑い合いゲームも、心理戦や駆け引きも。相手を知っているぶん、尚のこと楽しめる――そうでしょう、降旗君」

「そーそー、黒子の言う通り。頭使ったりすんのはそりゃ大変だけどさ。あと俺、終わったあとのこの空気が好きなんだよ。顔を知らない人達同士がネットの繋がりだけでやっても――まあ、集まった人によって軋轢が全く生まれないって言ったら嘘になるけど、エピローグで語る楽しさはやっぱ半端ない。それまでの謎が解けるカタルシスっていうの? その相手が自分の好きな信頼してる人達とくれば、この時間が楽しくって当たり前だろ?」

 な、と黒子と降旗が頷き合う。

(言いたいことはなんとなく判んだけど、それやっぱ理由になってなくねえ? 終わった後の時間を楽しむ為に、ゲーム中にキツい思いをするわけか?)

 根っこが単純なのだと自分でも思う。

 やはりどうしても判らないのは、疑って疑われて、その苦しみがどうして楽しいのか、終わった後のこの空気が楽しいかと言われても、理解に苦しむのだ。。

 ところがゲームが終わった今、自分を除く周囲は皆確かに楽しそうに――まとめをしていた伊月は若干疲れが見えるけれど、なんだかんだ和気あいあいとしていた。

 土田と小金井が水戸部を交えて狩人談義をしている傍らで、河原と福田が降旗に細かな説明を受けている。日向と木吉に対し愚痴に近い文句を言っていたわりには、伊月の表情は柔らかい。

 それでも、火神はどうしても納得がいかない。

 目の前で相棒の黒子に面と向かって自分がメインターゲットだったことを告げられ、事実ゲーム中はそれに翻弄されていたのも相まって、火神の脳内処理能力は限界に近かった。 

「あーなんっか納得いかねえええええええ!」

「火神君」

「……何スか、カントク」

「このゲームの狼役はね、エンターティナーなのよ」

「は?」

「エンターティナー、そして裏方の舞台装置。ゲームマスターも似たようなモノなんだけど、狼達はもっと。参加してる他の人達をどれだけ上手く騙して、どれだけ頭を悩ませることができるか。だってそうじゃなきゃゲームとして面白くないでしょう?」

 初日から全部の正体が簡単にわかってしまったら、それこそ作業にしかならないじゃない、とリコが語る。

「ま、そりゃ」

「だから皆を楽しませられるように、如何に筋書きを作り出し、上手く騙し仰せるか。勿論、負けないように本気で村を滅ぼす勢いでゲームに参加しつつ、最後の種明かしでどれだけ皆をあっと言わせられるかがキモなのよ。だから鉄平も日向君も、黒子君もそうしたの。この意味、わかる?」

 騙すのが楽しい、では無い――ゲームを楽しんで貰う為に、騙す。

 それが狼の役目なのだと語るリコの言葉が、胸の中でもやもやとわだかまっていたものが霧散したところにストンと入ってくる。

 狼はゲームを盛り上げる役目を負うという趣旨は理性で理解しつつも、やはりまだ感情が追いつかず、火神は渋々ながら頷いた。

「……んじゃ、黒子。お前が俺をターゲットにしたのって」

「火神君が一番騙されてくれると思ったからです」

「そこかよ!」

 もう少し良いコメントがあるだろうに、この流れでそれかと思わず火神はツッコミを入れる。

「冗談です」

「黒子……お前なあ」

「いえ、まあそれも多分にあるんですが――僕にとってこのゲームのメインは、火神君に楽しんで貰うことでしたから。他の人では意味なかったんです。種明かし、ビックリしたでしょう?」

「……ああ、したよ」

 Shit、とあまり上品で無いスラングを口にした火神に、黒子が気にした様子も無く笑いかけてくる

「不快な思いをさせたならすみません」

「別に怒ってねーよ。っつか笑顔で謝っても説得力ねーんだよ」

「だって、実際あまり悪いと思ってませんから。火神君の実力を図るという僕の目的を兼ねる意味でも、火神君がターゲットになるのは必然でしたし。実はそこで気付かれるかなとも思ってひやひやしたんですが、火神君が僕の思ってた以上にお人好しで、おまけに本来の目的を忘れるくらいゲームに熱中してくれて本当に助かりました」

「こんにゃろ!」

 いつまでもすました顔をしている黒子に勢いでヘッドロックをかましてやると、ギブですギブ、と黒子が半笑いで呻きながら床をばんばん叩いた。

(何がギブだ、軽くしかやってねえっつの)

 自分と比べて大幅に小柄な黒子がわたわたと暴れるのを押さえつけつつ、火神は胸中で舌打つ。

 一体自分が何にこだわっていたのか、判ってしまったのだ。

 それは信頼している相手を疑うのはキツイのではとか、ゲームの楽しみ方がどうとか、そんなことは建前でしかなかった。

 結局のところ単純に、最初から最後までほぼ、最後の投票以外は全て黒子の思惑通り、相棒にしてやられたのが悔しいだけだった。

 しかもそれは、自分を楽しませる為にターゲットにしていたのだと言われてしまえば――文句を言ってやりたいけれど、理由を聞いてしまった今、これ以上は怒るに怒れず。かといって翻弄されていたと認めて白旗をあげるのも、それがなんだか嬉しかった気がするなんて言うのは勿論不本意で。

 とりあえず名前のつけられない感情をもてあました答えが、このヘッドロックなのだった。

「おーい火神。じゃれるのも構わんが、そろそろ離してやらんと黒子が失神するぞ」

「あっ、ヤベ」

 ふざけ半分で中途半端にかけただけの筈だったヘッドロックは、いつの間にかしっかりと黒子の首に決まっていて、先程まで笑っていた黒子はすっかり静かになっていた。

 のんびりとした木吉の忠告にハッと気がついた火神が慌てて黒子に巻き付けていた腕をほどくと、けほけほと軽くむせる声と共に、じろりと恨みがましく見上げられた。

「……火神君、酷いです。今の、結構本気で意識が遠のきかけました」

「わ、ワリい。つい」

「つい、じゃありません。まったく……仕方ないのでマジバのバニラシェイク一週間で手を打ちます」

「お、おう。わかった」

 他意がなかったとはいえ、流石に今のは自分に非があったと素直に認めた火神が「マジ悪かった」と黒子に向かって深く頭を下げると「大丈夫ですから」と微笑まれる。

 体格差があるのは判っているのだが、こうして座っていると、立っていると比べてあまり差を感じないのもあって、つい手加減を忘れてしまいがちなのだ。

 それよりも、何となく気まずかった気分を有耶無耶に出来たことにホッと胸をなで下ろす。

 一週間のシェイクおごりは少々財布に痛いが、黒子との空気を戻す代償としては、火神にとって十分に安いと言えた。

「それにしても、これなら火神君を連れて行ってもなんとかなりそうですね」

「そうねー。良かったじゃない、黒子君。思った以上に頑張ってたし、少なくともキセキの世代達の前で誠凛の恥を晒さずにすむんじゃないかしら。どう、火神君。少しは自信ついた?」

「まあ、一応ッスけど」

 全くの予備知識無しで行くよりはマシ、というレベルだが、やらないよりはやって良かっただろうと言える。

 テスト前も同じようなことを言って散々な結果だった気がするが、ただでさえ頭が疲れているのに地獄の勉強合宿について思い出すのは精神衛生上非常に宜しくないので、火神は記憶に蓋をする。

「なあなあ、そういえばゲームってもう一回やるんだっけ?」

「まだ決まってなかった気がするけど」

 早々に退場してしまった所為か、リベンジしたいと顔に書いてある福田と河原に「こらそこ、気が早い」と釘を刺したのは日向だった。

「後でもう一回ゲームするかは置いといてだ。折角カントクんちのジムに来てんだ、筋トレメニューもしっかりこなすぞ。カントク、確か今日ってプール練だったよな」

「うん、そうよ」

「うーし、じゃ全員更衣室だ。行くぞ」

 立ち上がった日向の顔は既に主将の顔をしていて、ぴしっと張りのある声につられて立ち上がった一同が各々凝り固まった体を伸ばしつつ、更衣室へと向かう。

(もう一ゲームとか、皆元気だよなあ。こんだけ頭使った後に、よくまだやろうとか思うぜ) 

 同じキツいなら筋トレのがまだマシだと思いながら、火神はよいせと立ち上がった。

 手を組んでひっくり返し、ううーんと天井に腕を伸ばすと、ずっと座っていた所為か、筋が伸びて気持ち良い。

 そのまま左右に腕を揺らして脇腹も同様に軽く伸ばしていると、いつの間にか黒子が自分の前に立っていた。 

「火神君」

「何だ?」

「出発は今週末ですから、準備しておいて下さいね。頑張りましょう」

 軽いストレッチをしつつ、おう、と返答しかけた火神は改めてキセキの世代達のいる場に立った自分を想像する。

 信頼している仲間とやって、この調子だったのである。

 一癖二癖どころか、性格が複雑骨折をおこして完治不能になっているような人間が、全部で何人来るのかも判らないのだ。

 それはまさしく魔窟と言っても過言ではない。

 しかも方法は掲示板形式になるのか、対面式になるのか、それすらも判らない。

 魑魅魍魎の蠢くおどろおどろしいゴーストハウスを思わせるコテージで、キセキの世代達とこの人狼ゲームをしなければならない――火神の広い背中とこめかみに、つうっと冷たい汗が流れる。

「な、なあ黒子…………俺、やっぱ……………パス、していいか?」

「何言ってるんですか、火神君。そんなのダメに決まってるじゃないですか」

 判っていたことだが、こわごわ聞いてみた問いは、あっさりばっさりと斬り捨てられる。

 今日一番の良い笑顔を見せた黒子を見て、俺は新学期無事に誠凛高校の門をくぐることが出来るのだろうかと、苦い顔をした火神はこれ見よがしに大きなため息を零したのだった。

 

説明
表題通りですが、黒バスで人狼を題材に書いてみました。その1(http://www.tinami.com/view/494994)の続きになります。お読み頂く際は、お手数ですがこちらからお願い致します。
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黒子のバスケ 汝は人狼なりや? 誠凛 

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