すみません。こいつの兄です24
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 真奈美さんが、教室に復帰して一週間。真奈美さんは毎朝、ちゃんと教室に通っている。俺は毎朝真奈美さんを迎えに行き、毎朝美沙ちゃんに避けられて、毎晩思い出してダークな気分になって、バカな漫画を読んで忘れて眠っている。俺の脳みそは適度に性能が悪くてちょうどよろしい。

 

「飯食いに行こうぜ。めしー」

「おお。ちょっと待て」

昼休み。ハッピー橋本と上野と連れ立って、教室を出る。隣の教室に寄る。

「真奈美さんー飯、めーしー」

「市瀬さん、行こうぜー」

「まっなみーん」

真奈美さんに声をかけて一緒に食堂に向かう。相変わらず、真奈美さんは学校内でのちょっとした移動でも、カバンの中に荷物を全部入れて、持ち歩いている。

 実際、なにか持ち物に悪戯をされるくらいなら、そのほうがいいと俺も思う。されないとしても持ち歩いているほうが安心できるなら、それがいい。そして、今となっては多少の奇行はあった方がいいと思う。

 

 臆病者である俺の精一杯の作戦はこれだ。

 

 橋本と上野と俺で、真奈美さんの教室にちょくちょく顔を出す。そして、選挙運動のごとく市瀬真奈美、市瀬真奈美と連呼する。あとはヤシガニ真奈美さんの奇行だけで充分だ。充分にキャラが立っている。つまり「あの子が市瀬真奈美さん。クラスメイト」と誰もが知るところになる。

 一学期の最初とは違うのだ。

 クラス替えの後すぐというのは互いに名前も覚えていない。クラス中が互いに探り合って、仲間を覚えようとしながら、遠慮しあっている。そんな中で、名前を覚えていない誰かがいなくなっても心の底から感情移入したりしないものだ。だが「登校拒否の誰かがいる」というのは分かっている。真奈美さんのクラスメイトのほとんどは、良心に刺さったトゲのように欠けたクラスの席が気になって一学期を終えたはずなんだ。

 後は、復帰するのと同時に名前を覚えさせればいい。

 名前を知って、ハッピー橋本や俺という友達の友達で『いい人なんだ』というところまでキャラ付けさせてやればいい。会話の輪の中に入っていたことのある『いい人』真奈美さんが、イジメを恐れて荷物を全部持ち歩いている。

 その状態で、イジメみたいなことをする人間を見つけたら直接糾弾はしなくても「あいつらだぜ」という空気が出来てくれる。

 イジメを行う女子は、そういう空気を読むのに嫌なくらい長けている。今は、少なくとも真奈美さんの荷物を隠したり、直接攻撃を実行したり、机や椅子に悪戯するようなマネはしなくなっているはずだ。目撃されたら、それまでだからだ。

 他にも、真奈美さんの悪い噂を流すとか、真奈美さんが恥かしい失敗をするように仕向けるとかはあるかもしれないが、どうにも対抗策が思いつかない。せめて、なにかあったときにフォローが出来るように、休み時間はなるべく近くにいてやることしかできない。

 

ごと…。

 真奈美さんが、カバンからタッパーを三つ出す。

「み、みんなで食べようと思って…作ってきた…ん…だ、だけど」

「おお…」

一つ目のタッパーは、肉じゃがだ。同級生女子のお弁当イベントの定番だ。お約束が分かっている。

 二つ目は、筑前煮とカボチャを炊いたものだ。ゴマがかかっているところが、少し変わっているが、間違いなくうまそうだ。

 三つ目には、カップケーキが三つ入っている。早くもふんわりとシナモンの香りがしていておいしそうだ。

「はんぱない…」

「うまい…」

「…絶品真奈美カフェだ…」

真奈美さんの料理は、あの騒がしいハッピー橋本まで口数が少なくなるほどの美味さだった。いつ美食倶楽部からお呼びがかかっても不思議はない腕前だ。ちょっと想像する。

 

海原雄山「だれだぁ!この肉じゃがを作ったのは!」

ばーんっ。

市瀬真奈美「ひっ!」

じょばじょじょー。

 

 だめだ。美食倶楽部は真奈美さんに合わない。スキルはともかく、職場環境が悪すぎる。あんなパワハラの権化がいるみたいなところはだめだ。真奈美さんにはゆとりでお願いしたい。

「…ん?」

きゅぴぃいーん。

 眉間に白い光が走る。ニュータイプのひらめきだ。後ろを見ると、テーブルの三つくらい向こうから美沙ちゃんがこっちを見ていた。もう少し正確に言うとニラんでいた。『ちがうんだ!美沙ちゃん!俺は真奈美さんを搾乳調教したりしてない。一緒にお昼ご飯を食べているだけなんだ。真奈美さんは搾乳するほど胸ないし!』むなしい言い訳が俺の心のうちにひらめいて、響き渡る。

 ずぎゅいいぃいーっ。

 その瞬間、美沙ちゃんの目から光子力ビームが発射されて俺の眉間を撃ちぬく。ビームをそのまま右に振り薙いで頭蓋骨が上下に分断される。脳漿と血がどろりと頬を伝う。ビームは一文字に食堂の壁を焼き、柱を焦がす。

 そんな恐ろしい幻視をしてしまうほどの目力で、美沙ちゃんが顔をそむけてプイっと立ち上がって行ってしまった。美沙ちゃん目力、熱光線。

「二宮…お前、市瀬美沙ちゃんになにかしたのか?」

「ビーム出そうだったぞ」

上野にもあの光子力ビームは見えたらしい。

「実は…」

友達に隠し事は良くない。真奈美さんは、もう知っていそうだったし…。なにより、地球で一番知られたくない相手には、もう知られてしまっているのだ。隠すことなどない。

 ということで、俺はコトの顛末を話した。

「うわぁ…」

上野も橋本もドン引きだ。わかってる。正直、今の状況は俺だってドドン引きだ。怒首領引きと言ってもいい。高校一年生の女の子に軽蔑されるために出来る最大限のコトをやっちまってる。

「…あ、あの…み、美沙は…」

真奈美さん。せめて放っておいてくれないか。この状態で慰められるとか、かえって辛い。

「…な、なおとくんのこと、嫌ってないと思うよ…」

いや。その理屈はおかしい。

 姫騎士を雌豚調教するゲームをする男子を嫌わない女子高校生はいない。

 せめて俺に、自明な結果を受け止めるくらいの誇りは残しておいて欲しい。これでなお、美沙ちゃんに軽蔑されていないと言うような恥知らずではない。

 

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 真奈美さんを市瀬家に送り届けてから自宅に帰ると、そのままズドンとベッドに倒れこんだ。美沙ちゃんの光子力ビームが効いている。

 うう…。このまま、ずっと美沙ちゃんに異常性欲サイコ野郎と思われながら生きていかねばならぬのか…。

 ついつい意味もなく携帯電話の電話帳を呼び出して、美沙ちゃんの電話番号を見つめてみたりしてしまう。この発信ボタンを押せば、美沙ちゃんにつながるのか。美沙ちゃんの声を聞いて、話ができるのか。

 押しそうになる親指を理性が踏みとどまらせる。

 着信拒否とかになってたら、死ぬぞ。

 しかも、なんだか普通にありそうな気がするのが嫌だ。

「にーくん?だいじょーぶっすか?」

ぎろり。

 こいつだ。こいつが、美沙ちゃんに余計なことをするから、夏休みのあの日にキレて二度と口をきいてくれなくなったのだ…と、考えてひっかかりを感じる。あれ?なんかおかしくないか。

「にーくーんー」

むぎゅ。

 うつむせに横たわる俺の背中に妹が乗ってくる。暑い。

「あちい…。離れろ」

「にーくーんー。美沙っちがっすねー」

今、一番聞きたくない話題だ。

「…俺のことをキモいと言っていたのか?」

「それも、言ってたっすけどー」

やっぱり、言っていたのか。知ってたけど、あらためて言われるとやはりヘコむ。

「エロゲー返して来たっすー」

どさっと、Forever 21の紙袋に入った物体がベッドの上に返却される。この袋に鬼畜エロゲが入ったのは史上初かもしれない。

「んでー」

「まだ、なにかあるのか…」

妹はまだ、俺を殺し足りないのだろうか。

「他のエロゲも借りて欲しいって言うから、借りてくっすねー」

殺したりなかった。死者に鞭打っている。

 妹が、戸惑いなく本棚の漫画をどけて、その裏側からパッケージを取り出す。そこもバレていたか。ああ、そうか。今度は、それを美沙ちゃんがやるのか…。そこにしまってあるのは「ヤる・ヤる・ヤリまくる!の三拍子がそろった、お姉さんにやられるアドベンチャー!」《スイートホーム》だったはずだ。

「にーくーん」

「…もう、好きにしてくれ」

枕に顔をうずめたまま言う。

「じゃあ、ちょっとだけ好きにするっすよ」

ちょっとじゃないだろ。好き放題に蹂躙してくれてるじゃないか。

 ちゅぱ。

 頬に冷たいような、濡れたような感触。

「?なにをした?」

「…なんでも、ないっすー」

やけに、ニコニコしながらエロゲを持って妹が出て行く。ここまで来たら、美沙ちゃんにばれるエロゲが一つ二つ増えたところで、なにも変わるまい。

「ぶへぇー」

デカいため息一つ。

 

 美沙ちゃんと、それなりに幸せだったはずなんだが、どこで変わってしまったんだろう。

 そうだ。あの日だ。

 あの日、美沙ちゃんが俺にキレた日から始まったんだ。あの日、美沙ちゃんにビンタまでされて昼過ぎに家に帰ったとき、妹がエロゲの物色をしていたんだ。それで、エロゲが美沙ちゃんに渡ってしまった…。

 あれ?

 時系列がおかしくないか?

 なんでエロゲが渡る前に、美沙ちゃんがキレているんだ?

 おかしいぞ。

 なんでだ?

 あの日の会話を思い出してみよう。なるべく正確に、思い出そう。

 あの日美沙ちゃんは、なんで怒ったんだ?

 エロゲが原因じゃないとするとなんだ?

 

 たしか、殴られる直前に俺は…。

 

 そうだ。「ごめん。もう、スケベな目で見たりしないよ」と言おうとして殴られたんだ。

 

 その前はなんだ?…コンボだ。

 

 美沙ちゃんに会うたびに視線が落ちてたり、水着の試着で目が泳いだりしてて、美沙ちゃんに幻惑されるたびにコンボを積み重ねていたんだ。それにしても、そもそも、一番最初はなんだ?なにがきっかけで、スリー・コンボのラッシュに入ったんだっけ?

 

 えーと。

 

 そうか、変態野郎って言われたんだ。たしか、真奈美さんの髪の匂いを嗅ごうとしてたとか、真奈美さんに抱きつかれたときに背中まで手を回したとかの罪だ。

 

 そっか、それにキレてたのか。

 だが、これもおかしくないか?

 

 なんで美沙ちゃんが、真奈美さんの背中に手を回して髪の匂いを嗅ごうとしてたと言って怒るんだ?真奈美さんが怒るなら分かる。だが美沙ちゃんが怒るのは分からない。それにさっきの順番だと、最後は「もうスケベな目で美沙ちゃんを見ない」と謝ったら、それでまた怒られたことになる。

 

 論理的におかしい。

 

 あまりに辛い記憶に、俺の脳が記憶の書き換えでもおこなったのかもしれない。そう思うほうが自然だ。

 

 

(つづく)

 

 

 

説明
今日の妄想。ほぼ日替わり妄想劇場。24話目。
真奈美さんや美沙ちゃんの奇行が目立ってきて、妹が普通に見えてきた。水準が上がってきています。

最初から読まれる場合は、こちらから↓
(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

メインは、創作漫画を描いています。コミティアで頒布してます。大体、毎回50ページ前後。コミティアにも遊びに来て、漫画のほうも読んでいただけると嬉しいです。(ステマ)
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コメント
コメントありがとうございます。もっとやりますよ。(びりおんみくろん (ALU))
作者は中々の妄想スキルをお持ちで....もっとやれ!!(まっくす)
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小説 ラノベ ラブコメ  ヤンデレ 

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