魔法少女リリカルみその☆マギカ 第4話 |
第4話「能力者・美園」
昼休み、美園は今日歌と生徒会室前の広間にいた。丸テーブルにつき、昼食の弁当を食べた後で、「そろそろ生きましょう」と立ち上がる。
二時間目の授業が終わった直後、美園は即座に二年一組の教室へ行き、今日歌を呼び出していた。「四時間目が終わったら、すぐに生徒会室前に来なさい」と告げ、重要であり、今日歌の協力が必要だ、という雰囲気だけ漂わせ、教室へ戻ったが、今、座ってこちら見上げている今日歌は、美園が何を企んでいるのか、ほとんどを見透かしている様子だった。食事中も、何故呼び出したのかを一切聞くことなく、黙々と弁当を口の中にかきこんだ。
弁当箱はテーブルの上に置いたままで、三階へ降りる。周囲は生徒が平然と行きかっているが、美園と今日歌は忍び足だった。第四理科室の前についた。ガラスはガムテープで応急処置がなされており、ドアノブを握っても、開かず、鍵がかかっている。
「困ったわね」と洩らすと、「大丈夫」と今日歌がポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。光を反射し、輝きを帯びているように見えたそれは、まさしく第四理科室の鍵だった。
「どうして、それを?」
「二時間目、美園、急に来たよね?」と話始めた今日歌は、胸を張り、得意げだ。「あんたが急に来るってことは、何かよからぬことを企んでいるんだな、って察したわけ。それで、昨日のことを思い出したんだ。あんたが『エイリアンを見た』って、聞き分けのない子供のように喚いていたのをね。だから、また行くのかな、なんて思って、三時間目が終わった後の休み時間に、職員室からこっそり拝借したわけ」
いつも、察しの良い今日歌だが、今日に限っては突出して冴えている。なんだか、不気味にも思えるが、「やるじゃない」と美園は素直に感心し、微笑んだ。
手渡された鍵を、ドアノブの錠に差込み、開ける。相変わらず、後ろを複数の生徒が通り過ぎていく中で、音がならぬように、こっそりと開け、二人して、忍者のように、すっと中に忍び込んだ。
真昼間ではあるが、室内は暗い。それも薄暗いなどというものではなく、真っ暗だ。トンネルの中に迷い込んでしまたのかと錯覚するほどで、二人の影が、ドアの窓から差し込んでくる微かな光を遮っていた。
「不気味だね。これだと、電磁朗がマッドサイエンティストって呼ばれるのもわかるね」と言いながら、今日歌は電源をつけた。室内はぱっと照らされ、明るくなる。
一夜明けて、室内が広くなるなどということは当然なく、室内は相変わらず狭い。書物や器具がひしめき、窮屈だ。右側にあるテーブル、その上のビーカーが倒れたままなのを見て、現場を保存しているのね、と美園は自分が倒した犯人であるのに、他人事のように思った。
ちらりと背後を一瞥した今日歌は、二度見をし、鳩が豆鉄砲食ったような顔をした。その瞬間、彼女は美園の腕を掴み、引きずりおろすように、座った。「いったい、どうしたのよ」と質問するより先に、今日歌は、しーっと口元に人差し指をあて、声を出さないで、と合図し、それから小声で、「科学部のやつらが来た」と手を伸ばし、ドアの鍵を閉めた。
二人は、こういったことは毎度起き、もう慣れた、という様子で、目配せをした後に、二人は二方向に散り、テーブルの陰に身を潜めた。その際、例の書物タワーがいくつか倒れ、どさっと音と埃を立てたが、気にしている余裕はない。
膝を折り、テーブルに背をつけたところで、ガチャっと鍵が開く音がし、ドアが開かれる。水が流れ込んでくるように、騒音が室内に入り込んできて、廊下を行く生徒の会話が聞こえた。「昨日の『マネーの豚』見た?」と呑気に昨日放送したテレビ番組の会話を繰り広げている。
「犯人はまだわかっていない。現場は保存してある」
科学部の部員のものと思しき低い声が聞こえてくる。その声に「誰なんですかねぇ、こんなことしたの。部長、相当怒ってましたよ。あのスーパーイモムシ液が消失してからすっかり元気なくなって……」ともう一人が答えた。最低でも二人はいる。陰からゆっくりと覗こうとも思ったが、危険だと察知し、やめた。
「スーパーイモムシ液」とは、昨日、今日歌から手渡された紙に書いていた、放射能を浴びた毛虫から抽出した液体のことだろう、とぼんやり考える。頭に浮かんだのが、すり鉢いっぱいの毛虫をすりこぎで、ぐちゃぐちゃとすり潰すものだったので、想像した自分で吐きそうになり、「うえっ」と舌を出した。
「うえっ」は自分でも気づかなかったが、声に出ていたらしく、「今、何か声がしなかったか?」と科学部員の一人が言った。おそらく、こちら側に顔を向けているに違いない。美園はすぐさま両手で口を塞ぎ、目を見開いたまま、息を止める。
今日歌のことも心配になる。果たして彼女はちゃんと隠れられたのだろうか。きっと今日歌のほうが、背筋をぞっとさせているに違いない。
科学部員のもの思しき足音が近づいてくる。美園は場所を移動しようと右を見た。金属製の実験器具で前が塞がれている。まさに絶体絶命だ。美園は身体を反転させると、手で顔を隠し、指の間から目を出す。前方を確認できるようにした。
部員がこちらに顔を覗かせた瞬間を狙い、飛び出し、できれば一発殴り、逃走するという作戦だ。この際、今日歌がどうなったって構わない、とも思った。
身構え、その時を待つ。今まで気づかなかったが、チクタクと時計の音が耳に入る。科学部員の喋り声が聞こえない。やはり、忍び足でこちらに近づいてきているのか。
待ちきれなくなった美園は、実験用テーブルの陰から、ちらりと覗いてみた。だが、すぐに顔を引っ込める。部員と目が合ってしまった。一瞬焦り、あたふたしたが、すぐに身構え、逃げる準備をした。顔を手で隠していたため、まだ、自分が誰かは気づかれていないはずだ。
「ま、魔君ヶ先 (まきみがさき)さん、ちょっと来てください!」慌てた様子で部員が後ろにいるもう一人の部員に言った。
「何だ?」
「何かいます!」
その「何か」である美園は、じっと息を潜め、彼らがとっ捕まえに来るのを、今か今かと来るのを待つ。
「何かとは何だ?」
「何かです!」
今すぐ飛び出して、「『何か』じゃなくて、生徒会長の美園様よ!」と胸倉を掴んで振り回してやりたいが、必死に堪える。
足音が聞こえてきた。二人同時にこちらに向かっている。足音の数からわかった。狭い部屋なため、こちらに来るのに時間は一切要さなかった。あっという間に来、二つの顔が美園の姿を確認する。
予定通り、美園は思い切り飛び出した。
意図したわけではないが、頭突きをお見舞いし、その場から逃げようと、出口に向かって走ろうとした。しかし、腕をぐっと掴まれる、振り向く間もなく、身体が床に叩きつけられてしまった。
心臓の鼓動が跳ね、一瞬、何が起こったか理解できなかったが、仰向けになった自分の視界に眼鏡をかけた科学部員の逆さまの顔が入った。それが魔君ヶ先なのか、もう一人なのかはわからないが、美園はじたばたと暴れる。
思いのほか、二人が美園をおさえつける力は強く、抵抗しても、身体が動かない。異常とも思える科学部員二人の腕力を前に、一切の太刀打ちができないまま、美園はあっけなく捕まってしまった。
どこに連行されるのか、今日歌は逃げたのか、様々な不安が脳裏を過ぎる。
連れて来られたのは、意外にもすぐ近く、第四理科室の奥にある実験室だった。科学部員の二人は、大量の書物タワーを崩しながら強引に美園を実験室の中へ放った。
美園はすぐに身体を反転させ、抵抗しようと部員に掴みかかるが、やはり力が強く、腕を掴まれ、埃で汚れた床にねじ伏せられてしまった。
頬が床に押し付けられる。「レディなんだから、もうちょっと丁寧に扱いなさいよ!」と主張しても、彼らは一切意に介すことなく、美園の手をぐっと引っ張り、後ろに回すと、ロープで縛った。
実験台に座らされる。不貞腐れながら前を見ると、ビデオカメラが目に入った。美園を取り押さえた科学部員二人とは違う、女子生徒が、カメラを回している。彼女も恐らく、科学部員なのだろう。他の二人と同様、白衣を身に纏っていた。
「まさか、生徒会長がこのようなことをするなんて、信じられませんね」と部員が、眼鏡をいじりながら、不適に笑う。声が低いため、彼が魔君ヶ先なのだとわかった。「生徒会長が、スーパーイモムシ液を盗み出し、何に使うというんですか?」
「ちょっと待ちなさいよ!」美園は反論する。「逆に聞くわ。私が小汚いイモムシの体液なんて盗んで、何をしようっていうのよ」
「あなたは知っていたはずだ。我が校の科学部、いや、部長である電磁朗先輩が、世界初の超能力を入手できる魔法の薬品を開発しているのを」
『放射能を浴びた毛虫の体液から抽出した液体』という文字が浮かぶよりも前に、美園は今朝のことを思い返した。遅刻しそうだった彼女は、直感で「飛べそう」と思い、実際に飛んだ。一棟の屋上まで。浮遊ではなかったが、重力を無視することができた。魔君ヶ先が言っているのは、このことに違いない。
では、昨日浴びたあの液体が、毛虫汁で、美園に能力を与えたのか。「毛虫汁」という言葉を自分で思い浮かべて、嘔吐(えず)く。
「私は知らない!」美園はあくまで、そう貫いた。「魔法の薬品って何のこと? どんなヤバいモノを開発しているのかはわからないけど、私を巻き込まないでちょうだい!」
女子部員がカメラを回してるのが気になり、指摘しようとしたが、視界に魔君ヶ先がどんと立ちふさがった。「じゃあ、誰があの薬品を盗んだというんだ!」
投げやりな言葉で、茶化すような気配を感じたが、魔君ヶ先は眉間に皺を寄せ、顔の全てのパーツが中心に吸い込まれそうだった。
「白状してください!」と別の男子部員も詰め寄ってくる。
何か、エネルギーのようなものを感じたのは、その時だった。今朝感じた、もやもやにも似ているが、今回のこれは、はっきりとしている。少年漫画で主人公の少年が感じるエネルギーというのは、こういうものを指すのではないか、というほど、力が溢れてくる。それは、両腕、特に拳に集中していて、今なら、この力を駆使し、ロープを外すことができるかもしれない。
両手に思い切り力を込め、左右に引っ張った。見事に、ロープは千切れ、手が自由になった。魔君ヶ先をはじめ、その場にいた三人の部員がはっとした表情で、美園の手を見る。
にっと微笑みと、美園は実験台の上に立った。部員が身構える。女子部員は相変わらず、カメラをこちらに向けている。美園は勢いよく飛び降りると同時に、魔君ヶ先を蹴った。
魔君ヶ先は右の棚に身体を激突させると、ガシャン、と音を立て、棚と一緒に、魔君ヶ先が、低い呻き声を上げながら倒れた。棚から落ちたビーカーの破片や、液体が、床に広がる。棚の下敷きになった魔君ヶ先は、動かなくなった。
もう片方の部員が殴りかかってくる。美園はそれを冷静にそれをかわし、実験台に前のめりになった部員の腰を「よいしょー!」と男前な掛け声を発しながら、持ち上げ、離すと同時に、彼の尻を両手で押す。無様な格好で、部員が実験台の下に転落し、呻き声を上げた。彼はそのまま動かなくなる。まさか気絶したとは思わないが、相当、自分の力が強かったのかもしれない。
仲間二人が倒されたのにも関わらず、カメラを回す女子部員は放っておき、美園は一目散に逃走した。第四理科室を出て、生徒会室へ向かう。
広間に、今日歌の姿が見えると、ほっとするより先に、憤りを感じた。彼女は呑気に、どこから持ち込んだのかわからないティーカップに口をつけて、優雅に昼休みを過ごしている。
「何でここにいるのよ!」咄嗟に出た言葉がこれだった。
「あんたが、科学部の奴らに捕まった途端に、逃げたんだ」
美園は言葉を失った。今日歌を置き去りにして逃げようとして、自分だけ逃げようとした結果、捕まってしまい、自業自得ではあったが、部下である今日歌が一人で逃げてきたことには、納得がいかない。
落ち着かない様子でテーブルにつくと、美園は早速、「私、超能力を手に入れてしまったみたいなのよ」と顛末を話し始めた。今日歌は、「へえ」「ほおん」と興味無さそうに適当な相槌を打っていたが、話が終わると、立ち上がり、「それって、すっごい面白そう!」と目を輝かせた。
昼休みの終了を告げるチャイムが鳴ったのも同時だった。
「その話すごい面白そうだから、放課後また話聞かせてねー」と言いながら、今日歌は走り去った。その口ぶりは、美園の話を実話だとは思わず、空想の話をしていると、思い込んでいるように感じた。「放課後また、その妄想聞かせてねー」美園にはそう聞こえた。
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再度、第四理科室潜入〜第二の能力覚醒 |
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