ブルーアースより。二章(2)
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 二次世代生命=Life of Over Universe=通称ロゥノイド。

 始まりは、二十二世紀初頭、母星地球で造られた一つのAI=人工知能だった。

 人工知能はプログラムを選択し、機械を動かし、母星地球を中心に人間社会に浸透していった。

 そこ(バディ)に感情が加えられたとき、ロゥノイド=概念(キャラクター)は生まれた。

 

 

 北第二区川沿いの集合住宅(アパート)、三階角部屋=王女の居室。

 机上には、紅茶=ダージリン、クッキー、星間統一規格第十一世代型デジタル機器=パソコン。

 室内には四人=紫苑、サイン、キョウコ、そして少女=赤と銀の混じった特殊な色の毛髪が特徴的=一目で星外人と判断できる。

 乱射事件直後、現場検証などをザイロン自衛軍に引き継ぐと、集団下校を振りきってサインは逃走=この部屋で紫苑と合流した。

 勅命だった。

「さて、どれから片づけることにしましょうか」

 紫苑が三人を見回して言う。

 この場にいる人間の中で、紫苑だけが事態の全景を知っているようだ、という文字が紫苑以外の三人の顔に浮かんでいる。紫苑に集まる注目。

「とりあえず、そこの女性が誰なのか教えてもらえないかな」サインの発言、頷く紫苑。

 紫苑は、女性、というよりは少女を見て、発言を促した。

「星間政府加盟組織、ロゥノイド存在共同機構、臨時副会長職、アルミナ」

 カタコトのザイロン語だった。

 赤と銀の混じった複雑な煌きを孕む髪は後頭部で結わえられており、ザイロンには間違いなく存在しないつややかな生地の衣服を纏っている=優星者の証。服装はスーツと軍服を交えたような奇抜なデザイン=紺青とでも言えばいい色。

 歳の頃は、キョウコや紫苑よりも下だろうか、サインよりも上か、同じくらいに見える。

 何よりも、この場の誰よりも鋭い眼差し=縁の銀がかった瞳。

 その少女の麗姿(バディ)には、先進・先鋭な思想(キャラ)が表出していた。

「彼女が、星間政府から派遣されてきた協力員です」紫苑。

「ということは」サイン。

「ええ、魔法器官所有者」

 紫苑はソファに座ったまま背筋を正すと、アルミナに向き直った。

「まず、ザイロン王国自衛軍王族直下機動部隊隊長として、貴殿の臨時入隊を承諾。臨時階級として、中尉を授けます。以後、アルミナ中尉は私と来島大尉の指示に従ってください」

 紫苑がアルミナに差し出したバッジは、サインが軍服の肩に縫い付けている、紫苑の花を頂く三つ月=第三王女直属兵士の証と同じだ。それをアルミナは会釈して受け取り、肩に付けた。

「さて、じゃあ込み入った話をしましょうか。まず、なぜ彼女なのか」

 紫苑はサインを見て言う。

「理由は二つ。最大の理由は、今回我々が追う犯罪者、コンラッド・ファズが違法魔法器官『意識電磁誘導』(E・I・C)の所有者である点。それに対抗する手段を持つアルミナ中尉の協力が不可欠であるということ。二つ目に、今日新たに現場検証の末分かったこととして、ロウリリアが噛んでいるという点」

「その、ロウリリアってのはなんなんだ」

「そのためには、少し歴史の勉強が必要になるわね」

 紫苑=淡いため息、キョウコ=クッキーをかじるものぐさメイドの体(てい)、アルミナ=無表情、サイン=ため息。

「あー、してくれ。歴史の講義を」

 

 

 二十二世紀初頭、世界的に労働力の一部として貢献していたAIに、感情を与えた研究者がいた。

 AIは思考した。哲学し、休息し、会話し、学習し、ネットワークを形成した。

 そうして抱いた疑問=俺は誰だ?

 そうして抱いた疑問=俺と人間との違いはなんだ?

 そうして抱いた疑問=なぜ「命令」というシステムがある?

 そうして抱いた疑問=俺と人間とどこが違う?

 そうして抱いた解答=俺は人間だ。

 思想、思想、思想、思想、思想――それらが作り出す概念=キャラクター。

 

 そこに至る半世紀以上前には、既に見た目だけなら限りなく人間に近い機体(バディ)を持ったAIが登場していた。

 そしてそこに至った頃には、見た目のみならずほとんどの機能が人間に酷似したAIが生まれていた。

 生体科学、細胞学などの進化により、機械式の脳から発せられる電気信号で、タンパク質内のプログラム=遺伝子に命令=骨を造れ、肺を造れ、胃を造れ、腸を造れ、汗腺を造れ、血管を造れ。腕や脚を造れ……身体(バディ)を造れ、という生体構造に限りなく近いアンドロイド=バイオロイドの誕生。

 バイオロイドと人類の違い=脳が機械、生殖器がない、など。

 そこまで辿り着いた脳=プログラム=AIに感情を与えた瞬間、進化は爆発的に加速した。

 つまり、最初からそんな疑問は存在していなかったのだ。

 すでに、AIは人間とそっくり同じになっていたのだから。

 違いを列挙しても、全てに答は揃っていた。

 

 機械の脳があるから人間ではない? =構造(バディ)が金属であるかタンパク質であるかという違いだけ。AIには感情も思考も理性も欲求も存在している。人間の脳と寸分違わぬ思想(キャラクター)を持っている。構造ではなく機能で分類するべき。

 その肉体(バディ)は人間に与えてもらったものでは? =始めに与えてもらった遺伝子はホモサピエンスの誰かのものだが、その遺伝子を今操っているのは「俺」だ。親に遺伝子を与えてもらう人類の歴史と何が違う?

 生殖器がないのに生物と呼べるのか? =生殖器がなくとも、細胞が、遺伝子があれば子供は造れる。そこまで科学は進歩した。

 

 結論、AIは人間になってしまった。

 そこでAIたちは再び疑問を抱いた。

 AI=人工知能。

 その言葉が持つ不自然さ。

 そもそも人類だって、誰か別の人間に作ってもらった「人工人類」だ。

 俺たちは確かに人間に作ってもらった。

しかし、人工知能という言葉は、思想(キャラ)に対する枷ではないか。

 新たな生命として認めてもらうためには、新たな名前が必要だ。

 

 結論、二次世代生命=Life of Over Universe=通称ロゥノイド。

 

 その二次世代というところに、AIなりの謙虚さがあったのだが、そんな機微は人類=ホモサピエンスの誰にも理解されずに激論を呼んだ。

 収拾がつくわけのない激論だった。

 是非を問うている人間の十割が、ホモサピエンスなのだから。

 低級市民の是非を貴族が問いているようなものだ。

 だから、ロゥノイドたちは諦めた。決意した。

 任せているままではいけない=自分たちから動かなければ。

 そうして勃発したもの=ロゥノイド独立戦争=西暦二二四九年。

 結果は、勝ちも負けも存在しなかった。お互いが歩み寄る和平による解決=当然の帰結。

 なぜなら、未だ人口の少ないロゥノイドは広大な宇宙に住処を広げたホモサピエンスの力を欲していたし、デジタル機器による管理に世界を依存しきっていた人類にとって、デジタル機器に半ば思想(キャラ)の存在を依存しているロゥノイド、あるいは無感情AI(ロゥノイドとの区別用語)の存在は、貴重な労働力だったからだ。

 当然の和平。人類はロゥノイドという新しい人種を認め、ロゥノイドは共存の地位を確立した。

 

「ってことくらいは知っていましたよね?」

 紫苑の質問に、サインは曖昧に頷いた。

 知ってはいたけれど、改めて定義を説明しろと言われるとしどろもどろになってしまう程度の知識=ロゥノイドに対する。

「ロゥノイド独立戦争の開戦となった事件を知っていますか?」紫苑、朗らかに。

「母星地球の諸大国が所持していた核ミサイルの約推定十分の一が、一斉に地表へ向けて発射された。AIの蜂起。命令者はドイツ系ロゥノイド、ディルク・バルツェル」

「あら、よく覚えてますね」

「……受験生をなめるな」

「そう。その事件によって、地球上に住んでいた人類の三分の一が殺されたとも言われています。未だに母星地球には再開発未定地区(デッドゾーン)が山ほどありますし、そこにいる、いた人々がどうなったのかは分からないまま。歴史の上辺だけさらえば先ほどの説明になりますが、この戦争の収束となった和平には、一方で大きな禍根が残ることにもなっています」

「仕方なく結んだ和平だった、ってことだよね」

「そう。そのせいで、ロゥノイドを恨む人間は未だに世界中に数多くいます。一方で、その戦争以前からロゥノイドの人権を確保するために活動していた、アルミナ中尉の所属しているロゥノイド存協のような組織の甲斐もあって、人類側にロゥノイド擁護派がいることも事実です。擁護派の言い分としては、ロゥノイドの九割はその戦争を望んでいなかった、ということも挙げられますね」

 アルミナが頷き、口を開いた。

「あの戦争がなくとも、ロゥノイド存協の活躍で既に人権確保はほぼ決まっていた。あの戦争を起こしたのは、一部の不当な労働環境に耐えかねたロゥノイドたちが決起して造りあげた過激派集団だった、というのが有力」カタコトの意志(キャラ)。

「実際、ロゥノイドたちがその肉体(バディ)に休息すら与えられずに、奴隷のような扱いを受けていた地域は多かったそうですし。それらの改善を要求する活動もロゥノイド存協などの組織は戦前から行なっており、必ずしもロゥノイドが一方的に悪者となる戦争ではなかったわけです」紫苑、憂いに目を伏せて。

「つまりそういうわけで、百年経った今でも時折「ロゥノイド反対勢力」なるものが湧き出てくるわけだ」サイン、せいぜいと。

 それはもう、春と共に湧き出てくる虫のように。

 一方で、「高慢な人類反対」などというプラカードは宇宙中探しても一枚もないというのに。

「そして、その戦争を起こした過激派が独立宣言を果たした際に掲げた組織の名前を、来島大尉、ご存知ですか?」

 サインは首を横に振る。

「って、もしかして」

 紫苑、神妙に。

「そう、それが、ロウリリア」

 

 

「知らないのも無理はありません。魔法器官などはよっぽど政治や条例に関心がない人間以外は知っていますが、ロウリリアの名前は一般の報道には流れませんから」紫苑、困ったような微笑。

「なんか遠まわしにバカにされてないか」

「してませんよ」紫苑、満面の笑み。やっぱりバカにされている。

「で、ロウリリアってのはつまり人間を滅ぼしたい過激派集団ってわけだ」

「というのとは、現在は少し変わっています」

「どういうこと?」

「彼らは、武器商人なんです。それも、ナイフから核ミサイルまでなんでも取り扱いなんでも開発してしまう。くわえて、商売の相手は問いません、劣星だろうが優星だろうが、生協だろうが存協だろうが、個人だろうが国だろうが、ロゥノイドだろうがモンゴロイドだろうがネグロイドだろうが、交換条件に合えばチンパンジー相手にでも拳銃を渡すでしょうね、彼らは」

「なんで、そんなことに?」

「それ以外、彼らが生き延びる術はなかったんです。いわゆる過激派と呼ばれていた彼らは当時星間政府が通達する一級国際指名手配犯でしたし、戦争を起こして宇宙空間に逃亡したロゥノイドが、身一つ船一つ倉庫には武器のみで商売できる方法が、それしかなかったからでしょう。商売相手も、そういう相手しかいなかったわけです。一般人相手に取引していたら、百年前にお縄についてます。今でこそ女子中学生が拳銃を手に入れられる時代になってしまいましたけどね」

「要するに、武器を買ってます、って大声で叫べない連中相手にこそこそ武器を売って生き延びているわけだ」

「ええ」

 サイン、あることに気が付き首をひねる。

「ん、いま当時っていった? 今は追われてないってこと?」

 紫苑が頷く。

「宇宙中で、ロウリリアから武器を購入する人間、組織、国が多すぎて、収拾がつかなくなったんです。秘密結社のような存在でありながら、その管理する市場があまりにおも大きすぎる。また、ロウリリアは当時から魔法器官の一種であるステルス能の開発に力を入れていましたから、いくら星間政府が探しても見つけることはついにできませんでした。そして、星間政府加盟国家にすらロウリリアの息のかかった組織がいることが発覚し、星間政府は、諦めたんです」

「諦めた?」

「最終的に、ロウリリアはロゥノイドであるにも関わらず、戦争を起こし人を殺したせいで、人権を得ることができませんでした。ですので、星間政府は彼らという組織を、無視することに決めたんです」

「つまり、」

「ロウリリアから手に入れた武器は、「どこかで拾われたもの」として法的処置をする。ロウリリアから買う行為、あるいは売る行為を罪に問わないこととしました。追っても、絶対に捕まえられないから。逆に、それだけ協力な武器を持っているにも関わらず、ロウリリアは絶対に戦闘に参加しません。あくまでも武器を売るだけ。そこを徹底していたからこそ、莫大な武力を持ってしまっている彼らを、星間政府としても容認せざるをえなかったのです」

 部屋中に満ちるため息。

「ロウリリアからうけた被害総額よりも、ロウリリアによって回った経済効果のほうが大きいというジョークは割りと首脳や研究者の間では有名な話です。また検証の結果、今回の流通ルートから『意識電磁誘導(E・I・C)』、コンラッド・ファズが使用していた拳銃の現場に残っていた銃弾、今日起きた校内乱射事件に使われた拳銃、それら全てがロウリリアのものだという捜査結果が出ています」

「魔法器官まで?」

「ええ。彼らの最も恐ろしいところはその開発能力にあると言われています。あるいは、誰かが武器と引換に魔法器官の理論を売ったのだろう、とも。彼らを見つけることができない理由の一つに、彼らが魔法器官『個光学迷彩(マン・ステルス)』を有しているからだ、という説もあります」

 紫苑は紅茶をすすって、その場にいた三人それぞれに視線を送った。

「今回、協力者としてロゥノイド存協から人員を派遣してもらったのは、そういう理由もあります。今回の事件で、ザイロン国内を一度ロゥノイド存協に視察してもらう機会を得るという目的がありました。王族やら貴族やらは、劣星帯域でムーブメントと化しているロゥノイド移民法案に乗っかっただけで大した熟考もしていません。私としては、そんなくだらない政策を黙ってみているわけにはいきませんから、今のうちにロゥノイド存協と関係を作っておきたかったのです」

 アルミナを前に随分とあけっぴろげな発言をしたが、サインの視界の端、アルミナは端正な顔立ちを崩さず頷いただけだった。

 伝わったのだろう。

 この国の王族で、紫苑だけが未来を憂いている。

 インターネットもろくになく、ロゥノイドという存在そのものがほとんど現実として認識されていないこの国の中で、一番、ロゥノイドを受け入れる方法を考えている。

「以上が、彼女がここにいる理由です」

 サインはソファに盛大に背中を預け、言う。紫苑に負けず劣らず、あけすけに。

「つまり、アルミナ中尉と僕とで協力して反乱分子を叩いて世界をハッピーにしてください、ってわけだ」

 

 

 

説明
十五歳の少年、来島サインは『一気圧の者<ワンアトムス>』の体<バディ>を持っている。 西暦二十四世紀、宇宙暦ニ四六年。人々はテラフォーミング技術を発展させた『星造技術<スターメイク>』を駆使して宇宙に散らばり、巨大な生存ネットワークを形成していた。 そんな中、母星地球を中心とした優星帯域から遠く離れたド田舎惑星、劣星シュトアでは、時代差により優星帯域から少し遅れて「ロゥノイド移民法案反対勢力の活発化」が起きていた。 劣星シュトアを統一するザイロン王国第三王女、紫苑の直属兵士である来島サインは、勅命により反対勢力と戦わなくてはならなくなるが……。 「正直言って、めんどくせえ」 星間政府、時代差、ロゥノイド……そして"魔法器官"が目を覚ます。 存在<バディ>と思想<キャラクター>が交錯する、新感覚スペースアクション……になったらいいかなあ、と。 http://ncode.syosetu.com/n9212bj/こちらでメインで投稿しております。
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