象牙の塔のお菓子姫
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「1、2、3、4」

 

女の子が数を数えながら階段を昇ったり、降りたりしている。

 

「お、今日もいたのか」

 

騎士とプリーストのペアが地下への階段を降りようとして声をかけてきた。

 

「あ、こないだ大怪我してプリーストさんに泣きながら往復ビンタされてた騎士さんだ」

「そういう不名誉なことは忘れてくれるかな....」

 

だからドラキュラ探すのなんかやめようって言ったのに、とプリーストはまた怒り始めながら、ポケットから紙袋を出して女の子に渡した。

 

「はい、おみやげー。約束してたよね、露店で珍しいお菓子を見つけたら買ってきて欲しいって」

「うわぁありがとう」

 

女の子は紙袋をもらってニコニコしながら中をのぞいている。

 

「知り合いにお菓子好きすぎて仕事に失敗しそうになったことのあるアサクロがいるのよね........」

「あいつはいずれお菓子で命を落とすな......まったく」

「人のことは言えないでしょう!」

 

じゃあ今日は青箱をたくさん拾ってくるまで帰らないから、と言うとプリーストに引きずられて騎士は手を振って階段を下りて行った。

 

「お菓子お菓子」

 

彼女はそう言うとまた階段を上がった。途中の階で止まり、あたりを見回してから、壁に手を当てて何事か呟くと、壁の中に消えた。

 

 

 

 

「おかえりぃ」

「........また来てるし―」

 

人のベッドに勝手に寝っ転がって本を読んでいる。

 

「ちゃんと足洗ってくれた?」

「菌の一匹すらいないほど洗ったよ」

 

彼はそういうと、ぴょいっとベッドから飛び降りた。身が軽いのはわかるが、これが外から飛びあがって窓に入りこんだと言うんだから最初はあきれたものだ。

 

「ちゃんと言えば普通にすり抜けさせてあげるのに」

「めんどくさいしなぁ。万が一、壁の途中で抜けられなくなったらどうするよ?壁の中に塗りこめられて塗り壁、なんて僕はいやだなぁ」

 

彼はそういうと、本を本棚にしまった。

 

「また見たよ」

「へぇ、今日はどんなの?」

「プロンテラでね、教会の裏の墓場さ。夜散歩していたら、何ともやばそうな職業の奴に会ってね。奴の後ろにわらわらと黒い透けた人がついてたよ」

 

彼はよくそういったモノを見るらしい。物騒なところは真っ黒に見えるらしい。

 

「プロンテラだと教会は真っ黒だね。全くおかしな話さ」

 

お城なんてもう黒い炎に包まれているようにしか見えないね、と彼は言いながら部屋のぐるりを見回した。

 

「ココは綺麗だね。ゲフェンも案外綺麗だな。まあこの塔の下は真っ暗だけど」

「そんなんじゃ将来狩りとか行けないんじゃないの?」

 

彼女はもらったお菓子を彼にも勧めながら聞いた。キャンディーの一つをぽいっと口に放り込んで彼は着物の紐の結び目をいじりながら、

 

「だから将来はソウルリンカーになろうかなぁとか思って。そうしたらこういうのもコントロールできるだろうし」

 

そう言っていた彼は、急に何かに耳をそばだてると、立ち上がって窓を開けた。そっと気配をうかがった。

 

「じゃ、僕帰る。お菓子ありがと」

 

そういうとぴょいっと彼が飛び降りた数瞬後、壁からすり抜けて来た者があった。

 

「.....今、誰か居ませんでした?」

「たいてい、いてもいないって言うよね」

 

彼女はそう言うと、菓子袋を机の引き出しにしまって、入ってきた人物を嫌そうに眺めた。

 

「また?」

「またなんですけど........」

「どうしてこの塔が真っ黒に見えないかしらね...........見えないものが見えるからってなんでも見えるとは限らないのね」

 

彼女はそう言うと、入ってきたウィザードに連れられて、また壁の向こうへ消えて行った。

 

 

 

 

 

 

「何か見えますか?」

 

部屋の真ん中には豪華な装飾の椅子があり、彼女はそこに座らされていた。目をつぶっていたが、別に縛られているわけではない。

 

「べつにー」

 

そう答えると、部屋のぐるりを椅子の周りを取り囲むように座っている魔法使いたちは随分と落胆した様子だった。

 

「...........ほんとにこの子で合っているのか?」

「間違いがない、予言では....」

 

彼女は椅子から飛び降りると、腰に両手をあてて言った。

 

「あたしもうお部屋に帰ってもいい?ずっと閉じ込められてるの飽きたんだけど。っていうかこれ明らかに犯罪だよね?女の子一人にいくら払ったのか知らないけどさぁ、買って来てさぁ、人身売買で監禁だよねぇこれ」

 

彼女が毎度毎度最後には言い始める文句、というか正当な訴えではあるのだが、それが始まると、またやれやれ、といった雰囲気が広がり、その日も解散となった。

 

 

 

 

部屋に戻るとお話し合い、と言う名の説教が始まる。さっき彼女を連れて出たあのウィザードは、頭は勉強に関して使うにはいいのだが、人と会話するとなるとイマイチというより役立たず、というのが彼女の感想である。どこかの露店で掴まされてしまったsなしメガネとやらを戦闘で壊れては直しながら使っているのがまた気にいらない。と言うより、彼は何かにつけて彼女がストレス発散のはけ口にしているサンドバッグという気の毒な立ち場ではあった。

 

「いいですか、あの場所ではああいう過激な発言は控えてください。別に私たちは貴女をお金で買ってきたわけではありません。ほんとです。しばらくの間、こちらでお預かりして研究の助けになって欲しい、とお願いして、ご両親の承諾も得て....」

「でも全然手紙とか来ないじゃない!私は何回も出してるのに!どうせあんたたちが止めてるんでしょ?ひとでなし!」

「止めてるだなんてことはないんですよ、ただご両親はお仕事がお忙しいので.......」

「手紙一枚も書けないほど忙しいの?いつになったら会いに来てくれるの?」

「.........あの、実はちょっとここ数日連絡が取れてないんですよ、何しろ最近は魔物の活動が活発でして、物流にしろなんにしろ、途切れがちなんです。私も今度プロンテラへ行きますから.......」

「ノーレの嘘つき!もういい!」

 

言い捨てるとベッドにもぐりこんで、またしくしくと泣き出してしまう。こうなると不器用な彼に何ができるわけでもなく、非常に申し訳なさそうにポケットから何やら可愛らしい包みを出して枕元に置いて出て行った。

 

5分後、布団の中から小さい手がすっと伸びて、ぱっと包みを取ると素早く引っこんだ。

 

 

 

 

 

ノーレ、と呼ばれた青年が部屋から出てきて随分とがっくりと肩を落としていると、階段を上ってくる気配がした。

 

「サントノーレ」

「.........ああ、ちょうど良かった。プロンテラへこっちから行こうと思ってたんですが。報告書でしょう」

「もう書けたの?........そういえば、お菓子は気にいってもらえた?」

「どうでしょうね、たまにゴミ箱に投げ込んであることもありますからね。報告書は簡単です、『進展なし』」

 

サントノーレ、と呼んだのはさっき女の子が話していた、騎士とペアで来ていたプリーストだった。

 

「私の預かっている子は割と大人しいのよ。あなたの妹は随分と元気ね、むしろうらやましいぐらいだけど」

「妹だ、なんてまさかばらしてないでしょうね?」

「貴方が言うことだと思っているし、余計なことは言わない主義なの。教会で出世したご老人方がどんどん無口になっていく理由と同じよ。長生きしたいもの」

 

彼女はそう言うと、サントノーレから報告書を預かり、そのままポータルで消えた。

 

 

 

サントノーレはとある平凡な村で、村長の跡取り、として生まれた。この村では、代々魔力の強い家系としてずっと村長は世襲されていたので。お話に出てくるような「強欲村長が村の人々から毎年金品を巻き上げ果ては若い娘にまで手を出」のようなこともなく、ただ淡々と村の生活は続いていったし、続いていくはずだった。

 

サントノーレが8歳の時、妹が生まれた。両親は大変喜んだ。というのも、不思議とこの家系にはあまり女の子は生まれなかったからだ。別に男にしか継がせない、ということもなく、能力によっては第一子かどうかすら関係ないため、彼女が後を継ぐことも十分考えられた。しかし、サントノーレ自身は魔法使いには興味があったが、村長の仕事にはあまり関心がなかった。なので内心、彼女が後を継いでくれたら自分は自由に村から出て好きなことができるのだがそれを押しつけるのもなぁ、といった感じであり、妹のことは競争相手などとは思わず、ひどく可愛がった。

 

サントノーレは12歳の春に村を出て、ゲフェンの魔法学校に入学した。時々プロンテラに行って、珍しい物を見つけては、故郷に送った。流行の帽子や、かわいいぬいぐるみや、お菓子やら。

 

3年ほど過ぎたころ、事件が起きた。らしい。何がどうなったのか最初は全くわからなかった。魔物の群れが、村を襲ったようだ、という知らせだけが来た。サントノーレはすぐに村へ帰った。その時にはすでにウィザードの資格を得ており、例のプリーストも彼に同行していた。

 

特に強い魔物達ではなかったのだが、それを引きいていたのがかなり高位の悪魔であったらしい。到着したときには村には何もなかった。高位の悪魔だった、ということも、他でも襲われた場所があり、そこからの数少ない証言からもそう推測しただけだ。サントノーレの村では生き残っていたのは彼の家のお手伝いと一緒に、偶然山にドングリ拾いに遊びに出かけていた妹の2人だけで、一週間も後に山の中の小屋でやっと見つけた。

 

そのお手伝いが証言した。

 

「何日も前からお嬢様がとても情緒不安定になって、『お兄ちゃんを呼んで』とおっしゃって........それで気分転換にでもなれば、と思って遊びにお連れしたんですけど.....」

 

彼女は兄に懐いていたので、しばらく会えていないためにまたごねているのだろう、と周りは思っていた。が、それが胸騒ぎというものではなかったのかというタイミングで事件は起き、誰も助からなかった。実は事件が起きた時間頃に1時間ほど妹はお手伝いの女性とはぐれていたらしい。その間に何があったものか、事件数日前からの記憶はなく、何故かサントノーレのことも忘れてしまっていた。

 

 

 

 

 

「またふて寝してるんだ。いい加減学習したら?あいつらは君をココから出すつもりはないし、観念してココで過ごすしかないよ」

「それじゃただのいいなりじゃない!それに将来のことなんてほんとに何も見えないのよ!そういうのはあんたの得意分野じゃないの?」

 

タイミングを見計らったかのように、サントノーレが部屋を出てきっかり10分後にまたテコンの少年が現れた。手には、部屋に入ってきたときに彼女から投げつけられた金平糖の袋を持っている。

 

「郷に入れば郷に従え、ってね。君がここから出るには、君自身が出られるだけの力をつけるしかないよ。あいつらは君に助けてもらいたがってるんだ。君が上手いこと言って適当に味方につけておけば、学校にも行けるし、きっと君なら強い魔法使いになれる。そうなったらこんなとこ出てしまえばいいさ」

「魔法なんて嫌いなの、私は!」

「だからってふて寝してたって何も変わらない。ノーレだって君をココから出すことはできないようだし。ホントは彼だってこんなとこに閉じ込めておきたくはないはずなんだけどね」

「..........私にどうしろって言うの?」

 

彼は立ち上がると、甘えるな自分で考えろと言いたいところだけど、と言いつつも

 

「僕だったらきちんと言うこと聞いてるふりをして、大人しく魔法の勉強でもするね。高位の魔法使いともなれば自分一人でも生きていくこともできる。こんなちっぽけな部屋に閉じ込めておくなんてまあ無理だしね。サントノーレを敵に回すのは感心しないな。ちゃんと味方につけて、いざとなったら盾にしてでも出ていけるぐらいの気がなくちゃだめだよ」

「盾って......」

「普段言うほど嫌ってはないようだね。それでいいと思うよ」

 

そう言うと、またひょいっと部屋を出て行った。来たときのように、一瞬で。

 

 

 

次の日の朝、サントノーレが部屋に行くと、彼女は何やら改まった様子で部屋の真ん中に座っていた。

 

「おはようございます、マリカ」

「おはよう」

 

彼女はいつもはろくに返事も返さないのだが今日は機嫌がいいのかな、と思いつつサントノーレはこっそりゴミ箱をのぞいた。投げ込まれてないということは金平糖はお気に召したということだろうか、今度キロ単位で買ってこよう、などと彼が下僕思考に浸っていると、ちょっと、と袖を引かれた。

 

「なんですか?」

「わたし」

 

彼女はちょっとためらったが、やがて一晩考えたセリフを口にした。

 

「わたしやっぱり将来のこととか皆が言うようには見えないのよ。でも魔法の勉強とかして強い魔法使いにでもなれば違ってくるかもしれないと思うの。だから、魔法学校に入学したいの、行かせてもらえないかしら」

 

............ちなみに、彼女は金平糖が嫌いである。

説明
前の小説に引き続いてまだ序章の一部なのでまたいきなり始まってぶつっと終わる感じですがいずれどこかでつながるはずなのです。
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