恋姫無双〜決別と誓い〜 第二十二話
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では今回の審議では三権の分立をどのように確立させるかですが・・・・」

 

議長となった私が進行を促すため議題を提供する。

 

主任となってもう二年は経ち、内容の骨組みはもうあらかた出来上がっていた。

 

残るは三権についてのみ・・・・。

 

これでこの国を抑える力となる憲法が発布されるのだ。

 

地方と建業の行き来は過密日程の中困難を極めたものだ。

 

なぜこれほどまでに急いだのか?

 

魏との休戦の期限が近いというのもあるが、

 

これには二つ訳が有る。

 

一つ目は諜報部が魏と漢王朝が接近を強めているとの情報を掴んだからだ。

 

曹操の叔父は王朝の元役人でありまた曹操も官位を持っているため接近は容易だ。

 

ただ漢王朝自体すでに弱体化しておりもはや形骸化したようなものであるが魏が王朝と手を組めば自分たちに逆らう国々を撃退する大義名分が出来ることを意味する。

 

王に逆らう国は朝敵として討伐するという脚本がすでに出来上がっていることだろう。

 

また王朝も曹操の力を借りかつての権威を取り戻したいという利害と一致しており曹操に高い官位を与え復興をなんとか成し遂げようと考えているようだ。

 

呉の国民を黙らせるには逆賊として始末。支配を一気に強めたいと考えているのだろう。

 

二つ目は蜀の動きだ。

 

蜀、劉備の目的は漢王朝の再興である。

 

つまり曹操と協力すれば再興の道へ大きく前進することとなる。

 

魏には同盟を結びたいなら王朝再興に一枚噛ませろと以前のように主張することは間違いないし、呉にも同盟脱退をちらつかせて強気の外交をしてくることは間違いない。

 

行政府は最悪蜀との同盟破棄を視野にいれ山越、南蛮との関係強化に力をいれると共に諜報部をつかい蜀の国内に動揺を走らせる不安定化工作も指示しできる限り蜀を牽制するつもりだ。

 

しかし不安定化工作がうまくいっても時間稼ぎにしかならない。

 

呉は一国家として独立を果たし対抗できる力をより一層つけなければならないのだ。

 

その第一歩が憲法制定なのだ

 

殷の時代から遡っても前例がない民衆が民衆を統治する体制は国民に対して安息と平和を与えるものとなるのだ。

 

王朝にはない新たな秩序を山越、南蛮そして蜀でやらなければならないのだ。

 

私たちは最後の詰めに全力を注ぐべく声を張り上げたのだった。

 

「では三権についてはまた翌日話し合うことにして今日は解散ということで・・・」

 

議長の私が解散を宣言する。

 

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外はもう日が沈み顔が認知できないほど暗い。それほどまでに時を忘れ没頭していたのかといつも皆驚いているらしいが・・・。

 

「周瑜様よろしいでしょうか?」

 

この声は今回知識人として呼んでいた水鏡のはず。

 

「はい?なんでしょうか?」

 

もう暗くて顔が分からないが声で分かる。なんせ先程まで論争を繰り広げていたからな。

 

「本題に入りますが朱里がこちらにいるのは本当なのですか?」

 

そういえば孔明は水鏡の教え子だったはず。やはり気になるものなのだろう。

 

教え子の身を案ずる気持ちは私にもよく分かる。

 

「ええ。現在はこちらで勉学に励んでいると聞きますが・・・・」

 

孔明はなんと末端の機関や前線基地などを視察することが多いと聞く。

 

原因はよく分からないが孔明をその気にさせた魯粛が絡んでいるのではと私は推測している。

 

「そうですか・・・・。やはり朱里は・・・・」

 

「何かあったのですか?」

 

「はい・・・。朱里はこの状況をどうすればいいか苦悩しているようでした。このままでは間違いなく国が荒廃すると」

 

以前から悩んではいたものの自分一人の力では具体的な行動を起こせないことに自分自身の憤りを感じていたのだろうか。

 

孔明は強い責任感と忠義に厚い人物だと聞くがやはり蜀の現状に対して不安を抱いていたようだった。

 

「朱里の重い背中を押してくれたのは間違いなく貴方がたです。ありがとうございます。朱里の代わりにお礼を申し上げます」

 

かしこまった様子でお辞儀をする水鏡に

 

「そんな・・・。お顔をお上げになってください」

 

と内心慌ててしまう。

 

なんせこの大陸で一二を争う知識人だ。そんな人物に感謝されるのは・・・・恐縮すぎる。

 

 

「それと驚かされたのは教育を受ける権利というのを確立したというのもありますね。私を含め勉学に勤しめるのは裕福な人間だけでしたから」

 

「農民、町民にも勉学がしたくてもできない子供たちがたくさんいました。これは大きな損失です。もしそんな有志ある子供たちが勉学に勤しめたら国はもっと豊かになれますからね・・・」

 

 

教育にも力を入れたいとは前々から思ってはいた。

 

だが以前北郷が言っていた学校という制度も試験的に建業で実施され今では大きな町村にも置かれている。

 

今は裕福な家庭でしか学問にありつけないし、役人の息子や娘しか勉学をできないのはあまりにもおかしい。

 

町民の中間層あたりまでしか今は学び舎に行けないがいつかは有志さえあれば誰もが自由に勉学に励むことができる。

 

そんな制度にしたいと私は考えている。

 

蓮華様も同じ考えらしく教育に力を入れることは将来の大きな投資になるからと予算を増額を約束してくれている。

 

雪蓮は国民が優秀になりすぎると国家の転覆を図る輩が出てくると危惧していたが私自身その考えには賛成できないものがあった。

 

優秀な人材が増えればそれだけ考える視点が広がり新たな打開策や振興策が立案される。

 

ましてや憲法、立法を知るにはそれなりの教育水準が必要である以上行わなければならないのは自明の理だ。

 

憲法の条項に

 

『政府は国民に対する普遍的な教育普及を使命とするとともに何人であっても国民には教育受けられる権利を有する』

 

と書かれているのもそのためだ。

 

「いつかはわかりませんが誰もがいつでも勉学に励めるようなそんな国にも私たちはしたいのです」

 

私はどこか得意げに中指でメガネをクイッと持ち上げる。辺りは真っ暗だがそれでもついついやってしまう癖だ。

 

「そうですね・・・・。それが将来の、次の世代の育成につながりますものね」

 

と水鏡もそのことに関しては先程の孔明の経緯を聞いたときのように嬉しさを交わらせた口調で同意するのであった。

 

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俺はひたすら先が見えない道を歩き続ける。辺りは灰色で無機質な風景が広がっている。

 

どこに向かっているのかは自分でもわからない。

 

とりあえず前へ、前へと誰もいない無機質な道を歩き続ける。

 

「あぁ〜。痛いよぉ〜。痛いよぉ〜」

 

前に自分の殺した人間が次々と出てきては俺を取り囲む。

 

頭が割れ髄液が飛び出ている者。首が半分取れかかって大量の血が吹き出ている者。

 

皆苦痛に呻きながら俺を凄まじい形相で睨みつけて俺の手足を掴み動けなくさせると地面が急に流砂にでもなったかのように沈んでいく。

 

いや死者が俺を奈落の底に連れて行こうとしているのか・・・・。

 

抵抗はできない。すごい力だ。

 

真っ暗闇ななかズブズブと沈んでいきやがて全てが飲み込まれると同時に何処からか声が聞こえる。

 

「・・・・・のに。・・・・・・て言ったのに」

 

目の前に聞き覚えのある声。

 

だがその声はどこか憎しみと哀しみが篭っているように聞こえる。

 

「雪蓮か?雪蓮なのだろう?」

 

俺が何もない闇で叫ぶとボゥと姿を表す。

 

雪蓮だがその顔は血の気がなく俺を汚い汚物でも見るような目で睨みつけてくる。

 

「貴方は人殺しには向かないって言ってたのに。それなのに・・・・・」

 

「違う!俺は・・・・・、君のようにもう大切な人を失いたくないから。だから・・・・」

 

「だから何?そんな理由のために一体どれだけの人が犠牲になったと思う?そんな罪滅しのために貴方は幾重もの人々を殺したのよ・・・・!」

 

「違う!!違う!!やめてくれ・・・。俺だって殺したくはなかったんだ・・・・・。でも殺さないと、仲間や大切な人をまたなくしてしまうことに・・・・」

 

弱々しい声で否定しうずくまる。

 

「それでも貴方は殺し続けた。自分のエゴを正当化させるために。自己満足を満たすために」

 

彼女は冷たい眼差しと憎しみが混じった口調で俺を否定してくる。

 

「お願いだ・・・・。やめてくれ・・・・・」

 

そんな彼女に対して俺は掠れて声が出ない。何も彼女に反論ができなかった。

 

(俺のやっていることは間違っているのか・・・・・)

 

奈落の底で自分を全否定する声を聞きながら俺は自分自身に絶望するしかなかった。

 

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「はっ!!」

 

目が覚めると見知った天井がそこにあった。

 

(また夢か・・・・)

 

自分が悪夢でうなされていた事にため息が漏れるが悪夢が見れるというのはまだいい傾向だとどっかで聞いたことがある。

 

つまり脳に蓄積されたストレスを悪夢によって無意識に発散させているらしい。

 

体がストレスでおかしくならないための救済措置のようなものだと以前フランチェスカのカウセリング担当の教師が話していた。

 

問題はストレスが蓄積された状態で夢も何も見なくなったときが最も危惧すべき状況なのだと。

 

そう考えると俺の体はまだまだ大丈夫のようだ。

 

汗だくになった体に不快を感じつつも外に出る。夜明けで日がチラチラとこちらを伺っているようだ。

 

「さて」

 

俺は一通り体を伸ばす。まぁストレッチとでも言うもんか。

 

部隊の皆は俺のこの体操を見てると変な動きをしてる痛い奴にしか見えないらしいが最近では俺の動きを真似した部下が

 

『動きが良くなりましたよ。これいいですね!』

 

なんて言うもんだから今では皆がこの体操をしている。

 

そして一通りほぐしたら今度は軽いランニング。

 

建業の町並みはまだ眠りについている。

 

人通りもなく気配も全くない。皆今頃夢の中だ。

 

ランニングが終わると直ぐに筋トレを始める。

 

今では流れ作業のように進められているが、黄蓋にしごかれたときなんかはマトモに体なんて動かせなかったもんだ。

 

それから剣道の素振りを始める。

 

俺は毎日これを朝始まりに行うことにしていた。

 

皆より弱い自分は皆が鍛錬をしていない時でもしなければならないというある種強迫観念みたいなものに突き動かされていたのは否定できない。

 

それぐらい必死だった。

 

(でも今はどうだ?俺はあの頃と同じような志で毎日を迎えられているのか・・・・)

 

さっきの悪夢が脳裏によぎる。

 

「人殺し」

 

だと。

 

初めて人を殺したのは四年前だ。

 

今でも忘れない。

 

『死にたくない・・・。死にたくないよぉ〜』

 

と命乞いする間諜だった。それもまだ年端のいかない子供を俺は殺めた。

 

迷いはなかった。

 

ただ殺したあと、今までの自分とはもう違い別の北郷一刀が現れたかのようなそんな不思議な感覚に囚われた。

 

今迄綺麗事を並べていた頃の自分から、手段のためならどんなことでもする非情な殺人機械へと変わったのだと。

 

それから戦役や裏方での仕事で多くの人を殺した。

 

俺の右手はいや体中もう血だらけに違いない。

 

それでも俺は殺しを辞められない。いや辞めることはできない。

 

それが大切な人を守ることなら・・・・だ。

 

『人殺し・・・・』

 

再び夢で言われた台詞が頭を過る。

 

それを無視し頭から追い出すためひたすら体を動かし続けた。

 

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それから朝に朝食を取るといよいよ何もすることがなくなった。

 

こちらはテレビや携帯もないため時間つぶしは書物を読むか鍛錬をするかしかない。

 

孔子の本を読んでいるとふと視界に外から見慣れた人物が入る。

 

周瑜だ。どうやら彼女も休暇らしい。

 

がいつかの件もあり不安に駆られた俺は本を閉じ、あとを尾けることにした。

 

気配を消すことは仕事柄慣れてる。

 

背景と同化しながら彼女の背中を追う。

 

(酒屋?)

 

彼女はオヤジさんの店で酒を買っていた。珍しい。

 

周瑜は酒を好んで買うほどあまり酒豪ではない。

 

『あまり飲み過ぎると皆に愚痴を吐いてしまう癖があるらしくてな。私自身あまり飲みたくはないのだ』

 

と以前苦笑しながら語ってくれたのを思い出す。

 

(なにか宴会でもあるのか・・・?)

 

彼女が去ったあとオヤジさんに声をかけてみる。

 

「おお!!一刀じゃないか!元気にしてたか?」

 

まるで息子を迎え入れるかのように温かい歓迎に内心胸を打ちつつも彼女のことについて聞いてみる。

 

「ああ。おかげさんで。ところで周瑜様を先ほど見かけたんだけど・・・、どこに行ったか知らないかい?」

 

「う〜ん。ついさっきここで酒を買っていってな。これから宴会でもというと

 

『まぁそんなところですね』

 

と言ったきりでな。結構ワケありな感じでな〜」

 

「そうか・・・・。ありがとう」

 

やはり何かある。これはますますあとを尾けなきゃならないな。

 

と考えオヤジさんにお礼を言うと思い出したようにそうだといって呼び止める。

 

「ああそうそう。今夜うちに来いよ。お前の話を聞きたいんだよ。な?おごるからよ」

 

と子供のような目の輝きで言うもんだから断れきれずにうんと頷いたしまう。

 

彼らにはお世話になってるし夜寄ることを約束するとすぐさま尾行を始める。

 

彼女の姿をすぐ見つけるとひたすらあとを尾ける。

 

街中を外れ、気がつくと森のなかへと入っていく彼女をみて俺は目的地を予想する。

 

森林を暫く歩くと小川のせせらぎがだんだんと聞こえてくる。

 

そう彼女は雪蓮が眠る場所へと向かっているのだ。

 

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「・・・・ずいぶんと手入れがされているな・・・・」

 

着いてから周瑜が驚いたようにそう呟くと周りをきれいに掃除し始めるがぴたっと動きが止まると大腿部に手をいれると同時に何かを投げつけてきた。

 

「!!」

 

俺は気がつく前に反射的に回避行動をとると俺がそこにいた場所に小刀が突き刺さっている。

 

動かなかったら頭に突き刺さり即死だっただろう。

 

「こそこそと隠れてないで出てきたらどうだ?それとも私とは真正面で戦えない臆病者なのか?」

 

敵意のある眼差しと声で威嚇する。どうやら気づかれていたらしい。

 

「さすがですね。将軍」

 

「む?北郷じゃないか・・・。まったくお前はどうしていつもコソコソとしているのだ。見かけたら声をかけるのは道理じゃないのか?」

 

はぁと溜息をつき刺さった小刀を再びしまう。

 

「申し訳ありません。ですが将軍がまた無理なさっているか心配でして・・・」

 

というと彼女はいつものように溜息をつき、

 

「はぁ。大丈夫だ。お前と・・・・、その・・・・一緒にいてからは無茶はしていないさ」

 

どこか気まずそうに後頭部をポリポリとかく周瑜。

 

おまけに顔も若干赤い。

 

「どうした?顔が赤いけど、もしかして熱でも?」

 

「い、いや、これは仕様なんだ。気にしなくてもいい」

 

と目を泳がせてそう話す周瑜。

 

普段どうりの行動の見えるが軍で仕事をしている俺が見れば彼女は大分困惑しているようだった。

 

「それよりお前がこれを?」

 

「ああ。俺は一ヶ月の休暇をもらったからな。することがなくて・・・・」

 

「そうか。すまない」

 

「いいって」

 

といって暫く沈黙が支配するが周瑜は、

 

「お前は以前山越に駐在していたのだな」

 

「うん。行ってみたけど酷い有様だったよ。伝染病や食糧不足が蔓延していてまるで地獄絵図をみているみたいだった」

 

山越との戦争が終結したあと俺は治安維持のため暫く山越に滞在していた。

 

略奪や強姦、殺人なんて日常茶飯事。

 

飢えをしのぐために自分の排泄物まで食べる者もいた。

 

呉でも多少貧富の差は当然あるがここまで貧困を極めた状態を見るのは初めてだった。

 

「そうか・・・。私も一度行ったが酷い場所だったよ。まさにお前が言ったとおりだ」

 

「どうして俺たちは一部の人間の思惑でこうも振り回されてしまうんだろうな?」

 

周瑜は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、

 

「・・・・・その国で暮らす以上はそれが宿命だからだよ。北郷」

 

「・・・・・・」

 

「でもな私は『それ』に納得がいかない。だから今我々は同じ過ちを繰り返さないためにも知恵を振り絞って・・・・」

 

「・・・・・・」

 

珍しく熱く語る周瑜だがハッと我に返ると寂しそうな笑みをみせた。

 

「だがな北郷。それでも私はどうしようもない不安に駆られることがあるの」

 

周瑜は本音を言うときや弱っているときは必ず女性口調になるのは知っていた。

 

彼女は彼女なりに葛藤して悩んでいるのだろう。

 

だがその姿が雪蓮に重なり自分の心臓が跳ねる。

 

(何考えてんだ・・・。雪蓮と冥琳は別人だろ!!それを同一視するなんて・・・・・)

 

俺の動揺に気づいていないのか構わず話し続ける。

 

「我々がやっていることはその『我儘』なのだろうか・・・・?とな。

 

私がやっていることは国民を苦しめるものになりうるかもしれない。

 

そう思うといてもたってもいられない気分になるのだ」

 

「なるほどな・・・・。でもその考えは間違ってはいないと思う。

 

国民との温度差を痛感するときもあるかもしれない。でも周瑜は建業、そして地方の町並みを見てきたはず。

 

どんなに貧乏でも心が豊かだと思わなかったか?皆がつながり温かみのある地域だなって。

 

少し話が飛ぶが俺がいた国の話をしようか・・・・。

 

俺のいた国では確かに呉やこの大陸よりはるかに高度な技術を誇っていたよ。

 

建業から益州まで三日か五日で着いたり、空を飛べるような絡繰りを作れたり、果てにはどんなに遠くでも互いに会話することができるようなものまであった。

 

便利になればなるほどだんだんと距離が近くなってくと周瑜は思うだろう?」

 

周瑜は俺の話を聞いて驚愕していたが、

 

「ああ」

 

と首を縦に振る。

 

「その逆だよ。互いに疑心暗鬼に走り、表面的で無機質な縦のつながりだけが構築される世界。

 

それが俺たちの国だった。

 

でも呉は違う。

 

皆が助け合い寄り添って暮らしている。

 

それは甘えじゃなくて互いが不足している部分を補う。そんな感じに近いな・・・。

 

それは俺が生きていた国ではなかった、そして『それ』は俺たち人間が潜在的に欲しているものなんじゃないかなと思う。

 

周瑜はその『横』のつながりをなくさないように今迄死に物狂いでましては胃に穴が空くぐらい仕事をしているわけだろ?

 

お前のその姿勢はいろんな人が真摯に受け止め感じてると思う。

 

じゃなかったら誰が呉の軍、役所にこんなに志願してくるよ?

 

だからさ、もっと自信もってもいいんだぜ?」

 

俺の話を聞いた後ふふっと自嘲気味に笑う彼女を不振に思い、

 

「どうした?」

 

「いや、これじゃどっちが年上かわからないな・・・・とな。でもありがとう北郷。お前の言葉は不思議だな」

 

「不思議?」

 

「そうだ。お前にそう言われただけでそう思えるようになるんだからな・・・」

 

ドキッと胸が跳ねる。

 

周瑜の顔はどこか儚げでそれでいて切なさが入り混じったそんな表情で俺を見つめてきたからだった。

 

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そんな彼女をみて美しいと感じてしまう俺を内心戒める。

 

雪蓮が息を引き取ってもう四年。もうすぐ五年になる。

 

これまで貞操を守り、休暇で皆通っていた遊郭なども行くことがなかった。

 

雪蓮のことを愛していたこともあるし、自分がもうこれ以上女性を愛することもないと思っていたからだ。

 

だが周瑜が倒れてからその考えが大きく揺らいでいることは確かだ。

 

周瑜が倒れたのをみてあんなにショックだったのはやはり大切な人をもう目の前で失いたくないという気持ちがあったからと思ったが、

 

たとえば徐盛、朱然といったかけがえのない友人がもしあのような状況に置かれたらあのように取り乱したりするのだろうかと考えてみたら。

 

・・・・正直疑問に残る。

 

もちろん悲しむし涙も流すだろうがあのような激しく胸が痛むというのは考えがつかない。

 

本当は弱い人間なのに一生懸命自分を痛めつけてまで使命を果たそうとする彼女を見ていると支えてやりたい、守ってやりたいという気持ちが湧いてくるのだ。

 

『もうすぐ五年になるんだ。孫策様も許してくれるんじゃないか?』

 

と朱然が言っていたのを思い出し俺は内心嘆息をつく。

 

(雪蓮、俺は君との出会いやあの時感じた胸のときめき全てが嘘のように感じてしまいそうで・・・怖いんだ。俺はどうしたらいいんだ?)

 

目の前にある雪蓮の墓に語りかけるが何も返事はない。

 

がその代わり何時かに感じたあの涼やかな風が俺たちを包んだ。

 

「ふふ。私たちが来て雪蓮や孫堅様も喜んでいるようだな・・・・。さて雪蓮、孫堅様大変ご無沙汰しております。さぁお気にいりの酒をどうぞ」

 

と言って酒を二つの墓石にかけ近況を語る周瑜を尻目に、

 

俺は雪蓮と孫堅の後ろにある樹の葉が二つ舞い降りて重なり合うように、

 

ダンスを踊るかのように舞って落ちていくのを見ていた。

 

それが何を意味しているのか?

 

ただ風で木の葉が落ちただけかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 

(俺は・・・・・)

 

ギュッと握りこぶしを作るとうつむいてゴチャゴチャになった思考を整理する。

 

「どうかしたか北郷?一人黙りこくって」

 

ずっと黙っていた俺を心配そうな視線で見てくる周瑜に謝罪する。

 

「いや、わるい。ちょっと考え事でな・・・」

 

目の前で腰をおろし目をつぶって手を合わす。

 

(雪蓮、君のことを忘れるわけじゃない・・・・。だから・・・・)

 

どれくらい時間が経ったか分からないが目を開ける。

 

「・・・・もういいのか?」

 

「ああ。もう十分だ。以前俺はここに来てるしな。それより周瑜が居てやったほうが喜ぶだろ」

 

「そうか・・・・」

 

「それと・・・・」

 

俺との会話がまだ終わってないことに気づき周瑜は「ん?」と促してくる。

 

「今夜あの酒場でオヤジさんに呼ばれてさ。奢りだって言うし、もしよかったら・・・・」

 

「ああそうだな。じゃあ黄蓋殿も呼べばきっと・・・」

 

「いや違う。周瑜と・・・・、その・・・・飲みたいんだ。いいかな・・・・?」

 

周瑜は暫く呆気にとられていたが、やがて優しく微笑むと

 

「ああ。だが昼からでもいいのでは?お前は暇を持て余しているのだろう?付き合うぞ」

 

と昼からでもいいと言ってくる。俺はその考えが頭から飛んでいたこと失念し、

 

「ああそうだった。じゃあ昼から行こうか・・・・・」

 

と苦笑するしかなかった。

 

「では暫く待っていてくれないか?私は雪蓮と少し話してから・・・・」

 

「ああわかった」

 

といって周瑜から逃げるようにその場から離れた。

 

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「すまない。待たせたな」

 

しばらくして周瑜が戻ってくる。どうやら終わったらしい。

 

「気にすんな。もう・・・・、いいのか」

 

「ああ。雪蓮と孫堅様に報告をしてきた」

 

彼女はそれっきり口を噤んでしまう。どうやら話したくないことらしい。

 

「そっか。じゃ行くか」

 

「それよりもお前はどこに行くかは・・・・」

 

「おう。それはさっき考えてたんだよ。本屋でも行こうかなって」

 

「ほう?本屋か・・・・」

 

冥琳の目に若干輝きが灯る。どうやらストライクだったらしく内心安堵する俺。

 

(俺ってあんま女性と付き合いがないからなぁ・・・・。今更ながら)

 

雪蓮がいつも思いつきで行動していたためあまりこういった経験がないことに少し情けない気持ちになる。

 

(これじゃ徐盛のこと言えたもんじゃないな・・・・)

 

と内心徐盛に謝る。彼のほうが明らかに女慣れしてそうだし・・・・。

 

 

 

 

 

その頃・・・・・。

 

「ぶぇっくしょーい!!」

 

豪快な動作から繰り出されるくしゃみが手伝ってる相方朱然にあたる。

 

「なんだよ汚ねぇな。顔にかかっただろ?!」

 

そんな彼の注意も虚しくでへへと情けない笑みを浮かべる。

 

「ふへへ。誰か俺の噂してんのかな・・・?容姿端麗なこの俺様に!!」

 

「へいへい。どうでもいいから仕事やれ。お前全然進んでないだろが」

 

「うるさいよ!!ちたぁ夢心地でいさせてよ?!」

 

 

 

 

と膨大な案件で埋まった机のなか半泣きで反論する徐盛だった。

 

「本屋か・・・・。そういえばお前に絵本を与えたな」

 

最初は俺は字が全く読めなかった。

 

そりゃいくら高校で漢文やってたってレ点とかがない原文を読まされたらたまったもんじゃない。

 

そんな俺に周瑜は簡単だがボリュームのある絵本をくれたのだった。

 

これを読み書きの助けにしてくれと。

 

最初は見事にちんぷんかんぷんで撃沈されたが根性と陸遜の教えでなんとか読破したのであった。

 

今でもその本は大切に保管してある。

 

「ああ。あの本のおかげで今では字が読めるようになったよ。今更ながら礼を言うよ」

 

「いいんだ。それより穏の件だが・・・・」

 

そうなのだ。陸遜は本を読むと性的に興奮するという困った性癖を持っていた。

 

まあ本を読むと欲情するとでも言ったほうがいいか。

 

それを見越して周瑜は天の御使いだった俺と陸遜を「くっつけさせる」のが手っ取り早いと読んだのだろう。

 

文字の教師をあえての陸遜に指名したのだ。

 

「ああ。陸遜は・・・・まぁあれだな。困ったな・・・・ていうか。その・・・・・」

 

思わずどもる俺に

 

「いや、やはり言わなくてもいい。・・・・他人のノロケを聞くほど私も優しくはないからな」

 

と周瑜は若干棘のある口調で遮るが、ハッと気づき

 

「すまない。お前と穏をけしかけたのは私自身なのにな・・・・」

 

バツの悪い顔で謝る周瑜だったが、

 

「ふっ。謝ってばかりだな。私たちは」

 

と苦笑する。

 

「ほんとそうだな。こうして二人で過ごすのもかなり久しいしさ、今日は謝るのはなしでいこう」

 

「ああ。そうだな」

 

と二人で笑顔を交わしていると後ろからドンと軽い衝撃が来る。不覚にも後ろを取られるとは・・・・。

 

「ふぇ?」

 

変な声がしたので後ろを見ると誰もいない。

 

「北郷。下だ」

 

周瑜に言われ下をみるとそこには子供が一人立っていた。歳は3〜4歳くらいか。走ってきたのか顔がほんのりと赤く、息も荒い。

 

暫く目を合わせると少年はにこっと太陽のような笑顔を見せ、

 

「ととさま〜」

 

と足に抱きついてきた。

 

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「は?」

 

目が思わず点になる俺に周瑜は、

 

「北郷・・・・。お前・・・・・」

 

と疑うような視線を送ってくる彼女に対し否定する。

 

「いやいや!!違うよ?!隠し子とか考えてないですよね?!」

 

「ふ〜ん。しかし以前のお前ならやりかねないといったところだが・・・・?」

 

と面白いものを見つけたとでも言うように見つめてくる。

 

「というのは冗談で、この子は何処かで親とはぐれたようだな。とりあえず警邏隊に預けて・・・・」

 

と周瑜が言っている最中に足にしがみついてきた少年が今度は、

 

「かかさま〜」

 

と抱きついてくる。

 

「な?!何を言うのだ。確かに私は子供を産める年齢ではあるが、出産の経験さえない。いや子作りの経験さえないというのに・・・・」

 

と顔を真っ赤にして子供相手に真剣に生々しい話をしてるよこの人。相当混乱しているんだなと思う。それに対して子供は聞く耳を持たず抱っこをせがんでくる。

 

「かかさま〜抱っこぉ」

 

「こら話を聞けと言うに・・・・」

 

と文句を言うと子供は笑顔から一転くしゃくしゃと顔を歪ませ泣きそうになるのをみると、周瑜は溜息をいつものよりも深くはき抱っこをする。

 

なんだかんだ言って押しに弱いのさすがは周瑜だなと内心微笑ましく思う。

 

「とりあえずはこの地区にいる警邏隊のところに行ってみよう。そこに親御さんが言うかもしれないしさ」

 

「そうだな。では急ごう」

 

少年の名前を聞いたところなんと張承(ちょうしょう)と名乗った。

 

なんと彼は呉での要職につく政治家の息子なのだ。俺も耳を疑った。

 

周瑜、魯粛と続く呉の有能な人間で歴史に名を残しているからだ。

 

 

「ということはあの張昭殿のご子息か?」

 

こくりと頷く彼を見て困ったなという顔でこちらを見つめてくる周瑜であったがとりあえず警邏隊の所へと急いだ。

 

「誰かいるか?」

 

「はい?これは北郷三佐ではありませんか。どうかなさいましたか?」

 

といささかびっくりした様子で敬礼する警邏隊たちに俺も敬礼し返すと、

 

「すまないが子供が迷子になっていてね、できれば預かってもらいたいのだが・・・」

 

「はい。でその子とは?」

 

「ああ。その事なんだけど・・・・」

 

と言いかけたとき周瑜が姿を表す。警邏隊の人々に緊張が走る。

 

そりゃもっともだ孫権の側近が姿を現したのだから。

 

「しょ、将軍!!?ど、どうして・・・」

 

「事情は後で話す。とにかく引き受けてはくれまいか?」:

 

「は!分かりました!!」

 

とやたら張り切った様子で受け答えする。まぁ心境は分からんでもないが・・・・。

 

「周瑜将軍はどうしますか?」

 

と俺も敬語で話す。さすがにタメ語はここではいけないだろうと思ってのことだ。

 

「私は張昭を探してみる。北郷はその子を見てやって欲しい」

 

「分かりました」

 

「ではすぐ戻・・・・?」

 

と周瑜は外に出ようとするが、その裾を少年はキュッと掴んで離さない。

 

「かかさま〜。行っちゃヤダよぉ」

 

とべそをかく少年に周瑜は頭を撫でて言う。

 

「心配するな。お前の母様をここに連れてくる。母様も心配なされているはずだ。それまではこの父様が面倒を見てくれる。な?いい子だから・・・」

 

「やだよう。寂しいのやだよぅ」

 

といやいやと首を横に振り続ける少年。自分の親子だと走って行ったら人違いだったのだ。

 

(その寂しさはこの歳には辛いものがあるし、お母さんが恋しい時期だからなぁ)

 

「わかった。じゃあお前の母様が来るまで側にいてやる。それでいいだろ?」

 

「うん!ありがと〜」

 

といって抱きついてくる少年張承。大都督と呼び名の高い周瑜になんの悪意もなくこうした行動。

 

子供ってのは罪な生き物だ。

 

-10ページ-

 

「ほら北郷。いつまでボーっとしてる。早く子供が退屈しないようなものを持って来い。待ってろ張承。父様がお前に面白いものを持ってきてくれるぞ」

 

「わぁ〜い」

 

あの〜、無駄にハードルを上げるのやめてくれませんか・・・?それに子供ウケするもんなんて・・・・。

 

(あったな・・・・)

 

「喜ばすもんはないけど話なら・・・・」

 

と警邏隊の人にお世話になると頼んで、一室を借り周瑜、少年、そして俺と囲む。

 

「むかし、むかしあるところに・・・・」

 

とりあえず桃太郎の話をできるだけおもしろおかしく自分の乏しい表現力をフルで使ってやってみた。

 

「こうして桃太郎は鬼を退治して幸せにくらしましたとさ・・・・」

 

と話を終えると少年張承はニンマリ笑って、

 

「面白かったよ!ねぇもっとお話を聞かせて?」

 

とせがんでくる。さすがお伽草子(だったと思うけど・・・)わかってるな。

 

そのあといろんな話を語った。

 

グリム童話を和風にアレンジした話、一寸法師、竹取物語など自分の知識にある童話をおもしろ可笑しく語った。

 

張承も面白いらしく、ときにはハラハラした顔つき、そして面白かったら声に出して笑ったりと楽しいでくれてる。

 

ついでに周瑜も張承を膝の上にのせて二人して聞いてる。

 

家族の団欒と言われてもおかしくない雰囲気だったと思う。それぐらい陽気というか、ポカポカした温かいものが俺たちを包んでいた。

 

そうこうしてるうちに一人の女性が姿を現した。

 

「こら!!張承様!!どこに行っておられたのですか?心配したのですよ?」

 

と半泣きの女性が張承にすがりつくように抱きしめる。

 

「ごめんなさい。外で遊びたくて・・・・」

 

「いいんですよ。無事で良かったです。さ?おうちに帰りましょう。旦那様やお母様今頃心配なさっているはずです」

 

「うん!ありがとう。ととさま、かかさま」

 

とこちらに礼をいう張承。子供に礼を言われるのってなんか恥ずかしいくてこそばゆいな。

 

周瑜もそんな気持ちらしく若干複雑な表情だ。

 

「申し訳ありませんでした。今回は私の不手際です。周瑜様」

 

と謝罪してくる女性。おそらく乳母だろう。

 

「いいえ。私たちも楽しませてもらいましたので・・・」

 

とすかさずフォローする周瑜。

 

「ととさまのお話がすごく面白かったんだぁ!!」

 

と笑顔でいう張承に乳母も俺と目が合い、

 

「そうですか。ありがとうございます。なんとお礼をしたらいいのか・・・」

 

「お礼なんていいですよ。俺も彼から元気を分けてもらいましたからね。それで十分です。な?張承」

 

「えへへ」

 

といって張承に笑いかけてみると彼も笑顔で返してくれる。

 

「では失礼します・・・」

 

「またね〜」

 

となんども頭を下げながら去っていく乳母。手には張承の手が握られている。

 

-11ページ-

 

 

「行ってしまいましたね。嵐のようなひと時でした・・・・。でも書物を見に行く時間がなくなってしまいましたね」

 

「仕方がないさ。そういうときもある。さて時間も時間だ。行くぞ?北郷」

 

「は!」

 

俺たちは警邏隊の人達に礼をいい酒場へと向かった。

 

「しかしお前には驚きだよ。あれほど子供の扱いがうまいとは・・・」

 

「いやぁこういう時しか役に立たない知識だからなぁ」

 

と苦笑しながらおでこをコンコンと叩く。

 

「自分を悲観的に見るのはお前の悪い癖だ。お前のその知識はいろんな所で役に立っている。今行われている政策はお前の知識の影響もあるのだ。少しは誇っても良いくらいだぞ?」

 

「そうだけど・・・」

 

「さて湿っぽい話はやめて早く酒場に向かおう。待たしてるのだろ?」

 

「おう」

 

そうして酒場につくとオヤジさん夫婦は驚いた顔で、

 

「こりゃたまげた。お前周瑜様とお付き合いでもしてるんか?」

 

と開口一番に言う俺はともかく周瑜はというと若干顔が赤く目が泳いで声が出ない周瑜に代わり

 

「いやたまたま会ったから連れてきたんだ。周瑜も飲みたいって言うし」

 

「ん?でもお前周瑜様を探しとったろう。偶然会ったとはおかしくないか?」

 

まずい墓穴を掘った。なんという致命的なミス。周瑜もお前何云ってんだ?みたいな顔されるし・・・。

 

(お前はそう云う話は顔に出やすいんだよ)

 

とからかわれたことがある経歴を鑑みると俺も人のことを言えた義理じゃないか・・・。

 

「まぁなんだ。周瑜将軍も来ていただいたことだし、ご馳走を振るわないとな!」

 

と空気を読んでくれたオヤジさんが話題を変えてくれた。俺は頭が上がらない気分だよ・・・。

 

そうこうしてるうちに料理が目の前に置かれる。

 

「ん?オヤジさんそこにあるメンマは?」

 

「ああ。なんかやたらメンマ好きの若い姉ちゃんが来てさ、酒にはメンマがよいなんて熱烈に勧めてくるもんだからさ、食ってみたら口に合うわ、合うわでね。

 

俺も姉ちゃんの言う通りやってみようって話になったのわけよ」

 

「その女、なにか顔に変なのを付けてませんでしたか?」

 

と周瑜がすかさず聞いてくる。心当たりがあるのだろう。

 

「へぇ。なんか蝶みたいなお面をつけて、美と正義の味方 華蝶仮面だなんて言ってましたが・・・?」

 

やはりと周瑜はポツリといってため息をつく。

 

「いいんだ。私の知り合いに似たような奴がいるからな。ひょっとしたらと思ったが・・・・」

 

「でも意外と合うよな。メンマって」

 

「そうだな・・・。私が今度会ったとき伝えておいてやろう」

 

と言って酒をグイッとあおったのであった。

 

-12ページ-

 

それから気を利かせたオヤジさんは途中で退席に感謝しつつも俺たちは色んなことを時が忘れるくらい話した。

 

周瑜の過去や俺の生まれた場所、それまでどんな生い立ちだったのか、など挙げてもキリがない。

 

気がつけば北郷は飲みすぎたらしく机に突っ伏して寝ていた。

 

「ほら大丈夫か?北郷」

 

「悪い飲みすぎた・・・。気持ち悪りぃ」

 

と言って外に出ていった。恐らく吐いてくるのだろう。彼はそこまで弱くはないが話が盛り上がって飲みすぎたらしい。

 

私自身もだいぶ酒瓶を空にしておりぼぉ〜として思考が上手くまとまらない。

 

「うげぇ。悪いな見苦しいとこ見せちゃって」

 

「それより水は?」

 

「ああさっき井戸で飲んできた。だいぶ楽になったよ。でも明日は二日酔いだな」

 

としんどそうに答える。足元が若干ふらついてる。帰宅は難しいかもしれない。主人を呼ぶことにする。

 

「主人。今の北郷では帰るのは難しい。どうか彼の自宅まで運ぶのを手伝ってくれないか?」

 

「へぇ分かりました」

 

「助かる。ほら北郷、もう少しだ頑張れ」

 

といって両方の肩を二人で担いでいく。酒臭いのもあるが体が以前よりもガッチリしていることに少しながら胸が跳ねる。

 

酒場から歩いて少し彼の自宅にたどり着いた。

 

「よっこらせっと。ふぅありがとうございました周瑜様。このバカは儂がなんとかしておきますゆえ・・・」

 

「ああ。すまないが頼んだ・・・。ん?」

 

気がつくと意識が朦朧としていたはずの北郷が私の袖を引っ張って離さない。

 

「い・・・・かないでく・・・・れ」

 

とか細い声で唸る彼の手を無理矢理振りほどくということはどうしてもできなかった。

 

「しょうがねぇ奴だ。ほら周瑜様はお帰りになるんだ・・・・」

 

といって手を話そうとする主人を私は制した。

 

「すまないが主人私もこちらで・・・?」

 

「ええ・・・。儂は構いませんが・・・・、周瑜様、こんな平民に言われるのも癪かと思いますが、一刀のことをどうか頼みます。あいつの目が気になるんです。

 

わしらにも息子がいたんですけど死ぬ間際一刀のような目になっていたのが気がかりでして。目の奥に闇が広がっているとでも言いましょうか・・・。忠告しても聞く耳持たずでとにかく心配です」

 

それは暗にこのままでは北郷の精神がもう壊れかかっている。ということを暗示していた。

 

「儂の息子は戦争から帰ってきてからは一人喚き散らしたり、泣き出したりと壊れて最後は自ら命を絶った。儂らは一刀を息子のように思っています。もう人が壊れていく様を見ているのは耐えられません・・・」

 

主人が話す最後のほうは声が震えてかすれていた。昔のことを思い出しているのだろう。

 

縄は限界まで引っ張り続けるとやがてほころびてちぎれていってしまう。北郷はそんな状態なのだろう。

 

「分かりました。できる限りなんとかします」

 

と肩に手を置いてできるだけ安心させ、主人も落ち着いてから帰路についた。

 

夜月明かりに照らされた彼の家の中は簡素で生活に必要な物以外は何も置いてなかった。

 

「・・・ん?」

 

棚の上に器用に削られた木こりが置かれその木こりの前には食べ物が備えてある。

 

「雪蓮か・・・・・」

 

それが雪蓮を司ってるのはすぐに分かる。

 

酔い潰れている北郷を見る。

 

(彼はずっと過去の過ちから抜け出せずにいるのか。それは決して良い事ではない・・・)

 

全ての罪を全部自分が悪いと背負い込むのことは簡単だが、背負い込んだらなかなかその呪縛から解放されることはない。

 

それは私も経験済みなうえよくわかる。

 

だがこのままでは北郷は間違いなくこわれる。

 

酒をあれほど飲むのもなにかあってのことで体が無意識のうちにそう働いたからかもしれない。

 

しかしどうすればいい。彼を何とかするには・・・・。

 

と考えていると、

 

「うぅ〜」

 

と何やら北郷が呻き声を上げ始めたのだ。何があった?

 

 

「どうした?!北郷。しっかりしろ」

 

抱き起こして顔を軽く叩いてみるが意識が戻らない。

 

「嫌だ・・・。お・・・・・だって、・・・こ・・・したく・・・・なかっ・・・」

 

途切れ途切れに何やら言っている。うなされているのか?

 

しかし私はどうすることもできずただ励ますことしかできない。そんなとき彼が目を覚ました。

 

「よかった・・・。大丈夫か?・・・・北郷?」

 

「・・・・うぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁあああぁぁあ!!!!????」

 

と大声をあげ私を突き飛ばす。なぜだ?もう夢から覚めたはず・・・・。

 

「あぁぁあぁ嫌だ・・・。・・・・来ないでくれ。仕方がなかったんだ。こうするしか・・・・」

 

と先ほどと同じような台詞を口走り私をまるで恐ろしい物の怪でも見るかのように恐れて、イモムシのようにうずくまっていた。

 

戦争による精神の疲弊。それが今の北郷だ。

 

「大丈夫だ北郷・・・。私は周瑜だ。お前を連れ去ったりはしないよ?」

 

となんとか宥めようとするが逆効果でひたすら丸くなるばかり。私はここまで弱っている彼を見たことがなかった。

 

つい先程まで将来を語り、子供と楽しく遊んでいたではないか・・・。

 

(雪蓮もこんな気持ちだったのか・・・・?)

 

雪蓮は血の気の多い性格が災いしてか血をみると興奮するという性癖があったがそれはこのようなことを避けるための体の防衛本能のようなものだったのかもしれない。

 

(なら・・・・)

 

私がとる行動は一つ・・・。

 

静かに近づくと優しく包み込む。暴れる彼の体をただ抱きしめる。

 

「大丈夫だよ一刀。私がいるから・・・・。っ?!」

 

首に痛みが・・・・。彼は私に噛み付いていたのだ。

 

どうしようもなくなった怒り、悲しみをぶつけるかのように。

 

「大丈夫・・・・。大丈夫だから・・・・」

 

とそれでも私は頭を撫でながら優しく包み込む。もちろん怖い。目は獣のようにギラギラしてるし、何をするか分からない。

 

雪蓮の興奮するときよりも凄まじいものがある。

 

しかし北郷だ。これは北郷なんだと自らに言い聞かせて恐る本心を奮い立たせる。

 

「・・・・・・!!!」

 

やがて北郷は暴れるのを止めおとなしくなる。

 

「辛かっただろ。悲しかっただろ。私も同じだ。初めて人を殺めたとき今でも忘れられない。今でも殺した人々が夢に出てきては私を攻めることがある」

 

「・・・・・・」

 

「だからってひとりで抱え込むな。お前が私に言ったよなともに背負っていくって。私も言うよ。お前とともに背負っていきたい。お前だからこそ共に背負って生きていかなければならないのだと・・・」

 

それから北郷は私の胸の中で静かに泣いた。そして私も泣いていた。

 

「ありがとう周瑜」

 

彼は落ち着いていつもどおりの北郷になっていた。

 

「もう・・・いいのか」

 

「ああ。今のところは大丈夫だ。それとごめんな・・・・。その傷」

 

北郷は自分が噛んだ傷を痛々しい表情で撫でる。

 

「いいんだ。私とお前の誓いの証だ」

 

私は気にするなとでも言うようにできるだけ笑顔でいてやる。

 

「周瑜、俺はたくさんの人を殺してきた。子供、女、年寄りとたくさんな。今日の張承のような子供にも手をかけた。それでも俺は逃げられなかった。

 

雪蓮のこともあるけど呉の人間が少しでも安泰に暮らせるようにって・・・」

 

「・・・・なるほどな。でもお前はそこで根本的な間違いを犯している。わかるな?何もお前だけで背負い込む必要はない。朱然、そして徐盛という素晴らしい戦友がお前にはいる。

 

辛い時は頼ってもいいんだ。そのための友人、戦友だろう?あいつらもきっと心配してるはず。

 

それでも辛かったりどうしようもないときは私がいることを思い出して欲しい。私はいつでもお前の味方だから・・・・」

 

「ああ。ありがとう・・・・冥琳」

 

今・・・なんと?彼が言った一言に驚く。

 

「君のことを真名で呼びたいんだ・・・・。ダメかな・・・?」

 

「良いもなにも私はずっと待っていた・・・・。もちろんだ私の真名を貰ってくれ一刀」

 

「ありがとう冥琳」

 

そういって手を重ねてくる一刀に、思わず笑みがこぼれる。

 

ああ好きな人に真名をもらうのはこんなにも心地よいものなのか、呼ばれるだけで愛しさがこみ上げてくる。

 

こんな感覚。相当重症らしいな。

 

「ふふっ。真名をもらうだけか・・・?」

 

と彼の目を見てほっそりとした顎に手をのせる。

 

「・・・冥琳はどうしたい?」

 

「これ以上女性に言わせるのは甲斐性がないぞ?一刀・・・・」

 

と月明かりの中彼の顔がだんだんと近づきやがて唇が接触する。

 

ああただ唇を重ねているだけなのになんて甘美な・・・・。体が蕩けてしまいそうだ。

 

「・・・・・ん」

 

と唇が離れたときなんとも言えない声を出してしまう。

 

「冥琳・・・・」

 

一刀は低く篭った声で私の耳に囁く。

 

深闇のなか月明かりだけが彼の顔を照らし神秘的な雰囲気が部屋を包むなか、私はもっと彼を味わいたいと口づけを彼にねだった。

 

-13ページ-

 

皆さんこんにちは、私です。

 

さて今回は拠点話ということでお話を作りました。

 

恐らく最初で最後になるかもしれませんが・・・orz

 

とりあえず書きたかった話がかけたので納得しています。

 

これからは恋姫の呉シナリオの終盤へと移ります。

 

桃香率いる蜀が冥琳が懸念する行動をとってくるのか?

 

がポイントになるでしょうね。

 

ただ今回は凄まじい長編になってしましました(・□・;)

 

読んでる方もしんどいとは思いますが、ゆっくりとしてくれたらなと思います(震え声)

 

ほんと二話分はあるもんなぁ〜(^_^;)

 

さて今回は北郷さんはトラウマみたいなものに苦しむ回でした。

 

戦争から帰還した兵は大概が精神を病んで帰ってくると聞きます。

 

朝鮮戦争、ベトナム戦争などで帰還した兵は自分が殺したことに大きな精神的ショックを負ってしまうようです。

 

それがこの話のベースになっているところです。

 

今迄殺人が希な日常から殺人が当たり前のように行われる日常へと変わるのは一刀くんにしてみればいくら優秀な兵士といえども凄まじい疲弊があるだろうと筆者は考えてのことです。

 

なお第二次大戦の資料ではナイフやサーベルで殺すのは全体の10%にも満たないようです。

 

それぐらい刃物で殺すのには抵抗があるのだということがわかっていただけると思います。

 

それを昔の人たちはやってたのですから、歴史の資料にはあまりありませんが一般兵の精神的疲弊は凄まじいの一言に尽きるのではないでしょうか?

 

さて相変わらず長くなってしまいましたが、次回からは蜀の人たちを出せたらいいなぁなんて思っているので期待せずにお待ち頂けたらなと(ーー;)

 

では再見!!

説明
あがりましたよ〜。

今回は長いです。

感想、指摘をお待ちしてます。

少し修正を加えました。

あとがきを追加しました。見たい人は見ていってね!(いないか・・・)
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冥琳  北郷一刀 恋姫無双 乙女なあの人 リア充展開 

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