魔法少女リリカルみその☆マギカ 第6話
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第6話:殺傷能力皆無?

 

 

 

 

美園は、再アクセスを試みるように「バイトはどうしたの? 今日のはずでしょう?」と瑠璃に訊ねていた。

 

「さっき、今田家から執事だと言う人が来ました」瑠璃はようやく話始めた。「なので瑠璃は、放課後まで待っていてください、と言いました」相変わらず、抑揚のない声で、ロボットのような無機的さ漂わせている。

 

もしかしたら、瑠璃は本当にロボットなのではないか、と美園は訝り、小さく動く瑠璃の口元に目を凝らした。「意外にも執事さんは、『わかりました』と敬語で言って、『校門で待っています』と出て行きました。なので瑠璃は、仕事をする前に、体力を蓄えるために、眠よう、と思い立ち、寝ていたのです」

 

「なるほどね」美園は適当な相槌を打ち、目の端に入った黒ずんだ鉄のガラクタを手に取った。「これ、何?」と瑠璃に訊ねる。

 

円柱体のそれは、小さなドラム缶にも見える。美園は手に持ったそれを嘗め回すようにして眺めた。ミリ単位の小さな穴が無数に空いているが、それが何なのかは全くわからない。

 

円柱体のそれをテーブルの上に置いた時、小さな突起があるのが手の感覚でわかった。だが、気づくよりも先に、そのスイッチと思しき突起を指で押してしまっていた。

 

スイッチを押していたことに、瑠璃は気づいたのか、「それは」と手を伸ばし、円柱体を手に取ろうとする。だが、遅かったのか、円柱体は防犯ブザーのようなけたたましい警報音を発し始めた。

 

ここに何度も通っているであろう今日歌でさえも、その正体がわからないようで、「何が起こんの!?」と美園にすがるように抱きついてくる。すがる思いで、瑠璃の方を見ると、彼女はガスマスクを装着しており、これから起こるであろう事態に備えている様子だった。

 

美園は慌てて部室か出ようと腰を上げるが、その瞬間、茶色い煙が、濛々と室内に立ち込めた。円柱体から噴出したそれは、一瞬にして美園の身体を覆う。

 

噎せ、咳き込む。喉がヒリヒリと痛い。眼球が熱くなるような感覚があり、涙が溢れ出てきた。手で目を擦るが、余計に痛みが増すだけで、目を開けることもできなければ、咳も止まらない。床に膝をつき、苦しさのあまりにうずくまる。

 

毒ガスを浴びた。そう直感した。背筋がぞっと寒くなる。顔を俯かせ、これ以上この得体の知れないガスを吸わないように口を右手で覆い、左手を伸ばしながら、手探りで出口を探した。匍匐前進で、自分が入ってきた方向に進む。

 

ブラウスの袖に針金が引っかかり、ぐっと引っ張られたが、背に腹は替えられない、と押し通す。びりびりと音を立て、袖が裂けた。それでも、美園は突き進んだ。制服なんかより、命の方が断然大事だ。

 

片手で開けるドアは重たく、なかなか開かない。呻り声を上げ、踏ん張ると、ふわふわ着地の時と同じようなエネルギーを感じ、ドアを開けることができた。

 

廊下に手をついたところで、美園は思った。このまま教室の外に出ても、もうすでにあのガスを吸収してしまったのだから、どっちみち、手遅れなのかもしれない。

 

古びた板敷きの床。埃を身体中に付着させながらも、美園は全身を廊下に出した。壁に背をつけ、深呼吸をする。喉は電撃を受けたように痛く、目も、未だに開けることはできなかった。このまま、失明してしまうの?

 

様々な不安が過ぎったが、「冗談じゃない!」と自分を奮い立たせ、立ち上がった。ふらふらと、壁に身体を打ちつけながら、この階にある水道の場所まで向かう。教室のガラスを何枚か割ったのがわかった。中にいた生徒の「何だ!?」という驚きの声も聞こえた。

タイルの感触が手から伝わってきた時、埋蔵金を掘り当てたのと似た高揚を覚えた。蛇口を探し、鉄の感触を見つけると、猫を乱暴に撫で回すようにする。偶然にも、栓が捻られ、水が出た。

 

まずは、顔を洗った。目を入念に漱ぐ。視界が回復した。失明したわけではない、と安堵するが、今度は喉が心配になり、うがいする。

 

うがいをした後でも、ひりひりがやむことはなかったが、「あいうえお」と適当な言葉を口にし、発声できることを確認した。喉も潰れていない。安堵の溜め息を吐く。

 

はっと、忘れ去っていたことを思い出したかのように、今日歌のことが心配になった。部室の方へ振り向くと、茶色い煙幕はすでに引いていて、中からガスマスク姿の瑠璃が出てきた。

 

「生徒会長、手伝ってください」と瑠璃は言い、小さく手招きをしてくる。

 

慌てて駆け寄り、部室の中を覗くと、両手で顔を覆った状態で悶えている今日歌の姿が目に入った。床には茶色い粉が散乱している。その粉は当然、今日歌にもかかっており、彼女のブラウスが茶色く変色しているように見えた。

 

今日歌の前でしゃがみ、意識を確認するため、彼女の身体を揺すると、自分の髪から茶色い粉が噴出した。髪を振ると、大量の粉が飛散した。

 

「早く運び出しましょう」さほど大事ではないのか、瑠璃の口調は穏やかだ。或いは、今日歌が重症でも、瑠璃の感情が無いため、その緊急性を表現できないだけなのかもしれない。

 

美園は今日歌の両脇を持ち上げ、廊下へ引きずり出した。自分と同じく、喉をやられたようで、ひゅーひゅーという苦しそうな呼吸をしている。「ちょっと! 大丈夫なの、今日歌!」と声をかけると、「死にそう」と苦し紛れの返事を返してきたので、安心した。

 

水道前まで引きずり、手の平に水を溜め、今日歌の顔にかけた。「何っ!」と大きく反応し、身体を動かしたが、美園はその身体を押さえつけ、「ただの水よ!」と緊迫した表情で訴える。しかし、これが応急処置になるのかはわからない。自分は水で回復したのはいいものの、今日歌は茶色いガスが立ち込めていたところに、ずっといた。もしかすると、もう手遅れなのかもしれない。

 

今日歌は目を擦りながら、上体を起こした。目はまだ開けられない様子だが、「美園ぉ」と顔を動かし、自分のことを探している。

 

「いったい、あの茶色いガスは何? 何であんな物騒なものが、平然と置かれているのよ!」美園は瑠璃を見上げ、怒鳴った。

 

ガスマスクをつけているため、瑠璃がどういう表情をしたかはわからない。というより、彼女は元々無表情だから、表情は変わっていないのかもしれない。

 

「確かに、あれはちょっとまずかったですね。でも、大丈夫だと思いますよ」楽観的な言葉が返ってくる。瑠璃が頭を掻くと、茶色い粉が飛んだ。「あれは、シナモン爆弾です」

 

「し、シナモン爆弾?」

 

「そうです。あの茶色い粉は、シナモンパウダーなんです」

 

「これも、あなたがモットーとしている、『殺傷能力0』の武器なわけ?」美園は立ち上がり、眉をしかめた。

 

「これは、あまりにも危険だったので封印していたんです」

 

「封印って、ただ乱暴に放ってあっただけじゃない!」

 

「それを瑠璃は封印と呼んでいます。文化の違いじゃないですけど、認識の違いってやつですかね?」

 

喋っていても、埒が明かないし、この状況の解決策があるわけではない、と感じた美園は、今日歌を立ち上がらせた。「すぐそこに水道があるから、顔を洗いなさい」と優しく背中をさする。

 

今日歌は手を伸ばし、水道を探す。介護するように、美園は今日歌の身体を支え、すぐそこにある水道の場所まで誘導した。今日歌は美園と同じように、目を入念に洗う。

 

ようやく、目が開けられるようになったようで、「あー、死ぬかと思ったー」と窓の外を見つめた。目は充血しているが、手遅れでも、重症というわけではなかったようで、今日歌は、「早いとこ交渉しないと」と、何事も無かったかのように言い、武器開発部の部室へ引き返した。

 

これが新聞部の意地なのか? と納得をしたわけではないが、美園は大人しく今日歌に続いて、部室に入った。

 

床は依然としてシナモンパウダーで汚れているため、座らず、立った。今日歌はがさつな性格なため、平然と床に尻をついてテーブルについている。

 

前に座った瑠璃は、すでにガスマスクをはずしていた。無表情ではあったが、今日歌に向かい「用件は?」という風な顔を向けているようだった。それを今日歌も察していたようで、「これから、科学部という悪の組織と戦うんだけど、武器を貸してほしいんだ」と切り出す。

 

「武器を?」瑠璃の眉が少し動いた。

 

「できるだけ強力な奴を!」

 

「わかりました」

 

美園は、あっさりと答える瑠璃に驚きつつ、何故、このようなよくわからない奴に頼み込むのか、今日歌に対して疑問が芽生える。「ありがとう!」と頭を下げる姿に目を疑った。

 

「今、ちょうど作りたい武器があるんです」と瑠璃は美園の方に顔を向けた。「だから、材料を買うため、バイトを始めようと思ってたんです」

 

趣味でシナモン爆弾のような物騒なものを作っているのかと思うと、このまま瑠璃を放っておいてはいけないんじゃないか、と思えてきた。

 

「わかったわ」と美園は呆れ気味に肩をすくめた。「映画研究部、科学部と、他にも色々なわけわからない集団に資金援助を頼まれてきたけど、私はあなたに、武器開発部に投資するわ」

 

無表情だった瑠璃の顔に、変化が見られた。眉は開き、目は丸くなっている。予想外、と言った表情だ。

 

「美園にしては賢明な判断だねっ」と今日歌が上から目線にものを言う。

 

 

 

生徒会室に戻ると、小海が驚いた様子で寄ってきた。美園の肩に目をやり、「どうしたんですか、これ?」と訊ねてくる。ブラウスの袖が破れており、露出した肌に切り傷があった。ブラウスが破れていることは知っていたが、傷のことは全く気づかなかった。シナモンがよっぽど苦しかったのかもしれない。今になって、思い出したように、傷がじんじんと痛みはじめた。

 

小海はスカートに付着したシナモンパウダーにも驚き、「こ、これが魔力というやつですか?」と神妙な面持ちで言ったので、思わず噴出した。今日歌も隣で笑う。

 

「これは、ちょっと、色々あってね……」とだけ言って、美園は和室へと向かった。和室にトイレがあり、そこでシナモンパウダーを落とすつもりだ。今日歌もついてきた。

 

和室には脱いだ魔法少女の衣装が転がっていて、今になって、これを着たことに対する気恥ずかしさが込み上げてくる。洗面所へ入り、ブラシで、髪についたシナモンパウダーを落とした。

 

「最近、何も面白いことないよね」と今日歌が言い出す。

 

「あるじゃない。科学部という悪の組織と戦うんでしょう?」美園は、先ほど今日歌が瑠璃に言った台詞を引用し、皮肉っぽく言った。

 

「『最近、何も面白いことないよね、でも、これからずいぶん面白いことになりそうだね』、あたしは最初からそう言うつもりだったの。先に言わないでもらえるかな」

 

「魔法少女か……」と言い出したところで、美園は鏡にうつった自分の姿を見た。いつもと何も変わらない、自分がうつっている。ただ、疲れ切った様子はある。

 

武器研究部の部室で感じたエネルギーを思い出していた。

 

「どうしたの?」と今日歌が横目を向けてきた途端、美園は、思い切って、拳で鏡を殴った。弱弱しい力、と自分の中では、そう思っていたが、鏡は粉々になり、洗面器の中が破片でいっぱいになった。

 

今日歌はぎょっと驚いて、飛びのいたが、すぐに戻ってきて。「まさか!」と目を輝かせた。「これが、怪力の魔法?」

 

「そ、そのようね」美園は自分でも驚き、ぶつけた拳をまじまじと見下ろした。手には傷一つついていない。間違いなく、能力が発動していた。それに、魔君ヶ崎らを倒した時と同じエネルギーも感じていた。

 

いったい何故、今になって戻ったのか、それは一切わからない。どうやってこの状態を維持しようか。また、ふとした拍子に発動しなくなるのではないかと心配になる。

 

 

 

生徒会室に戻ると、東側一面の窓から夕日が差し込み、薄暗い室内をオレンジ色に照らし出していた。時計を見ると、すでに六時を回っていた。そんなに時間が経っていたのか、と時間感覚が麻痺していたように感じ、室内の電気をつけた。

 

一刻も早く、風呂に入りたい。そう思った美園は、プレジデントチェアの傍らに置いていたバッグを取った。この教室を今日歌が使うことは知っていて、「電磁朗が来たら、中には入れずに、絶対、追い返しなさいよ」と指示を出して、出入り口へ向かった。

 

「ちょい待ち!」と今日歌に肩をつかまれ、足が止まる。振り向くと、彼女は「魔法少女の衣装は?」と言い、和室の方向を指差した。

 

「わかったわよ」と和室へ向かう際、今日一日中ほったらかしにしていた和也と小海の姿が目の端に入ったので、「あなたたちも、帰っていいわ。やることないでしょう?」と帰宅を許可した。

 

和室に入り、雑に脱ぎ捨てられた魔法少女の衣装を抱え、バッグのチャックを開け、ぎゅうと押し込み、閉め、和室を出た。「コスプレなんて馬鹿みたい」と頭の中で、もう一人の自分が嘲る。

 

生徒会室に出ると、和也と小海の姿はすでに無かった。挨拶もなしに、よっぽど帰りたかったのね、と呆れ、窓際のテーブルにつく今日歌に「さようなら」と挨拶をしてから、生徒会室を出ようとした。

 

「ちょい待ちー!」と、また今日歌が、今度は大声で叫んだ。

 

駆け寄ってくる。「もしかすると」と真剣な顔で言い出した。「科学部の連中が、あんたを狙ってくるかもしれない」

 

「まさか」

 

「考えなよ。さっきも話したでしょ? あいつらが能力を、魔法パワーを得ている可能性だって、ないわけじゃないって」

 

「確かに、そうね……」

 

そうは言ったものの、やはり、信じがたい。ただ、それなら、ふわふわときらきらの粉を噴出しながら着地し、ほんの僅かな力で鏡を割った自分はなんなのか、という疑問も浮かぶ。信じられない話ではないわね。

 

「気をつけなよ」今日歌はそう言い、窓際へ走り去っていった。

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シナモン爆弾炸裂 〜 放課後
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