魔法少女リリカルみその☆マギカ 第7話
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第7話:第3の能力!

 

 

 

美園の乗ったリムジンが交差点を右折した。外はすでに暗い。沿道に立ち並ぶ店の明り、看板や照明が矢継ぎ早に視界を横切る。

 

隣には瑠璃がおり、リラックスした様子で、遠慮なく、頭をこちらに向け、座席に身体を横たえている。美園が彼女を見るたびにその背景を想像していたように、瑠璃はやはり寝不足のようで、学校の駐車場で乗り込んでから、五分も経たずに寝てしまった。最初は、初めてのリムジンで緊張していたのか、寝心地が悪そうに、身体を右に向けたり、左に向けたりしていたが、十五分もすると、寝不足も影響しているのか、すやすやと寝息を立てながら、身体を倒した。

 

リムジンは、車一台が通れる程度の、狭い路地に入り、速度を落とす。閑静な住宅街で、人通りは少ない。通り過ぎる人は、リムジンに慣れている様子で、驚くことも、中を覗こうとすることもないが、住宅の二階から子供が見下ろし、嬉しそうに指を差しているのが見えた。

 

家に着くまでの、あと約十分、仮眠しようと思い、美園は目を閉じた。

 

車体が揺れたのは、ちょうどその瞬間だった。揺り篭を揺らす、優しい揺れなどではなく、ぐらん、と一回転したのかと思うほど、激しい揺れだった。その揺れは、たった一瞬で、すぐにおさまった。

 

突然の揺れと、運転手「何だっ!?」という叫び声は、ほぼ同時で、少し遅れて、美園も目を開けた。ボンネットに人影がある。美園は目を凝らし、その姿を眺めた。

 

黒く引き締まり、ごつごつとした身体は、とても人間のそれとは思えない。自動的に、その姿を、昨夜、三棟の四階で見たエイリアンの姿と照らし合わせていた。

 

身体のフォームこそ異なるが、今、ボンネットに乗り、こちらを睨みつける、赤く発光した細く鋭い目は、地球上の生物とは思えず、まさしく宇宙生物(エイリアン)だった。一瞬、底なし沼から這い出てきた地底人かとも思ったが、それじゃ浪漫が足りない。

 

隣の瑠璃に視線を向ける。彼女はこの異常事態に気づくことなく、呑気に寝ている。

 

「美園様!」と運転手が叫んだ。

 

その瞬間、宇宙生物は拳を振り上げ、フロントガラス目掛けて拳骨を突き落とすようにした。ガラスが、見事なまでに粉々に飛び散る。物理的にはありえない、魔法の力でも働かない限り不可能な割れ方だ。粉末状になったガラスが、美園の身体に覆いかぶさる。小学生の頃、やんちゃ男子生徒な男子生徒に砂を投げつけられた時と、似た感覚だ。車内にガラスの粉が飛散する。

 

この事態、どうすればいいのか、考えるより先に、美園はバッグを抱え、車外へ出ていた。どうやら宇宙生物の狙いは美園のようで、宇宙生物は、衝撃で凹んだボンネットから飛び降りると、こちらの様子を窺うように身構えながら、RPGの敵キャラクターのように身体を揺らしている。

 

美園が思い浮かべていたのは、やはり、突如として得た魔法能力だった。ふわふわ着地と強力なパンチ。前者は遅刻しそうな時以外、何の役に立つかわからない。後者は、気まぐれのように、繰り出せる時とそうでない時があり、今、この瞬間がどちらなのか、わからない。

 

宇宙生物は、視線を逸らせば、すぐにでも襲い掛かってきそうな気配を発している。シルエットこそ人間だが、野獣のような息を立て、人体実験で誕生したキメラが逃げ出したのか、と想像した。

 

警戒しながら、すばやく周囲を見回すが、人の姿は見当たらない。誰も、今ここにキメラのような宇宙生物のような、不気味な生き物が現れたことに気づいていないようだ。

 

美園は胸に手をあて、深呼吸をした。バッグを地面に落とし、チャックを開け、中から、魔法少女の衣装を取り出す。その際も、常に、宇宙生物からは目を離さなかった。

 

別に、着る必要がなかった。この衣装がなくとも、能力は出せるはずだし、何より手間がかかる。ただ、体裁が良く、これがニュースになれば、一躍有名になり、超能力を駆使して戦えれば、政府から海外の要人の護衛などの重要な仕事を委託され、税金から給料が出るかもしれない。欲望に目が眩んだ美園は衣装を引っ張り出すと、即座に身を反転させ、地面を蹴り、走った。

 

後ろから足音が聞こえるため、宇宙生物が追いかけてきていることがわかる。T字路を右に曲がり、素早く電柱の陰に身を隠した。宇宙生物は、案外、視界が狭いようで、美園が電柱に隠れたとは気づかず、T字路を右に曲がったところで、左右を見回している。

 

すぐさま、ブラウスのボタンをはずし、スカートを脱ぐ。ピンク色のセーラー服のような衣装を着た。先程、初めて着た時には気づかなかったが、スカートのポケットに、レース素材の白い手袋が入っていた。とりあえず、それを填め、電柱の陰から、宇宙生物の前に姿を現す。

 

こちらを向いた宇宙生物は、人間の感情が存在しないのか、突然衣装が変わった美園に驚くこともせず、狼の遠吠えにも近い唸り声を上げた。

 

依然として、人通りは無い。さっきまでは疎らだが、行き交う姿が見えたのに、急にいなくなったように思えた。まるで、この一帯が封鎖され、通行人が締め出されたかのようだ。

 

美園の頭に浮かんでいたのは、つい先程、宇宙生物がガラスを割った時に映像だ。粉々に散ったガラス、やはりあれは超能力に違いない。今、目の前にいる宇宙生物から、今まで感じたことのない、エネルギーを感じる。黒く、濁っていて、泥水のように不潔なオーラだ。これこそ、まさに底なし沼から這い出てきた地底人じゃない、と悠々と考えた。

 

ただ、もしこの宇宙生物が放ったのが、同じような超能力なら、自分よりも強力であることは間違いない。宇宙生物が車のフロントガラスを、まさに粉々にしたのに対し、美園はトイレの鏡を割ったが、破片は大きかった。フロントガラスと安いトイレのガラス、強度は明らかに前者の方が上に思える。

 

もしかしたら。確信的な予感が脳裏を過ぎった。もしかしたら、この宇宙生物は、科学部が仕向けた刺客なのか? だから、私を狙っているの?

 

あれこれ考えている内に、宇宙生物が突進してきた。

 

足にエネルギーを込める。初めて出した時よりも、素早くエネルギーが足に行くのがわかった。勢いをつけ、後ろに飛んだ。ブロック塀を足がかりに、宙へ舞う。

 

下を見ると、やはり光の粉が漂っていた。宇宙生物に激突されたブロック塀は、その部分が崩壊している。宇宙生物は動揺することも、反動を受けることもなく、すぐに振り向き、美園を見上げた。

 

「しまった!」心の中でそう叫ぶ。美園の能力は、ふわふわと着地をするため、空中では身動きがとれない。ここを突かれたらお終いだ。

 

美園は慌てて、「ふわふわ終了ー!」と大声で叫んだ。その後で、すぐに足に「能力解除!」と念じる。エネルギーが引いていく、というよりは、体外に放出していく感覚だ。

 

足から光の粉が出なくなり、急に重力を感じる。地面に着地した。見事な三点着地で、映画の主人公になったような気分になる。顔を上げ、敵を睨む。だが、恥ずかしさを感じ、すぐに立ち上がった。

 

宇宙生物が手を突き出している。手の平が赤く光っている。身の危険を感じた美園はすぐさま、右に回避した。ほぼ同時に赤い光線が、敵の手から放たれる。

 

背後のブロック塀に目を向ける。大きな丸い型抜きで抜かれたように、綺麗な穴が開いていた。あれが直撃していたら、と思うとぞっとする。

 

再度、こちらに向いた敵の手の平が赤く光始めた。

 

まずい。とにかく走り、路地を右に曲がり、車の元まで引き返した。曲がった後で、とても賢明な判断とは思えない、と悔やむ。瑠璃や運転手を巻き添えにしてしまう可能性があった。

 

立ち止まり、リムジンを背に、敵の方に向き直った。赤い光がこちらを向いている。

 

まさに、絶体絶命だ。当たるわけにもいかないし、避けるわけにもいかない。美園は悔しくて顔をゆがめる。どうにかしてこの状況を打開しなくちゃ!

 

「私は!」美園は声を張り上げた。同時に「何なのよ、もう!」と心の中でも叫ぶ。「盗みなんて働いてない!」

 

心の底から出た言葉だった。本音というより、やっかみに近い。相手が人間なら、手を下ろして話し合いで解決してほしい、という思いを込めて、睨む。

 

敵の手から赤い光線が放たれる。

 

美園は目を閉じ、無駄な抵抗とわかっていても、両手を前に突き出した。エネルギーが全身を包む。光線を浴びている、と最初は思った。だが、守られているような感じがし、目を開けた。

 

視界には敵の不気味なシルエットがある。美園はすぐさま、自分の身体を確認する。腕、脚、胸、腹、光線による穴はどこにも見られない。

 

不発に終わったのか、と思ったが、何らかのエネルギーを浴びたのは確かだ。

 

敵は、もう一度、赤い光線を発射しようと構えている。もしや、と思い、美園はもう一度、両手を前に突き出した。今度は目を開けている。

 

敵の手から、赤い光線が放たれる。それと同時に、視界が微妙にだが、ぼやけた。赤い光は、これに遮られたように見えた。

 

バリアーに守られた、と直感する。

 

ふわふわ着地、怪力に続いて、第三の能力を開花させた。心の中に留めようと思っていた高揚感が、身体から溢れ出し、表情に出る。一気に形勢逆転したように思えた。バリアーで防御しつつ、怪力で殴る。これで奴は終わりよ!

 

背後が気になり、後ろを振り向く。その際も、手は敵の方に突き出したままだ。瑠璃がリムジンから出てきていて、無表情だが、心配そうな雰囲気を漂わせている。

 

運転手の姿は見当たらない。恐らく、運転席で気絶をしているのだろう。

 

邪悪なエネルギーを感じ、前を向くと、敵は、今度は青白い光を手の平から放とうとしていた。赤い光と何が違うのか、どういう魔法が繰り出されるのか、わからないという恐怖はあったが、両手の平にエネルギーを集中させた。

 

敵と美園が同時に眩く発光する。青白い光と白い光がぶつかり合う。

 

赤い光線とは違い、重たく、ぐっと手の平を押してくる感覚がある。これぞ、まさに少年漫画で読んだ強力な光線をぶつけあうシーンだ、と興奮を覚えた。

 

「いっけえええええええええ!」と叫んでみる。思いのほか甲高い声になっていたが、気にせず、手にエネルギーを集中させた。

 

ふと、今、思いっきり、両腕を振り上げたら、敵が放った光線の軌道を宙に逸らすことができるのではないか、と思った。すぐに実行に移す。だが、予想以上に重たい。なかなか持ち上がらず、呻き声を上げる。

 

図書委員の仕事を手伝った際、辞書の詰まったダンボールを持ち上げ、運んだ。これまでの人生であれが一番重たいのがそれだったが、この光線は、それを遥かに上回る重さだ。

 

ダンボールは二人がかりでやっと持ち上がった。それ以上の重さであるこの青白い光線を持ち上げることができるのか?

 

目を開けていられないほど眩く、透明だったはずのバリアーは白く濁り、外からでは美園の姿が確認できない。

 

怪力の能力を使えば。はっと思う。まだこの能力の基礎さえも知らないというのに、果たして応用ができるのか、怪しいが、試すほかない。

 

手の平に集まっていたエネルギーを、腕に回した。バリアーの効力が弱まり、青白い光に圧されるが、すぐに怪力を駆使し、ダンボールを持ち上げるように、ぐっと両手を上へ押し上げる。

 

ぶつかり合っていた二つの光は、巨大な光弾となり、空の彼方へその姿を消す。

 

敵が、その様を目で追っている。この隙に、美園は地面を蹴り、敵へ突進した。腕と拳に最大限のエネルギーを込め、腹目掛けて殴った。

 

雄たけびにも聞こえる悲鳴を上げ、敵は前方へ吹っ飛んだ。ブロック塀を突き破り、一戸建ての住宅に激突し、住人が悲鳴を上げる。

美園は敵の正体を確認することもせず、バッグを抱え、リムジンのもとへ戻った。ぽかんと口を開ける瑠璃は、敵に驚いているというよりも、美園の格好に驚いている様子だ。

 

「その格好はいったい?」と瑠璃が訊ねてくる。

 

「見ての通りよ」美園は息を切らしていた。それほど激しい動きをしたわけではないはずだ、と思ったが、すぐに、エネルギーを大量に使ったんだ、という結論に至る。「魔法少女が悪を成敗して呉れたの」

 

瑠璃は、信じられない、という表情だったが、「家を破壊する魔法少女が、殺傷能力0の武器を欲するんですね」と訝った。

 

「うーん……。役割を与えた直後で申し訳ないけど、お役御免のようね」と美園は肩をすくめた。

 

どうやら、運転手は本当に気絶していたようで、ウィンドウを下げ、運転席から顔を出した。「美園様! ご無事でしたか!」

 

美園はすぐに車内へ乗り込んだ。座席に散乱した粉々のガラスを払い、座る。瑠璃が隣に座ると、運転手は「出発しますか?」と訊ねてきた。

 

「もちろん。さっさとこんなところから逃げましょ。幸い、目撃者は誰もいないから、私たちに責任が擦り付けられることはないはずよ。全部、あの化け物の仕業。ニュースではきっとそう流れるわ」

 

フロントガラスが割れ、ボンネットが凹んだリムジンはゆっくりと発進した。

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敵との戦闘
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