牢獄の愛魔法使い 四話 |
四話 使う者と使われる者
本格的な魔法学校での授業が始まると、那美子さんに主席を守り抜けと言われたわたしのプレッシャーは相当のもので、どんなに簡単な実習にも全力を尽くす必要があった。
その結果、常に順位はわたし、空也君、雪華ちゃんという順番になり、無事にわたしがトップであり続けることは出来ているけど、これからが思いやられるのも事実。特に空也君は、那美子さんのほどきつい訓練は受けていないにしても、元の才能が規格外なレベルなのだと思う。うかうかしていると、どんどん距離を縮められてしまう危機感があって、恒例化した週末の特訓にも力が入った。
初めの一月があっという間に過ぎ去って、その間に何度か生徒会の会議に行かないといけなかったのは面倒だったけど、この学校がどれだけ魔法を学ぶのに適しているのか、様々な施設や資料を利用する内にわかって来た。
図書館にある魔法関連の貸し出し禁止の資料は、なんと数百年以上前に書かれたものまであり、その中には悪魔契約について書かれたものもいくつかあった。当時の魔法とは禁忌であり、正しくない悪魔召喚をしたせいで、その命を散らした魔法使いも多かったという。
確かに、わたしの召喚したグラシャ=ラボラスの持つ魔力は強大で、あれを暴走させてしまったとなれば、辺り一面から生命という生命が失われてしまっても仕方がない。そんな中、菖蒲さんは本当に努力をして安全に召喚する方法を見つけてくれたんだろうな……。その際に参考にされた本は今も全て、彼女の家に残されている。いつか悪魔契約、の極意の全てをわたし自身が知って、悪魔に与えられたこの魔法を最大限に高める日も来るのだろうか?
鞄を閉じて帰り支度を終えて、わたしはすっと立ち上がった。雪華ちゃんとは毎日一緒に帰っているし、彼女以外にも友達は何人か出来た。どの子もすごく優しくて、クラス委員としてこき使われ……じゃなくて、その勤めを全うしているわたしを助けてくれる。
同学年はもちろん、生徒会所属の上級生の人達とも言葉を交わすようになり、どの人もわたしを応援してくれている。生徒会に入る人達は、那美子さんの言葉通りに優秀な生徒ばかりで、わたしのことを前評判だけではなく、自身も優秀な魔法使いだからこそ働く勘で才能を見抜いた上で応援してくれているという。
そういえば、菖蒲さんは最初「波長」なるものを感じてわたしの人とは違う魔法の才能を見抜いた。わたしは人の「波長」を感じて、その人がすごい魔法使いかどうかなんて判断出来ないけど、一年後に卒業、そして職業魔法使いとなる三年生の先輩達はそんな技能も身に着けているのだろうか。
「佐金さん。今帰るところかな?」
「はい、明日の授業の準備をしていまして」
帰る途中、資料室(図書館に入りきらない書籍以外の資料が置かれている部屋)の前を通りかかると、生徒会の顧問の先生でもある長井勇人先生が丁度出て来るところだった。
長井先生は、まだ三十代なのに魔法学者として高名な先生で、様々な学校を一年交代で転々とし、主に三年生相手に人気のある授業をしていた。しかし、今年からは母校であるこの学校にしばらく腰を下ろすことが決まり、自身も所属していた生徒会の先生となった、という事情がある。
すらりと背の高いイケメンの先生で、女子からは例外なく人気があるし、優しくも厳しく、授業がわかりやすいということで男子からも人気。教師間での信頼度も高いらしい。……那美子さんはあんまり好きじゃないみたいだけど。
「それは、遅くまでご苦労様。私も今日の仕事はもう終わりなんだが、もしよければ、一緒にどうだい?」
「えっと……一緒に帰るってことですか?」
「うん。私自身、君には興味があったんだけど、全然話せていなかったし、色々と訊きたいこともある。もちろん、こんなおっさんと一緒に帰るのが嫌ということなら、無理強いはしないけど」
「い、いえ。大丈夫ですけど……変な噂とか立ちませんか?」
「はは、生徒と恋愛をするような噂をされるような人間じゃないよ。人間より、魔法陣の顔色を見て生きてるのだから」
そういうことなら……今日は雪華ちゃんに用事があったので先に帰ってもらったし、一人で帰るのも寂しいと思っていたところだから、先生とでも一緒に帰れるのは嬉しい。
本人が言うように、あまり面白い話は出来ないかもしれないけど。
「では、下で待っていますね」
「ありがとう。職員室に鞄を取りに行くから、少し遅くなるかもしれないが……」
「いいですよ。どうせ、遅くなりついでなんですから」
快く頷いて、わたしの方はすぐに下足室へと向かった。
靴を履き替えて手持ち無沙汰になると、たまには女の子っぽく髪に櫛を通してみたりした。リボンも結び直し、出来るだけ形が良いであろう尻尾を鏡を見ながら作り出す。同性なら良いけど、男の人に最低限のお洒落もしていないんだと思われるのはなんだか嫌だ。相手は偉い先生なんだし。
「やあ、待たせて申し訳ない」
「いえ、色々とわたしの方でも、準備がありましたので」
「なるほど、さっきより髪型、決まってるね」
――ほらこんな風に、人間には興味がないと自負している人でも、知らず知らずの内に髪型なんかはチェックしてしまっている。こういう細かな努力は、やっぱりきちんとしておかないと。
「急いで作り直しました。もう何年もしているんですけど、未だにボリュームがあり過ぎたりなさ過ぎたり、結構苦労しちゃいます」
「へえ……でも、よく似合っているね。普通、ポニーテールといえば活発な印象を受けるけど、君の場合は着物を着た時にアップにした髪のような、お上品さがある」
「あ、ありがとうございます。男の人に髪型褒められたのって、初めてかもしれません」
「そうなのかい?なら、この学校の男子生徒達は、私以上に魔法馬鹿なんだろうな。それとも、照れ屋なだけかな?ははっ」
実際のところどうなのか、わたしには判断が付かない。上級生の人達は本当に魔法一筋って感じだし、同級生に男の子の友達は……空也君が一応いるけど、彼の場合も真剣に魔法と向き合っている感じだ。かといって、他の生徒もそうか、と問われれば疑問を抱かざるを得ないし。
「あはは……」
それにしても、面と向かって自分の容姿のことを褒められてしまうなんて。照れくさくて、顔から火が出るとはこのことだろう。
「しかし、君は本当に大したものだな。今まで取り立たされなかったのが不思議なくらいだ」
「えっ?」
「いや、既に君は周囲の視線を感じているだろうけど、凄まじい才能の持ち主であることが、まだ魔法を学び始めた学生にすら伝わってしまう。これはある意味で異常なことなんだ。もちろん、私のような学者や、優秀な職業魔法使いは会っただけでもその適性がわかる。だが、君はその強大な魔力をいわば垂れ流してしまっている。その魔力には、誰もが気付かざるを得ないということだよ」
「そ、そこまでなんですか?でも、菖蒲さんや那美子さんに初めて出会った頃は何も言われなかったですけど……」
「では、魔法を得て、その魔力が表に出るようになったということだろうか。悪魔契約をする以上は、その血に大きな魔力が含まれていたのだと思うけど、普通は血に含まれる魔力はそんなに表向きには現れないんだ。契約によって突然変異的にそうなったか、あまりに血に含まれる魔力が規格外だったために、こうして漏れ出ているのか……」
歩き出そうとしていたのに、先生はじっと立ち止まって考え始めてしまう。わたしのことがよほど気になったのだろうか?
「でも先生、魔力測定器で出た数値は、たった12ですよ?わたしと同じクラスの雪華ちゃんは、それよりずっと高い20ですし」
「12?そんな馬鹿な。それに、確かに入学したてで20という数値が検出される、それは素晴らしいことだけど、だからといって必ずしも優秀な魔法使いという訳じゃない。……もしかすると、ただの12ではないかもしれないな」
「ど、どういうことですか?」
「入試に使われるような魔力測定器は、正確ではあるが、上限の低いものだ。たった50までしかない。だが、上を見れば50を超える人は少なくないし、100に達する伝説的な魔法使いだっている。つまり君の場合、一回りして62だったりする可能性がある訳だ」
「そんな……他に新入生にそんな人がいたんですか?」
「いや、今まではいなかった。後にどれだけ有名になった魔法使いでも、入学当初はまだ魔法を使えない素人だからね。……でも、君は違う。以前から悪魔契約をしていて、その魔力を更に伸ばしていっていた。日向さんが指導したということは、環境も最高だったといえるしね。だから、前代未聞の時代が起きても不思議ではない」
興奮して熱が入ったように言うと、先生は大きな鞄から青色の宝石のような結晶を取り出した。それにはケーブルが繋がれていて、その先には目盛りのついた測定器がある。
「これは、プロ仕様の測定器だ。この宝石を握り、魔力を込める。それだけで最大で150までの魔力指数を検出することが可能だ。尤も、上限はせいぜい110なんだが」
「ただ、握って魔力を込めれば良いんですか?」
「ああ。本当は魔力が全快の時が望ましいんだが、参考にはなるだろう」
確かに、学校での魔法の行使と、週末の特訓で魔力はどんどん消費されてしまっている。そろそろ補給が必要な時期だ。
だから大した数値は出ないだろう。50に達してくれれば良いけど、下手をすると学生用の十分な数値が出てしまって、大恥をかくことになるかもしれない。
そう思いながら宝石を握り締めると、魔力に呼応して青い宝石が美しい輝きを帯び、より深い藍色、いや、もうほとんど黒色に変わって行く。そして、目盛りも大きく振れた。止まったのは――103。伝説的とすら呼ばれる、100の大台に乗ってしまった。
「えっ、こ、これ、測定ミスじゃないですか?」
「いや……それはありえない。この宝石がこんな色になるのは、よほど強い魔力を受けた時だけだ。しかし、本当に100なんて数値が出てしまうとは、これは真剣に万全の状態の魔力を測る必要があるな。佐金さん、明日にでも魔力を補給して、放課後に職員室に来てくれないか?必ず私もいるようにしておこう。君の最大魔力を測っておきたい」
「は、はい。それは構いませんけど、そんなにわたし、すごいんですか?」
「もちろんだとも。……ああ、無知とは、純粋さとは本当に、恐ろしいことだ。しかし、君はそれが強みだろうか……。私はさっき、100で伝説的な魔法使いの数値と言った。しかし、それはその魔法使いの全盛期、三十代から四十代に検出される数値だ。しかし君は、それを十代で叩き出してしまっている。つまり、これから――ああ、もう君のことだけで論文が書けてしまう。す、すまない。君を振り回してしまうようで本当に心苦しいのだが、一人で帰らせてもらって良いだろうか?この興奮は……少し抑えられそうにないっ」
顔を真っ赤にした先生は、有無を言わさず全力ダッシュ、そして、箒で空を飛んで家へと帰っていってしまった。
校門に一人わたしは取り残され、ただ先生の消えた空を見上げることしか出来ない。
「伝説的な、魔法使い……」
それは、わたしの魔力に気付いてくれた菖蒲さんぐらい?それとも、誰もがその名前を知る天才魔法使いだった玲菜さんぐらい?それとも……古の時代に魔法の奥義を書物に記した、正に伝説の魔法使いと同じ?
その疑問への答えが返されるのがなんだか怖くて、先生にも、那美子さんにも、そんなことは訊けないと思った。
翌朝。先生の言葉通りにしっかりと萌えを補給して、頭がほわーんとふやけるぐらいに魔力を回復してから登校して来た。
空は不思議なほどに晴れていた。こんな日は上空を箒で飛び回ると、きっと楽しいんだと思う。豆粒よりも小さく見える魔法使い達の姿を見上げながら、そんな他愛もないことを考えた。やがて、雪華ちゃんがやって来る。
彼女の家は知っているし、一緒に登校しても良いようなものだけど、なんとなくそうすることはない。あれだけわたしと一緒にいたがっている雪華ちゃんが、自分から言い出さないからだ。彼女は実家から登校している。そこに何らかの問題があるのだと思う。本人から明かされないからわからないけど、変な詮索をしようとは思わない。
人は、わたし達の関係を深いようで浅い、いびつな関係と思うだろうか?
「おはよう、美静ちゃんっ」
「雪華ちゃん。おはよう。今日はすごく良い天気だね」
「そうだねー。月末には連休もあるし、この行楽日和が続けば良いよねぇ」
「陽は照っていても、あんまり暑くないもんね……って、連休?」
慌てて携帯を取り出し、カレンダーを確認する。そうか……十月末には、俗にシルバーウィークと呼ばれる連休がある。五月の連休に比べると小型なことが多いけど、学生にとっては中々嬉しい休息の時だ……と思う。そんな連休を那美子さんが見逃さないと思うから、一日休みをもらえれば良い方だろうけど。
「美静ちゃん、忘れてたの?」
「うん……なんというか、わたし、いっつもその場その場で必死にやって生きてるから。先のことまで見通す余裕がないんだと思う」
がむしゃらに魔法の勉強をして、落ちたら今度は魔法を完全に忘れようと、がむしゃらに働いて、その次は――。
もし未来の計画を立てていたりしても、きっとそれは役に立たない。どうもわたしの……つまり、魔法使いの人生というのは、そういうものだという気がして来ている。わたしを教えてくれている人がまず、波乱万丈の人生を送ってしまっているのだから。
「わ、わー。微妙にシリアスめいて来ちゃった。いや、折角休みがあるんだから、一緒に遊びに行かない?って感じの話だったんだけどね」
「ごめんね。なんか暗くしちゃって。でもわたし達、ちゃんと休めるかな。那美子さんはきっと特訓をしてくれると思うし、わたし自身、学校で勉強するだけじゃ駄目だと思うの。絶対に成績を落とすなって、釘を刺されているし」
「あー……それもそうだね。私も、今は実践あるのみって感じだし。うーん、でもなんかこう、リフレッシュがしたいという矛盾した感情もあって――あっ、そうだ!」
「どうしたの?」
「いつも廃墟とか学校とか、どちらかといえば人工物に囲まれて魔法の練習をしているでしょ?だからここは気分を変えて、自然溢れるところに合宿に行くのはどう?」
「自然溢れる……山とか?」
「や、山籠りって言われると、本格的で大変そうだけど、こう、もうちょいライトな感じで」
合宿。学生らしい響きに、思わず胸がときめく。少しの間だったけど、学生ではなくなり、魔法から離れた社会に身を置いていたからだろうか。
でも、那美子さんに話しても、そう渋い反応は返さないだろう……そんな気がする。色々な環境での魔法の行使になれるのは、きっと、それこそ将来を見据えた時、重要なことだ。特に土属性の魔法は木を生やしたり、地面を隆起させたり、地形の変化を得意とするし、氷の魔法も氷の壁や小さな氷山を作って地形を変えてしまう。限られたスペースの中で自分の魔法を活躍させる、そんな技能は必須に違いない。
「じゃあ、那美子さんに話してみようか」
「うんっ。もし実現したら、美静ちゃんと一緒にお泊まり……つまり、灯りの消えた部屋で――くくくっ」
「雪華ちゃん……目が怖いよ」
もしペンションのようなところで泊まるようなことになったら、ちょっと部屋代は高いだろうけど、部屋は分けてもらおう。どうも無事に帰ることが出来る気がしない。
「いやー、胸が熱くなりますな。美静ちゃんと一つ屋根の下なんて、劣情を禁じえ……げふんげふん、嬉し過ぎてもう、天に昇る心地になること間違いなしなのですよ」
「とりあえず、自己弁護にはなってないよね。雪華ちゃんのことはわかってるつもりだから、嫌じゃないし、本気で危ないとは思わないけど」
「はぐっ、あ、愛溢れるお言葉っ。これもう、愛の告白と同義だよね!」
「それはないから、勘違いしないで」
「うぐぅ、ツンデレではなく、クーツンなお言葉も嬉しゅうございますっ」
今までも結構こんな感じに、雪華ちゃんには多少きつめの言葉を使って突っ込みを入れたりして来たけど、この子も本当にタフだなぁ、と思う。むしろ喜んじゃってるぐらいだし。
「それは良いけど、雪華ちゃん。今日って一時間目は教室での授業だよね」
「うん、そうだよ。珍しいねー、美静ちゃんが時間割のことを不安げに確かめるなんて。いつも細かい移動教室とかも覚えてるのに」
「いや……だって、わたし達以外に教室、誰もいないよ?わたしが登校するのはいつも早い時間だから、誰もいないのは普通だけど、雪華ちゃんは予鈴の五分ぐらい前に来るよね。で、もう予鈴がなる時間……なのに、チャイムは鳴らないし、他にも誰も、那美子さんすらまだ来そうにない……」
「ええっ!?な、なにそれ、私、ホラーとか一番苦手なジャンルなんだよっ」
単純にわたし達が時間割を間違っているのであれば、どれだけ気が楽だったか……でも、いくら一時間目が実技の授業でも、教室に荷物を置きに来ないはずがない。
そもそもわたしは、廊下でも、校門でも、誰ともすれ違わなかった。誰かに会っていても不思議ではなかったのに。
出来るだけ考えないようにしていなかったことだけど、もうここまで来てしまったら、考えるしかない。これはきっと、悪い冗談でも、わたし達の勘違いでもないのだから。
「机の重さ、手触り、太陽の暖かさ……どれも、幻のものとは思えない。けど、五感を操るような強力な魔法なら、リアルに限りなく近い結界世界を創ることが出来る……那美子さんは前に、そう言ってたと思う」
これがそうかどうか、現時点ではあまりに情報が少な過ぎる。学校自体は本物で、何らかの情報操作が行われていて、わたし達が知らない間に休校になっていたのかもしれない。なのに、ゆっくりと登校して来た雪華ちゃんがどうして校舎内に入れたか?その疑問の答えも、今は見つかっていない。
「これが、結界の中?学校に入る時、違和感とかは全然なかったけど……」
「雪華ちゃんは、普通に学校に入れたんだよね?」
「う、うん。校門も開いてて、確かに他に生徒の姿がないのは妙かな、とは思ったけど、全然普通な感じだった」
「仮にわたし達が結界の中に取り込まれたとして、それに気付けるのかはわからないけど……。そうか、二重結界の法則。基本的に結界の中に結界は作れない。どちらか弱い方の結界が打ち消されてしまう。雪華ちゃん、反転結界を張ってみよう」
もしそれで、結界が張れなければ、ここは結界の中、張れれば本物の学校、もしくは弱い術者の張った結界の中だったということがわかる。
「あ、ああー。そういうのあったよね。教科書にあった、気がする……」
「うん。大事なことだから、って那美子さんが何度も繰り返してたよ」
「そうだったっけ……」
重要な法則であるとは言っていたけど、一年生の内はそこまで気にしなくても良いこととも言っていた。雪華ちゃんが覚えていなかったことを攻めることはしない。でも、わたしが覚えていて良かった。
『未来に愛を、明日に輝きを』
『大切な人を守る盾を。そして、理不尽を砕く剣を』
暗い、闇夜の世界が全てを飲み込んでいく。そして、完全に学校を中心とした一定の範囲が夜に包まれた。
「ちゃんと結界が張れる……ということは、この校舎は本物。雪華ちゃん、学校の公式ホームページを調べてみて。わたしは那美子さんに連絡してみるから」
「良いけど、結界はそのままにしておくの?」
「もし悪意ある魔法使いがわたし達を狙っているのなら、迂闊に結界を解かない方が良いと思う。反転結界には、外の人だけじゃなく中の人を守る効果もちゃんとあるし、多分わたし達にこれ以上強い防御魔法はないから」
結界という魔力の壁に遮断された空間でも、携帯電話の電波はちゃんと届く。科学の最先端ともされていたこの情報端末兼通信機も、魔法の技術によって別ベクトルの発展を遂げている。それが結界を抜けて飛ぶ電波や、GPS画面に強力な魔力反応を映し出す機能だ。
「もしもし、那美子さんですか?」
コール二回で電話は取ってもらえた。ということは、そんなに那美子さんは忙しくない?
『ああ。他の誰が出るんだよ。それよりなんだ?この朝っぱらから。今日は休みって知らないのか?』
「休み?今日は火曜日ですし、祝日でも、創立記念日でもないですよ?学級閉鎖になったなんてのも知りませんし」
『おかしいな。昨日の帰りにちゃんと連絡したぞ?今日はその……お前等には言えないけど、事情があって休みなんだ。後、学校のサイトを見てみろよ。ちゃんと書かれてるだろ』
「ええっ?雪華ちゃん、何か書いてた?」
携帯を操っていた雪華ちゃんが首を横に振る。画面を見せてもらっても、特に連絡事項は書いていなかった。
「わたし達が確認した限りでは、何もありませんでした。パソコンで確認してもらっても良いですか?」
『そりゃ良いが……職員のあたしが言うんだ、確かな情報だろ?――でも、確かにサイトに出てないな。こんな重要なこと、なんで告知されてないんだか――』
何かがおかしい。
嫌な胸騒ぎは、確かな不吉の予感となり、冷や汗が伝って来る。
感じるのは、何か大きな手の力。それがすぐ傍にまで迫っている。直感というにはあまりに現実味を帯びた、圧倒的な危機感が体を冷やした。
「とにかく、今日は休みなんですよね。でも、わたしと雪華ちゃんは普通に教室にまで上がって来れてしまいました。今は反転結界を張っているのですが、このまま学校外に出て、結界を解除して外に出たいと思います。何かのため、校門の辺りにまで来てもらっても良いですか?」
『いや……あたしはあたしで、持ち場を離れられないんだ。もうぶっちゃけるけど、恐らく今日、学校の貴重な資料を狙う悪党どもがやって来る。それを教職員と、警察が共同戦線張って迎撃するって話なんだ。だから本当のところ、あたしや他の教師も皆、学校の中にいる。校門もそりゃあ、開いていただろうな。表向きは普通に学校をやってるように見せかけないと、相手が怪しんで日をずらすかもしれない』
「そんなことが……でも那美子さん、本当にちゃんと連絡してくれましたか?それに、長井先生は明日、普通に学校があるみたいなことを言ってましたし」
『あのなぁ、あたしはこれで仕事はきっちりこなす方だって知ってるだろ。長井のヤローはどうせ、自分の研究に情熱傾け過ぎて、世俗の事件になんて興味ないから忘れてたんだろ。現に今日も、あいつの姿がないしな。大方、休みって思い出して論文でも書いてるんだよ。あいつも一応、警備に当たるべき魔法使いだってのに』
「そうですか……」
まさか那美子さんを疑おうとは思わないし、確かに長井先生は昨日、酷く興奮していた。だからうっかり間違ったことを言ってもおかしくはないだろう。
でも、本当にそれだけだろうか?長井先生は昨日、偶然わたしと出会った。そして、わたしと軽く話をしてみたり、魔力を測定してみたり……わたしのことを値踏みするようなことをしていた。
――本当にわたしは、たまたま先生と会ったのだろうか。彼がずっと資料室で待ち伏せしていて、わたしの実力を測ろうとしていた、なんて可能性はないだろうか。
なぜそんなことをするのか?自分がその窃盗犯の一味だから。学校の内部をよく知る自分が手引きをして、自分でも中々手に入らない貴重品を盗み出す。わたしという大型の新人には興味と危機感があって、もし自分にとって不利益になる存在になるようなら、学校におびき出して盗みのついでに始末する。入試当初から非凡の才能を見せていた雪華ちゃんも同様。
そんな推理は、全てわたしの妄想。深読みのし過ぎだと、断言出来るだろうか?
いや、出来ない。確信はなくても、この悪寒の正体がそれだと考えられてしまう。
「那美子さん。わたし達もそちらに行かせてもらって良いですか?不用意に外に出るのは逆に危ない気もしますし、ここまで関わってしまった以上は見て見ぬふりもしたくありません」
『はぁ、やっぱそうなるか。でもまあ、目の届く範囲にいた方が守りやすいし、学校が始まってからのこの一ヶ月鍛えてて、あたしも確かな手ごたえを感じてるんだ。――お前ならもう、実戦もやれるってな』
「……ありがとうございます」
『ただ、絶対に無理はするなよ。これで怪我したり、また魔力切れでぶっ倒れたりしたら、半年は実戦に出させないからな』
「は、はい。わかりました」
『あたしは一階の東棟の第一職員室辺りの廊下だ。職員室にも、近くの実技準備室にも貴重な本がたくさんある。盗まれて弁償になったりしたら、あたしもお前も、二人して借金生活だ。雪華にもよく言っとけ。お前の身の安全は守れても、財布までは守りきれないぞってな』
「あ、はは……では、すぐに向かいますね」
通話を切って、思わずわたしはガッツポーズをしていた。雪華ちゃんにも見られないように小さく、音も立てずに。
今まで学校で打ち立てて来た成績からも、どうやらわたしが凡庸な魔法使いではないということはわかっている。今のところ、わたしは世間の期待に応えることが出来ている。そう思っていた。
けど、那美子さんにここまで率直に実力を認めてもらえるのは初めてのことで、この学校の卒業証書をもらうことよりもずっと、名誉のあることだという気がする。
「雪華ちゃん。とりあえず那美子さんが下にいるみたいだから、結界を解いて行こう。詳しくは、下りながら話すよ」
「えーと、とりあえず今日、本当は休みだったんだよね?」
「そうみたい。終礼の時にちゃんと那美子さんは教えてくれてたみたいだけど、なんか上の空だったのか、聞き逃しちゃった。雪華ちゃんもそう?」
「なんだと思う。なんか昨日、だるくてね。実は今日もそこまで本調子じゃないんだ。普通に話したりする分には絶好調なんだけど、あんまり魔法は使えないかも」
「そっか……。わかった。その辺りもちゃんと那美子さんに話そう。ちょっと大変なことになっちゃってるみたいだから」
雪華ちゃんの手を引いてみると、確かに握り返す力は弱くて、その体はいつもより重く感じる。
本人いわく、わたしを守ってくれる「わたし委員」で、実際に過保護なほどに雪華ちゃんはわたしのことを気にかけてくれていたけど、今度はわたしが彼女を守る番だ。
箒を持つ手には自然と力が入り、崩壊していく夜の世界の中、わたしは階下へと足を進めた。
「那美子さん。おはようございます」
「ああ、おはよう。全く、お前を見ていると本当に誰かさんを思い出すな。あいつは常に抜けてたけど、お前はどうも、大事なところだけ抜けてるらしい」
「そ、そんな……」
「まあ良い。上手いこと情報を掴めなかったら、こんな風に網を張って待ち受けることも出来なかったんだ。生徒に協力させることもあったかもしれない。その時の筆頭候補は、お前だっただろうしな」
一階に降りると、いつも通りのスーツ姿の那美子さんが迎えてくれた。世界から人が消えたような感覚を味わっていただけに、普段と変わらない姿の彼女に会えたことが嬉しい。
「雪華、お前珍しく元気なさそうだな。顔色も悪いみたいだが……」
「ちょっと疲れたのかな、と思います。そこまで酷くないんですけど、魔法が上手く使えるかはちょっと不安で」
「魔力不足じゃないんだよな?どっかのバカもそれで倒れたことがあったけど」
「それはないと思います。今朝も美静ちゃんでがっつり萌えを補給出来たので」
「便利な属性だな……じゃあまあ、軽く治療してやるから、ブレザーだけでも脱いでくれ。治癒魔法すら法衣で防がれかねないからな」
「那美子さん、治癒魔法なんて使えるんですか?治癒といえば水、土、金ってところだと思いますけど……」
「言ってなかったか?あたしはその辺り全部使えるぞ。炎が専門だけど、大体の魔法の洗礼は受けてる。使えないのは雷、氷ぐらいだな」
「そうだったんですか……。ちょっと意外です」
「攻撃一辺倒とでも思ったか?でも真剣な話、最低でも治癒魔法は使えないと職業魔法使いは出来ないぞ。って、雑談は良い。ほら雪華、ちゃんと歩けるか?」
本人は強がっているけど、実のところ雪華ちゃんは一人では歩くのも少し辛そうだ。ぐいっと那美子さんに腕を引かれて、ブレザーも脱がしてもらっている。そして、胸の辺りに那美子さんが掌を掲げたかと思うと、青白い光がそこに収束して行く。色合い的に、水属性の治癒魔法なのだろう。
魔法による治療は、小さな怪我なら瞬時に治し、骨折や大量の出血を伴う怪我の場合は、その完治にかかる時間を大幅に短縮してしまう。他にもなんとなく気分が悪いのを緩和してくれたり、冗談のように教えられたことでは、女の子のアレを和らげるのにも使える、らしい。
治療を受けている内に雪華ちゃんの顔色もいくらか良くなって、完全復活とはいかないまでも、もう普通に歩き回れるぐらいにはなったみたいだ。
「よし、こんなもんだな。魔法の行使はしない方が良いが、いざとなったら箒を飛ばして逃げることぐらいは出来るだろ。家に帰してやりたいところだが、手の空いてる奴はいないし、ウチの制服を着た奴が飛んでるのを見られたりしてもな……。とりあえず部屋の中に入っておいてくれ。
美静。お前はあたしの援護じゃなく、雪華と準備室の中の警備を頼む。敵が来るようなら、強制的に反転結界に引き込んでから戦え。結界忘れて魔法を撃って、相手を死なせたりするなよ?あたし等は加減が出来るが、お前はまだそんな微調整が出来るはずがないからな。その代わり、結界の中にさえ引き込んだら最大魔力でぶっ飛ばして、失神させてやれば良い。お前なら出来るだろ?」
「は、はいっ。相手の合意を得ない反転結界の展開の時は、誓いの前後に一フレーズ付け足すんでしたよね」
「ああ。もちろん結界を張る魔力は全部自分で負担することになるけど、魔力は十分だよな。尤も、お前ならもう反転結界で使う魔力ぐらいは物の数に入らないか」
どうだろう……実はといえば、まだまだ不安はある。でも、また那美子さんに自分の実力を認めてもらえた。それが嬉しくて思わず胸が高鳴り、今から初めての実戦になるかもしれないのに、気分は明るく、なんだってやれる気がして来た。
「雪華ちゃん。あなたのことは絶対にわたしが守るから、今はゆっくり休んで。――うん、絶対に傷付けさせはしない」
「う、うん!……はわぁー、勇ましい美静ちゃんもまた、萌える!」
「それだけ元気なら、安心かな。でも無理はしないでね」
わたしが魔法使いになる前に傷付き、失われてしまった命がある。それは、その人は、わたしにとって、そして多くの人々にとっても、大切な存在だった。失われて良い命があるとは思えないけど、どう考えても彼女はまだ死ぬには早過ぎたし、わたしはもっと彼女と同じ時間を生きたかった。なのに、もう彼女には会えない。わたしの魔法使いとしての人生の始まりは、彼女の人生の終わりであった。だから、今まで純粋に魔法を行使出来ることを喜べたことはないし、これからもきっとそうだろう。
けど、だからこそわたしは、今こうして使える魔法で守りたい。
何を?――わたしが愛し、わたしを愛してくれる人を。そして、わたしは一人でも多くの人を。それこそ敵でも、愛したいと思う。魔法は人を幸せにするために使われる力であり、その本分は人を傷付けるなどということでは、あるはずがないのだから。
菖蒲さんの残してくれた最高の箒を手に、改めて魔法を使う決意を固める。
未来に愛を、明日に輝きを。
この誓いをわたしが忘れ、魔法を破壊と支配のために使うようになった時、わたしは自らが使役するはずの悪魔に命を奪われることになるだろう。それで良い。
わたしがわたしでなくなり、わたしの魔法が誰かを不幸にするのなら、わたしはいっそ消えた方が良い。悔いはきっと残らないだろう。
「グラシャ=ラボラス。今日はお前の力を本格的に借りることになるかもしれない」
まだ外は静かだ。もうしばらく襲撃までには時間があるのだろう。その時間を利用して、契約以来初めて、わたしの使い魔と対話を試みることにした。
『ほう……。今の今まで我を忘れていたように振る舞っていたが、やっと魔法を人に向けて使うか』
「うん、じゃなくて、ええ。相手の数が多くなるようなら、お前を召喚することにもなる。人を殺せない結界を張るけど、その結界を捻じ曲げてまで人を傷付けないようにしろ」
『“殺戮の魔王”にまた妙なことを言う。しかし、娘。貴様が望むならその通りにもしてくれよう。……我が主よ』
わかっていたことだけど、どうもこの悪魔はものすごく性格が悪い。悪魔にしても、特別いやらしい性格をしている気がする。
それでも、わたしはこの悪魔がいなければ魔法は使えないし、わたしなんかよりこの悪魔の方がよっぽど魔法には精通している。召喚すれば、それだけで片が付くほどの影響力を持っていると考えて間違いないだろう。
だからこそ、彼を呼び出すのは最後の手段にしたい。雪華ちゃんが危険に晒されるようなら迷わず召喚をするけど、そうじゃない限りは自分の力だけで戦い抜いてみせる。那美子さんの期待に応え、この使い魔にもわたしの実力を証明してみせるために。
『ふむ。娘、そう遠くない距離にいるぞ。どれも質は大したことないが、属性は一通り揃っているな。ほう、面白い。雷魔法の使い手もいる』
「すぐに来るの?」
『さて、人間の考えは読めん。しかし娘よ、一つ教えておいてやろう。不思議なもので、同じ属性の魔法の使い手同士は惹かれ合うものだ。貴様が師と仰ぐ魔法使いもまた、雷魔法の使い手だったのだろう?そういうことだ』
「つまり、相手の一味の雷の魔法使いがわたしの目の前に現れると?」
『可能性は高いということだ。もう知っているだろうが、雷を雷で捌くことは出来ん。つまり今の貴様が雷の魔法使いと出会えば、消耗戦をするしかないということだ。才能は差し置いて、経験は貴様とは段違いの相手だが、やれるか?』
「もちろん。絶対に、負けない」
虚勢ではない、と思う。はっきりとした確信がある訳じゃない。でも、不思議と不安はなく、わたしならやれる。そんな自信がある。
誰かを守ろうとしているから?初めての実戦で士気が高揚しているから?どちらもそうだろう。未だかつてないほどに満ち溢れた活力は、そのまま魔力となって血の中を巡る。箒はその魔力を受け取り、更に高めてくれている。一撃必殺の大魔法、手数と速度で攻める数々の雷撃を放つ魔法。どちらも好きなだけ使えるだろう。
「美静、雪華。もう来るみたいだな。いくらなんでも、相手は入ってしばらくしたら異変に気付くはずだ。すぐに逃げ出そうとする。だからそこに結界を張って閉じ込めるんだが、これは反転結界には干渉しないものだから気にしなくて良い。だが、自分達も外には出れないということを覚えておいてくれ」
「わかりました。元より、ここで踏み止まって迎え撃つつもりですから」
「はは、それで良い。あたしはお前の戦いぶりを見れないが、しっかりやれよ。でもヤバくなったら、すぐに結界を解くようにしろ。いつだって助けるし、治療もするからな」
「はい。無理はしません」
と言いつつ、実際の戦いになったら意地になってしまうのだろうということもわかっている。
わたしは多分、人が思う以上に負けず嫌いで、意地っ張りだ。それは短所であると同時に、長所にもなり得ると思う。そして、今はきっと後者になってくれるはずだ。
体の震えは怯えではなく、武者振るい。自分の才能と、努力との賜物を信じて、わたしは魔法を行使する。
「来たな。さて、出来れば校舎に被害が出そうな炎魔法は使いたくないんだが、それを引き出すような奴はいるか?」
準備室の窓は職員室に使われている磨りガラスとは違い、透明の普通に外が見えるガラスだ。通路の様子がよく見えて、外側を気にしないといけないとわかりつつも、ついついそっち側に目が行ってしまう。
相手の服装は、普通の若者風のもの。男女混在しているけど、皆二十代といったところだ。土の槍を撃ち出す魔法が使われるが、それを那美子さんは高圧の水流によって迎撃、ただの泥の塊に戻してしまう。本来は炎魔法の使い手である那美子さんが、対極に存在する水魔法を使う。なんだか不思議な光景だ。
続いて、那美子さんが行使するのはかまいたちを作り出す風の魔法、更に強烈な光を放つ短剣が飛び出す、これはおそらく金属性に対抗する光魔法だろう。
那美子さんが箒をバトンのように回転させる度、色とりどりの、それぞれ違う属性の魔力を帯びた魔法陣が宙に浮かび上がり、単純な挙動に見えて、洗練された効果的な動きで相手を追跡する強力な魔法が次々と発動されていく。
吸血鬼のそれを彷彿とさせる闇の牙、意思を持つように飛ぶ金の矢、水流の弾丸は雨のように注いだ。そして、その全てが相手に着弾する前に、目に見えて威力が弱まる。鋭利な武器も即座になまくらになり、高速で飛び交う魔法弾はその速度を緩めた。最大威力を生身の相手に当て、死傷することを防ぐための措置だ。
そう簡単には、あれだけ多くの魔法陣を展開させながら、きちんと威力の調整まですることは出来ないだろう。第一線で戦って来た那美子さんの実力がはっきりとうかがい知れる。やっぱり、わたし達の先生は、本人が言うように才能のない魔法使いなんかじゃない。一人にして、一つの軍のような活躍を見せる人が凡人な訳がないだろう。
『なるほど、あれだけの魔法の同時発動、更に着弾時の威力の制御をやってのけるか。魔力自体は大したことないが、それぞれの魔法を正しい手順を踏んで発動し、かつそれを可能な限り高速化している。一対一の戦いではなく、軍団戦でこそ真価を発揮する魔法使いだな。あの娘、自分の領分をよく弁えている。人に魔法を教える者としては最高の人材だろう』
「正しい手順?どういうこと」
『過程と結果を完全に想像した上で魔法を行使しているということだ。なまじ才能があったり、年の行った者は想像を言葉に置き換えたがる。言葉で作り出す状況を説明することで、大規模な魔法でも容易に発動出来るからだ。しかし、あの娘は今尚、一番理想された体型で魔法を発動しているように思える。決して不安定にならず、確実に思った結果を出せるという点では誰もが見習うべきものだ』
「そうなんだ……」
なぜだろう、那美子さんがこの悪魔に評価されていることが無性に嬉しい。魔法に人以上に精通している悪魔が褒めるのなら、間違いなく那美子さんは魔法使いとして尊敬されるべき人物なのだろう。
そんな人が先生でいてくれることに、わたしはちゃんと感謝しないと。
『さて、見入っているのは良いが、もう相手が来るぞ。結界でも何でも発動するが良い』
「数は……一人?」
『件の雷使いだ。さて、我が主人はどこまで力を付けたか見せてもらおうか』
「まあ、見ていなさい。――雪華ちゃん、今から結界を張るね。置き去りにしたらそれはそれで危なそうだから、一緒に結界に入ってもらうけど、一応気を付けて」
「う、うん。うおーっ、美静ちゃんが私のために戦う、それも初めてっ。萌えるというか、燃えるっ。燃え禿げる!」
「もちろん雪華ちゃんも守るけど、あくまでメインで守るのはこの学校の方だからね……?」
「照れ隠ししないでいいよっ。それにしても、美静ちゃんの熱い気持ちがこう、五臓六腑に染み渡るで、あーもう、美静ちゃんが可愛過ぎて夜も眠れないよ!」
「夜じゃないから、寝てて良いよ……」
雪華ちゃんなりに、緊張をほぐしてくれているの、かな。
それが功を奏してくれたのかはわからないけど、恐れもないし、余計な力が入り過ぎていることもない。体に満ちる魔力で結界を織り成すための言葉を発する。
『我はこの世に監獄を織り成す者。――未来に愛を、明日に輝きを――我はこの誓いの虜囚なり』
再び、朝の世界が反転する。
明るかった空は暗くなり、太陽は月に、秋とはいえそれなりに暖かかった気温は涼しくなって、世界は夜の闇へと沈む。
相手の合意を得ない反転結界には、基本的に極少数の人間しか連れ込むことは出来ない。今回は襲撃者と雪華ちゃんだけ。三人だけが広大な校舎をすっぽりと包み込んだ結界の中に存在していることになる。
「これだけの魔力……どんな教師かと思ったら、まさか生徒?もしかして、話題のあの――」
「佐金美静です。こうして戦いのために魔法を行使するのは初めてなので、どうなるかわかりませんが、お相手してもらいましょう。まあ、この結界の中じゃ命は取られませんから、大丈夫ですよね」
箒の一撃で窓を破った相手が、部屋の中に入って来る。いくら魔法の箒でも、あれだけ強力な打撃は難しい、ということは雷だけじゃなく金魔法も扱えるのか。
相手の容姿は、中肉中背、長く伸ばされた髪の色は、既視感のある黒……ただそれだけが印象的な女性で、年齢は大体那美子さんと同じぐらい。それよりも少し年は行っているかもしれないけど、魔法学校を卒業した魔法使いなのであろうことはわかる。ということは、もしかしてわたしの先輩にあたるのだろうか?学校の間取りも覚えているから、今回の計画を実行に移したとか。
「これはまた、恐ろしいことを言うお嬢さんね。でも、そんな新米に負けるような私じゃないわ。少なくとも雷魔法で戦う分には、私は絶対に負けない――」
「わたしも同じです。けど、この部屋は雷魔法の使い手が戦うには、あまりに狭過ぎますよね。こうしてはどうですか?」
アイリス・ブーケを掲げて宙に巨大な魔法陣を形成する。魔法陣の大きさは、単純にその魔法の規模の大きさを意味する。わたしが作り出したのは直径が二メートルもあるもの。その陣から放たれる魔法は、特大の電流。雷撃というよりは、既に砲撃……電撃砲とでもいえるのだろうか。
圧倒的な魔力の集束による電撃砲は、壁を容易に撃ち抜き、強烈な衝撃波を生んで建物自体を大きく揺らす。わたし達のいた部屋はほとんど部屋としての機能を失い、校庭の一部のように化してしまった。
「けん制にしては、少し魔力を使い過ぎたんじゃないかしら?」
「わたしの魔力が実質的に無尽蔵であることは、知らないんですか?都合の良いことに、昨日の夜に魔力を補給したところなので、これを後十回は撃っても平気です」
そもそも、見た目は派手でも攻撃魔法としては下級だと、那美子さんに言われてしまった魔法だ。
対人ではなく、これは対物として撃たれるべきもの。たとえば、限られた狭いフィールドを撃ち抜き、雷魔法の本分である高速戦を可能にするために使われてこそ、真価を発揮する類の魔法なのだろう。
「さあ、これで少しは広くなりました。空の戦いを始めましょう」
「言わなくてもそうするわ。でも、そっちの子はどうするのかしら」
「彼女を傷付けるようなことがあれば、この結界を解いて戦わなければならないかもしれません。それでも手を出すというのなら、良いですよ。まだその業を背負う覚悟はしていませんでしたが、正当防衛というものでしょう」
わたしの口から出るとは、自分自身ですら思っていなかった言葉がすらすらと出て来てしまう。わたしはもしかして、怒っているのだろうか?魔法を悪事に用いようとする人に。その人が自分の先輩であるかもしれないという事実に。
なら――半ば開き直り、冷たい心のまま魔法を行使する。それだけだ。
跨った箒に電気の推進力を与える。速度も安定性も、あの時に見た菖蒲さんのものには、まだまだとても追い付けそうにはないけど、少なくとも一年生の内では最速。学校レベルでもトップクラスなのは間違いない。わたしは間違いなく、速さの世界で通用するだけの魔法を持っている。
「おお怖い、そういうことならやめておきましょう。あなたを倒せば、この結界も消えることだしね」
「それは無理でしょうけど――」
言い終えると同時に、急突進。魔力を後方に撃ち出すことで得た推進力は、かつて普通の移動手段だった自動車の最高速とは比べ物にならない。弾丸のような速度での接近、そこからわたしの最も得意な、高速の電流を放つ。
その全てが目では追い切れない速度での出来事。しかし、究極的にいえば魔法使いに視認などというものは必要ない。魔力の動きを感じ、それを避ける。わたしの攻撃もそうして避けられ、同じように相手もまた箒に乗って電流を放つ。それを止める手段はわたしにない。これまた高速移動で避け、空中戦は派手な魔法ではなく、小粒な魔法の撃ち合いとなった。
当然ながら大規模な魔法の発動には時間がかかる。速度が最優先される雷魔法使い同士の戦いには、一秒のロスさえも致命的。となれば、使われる魔法も威力を捨て、速度に特化したものばかりだ。
一撃でも当てることが出来ればそこから隙が生まれ、大魔法を発動するための猶予時間が与えられる。それを狙って小さな電流が、野球ボール大の雷の塊が、レーザーのような雷の束が放たれて、自然と戦いの舞台も外へと移って行った。
上空で本当の雷のように電気が走り、夜の闇が断続的に照らされる。雪華ちゃんにはこの戦いが、まるで一種の自然災害。異常気象のように感じられているかもしれない。魔法とは、つまり自然を操る力。一時的に自然が武器の形を取ることはあっても、完全な人工物は魔法においてあり得ない。雷魔法は正にそれで、意図的に武器をデザインしない限りは、必ずそれは電流という形で行使される。
「ふふっ、よく食い付いて来るわね。さすが、期待の新星といったところかしら」
「ありがとうございます。ですけど、このままで良いんですか?このまま消耗戦を続ければ、魔力量で劣る方が不利になる訳ですが」
「実力が拮抗していいれば、そうでしょうね。けど、あなたはあくまで新人。いつまで箒を乗り回せるかしら」
いつまでと問われれば、いつまででも。わたしはまだ箒に乗り始めて数ヶ月。けど、その数ヶ月は普通の人の感じるそれより、ずっと濃密で、辛く、同時にわたしを鍛え上げてくれる時間だった。
わたしは何があっても、この箒から落ちる気がしない。既に体の一部のようで、体から切り離して考えることが出来ないほどのものだ。だから、無茶にも思える攻撃だって出来る。
わたしは大きく高度を上げて、可能な限り高く、高く舞い上がった。
見下ろす校舎は小さく、相手の姿は砂粒のようにも見えるほどの高さ。わたしが今いるのは、街にいる鳥では到達することの出来ない高さ。そこから、一気に高度を下げる。全身で風を感じて、髪の毛が激しく乱れるのを感じて、きりもみ状態で落下して行く。体を覆うように発生させた電流は、回転がかかることによって小さな嵐へと進化し、相手を目指して牙を剥く。
――空中戦では、大がかりな魔法を使う時間はない。ならば、簡単に発動出来る魔法を上手く活用し、その威力を高める。それを当てることさえ出来れば、一撃でフィニッシュにまで持って行くことも可能だ。もちろん、この発想のヒントは菖蒲さんが見せた急降下と落雷を重ね合わせるという戦い方にある。わたしはあれだけの落雷魔法を、瞬間的に撃つことは出来ない。なら、小さな電流を雷にまで高めてしまえば良いという考えだ。
「面白い発想だけど、距離があり過ぎるわ。軌道を見切って、簡単に避けられるじゃない」
どれだけ急いでも飛び上がった分だけ、相手には回避のチャンスを与えてしまっている。これが最大の弱点となる。このままでは簡単に避けられてしまうだろう。そう、このままでは。
そこでわたしは、急降下しながら可能な限りの極小の魔法陣を展開した。小さな魔法陣からは、相応の威力の低い電流を放つことしか出来ない。当たったところで大した威力は出ないし、そもそも数撃つことに特化し過ぎたせいで、速度もないのでまず当たりもしない。こんなのはただの魔力の無駄、そう思えもするだろう。これが普通の状況なら、その考えは間違っていない。けど、今のわたしは一撃必殺の切り札を持っている。そこで放たれる無数の小電流は、攻撃ではなく、檻……確実にこの攻撃を当てるための布石だ。
「くっ、そういうこと……なら良いわ。これぐらいの魔法、受けたところで中に着た法衣があれば、ダメージなんて全然……」
「ええ。少し体が痺れるだけです」
それが、雷魔法にだけ存在する特質。ほんの一瞬、わずかでも、体に魔法が当たってしまえばその部位は痺れる。今回、相手は腕に電流を受けてしまった。腕に当たるぐらい、どうということはないと思うかもしれない。それによって一瞬だけでも動きが止められ、そうして生まれた隙が絶対的なチャンスにならなければ――。
大量展開した魔法陣が、それぞればらばらの方向に向けて電流を放っている。何も邪魔するものがないはずの空中に檻が作られ、その電流の一本に絡め取られた相手に、わたしは改めて高速の電流を放った。今度のそれは、きちんとした威力を持たせている。速度もかなりあり、痛みにも似た痺れによって気を取られざるを得ない相手は、それを避けることが出来ない。そして、そこに本命である一撃が到達する。魔法による勢い、更に落下のエネルギー、それに回転力まで追加された雷の嵐は相手を地面にまで撃ち落とし、法衣を著しく損傷させる。
地面に激突する直前、わたしが魔法でその体を少しだけ浮かせてあげなければ、原則的に命の危険がない反転結界の中でも、とんでもないことになっていただろう。
「これがわたしの魔法です。今でも、菖蒲さんはわたしの傍にいてくれています。この箒と一緒に」
「よく見れば、それは――」
「菖蒲さんのことを、詳しく知っているんですか?」
「彼女は私の後輩だもの。それなりには知っていたわ。ただ、私には彼女と、彼女の友人達があまりにも眩し過ぎた。それに惹かれる人間もいれば、背きたがる人間もいるのよね。
……そうして、私は闇の中を望んだということ。気付いたかもしれないけど、今回の件を企てたのは私。すぐに警察に捕まりに行って、仲間達にもこれ以上の抵抗をやめさせるわ」
「……信頼して、良いですか?」
「私だって、自分の命は惜しいもの。それを救ってくれた相手を裏切ったりはしないわ」
「わかりました。どうぞ」
「ありがとう。刑務所の中から、あなたの活躍のニュースを楽しみに待たせてもらうわね」
妙に清々しい顔になった女性に、わたしは手を差し伸べて立たせてあげた。
わたしは魔法を悪事に使うことを許すことは出来ない。それでも、今の彼女を憎むことはなかった。どうして彼女が盗みなんかを、とも思った。それはきっと、彼女もまた菖蒲さんのことを知る人物だったから。
彼女の生きた軌跡を知り、それに同調することは出来なかったけど、それを意識していたからこそ、背む生き方をした人物なんだ。
もう少し話していたい気もしたけど、これ以上無意味に戦いを長引かせる訳にもいかない。結界を解き、再び光射すを取り戻させる。
そして、夜に慣れた目を瞬きさせながら、女性は歩いて行った。わたしはその背を追うべきだったかもしれないけど、彼女を信じて、背中を見送るだけにした。
「勝てた……」
格上だといえる相手なのに、自分の魔力と機転とで勝利を掴むことが出来た。
張り詰めていた気持ちが切れると、危うく箒を取り落としそうなほどの疲れが体にのしかかる。魔力自体はそんなに使っていないのに、これほど実戦というのは疲れるものなのだろうか……。
でも、初めての戦いに勝つことが出来て、本当に……。
「美静ちゃんっ。よく見えなかったけど、とりあえずお疲れ!」
「……雪華ちゃん。ありがとう」
「私の方こそ、本当にありがとう。美静ちゃんのあの言葉が、本当に胸に響いて……ずっと感動しっぱなしだったよ」
「あの言葉?」
また何か、誤解されるようなことを言っていただろうか。雪華ちゃんの不思議思考回路なら、どれだけ普通の言葉でも変な方向に意味を改ざんされかねないけど。
「彼女を傷付けるようなら……はうぅ、もうっ、これ以上は恥ずかしくて言えないっ。あれ、確実に愛の告白だよね!今夜オーケーってことだよねっ」
「ち、違うよ!?あれは、その、雪華ちゃんはすごく大切な友達だし、わたしはそもそもわたしの好きな人を守りたくて……あれっ」
「“大切”と“好き”頂きましたー!!」
「あ、いや、これはその、えっと、そういうのじゃなくて……」
「もう、美静ちゃんはツンデレだなぁ!」
「だから違うのっ!雪華ちゃんのことはその、好きだけど、大好きだけど、そういうのじゃないというか、友達なのっ。唯一無二の、代替不可の、大親友で、そこには恋愛みたいなある種低俗な概念は存在していなくて……」
ああもう、自分で自分が何を言っているのか、段々とわからなくなって来た。
つまり、わたしは雪華ちゃんのことが、えっと……。
「もう、それで良いよ……」
「やったー!」
「そうじゃないのに……。そうじゃないのに、もうそれで良いと思えて来ちゃった……」
やっぱりわたしは、押しに弱い。押しにものすごく弱い。
まあ、これぐらいで二人の関係が劇的に変わる訳がないのだから、とりあえずそういうことにしておく、というのも悪いことではない……だろう。そう信じたい。
「美静、やったな。あの女、どっかで見た気がすると思ったら、あたし等が入学した時の三年生だったな。そこそこ止まりの成績だったみたいだが、十歳も年上の相手に勝ったんだ。自信が付いたんじゃないか?」
危うく雪華ちゃんに抱きつかれそうになるのを回避していると、部屋の中に那美子さんがやって来ていた。彼女も中々の激戦をしていたはずなのにスーツに乱れはないし、汗一つかいていないように見える。
「那美子さん。……そうかもしれません。けど、わたしの知る魔法使いの世界は、本当にただの一角だったんだな、と思い知らされました」
「はは、だろうな。魔法使いなんて掃いて捨てるぐらいいるんだ。上から下まで、いくらでもな」
「はい……もっと頑張らないといけません」
「それを学べただけでも十分良い経験だったな。雪華、お前もしっかりやらないと、どんどん引き離されるぜ」
「ええっ?私、美静ちゃんに追い付くなんてそんな、不遜なこと考えてませんよっ」
「不遜て、あたしの見立てじゃ、お前と美静の関係は菖蒲と玲菜くらいだぜ。月とスッポンぐらいは離れてない、そうだな……チョモランマと富士山ぐらいの差だ」
それでも結構差はある気がする、という突っ込みは無粋、かな。同じ山にたとえる辺り、雪華ちゃんがコンプレックスに悩まないように気を遣ってくれているのがわかる。
わたしから見ても、雪華ちゃんはもう単純にわたしの後ろを歩いている人じゃなく、「人形術」という一風変わった魔法の形態を自分なりに使いこなし、独自の道を歩んでいるのがわかる。大雑把に見ればそれは従来の氷魔法と大差ないけど、複雑な時間差の波状攻撃や、破壊だけではなく物を動かすも可能で、様々な可能性がある新しいタイプの魔法に思える。
いつか、雪華ちゃんの魔法をじっくりと、決闘という形で見てみたいな。……今日のことで、なんだかんだで戦った方が魔法をよく知れると知ったから。
「じゃあ、あたし等はこれから色々あるけど、お前等はもう帰っとけ。特に雪華、すぐに寝て体調治せよ?あたしのテストで点数取れないことより、授業に出ないことの方が評価は低くなるって覚えとけよ」
「は、はーい。私としても、美静ちゃんに会えないのは悲しいので、絶対休みませんよ」
「そうなんだ……。えっと、じゃあ失礼します。お疲れ様でした」
「ああ、ご苦労。後、万が一残党がいたら事だから、こいつを連れてけ」
宙に赤い魔法陣が描かれ、その中心に火球が生まれると、その炎がどんどん安定していき、一つの物体を作り上げる。那美子さんが魔法で作り上げた物は――わたしの顔ほどの大きさの巨大な――目玉だった。
「うわっ、キモっ」
「ちょ、雪華ちゃん。ストレートに言い過ぎだよ」
「いやいや、でも実際キモいよね!?」
呼び出された使い魔らしき炎の目玉は、背中(?)にフェニックスのような炎の翼を生やしていて、それで宙を飛んでいる。いかにも魔法生物っぽくて、その美しく揺らめく炎の様子は美しくもあるんだけど……いかんせん、大きな目玉が全てを台無しにしている気がする。可愛いもの好きな雪華ちゃんにとっては、それが尋常じゃなく醜悪に思えたのかな。
「散々だな……まあ、こいつは美静の使役する悪魔みたいに自我はなく、本能としてある危機察知能力と、あたしの定義したことにだけ従って動く簡易の使い魔なんだが、もちろん戦闘力もある。相手を殺さない程度には火だるまに出来るから、精々活用してやってくれ」
「は、はい。ちなみにこの子、名前とかあるんですか?」
「名前?あるにはあるが、変なこと訊くな」
「いえ……雪華ちゃんも、呼びやすい名前があれば少しは愛着を持てるかな、と」
「美静ちゃん、私のために……でも私、この目玉は生理的に無理だよ、これ。だって目玉なんだよ?しかも翼生えてるんだよ?更には飛んでるんだよ?」
「じゃあ、地面這ってた方が良かったのかよ……。名前は、フェニックス・クレストって呼ばれてるな。不死鳥のトサカって意味だ」
「なんで微妙に格好良い名前なんですか!?こんな目玉なのにっ」
「いや、でもこいつを作れるようになるのに、相当な特訓が必要なんだぜ?クレストには山の頂上とかの意味もあるから、こいつを召喚出来たら炎の魔法使いとして一人前、ってことでそう呼ばれてるんだろうな」
「炎魔法使いじゃなくて良かった……」
雪華ちゃん、本当に大変なディスりようだな……わたしとしてはこの子、そこまで気持ち悪くは思えないどころか、ある意味で可愛く思えるんだけど。本当にある意味で。
「そこまで嫌うんじゃ仕方ないな……別の奴を用意してやるよ」
可哀想なことにフェニクレ君は元の火の玉に戻り、そこから新たな形が作られて行く。今度は丸い形ではなく、もっと動物的な形――姿を現したのは、炎の毛皮を持つ狼だった。毛皮は燃えているが、それ自体の色は赤ではなく、真っ黒。黒と赤の配色がなんとなく「地獄」なんて言葉を連想させる。
「おおー、これは格好良いっ」
「ヘル・ハウンド。説明しなくてもわかると思うけど、地獄の狼ってとこだな。もっとデカいオルトロスとかケルベロスでも良いんだが、下っ端魔法使いにそこまで大規模な奴はいらないだろ」
「私、わんこって好きなんですよ。同じイヌ科だし、狼も良いですねー」
うーん……微妙にフェニクレ君が可哀想に思えるのは、なぜだろうか。
それにしても、これだけ簡単に召喚魔法もやってのけてしまうなんて。改めて那美子さんの多彩さを感じる。
「那美子さんって、召喚も出来るんですね。装備作成も見事でしたが」
「色々と迷ってた時期もあるからな。結局、単純な破壊か、装備作成か、召喚か、色々悩んだ挙句、こうして器用貧乏になった訳だ。一応、教師としての専門は破壊魔法なんだけどな。色々出来た方が教師としては便利だし、案外天職なのかもな、って思えてるよ。……って、遊んでる場合じゃないな。雪華、そいつなら満足だろ?さっさと帰って暖かくして寝ろ」
「はーい。お疲れ様でしたー」
こうして、ヘル・ハウンドと共に学校を出た。
途中、誰にも出くわすことはなく、無事に雪華ちゃんを家まで送ることが出来て、そうすると使い魔は勝手に消えてしまった。雪華ちゃんの家に着くと自動的に消えるように設定されていたらしい。
それにしても、召喚魔法か……。わたしは既に自分専属の使い魔であるグラシャ=ラボラスがいて、その気になればいつでも彼を呼び出せる。けど、彼はわたしの魔法の源であり、使い魔であると同時にある意味で主人のような存在。それを召喚してしまうのは、どうも甘えのような気がする。
使い魔の召喚といえば、土魔法による「ゴーレム」の召喚は運搬業の役に立つことで知られている通り、戦い以外でも自分以外の体を用意することは魔法使いにとって重要になって来る。
わたしも、何か自分自身の魔力で使い魔が用意出来れば良いんだけど、召喚魔法は装備の作成やその場限りの破壊魔法とは違い、もっと明確に召喚するものを想像しないといけない。だから、予めマニュアルがあり、それを想像して人と同じ使い魔を呼び出す。確か雷の使い魔で下位のものには、ガーゴイルがいたはずだ。
ガーゴイルとは、つまり動く石像。というと土魔法な気がするけど、魔法で作り出される使い魔のガーゴイルとは石ではなく、雷の魔力を束ねて作られた有翼の悪魔のことだ。主な武器として槍や剣を用い、空中からの素早い攻撃が可能。雷魔法の飛行強化の概念をそのまま受け継いだような使い魔だ。弱点も共通で、防御手段の少なさ。物理的な攻撃は武器で払えても、魔法攻撃にはなす術がなく、一撃で倒されてしまう。その辺りは所詮下位の使い魔、ということだろう。
そういえば、雪華ちゃんの魔法は常に簡単に使い魔を召喚しては、それを自在に操るというものだと考えられなくもない。そういう意味ではいくらでも使い魔を使うという、魔法使いというよりはそれこそ「人形師」や「召喚師」という肩書きの方が似合うことをしている気がする。
わたしまでそっちに歩み寄っていく必要はないだろうけど、少なからず召喚魔法というものにも興味が湧いて来た。
……それにしても、当初疑っていた長井さんは結局、今回の事件とは無関係だったみたいだ。本当にただの天然で、学校が休みだということも忘れていたのか……そう思うと、ちょっと可愛い先生かもしれない。
説明 | ||
とりあえず、前半の山となります これに限らず、強キャラ設定のある美静は格上と戦い続けることとなっていますが、思うとこれ、ガン.ダムA.GEに似ているかもしれませんね まあ、強敵との戦いの中での新たな力の覚醒は基本、ということで |
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