LIFE |
カーテンの隙間から差し込む日光が俺の瞼に当たる。
普通の人なら掌を翳して光を遮るだろう。
だが、俺にはそんなことは何の意味も示さない。
―――今日が終わると同時に俺の命も終わるのだから……
ここは病院。病院の個室。
名前は長くて覚えてないが、俺の病気は複雑らしく個室で特別治療を受けていた。
手の甲、足……至る所に配線が付けられている。
配線は俺の隣にある複雑でよく分からない機械につながれている。
さっきまで俺を看護していた両親は今買い物に出かけている。
俺に、何か食べ物を買ってきてくれるらしい。
だが、何も食べる気はしない。
いや、何もする気はなかった……
俺は、ベッドの上で横になり窓の外を眺めていた。
窓にうっすらと映る俺の目は虚ろとしていた。
今日は空が晴れていた。雲一つさえない快晴。
まるで何も映らず虚ろとしている俺の目みたいだった。
これが俺が見る最後の空となるのだ。
「―――……………………」
何も考えられなかった。
考えたって何になるだろう。
今更何かと考えたって虚しくなるだけだ。
「…………なんで…………」
虚しい。
虚しい虚しい虚しい―――
この単語が俺の脳内を縦横無尽に駆け回る。
考えたってどうにもならないのに何故か俺の脳が言う事を聞かない。
「………俺の人生って………なんで存在したんだよ………」
この思いは、ずっと俺の中に封じ込められていた。
耐えて耐えて、ずっと我慢してきた思いだった。
けど、もう我慢の限界だった。
「………………ッ!!」
胸が苦しくなる。
荒くなる俺の呼吸。
うまく息ができない。
ナースコールのボタンへと震える手を伸ばす。
だが、胸の苦しみはそれを許さなかった。
遠のいていく意識。
暗くなる目の前には、力なく落ちていく俺の右腕だった。
くらい。
くらくてなにもみえなかった。
――――ココハドコ………?
まわりをみまわす。
けど、なにもみえない。
――――ソッカ………
―――オレ、シンジャッタンダ…………
そうだよな。いしゃだってきょうのよるまでもつかわからないっていってたし。
けど、なんだかすっきりしたきがする。
つぎのゴールへとあゆみはじめたきがして………
「ねぇ」
「………」
「ねぇってば」
聞こえた声におれはハッと顔をあげる。
それとどうじにまっくらだったまわりが一気に明るくなる。
おれは草原に立っていた。
目の前には広大な草原ににいっぽんだけ立っている樹木。
草原を、明るすぎる日光が照らしていた。
そして、おれの目の前にはクリーム色の長い髪で白衣をきたひとりのおんなのこがたっていた。
年はおれとあまりかわらないくらいであろうか。なかなか可愛い顔だった。
「えへへ、やっとめをさましたね。」
「………おまえ、だれ?」
「さーて、だれでしょー?」
―――……なんだよ、こいつ………
「………ていうか、ここどこ?」
「別にどこだっていーじゃん」
「………………」
さっきから答えになってない。
「…………なんなの?おれに何か用?」
「用?もちろんあるよ!」
えへへ、とおんなのこが笑顔を見せる。
―――何故か、そのおんなのこが天使のように見えた。
「私と一緒に遊んでよ!」
「…………は?」
いきなり何を言い出すのかと思ったら………
「何言ってんの?」
「まぁまぁ、ずっとベッドの上で座ってたんだから退屈してたでしょ?少しは運動しないと!」
ピクっ、とおれは眉を動かす。
―――こいつ、今なんて……?
「おい、お前俺が入院してたことを知ってるのか?」
おんなのこはただ笑うだけで何も答えようとしない。
「おい、聞いてるんだけど」
「じゃあ……私を捕まえたら教えてあげるよ、お兄ちゃん♪」
―――………お兄ちゃん?
聞き返す暇もなくおんなのこが走っていく。
別にあいつと遊んであげようと思ったわけでもないがほかにやることもない。
それに、色々聞きたいことがある。
おれは走り出し、おんなのこを追いかけた。
「もっと速くー!」
きゃっきゃと笑いながらおんなのこが逃げていく。
それと同時におれは走りながら自分の足に視線を投げる。
―――おれの足って、こんなに速かったっけ………?
もう、随分と長い間走ることを忘れていた気がする。
けど、今はそんなことを考えてる場合じゃない。
あっという間におんなのこに追いつくとおんなのこはつまづき地に倒れこんだ。
おれも巻き込まれて倒れる。
「はぁ……はぁ………あー、面白かった!」
あははははは!とおんなのこは笑い出す。
「じゃあ、教えてもらおうか。」
「ん、何をー?」
「なんでおれのことを知ってるのかってこと」
んー、とおんなのこが顎に人差し指をおくとなにか考え込んだ。
「………じゃあ、私のお願い聞いてくれる?」
「は?」
「嫌ならおしえなーい」
ぷい、とおんなのこがわざとらしくふくれっ面を作りかおを背けた。
はぁ、とおれはため息をつく。
「………わかったよ、何?」
「いいの!?」
目を爛々と輝かせたおんなのこがこちらをふりかえる。
「じゃあ……だっこして?」
「………はい?」
思わず聞き返すとおんなのこはこっちに近寄り両手をおれの背中までまわすとぎゅーと抱きしめてきた。
「はやくぅー」
おんなのこがふたたびふくれっ面を作ると上目で見つめてきた。
おれは小さく息を吐くと女の子の腰に手を回しそのまま持ち上げた。
「わー、たかぁーい!」
おんなのこがそのままはしゃぎだす。
おんなのこはまるで綿のように軽かった。
少しの間抱き上げるとおれはそっと地へと下ろす。
「これで満足か?」
「もうちょっとだけ!」
「まだあんのかよ………今度は何?」
「膝枕!」
「……………」
おれはもう、何も言わなかった。
そっと膝枕を作るとおんなのこはちょこんと寝っころがり目を閉じる。
「………すー………すー……」
「…………寝てる?」
おれはおんなのこの顔を覗き込んだ。
明らかに夢の中に入ってしまっている。
すっ―――
無意識に、おれはおんなのこの髪をそっと撫で始めていた。
自分でもびっくりしたが、止める気にもならずおれはそのままなでつづけていた。
「ふわぁー………」
けっこうな時間が経過するとおんなのこはようやく目を覚ました。
「やっと起きたか………」
「うん……おはよぉー………」
まだ眠たいのかおんなのこはぽけーと、情けない顔をしていた。
「………なぁ、まだ教えてくれないのか?」
「ふぇ?」
「さっきの質問だよ」
おんなのこはおれからそっと離れるとあさっての方向へ向き、ぽけーとしだす。
「……………………」
おれはその横顔を眺めていた。
だが、おんなのこは何も言わなかった。
――おれ、なにやってるんだ?
さっきまで病院のベッドでぼーっとしてたのにいつのまにかどこかもわからないこの草原でこのおんなのことおいかけっこしたり……
おれは一体何をやってるのだろうか?
流石に少しイライラしてくる。
おれの拳がわなわなと震えだす。
我慢の限界になり、おれは怒鳴り声を喉までだしかけた。
「――――わたしはね………お兄ちゃんなんだ………」
だが、おんなのこの声でおれは動きを止める。
「…………は?」
おんなのこがこっちに顔を向けてくる。
「わたしはあなた……うぅん、お兄ちゃんなんだよ。」
そして、にこっと笑顔を作る。
言ってる意味がわからない。
「………何を言ってるんだ……?」
「―――ほんとはね、あなたの代わりに私が生まれるかもしれなかったんだ。うぅん、わたしだけじゃない。前までこの草原にいっぱいいたたくさんの人達が………」
ますます言ってる意味がわからない。
「けどね、みんなどこかにいっちゃったんだ。あなたに……お兄ちゃんにすべてを託して」
「………俺に……?」
「お兄ちゃんはね……生まれるはずだった私たちの代表なんだ。」
「代表………」
なぜだろう、その単語が俺の胸に突き刺さる。
「だけどね、わたしはお兄ちゃんのことをいつも見てたんだ……ついさっきまで」
「………………………」
………もしかして、病室内に差し込んできたあの光のことだろうか?
「お兄ちゃんはね……私たちの代表であの世界に100年間の間、天に昇るための修行が許されたんだ。」
「………修行?」
「生きる……それ自体が修行なんだよ。天に昇るための」
「……………………」
「…………………………」
沈黙が奔る。
「―――だったら………」
おれは口を開く。
「………だったら、なんでおれは病気になんかになっちまったんだよ」
生きることが修行なら、どうしておれはその修行を強制的にやめなければならなかったんだ?
やっぱりおれに、生きる資格なんてなかったのか……?
「―――なんで、そんなに悲観的になるの?」
おんなのこが悲しそうな眼差しでこちらをみつめてくる。
「……最近の生きてる人ってさ、病気になったり先が見えなくなったらすぐに悲観的になるんだから……」
「…………」
だったら、何故…………
「―――それはね、天から与えられた使命なんだ。」
「………使命………?」
「病気はね、決して忌むべきものじゃないんだ。病気は病気という試練をこなせるだけの実力を持つ人を試すための試験なんだ………」
「…………」
「お兄ちゃん、だから生きて。お兄ちゃんは………私たちの代表なんだよ。」
「……………なんで………」
「………………」
「……………なんで、おれなんかを代表にしちまったんだよ……!」
「…………………」
「こんな………メンタルだってよえーし、情けない俺なんかを……どうして代表になんかにしたんだよ……!」
そっと、おんなのこがおれの顎をあげる。
「――――それはね………」
そっと、おんなのこがおれの唇に自らの唇を重ねてきた。
おれは少し驚いたが、されるがままにしていた。
そっと唇が離れると、おんなのこが再び笑顔を作る。
だが、それと同時に強烈な眠気がおれを襲ってきた。
思うように立てず、おれはおんなのこに倒れこむ。
おんなのこがおれを抱きとめた。
おれはもう、半分意識がなかった。
「――――私たちがみんな……お兄ちゃんが大好きだったから…………」
おれの頬が濡れる。
「―――お兄ちゃん、生きて………生きて、また甘えさせてね………」
その言葉を最後耳にし、おれは意識を失った。