魔法少女リリカルスバル〜Guardians〜 第三話『少年の瞳』 |
医療施設の爆発事故から数日後……
結局あの原因はわからないままであった。
さらに管理局の管轄下の医療施設でもないことから、民間運営の施設かと思われた。
ところが例の医療施設の責任者は浮上してこなかった……
「へぇ、そんなことあったんスか」
コーヒーカップの飲み口から口を離した、赤い逆毛が特徴的な少女が言う。
ここはナカジマ家。
スバルの実家だ。
スバルは、新しく家族になるみんなに、数日前の医療施設の爆破事故の内容を話していた。
今スバルの報告に返事をしたのはウェンディ。
つづけてノーヴェ、ディエチ、チンクの計四人だ。
血のつながりはないとはいえ、五人の美人姉妹が一つのテーブルを囲んでいる情景だ。
「怪我人の方はどうだったんだ?」
男勝りな印象の持つ赤髪の少女、ノーヴェが尋ねる。
肘をついて、お世辞にも行儀がいいとは言えない。
「沢山の人がやけどしちゃって、入院しているみたいだよ。重軽傷さまざま」
「入院していた人たち、災難だったね……」
スバルが顔を歪ませながら答え、茶髪に物静かな印象の少女、ディエチが静かに目を伏せながら返事をした。
手元のコーヒーカップの中の紅茶に映る自分の顔を見つめている。
「その医療施設が、本物だったかどうかも気になるな……」
銀髪に、片目を閉じている少女、チンクがコーヒーカップに口を付けながらも話す。
「どういうことッスか、チンク姉?」
「市街地の真っただ中の医療施設がいきなり原因不明の爆発、おまけに責任者は見つからない。
事故死したというにはあまりにできすぎている。」
「"医療施設"ってのが、ダミーってことなのかよ?」
「おそらくはな……」
ウェンディとノーヴェの疑問に頷き、それに、と続けるチンク。
「ギンガが救助したというその男のことも気になる……」
"何か"に怯えていた少年……。
医療施設に入院して、怯えるようなものがあるのだろうか?
それとも、あの施設で経験した何かにトラウマを抱いているのであろうか?
いずれにしても、ギンガに怯えたわけではないのは確かだろう。
考えを巡らし、重い空気となっていたが、ウェンディのあっという声で止まった。
「そういえば、その男の子はどうしてるッスか?」
「男の子?」
「ほら、ギン姉が助けたっていう子ッスよ」
「あ、あぁその子なら」
コーヒーカップを皿に置いたスバルが答える。
「お父さんが様子を見に行ったよ。」
ところかわって、ここは時空管理局地上本部。
多くの部署を連ねるこの施設の一角を、ゲンヤは歩いていた。
目指すのは厚生保護施設。
家族や保護者を確認できなかった、救護者を保護するための施設だ。
以前の医療施設爆発事故で、ゲンヤは心のどこかに引っかかりを覚えていたためこの施設を訪ねていた。
エレベーターを上がり、通路を進み、やがて目的の施設についた。
窓からは海も見える。
受付で目的の部屋を聞くと、その場所を目指す。
あまり遠くない位置だった。
と、その扉の前に、見知った女性が居た。
「なんだ、おまえも来てたのか」
「お父さん……」
ギンガが扉の前で立って待っていた。
いや、正確に言うとゲンヤを待っていたのではないようだ。
「やっぱ気になるのか、あの坊主が?」
「そりゃ、まあ、ね……」
落ち着かない様子で、自分の髪をいじっているギンガ。
ギンガはどうしても気になった。
あの少年のことが。
なぜ怯えていたのか。
名前は何なのか。
もっと、もっと、彼のことが知りたい……。
たまたま本日はオフだったギンガは、迷わずここに来ていた。
ゲンヤはやれやれと溜息をつき、ギンガに言葉を投げた。
「おまえも興味持ったわけだな。」
「そりゃ、だって気になるんだもん、あの子・・・・・・」
「まあ、助けた本人のおまえが気になるのもわかるがな。」
と、そんな二人の前の扉が開き、担当官が出てきた。
「お待たせしましたナカジマ三佐……っと、こちらは?」
「ギンガ・ナカジマ陸曽です。同行を希望しました、手続きはすでに済んでいます。」
「そうでしたか、ではお二人どうぞ。」
担当官に続く二人。
ドアの奥はずらりとドアが並ぶ、長い廊下だった。
「おまえ、手続き本当に済ましたのか?」
「さあどうでしょう?」
「おい……」
舌を出して小さく笑うギンガを、ゲンヤは軽くチョップする。
軽いやりとりを続けていると、担当官がこちらですと言い、目的の部屋の前についたことに気づいた。
扉のプレートには016と番号が書かれている。
「坊主の様子は?」
「肉体の方は回復しているようですが、精神面がちょっと……」
「鬱ってるのか?」
「というよりも、怯えていますね……いろんなものに……」
ゲンヤと担当官が話している傍で、ギンガは扉に供えられた窓を覗き込む。
先日救助した、赤紫の髪の少年が、ベッドの上で体育座りでうずくまっているのが見えた。
はたから見ても、元気そうには思えなかった。
「ところで、何かわかったことはあったか?」
ゲンヤの言葉にギンガは視線を向けた。
これはギンガも気になったことだ。
「年齢は18だと思われますが、なんにも、ですね……なぜあの施設に居たのかも。」
「本当か?」
「えぇ、軽い記憶喪失か何かかと思われます。左右や色の識別などはできましたが、個人に関する記憶は何も……」
「家族もか?」
「わからずじまいですね。救助したばかりの未成年をDNA検査するわけにもいきませんから……それに、本人は話す気力がないみたいですし……」
「そうか……」
落胆するゲンヤ。
ギンガも肩を落とす。
少しでも、少年のことがわかるのではないかと期待していただけに残念に思った。
「ただ……」
「ん?」
「名前、と思われる単語が出てきました。」
「えっ?」
思わず声を出したのはギンガだ。
ゲンヤと担当官が一瞬目を向けたが、担当官が続けた。
「『ネイ』 と何度もつぶやきました。他の局員達も聞いています。」
「ネイ?」
「名前ではないかと思われますが、まだ確証はありません……」
確証はないとはいえ、一つだけでも知ることができた。
ネイ……それが彼の名前なのか、また、どんな意味があるのかは、ゲンヤにもギンガにもわからなかった……。
ギンガは再び窓を覗き込む。
「ネイ、君……か……」
赤紫の髪の少年――ネイ――はまだうずくまったままだ。
「では、面会に入りますか?」
「あぁ、頼む。」
担当官がドアに近づいたのでギンガはドアから離れた。
ドアを軽くノックする。
窓の奥でネイがビクッと反応したのが見えた。
窓を開け、言葉が通るようにした。
「ネイ君、今いいかな?」
「……」
「君を助けてくれた人たちが、君に会いたいってさ。」
「……」
「会ってもらえないかな?」
「……」
肩をすくめた担当官がドアから離れ、入れ替わりにゲンヤがドアに近づいた。
「よぉ、坊主……ネイっていうのか名前?」
「……」
ほんの少しだが、ネイは顔を動かした。
腕の隙間から、ゲンヤの顔をのぞいているのだろう。
「まぁおめーに関してわかることはないから、勝手にこの名前で呼ばせてもらうぜ。」
「……」
「そう塞ぎこむなって、ここに居る人はみんな良い奴だからよ。」
「……」
「辛気臭いのも無しにしようぜ、おまえならきっと大丈夫だからよ。」
「……」
「……家族が名乗りでないようなら、いいとこ探してやるぜ。もっと明るくなれよ。」
「……」
黙ったままだった。
ゲンヤは満足も不満足もしない表情で、ギンガを促した。
ギンガはうなずき、ドアに近づいた。
ドアの前に立ったギンガが、口を開いた。
「こんにちは、ネイ君。」
「……」
相変わらず無反応。
小さく息をつき、ギンガは迷うことなく言葉を続けた。
「この前はごめんね。」
「……!」
初めてネイが顔を上げた。
驚いた表情だった。
ギンガはネイの紺色の瞳の綺麗さに、一瞬意外に思った。
「脅かしちゃったよね、ネイ君を……ごめんね、怖い思いをしていたのだろうに……。」
「うっ、あ……」
ゲンヤと担当官が驚いているようだがギンガは気にしない。
ギンガは続けた。
「お父さんも言ってたけど、もっと明るくいこうよ。」
「……」
「ほら、今日はこんなに晴れているんだよ?すっごい気持ちのいい青空なんだから。」
「……?」
ギンガは安心させるように微笑み、言葉をつづけた。
「きっと、ネイ君なら大丈夫だよ。私が、素敵な場所に出してあげるからね。」
ギンガはドアから離れようとする。
と、
「あっ……」
ネイが口を開いた。
ギンガは離れるのを中断した。
「?どうかしたの、ネイ君?」
「うっ、あ、え……」
「……?」
「……ご」
「……」
「ご、ごめん……なさい……」
「!」
大きく目を見開くギンガ。
おそらく、いきなりギンガに怯えたことを謝っているのだろう。
ギンガはにっこりと笑い、
「全然気にしてないよ。」
と言葉を投げた。
茫然とギンガの顔を見ているネイ。
しばらく目と目が合い続けていた。
どのくらい時間が経ったのかは、ギンガにはわからなかった。
ギンガは今度こそドアから離れた。
「では、今日はここまでで?」
「おう、坊主の元気そうな顔も見れたしな。」
「元気かどうかはわかりませんが……まあ、身体は健康ですからね。」
「今後とも、頼むわ。こっちも、あいつの家族、それと新しい引き取り手がないか探してみるわ。」
「よろしくお願いします。」
「よし、じゃあ行くぞギンガ。」
「えぇ……」
二人並んで更生保護施設を後にする。
施設の前の舗装された道を歩きながら、二人は感想を話した。
「あの坊主、相当精神的にまいってるな……」
「でも」
「ん?」
「きっと大丈夫だよ。」
「そうか?」
「うん、あの子の目を見て確信した。」
「ほぉ……」
「あの子には、素敵な家族を紹介したいな……」
「なら、もう少しアイツと面会を今後ともやってみるか。」
「えぇ、そうね。」
ギンガは歩みを止め、厚生保護施設を振り返った。
「……ネイ、か……」
名前を知ることができただけでも、今日は収穫があった。
いや、収穫というよりも、ネイと接することができたのがうれしかった。
まだまだ彼は"笑って"はいない……しかしギンガは、彼の笑顔が見たいと思っていた。
よしっと小さくつぶやいて再び前を向き、ギンガは駆け出した。
後からゲンヤが追う声が聞えるが気にしない。
――わたしもがんばろうっと――
本人は気づいていなかったが、ギンガの歩みはだいぶ軽かった。
担当官がゲンヤとギンガを見送りに行った、016号室。
ずっとうずくまっていた少年、ネイが動いた。
「……」
ベッドから立ち上がり、おぼつかない足取りで歩む。
窓の前に立ち、窓に手を伸ばす。
外は、すがすがしい青空が広がっていた。
「……青、空……」
その時、さきほどまで光の灯っていなかったネイの目に、光が灯ったようにも見えた……
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少女たちと少年……運命が交錯する時が来た…… | ||
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