魔法少女リリカルみその☆マギカ 第8話
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第8話:襲撃

 

 

 

リムジンが今田家の敷地内で停車し、運転手が降りた時に、魔法少女の衣装から制服に着替えた。メイドや執事達に見られると、何を言われるかわからない。何も言われないにしろ、笑われるに決まってる。

 

先程、宇宙生物から逃走した後、激突された民家が多少心配になった。だが、まだ情報が入っていないので、どうなったのかは全くわからない。ただ、またあの宇宙生物が追ってくる可能性はあった。先程、敵が姿を現した際、後をつけてきたのだとしたら、敵が起き上がり、再びあとをつけてくる可能性がある。だから、その前に逃げるのが得策だと思えた。

 

玄関を抜けると、雨庭が出迎えてくれる。雨庭は「おかえりなさいませ、美園様」と美園にお辞儀をした後で、隣の瑠璃に視線を移した。にっこりと微笑みかけるが、その表情には憎悪の念が滲み出ている。

 

「雨庭、さっさと彼女を部屋へ案内してちょうだい」美園はそう言いながらも、二人についていった。二人きりにしてしまうと、雨庭が瑠璃に危害を加えないとも限らない。

 

瑠璃が案内されたのは、五階。西側に面したDフロアという、空き部屋が並ぶ廊下だ。このフロアの部屋は美園が生まれた時から空き部屋で、いったい、何の用途で作られた空間なのかは、一切わからない。幼い頃、生まれる前から働いているメイド長に訊ねたが、少し考えた後で、「ごめんなさい美園様、私にはわかりかねます」と返事が返ってきただけだった。

 

「このフロアの部屋なら、どこでもいいわ」と美園は廊下をまっすぐ指差して言う。成功者の余裕を惜しげもなく披露した成金社長のようだ。

 

「ダメです!」雨庭が即座に否定した。

 

「どうしてよ。どうせ、この部屋は全部空き部屋なんだから、どこを使ったって同じでしょう?」何かいけない理由があるとも思えない。

 

「ちゃんと瑠璃さんの用の部屋が準備されているんです。大人しく私について来てください」

 

案内されたのは、廊下の突き当たりに位置した、最も階段から遠い部屋だ。「ここに来るまで、体力使いそうですね」と瑠璃がぼそっと言うと、雨庭は「トイレは一番近いです」と冷めた口調で、壁の方へ指先を向けた。

 

瑠璃がそちらへ視線を向ける。壁には、『トイレ』という貼り紙があり、左を向いた矢印も描いてある。その矢印の先を辿ると、狭く短い通路があり、その先がトイレだ。

 

とどのつまり、雨庭が言いたいのは、下へ降りるのはめんどくさいけど、トイレはすぐ近くなんだから我慢しなさい、ということらしい。理不尽のようでもあるが、瑠璃は「なるほど。そうですね」と納得した様子だから、美園は一切の口出しをしなかった。

 

部屋の中に入る。視線がすぐさま壁際にあるものに行った。教室より一回り大きい部屋、その壁際には、古びた洗濯機や冷蔵庫、ブラウン管のテレビなど、使わなくなった家電製品が複数置かれていた。

 

「今までずっと、私ん家って、金持ちだと思っていたけど」と美園はその光景を見て、呟く。「こんな粗大ゴミも処理できないほど、今は落ちぶれてしまったの?」

 

「いいえ、美園様」雨庭は首を横に振った。「これらの粗大ゴミは全て、瑠璃さんが持ち込むように指示したものです。今日の昼頃にトラックで運ばれてきました」

 

瑠璃は満足げにしている。顔がほころび、初めて、笑顔を見せた。笑いなれてないのか、その表情は不気味で、一瞬、失禁してしまったのかと思った。窓際に立ったかと思うと、新居に引越し、期待に胸を膨らます新社会人のようにカーテンをさあっと開ける。埃が飛び散り、咳き込む姿は、可愛らしく思えた。当然、夜のため、光が差し込むことはない。

 

美園は、「それじゃあ、私はお風呂入ってくるから」と言い、部屋を後にした。

 

 

 

美園が夕食を摂るのは、ほぼ毎日、風呂から上がった後だ。家族が夕食を摂り終わった頃に風呂から上がった美園は、自室で髪を乾かした後で、パジャマ姿のまま、一人、外出した。

 

時刻は七時三十分を回っていた。本来、この時間の外出は危険だからと禁止されているが、美園はこそこそすることなく、堂々と正面玄関から家を抜ける。

 

コンビニエンスストアへは、住宅街の路地を抜け、道路に面したところにあった。気分によって夕食は変わる。昨日はカレーパン二つだったが、今日は寿司、それから緑茶を買った。

 

店の前では凝った髪型をした不良達がたむろしている。美園は気にすることなく、通り過ぎた。彼らは以前、美園を襲おうとしたことがあったが、その際、助けに来た今田家の執事が彼らを一蹴した後で、「もしも、この次に美園様に手出しするような失態があったなら、貴様らの戸籍の抹消という処罰も辞さない」と脅した。彼らは、それ以来も、平然とこの界隈に現れるが、声をかけてくることはなくなった。

 

巨大な権力だけではなく、超能力という強みを手に入れた美園は、憎たらしげに彼らを睨みながら、「襲ってくればいいわ。風穴開けてやる」と内心思っていた。

 

自室に戻ると、さっそく、テーブルにつき、割り箸を口で割り、寿司を食べ始めた。

 

ノックの音がしたのは、テーブルにこぼれたイクラを指で摘み、口に入れた時だった。「失礼します」と雨庭が入ってくる。

 

「どうしたのよ。瑠璃ちゃんの指導は終わったの?」美園は箸を口に入れたまま、口を動かす。

 

「そのことなのですが、美園様、彼女には、その気が全くないようなんです」雨庭は淡々と喋ったが、憤りが燻っている。

 

「まあ、それも仕方ないかもしれないわね」

 

「仕方ない、といいますと?」

 

「私、彼女に投資することに決めたのよ」

 

放課後、武器開発部の部室へ行った時のことを思い返していた。援助を決めた場面だ。重なるように、シナモンパウダーを浴びた時を思い出す、急に喉が心配になり、小さく喉を鳴らしてみた。

 

「投資?」

 

「そう。だから、あの部屋を彼女に提供したのよ。だから、もう、バイトの話は無くなったわ」と美園は、箸で玉子を掴み、口に入れた。

 

雨庭は愕然とした様子だったが、すぐに顔をしかめ、「美園様がそれでよくても、私達がそれではよくありません!」と怒鳴った。

 

口に入れたものを飲み込んだ後で、美園は口を開く。「だいたい、何でお嬢様である私が、面接官を担当しなくちゃいけないのよ。メイド達でやりなさいよね」

 

雨庭は「まったく」というだけで、怒ることはなかった。いつもなら、説教が始まるが、今日は様子がおかしい。

 

そうだ、と思い出した美園は、まだ食事の途中だったが、立ち上がった。

 

「どうされたんですか、美園様?」

 

「雨庭、あんた、超能力や魔法って信じる?」美園はにっと歯を見せた。

 

「いきなり、何をおっしゃるんですか?」

 

「私は、信じる? って聞いたの。さっさと答えなさい」

 

「SFモノの映画や小説は大好きですが、そこに出てくるものが実在しているとは思えません」

 

「そうよね」と言いながら、美園はベッドの上に飛び乗った。腰を屈め、勢いをつける。今朝のことと放課後のことを頭に思い浮かべる。足元にエネルギーを込める。先程よりも、素早く足元に行くのがわかった。使うたびに、早くなっていっている。

 

ぴょんとベッドから飛んだ。光の粉をまきながら、重力を無視し浮き上がる。徐々に天井が近くなり、ついには頭をぶつけた。水泳選手が水中で折り返しのターンをするように、身体を回転させ、天井を蹴った。床が近くなったところで、また身体を回転させ、着地する。

 

したり顔で雨庭の方を向くと、予想通り、雨庭は驚愕の表情でこちらを見つめていた。口を開け、時間が停止してしまったようにも見える。

 

しばらくしてから、雨庭は「す、すごいですね……」と言った。仰け反り、倒れ、気絶するかと美園は思ったが、人は本当に驚くと言葉を失うのね、と結論付けた。

 

「いったい、どうしてそのような、不思議な力が?」と雨庭が訊ねるが、美園は説明することなく、勉強机に載ったバッグから、今日歌が押し付けてきた魔法少女の衣装を引っ張り出した。

 

「それは何です?」

 

「見ての通り、魔法少女の衣装よ。さっきね、これを来てわけのわからない敵と戦ったのよ」

 

「わけのわからない敵?」

 

「言葉の通り、わけのわからない敵よ。説明のしようがないわ」

 

「その衣装はどうして?」と雨庭は魔法少女の衣装を指差した。

 

「今日歌がね、持ってきたのよ。あの子、本当に仕事が速いんだから」

 

テーブルの上のペットボトルを手に取ると、美園はそれを雨庭に向かって放り投げた。キャッチした雨庭は、「これは?」と首を傾げる。

 

美園は雨庭と二メートルほど距離をとってから、「それを私に向かって投げなさい。全力でね」と言い、先程、宇宙生物の光線から自分の身を守った時のように両手を突きだし、構えた。

 

雨庭は困った表情をした後で、手に持ったペットボトルに目を落とし、ラベルを眺める。中身はまだ半分以上残っている。視線を美園の方に戻すと、「な、投げるんですか?」と恐る恐る聞き返した。

 

「そうよ。何度も言わせないで。それを、さっさと私に向かって全力で投げなさい。今田家のお嬢様としての命令よ。メイドはそれに従うのが仕事でしょう?」

 

「わ、わかりました」

 

恐る恐る、雨庭は構える。そこで、雨庭がこの家に来た時に彼女が言っていたことを思い出した。「私、中学高校と、ソフトボール部でピッチャーをやっていました」その言葉が浮かんだ理由は、今、彼女が投球準備に入ったからだろう。左足を踏み出し、構えている。

 

美園は両手のひらにエネルギーを込める。しかし、先程と同じようにエネルギーを込めることができない。焦りつつも、踏ん張り、「バリアー!」と念じる。

 

何度も試みるが、エネルギーを込めることができない。怪力の時も、二度目が成功しなかった。それと同じ状況のようだ。バリアーを諦め、床に伏せようと思った時にはもう遅かった。

 

ウィンドミル投法によって放たれた、超豪速球と化した緑茶のペットボトルが、美園の顔面を直撃した。鼻血が吹き出し、仰向けのまま倒れる。

 

「み、美園様!」意識が朦朧とする中、雨庭の声が頭の中でこだました。やがてその声が聞こえなくなる。

 

 

 

目を覚ますとベッドの上だった。室内は真っ暗で、一瞬、深夜かと思う。スリッパを掃き、ベッドからおりると、よろよろしながらも、勉強机のもとへ歩を進める。暗さにまだ慣れていないため、何も見えないが、いつもの習慣なので、方角はわかる。

 

机に身体をぶつけて、そこが勉強机なのだとわかる。手探りでバッグを見つけ、中から携帯電話を取り出し、現在の時刻を確認した。

 

十一時十六分だった。三時間は寝たのね、と逆算をした後で、大きなあくびをする。

 

ぼんやりと、自分がどのようにして三時間の睡眠に至ったのか、その顛末を回想した。雨庭にペットボトルで投げつけられ、気絶したんだっけ、と思い出す。そして、下校時に正体不明の敵が襲撃してきた時は発動した、三つ目の超能力、バリアーが発動しなくて、こうなったんだ、とも思う。

 

目を擦りながら、部屋を出た。

 

ペットボトルを投げろと言った際、自分は両手を突き出して的を作っていた。それにも関わらず、雨庭が顔面を狙ったのは、彼女のコントロールが悪いからではなく、わざととしか思えない。

 

徐々に込み上げてくる怒りをぐっと堪えながら歩くと、自然と足に力が入り、足音が大きくなった。美園が向かったのは、雨庭の部屋だ。別のメイドとの三人部屋で、自室にある有線電話で連絡をとることはできるが、美園はサプライズで謝罪を求めに行く。慌ててどら焼きを喉に詰まらす彼女の姿がはっきりと頭に浮かんだ。

 

渡り廊下を行き、離れにつくと、雨庭に見つからないように、急にこそこそし、足音を立てずに目的地へ向かった。この棟の二階、階段のすぐ脇に雨庭の部屋がある。

 

階段をゆっくりと上がり、壁に背をつけ、ひょいと顔を出し、廊下を覗く。幸い、誰も出歩いていなかった。この家では、十時を過ぎると、メイドや執事は、用がないと外出はもとより室外へ出ることも許可されていない。ただ、室内での会話などは自由なため、話し声は聞こえてくる。

 

ドアの前に立つ。三つプレートが並んでおり、その中に『雨庭』という文字がある。鍵はかかっているだろうが、一応、ドアノブを握り、回してみた。すると、空いた。そのことに驚くが、すぐに表情をかため、ゆっくりと開ける。

 

半分ドアが開いたところで、思いきって、ばんと開けた。すぐに雨庭の姿を探す。しかし、この部屋に雨庭の姿はなかった。

 

二段ベッドを確認するが、雨庭どころか、別のメイドの姿もない。ベッドの下にもいない。コタツテーブルの上には、紙が置かれていた。

 

それは、服の設計図だった。よく見ると、今日歌が押し付けてきた魔法少女の衣装にそっくりだ。眺めているうちに、これは明らかにあの衣装と同じだと思うようになった。

 

いったい、どうなっているのか。頭の中が混乱する。

 

その瞬間、外の方から「助けてー!」という叫び声が聞こえた。それは、雨庭の声で、美園はすぐさま、声のする方へ足を走らせた。

 

階段をおり、渡り廊下に出たところで、自然と母屋の前方に視線が行った。

 

そこにいたのは、つい昨日、学校で目撃したエイリアンだった。砲丸のような真ん丸の頭は同じだが、黒い身体が思いの外ひょろひょろであることに驚く。そのエイリアンが、雨庭を羽交い締めにしている。

 

エイリアンのすぐ隣に、科学部の部長である電磁朗がいたので、美園はさらに驚いた。

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美園の孤独な夜 〜 電磁朗の襲撃
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