ミルクティー・ワールド |
もしかしてもしかすると、世界は平和なんじゃないだろうか。
明るい部屋、やわらかい光が漏れる窓、純白のテーブルクロス。そしてその上に乗る、質素ながらも良く手入れされた茶器。中では琥珀色の液体が良い香りを漂わせている。その脇で乳白色のミルクが静かに佇んでいた。
全てが輝いていて、まるで一枚の絵のように落ち着いている。
世界は混乱の渦中にあるというのに、その渦の風は此処には全く来ていないのではと思うほどに穏やかだった。
「砂糖、もう一杯いるか?」
「いや、大丈夫です。そちらも大変でしょう?」
「馬鹿、客はもてなされるのが礼儀だ」
叱るような口調ながらも、そこには怒りなど見えない。再びやんわりと断り微笑むと、彼はそうかと言ってイスに座った。彼の黄金色の髪も、その一枚の絵のような風景に良く合っていたが、やはり顔には疲労の色が見えた。恐慌はかつての大英帝国、イギリスにも多大な打撃を与えたらしい。もっとも、かつての栄光など何の意味も無いということを、俺は良く知っている。
「イヴァンの所に戻るんだな」
「はい」
この恐慌で打撃を受けなかったのはロシアだけ。社会主義のソビエトにとっては、世界恐慌などどこ吹く風だ。
今日だってエドヴァルトやライヴィス達を使って、自分は悠々とイスに座っているに違いない。そのイスだって、運んだのはナターリヤちゃんだ。
「また眠れない日々が続きますよ」
はは、と自嘲気味に笑うと、アーサーさんは笑おうとして失敗したような顔をした。いっそフェリクスのように笑い飛ばしてくれたら、アルフレッドさんのように怒ってくれたら。
だが二人の目が自分に向けられることはもう無い。周りにあるのは憐れみの目だけだと解りきっているのに、それでも自分の現状を言ってみるのは励まして欲しいからか。
それとも助けて欲しいのか? 俺みたいな小国に手を貸してくれる国などある筈が無いのに。ましてやロシアに歯向かうなど!
紅茶にミルクを注ぎ、スプーンで掻き混ぜる。飴色の液体に白い筋ができて、やがて全体を違う色へと変化させていった。
まるで俺らみたいだ。そんなことを思う。
まだ若かったころ、連合王国として名を馳せていたころ。俺たち紅茶は、ミルクにもレモンにも負けなかった。だが時間というお湯が注がれ、ポーランドという茶葉を失った今の俺に残るのは薄い茶色の液体だけ。ミルクでもレモンでも、少し注がれただけで紅茶(俺の文化)は壊れてしまうだろう。風味も何も無くなって、ただのミルクの添え物になるのだ。
そして、世界はそれを黙認している。
紅茶を口に含むと、懐かしい甘い味がした。後からミルクと紅茶の風味が広がる。良い茶葉を使っているのだろう、それぞれが交じり合って、豊かなハーモニーを奏でていた。
「おいしいです」
俺には作れそうに無い、理想的なミルクティーだった。
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世界恐慌で出稼ぎから戻るころのトーリスの話。昔を懐かしむ。(ゲスト:アーサー) | ||
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