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「こうして送ってもらうのも、今日で最後なんですね」
ああ、と運転しながらプロデューサーが頷く。すっかりお馴染みになった社用のベンツ――ではなく、今日はプロデューサーの車。今日は無理を言ってお願いした。もちろんベンツも使った。ただ、そちらはおとりとしてだったけど。
ラストコンサートは上々の出来ではあった。……だけど一〇〇%ではない、もっと上手く歌える、もっと上手く踊れる、もっと上手く――挙げていけばきりがないし、私ならもっと先までいけると思った。
寂しいか、とプロデューサーは問う。私はいいえ、と首を振った。
「いえ、寂しくはありません。ただなんというか……あ、そんなに落ち込まないで下さい、プロデューサー」
子供のように肩を落とすプロデューサーに、思わず私は口に手を充て小さく笑う。
「だって、会おうと思えばいつでも会えるじゃないですか。それに……今は、感謝の気持ちで一杯ですから」
「それはそうだけどな……海外は遠いぞ?」
「まだ海外に行くって決まったわけじゃありませんよ。契約する事務所次第です」
引退と同時に事務所との契約は切れることになっていて、それに合わせていくつかの事務所からオファーが来ていた。その中には海外に進出している事務所の名前もある。
だが、そのどれにするかで私はまだ迷っていた。
それらの事務所のオファーを受け入れるのか――それとも、このまま765プロに残るのか。
「プロデューサーは、どちらがいいと思いますか?」
「……千早のためには、行ったほうがいいさ。夢だったんだろう?」
「それはそう、ですけど……」
そう、私の夢は、歌で頂点に上り詰めること。最高の歌を歌うこと……だけど、最近、その先に何があるのかと考える。
上り詰めたとしても、それは一時のこと。人はいつしか衰え、今歌えていたものが歌えなくなってしまう。その逆ももちろんあるだろう、だけどその先に、本当に求めていたものがあるのかどうか、わからない。
「そういえば、これでもう一年になるんだな」
少し重くなった雰囲気を変えるためか、プロデューサーが話題を変えた。
「プロデューサーと会ったのは一月でしたっけ。……確かに、時間の過ぎるのって早いですよね」
「初対面の印象は最悪だったよな、お互い」
「あれは――プロデューサーが悪いんです」
あの時のことはよく覚えている。最初の出会いは最悪だった。
いきなり練習室に入ってきた彼を私が一方的に変質者と勘違いし、いきなりの大喧嘩。もちろん、その蟠りがすぐに解けることはなく、ぎくしゃくした関係はしばらくの間
後を引いた。だけど、日々の活動を続けていくにつれ、私たちは仲間としての信頼関係を――いや、それ以上の関係を築いてきた。少なくとも私はそう思っている。
「だけどまあ、今ではいい思い出だよ」
「思い出……」
私は思わず出かかった言葉を飲み込んだ。『プロデューサーにとっては、私との日々は思い出の一言で片付けられるようなものなんですか?』。そう聞いてしまいたい。
……だけど私はわかっている。彼は私のためにあえてそういう態度を取っている。私の気持ちを全て知った上で、そうしている。
彼のすることは全てがそう。どんなことも私のためで、そのためにどんな苦労を自分がすることもいとわない。
私は知っている。ある歌手の登竜門に位置付けられる番組に出るために慣れぬ接待を連日繰り広げ、二日酔いで遅刻してきて私に怒られ――それでも何も言わず、自分が悪いと謝っていたことを。まるで、水鳥のような人だった。
下手な信頼関係は、時には枷になる。わからなければ、強引に迫ることも出来たかもしれないのに。
やがで車は私の住むマンションの地下へと滑り込む。あと少しで、プロデューサーともお別れ……そんなの嫌だ。
私は自分の気持ちにようやく気がついた。海外で、歌を極めることは私の夢。だけどそれ以上にわたしは、ただ、プロデューサーと一緒にいたいだけなのだと。
それを素直に言ったところで、彼は受け入れないだろう。それどころかわざと自分を貶してまで、諦めさせようとするかもしれない。それが私のプロデューサーであり――好きになった人。
気づくと車は止まっていた。
「さあ、つきましたよ、お嬢様」
私は促されるままに車を降りる。
時計を見ると、時計は十二時を回っていた。王子様のシンデレラはもう終わリの時間。
せめて笑顔で別れよう、そう思って私は精一杯の笑顔を浮かべようとする。
……だけどダメだった。顔は多分それなりになっているとは思う、でも視界がにじんで――涙が止まらない。
「千早」
「あれ……あれ、おかしいな」
拭っても拭っても、涙は次から次へと流れ出て止まらない。
「…………」
プロデューサーは黙ったまま、私を抱き寄せた。それなりに高いであろうスーツが、溶けた化粧まみれになるのもいとわずに、強く。
「……わ、私っ……プロデューサーのことが――」
「ダメだ千早。それは言ってはいけない」
プロデューサーは叱りつけるような口調で、私を嗜める。
「僕にとっての幸せは、君が夢を叶えることだ。……そのためにこれまでどんなことでもしてきたし、これからもそうする。君の人生は、僕みたいな人間のためにあるんじゃない」
……ああ、やっぱり予想した通りの言葉。それでこそプロデューサー、私の唯一の仲間【パートナー】。
「……わかりました」
私はプロデューサーの手を押しのけて、コートの裾で顔をしっかりと拭った。
「……酷い顔だ。それじゃ、アイドル失格だぞ」
「いいんです、今日は。引退したんですから」
私は今度こそしっかりと微笑みを浮かべる。それを見て、彼もまた笑顔を浮かべた。
「……プロデューサー」
「ん?」
「ありがとうございました」
私は深々と頭を下げると、そのまま振り返ることなく、エレベーターに乗り込んだ。そしてその中で、静かに泣いた。
……こうして、私たちは解散した。
わずか一年という短い時間だったけど、私はかけがえのないものを手に入れ、無くし、そして見つけた。
*
「うちと契約を更新したい? ……いや、それはこちらにとっては嬉しい限りだが――一体、どういう風の吹き回しだ? 千早君」
社長は驚いたように言った。
「ふふ、単なる気まぐれみたいなものです。どの事務所も、提示してくれた条件は変わりませんでしたし――ただ、ひとつだけ条件があるのですが」
「もちろん。……ただし、この私にできることであれば、だが――」
「それなら安心してください、社長」
それは高木社長ならとても簡単なこと。……いや恐らく、高木社長にしかできないこと。だから私は、実際には二桁ほど違う提示を蹴って、今この場にいる。
「で、その条件とは何だね?」
「それは――」
いつも通りならあと五分。遅れてくるだろうか、それとも早く来るだろうか。
今までだったら遅刻なんて言語道断、と怒っていたところだけど……何故だろう、今日はこうして待つ時間がたまらなく楽しい。
「千早ちゃん、来たわよ」
小鳥さんから事前にお願いしていた内線のコール。それは始業時間のちょうど二分前。良かった、どうやら私の時についた習慣はまだ抜けていないみたい。
「ふあ〜あ、おはようございます」
間延びして、油断した顔――いつものプロデューサー。私は彼を驚かすべく、大きな声で元気よく――
「おはようございます、プロデューサー」
プロデューサーは私のあいさつを聞き、幻聴でも聞こえたかのように辺りを見回す。そして私を見つける。
私は出来る限りの微笑みを浮かべ、努めて平静に用意しておいた口上を述べる。
「今日からあなたのお世話になる、如月千早です。今日からよろしくお願いします」
そんな言葉にプロデューサーは冷や水をかけられたような顔を浮かべた。
――これからもよろしくお願いします、プロデューサー。
心の中で、私はそっと囁いた。
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何となく昔書いたアイマス小説が出てきたので・・・アケマスってこんな感じだったなあ、と。 | ||
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