混沌王は異界の力を求める 10
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「あー!もう、後ちょっとだったのにぃ!あのとき、なんでいきなり加速するんですか!?」

 

「いや、戦闘訓練で何でも何も無いと思うんですが…」

 

大量の料理の乗った大皿を前にしたスバルは、椅子から身を乗り出す勢いで、丸テーブルの向かい側に座っているメルキセデクに言い放った。

 

「そ・れ・で・も! あの場面だったら一発くらいなら良いじゃないですか!」

 

「貴女結構、無茶苦茶言う娘ですね…それとここ食堂ですからあまり大声は出さぬほうが良いかと…」

 

言ってメルキセデクは手にしたワイングラスから、赤の葡萄酒を((呷|あお))った。フルフェイスの仮面越しであるにもかかわらず、喉を鳴らすメルキセデクの右隣に座るオーディンは、大天使の行為首を傾げつつも、自身のグラスにも葡萄酒を注いだ。

 

「そういえば…」

 

スバルと共に大皿の料理に取り掛かっていたエリオが、赤の葡萄酒を呷る二人の悪魔を見て声を上げた。

 

「オーディンさんとメルキセデクさんって、ここに来てもワインしか飲んでないですよね? 他のものは食べないんですか?」

 

そう言ってエリオは、後方へ視線を向けた。そこには、スバルやエリオの前にある大皿を、三つ並べ、スバルやエリオたち以上に大盛りに盛った料理を平らげているトールの姿があった。既に彼の肘元には、片付けられた大皿が数枚重なっている。

 

「あれは別格だ」

 

オーディンの言葉に、メルキセデクは僅かに苦笑すると、エリオへ顔を向けた。

 

「私たちのコレはコイツしか飲む気が無い、と言ったところですね、どうも。私たちは主からの魔力供給があれば生きていけます。

生命活動自体に食料を必要としませんから、悪魔にとって、食事はもっぱら娯楽の一種ですからね。

だいそうじょうはここには来ないでしょう?」

 

「トールさんは?」

 

「アレは喰らうことそのものに嬉を感じる体質だ」

 

「………あんた達、あんだけキツイ訓練した後に、よくそんな気楽に会話できるわね……」

 

新人六課の内で、ただ一人、何の食事にも手をつけていないティアナが、突っ伏していた机から顔を上げ言った。

 

「ティア、何か一品でも食べたほうが良いよ、警備の任務まであと三日しかないんだから、今は体力付けとかないと」

 

「無理駄目、疲労で舌がまわんない」

 

「ティアナさん、大丈夫ですか…?」

 

「んー、キャロありがと…大丈夫だから…」

 

「ふむ? 今日の訓練にそこまで疲れる要素がありましたかね? 訓練場は主が破砕したせいで、昨日今日は訓練室で軽めのトレーニングだったはずですが…」

 

「メルキセデクさん、移動だけで衝撃波が発生するような訓練は、たぶん軽めとは言わないと思う…」

 

「はっは、何を((仰|おっしゃ))る。私たちにとっては普通のことですよ」

 

「悪魔はそうでも、人間からしたら普通じゃないのよ…」

 

ティアナが再び机に突っ伏すと、それを待っていたかのように、食堂の出入り口の扉が開かれた。見ればそこにはフェイトが居た。

 

「あれ、人修羅さんは? こっちに来てないの?」

 

周囲を見回した後、フェイトは声を上げた。

 

「主ならば、向こうに行っているが?」

 

オーディンがグラスを持つ腕とは逆の腕、左手で背後を指した。オーディンの動作にフェイトは一瞬、首を傾げるがすぐに頷いた。

 

「ああそっか、向こうに居るんだね。ありがとう」

 

言ってフェイトは踵を返し、扉を閉めると去っていった。金の後ろ髪を見送った後、オーディンは言葉を洩らした。

 

「しかし、主も物好きだな。自ら破壊した訓練場を、自ら元に戻そうとは」

 

呟くように言ったオーディンの言葉に、メルキセデクが苦笑しながら言った。

 

「でもアレ、恐らくでしょうけど、訓練場を自分でも使えるように改造してるだけだと思いますよ」

 

 

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人修羅はいつもの様に頭の上で昼寝をしているピクシーを乗せ、目の前の光景を眺めていた。

 

「でも、ほんとに良いの?」

 

左隣、なのはから聞こえた問いに、人修羅は僅かに首を動かして答える。

 

「何がだ?」

 

「訓練場の構築を任せちゃっていいかってことだよ」

 

「元々俺が破壊したものだ、俺が直すのが道理だろう?」

 

と言って人修羅は肩を竦めた、人修羅の動きに、なのはは僅かに苦笑した。

そのとき会話する二人に不意に影が差した。見上げればそこには、木製の船の船底が見えた。

 

「おっと、失礼」

 

そして遥か上空から、声が降り注いできた。声の主である巨大な船のような悪魔、天津神アメノトリフネは、甲板に大量の朱色の土を背負い、

未だ修復中の訓練場に向かっていった。

訓練場には既に、土の精霊であるノームやアーシーズが大量に蠢いており、その間々に、巨大な睡蓮に横たわった、神樹ククノチや、一見すれば巨岩にしか見えない、国津神オオヤマツミなどの姿が見えた。

彼等は、アメノトリフネの運んできた朱土を見て、歓喜している。

 

「ほんとに大丈夫なの? あれ…」

 

「大丈夫だって、地盤強化をしてるだけだから、最終的にここら一帯の土は、今とは比べ物にならない強度を誇るようになる」

 

そう言って胸を張る人修羅を見て、なのはは人修羅の言葉を信じようと思うが、地面にもぐりだした精霊達を見ると、どうにも不安になってくる。

 

「比べ物にならない強度って、具体的にはどのくらいなの?」

 

「俺の全力の震脚にも、三回までなら耐えられるくらいだ」

 

「………その例えはよく解らないけど、つまりとっても頑丈ってこと?」

 

「ああ、半端じゃないぞ」

 

自信満々な人修羅を見ていると、なぜか反比例になのはは不安になって行った。

 

それにさ、と人修羅が言葉を続けた。

 

「俺がここでもちったあ動けるように改造したいだけだよ、本音は」

 

「へぇ…」

 

人修羅の言葉になのはは、ふと思いついた。

 

「人修羅さん達って、普段はどんな訓練してるの?」

 

以前から気になっていたことだ。ミットチルダに今まで出現してきた悪魔と人修羅たちでは、その戦闘力に、天地ほどの差があり、な

らばそれを支える訓練とは一体どんなものか、なのはは少し興味があった。

 

「んー? そんな特別なことはしてないな」

 

例えば―――。

 

「倒れた奴には殴りかかって良いってルールで、一週間マガツヒの薄い場所で生活させるとか、

未開の世界に前情報無しで放り込んで放置するとか、他には…」

 

「うん、御免もういいです」

 

そこまで人修羅の言を聞いたところで、何故かなのはの口からは謝罪の言葉が出た。

マガツヒという言葉の意味はよく解らないが、前後の言葉の雰囲気で何となくは分かる。

なのはは理解した、今までは生命の法則が違うから、人修羅たちの言動がおかしなものに見えていただけかと思ったが

 

(そうじゃないよね…)

 

今はっきりと分かった、おかしいのは人修羅の一派だけだと。

難しい顔をして、黙り込むなのはに、人修羅が首を傾げ、頭上のピクシーを危うく地面に落としかけ、何とか空中でキャッチしたそのときに

 

「人修羅さーん」

 

不意に、人修羅の名を呼ぶ声が、背後から聞こえてきた。人修羅となのはが振り返ると、金髪を揺らすフェイトが駆け足で此方に向かってきていた。硬度の増してきている地面に叩きつけられそうになったというのに、小さな妖精は目覚める気配すら無かった。

 

 

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「俺が?」

 

僅かに息を乱れさせるフェイトに呼びかけられた人修羅は、ある提案を受けていた。

 

「はい、聖王教会の「カリム・グラシア」のところまでお願いします」

 

聞けば、機動六課の直属の上司である、聖王教会のカリム・グラシアから、はやてと人修羅を派遣するようにという旨の通信が届いたということらしい。

 

「聖王教会とは? 大まかでいいから教えてくれ」

 

人修羅は、若干不審そうな眼をフェイトに向け尋ねた。

 

「はい、聖王教会とは読んで字のごとく、かつてとある世界に現れたという、聖王を主神とした宗教的教会組織の総称で、多くの異世界に影響力を持つ大規模な組織なんです。カリムは聖王教会の内のミット支部の、結構上の方にいる人なんです」

 

「活動内容は?」

 

「ロストロギアの保護や保守、その為の騎士団も有って、時空管理局とも関係が深いんですよ」

 

へぇ、と人修羅は声をフェイトに返すと、緩く腕を組み言った。

 

「はやてが来いというのは、まぁわかる、互いに既知なんだからな。だが俺も来いというのはどういうことだ? 面識すらないんだぞ?」

 

「すみません…詳しいことは私たちも解っていなくて……通信文にはただ、急いで来てほしいと、書かれていただけだったので…」

 

「ふーん…」

 

人修羅は顎に手をあて、考えるそぶりをした。聞く限りでは聖王教会とは、かつて人修羅たちが打ち滅ぼした、ニヒロ機構やマントラ軍に近い機能を持った組織らしい。カリム・グラシアという者がどんな人物かは知らないが、氷川のようだったら嫌だなぁ、と人修羅は思った。

 

(まぁ、いざとなったら如何にでもできるか…)

 

人修羅は頷きをの形を作った。

 

「了解、行くさ、その聖王教会とやらにな」

 

 

 

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「クロノ君久しぶりやね」

 

「そうだな、実際に会うのは数ヶ月ぶりか」

 

第十二管理世界「聖王教会」中央教堂では、

 

はやてと談笑する黒髪に黒の軍服を着た、彼女の義兄である「クロノ・ハオラウン」は、はやてに手を振って応じていた。

 

「さて………」

 

会話に一区切り付け、気を落ち着けたクロノの視線の先には、客人用のソファに座る人修羅と、その左隣には勝手についてきたセトが居た。

眠ったまま起きなかったピクシーは六課に置いて行かれ、小さな強者のご機嫌取りに、セデクやスルトが犠牲になったのは別の話。

 

「本当に彼がそうなのか? 六課に協力してくれているアンノ…悪魔というのは?」

 

「そうやで? 六課に協力してくれとる人修羅さん、そんで隣の女の子が人修羅さんの仲間のセトさんや」

 

「ん……」

 

クロノは、目の前に座る男をまるで品定めするように爪先から、頭上まで眺めた。

服装はパーカーに短パンと非常にラフ、全身に走る入墨と首の後ろ側にある角を除けば、目の前の青年は、なのはやフェイトと同い年にしか見えない普通の青年で、その隣の少女に至っては、異常なところなど一つもない可憐な少女だった。

両者とも今までに報告されてきた、醜悪な姿を持つ悪魔達とは明らかに違っていた。

 

「何か?」

 

視線に気付いた人修羅が尋ねた。それに対しクロノはいや、とだけ答え身を引いた。

 

「こちらが聖王教会、教会騎士団のカリム、そちらはフェイト隊長のお兄さんで航行部隊で艦長やってるクロノ提督です」

 

「よろしくおねがいしますね」

 

「よろしく…」

 

「人修羅だ、コンゴトモヨロシク」

 

歓迎の言葉を述べるカリムと違い、クロノは未だ人修羅を警戒していた。

 

「すみませんね、本来であれば私だけの、案件で済ませられたのですが、クロノ提督が、六課の人修羅さんにどうしても会いたいと…」

 

「別に会いたかった訳では有りませんよ」

 

そう言ってクロノは念話ではやてに話しかけた。

 

(はやて、彼は)

 

(聞きたいことがあるなら、自分で人修羅さんに質問したらええんとちゃう?)

 

(む…)

 

クロノは口の端に笑みを浮かべる人修羅を見据えた。

 

「本題に入る前に、君に幾つか質問したい、君は報告では、アンノウン―――通称、悪魔だというがそれは本当か?」

 

「ああ、俺は人間じゃない、悪魔だ」

 

「そのことを、今ここで証明できるか?」

 

クロノの問いに人修羅は答えではなく、問いを返した。

 

「逆に聞くが、お前は何をすれば俺を悪魔だと認める?」

 

返された問いに、クロノは少々考えた。

 

「…報告によれば、悪魔は我々の魔法とは違う能力を使えるそうだな」

 

「ああ、使えるが?」

 

「では、この場で君が何か能力を見せてくれるか」

 

クロノの言葉に人修羅は、薄く笑うとクロノに向け左腕を突き出した。

 

 

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「……?」

 

人修羅の行動に、クロノは疑問した。

 

(左手に傾注しろということか?)

 

じっくりと目の前の青年の腕を眺めてみる。なるほど、彼の全身に走っている入墨は、指先まで刻まれているが、肘周辺には無いようだ。

 

(いや、それがどうした)

 

思わず自分自身に突っ込みを入れてしまった。だが、眼前の青年はそれには気付いた様子は無く、隣に座るの少女に語りかけた。

 

「セト」

 

「ん、解った」

 

今のやり取りで解るのかと、クロノは思うが、何年も連れ添った仲間とはそういうものかと、納得する。

 

「ん……」

 

少女が人修羅の左腕を、自身の両腕で下から支えるように持ち上げた。その動作を確認した人修羅は空いていた右腕に動きを作った。右手に魔力でできた両刃の片手剣を作り出したのだ。

 

「良いか? よく見てろよ」

 

何だ何だと思っていると、彼が魔力刃を振りかぶった。その動作にクロノは人修羅が何をしようとしているか覚った。

 

「待っ…!!」

 

思わず、停止の言葉と動作を作ってしまうが、それよりも速く人修羅は、

 

「ジャッ!」

 

まるで、茎野菜を切ったような、涼しい音が響き、左腕を肩から断たれた。がセトが左腕を支えている為、下に落ちるようなことは無い。

 

「―――――!」

 

背後で騎士カリムが息を呑み、手で口を押さえる動きをしたが、クロノはそれにすら気付かず、目の前の出来事に愕然とした。

はやてに至っては眼を見開いたまま固まってしまっている。

 

「主、重い。これ捨てていい?」

 

「持ってろ、俺の腕だ。お前悪神だろうが」

 

「今の私は、悪神でも邪神でもない、ただの非力で可憐な少女。スプーンより重いものは持ったことが無い箱入り娘だよ」

 

「じゃかしいわ、神殿で寝てばっかの身でよく言う」

 

「酷い、寝てばかりじゃないよ。サタンが起こしに来なければずっと寝てられるんだから、寝てばかりじゃなくて、それだけしかしないの」

 

「余計に酷いからな?」

 

クロノも、はやても、カリムすら動けなくなった空間で、人修羅とセトだけが何でもないかのように、言葉を交わしていた。

 

「ん? ちゃんと注目してろよ、お前に望まれた行動だろ?」

 

身動きの取れなかったクロノに、左腕の切断面を見せ、人修羅は言った。

 

「たかが腕が飛んだだけだろ? 軍人ならこんなもん見慣れてる―――あ、そうかお前ら非殺傷設定って奴の所為で見慣れてないのか、それじゃ耐性なんて無いか、まずったなぁ。別のにすればよかったかなぁ。ああでも、悪魔と戦い合っていくんだよな、だったらやっぱりなれた方が良いな」

 

一人で疑問、一人で解決し、助言までなげてきた人修羅に、やっと我に返ったクロノは、若干引け越しになりながらも尋ねた。

 

「君……そ、れは、大丈夫…なのか?」

 

「ん? ああ平気平気、凄い痛いだけ」

 

ということらしい。それは大丈夫なのか? と、クロノは思うが、よく見れば血液などは一切出ておらず、断面も何かガラスか鏡のように妙に無機質だ。

 

「見てろ、こっからが本番だ」

 

言った人修羅は魔力刃を納めた右手を左肩と、断たれた左腕の境に置き、唱えた。

 

『ディアラハン』

 

人修羅の左肩から、薄青い光が溢れた。同時に、左肩の肉が高速で再生し、粘着質な音を立てるが、それは一瞬で終了した。

 

「ほら」

 

人修羅が左腕を掲げて見せた。見れば先ほどまで断たれていた左腕は完全に接合していて、僅かな傷すらも残っていなかった。まるで断たれたことが((幻|まぼろし))だとでも言うかののように。

 

「肉体の完全接着だ。この世界の医学がどれだけ発達してるか知らないが、一切の傷を残さない接着は不可能だと思うが…どうだ」

 

人修羅が前に首を傾げた、それに対し眼前の出来事に理解が、追いついていなかったクロノは、戸惑いを得つつも言葉を作った。

 

「あ…ああ、解った。君は悪魔だ、間違いない」

 

「始めっからそう言ってるだろ」

 

人修羅は笑った。

 

 

 

 

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場所は変わって聖王教会の中庭

 

カリム達の会合の終了を、聖王教会のシスター「シャッハ・ヌエラ」は一人考え事にふけながら待っていた

 

(あの全身に入墨を入れた男が……)

 

シグナムがスルトに一撃も入れることが出来ず敗北したことは既にシャッハの耳に入っていた、遠眼でしか確認できなかったが、シグナムを一方的に倒した者を、あの男は従えているらしい、聖職者であり、武人でもあるのシャッハは既に人修羅に興味を抱いていた。

 

「―――!?」

 

だが、そのとき庭に一陣の風が巻き起り、いきなりシャッハの顔面目掛け二本の何かが突き込まれて来た、しかしシャッハは脅威の反射神経でそれを跳躍で回避した。

 

「ヴィンデルシャフト!!」

 

空中で、厚い双刃を持つ自身のデバイスと騎士装甲服を展開、着地と同時に突っ込んできたものが何か、確認を行おうとした、だが

 

「―――!!?」

 

正面から首元に鋭い殺気、咄嗟にシャッハが首を竦めると、首があった位置を、刃が斬線を引きながら通りすぎ、シャッハの髪を一房刈り取っていった。

 

「っち!」

 

再び大跳躍し距離を取る、そしてシャッハは自身を襲ったそれを確認した、そこには、二本の大降りの曲刀を携え、全身を攻撃的なフォルムの赤紫の鎧で覆った痩躯の姿があった。

 

「シャッハ・ヌエラとお見受けした、我は貴公と、貴公の主、カリム・グラシアの首を刈るべく参上した」

 

「貴様…悪魔か!」

 

「然り。種を邪鬼、名をラクシャーサと覚え、そして死ね」

 

痩躯が名乗りの直後に一瞬で身を落とし、前傾姿勢で滑走した。

 

「シッ!」

 

ラクシャーサが右の一刀を正面に一直線に突きこんだ。二又の刃先を持つ曲刀は鏑矢のようにシャッハの首を狙う。突きこまれる刃先にシャッハは額に僅かな幻痛を得つつも向かってくる痩躯に、すれ違いからのカウンターを叩き込もうと、右の脚を大きく前方に伸ばし地を踏み込む、流れるように縦になった体は、右の一刀から左の爪先まで、一直線に伸びきっているラクシャーサを左横へと受け流す。

 

「貰った!」

 

体が伸びきっているラクシャーサの胴に、シャッハは剣を叩き落とそうと、右腕を上段に構えたときにそれに気付いた。

 

「―――――」

 

ラクシャーサがこちらを見ている。横目をこちらに走らせているのではない、顔も、胴も、膝も、全身がこちらをむいている。この悪魔はこちらに飛び出してきていたはずだ、だというのに、ラクシャーサは動きを空中で止めていた。

だが関係ない。それらの考えをシャッハは頭の片隅へ追いやった。胴を撃てないのなら、脇腹を断てば良いだけと判断したシャッハは迷う事無く、剣を振り下ろした。

 

「ハァッ!!」

 

シャッハの振り下ろしに対し、ラクシャーサは、逆手に構えられた、空いている左の一刀で、それを受けようとした。その行動を見たシャッハは、それを無謀と判断した。

 

「そのような一刀で受けきれると思うなっ!!」

 

二つの刃がぶつかり合い、火花が飛ぶ――――飛ばなかった。

 

「なっ!?」

 

理由は簡単だった。痩躯が、振り下ろされた剣と左の一刀がぶつかり合う瞬間に、刃と刃の接点を軸にして、剣の下を潜りぬけるように、その身を下へ回したのだ。先ほどの滑走の勢いはまだ死んでいないというのにだ。

回された身は地面と平行であるにもかかわらず、重力を無視して、自然な流れでシャッハへ向かい、自然と右の一刀はシャッハへ向かう。

 

「ちぃっ!!」

 

流れるように顔面狙いで飛んできた一刀を、シャッハは左の剣で受ける、しかし、ラクシャーサは攻撃を防がれたにも関わらず、止まらない。

 

「この教会は良い土壌だな、実に弾きやすい」

 

右の一刀がシャッハの剣を抜け、上へと上がる、それと同時に下へと落ちる左の一刀の刃先を、ラクシャーサは地に付け、地面を勢いのままに弾いた。

 

「((転|てん))ッ!」

 

弾いた一刀に引かれるように、ラクシャーサは高速で回転し始めた。

 

『回転切り』

 

巨大な回転丸鋸と化したラクシャーサは、左右のヴィンデルシャフト両方をバリケードにし受けるシャッハを削る。

 

「くっ…」

 

ラクシャーサの一撃一撃は軽い、だが回数が異常だ。ラクシャーサは一秒間に約十二発の斬撃を繰り出していた。

 

高速で回転するラクシャーサに対し、シャッハは動いた。受ける腕を右だけにし、左腕を弓を絞るように引いた。

 

「ぐぅ…!」

 

途端に右腕と剣にかかる負荷が増す。一撃一撃が軽いといっても、右の剣だけで長時間受け切れるほど、軽くは無い。

 

(奴は頭部すらも高速で回転させている、ならば視界は無いも同然!)

 

引き絞った左の剣を、回転するラクシャーサの顔面目掛け一直線にぶち込んだ。

 

「――――」

 

だがぶち込まれた剣が、顔面に直撃するその瞬間に、ラクシャーサの体は、余波も出さずに回転を一瞬で止め、刀で地面を打ち、自身の身体を跳ね上げ、後方への大跳躍でシャッハの突きを回避した。

 

「甘いっ!」

 

空でトンボを切るラクシャーサ目掛け、シャッハは更に追い討ちを仕掛けた。

 

「シッ!」

 

右脚の震脚を地面にぶち込み、神速の動きでラクシャーサの着地点に先回りする。

 

「烈風一迅ッ!!」

 

着地点に移動したシャッハを、ラクシャーサは視線で捉えた、だが遅い。

シャッハ再び震脚を踏み、魔力を乗せた高速の剣を、空中からの落下で回避行動のとれないラクシャーサにぶち込む。

 

「…っと」

 

だが、次の瞬間、落下しか行動余地の無かったはずのラクシャーサが再び、空中で軽い動きで跳躍し、宙を舞った。

 

「!?」

 

敵の予期せぬ動きに、攻撃を空打ったシャッハは眼を見開く。

攻撃が避けられた事にではない、敵が、足場など無い空中で飛翔行動ではなく、跳躍行動をしたことに驚愕したのだ。

 

「何故…!?」

 

跳躍はシャッハの得意とする動きでもある、その跳躍を絶対不可能である空中で行われたことに、シャッハは思わず声を上げた。

 

「……頑丈だな、その剣は」

 

トンボを切って地面に着地したラクシャーサは言った、見れば彼の曲刀は二本とも、その細身の刀身を黒く崩れさせ、既に刃の形をしていなかった。一秒に六回という莫大な負荷が、刃の限界を超えたのだ。

 

「先の旋撃で、その分厚い剣ごと貴様を削り切るつもりだったのだがな」

 

ラクシャーサが、双の二刀を掌でもてあそぶ様に回す。僅かに残っていた、崩れた刀身も遠心力に従い散り、((最早|もはや))柄だけとなった代物であったが。

 

「この世界のデバイスというものは厄介だな。見た目以上の強度を誇るものが多くて、硬度の見当を見誤る」

 

なぁ

 

「貴様はそうは思わないか?」

 

ラクシャーサが弄んでいた二刀を持ち直した、「磨いだ直後のように輝く刃を持つ」二刀をだ。

 

「自己修復機能か…?」

 

「否、正しくは自動再生機能だ。悪魔の武器なら、コレが無かったらやっていけない、すぐに死んでしまう」

 

さて、とラクシャーサは新品のような二刀を背負い、背に隠すように構え言った。

 

「改めて名乗っておこう、鬼族系、邪鬼種の、ラクシャーサだ」

 

対するシャッハも双のヴィンデルシャフトで己を抱きかかえるように、左右からの振り抜きの構えを取り名乗り返した。

 

「聖王教会シスター、シャッハ・ヌエラと申します。非才の身なれど全力にてお相手をさせていただきます」

 

互いに名乗りあい、戦闘の緊張感が更に展開された。だがそのとき

 

「はい残念だけどそこまで」

 

いきなり目の前の空間を、切断の力が駆け抜けた。

 

 

 

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時間は少々((遡|さかのぼ))り、中央教堂。

クロノの質問が終わり、やっと本題というようにカリムが口を開いた。

 

「今日、御二方に来ていただいたのは、他でもありません」

 

言ったカリムは周囲に、金色の光を淡く放つ著書のページらしきものを複数展開させた。

 

「((預言者の著書|プロフェーティン・シュリフテン))…?」

 

「それは…?」

 

はやてと人修羅の言葉に、カリムは、ええ、と言葉を作った。

 

「私の持つ((希少技能|レアスキル))、((預言者の著書|プロフェーティン・シュリフテン))です。一年に一度、半年から数年後の未来を、詩文形式で作り出すことのできる技能なんです」

 

カリムは苦笑の表情を作ると

 

「的中率は完璧とは言えないものですが…」

 

と、付け加えた、言葉を重ねた。

 

「本来なら私のこの技能は、年に一度しか使えないパフォーマンスの悪い技能なのですが…」

 

だが、カリムの言葉とは裏腹に、周囲に展開された預言者の著書は、一分に一枚というペースで新たなページを作り出している。カリムの意思とは関係なくにだ。

 

「このように延々と、まったく同じ詩文ばかり打ち出すんです。私の意志や魔力に一切関係なく、ですから止めることも出来ず…」

 

「どういうことや…?」

 

はやての問いにカリムは首を左右に振って答える。

 

「解りません、先日に気付いたときには既にこの状態だったもので…」

 

「それはいい、あんたの技能がいくら壊れようと、俺には関係ない」

 

人修羅の突き放したような物言いに、クロノは人修羅に牙を剥くが、当のカリムは頷き言葉を作った。

 

「仰る通りです、今日貴方とはやてを呼んだのは、預言者の著書が延々と打ち出される詩文に、意見を頂きたいからです」

 

「あ?」

 

疑問の声を出した人修羅に、カリムではなく、クロノが答えた。

 

「打ち出される詩文の内の一文に、どう理解しようと悪魔のことだと思われる文があってな、故に騎士カリムは悪魔の陣営の意見も聞いておきたいと」

 

それに、とカリムが言葉を引き継ぎ、続ける。

 

「今、時空管理局内で最も、悪魔と密接な関係にあるのが機動六課なんです。悪魔のことを未だに危険生物としか考えていない他の方々よりも、はやてからの意見が最も有意なものです」

 

言われた言葉に、はやては頷きを答えとし、人修羅は

 

「それで、延々と打ち出される詩文とやらには、何が書いてあるんだ?」

 

先を促す問いを投げかけた。

 

人修羅の問いカリムは首を縦に振り、丁度新たに作り出された一枚を読み上げることで答えた。

 

 

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『かの者は王。

   王は異より現れ全てを喰らい傷付くことすらない不滅の王。

       王は魔を従え破壊を宿す紅眼の王。

          王は行く、自らの絶叫を止める為、自らを知る為に』

 

 

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言ってカリムは、口と瞼を閉じた、だがカリムが口を閉じても、その場の誰も何も発さなかった。はやても、クロノも、人修羅も、勿論セトもだ。

 

(―――………?)

 

そのとき、人修羅の人間離れした聴覚に、小さく遠いが澄んだの高い音が聞こえた。

 

(金属を、削る音…?)

 

しかも、ただの金属ではなく、間違いなく刃と刃が削りあう音だ。教会で日常的に聞いていい音ではない。

 

「それは…」

 

恐らくはやては、カリムの詠んだ詩に対して何か言おうとしたのだろう、だがそれよりも先に人修羅が勢い良く、ソファから立ち上がった。

 

「人修羅さん…?」

 

人修羅の不意の行動に、はやてが疑問の視線を向けるが、人修羅はそんなものは気にもせず、音の出所を探った。

 

「セト」

 

未だにソファに座っていたセトに、しゃがみ込んで左肩を差し出すと、セトは人修羅の意を解したようで、人修羅の肩に座った。

 

「聞こえてるか?」

 

「聞こえてるよ、だいだい南南西からだよね?」

 

立ち上がり聞いたセトの答えに満足すると、奇異の視線を向けてくる周囲を無視して、閉じられた窓に近寄ると、一気に開け放った。

 

「…え?」

 

窓を開けた瞬間、人修羅やセトですら微かにしかにしか聞こえていなかった金属音の音量が増し、はやてやクロノも、金属の音に気が付いた。

 

「ちょっと失礼」

 

言って人修羅はセトを肩に乗せたまま、窓の外へと飛び出し、そのままの動きで屋根の上へと跳躍した。

 

「人修羅さん!!」

 

窓から顔を出したはやてが、人修羅の名を呼ぶが、人修羅は答えず金属の戦いのする方角へ駆けた。

そして、中庭で切りあう二人の双剣士の姿を確認した。

 

「ラクシャーサ…と」

 

双剣士の片割れが邪鬼ラクシャーサであることは、遠眼でも解った、だがもう片方は初見だ、だが、シグナムやヴィータに良く似た装甲を纏っているところを見ると、恐らくここの騎士だろう。

自分の仲魔ではない悪魔と、聖王教会の騎士。

どちらが敵であるか明白な状況に人修羅は、中庭へ飛び降り、声を出した。

 

「はい残念だけどそこまで」

 

言った瞬間に、右手に魔力刃を展開、着地の瞬間に肘から先のスナップの動きで斬撃をはなった。

 

『かすみ切り』

 

シャッハの正面数センチから放たれた斬撃は、地を抉り、観葉樹を容易く切断、空すらも切り裂き、

聖王教会の一部すらも切断して、一閃の力は空間を駆け抜けた。

 

「あ――――ッ!!」

 

シャッハが声を上げるが、斬撃を受けたはずのラクシャーサのみに意識を向けていた人修羅は気にしない、無論セトも気にしない。

『かすみ切り』の上げた粉塵が晴れたとき、そこには、右の角を失い、左の曲刀の刃を半ばから失い、全身が土で汚れているものの、存命しているラクシャーサの姿があった。

 

「へぇ、結構不意撃ったつもりだったけど、アレを((躱|かわ))すかあ、上半身と下半身に分けたつもりだったんだけどな。で、どうする? こっから先は俺達も介入するけど?」

 

人修羅の言葉に、無事な右の曲刀を杖として立ち上がったラクシャーサは返した。

 

「いや、やめておこう。そこの騎士だけならまだしも、悪神と人修羅の二方相手となるなら分が悪い」

 

「へぇ、俺を知ってるのか」

 

「然り、大魔王ルシファーを打ち倒したと噂される貴方の名は、数多くの悪魔が耳にしている」

 

言ってラクシャーサは、人修羅の右背後に立つシャッハに、刃の折れた左の曲刀を向けた。

 

「名乗りを交したばかりだが、今回はここまでだ。貴様とはいずれまた合間見えるだろう」

 

「おいおい、俺がいるのに帰れるとおもってんのか?」

 

人修羅は言葉共に、魔力刃を構えた、対しラクシャーサは頷きをひとつ作り言った。

 

「無論、魔人である貴方から逃げられるとは露ほども思っていない」

 

「へぇ、じゃあどうする? 大人しく切られる?」

 

否、とラクシャーサは首を左右に振った、丁度そのとき、遠くからはやてやクロノがこちらへ駆けて来る足音が聞こえだした。

 

「情報と引き換えに、お見逃しを」

 

ラクシャーサの言葉にシャッハが抗議するように、進み出た。

 

「大人しくここから逃がすと思って…」

 

だが、進み出るシャッハの眼前に人修羅の魔力刃が突き出され、言葉を止められた。

 

「言え、逃がすか逃がさないかの判断はそれからだ」

 

人修羅の言葉に、ラクシャーサは頷くと、声を発した。

 

「俺達がこの世界に降り立ったのは二年前、自分達を召喚した者の名は、「ジェイル・スカリエッティ」という、そのときに何百体もの悪魔が召喚された」

 

告げられた名前に、シャッハが僅かに身じろぐが、その名を知らない人修羅は促した。

 

「で?」

 

「俺達が召喚されたのが二年前、されど、俺達よりも五年早く、七年前に召喚された悪魔が十二体、そしてさらに一年前、八年前この世界に一人の悪魔が落ちてきた」

 

そこでラクシャーサは言葉を区切った、ラクシャーサの沈黙に対し人修羅は先を促そうと口を開きかけたときに気が付いた。

 

(一人?)

 

このラクシャーサは先に、何百体、十二体と言った、だが((態々|わざわざ))最後の一体を一人と行ったのは何故のか。

 

「八年前の一人とは?」

 

「…我が知るのはここまでだ、これ以上の情報は七年前に召喚された十二体しか知っていない」

 

その言葉に人修羅は一瞬考えたが、ラクシャーサを顎でしゃくった。

 

「分かった、行け」

 

「感謝する」

 

謝罪の言葉を述べたラクシャーサは、後方に大跳躍し教会の垣根を越えた、去ったのだ。

 

「ジェイル・スカリエッティねぇ…」

 

カリムの詩や八年前の一人も気になるが、まずはコイツからだなと、人修羅は、やっと中庭に姿を現したはやてたちに、やっ、と片手を上げた。

 

 

説明
第10話 聖王教会にて
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タグ
女神転生 人修羅 リリカルなのは クロスオーバー 

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